『20世紀少年 <第2章> 最後の希望』:2009、日本

2015年。15年前の“血のおおみそか”を阻止しようとしたケンヂたちは、その人類滅亡計画を企てたテロリストに仕立て上げられていた。 そして、“ともだち”は人類滅亡計画を阻止した救世主として崇められ、ともだち教団の友民党が日本を支配していた。高校生になった ケンヂの姪カンナは高校生に成長し、ユキジに面倒を見てもらいながら暮らしていた。歌舞伎町の珍宝楼でバイトをしている彼女は、抗争 を繰り広げていた中国マフィアの王とタイマフィアのチャイポンを呼び付け、和解させた。
伝説の刑事・チョーさんの孫である新米刑事の蝶野は、先輩の斉木や東野と共に、歌舞伎町で起きた殺人事件の現場に赴いた。そこへ 歌舞伎町教会の仁谷神父が現れ、死体は中国マフィアから抜けたリーという男だと教えた。カンナのクラスメイト・小泉響子はケンヂと 親しかった元ホームレスの“神様”と出会い、教科書に載っている“血のおおみそか”の内容は全て嘘だと告げられた。
カンナと蝶野と知り合い、“よげんの書”を実現させてケンヂに罪を着せた犯人がいるのだと説明した。響子は担任教師から、カンナと 一緒に“ともだちランド”の研修会に行くよう指示された。カンナは店の常連客であるニューハーフのマライアから助けを求められた。 マライアの親友ブリトニーが、ともだちランドから逃げてきたのだ。ブリトニーはボーナスステージまで行き、そこで“ともだち”の秘密 に触れてしまい、逃げ出したのだという。
ブリトニーはともだちランドでの出来事を全てリーに話しており、彼が殺害された事件も隠れて目撃していた。リーは「ともだちは神に なり、人類は滅亡する計画」と口にしていたという。カンナとマライアは彼女を連れて、歌舞伎町警察署に赴いた。だが、ホクロの警官を 目にしたブリトニーは震え出し、リーを殺した犯人だとカンナたちに教えた。蝶野は斉木たちと共に、ブリトニーのアパートを調べに 向かった。蝶野はカンナと遭遇するが、斉木たちには知らせなかった。
蝶野はカンナを追い掛け、ブリトニーが身を隠している倉庫に現れた。カンナに協力を申し出た蝶野は、子供の頃から可愛がってもらって いた警察庁長官・山崎に事情を明かして助けを求めた。しかし山崎は“ともだち”の信奉者であり、手下であるホクロの警官に命じて ブリトニーを殺害させた。一方、投獄されていたオッチョは、漫画家の角田と共に地下水路から脱出に成功した。
カンナは“ともだち”の秘密を探るため、響子と共にともだちランドへ行くことを決めた。ドリームナビゲーターの高須が引率するバスに 乗り、カンナたちはともだちランドに到着した。逃亡中のヨシツネは、施設の清掃夫に化けて潜んでいた。バスの一行は、まずケンヂや オッチョたちの3D映像を見せられ、それから間近に迫った万国博覧会でテーマ曲を歌う春波夫のドキュメンタリー映画を見せられた。 逃亡中のマルオは、波夫のマネージャーになって身を隠していた。
バスの一行は、ケンヂやオッチョたちが敵として出てくるシューティング・ゲームをやらされた。用意された部屋に戻った響子は、部屋に 飾られた絵の裏に隠されていた「たすけて」という文字を見つけ、怖くなって逃亡した。彼女は、高須たちが別の逃亡者を薬で眠らせ、 ボーナスステージへ送り込む様子を目にした。直後、背後から近付いたヨシツネが、響子に薬を嗅がせて眠らせた。
ヨシツネが響子を引きずって歩いていると、それをカンナが発見した。ゴミ箱に偽装した地下通路を移動すると、ヨシツネの秘密基地に 辿り着いた。彼は“ともだち”に抵抗するレジスタンスの隊長になっていた。ヨシツネはカンナと響子に、ともだちランドに入ったら卒業 する以外に脱出する方法が無いことを教えた。カンナと響子はゲームで優秀な成績を取り、ボーナスステージ進出者に選ばれた。2人は ヘッドギアを装着させられ、ケンヂの子供時代である1971年のバーチャル世界へ送り込まれた。
響子は子供時代のヨシツネに案内してもらって小学校の屋上へ行き、ハットリ君のお面を被った少年に遭遇した。彼女は怯えながらも、 お面を取って“ともだち”の顔を見た。カンナは深夜の理科室へ赴き、「しんよげんの書」を抱えたヤマネと一緒にいる“ともだち”を 発見した。そこへ現在の“ともだち”が現れ、カンナが自分とキリコの娘であることを告げた。ヨシツネはカンナと響子を助けるため、 コンピュータの電源を切ってゲームを強制終了させた。
オッチョと角田がホームレスとして身を潜めていると、そこに神様がやって来た。神様は株で儲けて金持ちになっていた。神様から話を 聞いたオッチョは、“血の大みそか”を引き起こしたウイルスのワクチンを製造して急成長した大福堂製薬の社長が小学校時代の同級生・ ヤマネであることを知った。小学校時代、ヤマネはオッチョに「しんよげんの書」を作ったと告げていた。
カンナと響子はゲームの強制終了によって脳内メモリーが破損し、バーチャル世界で見た“ともだち”の記憶を失ってしまった。カンナ から「しんよげんの書」について訊かれたユキジは、2002年に不治の病に侵されたモンちゃんと再会したことを話す。モンちゃんの元には 、差出人不明の封書で「しんよげんの書」の一部が送られていた。そこには「しんじゅくのきょうかいで きゅうせいしゅはせかいのため にたちあがるが あんさつされてしまうだろう」と書かれていた。
カンナの学校に、代理の英語教師サダキヨが赴任した。その顔を見た途端、響子は悲鳴を上げて失神した。彼女はカンナに、屋上で見た お面の少年の顔がサダキヨだったことを告げた。サダキヨは響子を車に乗せ、「彼を止められるのはエスパーの遠藤カンナだけだ」と口に した。そして「彼は万博に行かなかったことを誰にも知られたくなかった。だから万博の間、彼は僕になった」と言い、子供時代の自分と “ともだち”が両方ともハットリ君のお面を被っている写真を響子に見せた。
サダキヨは響子を連れて、“ともだち”の実家を忠実に再現した“ともだち博物館”へと入った。「彼はたった一人の友達だった」と彼が 言った直後、高須と仲間たちが博物館の周囲を包囲した。サダキヨはモンちゃんを殺害したが、ずっと苦しんでいた。彼は全てが書かれた モンちゃんメモを響子に渡した。カンナがバイクで現われると、高須は彼女が博物館へ入るのを黙認した。
サダキヨは部屋に灯油を撒き、カンナと響子を部屋から追い出した。そしてカンナに「そのメモには2000年当時の、君のお母さんの居場所 が書かれている。君はお母さんを捜すべきだ」と告げ、部屋に火を放った。カンナはキリコがいたという鳴浜病院へ行き、今は閉鎖された 建物を調べた。そこでカンナは、キリコとヤマネが“血のおおみそか”のウイルスを作り出していたことを知った。
オッチョは角田と共にヤマネの実家を訪れた。ヤマネは隣人に、同級生が来た時のためのメモを預けていた。そこには「ひみつ集会の おしらせ 西れきのおわる年 2015年3月7日 場所 理科室」と書かれていた。オッチョが小学校の理科室へ赴くと、ヤマネが待って いた。ヤマネはオッチョに、“ともだち”が新宿をパレードする時が、彼を暗殺する絶好のチャンスだと持ち掛けた…。

監督は堤幸彦、原作は浦沢直樹、脚本は長崎尚志&渡辺雄介、脚本監修は浦沢直樹、製作は堀越徹&亀井修&島谷能成&平井文宏& 西垣慎一郎&島本雄二&大月昇&和田倉和利&長坂信人&板橋徹、プロデューサーは飯沼伸之&甘木モリオ&市山竜次、Coプロデューサー は大平太&大村信、エグゼクティブプロデューサーは奥田誠治、製作指揮は島田洋一、企画は長崎尚志、セカンドユニット監督は 木村ひさし、撮影は唐沢悟、編集は伊藤伸行、録音は鴇田満男、照明は木村明生、美術は相馬直樹、VFXスーパーバイザーは野崎宏二、 アクションコーディネーターは諸鍛冶裕太&村上潤、音楽は白井良明&長谷部徹&AudioHighs&浦沢直樹、音楽監督は白井良明、 主題歌はT.REX『20th Century Boy』。
出演は豊川悦司、常盤貴子、平愛梨、香川照之、藤木直人、石塚英彦、宇梶剛士、小日向文世、佐々木蔵之介、山寺宏一、唐沢寿明、 黒木瞳、中村嘉葎雄、石橋蓮司、フレッド・マックィーン、徳光和夫、竜雷太、研ナオコ、小松政夫、森山未來、古田新太、小池栄子、 木南晴夏、ARATA(現・井浦新)、前田健、荒木宏文、六平直政、佐藤二朗、片瀬那奈、光石研、西村雅彦、石丸謙二郎、佐々木すみ江、 梅津栄、ユースケ・サンタマリア、田中健(写真)、西村和彦、手塚とおる、田鍋謙一郎、甲本雅裕、田中要次、はなわ、 陳昭榮、サーマート・セーンサンギアム、山崎樹範、設楽統、日村勇紀、野添義弘ら。


浦沢直樹(&長崎尚志)の漫画『20世紀少年』を基にした3部作の2作目。
オッチョ役の豊川悦司、ユキジ役の常盤貴子、カンナ役の 平愛梨、ヨシツネ役の香川照之、マルオ役の石塚英彦、モンちゃん役の宇梶剛士、フクベエ役の佐々木蔵之介、万丈目役の石橋蓮司、 神様役の中村嘉葎雄、キリコ役の黒木瞳、角田役の森山未來、山崎役の光石研、田村マサオ(13番)役のARATA、敷島ミカ役の片瀬那奈らは 、前作に引き続いての出演。
今回からの初登場組は、蝶野役の藤木直人、ケンヂの同級生・コンチ役の山寺宏一、ヤマネ役の小日向文世、春波夫役の古田新太、高須役 の小池栄子、響子役の木南晴夏、仁谷神父役の六平直政、漫画家・金子役の手塚とおる、漫画家・氏木役の田鍋謙一郎、王役のチェン・ チャオロン、チャイポン役のサーマート・セーンサンギアムなど。今回のみの登場は、サダキヨ役のユースケ・サンタマリア、マライア役 の前田健、ブリトニー役の荒木宏文、ホクロの巡査役の佐藤二朗、珍宝楼の店主役の小松政夫など。
前作の主人公・ケンヂ役の唐沢寿明は、今回はラストにチラッと出てくるだけ。

この映画は、1作目を見ていても、それだけだと付いて行くのは大変だろう。
映画の尺を考えずに原作のシーンを押し込んだという感じで、だから適度な間を取るための余裕が全く無い。
ギューギュー詰めの状態で、最初から最後まで慌ただしくてバタバタしている。
それでも原作からすると相当に端折っているのだが、そのせいで余計に、いちげんさんには理解不能な内容になっている。

なんせ次から次へと容赦なくシーンが移動していくものだから、人間関係や話を頭の中で整理する余裕は無い。
シーンとシーンの繋がりが悪くて、原作の断片を並べたダイジェストといった感じになっている。
ほとんどの登場人物は出番が短く、チョイ役のようになっている。
サダキヨなんて、ホントなら「“ともだち”の正体は彼なのか」というところでのミスリードをしばらく引っ張るべきキャラクターなのに 、登場した数分後には、本人の口から“ともだち”でないことがあっさりと明かされてしまう。
そのため、「響子がボーナスステージで見たお面の少年の顔はサダキヨだった」というシーンが、まるで無意味なモノとなってしまって いる。

原作を読んでいる人間が、それと比較しながら見るというのが、本作品に適した観賞方法ではないかと思われる。
ただし、だからと言って、原作未読の人間に「この映画を楽しむには漫画を読んでから観賞すべきだ」と言う気は無い。
原作を読まないと付いて行けないという時点で、映画としては欠陥品ってことだからね。
だから漫画を読んでいない人には、観賞をオススメしない。

結局、これは「原作のキャラクターにそっくりなメンツを集めて漫画を再現してみました」という、そのアイデアだけで止まっているのだ 。
漫画から離れた1本の映画(3部作だから3本か)としての力が無いんだよね。
これが仮に小規模で公開される低予算のB級映画なら「そっくりさん大会」で留まっても構わないかもしれんが、3部作の大作映画で、 それだけじゃマズいんじゃないの。

それでも、原作が実写化した時に力を発揮するモノだったら何とか形になったかもしれないけど、原作でも本作品で描かれた辺りは既に グダグダな内容に突入しているんだよね。
1作目の批評でも書いたけど、原作は“血のおおみそか”がピークで、それ以降はグダグダのまま最後まで到達しちゃうから。
浦沢直樹と長崎尚志のコンビは、風呂敷を広げるのは得意だけど、畳むのは苦手なのか、最初からマトモに畳む気が無いのか、 どっちかだ。
これは『20世紀少年』だけじゃなく、『MONSTER』や『PLUTO』でも同じことが言える。

おまけに、漫画だと荒唐無稽でも受け入れられたことが、実写化されることで無理なモノになっているというケースもある。
そもそも、マヌケな覆面を被った男を多くの国民が崇拝しているという絵が、実写だと失笑モノにしか見えないんだよな。
あと、ケンヂが歌うシーンは原作でも陳腐だったが、実際にメロディーを付けて歌われると、ますます陳腐な印象になっちゃうね。

いっそのこと、カンナが関わる部分をバッサリと削ぎ落としてしまうぐらい思い切った改変を施さないと、3部作にまとめるのことは無理 だったんじゃないかと思ったりもする。
しかし、なんせ原作者の両名が関わっているので、そんな大胆な改変は不可能だったんだろう。
そう考えると、原作者のコントロール下に置かれている分、制約はあったんだろうし、堤幸彦監督は思うような作業が出来なかったのかも しれない。
ただし、だからといって堤監督を擁護する気には全くならないが。

原作未読の人の中には、色々と疑問を持つ人もいるかもしれない。
それは例えば、「ともだちランドのボーナスステージは、何がどのように洗脳プログラムになっているのか。あんなモン で洗脳の役割を果たしているのか」とか、「マルオは顔が一緒なんだから、“ともだち”サイドが気付かないのは変だろ」とか、「幾ら 小学生だからって全て平仮名ってのは変じゃないか」とか、「“ともだち”が棺桶から復活したのを見た人々が神として崇拝するのは バカらしくないか」といった疑問ではないだろうか。
貴方が抱いた疑問の大半は、原作にも存在する問題だ。
映画だけが含有しているモノではないので、あしからず。

(観賞日:2010年8月30日)

 

*ポンコツ映画愛護協会