『つぐみ』:1990、日本

故郷を離れて東京の大学に通っている白河まりあは、幼馴染みの山本つぐみからの電話を受けた。地元で暮らしている彼女は、夏休みに戻って来るよう、まりあを誘う。相変わらず口の悪いつぐみからの誘いに応じて、まりあは故郷へ戻ることにした。
まりあが故郷にいた頃、つぐみは最も仲の良い親友だった。つぐみは小さい頃から体が弱く、医者からは短命だと宣告されていた。周囲が甘やかして育てたものだから、彼女はすっかり意地悪でワガママな人間に成長してしまった。
つぐみは旅館の娘で、彼女は父の正、母の政子、姉の陽子に囲まれて暮らしていた。政子はまりあの母の妹で、まりあと母も、以前は旅館の離れで暮らしていた。だが、新しい父が東京に呼んでくれたので、まりあと母は地元を離れることになったのだ。
久しぶりに故郷に戻ったまりあがつぐみと一緒に浜辺で犬を散歩させていると、不良達が絡んで来た。そこへ1人の男が現れ、2人を助けてくれた。後日、つぐみは祭りの会場でも彼を見掛けた。つぐみにとって、男は気になる存在になっていた。
そんなある日、その男は、旅館に宿泊している高橋という男を訪れる。つぐみが名前を尋ねると、男は高橋恭一と名乗った。彼は宿泊客の弟で、美術館に勤め始めたばかりだった。恭一に惹かれたつぐみは、やがて彼と付き合い始める…。

監督&脚本は市川準、原作は吉本ばなな、製作は奥山和由&後藤亘&鍋島壽夫、プロデューサーは久保修&吉田多喜男、撮影は川上皓市、編集は荒川鎮雄、録音は宮本久幸、照明は磯崎英範、美術は正田俊一郎、音楽は板倉文。
出演は牧瀬里穂、中嶋朋子、白鳥靖代、真田広之、下条正巳、安田伸、渡辺美佐子、あがた森魚、財津和夫、吹越満、高橋節子、若林まどか、福永麻子、高橋源一郎、歌澤寅右衛門、なんきん、水野栄治、砂川真吾、野々村仁、辻本良紀、松枝良明、松枝多佳子、榎木夕希、三宅ひとみ、木下絵理、石田典明ら。


山本周五郎賞を受賞した吉本ばななのベストセラー小説を映画化した作品。
つぐみを牧瀬里穂、まりあを中嶋朋子、陽子を白鳥靖代、恭一を真田広之をが演じている。牧瀬里穂は、これが『東京上空いらっしゃいませ』に続く2作目の出演作。デヴューから2本続けて主演なのだから、どれほど期待値が高かったかが分かるというものだ。

市川準という人は、ドラマティックという言葉とは無縁な映画監督だ。
盛り上がって然るべきだと思えるようなシーンになっても、決して波を立てようとはせずに、淡々と流していく。
風景も登場人物も、常に観客から遠ざかろうとしている。
映画はデコボコ道や曲がりくねった道を嫌がって、舗装された平坦な道を進んでいく。

序盤、「見ている方が感情移入しなくても、きちんと何かを教えてくれるような気がした」というまりあの言葉が示される。
この映画はその言葉と逆で、見ている方の感情移入を拒もうとしているし、きちんと何かを教えてくれるような気がしない。
映画はまりあが進行役となり、モノローグによって説明していく。
人間関係やステータスの説明など、大半がドラマではなくモノローグによって語られる。
そういう処理方法を取っているため、頭の中には無機質で奥行きの無い情報だけがインプットされる。

どうやら原作では、つぐみは「イヤな子だけど、どこかチャーミング」というキャラクターとして描かれているらしい。
しかし、この映画ではモノローグや牧瀬里穂の芝居に頼りすぎたせいか、ただオツムの弱い子にさえ見えてしまう。
描写が足りていないために、つぐみがチャーミングに見えるだけの説得力が無い。

まりあが故郷に戻る前に回想シーンがしばらく続くので、てっきりつぐみと仲の良かった様子を描くのかと思ったら、そういうわけではない。
そして開始から30分ほどが経過しても、まりあにしろ、つぐみにしろ、キャラクターの輪郭がボンヤリしたままだ。
それは物語にしたって同じようなもので、どうにも話の芯らしきモノはえてこない。

語り手がまりあで、タイトルはつぐみなのだから、てっきり2人の関係が軸になって物語が進行していくのかと思ったら、そういうわけではない。
では何を描いているのかと問われたら、答えに困ってしまう。
まりあは夏休みに、いったい何を体験したのだろうか。

今作品は、「純文学小説からどういった部分を抽出するか」ということを深く考えず、ただ映像付きのダイジェストにしただけのような印象を受ける。
おそらく市川監督は、「何となく心地良くてキレイなイメージ・カット」を作り出す手腕は持っているのだろう。
しかし、商業ベースで長編映画を作るのには、向いていないのでは無いだろうか。

 

*ポンコツ映画愛護協会