『椿山課長の七日間』:2006、日本
椿山和昭が目を覚ますと、見知らぬ場所だった。その場所には、他にも大勢の人々がいた。マヤという女性が現われ、そこにいる面々が 4日前に死んだこと、現在地が天国と地獄の中間点にある“中陰役所”であることを告げた。驚きながら、椿山は自分に起きた出来事を 思い出した。デパートの婦人服売場担当の課長である彼は、マネキンを抱えて部下の嶋田と話している最中に意識が遠のき、その場に 倒れてしまったのだ。
マヤは死んだ人々に対し、天国に関する詳しい説明を行った。消滅したければ今すぐに可能だと告げ、そのためのボタンを皆に用意した。 数人がボタンを押して消滅した。椿山の脳裏には、21年分が未払いの住宅ローンのことが浮かんだ。養護施設にいる痴呆の父・昭三を 誰がするのかと気になった。愛する妻・由紀と小学生の息子・陽介のことも気掛かりだった。
マヤは天国の素晴らしさを長々と語るが、椿山の耳には入ってこなかった。椿山は手を挙げ、現世に戻ることは出来ないのかとが聞いた。 するとマヤは、特例として初七日までは認められる場合があると説明した。現世に戻ることを望んで椿山がボタンを押すと、別の場所に ワープした。特例が認められたのは、椿山とヤクザの武田、少年・雄一の3人だけだった。
それぞれに認められた理由が違っており、武田は戻らねば無益な殺し合いが起きるから、雄一は会いたい人がいるからだった。そして椿山 の場合、「重大な秘密を知らずに死んだのが気の毒だから」として特例が認められた。現世に戻る際の決まり事として、正体の暴露と復讐 は厳禁だとマヤは告げた。12歳未満は大人が付き添うのが決まりだと聞き、椿山は雄一の付き添いを申し出た。
現世に戻るボタンを押した椿山は、ホテルの一室で目を覚ました。しかし鏡で自分の体を確かめると、若い女性に変身していた。マヤに よれば、椿山とは正反対の和山椿という女性になったのだという。同じ部屋には、雄一が変身した少女・蓮子もいた。同じ頃、武田は若い 男・竹内弘実となって弟分・市川大介の元を訪れていた。竹内は、幼くして里子に出されていた武田の息子だと自己紹介した。市川は竹内 に、武田は自分の身代わりとして殺された、ヒットマンが間違えたのだと語った。
雄一の会いたい相手は実の両親だが、居場所は分からなかった。椿は蓮子を連れて雄一の家へ行き、育ての母親から話を聞こうとするが 拒絶される。続いて昭三の元へ行くと、彼は元気にパソコンを操作していた。驚いた椿が声を掛けると、昭三は息子夫婦の前では痴呆の 芝居をしていると明かす。自分がいると家族が壊れるし、息子を傷付けたくないための配慮だという。昭三は陽介と頻繁にメールを交換 していた。つまり、陽介だけは昭三の芝居を知っていたのだ。
長く役所で福祉の仕事をしていた昭三に、椿は雄一の両親探しへの協力を要請した。椿は昭三の芝居が重大な事実だったのかと考えるが、 マヤによれば、他にも残されているという。椿は、椿山にお世話になった者と称して自宅を訪れた。すると、そこには椿山のバスローブを 着た嶋田の姿があった。妻と部下の不倫関係を知った椿は激怒し、嶋田と揉み合いになる。
陽介は蓮子の前で、「みんな死ねばいい」とつぶやいた。彼は家に嫌気が差しており、昭三の元へ行くつもりだった。バーで号泣していた 椿は、竹内に声を掛けられた。お互いに、相手の正体には気付いていない。竹内から部屋に誘われた椿は、なぜか同意してしまった。 しかしベッドに押し倒された時、2人はマヤに渡された時計を見て互いの正体に気付いた。
昭三の調べにより、雄一が3歳まで聖信園という施設にいたことが判明した。椿はデパートへ行き、嶋田を行き付けの喫茶店「マイルス」 に呼び出した。嶋田は、椿山が結婚する以前から由紀と交際していたことを話した。ちょうど不和になっていた時期に由紀が椿山との結婚 を決めたが、嶋田が引越しの手伝いに行った時に関係が復活したのだという。マイルスに椿山の親友・知子が来たため、嶋田は彼女に椿を 押し付けるようにして立ち去った。椿は、仕事の後で知子と会う約束を取り付けた。
竹内は組事務所を訪れて組員の純一に会い、「武田は末期ガンで余命一ヶ月だった。市川が狙われていると知り、わざと身代わりになった」 と説明した。そして、「相手を恨んでも意味が無い。足を洗え」と記した遺言書を見せた。もう1人の組員・卓人は、復讐心を募らせた まま失踪していると聞かされ、卓人のアパートを訪れた竹内は、彼が市川を恨んでいることを知った。
蓮子は陽介に付き添ってもらい、聖信園を訪れた。そこで蓮子は、両親の名が市川大介と静子だということ、父親がヤクザだということを 聞かされた。蓮子からの電話により、竹内は市川との関係を知った。市川と静子は、息子を手放したことを今に気に病んでいた。竹内は、 蓮子を市川夫婦に引き合わせることにした。一方、椿は知子から部屋に誘われ、一緒に飲んだ。椿山と知子は若い頃、一度だけ肉体関係を 持ったことがあった。知子は椿に、椿山が死んで、自分が彼と結婚したかったことに気付いたと吐露した…。監督は河野圭太、原作は浅田次郎、脚本は川口晴、プロデューサーは井口喜一&久保理茎、製作総指揮は若杉正明、撮影は川越一成、編集 は田口拓也、録音は郡弘道、照明は花岡正光、美術は瀬下幸治、音楽は服部隆之、主題歌『あなたへと続く道』はコブクロ。
出演は西田敏行、伊東美咲、成宮寛貴、國村隼、市毛良枝、渡辺典子、須賀健太、綿引勝彦、志田未来、和久井映見、余貴美子、 桂小金治、沢村一樹、茅島成美、西尾まり、伊藤大翔、松田悟志、青木崇高、藤村俊二、山田花子ら。
朝日新聞に連載された浅田次郎の同名小説を基にした作品。
監督は『子ぎつねヘレン』の河野圭太。
脚本の川口晴は、たぶん脚本家の榎祐平や映画プロデューサーの榎望と同一人物のはず。あと脚本家の森えいみも同じ人じゃないかな。
椿山を西田敏行、椿を伊東美咲、竹内を成宮寛貴、市川を國村隼、静子を市毛良枝、由紀を渡辺典子、陽介を須賀健太、武田を綿引勝彦、蓮子を志田未来、マヤを 和久井映見、知子を余貴美子、昭三を桂小金治、嶋田を沢村一樹が演じている。伊東美咲は完全なるミスキャスト。
役者不足と言った方がいいかもしれない。
伊東美咲が男っぽい仕草をしても、そこに大きなギャップを感じないのよね。かつてスパ王のコマーシャルで、それに近いことをやって いたし。普通は演じる役に違和感があったら困るんだけど、そこは「そんな美女が、そんな男みたいな動きを」という意味でのギャップが 必要なはず。
「姿が女になってしまった男」じゃなくて、「男っぽいところのある女」でしかないのよね、この映画の椿ってのは。
っていうかさ、言葉が男っぽくなっているだけで、立ち振る舞いの大半は女のままでしょ、この人。
最初に「中身は男です」ということの表現としてガニ股になったけど、その後は全くガニ股を見せず、普通に歩いているし。雄一が必死になって実の親を探そうとする理由が、今一つ理解できない。
いや、もちろん本当の親に会いたいという気持ちは分からないではないよ。
ただ、育ての親に冷たくされていたわけでもないし、そこまでのモチベーションには少し付いていけない部分がある。
結局、育ての親との関係修復は出来ていないままで話が終わっているのも引っ掛かるし。タイトルに偽りありの作品である。何しろ、7日間の物語ではないのだ。3日間だ。
そもそも、「初七日までは現世に戻ることが出来る」という設定なのに、最初に「死んでから4日後に目覚める」というところから始める 段階で、おかしなことになっている。
なぜ4日後なのかと。
いや、「時間的に7日間も描くのは難しいから3日間に短縮しよう」と考えたことは、バカでも分かるよ。
ただ、それならタイトルもそれに合わせて変更しなきゃいけない。でも、そこは原作の力が欲しいから、そのまんま残している。
だからタイトルと中身にズレが生じる。というかね、そもそも「7日間も描くのは難しい」というのが間違いなのよ。
そこは、思い切って竹内と蓮子を切れば、何とかなるのよ。
時間が足りないから、3日間に短縮したのに、まだ性急な印象を受けてしまう。
だって妻の不倫を知るところで、もう上映時間の半分程度が経過しているのよ。そして嶋田と喫茶店で話す場面が終わると、もう妻や彼に 対する怒りや悲しみやショックは、すっかり消え失せている。
家族のために戻ってきて裏切られたんだから、もっと悶えるぐらいの感情の揺れ動きがあってもいいぐらいなのに。
ただ、竹内と蓮子を切れば椿山の物語を描く時間を割くことは出来るんだが、本作品において感動の要素が竹内と蓮子の物語にあることも 事実なのよね。この2人は市川を通じて接点が生じるし。
で、そこに接点が生じる辺りで、もう椿ってどうでも良くなっちゃう。
終盤に「実は陽介が嶋田の息子だった」という事実が明らかになるが、それによって椿の物語が動くようなことも無いし、直後に市川夫婦 と蓮子が会う事実上のクライマックスが待っているので、椿の話なんてどうでもいい。冒頭、まず椿山が目を覚ますところから始まり、マヤの説明と椿山の回想がカットバックで処理される。
この導入部分からして失敗だと感じた。
ここは、先に椿山が元気に働く姿、そして急に倒れる姿をアヴァン・タイトルで描き、そして死後の世界に入っていった方がいい。
そうした方が、天国に関する説明も少しは短く出来るだろうし。
というか、マヤの説明が長すぎるぞ。そんなに天国についてクドクドと説明する必要があるのかね。
だって、椿山は天国に行きたがっているわけじゃないのよ。「こんなに天国は魅力的なのに行かないのか」という見せ方をする意味合いも 感じないし。
そこを短縮化できれば、3日間じゃなく7日間を描くための時間も少しは作れただろうに。
ついでに言うと、他の大勢の面々も要らないんじゃないの。そして椿山とマヤとの会話で進行した方がいいんじゃないの。
あと、冒頭でしっとりモード、しんみりモードにするのも解せない。そこから既に軽妙な雰囲気作りをしておいた方がいいと思うんだ けどね。もう1つ言うと、そこで「ファンタジー」としての雰囲気作りもしておくべきなんだが、それも出来ていない。椿山は愛する家族への未練があり、家族のために現世に戻って来たのに、その家族である妻に裏切られていたことを知る。妻が恋人と険悪 になり、その面当てみたいな形で結婚相手に選ばれたと知る。武田にしろ雄一にしろ、地上へ戻った目的が達成されて成仏する。
しかし椿山の場合、その思いを裏切られるわけだから、そうなると物語の決着の付け方ってのは非常に難しいと思うのよね(ちなみに私 には全く解決方法が思い浮かばない)。
人気の小説なんだから、たぶん原作では上手く処理しているんだろう。しかし映画版に限っては、スッキリしないこと甚だしい。
前半では冒頭の1シーンにチョロッと出て来ただけの知子が後半になって再登場し、残り30分ぐらいまでは何の迷いも無い友人関係だった にも関わらず、そこから「最後に椿山が知子に愛を告白して成仏」というのは、ムチャでしょ。
椿山はスッキリしているようだが、こっちは全くスッキリしねえよ。それと、演出に関して細かい注文を付けると、なぜ竹内と蓮子の姿が薄くなって消滅する時に、本当の姿である武田と雄一を重ねた映像表現 にしないのかね。
2人とも、「子分や母親が本当の姿に気付いて成仏」という流れなんだから、そこは本当の姿で成仏すべきでしょ。
椿が成仏する時だけは椿山の姿が一瞬だけ重なるが、そこでの特別扱いは違うでしょ。