『椿三十郎』:2007、日本
ある夜、荒れ果てた社殿には9人の若侍が集まって密談をしていた。井坂伊織、寺田文治、保川邦衛、河原晋、守島隼人、守島広之進、 関口信吾、八田覚蔵、広瀬俊平という面々だ。彼らは次席家老・黒藤と国許用人・竹林の汚職を知り、井坂が伯父である城代家老の睦田に 意見書を提出した。しかし井坂は仲間達に、睦田が意見書を破り捨てたことを告げた。
井坂は寺田たちに、大目付・菊井から「若い人達と共に立ちましょう。仲間を集めて欲しい」と持ち掛けられたことを報告した。若侍たちが 喜びに沸いたところへ、奥の部屋から一人の浪人者が現れた。浪人者は井坂たちの話を聞いており、菊井こそが黒幕ではないかという意見を 述べた。彼の推測通り、黒藤と結託していた菊井は、手勢を送り込んで社殿を包囲した。
浪人者は自分に任せるよう井坂たちに告げ、社殿の外に出た。菊井の手勢は社殿へ乗り込もうとするが、浪人者に叩きのめされた。大木の 陰にいた菊井の用心棒・室戸半兵衛は、手勢に退却を指示し、「この男を片付けるには大分、手間が掛かるぞ」と口にした。それから彼は 浪人者に近付き、「仕官の望みがあるなら、大目付の役宅へ俺を訪ねて来い」と告げて立ち去った。
浪人者が社殿に戻り、床下に隠れさせていた若侍たちを呼んだ。平伏した若侍たちに、浪人者は飯代を所望した。小判を受け取った彼が社殿を 去ろうとする後ろで、井坂は「伯父の元へ行って詫びを入れ、指示を扇ぐ」と仲間に告げた。浪人者は、ふと気付いて、「そうなると 城代家老が危ないぞ」と口にした。井坂が急いで睦田の元へ行こうとすると、仲間たちが「死ぬも生きるも9人」と結束した。浪人者は、 「10人だ」と言った。浪人者は「危なくて見ていられねえ」と、手を貸してやることにした。
睦田の屋敷へ向かうと、腰元・こいそが飛び出してきた。彼女は井坂に、菊井が手勢を連れて乗り込んできたこと、睦田が連行されたこと、 他の者は長屋に押し込められていること、睦田夫人と娘の千鳥も見張り付きで監禁されていることを告げた。こいそは侍たちに酒を運ぶため 、長屋から出られたのだという。浪人者は、長屋に戻って侍たちに酒をたらふく飲ませるよう、こいそに告げた。
浪人者と井坂たちは、見張り役3名を襲撃した。浪人者は2人を斬り捨て、木村という侍を捕まえた。彼らは夫人と千鳥を救出し、ひとまず 馬小屋に退避した。夫人は浪人者に、「貴方は少しギラギラしすぎます。抜き身みたいに。本当に良い刀は、鞘に入っているものですよ」 と告げた。保川たちは木村から睦田の監禁場所を聞き出そうとするが、何も知らない様子だった。
浪人者は木村を斬るよう井坂たちに持ち掛けるが、夫人は反対した。井坂たちは、夫人と千鳥を寺田の家に匿い、木村を押入れに閉じ込めた。 寺田の家は黒藤の屋敷の隣にあったが、それを浪人者は歓迎した。睦田夫人から名前を聞かれた浪人者は、「椿、椿三十郎。いや、もう そろそろ四十郎ですが」と答えた。隣にある黒藤の屋敷には、椿の花が咲き誇っていた。
黒藤の屋敷には、彼と竹林、菊井、そして半兵衛が集合した。彼らは睦田が悪事を働いていると記した高札を立て、人数さえ分からない 反逆者に対して先手を打った。さらに菊井たちは反逆者を誘い出すため、自分たちが乗っていると装った囮の駕篭を出すことにした。菊井たちの 屋敷から、わずかな護衛のみで駕篭が出たと知った若侍たちは、襲撃する絶好の機会だと考えた。
三十郎は怪しいと感じたが、駕篭を追跡する井坂たちに同行した。彼らは先回りして、町外れの草むらに隠れた。三十郎は乗り気のしない 様子を示したが、井坂たちは草むらから飛び出そうとする。その時、騎馬の一団が駕篭に向かって駆けて来た。高札を読んで睦田に憤慨を 覚えた連中が、菊井たちを護衛するため駆け付けたのだ。すると大勢の侍が出現し、騎馬の一団が反逆者だと勘違いして包囲した。その様子 を見て、三十郎と井坂たちは立ち去った。
三十郎は「売り込みに行く」と井坂たちに言い残し、黒藤の屋敷へ向かった。半兵衛は三十郎を歓迎し、汚職の真実を語った。そして相棒に なるよう持ち掛け、2人で外出した。三十郎の裏切りを危惧した保川と河原は、尾行することにした。井坂と広瀬も、保川たちには任せて おけないという理由で同行した。しかし三十郎と半兵衛は尾行に気付き、4人を捕まえて縛り上げた。
井坂たちは黒藤の屋敷に連行され、大勢の見張りに包囲された。半兵衛が出掛けた後、三十郎は「とんだ手間を取らせやがって」と苛立ちを 示しながら4人の縄を切った。三十郎は見張りの連中を次々に斬り、4人を逃がした。半兵衛が戻ると、大勢の死体が転がっており、 三十郎は縛り上げられていた。彼は、井坂の仲間が襲撃したように偽装したのだ。縄を解かれた三十郎は「面目ねえ。しかし、あの青侍の 面は覚えた。手土産にして出直すぜ」と告げて、屋敷を後にした。
睦田夫人と千鳥は、庭を流れる小川に紙片を発見した。それは井坂たちが睦田に提出した意見書の一部だった。小川は黒藤の屋敷から流れて くる。睦田が隙を見て、小川に紙片を流したのだ。井坂たちは、睦田が黒藤の屋敷に監禁されていると確信した。三十郎は、黒藤の屋敷に 大勢の侍が集結していることを彼らに告げた。そう簡単に、睦田を助け出すことは出来そうに無い。
三十郎は井坂たちに、ある作戦を提案した。まず三十郎が黒藤の屋敷へ赴き、「光明寺の山門の上で寝ていると、奴らが集まるのを見た」と 嘘を吹き込む。菊井の手勢が光明寺へ向かったのを見計らい、井坂たちが屋敷に乗り込んで睦田を助け出すというものだ。三十郎は手勢が 引き払ったのを知らせる合図として、屋敷に火を放つことを考える。しかし夫人と千鳥が反対し、椿の花を川に流すよう提案した。一つ ぐらいでは偶然に落ちたものと勘違いする恐れがあるので、大量に流すことで話は決まった。
三十郎は黒藤の屋敷へ乗り込み、半兵衛に「いい手土産がある」と告げた。一方、寺田の家では木村が慌てた様子で押入れから飛び出し、 「光明寺は平屋だ、山門なんか無い」と井坂たちに言う。しかし、菊井の手勢は三十郎の嘘に気付かなかった。彼らが光明寺へ向かった後、 三十郎は椿の花を摘む。そこへ半兵衛が現れ、三十郎を捕縛した。三十郎の嘘は敵に気付かれた。
半兵衛は手勢を呼び戻すため、光明寺へ向かった。屋敷に残ったのは、黒藤と竹林、菊井の老家来・三太夫だけだ。三十郎は彼らに、 「早く合図をしないと、隣に集まった侍達が助けにくるぞ」と告げた。動揺する彼らに対して、三十郎は「白い椿が中止の合図だ」と嘘 を告げた。寺田の家で井坂たちが小川を見ていると、白い椿の花が大量に流れてきた。井坂たちは隣の屋敷に乗り込み、黒藤たちを取り押さえた。 半兵衛が手勢を連れて屋敷に戻ると、三十郎の姿は消えていた。座敷牢に睦田の姿は無く、黒藤や竹林たちが入れられていた…。監督は森田芳光、原作は山本周五郎、脚本は菊島隆三&小国英雄&黒澤明、製作は島谷能成&千葉龍平&早河洋&永田芳男、 プロデューサーは三沢和子&徳留義明&市川南&田中迪&梅澤道彦、プロデューサー補は和田康作&阿部謙三&剱持嘉一、プロデュースは 大杉明彦&高木政臣&亀山慶二&富山省吾、プロダクション統括は山田健一、製作総指揮は角川春樹、撮影は浜田毅、編集は田中愼二、 録音は柴山申広、照明は渡辺三雄、美術は小川富美夫、殺陣は中瀬博文、題字は金田石城、音楽は大島ミチル、音楽プロデューサーは 石川光。
出演は織田裕二、豊川悦司、藤田まこと、中村玉緒、小林稔侍、西岡徳馬、風間杜夫、松山ケンイチ、鈴木杏、村川絵梨、佐々木蔵之介、 林剛史、一太郎、粕谷吉洋、富川一人、戸谷公人、鈴木亮平、小林裕吉、中山卓也、伊藤克信、森下千里、すほうれいこ、桂木ゆき他。
1962年に公開された同名映画をリメイクした作品。
原作は山本周五郎の『日日平安』だが、オリジナル版の映画は同じ黒澤明監督による『用心棒』の続編的な内容に脚色されており、主人公 のキャラクター造形が小説版とは大きく異なる。その『用心棒』と『椿三十郎』のリメイク権を獲得したのが角川春樹で、まず『用心棒』 ではなく『椿三十郎』を製作したという次第。
脚本は、菊島隆三&小国英雄&黒澤明による1962年のオリジナル版に全く手を加えず、そのまま使用している。
監督は、時代劇は初挑戦となる森田芳光。三十郎役は、森田監督が「彼しかいない」と指名した織田裕二。これが時代劇初主演となる。
半兵衛を豊川悦司、睦田を藤田まこと、睦田夫人を中村玉緒、黒藤を小林稔侍、菊井を西岡徳馬、竹林を風間杜夫、井坂を松山ケンイチ、 千鳥を鈴木杏、こいそを村川絵梨、木村を佐々木蔵之介が演じている。同じ脚本を使うということは、仕上がりの差は、出演者と監督によって生じる部分が大半だ(そりゃ他に照明や美術もあるだろうが)。
では、果たして森田芳光という監督が、黒澤明に匹敵するか、あるいは越えるほどの演出力を持っているだろうか。
織田裕二という俳優が、三船敏郎に匹敵するか、あるいは越えるほどの演技力やカリスマ性を持っているだろうか。
そういうことを考えた時、おのずと「この映画は間違い無く失敗に終わる」という答えは見えてくるはずだ。公開される前から、いや製作 される前から、失敗は確定事項だったと言ってもいい。
ただし、森田芳光と織田裕二の組み合わせじゃなかったら上手くいったのかというと、それも疑問だ。
2007年の時点で、黒澤明に匹敵する手腕を持つ時代劇映画の監督がいるか、三船敏郎に匹敵する役者がいるかと考えると、まあ見当たらないわな。同じ脚本を使った時点で、誰がやっても失敗することは目に見えていた。
ただし、仮に脚本を改変したとしても、やはり本家には勝てないと思うのよね。
身も蓋も無いことを書いてしまうと、そもそも『椿三十郎』をリメイクしようってのが大間違いなのよ。
邦画の世界にもリメイクの波が押し寄せているのかもしれんが、菊島隆三、橋本忍、小国英雄が脚本に参加した白黒時代の黒澤作品には手 を出しちゃダメだな。織田裕二を起用するにしても、大川橋蔵や東千代之介が主演した東映の「明るく楽しい時代劇」なら、まだ可能性は あったと思うけど。森田芳光監督は、同じ脚本を使うだけでなく、セリフ回しまでもオリジナル版を踏襲している。
さらに、カット割りやカメラアングルも、オリジナル版に似せようとしている意識が強いようだ。
彼はリメイク版『サイコ』や『オーメン』の失敗を見ていないのだろうか。
あと、この人は殺陣を撮る手腕が無い。コミカルなテイストが強くなっているように感じるが、それは森田監督なりの味付けというこ となんだろう。しかし、それも効果を発揮しているとは言い難い。織田裕二には、食い詰め浪人者のやさぐれた感じも無いし、抜き身と称されるほどの凄味も無い。
オリジナル版そのままの台詞回しも、全く口に馴染んでいない。
気合は入っているんだろうが、完全に空回り。無骨な感じも、荒々しさも無い。豪快さも、超然たる雰囲気も無い。どこからどう見ても、 抜き身ではない。
抜き身のキャラクターを、彼が頑張って演じようとしていることは、痛いほど伝わって来る。しかし、全く自分のものに出来ていない。
何より軽い。それに最初から、いい人に見えすぎる。オリジナル版の三船敏郎が当時42歳で、今回の織田裕二は40歳。
実は、年齢的には、そう変わらないのだ。
しかし織田裕二は童顔だから、実年齢よりも若く見える。
だから、「貫禄や風格のある年長の浪人が、世間知らずの若い侍たちを導いていく」という関係性に見えない。
そもそもオリジナル版の椿三十郎は三船敏郎にアテ書きされたようなキャラなんだから、そのまま別人に当てはめようとしても、そりゃ 無理が生じて当然なのよ。しかも、三船敏郎とは全くタイプの異なる織田裕二なんだから。豊川悦司も織田裕二と同様、ギラギラした感じが全く無い。「常に抜き身」という鋭さも感じられない。
あと、2人の年齢差に大きな問題がある。
オリジナル版では三船が42歳で、半兵衛を演じた仲代達矢は30歳。今回のリメイク版では、織田が40歳で豊川は45歳。豊川の方が年上だ。 そして見た目でも、豊川の方が明らかに年配に見える。
これが大きなマイナスになる。
というのも、豊川悦司と織田裕二の関係だと、熟練の半兵衛が年下の三十郎に振り回されるという図式になるのだ。
それだと、半兵衛がバカな小物に見えてしまう。
また、ラストにおける三十郎と半兵衛の戦いも、三十郎が年上じゃないとサマにならない。
「こいつは俺にそっくりだ。抜き身だ」という三十郎のセリフも、半兵衛の方が年下じゃないと、その意味合いが一気に弱くなる。その セリフを口にする時、三十郎が半兵衛に若い頃の(今までの)自分を重ね合わせてこそ、意味があるはずだ。中村玉緒は、高貴な家柄ゆえに穏やかな性格になっていると言うよりも、ただ軽薄で能天気なだけにしか見えない。
本当は「貴方は少しギラギラしすぎます。抜き身みたいに。本当に良い刀は、鞘に入っているものですよ」というのは、とても重要な セリフなのだが、ものすごく薄っぺらいものになっている。
鈴木杏は、ゆったりした台詞回しが全く口に馴染んでいない。
あと、中村玉緒と鈴木杏が親子ってのは、年齢差としてどうなんだろうか。殺陣のシーンにおいては、血が全く出ない。
それはそれで、まあ良しとしよう。
しかし、斬った相手から血しぶきが全く上がらず、また三十郎も返り血を全く浴びていないにも関わらず、血が吹き出る音がして、刀には 血が付着しているというのは、どういうことなのか。
残酷時代劇のテイストを排除するのであれば、徹底すべきだろうに。
どうしたいのかサッパリ分からん。オリジナル版におけるラストの対決シーンは、あまりにも有名だ。
個人的には、殺陣は秀逸だが、過剰に吹き出る血しぶきは残念なことになっていると思う。
で、今回のラストは、演出を変えている。でも、その改変がヒドい。
まず、一瞬で決まらず、2人が揉み合いを始める。その時点で既に愕然としてしまうのだが、その後に、「スローで別の角度から繰り返し 再生」という演出でダメ押し。
刹那の決着こそが醍醐味だったのに、せっかくのクライマックスを台無しにしているぞ。(観賞日:2008年12月28日)
第1回(2007年度)HIHOはくさい映画賞
・生涯功労賞:角川春樹
<*『蒼き狼 地果て海尽きるまで』『椿三十郎』の2作での受賞>