『とんかつDJアゲ太郎』:2020、日本

渋谷の道玄坂にある円山旅館の一室に、様々な家業の3代目に当たる幼馴染の「道玄坂ブラザーズ」が集まっていた。とんかつ屋しぶかつの勝又揚太郎、円山旅館の室満夫、道玄坂薬局の白井錠助、宇田川ブックセンターの平積タカシ、東横ネオン電飾の夏目球児の5名である。他の4人が人生ゲームに興じる中、揚太郎はベランダから双眼鏡で向かいのビルを覗いた。彼の目当ては、スタイリストアシスタントとして働く服部苑子だった。揚太郎は満夫たちの前で、自分の人生に苑子のような美女がいないことを嘆いた。
父から電話を受けた満夫は、揚太郎に妹のころもが連絡して来たことを伝える。仕事をサボっていた揚太郎は、慌てて店へ戻った。店では揚太郎の父親の揚作と母親のかつ代が忙しく働いており、ころもも手伝っていた。揚太郎はテレビを見ながらキャベツの千切りを作り、客の注文を間違えて料理を出した。閉店時間になり、常連客から「元気な内に揚太郎のとんかつが食いてえなあ」と言われた揚太郎は元気に「任せてください」と返した。
揚太郎は今まで一度も、揚作からとんかつを揚げさせてもらえていない。彼が抗議すると、揚作は「キャベツ切ってるだけで何も考えていない」と指摘した。その上で揚作は、「無理に継がなくていいんだぞ」と告げた。閉店後にも関わらず弁当の電話注文が入るが、揚作は承諾した。配達を指示された揚太郎は、指定された場所へ向かいながら電話で満夫たちに愚痴をこぼす。「店を継ぎたいと言えばいい」と勧められた彼は、「店を継ぎたいわけじゃなくて、他にやりたいことが無いからやってるだけなの」と述べた。
弁当の配達先はクラブハウス『WOMB』で、若者たちが行列を作っていた。揚太郎は困惑するが、店長が気付いて招き入れた。弁当の注文主は、DJオイリーの名で活動する尾入伊織だった。弁当を食べた尾入は元気になり、揚太郎に礼を述べた。揚太郎は店長に「見てく?」と訊かれ、初めてクラブのフロアへ赴いた。志麻子という女性から「ここ、クラブですよ」と服装が場違いであることを指摘された揚太郎は、弁当の配達で来たことを説明した。
志麻子と一緒にクラブへ来ていた友人が苑子だと知り、揚太郎は自己紹介した。尾入がDJプレーを始めると、店の客が楽しく踊り始めた。その様子を見た揚太郎は魅了され、自分がDJとして苑子を踊らせる妄想を膨らませた。彼は尾入に弟子入りを志願するが、「人から教わるもんじゃねえ。みんな独学でやってる」と言われる。「DJは自分の好きなようにやっていい?」と揚太郎が質問すると、尾入は「ああ」と告げた。
次の日、揚太郎は満夫たちに、「今日からDJになる」と宣言した。「クラブは天国だ」と話す彼に仲間は協力し、必要な機材を集めた。揚太郎は円山旅館のカラオケ室を貸してもらい、DJとして満夫たちを踊らせた。5人は「3代目道玄坂ブラザーズ」として、「とんかつDJ」の動画をネットにアップした。揚太郎たちはフワちゃんとコラボするなどして順調に知名度を上げ、あっという間に再生回数が10万を突破します。揚太郎の家族も動画を知り、揚作は激怒した。
自信を付けた揚太郎はクラブへ行き、苑子に声を掛けて動画を見せる。しかし苑子に「ちょっと分かんない」と言われ、彼は落胆した。店で女性たちからサインを求められていた若手DJの屋敷蔵人に気付き、揚太郎は声を掛けて自己紹介した。尾入は家賃の滞納でアパートを追い出され、友人の溝黒が営むレコードショップに移る。彼は仲間に電話を掛けて居候させてもらおうとするが、全て断られた。溝黒からとんかつDJの動画を見せてもらった尾入は、揚太郎を利用する計画を思い付いた。
しぶかつに客として尾入が姿を見せたので、揚太郎は「言われた通り、好きにやったら苑子ちゃんにドン引きされた」と抗議する。尾入は動画について「そもそもDJじゃねえ」と指摘し、師匠になってやると持ち掛けた。最高のDJにしてやると言われた揚太郎は、練習場所であるカラオケ室へ彼を案内した。尾入は満夫たちが用意した機材を見て呆れ果て、「俺の機材一式やレコードを置いてもいい」と告げる。揚太郎たちが機材を運ぶと、尾入は1本のビデオテープを渡して「これで学べ」と指示する。それはDJの技術など全く教えない教材テープだったが、揚太郎は熱心に真似をした。
店の仕事に全く熱を入れない揚太郎の様子を見たころもは、「とんかつを揚げないと、ただのDJ」と指摘する。しかし揚太郎は全く意に介さず、「それも悪くないな」と口にする。球児から「まるで上達している感じがしない」と言われた揚太郎は、尾入がDJをしている店へ赴いた。そこで尾入のDJプレイと客の様子を見た揚太郎は、父が店でとんかつを揚げている姿を重ね合わせた。しぶかつに戻った彼は、揚作に「とんかつもフロアも、どっちもアゲられる男になる」と宣言した。
揚太郎はDJの練習だけでなく、しぶかつの仕事にも熱心に取り組むようになった。彼はDJの技術を磨き、それを見た尾入は才能を感じ取った。クラブ「WOMB」のフロアマネージャーを務める峰から「DJに1人穴が開いたから出てよ」と頼まれた尾入は、揚太郎を推薦した。尾入はイベント出演が決まったことを揚太郎に伝え、フロアにいる客をイメージしてプレイするよう助言した。イベント当日、円山旅館に苑子が現れたので、満夫はイベントのチラシを渡した。
夜、道玄坂ブラザーズの4人が場違いなタキシードで店に来る中、揚太郎は客を踊らせた。彼は気付いていなかったが、揚作も密かに様子を見に来ていた。揚太郎が仲間4人と掛け合いを始めると、客は白い目で見た。まるでフロアを見ずにプレイしていた揚太郎は途中で音を止めてしまい、客は次々にフロアを去っていく。揚太郎は店に来た苑子に気付き、完全に音を止めてしまった。するとVIP席にいた屋敷がDJブースに現れ、曲を掛けてプレイを始めた。客は屋敷に気付くと、一斉にフロアへ戻って踊り始めた。
イベント終了後、尾入は峰に叱責されて謝罪した。揚太郎は屋敷から、「独りよがりはDJに向いてないよ」と指摘された。屋敷は人気の若手DJというだけでなく、IT企業の経営者としても注目を集める男だった。大失敗に落ち込んだ揚太郎は、やる気を失ってカラオケ室にも行かなくなった。苑子に話し掛けられた彼は、頼まれてカラオケ室へ案内した。揚太郎がDJを辞めたと聞き、苑子は「初めは誰でも失敗するよ」と告げた。
イベントの日から尾入はカラオケ室に姿を見せておらず、苑子は「クラブでも全く見ない」と言う。揚太郎は溝黒を訪ね、尾入の居場所を聞き出した。タクシー会社の洗車係として働く尾入を見た揚太郎は、声を掛けずに立ち去った。彼が店に戻ると、揚作がとんかつを揚げる工程を見せて「初めは怖かった。あの台で感じたことを忘れるなよ」と告げる。「お客がとんかつを気に入らなかったら、どうする?」と揚太郎が訊くと、彼は「それでも揚げる。次に会った時には、その時の最高のとんかつを出す」と答えた。満夫たちは峰に頼み込み、WOMBのマンスリーDJオーディションに揚太郎が出場できるように手配した…。

監督・脚本は二宮健、原作はイーピャオ&小山ゆうじろう『とんかつDJアゲ太郎』(集英社 少年ジャンプ+)、脚本協力は喜安浩平、製作は石原隆&池田宏之&瓶子吉久、プロデューサーは小原一隆&村瀬健&唯野友歩、撮影は工藤哲也、照明は藤田貴路、録音は山田幸治、美術プロデューサーは三竹寛典、美術は宮川卓也&d木陽次、編集は穗垣順之助、音楽はorigami PRODUCTIONS(Shingo Suzuki、mabanua、関口シンゴ、Kan Sano、Michael Kaneko、Hiro-a-key)&黒光雄輝 a.k.a. PINK PONG、音楽プロデューサーは齋見泰正&安井輝、主題歌『Runaway Baby』Performed by Bruno Mars。
出演は北村匠海、山本舞香、伊藤健太郎、伊勢谷友介、加藤諒、栗原類、前原滉、浅香航大、片岡礼子、揚作をブラザー・トム、新田真剣佑、伊藤沙莉、パパイヤ鈴木、DJ KOO、池間夏海、斉藤陽一郎、川瀬陽太、山谷花純、内田朝陽、木口健太、大下ヒロト、フワちゃん、大島蓉子、一ノ瀬ワタル、おかやまはじめ、不破万作、高保、山本奈衣瑠、山上賢治、小村昌士、熊野晋也、鳥居功太郎、三島ゆたか、真下有紀、桐畑トール、愛わなび、盲腸、成田マイケル理希、本田夕歩、高崎かなみ、伊織いお、くるす蘭、メイリ、松本ファイター、サッシャ、鉄平、Ryan Drees、青嶋達也(フジテレビアナウンサー)他。


少年ジャンプ+で連載されていたイーピャオ&小山ゆうじろうの同名漫画を基にした作品。
監督・脚本は『THE LIMIT OF SLEEPING BEAUTY -リミット・オブ・スリーピング ビューティ-』『チワワちゃん』の二宮健。
揚太郎を北村匠海、苑子を山本舞香、屋敷を伊藤健太郎、尾入を伊勢谷友介、満夫を加藤諒、錠助を栗原類、タカシを前原滉、球児を浅香航大、かつ代を片岡礼子、揚作をブラザー・トムが演じている。
揚太郎が失敗するイベントでVIPルームにいる客として、新田真剣佑と伊藤沙莉が友情出演している。

揚太郎はDJになることを決めると、何の苦労もせずに機材や練習場所を確保できている。
彼は何の知識も無いド素人だが、勉強したり練習を積んだりすることも無く、あっという間に動画で有名人になる。
「有名になるが、所詮は素人なのでプロが集まる場所では力の差を見せ付けられて」みたいな展開も無い。失敗や挫折を経て、成長や 成功を掴むような手順は無い。
そういうのは熱血スポ根モノのお約束とも言える要素であり、それによって主人公に感情移入させたり、観客を熱くさせて物語に引き込んだりしやすくなるのだ。

もちろん、そういう要素が必ずしも必要ってわけではない。コメディーというジャンルを考えても、そういうのが無ければ映画がマトモに成立しないとは言えない。
明確な目標を定めた人物が主人公で、熱血要素が無いような作品なんて幾らでもあるだろう。
ただし、そういう要素を排除した結果、面白い物語に仕上がっているのかというと、まるでダメなのだ。
コメディーとして、笑えるポイントが皆無に等しい。テンポも間も悪すぎる。

とんかつDJの動画で有名になった時点では、まだ揚太郎がやっているのは本物のDJプレイではない。ただの真似事に過ぎない。ただ、それでも「とんかつDJ」として人気が出たのなら、それでいいんじゃないかと思ってしまう。
なぜなら、揚太郎が「DJになりたい」と思ったのは、「DJになれば苑子にモテるはず」ってのが動機だからだ。つまり、DJという仕事に本気で惚れて、その道を究めたいと思ったわけではないのだ。
「とんかつDJ」では苑子が食い付かなかったので、もちろん「まだ目的は達していない」ってことではある。ただ、その後も「最初は不純な動機だったけど、本気でDJに没頭していく」みたいな流れも無いしね。
なので、「別にDJじゃなくても、苑子が食い付くことなら何だっていいんじゃないの」と言いたくなる。
おバカでユルいコメディーなので、そんなトコをマジに指摘しているのもバカバカしいのかもしれないけどさ。

揚太郎が尾入のDJプレイとフロアの客を見て、「とんかつを揚げる父や客と同じ」と感じるシーンがある。
でも、「なんで?」と全力で問い掛けたくなるわ。何の脈絡も無い唐突すぎる展開で、無理があり過ぎるでしょ。
理屈はデタラメでも、ちゃんと手順を踏んでいれば、勢いで持って行けるのよ。でも丁寧な仕事をしていないから、引きずり込むことに失敗している。
また、そこから揚太郎の技術が驚異的なスピードで向上するのも無理がある。どこで教わったのかと。独学にしても、見本になるような物は何も無いんだし。

「とんかつ屋の仕事がDJの技術に繋がる」ってのも、DJの基本を教わっていなかったら絶対に気付かないでしょ。
『ベスト・キッド』(オリジナル版の方ね)だったら、「ただ家の仕事をやらさせているだけと思っていたが、実は空手の動きの練習になっていた」という仕掛けがあった。
でも本作品の場合、そういうことではない。尾入が師匠として、技術を教えたわけではないのだ。
そして、そういう手順を用意しないことによって、実は「尾入の存在意義が乏しい」という問題も生じている。

揚太郎はイベントで大失敗をやらかすものの、それは単に自分がボンクラで調子に乗ってしまったからだ。決して技術が足りなかったからではない。
だから調子に乗るまではフロアの客を忘れることも無く、何の問題も無くプレイできている。
なので、コンテストに参加することを決めても、そこから「技術を磨くために必死で努力する」といった展開は無い。
「やる気を失っていたが、やる気になった」という気持ちの変化だけだ。

コンテストの当日になると、揚太郎はとんかつを揚げる時の動きを思い出し、それをDJプレイに転用することで会場を盛り上げる。
これがユルいコメディーであることを考えれば、理屈はデタラメでも一向に構わない。ただ、熱くなれる要素は全く無い。
仲間4人はコスプレでステージに上がっており、ラップを披露すると会場の客が盛り上がるが、こちらも同様だ。
じゃあ熱くなれない代わりにコメディーとしては質が高いのかというと、まるで笑えないしね。

屋敷の存在感は薄く、出番も少ない。揚太郎と彼のライバル関係も、まるで成立していない。そのため、コンテストのシーンで屋敷が乱入して揚太郎とのバトルが勃発しても、まるで気持ちが高まらない。
そもそも、そこで屋敷が乱入する意味が全く分からない。彼は審査員であって、揚太郎が挑発したわけでもないし。
どうやら「揚太郎のプレイを見て刺激され、思わず体が動いた」ってことらしいけど、無理があり過ぎるだろ。
そして無理をしてまで持ち込んだバトルは、まるで盛り上がらないし。

(観賞日:2022年1月22日)

 

*ポンコツ映画愛護協会