『富江』:1998、日本

3年前に交通事故に遭った泉沢月子には、その前後の記憶が無い。事故の直後に故郷から引っ越した月子は現在、写真学校に通っており、斉賀祐一という恋人がいる。月子は記憶を取り戻すため、精神科医の細野辰子の元に通っている。
月子の住むアパートの下の階には、眼帯をした男が引っ越してくる。月子は全く知らなかったが、彼はバスケットケースに女の生首を入れていた。男は生首に食事を与える。やがて、生首は若い女の姿に成長した。その女は、やがて月子の前に姿を現すことになる。
月子に催眠治療を行った細野は、「タナベ」「トミエ」という言葉を聞き取った。そんな中、原田という刑事が細野の病院を訪れる。原田は川上富江という女性を追っていた。お蔵入りとなった数多くの事件に、川上富江という名前が登場するらしい。
3年前、月子の恋人であった田辺が殺害したのも、川上富江という名前を持つ女性だった。しかし、遺体が殺害現場から消失したため、この事件もお蔵入りになった。そして月子の母は記憶を失った娘に交通事故があったのだと嘘をついて、彼女を故郷から遠ざけたのだった。
原田が関わった事件だけでも、二度も殺されている富江という女。それがバスケットケースの生首から成長した女の正体だった。やがて月子の周囲で、奇怪な殺人事件が続発する。それらには全て、富江が関わっていた。そして、ついに富江は月子の前に姿を現した…。

監督&脚本は及川中、原作は伊藤潤二、製作は土川勉&松下順一&平田樹彦、企画は武内健&加藤東司、プロデューサーは清水俊&尾西要一郎&東康彦、撮影は鈴木一博、編集は宮島竜治、録音は中山隆匡、照明は上妻敏厚、美術は大庭勇人&十時かの子、特殊メイクはピエール須田、音楽は二見裕志&木村敏宏。
出演は中村麻美、菅野美穂、洞口依子、田口トモロヲ、草野康太、留美、水橋研二、奈良岡寿美、小野嘉郎、高嶋秀年、江川加絵、山上賢治、松坂和歌子、梶原阿貴、温水洋一、鈴木一功、伊藤潤二、小南佳代、小林昭彦、井上瑛理香、吉田羊右子ら。


何度も再生する美少女を描いた伊藤潤二のホラー漫画“富江”シリーズを映画化。
ヒロインの月子を演じるのが中村麻美。精神科医の細野を洞口依子、刑事の原田を田口トモロヲが演じている。特殊メイクをピエール須田が担当している。

富江役の女優の名前は、オープニングクレジットでは隠されている。
映画の中でも、終盤まで富江は顔を隠している。
そうやって、演じる役者が誰なのか分からないように工夫をしているわけだ。
とはいえ、そんな仕掛けに映画を面白くする効果があるとは思えない。
で、富江を演じているのは菅野美穂である。

技術的には、他の和製ホラー映画の影響が感じられるような部分が多く見られる。
だが、その技術が「観客を怖がらせる」というベクトルを向いていない。
ホラー映画として作られているはずなのに、全く怖くない。
監督に観客を怖がらせようという意図があったのかさえ、疑問に感じられるほどだ。

例え怖さが全く感じられないとしても、突き抜けたバカバカしさ、荒唐無稽な味わいがあるならば、その部分で評価することは出来るだろう。
しかし、そういったことも無い。
というか、製作サイドは(少なくとも監督は)大マジに作っているように感じられる。
そして、大マジに外してしまっている。

恐怖が月子に襲い掛かってくるのは、映画も終盤に近付いてから。
それまでは、不可解な出来事は幾つかあるものの、月子が心理的に追い詰められていくような出来事は見当たらない。月子が不安や恐怖を感じることが、観客を怖がらせることに繋がったはずだと思うのだが。

細野と原田が目立ちすぎているのは問題だろう。
洞口依子の演じる細野が『CURE』で彼女が演じたキャラの模倣にしか見えないのはともかく、細野と原田の出番が非常に多くて、まるで2人が中心になってストーリーを進めていく役目を背負っているかのように思える部分さえある。

この作品で中心に位置すべき存在は、細野と原田ではなく、月子である。
彼女の周囲を取り巻くようにして出来事が発生していくべきだ。
ところが、実際には中心がブレてしまったり、時には消えてしまったりする。
月子のポジションが不安定だから、その円周もボンヤリしてしまう。

細野達が物語の中で重要な役目を果たしているのならば、2人が中心でもいい。
だが、そういうわけではない。
むしろ、2人はストーリーの中では意味の薄い装飾に過ぎない。
破綻したシナリオの中で、登場人物は配置されるべき場所を見失って迷走する。

キャスティングには疑問がある。
富江というのは出会った男を全て虜にするような女性である。
そういった資質を、菅野美穂が演じる富江に見出すことが出来ない。
菅野美穂という女優の持つ質と、富江のキャラクターに大きな差を感じるため、富江の登場シーンが恐怖のポイントにならない。

富江のキャラクターを重視するなら、別の役者を用意すべきだったと思う。
例えば、菅野美穂と中村麻美の役を逆にしてはどうだっただろうか。
あるいは、菅野美穂というキャスティングを重視するなら、原作を逸脱してでも、富江のキャラクター設定を変更すべきだったと思う。

 

*ポンコツ映画愛護協会