『東京タワー』:2005、日本

東京、12月。41歳の浅野詩史は、売れっ子CMプランナーの夫を持ち、自らも青山の一等地でセレクトショップを経営している。そんな 彼女は、21歳の大学生・小島透と不倫している。2人の出会いは3年前。詩史の友人・陽子が紹介した息子が透だった。一方、駐車場で バイトしていた透の友人・耕二は、軽いノリで35歳の主婦・川野喜美子を口説いた。
1月、耕二は喜美子とデートした後、「何か好きなものを買って」と金を差し出されるが、「俺は喜美子さんと会いたいから会ってる」と 受け取りを拒否する。透は、詩史からの電話を待っている。自分から電話したくても、絶対にしないのが暗黙のルールだ。雪の降る日、 耕二と喜美子は肉体関係を持った。同じ日、詩史と透はクラシックのコンサートに出掛けた。
4月、透は耕二に、1ヶ月以上も詩史と会っていないことを語る。耕二は、自分が幹事を務める高校時代の同窓会に透を誘う。耕二は高校 3年生の頃、同じクラスの女子生徒・吉田の母親に手を出したことがあった。2人が抱き合っている現場を吉田に見つかり、大騒ぎに なった。その吉田も、同窓会に姿を見せた。翌朝、耕二が部屋で目を覚ますと、ベッドの隣に吉田が寝ていた。
翌日、耕二は喜美子とデートするが、「会いたい時に会えない男なんて最低」と罵られ、言い争いになる。一方、透は久しぶりに詩史と デートし、父の事務所を借りて肌を重ねる。透は「帰したくない。一緒に暮らそう」と言い出し、詩史を困らせる。翌朝、喜美子が ゴミ出しのため家の外へ出ると、耕二が待っていた。耕二は喜美子に近付き、キスをした。
7月、習い事をフラメンコだけに絞った喜美子は、耕二の前でどんどん大胆な姿を示すようになっていく。彼女とセックスして帰宅すると 、密かにスペアキーを盗んでいた吉田が待っていた。吉田は「一度エッチしてくれたら付きまとうのをやめる」と言うが、もちろん耕二は 拒否した。一方、透は詩史に誘われ、葉山の別荘へ出掛けた。しかし夜中に急に浅野が来たため、詩史は透を隠れさせ、慌てて出迎えた。 詩史は透に、「こんなこと、もう終わりにしなきゃね」と告げた。
8月、耕二がバイトするクラブにも、吉田は姿を現すようになっていた。そこが喜美子が訪れ、錯乱した状態で耕二に掴みかかった。 「もう2度と会いたくない」と告げる喜美子に、耕二は反論しなかった。11月、陽子が詩史の前に現れ、透との関係を批判して立ち去った。 浅野は透を呼び出し、ずっと前から詩史との関係を知っていたと明かした。そして彼は、「詩史にとってキミのスペアは幾らでもいる」 と告げた。浅野のパーティー会場で透に抱き付かれた詩史は、必死に平静を装って「壊れたオモチャは要らない」と口にする…。

監督は源孝志、原作は江國香織、脚本は中園ミホ&源孝志、製作指揮は平井文宏、製作は奥田誠治、企画プロデュースは佐藤敦、 プロデューサーは佐藤貴博&北島和久&渡邉浩仁、撮影は袴一喜、編集は日下部元孝、録音は横溝正俊&野中英俊、照明は武田淳一、美術 は小池寛、音楽は溝口肇、THEME SONGは『SLEEPLESS NIGHTS』ノラ・ジョーンズ&『FOREVER MINE』山下達郎。
出演は黒木瞳、岡田准一、松本潤、寺島しのぶ、岸谷五朗、余貴美子、ミレーヌ・ドモンジョ、平山あや、半田健人、加藤ローサ、 宮迫博之、石橋蓮司、銀粉蝶、筒井真理子、未來貴子、佐藤旭、斉木のか、真山勇一、美帆、氏家恵、Sabine PERRAUD、真山桂、IRE、 TAN、東海林愛美、小林恵理子、木幡あや子、小山由紀、辻ひとみ、國井まりあ、加藤沙耶香、藤木博人、佐藤陽一、枝村みどり、 OXANA IWASAKI、SHELLEY SWEENEY、BULHAN HERSI、IRENEWS NOVAK、CURTIS WOODSIDE、VINCENT GIRY他。
声の出演は小林清志。


江國香織の同名小説を基にした作品。
源孝志はTVドラマのディレクターで、映画は初監督。
シナリオはTVドラマの売れっ子脚本家である中園ミホと監督の共同。
詩史(「しふみ」と読む)を黒木瞳、透を岡田准一、耕二を松本潤、喜美子を寺島しのぶ、陽子を余貴美子、 詩史の夫を岸谷五朗、吉田を平山あや、川野を宮迫博之が演じている。
また、透の父の声を小林清志が担当している。

この映画は、観客のターゲットを女性に絞り込んでいる。
それもメインとして狙いを定めているのは、主婦である。
映画のヒロインである詩史は、夫が売れっ子CMプランナーで自分は青山の一等地のセレクトショップのオーナー、250平米もある高級 マンションに暮らし、豪華なパーティーを開く。
ラフマニノフやマーラーやグレアム・グリーンなど、いかにもな趣味嗜好を持ち、オシャレでブルジョワジーな暮らしを満喫している。 しかも器量も良くて、所帯じみた部分が全く無い。

そして詩史は、そんな恵まれた結婚生活を過ごしている上に、恋人までいる。
ただの恋人じゃなく、とても若くてイケメンの男である。
その相手である透は、好きな時に詩史が呼び出して、好きなように扱うことが出来るという、とても都合のいい男だ。
やたら歯の浮くようなセリフを吐くが、イケメンだから余裕のよっちゃんで成立している。
不細工だとギャグにしかならないが。

詩史の生活風景は、一般の主婦からしてみれば、ため息が出るほど羨ましいものである。
製作サイドは観客の主婦に対し、そんな詩史に入り込んでもらうことで、束の間の夢を与えようとしているのだ。
ヒロインに自己を投影することで心地良くなれるという、大人の女性のための御伽噺なのである。
だから詩史には、生活観がまるで無いのだ。
少女が白馬の王子様に夢見るのと同じような気持ちで、主婦に憧れの生活に浸ってもらうための仕掛けなのである。

思い切り高見に視線を向けて幻想に浸りたければ、詩史に自己投影すればいい。
もう少し夢を近くに引き寄せたければ、詩史に比べて生活レベルが普通で器量も劣る喜美子に自己投影すればいい。
もちろん後者に自己投影したところで、「自分にもこんなことが有り得るかも」などと考えるのは愚かな妄想で、松本潤と不倫していると いう部分において夢のまた夢であるが。

後半に入ると、詩史にとって都合の良かったオモチャである透が壊れてしまい、夢のような生活に破綻が生じる。
しかし、そうなったらそうなったで、「そこまで燃えるような恋をしてみたいわ」と憧れを喚起することが出来る。
観客の女性は、「愛に一途で純真な女性」となった詩史に自己投影すればいい。
夢のような生活に破綻が生じたのは全て詩史が悪いんだが、そこは責任転嫁するのが吉だ。

一方、喜美子の方は、女を乗せて運転していた耕二の車に自分の車を後ろから思い切り衝突させ、「自分ばかりキレていたから、最後 ぐらいキレさせたかった」とを語る。
「これでおあいこ」と言うが、ちっともおあいこじゃないし、ヘタすりゃ死人が出ていたかもしれないし、同乗の女性は何の関係も 無いんだが、それも「切ない女心よねえ」ということで共感を呼ぶことが出来る。
どちらの女性に自己投影するにしろ、一粒で二度おいしいという仕掛けにしてあるわけだ。
見事な戦略に基づいて作られた御伽噺だ。

(観賞日:2006年5月4日)


2005年度 文春きいちご賞:第9位

 

*ポンコツ映画愛護協会