『ときめきメモリアル』:1997、日本

瀬戸内海に面した町に暮らす高校3年生の鈴木昭彦は、勉強が出来るわけでもなく、スポーツが得意なわけでもない。二枚目というわけでもなく、人気があるわけでもない。おとなしくて臆病な、冴えない高校生である。高校最後の夏、彼は猛烈に恋をしていた。誰にということではなく、恋に恋をしていた。同級生の西村小麦、遠野波絵、原田夏海、横山美潮という4人組は、昭彦の心をときめかせた。
昭彦は親友の村木に「思い出作ろう」と誘われ、女子更衣室に2人で忍び込む。不安一杯の昭彦を残し、村木は「ビデオ忘れた。取って来る」と出て行ってしまう。彼はビデオカメラを持って更衣室に戻ろうとするが、女子たちがテニスを終えて帰って来てしまう。昭彦がロッカーに隠れて様子を窺っていると、小麦と美潮が些細なことで言い争いを始め、いつものことなので波絵と夏海が仲裁に入った。会話を盗み聞きした昭彦は、4人が海の家でアルバイトをすると知った。
昭彦は海の家を経営するリゾートホテルの柏木と会い、アルバイトを志願する。既にバイトの人員は決まっていたが、柏木はナイキの靴と引き換えに昭彦を入れてやることにした。いつものように幼馴染の佐川浩介と5人でアルバイトをするつもりだった小麦たちは、昭彦を紹介されて露骨に不快感を示した。小麦たちは、彼が同じ学校の生徒だということさえ知らなかった。何とか受け入れてもらおうとする昭彦だが、小麦たちの冷たい態度は変わらなかった。
海の家“MANBOW CAFE”はオープンし、6人は多忙な日々を過ごす。ある日、昭彦はジャンケンに負けた波絵と共に、駅前でチラシを配ることになった。親友2人と一緒に駅から出て来た藤崎詩織はチラシを渡され、昭彦に目を留めた。昭彦は彼女の視線に気付かず、チラシ配りを続けた。夏海は浩介に密かな思いを寄せており、進路のことで相談する。「そんなこと俺に訊いてどうするんだ」と淡白に告げた浩介は、彼女は「まだタケシのこと、気にしてるの?」と問い掛けられるが、何も答えずに立ち去った。
船で戻って来た波絵は、夏海と浩介の様子を目撃して心穏やかではいられなかった。彼女も浩介に密かな好意を寄せていたからだ。彼女は昭彦に、一人ぼっちだった自分に初めて声を掛けてくれたのが夏海だと話した。一緒に働く内に、小麦たちの昭彦に対する態度は和らいでいった。昭彦は美潮と共に、食材の買い出しへ出掛けた。美潮はどの店へ行っても、元気一杯で店主と会話を交わした。バイト料の使い道について昭彦が尋ねると、彼女は「何だっていいじゃない」と口を尖らせた。
美潮は昭彦を伴い、小麦の実家である個人商店を訪れた。小麦の母は美潮に菓子を詰めた箱を渡し、来年には大阪へ引っ越しするので店を辞めることを話した。小麦から何も聞かされていなかった美潮は、ショックを受けた。苛立ちながら海の家に戻った美潮は、周囲に当たり散らした。美潮は仲間3人に問い詰められ、小麦の母から聞かされたことを話す。怒りの収まらない彼女は波絵と夏海が2人とも浩介に惚れていることを指摘し、ハッキリしない2人をなじった。小麦は「ごめん、私が悪いの」と泣いて謝った。
浩介は少年が溺れているのを発見し、急いで救助に向かう。その様子を見つめていた夏海は、少年の女友達の「タケシ!」という声にハッとした。浩介は少年を救助し、「お前が死んだらな、仲間たちがどんな思いするのか分かってんのかよ。一生、今日のことが忘れられずに縛られて生きて行くんだよ」と怒鳴った。その夜、昭彦は5人に、仲間に入りたくて無理にバイトへ参加させてもらったことを明かした。浩介は昭彦に「俺たち、5人じゃなかったんだ」と言い、タケシという仲間がいたこと、彼が海で死んだことを話す。6人は車を買って旅に出ようと約束していたが、言い出したタケシが死んでしまった。残された5人は彼との約束を果たすため、金を溜めていたのだ…。

監督は菅原浩志、オリジナルゲームソフト「ときめきメモリアル」より(TM&(C)KONAMI)、脚本は岡田恵和、企画は重村一&久板順一朗、エクゼクティブ・プロデューサーは松下千秋&佐藤信彦&永田昭彦、プロジェクトプロデューサーは宅間秋史&中曽根千治、プロデューサーは臼井裕詞&関口大輔&手塚治&河瀬光、撮影監督は高間賢治、美術は和田洋、照明は上保正道、録音は本田孜、編集は只野信也、音楽プロデューサーは広瀬香美、編曲は佐橋俊彦、主題歌『セピアの夏のフォトグラフ』は吹石一恵、挿入歌『誰もいない海』『働くキリギリス』は広瀬香美。
出演は榎本加奈子、中山エミリ、矢田亜希子、山口紗弥加、岡田義徳、池内博之、吹石一恵、袴田吉彦、大石恵、岡まゆみ、井澤健、水川あさみ、栗林みえ、田崎那奈、小野智子、政次美雨、山口将司、増島愛浩、藤井孝行、藤井紀子、倉田愛弓、浜本千夏、小柳友貴美、清水照夫、牧原俊幸(フジテレビアナウンサー)ら。


同名のコンピュータゲームをモチーフにした作品。
フジテレビが1995年から1997年まで製作していた「ぼくたちの映画シリーズ」というティーンズ向け映画の企画があったが、1997年に『デボラがライバル』と併映されたのが本作品である。
監督は『ぼくらの七日間戦争』『That's カンニング! 史上最大の作戦?』の菅原浩志。脚本は『シャイなあんちくしょう』『ゴト師株式会社』の岡田恵和。小麦を榎本加奈子、波絵を中山エミリ、夏海を矢田亜希子、美潮を山口紗弥加、昭彦を岡田義徳 、浩介を池内博之、詩織を吹石一恵が演じている。
吹石一恵は、本作品が女優デビュー。

コンピュータゲームの『ときめきメモリアル』は、恋愛シミュレーションゲームの金字塔と言ってもいい作品である。
私は遊んだ経験が無いが、どんなゲームだったかは何となく理解している。
それ以前にも恋愛ゲームは存在したが、この作品が爆発的にヒットしたことで、1つのジャンルとして大きく広がった。恋愛シミュレーションゲームの流行を生んだ伝説的な作品だ。
そしてヒロインである藤崎詩織は、男性ゲーマーたちの心を鷲掴みにした。

この映画版は、ゲームの中身とは全くと言っていいほど合致していない。ほとんどタイトルを借りただけと言ってもいい。
その時点で、もはや詐欺まがいの映画なのだが、おまけに恋愛映画ですらない。男女6人の友情物語がメインなのだ。
「ゲームのキャラクターを実写化しようとしたら、ファンのイメージがあるから批判を受けるだろう。だからゲームのキャラを登場させずに作ろう」という考えだったとすれば、「実写化したらイメージを損ねてファンに批判されるだろう」という部分だけは正解だ。
ただし、「無関係な内容にするぐらいなら、最初から映画化するなよ」と言いたくなる。

一応、脇役として「藤崎詩織」なる人物は登場するが、ゲームの藤崎詩織は同姓同名の別人だ(としか思えない)。そんな半端な形で登場させるぐらいなら、むしろ登場させない方がマシだ。
あと、吹石一恵は決してブスではないけど、やはり藤崎詩織としてはミスキャストだろう。
「じゃあ誰なら納得できるのか」と問われたら、たぶんゲームファンの過半数が納得できるキャスティングって無理だったんじゃないかと思うんだよね。
藤崎詩織って、単なる1つのゲームの登場人物というレベルじゃなくて、ホントに特別な存在なのよね。
そう考えると、そもそも実写化すること自体が間違いなんだよな。

ゲームと完全に切り離して、まるで無関係な青春映画として捉えても、この作品は相当に酷い。
まず「ある意味で凄い」と感心したのは、登場する高校生の誰一人として魅力的ではないってことだ。
主人公に共感出来なくても、脇役の誰かが魅力的に思えて「こいつが主役なら良かったのに」と思うケースはあるけど、全員がダメってのは、かなり珍しいんじゃないか。
せめて「若い女優陣を可愛く撮る」という作業ぐらいはやっているのかというと、それさえも出来ていない。キャラとしてだけでなく、女優としても魅力的に写っていない。
だからアイドル映画としても、完全に失敗しているってことだ。

高校生グループの中心に配置されているのは、岡田義徳が演じる昭彦だ。
この昭彦という男が、とにかく気持ち悪いんだよな。
「臆病」とか「引っ込み思案」とか、そういうのは青春映画の主人公では良くある性格設定だし、何の問題も無い。ようするに「冴えない高校生」ってのを演じさせているわけだ。
ただ、その行動な態度に問題があり過ぎる。
例えば、昭彦はテニスをしている小麦たちをベンチに座ってヘラヘラと眺めるのだが、そこには明るさが無い。本人が陽気な奴じゃないから仕方が無いと思うかもしれないが、そこをコミカルなシーン、明るいシーンとして撮ろうという意識が感じられないのが問題だ。
もっとカラッとしたシーンとして描くべきなのに、何となくジメッとしていて湿気がある。

女子更衣室のロッカーに隠れるシーンも、もっと弾けたテイストを出すべきだろう。
「爽やかな青春映画」として描こうという意識が強かったからなのか、コミカルに描くべき箇所のコミカル度数が全く足りていないのね。
そのせいで、「弱気」とか「女に奥手」という部分よりも、「根暗」「陰気」という部分が強く出過ぎてしまっている。そして爽やかさも出ていない。
昭彦が「薄気味の悪いストーカー気質の男」に見えてしまう。

で、「そんな冴えない昭彦が学園のマドンナに高望みの恋をする」という感じの話にするのかと思ったら、「恋に恋をしていた」というモノローグを語る。
彼は登場すると女子高生4人組に見とれてボーッとするのだが、その中に憧れの相手がいるのではなく、「みんな大好き」ってことなのだ。
なんだ、そりゃ。それで話を進めて行こうってのは、かなり難しいでしょ。
特定の相手がいないんだから、何をどう見ていいのか分からないじゃないか。

昭彦として、何がどうなったら満足なのか。何がどうなったら目的達成なのか。
っていうか、彼の明確な目的も良く分からないし。
たぶん「夏の思い出として4人と仲良く過ごしたい」ってのが目的なんだろうとは思うよ。
ただ、「恋に恋していた」ってことは、その4人じゃなくてもいいってことじゃないのか。他の女子と仲良くなったとしても、それはそれで満足できるんじゃないかと思ってしまうぞ。

これが例えば、「昭彦がエッチなことばかり考えている男で、女の子と仲良くなりたいと願っている」ということなら、ターゲットを1人に限定せずに進めても大丈夫だと思うのよ。
でも、「恋する男子」として設定しているのに、恋の相手が定まっていないってのは、それを見せられる側として、受け止め方が難しいわ。
昭彦を狂言回しの役回りにして、小麦たちを描こうとしたのかもしれないけど、だとしても誰か1人に惚れさせておけばいい。
「みんなと仲良くしたい」という半端な設定にするメリットは何も無いぞ。

っていうか、これって狂言回し、必要かなあ。昭彦を外して、「過去を引きずっている5人のドラマ」として描いても、特に支障があるようには思えないんだけど。
むしろ、昭彦って要らないんじゃないか。
例えば「過去を引きずっているのがヒロイン1人だけで、それを知っている仲間が何人かいて」という図式であれば、「ヒロインに恋する昭彦が、そのことを知って云々」というドラマ展開にするのは良くあるパターンだし、ドラマを作りやすいと思うのよ。
だけど、「5人が同じ意識を共有している」という輪の中に部外者の昭彦を放り込んだら、単なる邪魔者でしかないんじゃないの。
どう頑張っても、彼は本当の意味で仲間になることなんて無理でしょ。

後半、小麦たちがタケシの死に今も縛られていることが明らかになった後、ゲームのヒロインである藤崎詩織が海の家に現れる。
昭彦の持っている写真集の表紙に写っていたり、駅のシーンでチラッと姿を見せたりしていたが、ちゃんと物語に絡むのは、残り30分を切ってからだ。
彼女は昭彦に「初恋の相手はどんな人でしたか?」と質問し、昭彦が幼稚園から一緒だった2つ下の女の子について語り、転校してから会っていなかった相手が、その詩織だと判明する。
でも、まあ見事なぐらい、取って付けた感じが否めない。出会って少し喋っただけで、すぐに詩織は退場しちゃうし。
そもそも、昭彦に恋愛劇を用意するなら、そこをメインにすべきだ。小麦たちのドラマをメインにしているんだから、無関係な詩織は要らない。
っていうか繰り返しになるけど、そもそも昭彦が要らないんだけど。

(観賞日:2014年2月19日)

 

*ポンコツ映画愛護協会