『天使の卵』:2006、日本

高校教師をしている斉藤夏姫は、元恋人の一本槍歩太と4年ぶりに再会した。歩太は美大生だったが、学校には行かず肉体労働のバイトに 明け暮れていた。歩太が「絵はもういいんだ。描きたい人物がいない」と言うと、夏姫は「いるじゃない、1人だけ」と叫ぶ。4年前、 夏姫は美大を目指して浪人中の歩太と付き合っていた。歩太は夏姫を連れて、母・幸恵の営む小料理屋「けやき」へ赴いた。常連客の渋沢 が来ると、歩太は気を遣って店を出ることにした。幸恵と渋沢が交際しているのを知っていたからだ。
幸恵は10年前から夫の直規と別居しているが、離婚はしていない。直規は精神病を患って入院していた。歩太が精神病院を訪れると、担当 の山口医師は「10年経って変化の兆しが無い患者は、何年経っても変わりませんよ」と冷たい口調で告げた。ある日、歩太は満員電車に 乗り込んで来た年上の女性に心を奪われた。彼女は左手に包帯を巻いていた。歩太は記憶を頼りに、女性の絵を描き始めた。
現在。夏姫は歩太の元を訪れ、彼のデッサン帳を差し出して「これ、借りっぱなしになってた」と言う。歩太が「もういいって言ったろ」 とぶっきらぼうに告げると、夏姫は「思い出すのが辛い?」と問い掛けた。歩太は「思い出さない日は無いよ。目をつぶったって描ける」 と口にする。「じゃあなんで描かないの?私だって前に進めないじゃない」と夏姫は言うが、歩太は仕事のトラックで去った。
再び4年前。歩太は美術予備校「足立学園」の講師であるマイティーに、女性を描いたデッサン帳を見せる。マイティーは微笑を浮かべ、 「哀れ、欲求不満の浪人生。恋に走ってしもうたか」と告げた。歩太は直規が入院している精神病院へ見舞いに行き、白衣を着たその女性 に再会した。新しく父の主治医になった五堂春妃だった。歩太は春妃と会話を交わし、彼女の妹が夏姫であることを知った。春妃は結婚 して苗字が変わったのだという。
後日、また病院へ赴いた歩太は、春妃の似顔絵を彼女に見せる。歩太は、母が頑張って働いているので、美大に落ちた時は就職しようと 思ったことを語る。すると春妃は、「人には、自分の幸せだけを考えていい時期があると思うわ」と言う。歩太は「先生が初めてです、 そんなこと言ってくれたの」と告げた。春妃に「今度、病院の外で話せる?」と言われ、歩太は雨の日に彼女のマンションへ出向いた。 「いいんですか、旦那さん」と訊くと、彼女は「今は1人なの」と顔を強張らせた。
春妃は歩太に、「お父様、家族と暮らしたいと言ってるの。私も、それが何よりのリハビリになると思うし。今月の末にでも仮退院を 済ませたいんだけど」と語った。歩太が「そんなことだったんですか。病院ではしづらい話でもあるのかと」と言うと、彼女は「夏姫と 最近、あまり会ってないんだって?悩んでるの。他に好きな人が出来たんじゃないかって」と口にした。歩太が「貴方以外に誰がいるって 言うんですか」とストレートに気持ちをぶつけると、春妃は狼狽した。
春妃は歩太に、「ごめんなさい、家に上げたりして期待させたりしたのなら」と述べた。歩太が壁に掛けられた金魚の絵に触れていると、 彼女は「何してるの」と険しい顔になった。絵のサインを見た歩太は、「ゴドーって先生が結婚していた人ですか」と問い掛けた。春妃は うなずき、「もう誰かを好きになる気力は残ってないの」と答えた。歩太は夏姫から手編みのセーターをプレゼントされるが、「悪いけど 着られない。好きな人がいるんだ」と告げた。
直規は仮退院し、歩太は家族3人で暮らすことになった。退院祝いの料理を用意した幸恵は、思わず泣き出して食卓から離れた。しかし 数日後、直規は飛び降り自殺をしてしまった。通夜の席に現れた春妃は、「申し訳ありません、私のせいで」と幸恵の前で土下座した。 一緒に来ていた同僚の長谷川が、「すみません、気が動転してまして」と言い、彼女を連れて去った。春妃を心配そうに見つめる歩太を、 夏姫が気にしていた。
現在。夏姫は幸恵を訪ね、デッサン帳を渡して「もう一度描いてほしいんです」と言う。「私が言えた義理なんかじゃないけど、歩太の ことなんて」という幸恵の言葉を遮って、夏姫は強い口調で「自分のことですよ。自分じゃどうしたらいいか分からないから、歩太君を けしかけてるんです」と述べた。幸恵は「毎年、この季節になると落ち着かなくなるの。あの子の父親が飛び降りた周り、真っ赤な花びら が一杯舞ってたんだって」と語った。
4年前。歩太は春妃が通夜の日から病院を休んでいると知り、夏姫を呼び出して彼女の居場所を尋ねる。夏姫は彼に、ゴドーとの恋が 終わった時に春妃が失意の日々を過ごした寺を教える。歩太が寺へ行くと、そこに春妃の姿があった。「何しに来たの」と無表情で告げる 春妃に、歩太は「先生を捜しに来ました」と言う。すると春妃は「ゴドーのことを話すわ。歩太君のお父さんと同じだったのよ。ビルから 飛び降りたの。あの金魚の絵だけ、置き手紙みたいに残ってた」と語った。
春妃が「私には誰も救えない。私が歩太君のお父さんを死なせたの」と漏らすと、歩太は「違う。先生が誰も救えないなんてことは無い。 先生がいてくれただけで、俺はどんなに救われたか」と熱く語った。バイトをしている最中、彼は落ちている擬卵を見つけた。歩太は春妃 のマンションに押し掛け、「食べて元気になってください」と料理を作る。「どっちが医者だか分からないわね」と春妃は笑みを漏らす。 歩太は立ち去る時、クリスマスプレゼントとして擬卵を残していった。
後日、歩太はバイト先の山本先輩と酒を飲み、酔っ払って「けやき」へ足を向けた。店の奥で母と渋沢が抱き合う様子を目撃した彼は、 気付かれないよう立ち去って春妃のマンションへ赴いた。歩太は彼女に母と渋沢が抱き合っていたことを語り、「お袋はお袋でいてほしい のかもしれない。俺は考えている以上に子供で」と言う。春妃が「いいのよ。そうやって考え続けて、現実に折り合いを見つけるの」と 語ると、歩太は「やっと精神科医らしくなった」と小さく笑った。
インターホンが鳴り、長谷川がマンションにやって来た。彼が強引に上がり込もうとするので、春妃は「帰って」と声を荒げる。長谷川が 彼女に襲い掛かったので、歩太は飛び出して制止した。長谷川が嫌味を言うので、歩太は殴り飛ばして追い帰した。春妃は歩太の出血した 右手を手当てし、「夏姫に合わせる顔が無い」と漏らす。「なんで夏姫の名前が出てくるんですか。俺が先生を好きになっただけで、先生 の方は夏姫にやましいことなんか」と歩太が言うと、彼女は「分かってしまったの。夏姫がどうして歩太君のことを好きになったか」と 告げる。2人は激しく唇を奪い合い、そして関係を持った…。

監督は冨樫森、原作は村山由佳「天使の卵 エンジェルス・エッグ」集英社刊、脚本は今井雅子、企画は大木達哉&鬼頭圭二&清水啓太郎 、製作は若杉正明&久松猛朗&亀山慶二&山路則隆&北川直樹&八木ヶ谷昭次&渡辺純一&細野義朗、プロデューサーは伊地智啓& 服部紹男&榎望、撮影は中澤正行、美術は金勝浩一、照明は木村匡博、録音は紅谷愃一、編集は川島章正、絵画製作・指導は津田やよい、 音楽は大友良英、音楽プロデューサーは佐々木次彦。
エンディングテーマ『君がいるから』作詞:石田順三、作曲:石田順三、編曲:阪本昌之、唄:SunSet Swish。
出演は市原隼人、小西真奈美、沢尻エリカ、三浦友和、戸田恵子、北村想、鈴木一真、甲本雅裕、キムラ緑子、マギー司郎、諏訪太郎、 田窪一世、森下能幸、斉藤歩、飯島順子、森田直幸、京俵聖、涼川智恵子、親里嘉次ら。


村山由佳の小説『天使の卵 エンジェルス・エッグ』を基にした作品。
監督は『ごめん』『鉄人28号』の冨樫森、脚本は『パコダテ人』『子ぎつねヘレン』の今井雅子が担当。
歩太を市原隼人、春妃を小西真奈美、夏姫を沢尻エリカ、渋沢を三浦友和、幸恵を戸田恵子、直規 を北村想、長谷川を鈴木一真、マイティーを甲本雅裕、春妃と夏姫の母・彰子をキムラ緑子、春妃が住んでいるマンションの管理人を マギー司郎が演じている。

この映画、舞台が京都になっている。原作では東京だが、映画化に際して京都に変更されている。
しかし映画を見ていても、京都らしさを強くアピールしようという意識は見られない。
正直、あまり京都に詳しくない人だと、どこが舞台なのか分からないんじゃないか。
最後まで映画を見ても、わざわざ京都に変更した意味が全く分からない。出演者はみんな標準語だし。
そのくせ、甲本雅裕だけは中途半端な関西弁を喋る。
何がやりたかったのかと。

回想形式にしている意味を感じない。むしろ、何度も挿入される現在のシーンが邪魔に思える。
たまに、それが現在なのか過去なのか、ちょっと分かりにくい箇所もあるし。
現在のシーンには、「まだ自分のせいで春妃が死んだと責め続けている歩太が、夏姫の言葉で再び絵を描く気持ちになる」という展開が あるのだが、それも安易に感じるし。
「お姉ちゃん、一番幸せな時に死んじゃったのかもしれない。天使だったよ」という言葉で「やっと描きたい春妃が捕まった」と感じる のは、どういうことなのか良く分からないし。

序盤、歩太が記憶を頼りに春妃の絵を描いていると、その最中に夏姫から電話が掛かって来る。この時、歩太は異常なぐらい動揺した様子 を見せ、デッサン帳を閉じる。
この行動は、かなり漫画チック。っていうか不自然。
歩太が妄想する中で、夏姫が「私を描いたら?」と言いながら服を脱ぐと春妃に変わっているという描写も、やはり漫画チックに感じる。
っていうか、ちょっと喜劇っぽいぞ。
なんでそんなシーンを入れたんだろうか。

歩太が不愉快な奴にしか見えない。
夏姫と付き合っているのに、春妃と会って心を奪われるのは、まあ別にいいとしよう。「男は浮気心を持ったら、その時点でアウト」とか 、そこまで堅物なことは言わない。
だけどさ、全く罪悪感も葛藤も揺れ動きも無いってのはダメだろ。
夏姫に申し訳ないという気持ちを抱くとか、春妃と夏姫の間で気持ちが揺れ動くとか、そういうことが全く無いんだよな。
春妃の存在が、ストッパーとしての役目を全く果たさない。

これが仮に春妃が一方的に歩太へアプローチしているだけということなら、それも仕方が無いかなあとは思うよ。
だけど歩太は彼女と正式に付き合ってるんでしょ。
しかも、随分と前から付き合っていたのかもしれないけど、映画としては「付き合っている」という状況を見せられてから、すぐに夏姫へ 気持ちがシフトしちゃうから、すげえ軽薄な野郎に思える。
それに、「春妃は付き合っている恋人の姉」という事情も、歩太の心情には全く影響を与えないし。

歩太のキャラクターは、市原隼人という役者には合っているかもしれんけど、あまりにも直情的。
っていうか、短絡的すぎて、それも痛い。何の迷いも無く、相手のことなんて考えずに、すぐ春妃に告白しちゃうんだよな。
そういう「強引な男」がいいっていうケースもあるだろうけど、ここでは単に身勝手で不愉快な奴でしかない。
一方の春妃も、「もう誰かを好きになる気力は残ってないの」という断り方は変だろ。妹の恋人に対してさ。
そこは妹のことを考えてあげてとか、そんな感じにすべきじゃないのか。

歩太は夏姫から手編みのセーターをプレゼントされるが、キスしてからおもむろにセーターを脱いで「悪いけど着られない。好きな人が いるんだ」と言う。
そりゃヒドいだろ。
セーターを着る前に言えよ。せめてキスする前に言えよ。
夏姫に泣きながら「好きでもない人とキスできるんだ」と責められるが、そりゃそうだよ。
その後に歩太は「夏姫は俺なんかには勿体無いよ」と言うが、それも夏姫から「私の問題にしないでよ」と責められて当然の台詞だ。
どんどん好感度を下げていく。

歩太は父が仮退院したことに関連して春妃に電話を掛けるが、そこで彼女の「良かったわね」という言葉に対し、「良くないです。親父が このまま家にいたら先生に会う理由が亡くなってしまう」と、そんなことを平気で言い放つ。
親父の病気を恋愛の道具に利用しようというんだから、メチャクチャだ。
しかも、その父が死んだ葬儀の時も、春妃が来ると彼女に気持ちが全て行ってしまう。
担当医の春妃は気に病んでいるが、歩太は父が自殺したのに全くショックを受けている様子が無い。

ようするに、歩太の頭の中は、春妃のことで一杯ってことなんだろう。
だけどね、それを「一所懸命で一途な恋愛」として応援したい気持ちは、これっぽっちも沸かないぞ。
「今は女より肉親だろうが」と、腹立たしさしか感じない。
現在のシーンで母が「毎年、この季節になると落ち着かなくなるの。あの子の父親が飛び降りた周り、真っ赤な花びらが一杯舞ってたん だって」と語っているけど、そんなに歩太が父のことを思っているようには全く見えなかったぞ。

歩太は寺を訪れ、責任を感じている春妃に「先生がいてくれただけで、俺はどんなに救われたか」と彼は熱い口調で語るけど、まるでピン と来ない。
「今の俺のままでいいんだって言ってくれたのは先生だけだ」ということで、その言葉に救われたらしいんだけど、そこまでに、彼が深く 悩んでいるような様子は皆無だった。
だから、それが「春妃を口説くための方便」「その場で咄嗟に思い付いた言葉」という程度にしか聞こえない。

歩太の気遣いを受けた春妃は「どっちが医者だか分からないわね」と笑みを漏らすが、その通りだよ。
精神科医のくせに、メンタルが弱すぎる。
そんな春妃が「夏姫に合わせる顔が無い」と漏らした時、歩太は「なんで夏姫の名前が出てくるんですか。俺が先生を好きになっただけで 、先生の方は夏姫にやましいことなんか」と言うが、お前もまるで罪悪感を抱かずに突っ走っているじゃねえか。
テメエの方は、もうちょっと夏姫のことを思いやれっての。
なんか歩太が本能だけで動いているパッパラパーな奴に見えちゃう。

クロージング・クレジットに「原作小説に登場するピアス「天使の卵」は株式会社スペースクリエーターが創造したジュエリーシリーズの 一つであり、登録商標「天使の卵」は同社に帰属しています。」という注意書きが出るが、そのピアスは劇中に登場しない。
使用許可が下りなかったのかもしれないが、映画ではピアスの代わりに擬卵を使っている。
それだけでは「天使の卵」にならないので、「偽の卵でも春妃が温めたら何かが産まれそうだ」「何だろう?」「天使」という歩太と春妃 の会話シーンを設けている。
でも、それは恥ずかしいなあ。

そもそも、セックスシーンで春妃に「先生はやめて」と言われてから、急に歩太の彼女に対する呼び方が「春妃」に切り替わっていること が、もう恥ずかしいんだよな。
その場で一回だけ「春妃」ならともかく、もう普通の呼び方になるのかと。
で、夏姫に2人の関係がバレて、どうやって解決に持って行くのかと思ったら、「春妃が急に倒れて病院に担ぎ込まれ、鎮痛剤の副作用 で重体に陥って、あっさりと死ぬ」という、あまりにも唐突すぎる展開を用意する。
「1人を殺して問題解決」という『タッチ』方式を、ものすごく安っぽい形で導入してしまうのだ。

(観賞日:2011年12月31日)

 

*ポンコツ映画愛護協会