『天国は待ってくれる』:2007、日本

西岡宏樹、中野薫、上野武志は幼い頃から築地で育ち、どんな時も一緒だった。大人になり、現在の宏樹は朝日新聞社の整理部で働いている。銀座の文具店“鳩居堂”で働く薫は花屋でスイートピーを買い、仕事終わりの宏樹と合流して病院に向かった。病室に入ると、薫の母・春子と父・昌二、武志の養父・耕助が来ていた。ベッドには昏睡状態の武志が横たわっている。春子は宏樹と薫に、「3度目の春ね。また、みんなでお花見しようね、ここで」と笑顔で告げた。宏樹は力強い口調で、「戻って来るよ、武志は」と告げた。
小学5年生の時、宏樹は築地北小学校に転校して来た。彼は担任から挨拶を求められても、なかなか言葉が出て来なかった。すると宏樹が黒板に名前を書いて宏樹に挨拶し、薫も後に続いた。すぐに3人は仲良くなり、宏樹と薫は耕助が営む築地市場の鮮魚仲卸店“布長”へ宏樹を連れて行く。耕助の実子である武志の妹・美奈子を連れて、一行は春子が経営する喫茶店“春”へ向かう。オムライスを食べながら、宏樹は母が死去していることを話す。すると武志は両親がいないこと、美奈子は母親がいないことを告げた。
宏樹は薫たちに、父親が少年時代を築地で過ごしたことを語った。父親の名前が忠夫だと知った春子は、「お父さんね。おばちゃんのこと好きだったの」と言う。彼女は宏樹に、「御飯食べにおいで。これから毎晩、そうしなさい」と持ち掛けた。学業の優秀な宏樹は、薫と武志に勉強を教えた。宏樹が中学生グループに暴行されていると、武志が助けに入った。中学生グループの標的が武志に変わると、今度は薫が厳しい口調で注意した。薫が絡まれると、宏樹が助けに入った。
宏樹は薫と武志に、「俺たちは、ずっと一緒なんだ。ずっと三角形。“正しい”の正三角形じゃなくて、“聖なる”の“聖”」と語った。「大人になっても一緒ってことだろ」と武志は言い、薫も賛同して、3人は手を繋いで三角形を作った。武志は2人に「大人になったら、どうする?」と問い掛け、自分は築地市場で働くつもりだと話す。宏樹は川向こうにある朝日新聞社のビルを指差し、「俺はあそこで働く」と言う。彼は父親が新聞記者になりたかったことを話し、「だから俺が夢を叶えるんだ」と述べた。すると薫は2人の職場の位置を考え、「三角形になるには、銀座かな。銀座で働く」と口にした。
やがて3人は大人になり、武志は“布長”で働き始めた。宏樹は朝日新聞社の社会部記者、薫は鳩居堂の店員となった。ある日、仕事を終えた武志は朝日新聞社ビルへ遊びに行くが、宏樹が働いている様子を見ると、声を掛けずに立ち去った。その後、彼は鳩居堂を覗くが、やはり勤務中の薫には声を掛けずに去った。“春”に立ち寄った武志は、春子や耕助たちの前で溜め息をつき、「仕事は楽しいけど、時間が合わないんだよね、宏樹とか薫とさ」と漏らした。
その夜、宏樹は仕事を終えて店から出て来る薫を目撃し、声を掛けた。一緒に夕食を取ろうという話になり、2人は“春”へ行くことにした。もう武志は寝ているだろうと考えた2人は、彼を誘わずに“春”へ向かう。しかし店に入ると、そこに「今日は絶対に待つんだ」と眠いのを我慢している武志がいた。武志は「どっか行こうぜ、3人で」と言い、宏樹と薫を半ば強引に連れ出した。武志のリクエストで、3人はオシャレなレストランに入った。武志が転寝を始めたので、宏樹と薫は微笑を浮かべた。
後日、武志は宏樹と薫を電話で呼び出し、「3人の時に言いたかったんだ」と述べた。彼は宏樹に、「俺、今から薫にプロポーズする。いいか?」と問い掛けた。宏樹が困惑していると、武志は薫に「俺と結婚してくれ。絶対、幸せにするから」と告げる。薫は助けを求めるように、宏樹に視線を送った。しかし宏樹は薫の視線に気付かないまま、本心を隠して「それが一番いいよ。お前ら、お似合いだしさ」と告げる。薫は「なあ、薫?」と同意を求められ、やはり本心を隠して「うん、そうだね」と答えた。
婚約パーティーが開かれることになり、“春”に宏樹、薫、耕助、春子、忠夫、昌二、美奈子が集まって準備を進めた。武志は耕助が「お前はいい」と告げたにも関わらず、配達の仕事に出掛けていた。武志は購入した指輪を車に乗せ、仕事を終えて“春”へ向かう。だが、その途中で交通事故を起こし、病院に担ぎ込まれた。担当医の新谷は、薫、耕助、美奈子に「このまま目を覚まさないこともある」と宣告した。宏樹は上司に申し入れ、ローテーションのある整理部へ異動させてもらった。
3年目のクリスマスが過ぎても、武志は昏睡状態のままだった。正月のお参りに出掛けた帰り、耕助は春子に、「薫ちゃん、このままでいいのか」と問い掛ける。春子が「親にしてあげられることなんて何も無いの。出来るのは、あの子たちが出した結論を応援してやる。それだけ」と語ると、耕助は「でもさ、薫ちゃん、惚れてんの宏樹じゃないの?」と言う。春子は穏やかな微笑を浮かべ、「そんな簡単なもんじゃないの。女心がアンタたちに分かってたまるもんですか」と告げた。
耕助は宏樹を呼び出し、「薫ちゃんは、お前が幸せにしてやれ。武志だって、そう思ってるよ」と言う。美奈子は“春”を訪れた薫に、「小さい時から、ずっと思ってた。薫姉ちゃんは宏樹くんが好きなんだって。武志兄ちゃんのことは、もういいと思う」と告げる。すると薫は感情的になり、「いいわけないでしょう」と店を飛び出した。宏樹は薫に、「薫を幸せにさせてほしい。俺と結婚してくれ。武志が目覚めるまででいい」と述べた。後日、病室に一行が集まって宏樹と薫の婚約をお祝いしようとするが、武志が意識を取り戻した。彼は事故の記憶が無く、それ以前の記憶もあいまいだった。しかしリハビリの日々が続く中、武志は引き出しの中の指輪を発見する…。

監督は土岐善將、原作・脚本は岡田惠和(幻冬社刊)、製作は宇野康秀&松本輝起&気賀純夫、エグゼクティブプロデューサーは高野力&鈴木尚&緒方基男、企画は小滝祥平&遠谷信幸、プロデューサーは森谷晁育&杉浦敬&熊谷浩二&五郎丸弘二、アソシエイトプロデューサーは増田悟司&山田敏久&平岩モトイ&小穴勝幸、製作エグゼクティブは依田巽、撮影は上野彰吾、照明は赤津淳一、美術は金田克美、録音は小野寺修、編集は奥原好幸、音楽は野澤孝智。
主題歌:『春を待とう』作詞・作曲:井ノ原快彦、編曲:久米康隆&井ノ原快彦、歌:井ノ原快彦。
『天国は待ってくれる』作詞:清木場俊介、作曲:清木場俊介&川根来音、編曲:高橋圭一、歌:清木場俊介。
出演は井ノ原快彦、岡本綾、清木場俊介、いしだあゆみ、蟹江敬三、戸田恵梨香、石黒賢、中村育二、佐々木勝彦、綾田俊樹、綱島郷太郎、山田幸伸、遠藤雅、新海悟、坂田久美子、川口翔平、山本真菜香、泉澤祐希、久保田琴音、粕谷卓志、柏木真、大西汐佳、千野裕子、飯田來麗、高橋伯明、菅野隼人、小野洋平、木村大貴、片方隆介ら。


『スペーストラベラーズ』『いま、会いにゆきます』の脚本を手掛けた岡田惠和が、初めて書き下ろした同名小説を基にした作品。
脚本も岡田惠和が担当し、これが映画監督デビューとなる土岐善將がメガホンを執っている。
宏樹を井ノ原快彦、薫を岡本綾、武志を清木場俊介、春子をいしだあゆみ、耕助を蟹江敬三、美奈子を戸田恵梨香、新谷を石黒賢、忠夫を中村育二、昌二を佐々木勝彦、幼少時代の宏樹を川口翔平、幼少時代の薫を山本真菜香、幼少時代の武志を泉澤祐希、幼少時代の美奈子を久保田琴音が演じている。

「1965年に日活が山内賢&和泉雅子&舟木一夫の共演で制作した、同名の青春映画のリメイク」という説明を付けられても納得してしまうぐらい、ものすごく古臭い印象のする映画である。
ようするに、ずっと前から映画やドラマの世界では描かれてきたような物語を、この映画は使っているのだ。
ベタなことをやるのは構わないんだけど、ベタなのと古臭いのは違う。
例えば、「幼い頃から仲の良い男女3人の間で三角関係が生じる」というのはベタだけど、それは普遍的な素材だから、古臭い話になるとは限らない。問題は見せ方だ。

この映画は、「どう見せるのか」という部分で、大きな失敗をやらかしている。
詳しくは後述するが、武志が宏樹と薫を呼び出し、「俺は今から薫にプロポーズする」と口にするシーンなんかは、「マジか?」と言いたくなった。
そんなのは、もはやパロディーやコメディーの世界でしか成立しないような描写だ。
2007年という時代に、シリアスな形でそれをやるってのは、少女漫画でも無いんじゃないか。

『ビーチボーイズ』『ちゅらさん』など数々の人気ドラマを手掛けてきた岡田惠和が、こんな古臭い物語を無意識で作るとは到底信じ難い。
これは憶測に過ぎないが、たぶん岡田惠和は、意図的にクラシカルな物語を紡いだのではないだろうか。それを今の時代の感覚で演出することによって、何か新しい物が生まれるはずだと思ったのではないだろうか。
ファッションの世界なら、昔の流行が一周回って蘇り、新たなアレンジが加えられて新世代のオシャレになることが良くある。そのよう化学変化を期待したのではないだろうか。
ただし、この物語を優れた作品に仕上げるためには、監督の手腕が問われる。助監督としての経験はあるものの、1998年に深夜ドラマ『ATHENA アテナ』で演出を手掛けた以外に演出経験が無く、映画のメガホンは初めてとなる新人監督の土岐善將には、あまりにも荷が重すぎたのも知れない。
本人の実力不足なのか、あるいは初監督にチャレンジすることに腰が引けてしまったのか、彼は何の捻りも無く凡庸な演出に終始している。そのために、陳腐で古臭い映画が完成してしまった。

序盤、買った花を持って宏樹を待っていた薫は、彼が来ると「お帰り」と言う。病室に入った2人は「ただいま」と言い、春子たちは「お帰り」と言う。
武志の病室を「みんなの帰る場所」としてアピールしているわけだ。
やりたいことは分かるけど、あざとさが過ぎる。そして、そのあざとさが、陳腐な形で露呈してしまっている。
そもそも病室で「ただいま」「お帰り」という会話が交わされる時点で不自然さは否めないのだが、それにしたって、もう少し上手く誤魔化せなかったものかと。

コーヒーを買った薫が病室に戻ると宏樹が座ったまま転寝しており、武志を含む3人を上から捉えたカットになる。
その時の3人の位置を線で結ぶと、正三角形になる。そこから、小学生時代の3人が手を繋いで正三角形を作っている映像に移り、回想シーンの中で宏樹は薫と武志に「俺たちは、ずっと一緒なんだ。ずっと三角形。“正しい”の正三角形じゃなくて、“聖なる”の“聖”」と語る様子が描かれる。
宏樹は「聖なるの聖」と言っているが、もちろん「正三角形」と「聖三角形」を重ねているわけで。
だからこそ、病室のシーンと手を繋ぐシーンにおける3人の位置を線で結ぶと正三角形になるわけだ。

そんな風に「聖三角形」をキーワードとして提示した後、小学生の3人が将来の仕事について話すシーンになり、薫は「武志は築地市場、宏樹は朝日新聞社だから、三角になるためには」という理由で「銀座で働く」と言い出す。
ガキの頃に、そんなバカバカしい考えで就職先を妄想するのは別に構わない。
しかし、大人になった薫は、ホントに銀座で働いている。
そこに固執して銀座で就職するって、まるで共感を誘わないぞ。ただのバカじゃねえか。
しかも、築地市場と朝日新聞社と銀座を線で結んでも、正三角形にならないのだ。「三角形なら何でもいい」ってことなら、銀座に固執する意味も無いだろうに。

小学5年生で転校して来た宏樹がオドオドして挨拶できずにいると、武志が黒板に自分の名前を書いて挨拶し、続いて薫も同じ行動を取る。すると他のクラスメイトも椅子から立ち上がり、次々に黒板へ名前を書き始める。
それを「宏樹が武志&薫と仲良くなったきっかけ」のシーンとして描いているわけだが、「おいおい、マジか」と言いたくなる。
ただし、見せ方によっては何とかなるんじゃないかという気がしないでもない。
やはり一番の問題は、オーソドックスにやったら陳腐で古臭いモノにしかならない素材を、どうやって調理するのかという部分にあると思う。お涙頂戴ムードたっぷりに、「静かで抒情的な雰囲気の中、深い感動が押し寄せる」という感じで味付けしたのが間違いだったんじゃないだろうか。

武志が薫に結婚を申し込む直前、文具店で働く彼女の様子を見つめるシーンと、小学生時代の彼女を回想するシーンがある。その2つだけでも、武志が薫に好意を寄せていることは、伝わらないわけでは無い。
ただし、プロポーズへの流れとして、武志の薫に対する恋愛感情を充分に表現できているかと言うと、答えはノーだ。ぶっちゃけ、何も無いままプロポーズのシーンに入るのと大して変わらない。どっちにしろ、プロポーズのシーンは唐突感が否めない。
一方、宏樹と薫の心情にしても同様で、人込みの中を歩く際、盾になってくれた宏樹のさりげない気遣いに薫が微笑するシーンがあるだけ。こちらも全く足りていない。
それならそれで、あえて序盤は恋愛感情の描写を抑えておいて、プロポーズをきっかけにして3人の本当の気持ちが明らかになり、「いつまでも仲良し3人組ではいられないという少々の苦みもある恋愛模様を描いていくというやり方もある。しかし、そういう見せ方にしているわけでもない。

それと、その告白シーンで引っ掛かるのは、武志が本当に親友だと思っているのなら、薫に告白する前に、まずは宏樹に相談すべきじゃないかってことだ。
求婚の場に呼び出している時点で、何となく宏樹と薫の気持ちを察していて、それを言い出せない状況に追い込む狙いがあるんじゃないかと思えてしまう。
「今からプロポーズする。いいか。いいか」と2度も念押ししている辺りなんて、脅迫めいたモノを感じるし。
後から「実はそういう卑怯な気持ちもあった」ってことを武志が明かす展開があれば、それはそれで人間味を感じさせる形になるのだが、そういうフォローは無いので、ただ単に嫌な引っ掛かりとして残ってしまう。

入院直後の武志にはチューブが何本も繋がれているのだが、3年後のシーンでは点滴の装置だけになっている。
そこは、たぶん年月の経過を表現しようという狙いもあるんだろうが、入院直後と3年後のシーンで、武志の見た目は全く変わらない。髪型も、髭も、肉付きも、全く同じだ。
井ノ原快彦の主題歌に乗せて、「季節が過ぎて、3年が経過した」ということを示すダイジェスト処理の箇所もあるんだけど、桜が咲いたり、雪が降ったりという季節の変化が描かれる中で、武志の見た目は全く変わらない。武志は3年間も昏睡状態にあるのに、オシャレな髭の生やし方をしているし、髪もキッチリとオシャレに決まっている。
もちろん自力でカットすることは出来ないわけで、ってことは看護師が3年前から毎日、彼の髪と髭をオシャレに整えているってことなのか。ものすごくサービスのいい病院なんだね。

武志が昏睡状態に陥った後の展開としては、たぶん「宏樹と薫の中で、自分たちが幸せになるのは武志に申し訳ないという罪悪感が働く。
2人とって親友だった武志の存在が、ある意味では重荷や障害になってしまう」という部分の苦悩や葛藤のドラマがあるべきなんだろう。
しかし、そこを深く厚く描くべきなのに、実際は浅薄なモノになっている。
特に宏樹の苦悩や葛藤は、これっぽっちも伝わって来ない。
そこに関しては、演技力の欠如と演出のマズさ、両方に原因がある。

「宏樹と薫の婚約祝いを始めようとしたら武志が目を覚ますけど、記憶を失っている。指輪を見つけて自分が薫に求婚したことを知るけど、その直後に具合が悪くなり、全ての数値が急激に悪化して余命1ヶ月になる」という後半の展開は、ちょっと笑いそうになってしまった。
そういう話を思い付いても、普通だと「これって陳腐だよなあ」と感じて、ちょっと腰が引けてしまうんじゃないだろうか。
そういう展開を、何の臆面も無く堂々と使ってしまう辺り、ある意味では凄いよ。

数値が一気に悪化して余命1ヶ月になったんだから、武志はどんどん衰弱していくはずなのに、まるで見た目が変わらない。顔色が悪くなったり痩せ細ったりすることも無いし、髪と髭も相変わらずオシャレなまま。
そして“春”で開かれた宏樹と薫の結婚パーティーに参加した彼は、ついさっきまで何の異常も無かったのに、目を閉じて安らかに絶命する。
そこまで陳腐にやっちゃうのは、ひょっとすると韓国ドラマを意識した部分があるのかなあ。
この映画がやってるお涙頂戴ラブストーリーって、そっちの匂いが無くもないんだよな。

(観賞日:2014年12月18日)

 

*ポンコツ映画愛護協会