『天国の本屋〜恋火』:2004、日本

弦楽カルテットと組むピアニストとして活動していた町山健太は、コンサート・マネージャーからクビを宣告された。その夜、焼き鳥屋でヤケ酒を飲んだ彼は、「田舎へ帰ろっかな」と呟く。気が付くと彼は、見知らぬ部屋のベッドにいた。部屋を出ると、そこは巨大な本屋の2階だった。ヤマキという男が壇上に立ち、椅子に座っている数名の人々に向かって本を朗読していた。健太に気付いたヤマキは、「目が覚めたか。今日からよろしくな」と声を掛けた。
健太が「ここってどこですか」と尋ねると、ヤマキは「天国」と答える。健太が困惑していると、ヤマキは店員の由衣を呼んで「今日からアルバイトしてもらう町山健太君」と紹介し、自分が店長であることを告げた。ヤマキは「人間の寿命はジャスト100歳に設定されておる。しかし誰もが100歳まで生きるとは限らない。そこで残りの人生を全うするための場所が天国だ。例えば80歳で死んだ者は20年、ここで生きることになる。合計100年生きると、現世に新しい命として生まれ出る」と説明するが、健太には理解不能だった。
ヤマキは「心配するな。君はまだ死んどらん。ただの短期アルバイトだから、気楽にやってくれ」と言うと、健太は「バイトって、報酬貰えんの?」と尋ねる。すると由衣が「天国には、お金なんて無いの」と教える。彼女はカオルという少年を捜している様子だった。健太は状況が理解できないまま、店の外に出た。すると小さなオート三輪に乗ったサトルという男が現れ、健太に声を掛けた。サトシはヤマキの弟子だと自己紹介した。
「どっか行きたいとこあったら案内するよ」とサトシが言うので、健太は「家、帰りたい」と口にする。サトシは「そりゃ無理だよ。天国なんだから。ヤマキさんに突然こっちへ連れて来られて混乱してるんだろ。あの人、人材管理官なんだ。あっちとこっちを行き来できる」と語る。サトシは死人であり、あと71年ほど天国で過ごすのだという。天国の街に足を向けた健太は、ある喫茶店に入ってみた。ママは健太に声を掛け、「最初はだれでも戸惑うものなのよ」と告げた。
カウンターに座っていた丸刈りの青年・山田は、健太を見て「最近の若者は背が高いねえ」とママに告げた。山田は戦時中に死んだ若者だった。ママは健太に、「こっちではねえ、見た目はずっと死んだ時のままなの」と教えた。「じゃあ中身は?」と健太が訊くと、ママは「人それぞれ。成長するもしないも、本人次第よ。恋愛も出来るのよ。子供は産まれないけど」と述べた。さらにママは、「天国では生前、親しかった人に会えないことになってるの。死んだ家族や恋人に会いたくて自殺する人が増えてたら困るでしょ」と話す。
本屋に戻った健太は、「訊きたいんだけど。ウチの爺ちゃん、102歳まで生きた。寿命が100なら、ウチの爺ちゃん、どうなるんだよ」とヤマキに尋ねる。ヤマキは「そういう場合は天国を素通りして、その生まれ変わりの人は現世で同じように生きる。お爺ちゃんが102歳なら、その生まれ変わりの人は、あちらで2歳になってる」と説明するが、健太は理解できなかった。そこへ1人の女性が朗読を頼みに来ると、ヤマキは健太に「お前がやれ」と命じた。健太は困惑しながらも、その女性のために拙い朗読をした。健太は、あるページに書かれている楽譜の落書きが気になった。
その女性・桧山翔子の姪である長瀬香夏子は、彼女の浴衣を着てみた。それは翔子が花火大会の時に必ず着ていた浴衣だ。翔子の母・幸は、「カナちゃんも花火大会がある時は着てあげてね。もう13回忌だし、いつまでもしまっておいてもね」と言う。香夏子は美浜青年会の仲間であるマルや千太郎と馴染みの小料理屋へ行き、女将のヨネや常連客の太助から「恋する花火」のことを聞かされる。以前は花火大会で「恋する花火」が打ち上げられ、それを一緒に見た男女は深い仲になれると言われていたという。花火大会が開かれなくなって、もう10年以上が経過している。香夏子たちは、花火大会を復活させようと考えた。
健太は朗読した翌日、翔子の本を返していないことを由衣に指摘される。すると健太は「俺が返しに行っていいですか」とヤマキに言い、嬉しそうに駆け出した。彼はサトシの車に乗せてもらい、翔子の家へ出向いた。翔子に話し掛けた健太は、彼女が右耳の聴覚を失っていることを知らされた。健太は翔子が有名なピアニストだったことに気付いており、「子供の頃、母親に連れて行ってもらったコンサートで貴方のピアノを聴きました。凄く感動しました。それで楽屋に行ったんです。貴方に会いたくて。でも貴方は迷子だと思ったみたいで」と話す。その時に翔子は、健太のためにピアノを演奏してくれた。それがきっかけで、健太はピアニストを目指したのだ。
翔子から家に招き入れられた健太は、「なんでみんな本を読んでもらうんですか」と尋ねる。翔子は「どうしても人に読んでもらいたい時って無い?思い入れが強くて一人じゃ読みたくないとか。言葉を字じゃなく音で聴きたいとか」と言う。彼女は健太に、「良かったら、ピアノを弾いてくれない?」と持ち掛けた。翔子が渡した楽譜は、楽屋で演奏した『明るい場所』だった。少し弾いて肩凝りを気にした健太に、彼女は「肩に力が入り過ぎてるんじゃない?もっと自分の音を良く聴きながら弾いた方がいいわね」と告げた。
「ピアノ、聴かせてもらっていいですか」と健太が言うと、翔子は「今はね、弾いてないの」と言う。「耳ですか」という健太の質問に、彼女は「それもあるとは思うけど、こっちに来たら、どうしても弾けなくなっちゃってね」と答える。健太が「じゃあ、この曲は?今の曲は作りかけの組曲の一部だって、貴方が教えてくれたんですよ」と述べると、翔子は「続きは作ったのよ。出来上がらなかったけど」と言う。こっちに来てしまったので、最後の曲だけ作れなかったのだという。
本屋に戻った健太は、由衣に「俺、あの人を知ってた。子供の頃から憧れてた。会いたいと思っていれば、いつか会えるものなんだな」と話した。すると由衣は、無言のまま立ち去った。ヤマキは健太に、「由衣はリハビリ中なんだよ。ごく稀に、現世の心の傷をこっちに持って来た奴がいるんだ。そういう奴のリハビリをするのも、ここの仕事だ。大体が、自分で命を断とうとした奴が多いけどね」と語った。健太が「じゃあ地上で出来たことが、こっちで出来なくなった場合は?例えばピアノとか」と尋ねると、彼は「君がピアノを弾けなくなる時っていうのは、どういう時だ」と逆に質問した。
香夏子はマルと共に、自分が発明したフルーツ大福を土産に持って、花火師・西山の元を訪ねた。西山は香夏子の実家である和菓子店「陽光堂」の紙袋に気付き、「美浜の花火大会、大好きな仕事の一つですよ」と懐かしがった。恋する花火のことを依頼すると、西山は「その花火は無理です。あれは、ある職人が一人で作っていた物なんです。彼は10年以上前に花火を辞めました」と話す。最後の花火大会の年に工房で事故があり、それを起こしたのが彼だったという。急に出て行ったので、行方も分からないという。
香夏子とマルが西山の工房を去ろうとすると、従業員の太田が追い掛けて来て「行ってあげて。私も彼の花火、見たいから」と言い、瀧本という花火職人の連絡先を書いたメモを手渡した。書かれた住所に行ってみると、酷いボロ家だった。香夏子たちが仕事を依頼すると、瀧本は「帰って下さい。僕はもう花火とは関係ない」と、ぶっきらぼうに告げた。一方、天国では健太が翔子の家を訪れ、彼女の曲を演奏していた。それを聴いていた翔子は、耳鳴りに見舞われた。「時々、こうなるの」と彼女は心配する健太に告げた。
健太が「どうして、そんなことに」と訊くと、翔子は「事故よ。花火工房の暴発事故。でも、それでこっちに来たわけじゃないのよ。その時は耳以外、どこも怪我なんかしてなかったんだから。その後、病気になって入院してね。ピアノ弾けないまま、こっちに来ちゃった」と話す。一方、天国の本屋では、客から朗読を頼まれた由衣が「私は朗読しないんで」と断っていた。彼女はサトシに、嫌いなんだ、本。愛とか希望とか、そんなの読めない。私、弟を殺したの」と話す。母子家庭だった彼女には、年の離れた弟がいた。本が好きな弟に良く本を読み聞かせていたが、好きな男が出来た。会える時間が少なくなり、弟が疎ましくなった。ある夜、彼女は弟を早く寝かし付け、急いで彼に会いに行こうとした。すると後を追って来た弟が、トラックにひかれて死んだ。
由衣は死んだ弟に謝りたくて、ビルの屋上から飛び降りようとした。しかし飛び降りる前に、ヤマキに天国の本屋へ連れて来られたのだ。その話を聞いたサトシは、彼女が死んでいないことを初めて知った。一方、現世では、香夏子が太田に誘われて飲みに出掛けた。瀧本のことを香夏子から尋ねられた太田は、弟のように可愛がっていたことを語った。事故について香夏子が質問すると、太田は瀧本が夜中に恋人を工房に入れてしまったこと、火薬を見せていたら摩擦で引火したことを説明した。その相手が事故で耳を怪我したと聞き、香夏子は瀧本の恋人が翔子だと気付いた。
香夏子から花火大会で瀧本に依頼するつもりだと聞かされた母の妙子は、「耳を悪くしたせいで翔子がどれだけ苦しんだか、貴方だって知ってるでしょ。あの男のせいなの」と言い、強い態度で反対した。しかし香夏子は再び瀧本の家を訪れ、自分が翔子の姪であることを話す。「叔母は最後に入院してた時も、最後に和火が上がるのをずっと待ってて。窓の外、ずっと見つめてました。叔母が祈るような気持ちで花火を待ってたの、忘れられないんです」と彼女は瀧本に語った。香夏子は「叔母がどんな気持ちで貴方の花火を待っていたか分からないんですか」と責めるように言い、花火大会の企画書を差し出した。すると瀧本は、それを火に放り込んで「言ったでしょ。僕は辞めたんだよ」と言う。香夏子は「最低」と吐き捨てて、その場を去った。
健太は翔子から本の注文を受け、配達に訪れた。すると翔子は、家の前でピクニックの準備をしていた。彼女は健太に、工房の事故を起こしたのが恋人だったこと、彼が自分に怪我を負わせた責任を取って花火師を辞めたこと、「私がピアノを弾けなくなったのは貴方のせいだ」と言ってしまったことを話す。「でもね、ホントは花火を辞めて欲しくなかった。ずっと花火を続けて欲しいって、本気でそう思ってたんだけど、伝わらなかったのかな」と彼女は語る。
翔子は健太に、瀧本の花火を聴きながら曲を作っていたこと、10回目の花火が上がらなかったから9曲目で止まってしまったことを話した。10曲目の『永遠』という曲は、健太に読んでもらった本に書いてあった部分のフレーズしか出来ていなかった。健太はそのフレーズをピアノで弾いてみた。すると翔子の中にイメージが浮かび、健太に弾き方を指示した。幸は香夏子に、翔子と瀧本が結婚の約束をしていたこと、それに自分たちが反対していたことを話す。「その気持ちが伝わったのか、翔子が入院してから、もう瀧本さんは来なくなってね。せめて一緒にいられたら、翔子はもっと幸せに死ねたんじゃないかね」と、幸は責任を感じている様子を見せた。
香夏子は瀧本の家へ行き、花火師を辞めた彼に激しい言葉を浴びせて批判した。彼女は「今でも叔母は貴方の花火が上がるのを待ってると思います」と言い、瀧本の家を後にした。一方、天国の本屋には一人の少年が現れ、健太に『ないたあかおに』の絵本を朗読するよう依頼した。本を整理していた由衣は、少年の姿を見て驚いた。それは死んだ弟の薫だったからだ。由衣が近付くと、すぐに薫は気付いた。由衣は笑顔で薫を抱き締め、健太から差し出された絵本を朗読した…。

監督は篠原哲雄、原作は松久淳+田中渉『天国の本屋』かまくら春秋社刊/新潮文庫 『天国の本屋 花火』小学館文庫、脚本は狗飼恭子&篠原哲雄、企画・プロデュースは宮島秀司、製作代表は迫本淳一&森隆一&亀井修&石川富康&細野義朗&早河洋、製作は久松猛朗、プロデューサーは榎望&遠谷信幸、撮影は上野彰吾、美術は小澤秀高、照明は矢部一男、録音は岸田和美、編集は川瀬功、音楽プロデューサーは小野寺重之、音楽は松任谷正隆。
主題歌『永遠が見える日』作詞・作曲:松任谷由実、編曲:松任谷正隆、歌:松任谷由実。
出演は竹内結子、玉山鉄二、原田芳雄、香川照之、吉田日出子、桜井センリ、香川京子、鰐淵晴子、香里奈、新井浩文、塩見三省、かとうかずこ、あがた森魚、根岸季衣、大倉孝二、斉藤陽一郎、斎藤歩、宮内達哉、長谷川加奈、貞広典子、中村淳一、久保海晴、重田恵里、猪股ユキ、丸橋夏樹、福谷亮弥、水木薫、竹嶋康成、森下能幸、ロケット・マツ、川口義之、三上敏視、田口昌由、山岡一、佐々木美紅、高瀬理恵、三間弘美、黒岩茉由、嶋秀樹、東拓也、辻洋周、澤村和明、大池友佳、岸健介、細川泰史、濱道俊介、槙文彦、奈々葉、清水目由美子、古出朋妃、山崎大昇、吉田直子、吉田久、北脇一徹、小林秀治、畠山直隆、斉藤ユキ、五十嵐和子、八ツ井光雄ら。


松久淳+田中渉による小説『天国の本屋』と、そのシリーズの3作目である『恋火』を基にした作品。
『木曜組曲』『昭和歌謡大全集』の篠原哲雄が監督を務めている。
香夏子&翔子を竹内結子、健太を玉山鉄二、ヤマキを原田芳雄、瀧本を香川照之、ヨネを吉田日出子、太助を桜井センリ、幸を香川京子、天国の喫茶店のママを鰐淵晴子、由衣を香里奈、サトシを新井浩文、西山を塩見三省、妙子をかとうかずこ、香夏子の父・郁朗をあがた森魚、太田を根岸季衣、マルを大倉孝二、千太郎を斉藤陽一郎が演じている。

竹内結子が香夏子と翔子の二役を演じているが、これは全く意味が無い。2人が瓜二つであることは、物語に何の影響も及ぼしていない。
瀧本は香夏子を最初に見た時に驚くが、翔子と瓜二つであることが彼の感情や行動に影響を及ぼすことは無い。
二役を演じていることで現世と天国の区分が分かりやすくなっている、というわけでもない。むしろ二役を演じていることがマイナスで、香夏子の方は別の女優に任せてしまった方がいい。
これが竹内結子のスター映画、もしくはアイドル映画で、彼女が異なる2つのキャラを演じることでファンに喜んでもらおうってことならともかく、そうじゃないはずだし。

『天国の本屋』というタイトルなんだから、きっと本屋が主な舞台になっているんだろう、そして本が重要なアイテムとして使われるんだろうと思って、この映画を観賞した。
でも、やっぱり先入観を持って映画を見るってのは良くないことなのだ。それを改めて学ばされる作品だった。
この映画、本屋なんて、ほぼ意味が無いのである。
健太のバイト先が八百屋だろうと魚屋だろうと、特に物語への影響は無い。っていうか、「店でバイトする」という設定が無くても、別に大丈夫なんじゃないか。
もちろん、本が重要なアイテムとして使われることも無い。

「だったら『天国の本屋』なんてタイトルを付けるなよ」と言いたくなる人がいるかもしれないが、それは原作のタイトルなので、そりゃ使った方がいいだろう。
問題は、本屋や本が何の意味も持たない内容にしてしまったことにある。
前述したように、シリーズの1作目と3作目をミックスさせて脚本が作られているが、そこで2つの話を上手くまとめることが出来なかったのではないか。
それと、最初の脚本に不満だった原田芳雄が手を加えているらしいが、それがマイナスに作用した可能性もある。

健太は冒頭の演奏シーンの直後、すぐに解雇を通告されている。
演奏を見ているコンサート・マネージャーが腹立たしそうにしているし、コンサートの後で彼は「今日も気持ちよさそうに弾いてたね。
この前も言ったんだけど、分かってもらえなかったみたいだね」と言っているので、どうやら「健太が五重奏団としての調和を考えず、自分の好き勝手に演奏している」というのが解雇の理由のようだ。
だけど、演奏シーンを見ているだけでは、そういうことが伝わりにくい。他の演奏者がチラッと健太に目をやるシーンはあるけど、「その演奏が調和を乱している」ってのは、ちょっと伝わりにくい。
そこは、ハッキリとした理由を誰かの口から語らせてしまった方がいい。
「弦楽カルテットが文句を言っているのを健太が聞いてしまう」とか、そういう形でもいいし。

それと、冒頭で「健太が他のメンバーとのバランスを考えず、独りよがりな演奏をしていたので解雇される」というシーンを用意しているのであれば、その後には「健太が周囲に気を配ることの大切さを知って人間的に成長する」という展開があるべきだろう。
そして最終的には、他のメンバーと上手く調和した合奏シーンが用意されているべきだろう。
しかし実際には、健太は人間的にもピアニストとしても、何も成長せずに地上へ戻って来るのだ。
いやいや、ネタを振ったのならら、ちゃんとオチを付けてくれよ。

導入部からして、構成がイマイチ。
健太が焼き鳥屋でヤケ酒を飲み、少し離れた席でヤマキがその様子を見ている。シーンが切り替わるとオート三輪が走る様子が写し出され、「天国の本屋」「恋火」というタイトルが表示される。
その2つのタイトルが順番に表記される時点で、この映画が1つにまとまっていないことが暗示されている。
それはともかく、タイトル表示が終わると健太が部屋で目を覚ます。
でも、そこは少し手順を飛ばし過ぎで、せめてヤマキが健太に声を掛けて一緒に飲むシーンぐらいは描くべきだ。

ヤマキの天国に関する説明を受けて、健太は「訳分かんない」と首をかしげる。
正直なところ、ワシも全く理解できなかった。
「人間の寿命は100歳に設定されていて、現世と天国で合計100年を過ごしたら新しい命として再び現世に生まれる」という説明だけど、世の中には100歳を超える寿命の人もいるわけで。
それについて健太が説明すると、ヤマキは「そういう場合は天国を素通りして、その生まれ変わりの人は現世で同じように生きる。お爺ちゃんが102歳なら、その生まれ変わりの人は、あちらで2歳になってる」と語るが、これまた健太と同様、理解できない。
生まれ変わった時点で2歳って、どういうことだよ。生まれ変わったら0歳からじゃないのか。
っていうかさ、そんな小難しい説明が必要な設定にしなきゃ良かったでしょうに。なんで合計100年にこだわっちゃったのか。
そこに固執する必要性って、全く無いでしょ。

それと、「なぜヤマキが健太を天国へ連れて来たのか」「なぜ天国の本屋でアルバイトさせることにしたのか」ってのが、全く分からない。
そもそも健太は死人ではないので、天国へ連れて来るのはイレギュラーな行為だ。
「健太が自殺を考えており、それを思い留まらせるために」とか、そういうわけでもない。
ヤマキの職業が関係しているのかもしれないが、人材管理官が具体的にどんな仕事をするのかという説明が無いので、そこは良く分からない。

由衣に関しては、自殺しようとしていたところをヤマキが天国の本屋に連れて来たという設定だ。そして由衣は本屋で働きながら、死んだ弟の薫を捜している。そして後半に入り、その薫と再会する。
だけど、喫茶店のママは健太に「天国では生前、親しかった人に会えないことになってるの。死んだ家族や恋人に会いたくて自殺する人が増えてたら困るでしょ」と説明しているぞ。
そのルールからすると、由衣と薫が会えるってのは変じゃないのか。なんで由衣の時だけルール違反が見過ごされているんだよ。
っていうか、弟と再会した由衣は地上に戻るんだけど、だったらヤマキは天国へ連れて来た時、すぐに弟と再会させりゃ良かったんじゃねえのか。長い間、本屋で働かせている意味なんて全く無いでしょ。

天国の本屋ではヤマキが死人たちに頼まれて朗読の仕事をしているが、なぜ死人たちが朗読を望むのか、それも良く分からない。
本が読みたきゃ、自分で読めばいいわけで。わざわざヤマキに朗読してもらうことを選択する理由が不明だ。
例えば、幼い子供が大人に絵本を読み聞かせてもらうとか、そういうことなら分かるんだよ。だけど、朗読を聴いているのは子供だけじゃないし。
翔子は「どうしても人に読んでもらいたい時って無い?思い入れが強くて一人じゃ読みたくないとか。言葉を字じゃなく音で聴きたいとか」と語るが、そんな風に思ったことは一度も無いね。
そこは設定に無理を感じる。

ヒロインである香夏子が、あまり魅力的ではないというのは痛い。
彼女は瀧本に花火を作るよう要求し、「叔母がどんな気持ちで貴方の花火を待っていたか分からないんですか」と責めるが、「アンタこそ、瀧本がどんな気持ちで花火作りを辞めたのか察してやれないのか」と言いたくなる。
瀧本が花火師として優秀だったことも、自分のミスで翔子の聴覚を失わせてしまったことを、香夏子は既に知っている。だったら、罪の意識を感じて足を洗ったことぐらい、何となく察することが出来るはずでしょ。
花火作りに戻って欲しいとしても、もう少し言い方ってモンがあるだろ。なんで非難してるんだよ。
そもそも、香夏子が花火大会を復活させようとした時点では、瀧本と翔子のことも知らなかったわけで。だから「叔母が祈るような気持ちで花火を待ってたの、忘れられないんです」というのも、後付けの理由にしか思えないぞ。花火大会を復活させるために、叔母の死を利用しているという見方さえ出来るぞ。

翔子が入院していた時の回想シーンでは、大会の最期に瀧本の花火が上がらず、彼女が泣きながら「やっぱり上げてくれないの?」と呟く描写がある。しかし、その直後、天国の翔子は「私がピアノを弾けなくなったのは貴方のせいだ」と瀧本を責めて、それで彼が責任を取って花火師を辞めたことが語られる。
だったら、花火を上げないのは当然だろ。それで「やっぱり上げてくれないの?」って、上げるわけねえだろ。テメエが辞めさせたんだろうが。
「でもね、ホントは花火を辞めて欲しくなかった。ずっと花火を続けて欲しいって、本気でそう思ってたんだけど、伝わらなかったのかな」って、伝わるわけねえだろ。
メチャクチャな女だな。

香夏子は幸から話を聞いた後、瀧本の家へ行き、勝手に上がり込み、寝ていた彼を乱暴に起こして「私よ、翔子。私、貴方の花火が見たい。花火を上げる貴方が見たい」と言い出す。
瀧本は「いいかげんにしろ。やっていいことと悪いことと分かれよ」と怒鳴るが、そりゃ当然の反応だ。
ところが、香夏子は全く悪びれた様子を見せず、「また逃げるの?。叔母からもそうやって逃げたんですか」と瀧本を非難する。
いやいや、逃げたんじゃねえよ。彼女の聴覚を奪ってしまい、「私がピアノを弾けなくなったのは貴方のせいだ」と責められたから、責任を取って花火師を辞めたんだよ。
それのどこが「逃げた」ことになるんだよ。

香夏子は「確かに大きな事故だったと聞きました。おかけで叔母は耳が聞こえなくなりました。けど逃げるか、普通?」と瀧本を責めるが、だから逃げたんじゃねえっつーの。
「ホントに責任取るべきだったらね、花火上げるべきだったと思う」って言うけど、翔子から「花火を上げてほしい」と頼まれて、それを断って花火師から引退したのなら「逃げた」と言われても仕方ないが、責任を取って花火を辞めるよう要求されたら、そりゃ辞めるだろ。
そこで「俺は花火師を続ける」と主張する奴の方が、人としてどうかしてるよ。事情も良く知らずに、喚き散らしてるんじゃねえよ。
いや、花火を辞めるよう迫られたことを知らなくても、やっぱり香夏子の行動はイカれてる。
繰り返しになるけど、恋人の聴覚を奪った男が責任を取って花火師を辞めたことを「逃げ」と解釈する感覚は、マトモじゃないよ。

天国の翔子は健太が『永遠』のフレーズを弾いてからアイデアが膨らんだのか、彼と協力して曲を作り上げていく。
それまでの9曲は全て「瀧本の花火があったから完成した」という設定なのだから、最後の10曲目も「瀧本が花火大会で花火を打ち上げ、それを天国から見た(聴いた)翔子が曲のイメージを思い付いて『永遠』を完成させる」という展開になるのかと思ったら、そうじゃないのね。
その前に曲は完成している。
それだと、瀧本が花火を上げる意味が弱くなっちゃうでしょ。

ラスト、花火大会が終わった後になって、瀧本は会場から離れた海辺で花火を打ち上げる。
だったら最初から大会に参加しろよ。なんで大会と別枠なんだよ。あと、その花火、いつの間に一人で運んだのか。
で、そこから少し移動した草原では健太がグランドピアノを演奏しているが、誰がどうやってそのピアノを運んだのか。
そういうことを言い出すのは無粋かもしれんが、それが気になるぐらい、この映画はファンタジーに陶酔させてくれないってことだ。
あと、最後に健太と香夏子が見つめ合って、まるで「惹かれ合いました」みたいな感じになってんだけど、お前ら、たった今出会ったばかりだろうに。

(観賞日:2013年10月12日)

 

*ポンコツ映画愛護協会