『天地明察』:2012、日本

四代将軍、徳川家綱の時代。安井算哲は江戸の会津藩邸で屋根に登り、星を眺めていた。大事な役目の前日であることから、会津藩士の安藤有益は「怪我でもされたら、我が藩の立場がありませぬ」と諌めた。算哲は安藤から金王八幡宮に面白い設問が掲げられたと知らされ、強い興味を示す。安藤は役目が終わったら書き写した設問を見せると約束するが、算哲は翌朝に金王八幡宮へ出掛けた。彼は設問を目にすると、その場で解き始めた。履き掃除をしていたえんに退けるよう言われても、算哲は続けようとする。しかし登城の時間だと気付き、彼は慌てて八幡宮を去った。
関孝和は八幡宮を訪れ、全ての設問を簡単に解いた。彼は新たな設問を掲げ、八幡宮を去った。棋譜を忘れたことに気付いた算哲は八幡宮に戻り、全ての設問に解答が書いてあるのを見て驚いた。登城した彼は、安井流家元の安井算知と本因坊流家元の本因坊道悦に挨拶した。算哲は算知から登城が遅かったことを注意され、道悦に借りていた棋譜を返した。算哲は上覧碁で本因坊道策と対局するため、棋譜を見て覚えていたのだ。しかし道策は算哲に、棋譜通りではない真剣勝負を持ち掛けた。
寛丈元年十二月朔日。算哲は逡巡しながらも、第一手で棋譜に無い手を打った。彼と道策が真剣勝負を願い出ると、家綱は喜んで許可した。算哲と道策の勝負を家綱は間近で観戦するが、蝕が起きたために城中の行事は全て中止された。道策は算知と道悦から叱責され、最高位を懸けて勝負すべきだと反論した。算哲は会津藩主で将軍後見の保科正之に呼ばれ、北極出地の任務で全国を巡るよう命じられた。半月後の出発を指示された算哲は困惑するが、正之は刀を与えた。
算哲が関に会いたがっていると、安藤は村瀬塾を訪ねてみるよう助言した。村瀬塾へ赴いた算哲は、えんがいたので驚いた。えんは塾長を務める村瀬義益の妹で、神社で行儀見習いをしているのだった。算哲から関について問われた村瀬は、変わり者で不遇を囲っていることを教えた。算哲は関が書いた算術の本を見せてもらい、夢中になって読み始めた。村瀬に本を貸してもらった彼は安藤に出発の支度を任せ、設問を解くことに没頭した。
出発直前になって設問を解いた算哲は絵馬に答えを書き込み、自身が考えた設問を掲げた。えんから関にこだわる理由を訊かれた算哲は、自分と同じように星を好んでいるように思えるのだと答えた。彼は1年後に戻ることを告げ、関が設問を解いたら答えを預かっておいてほしいと頼んだ。公開の場での対局を禁じられた道策は、北極出地を終えてから上覧碁の続きをやろうと算哲に告げた。算哲は北極出地の御用頭取を務める建部伝内、副頭の伊藤重孝、小者の弥吉や平助たちと会い、観測の旅に出発した。
一行は小田原に到着し、最初の観測を実施した。算哲は建部と伊藤が歩測と算術だけで北極星の位置を予想していると知り、大いに驚いた。熱田では算哲も予想に参加し、見事に的中させて建部と伊藤に絶賛された。算哲は幼少期から垂加神道の山崎闇斎に師事し、北極星を観測するのが趣味だったと2人に語った。建部と伊藤は算哲から関の本を見せてもらい、彼に弟子入りしたいと言い出した。同じ頃、関は算哲の設問を見るが答えは書かず、りんに「この設問、今までの中で一番好きかな」と笑顔で告げた。
算哲は建部と伊藤に自分の設問を見てもらい、答えが無数に存在することを指摘される。落ち込んだ算哲はりんに手紙を書いて事情を説明し、誤問を焼き捨ててほしいと依頼した。月が欠けているのを知った建部と伊藤は、暦がズレていることを算哲に告げる。幾つもある暦の基本となるのは全て、800年前の唐から伝わった宣明暦だった。その宣明暦に誤りがあるのだが、朝廷が誤差の修正を拒み続けているのだと建部と伊藤は説明した。
建部は体調を崩し、宿で寝込んだ。予定より半年も遅れているため、伊藤は先を急いで建部とは銚子で落ち合うことにした。しかし銚子に到着したころには計画より半年も遅れており、一行の元には建部が死去したことを知らせる手紙が届いた。ようやく江戸に戻った算哲は村瀬塾を訪れ、新たな設問を村瀬に見せた。りんを捜す算哲に、村瀬は結婚したことを教える。彼は約束の1年が過ぎるまでりんが待っていたこと、しかし家の事情があって結婚したことを語った。
算哲は水戸藩主の水戸光圀に呼ばれ、北極出地の話をするよう求められた。暦が2日もズレていることを算哲が語ると、光圀は「暦を支配しておけば公家は莫大な利権に預かれる」と述べた。保科は算哲を呼び、改暦の総大将に任命された。驚く算哲に、保科は多くの推挙人がいることほ教えた。算哲は推挙人の1人である山崎と共に、江戸・会津藩観測所へ赴いた。彼は安藤や山崎、弥吉や平助らと共に、宣明暦、授時暦、大統暦という3種の暦の検討作業に取り掛かった。
3年後、算哲たちは宣明暦を除外し、残る2つの比較を始めた。安藤から関の新しい本を見せられた算哲は、彼は授時暦を知っているはずだという推測を語った。算哲たちは観測と推理を重ね、授時暦が最高だと結論付けた。算哲は保科に報告し、山崎は「帝に改暦の勅命を発してもらい、幕府が受ける」という形を取るよう提案した。改暦の請願を受け、御所では陰陽頭の宮栖川友麿が土御門泰福と大黒松太夫が話し合った。土御門は改暦に前向きだったが、宮栖川と大黒は一笑に付した。
算哲は保科から、授時暦が「元の暦なので不吉」という理由で不採用になったことを知らされる。悔しがる算哲だが、算知と道悦の最高位を懸けた勝負が始まったのを知って次なる一手を思い付く。彼は山崎たちに、多くの民の前で三暦勝負を実施する考えを明かす。宣伝の貼り紙を出してもらうために算哲が村瀬塾を訪れると、りんが離縁されて戻っていた。算哲が「三暦勝負に勝った暁には、今度こそ申し出たいことがある」と言うと、りんは「こないだは1年。今度は今度は3年待たせるつもりですか」と問い掛ける。算哲が「はい」と即答すると、りんは「それ以上は待ちませんよ」と微笑んだ。
三暦勝負が始まると、授時暦は第五戦まで全て的中させた。他の暦との差が生じる中、観測所には改暦を阻止しようとする連中の脅迫状が投げ込まれた。三暦勝負の結果は金王八幡宮にも張り出されるが、それを見た関は不愉快そうにバツを付けた。算哲たちが第六戦の観測に備えていると、覆面の集団が襲い掛かって来た。観測所は火を付けられ、山崎は算哲を守って命を落とした。一味を追い払った算哲たちは第六戦を開始するが、想定外の蝕が起きた。大きな失態を犯した算哲は、授時暦の欠陥に気付いていた関を訪ねた…。

監督は滝田洋二郎、原作は冲方丁『天地明察』(角川書店刊)、脚本は加藤正人&滝田洋二郎、製作は椎名保&秋元一孝&岩原貞雄&藤島ジュリーK.、エグゼクティブプロデューサーは井上伸一郎、企画は池田宏之&関根真吾&濱名一哉、プロデューサーは井上文雄&榎望&岡田有正、アソシエイト・プロデューサーは熊谷和彦&吉田直子、撮影は浜田毅、美術は部谷京子、照明は安藤清人、録音は小野寺修、編集は上野聡一、音楽は久石譲。
出演は岡田准一、宮崎あおい、松本幸四郎(九代目。現・二代目松本白鸚)、中井貴一、佐藤隆太、市川猿之助(四代目)、横山裕、笹野高史、岸部一徳、渡辺大、白井晃、市川染五郎(七代目。現・十代目松本幸四郎)、きたろう、尾藤イサオ、徳井優、武藤敬司、笠原秀幸、小須田康人、染谷将太、矢島健一、片岡弘鳳、浅見小四郎、青木健、城戸裕次、竹嶋康成、寿大聡、掛田誠、小柳友貴美、松本幸太郎、松本錦弥、松本錦一、多賀勝一、町野あかり、朝井千景、渡辺万也、大八木凱斗、矢山博夢、坂本真衣、吉岡里帆、若狭勝也、山田永二、内藤和也、山口幸晴、大石昭弘、荒井知啓、本山力、中島崇博、木村秀吉、池田章宜、滝田明依、滝田茉矢、喜多川拓郎、冲方丁ら。
ナレーションは真田広之。


吉川英治文学新人賞や本屋大賞を受賞した冲方丁の同名小説を基にした作品。
監督は『おくりびと』『釣りキチ三平』の滝田洋二郎。
脚本は『孤高のメス』『雷桜』の加藤正人と滝田洋二郎監督による共同。
算哲を岡田准一、えんを宮崎あおい、保科を松本幸四郎(九代目。現・二代目松本白鸚)、光圀を中井貴一、村瀬を佐藤隆太、関を市川猿之助(四代目)、道策を横山裕、建部を笹野高史、伊藤を岸部一徳、安藤を渡辺大、山崎を白井晃、宮栖川を市川染五郎(七代目。現・十代目松本幸四郎)、算知をきたろう、道悦を尾藤イサオ、弥吉を徳井優、平助を武藤敬司が演じている。
ナレーションを真田広之が担当している。

冒頭、算哲は夜空を眺めている。なので天体に興味がある男なのかと思ったら、設問があると聞いて強い関心を示し、翌朝には現場で解き始めている。天文学と算術は全く別の学問なので、この時点でキャラが散らばっているように感じる。
おまけに、彼は学者でも何でもなく、囲碁棋士なのだ。天文学と算術への強い興味を示した後、囲碁棋士として活動する様子が描かれるが、ますますキャラ紹介が散らかっていると感じる。
まずは囲碁棋士であることを紹介して、天文学と算術への関心は後回しで良くないか。
算哲の職業が分からないまま話を進めても、何の得も無いでしょ。「実は囲碁棋士」というトコで、何かしらの効果があるわけでもないし。

八幡宮を訪れた算哲は設問を見て解き始めるが、どういう設問なのかも、どれぐらい難しい設問なのかも全く伝わらない。どういう論理で算哲が解こうとしているのかも、まるで分からない。
そもそも、なぜ八幡宮に設問が掲げられてるのか、その理由もサッパリ分からない。
設問が掲げてある場所には「村瀬塾」という文字が見えるが、それが何なのかも良く分からない。
誰が何のために設問を掲げているのか、その説明は必要でしょうに。

道策は上覧碁に向かう時、算哲に真剣勝負を提案して「やらねばなりませぬ」と言う。さらに彼は、2人で「碁の世界を変えよう」と約束したことを話す。
でも、実際に2人が約束を交わした時の様子が描かれることは無い。なので、どういう思いで算哲が約束を交わしたのか、それは全く分からない。碁に対する算哲の情熱も、まるで伝わって来ない。
そもそも、碁の世界の何が不満で、どのように改革すべきと算哲が考えているのか、それも分からない。また、当時の囲碁が現在の囲碁と異なるのなら、具体的に何がどう違うのかも教えてくれない。
この映画、とにかく説明不足で不親切だ。

家元に逆らい、将軍の前で定められたルールを破る行動を取ったら、下手をすれば重罰を処されることだって考えられる。なので強い覚悟が必要なはずだが、そこまでの思いを算哲が秘めていたことは、全く描かれていない。
なので彼が第一手で奇手を放っても、BGMで盛り上げようとしても、こっちは全く高揚感を抱かない。
そもそも、そこを見せ場として演出するのなら、「棋士としての算哲」を描く前置きがそれなりに必要なのよ。でも実際は彼が棋士であることを示した直後に「重大な決断」を描くので、ピンと来ないのよ。
あと、これは仕方の無い部分もあるけど、囲碁に詳しくないと、その対決の何が凄いのか、何が面白いのかは伝わらないよね。

算哲が幼少期に山崎から「思いのまま生きよ」と言われるのは、後の彼を形成する上で重要なシーンのはずだ。しかし、その回想シーンをポツンとネジ込んでいるせいで、まるで重要なシーンとしての力を持っていない。算哲と山崎の師弟の絆も、まるで伝わらない。
これは建部に関しても似たようなことが言えて、算哲との絆が結ばれるドラマは皆無に等しい。
だから建部の死を知った算哲が「遺志を継ぐ」と涙で誓っても、感動なんて全く無い。
それに、建部が病に倒れてから1分ぐらいで「銚子に着いたら死を知らせる手紙が届く」という展開になるので、見せ方としても淡白だし。

算哲が銚子で建部の死を知った後、雪の大間を訪れるシーンがある。だが、ここでは何のエピソードも描かれず、ただ「12月の算哲は大間にいた」ってことを示しているだけだ。
だったら、そんな手順は全く要らないでしょ。どうせ月日の経過なんて、まるで上手く伝えられていないんだからさ。
雪の大間を挟んだところで、何の効果も無いよ。
ただし、月日の経過が充分に伝わっていないってのは、もちろん重大な欠点の1つになっているんだけどね。

実は改暦が本作品のメイン・イベントになっており、上覧碁や北極出地は序章に過ぎない。
だからと言って「無くても構わない」とまでの要素ではないのだが、じゃあメイン・イベントに向けて道を作り、少しずつ盛り上げる役目を果たしているかと問われたら答えはノーだ。
っていうか、ホントは「上覧碁や北極出地が序章に過ぎない」と感じさせている時点でマズいはず。
それらのエピソードも、改暦と同じぐらい大きなイベントとして感じさせなきゃマズいはずだけど、あまりに盛り上がらずに淡々と通過していくのよね。

3つの暦を検討する作業が始まると、3分ぐらいで「3年が経過した」という設定になっている。もちろん、そこを省略するのは構わない。全体の構成を考えても、3年の経緯を全て丁寧に描くことは不可能だし。
ただし、あまりにも淡白に省略したことにより、「何の苦労もせず検討作業が終了した」という印象になってしまう。「膨大な作業なので3年も掛かった」とは全く感じない。
あと、それで検討が終了かと思ったら、まだ1つが脱落しただけなのよね。
ボリューム満点の原作を142分の上映時間に収めるための無理が、あちこちで破綻を生んでいるように感じるぞ。

えんから「3年も待たせるんですか」と問われた時、算哲は「はい」と即答しているけど、それはダメだろ。
前回は1年以上も待たせて、そのせいでりんは嫁に行っちゃったわけで。
今度は3年以上も待たせる恐れもあるんだし、「3年も待たせるわけにはいかないので」ってことで、その場でプロポーズしろよ。
2人の関係を「微笑ましい男女の穏やかで幸せな恋愛劇」として描いているし、もちろん表面的にはそういうことなんだけど、なんか引っ掛かるぞ。

北極出地に関しては算哲と保科の台詞で軽く説明するだけで、その重要性や意味が充分に伝わっているとは到底言い難い。
観測の方法に関しても、例えば何も知らない素人に教える形で説明するような手順も無い。
三暦勝負が始まると、そのままだと観客を引き付ける要素が全く無いってことなのか(実際にそうなんだけど)、途中で「敵が襲撃する」という展開を用意している。
でも、結局は安易なアクションに頼らなきゃ話を盛り上げられないってのは、手抜きや怠慢にも思えるなあ。

山崎は算哲を守って命を落とすが、余韻もへったくれも無いままで次の展開へ移る。淡白とは、まさにこのことだ。
算哲と山崎の師弟関係の描写が乏しかったので、悲劇としての印象は皆無だ。
第六戦の後には算哲が病床にある正之と話すシーンがあるが、「いつの間に正之は体調を崩していたのか」と思ってしまう。久々に姿を見せたら急に病床になっていて、そのまま死ぬのよね。
算哲と正之の絆も全く描写できていないので、その後に算哲が泣いている様子を描かれてもピンと来ない。

すっかり忘れた頃になって道策が再登場するが、その頃には既に彼の存在意義など完全に消えている。算哲は囲碁の世界から離れているし、囲碁の世界の動向を並行して描いているわけでもないからね。
それでも道策を再登場させるのは、意欲を失っていた算哲に喝を入れさせ、「道策も頑張っているのだから自分も頑張らないと」という気持ちにさせるためだ。
だけど、それだけで再登場させるほど重要なキャラには思えない。
算哲が結婚した後の出来事なので、彼に意欲を取り戻させる仕事は、えんに任せれはいいんじゃないかと。

(観賞日:2021年11月20日)

 

*ポンコツ映画愛護協会