『丹下左膳 百万両の壺』:2004、日本

夜の江戸。侍の丹下左膳は、数名の男たちに追われていた。左膳は持っていた名刀を守って戦うが、右目を斬られ、さらに右手を切断 されてしまう。左膳は倒れ込みながらも敵を全て斬り、名刀を守り切った。そこへ左膳と親密な仲だった女・お藤が通り掛かり、慌てて 駆け寄った。時が経ち、隻眼隻腕となった左膳は、お藤が営む矢場の用心棒となり、彼女の家で居候生活を送っていた。酒に明け暮れる 日々を過ごす左膳だが、お藤が三味線を鳴らして歌い出すと、途端に不機嫌になった。
酒を買いに出た左膳は、町人たちの噂話を聞いた。ケチで貧乏だと有名な柳生家が、来春の日光東照宮の改修奉行に選ばれたのだという。 改修奉行には、莫大な費用が必要となる。しかし柳生藩の藩主・柳生対馬守は家老の高大之進に、財源が見つかったことを嬉しそうに話す 。柳生家に伝わる「こけ猿の壺」に、百万両の在り処を記した地図が隠されていることが判明したというのだ。すると大之進は、対馬守が 江戸の司馬道場へ婿養子に入った弟・源三郎の結婚祝いとして壺を与えたことを指摘した。
源三郎は女房の萩乃に、薄汚い壺しか貰えなかったことで愚痴をこぼしていた。そこへ、こけ猿の壺を返してほしいという旨の手紙が国許 から届いた。腹立たしさを覚えた源三郎は、壺を売るよう萩乃に告げた。しばらくして大之進が訪問し、壺の返却を申し入れて百両を 差し出した。不振を抱いた源三郎は大之進を問い詰め、こけ猿の壺に百万両の価値があることを知った。大之進が去った後、源三郎は萩乃 を呼んで壺を持って来させようとする。ところが萩乃は、既に壺を売り払った後だった。
萩乃から壺を買い取った回収屋の茂三とハチは、荷車を引き、とんがり長屋へ戻って来た。二八蕎麦屋を営んでいる弥平も、孫の安坊と共 に戻って来た。金魚を飼ってもらった安坊はガラス鉢に入れていたが、転倒して割ってしまう。それを見ていた茂三とハチは、壺に水を 注いで安坊に渡し、金魚を入れさせた。左膳は大工の音吉と将棋を差すため、長屋を訪れていた。左膳は音吉から、弥平を紹介された。 左膳は安坊をからかい、長屋を後にした。
矢場に来ていた遊び人の七兵衛は、お藤に歌うよう求めた。お藤は嫌がる左膳に当て付けるように、三味線を弾いて歌い始めた。中間の 与吉を伴って壺捜しに出ていた源三郎は、矢場で働く女・お久に見とれた。直参旗本の鈴川十郎と森山平蔵が矢場で遊び始めると、七兵衛 は代金を賭けた勝負を持ち掛けた。対決に負けた鈴川と森山は、七兵衛に暴行を加えた。お藤に呼ばれた左膳が出て行くと、その強さを 察知した鈴川と森山は、捨て台詞を吐いて立ち去った。
左膳は報復を心配したお藤の指示を受け、七兵衛を家まで送ることになった。その途中、彼は弥平の二八蕎麦屋に立ち寄ろうとするが、 鈴川と森山が襲い掛かって来た。左膳は難なく追い払うが、ふと見ると、巻き込まれた弥平が深手を負っていた。左膳は弥平を背負い、 急いで矢場へ駆け込んだ。しかし弥平は手の施しようが無い状態で、安坊のことを頼むと言い残し、息を引き取ってしまう。
源三郎は萩乃に「足を棒にして歩き回っているが、壺を見つけ出すのは難しい」と言い、屋敷を出た。彼は与吉に手分けして捜すことを 提案し、金を渡して別れた。与吉は状況を報告するため、大之進の元を訪れた。大之進は与吉に金を渡し、何かあれば知らせるよう密かに 命じていたのだ。源三郎は矢場へ行き、お久と話して仲良くなった。左膳はとんがり長屋へ行き、弥平の死を安坊に話そうとする。しかし 、なかなか言い出すことが出来なかった。
左膳は腹が減ったという安坊を家に連れ帰り、飯を食わせた。お藤に責められた左膳は、ようやく安坊に事実を告げた。左膳はお藤に、 「当分、この家に置いてやることにした」と言う。お藤は腹を立て、「私は子供が大嫌いなの。すぐに追い返してくださいね」と悪態を つく。源三郎は「壺を捜し回っているが、何の手掛かりも無い」と妻に嘘をついて、矢場に通い詰めるようになった。安坊はお藤の家で 暮らし始め、矢場の手伝いをするようになっていた。
左膳は源三郎から、百万両の壺を捜している話を聞いた。左膳は回収屋のことを教え、「後で長屋へ連れて行ってやる」と言う。安坊は 竹馬で遊んでいる際、誤って金魚を死なせてしまった。左膳は安坊から「金魚を買って」と言われ、彼を連れて金魚釣りへ行くことにした 。すると源三郎も、お久と一緒に付いて行くと言い出した。4人が金魚釣りに興じていると、女中を連れて宮参りに来ていた萩乃が現れた 。萩乃は夫が若い女と仲良くしている様子を見て憤慨するが、その場では声を掛けず、気付かれぬように立ち去った。
源三郎は茂三とハチの元を訪れ、こけ猿の壺が安坊の金魚鉢になっていることを知った。しかし翌日、彼は萩乃に「今日からは毎日、屋敷 にしていただきます」と言われてしまう。萩乃は、壺の捜索を門弟の峰丹波たちに任せるよう要求した。浮気を知られたことに気付いた 源三郎は、「こけ猿の壺は見つかった」と述べる。しかし萩乃は、「貴方の言うことは信用いたしません」と冷たく告げた。 お藤は安坊を、寺子屋へ通わせ始めた。すると安坊は、両替商・上州屋の息子である勝坊に苛められるので、送って行ってほしいと頼む。 左膳は送り迎えを拒絶するが、安坊が寺子屋へ向かった後、急いで後を追った。左膳は安坊を苛めている勝坊を見つけ、頭を殴った。 大之進は一向にこけ猿の壺が見つからないため、与吉に張り紙を出すよう命じた。その張り紙には、どんな壺でも買い上げるという旨が 記されていた。
与吉は通り掛かった左膳に声を掛け、壺を買い取ることを話した。左膳が古い壺を持っていると話すので、与吉は一両小判を渡した。左膳 は勝坊たちと遊んでいた安坊から「メンコを買ってほしい」と頼まれ、その一両小判を与えた。すると小判の価値を知らない安坊は、それ をメンコとして使い始めた。安坊に負けたくない勝吉は、店から勝手に大判を持ち出した。左膳がお藤と話しているところへ、安坊が大判 を持って帰宅した。勝負に勝って、勝吉の大判を持って来たのだという。
お藤は安坊を叱り付け、大判を返して来るよう命じた。しかし大判を抱えて歩く安坊を見つけた与吉が、それを奪い取って逃げてしまう。 上州屋は手下を連れて矢場に乗り込み、大判の価値である六十両の返却を要求した。「子供を使って騙りをするとは、ふてえ奴だ」と 言われた左膳はカッとなり、「必ず返すから、明日の晩、取りに来い」と告げる。納得しない連中を追い払ったものの、左膳にもお藤にも 六十両を工面する当てなど全く無かった…。

監督は津田豊滋、原作は林不忘、オリジナル脚本は三村伸太郎、脚本は江戸木純(山中貞雄監督作品「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」より) 、製作総指揮は石原清行&安永義郎&花田康隆&島本雅司&古谷文雄、プロデューサーは江戸木純&川崎のり子、アソシエイト・ プロデューサーは高木希世江&藤崎博文&井東知三&村上比呂夫&渋谷恒一、撮影は津田豊滋、編集は津田豊滋、録音は小池利幸、照明は 川井稔、美術は松宮敏之、擬斗は三好郁夫(東映剣会)、殺陣協力は大道寺俊典(剣式会)、メインタイトル・ディレクターは小田一生、 音楽は大谷幸、音楽プロデューサーは長崎行男、エンディング主題歌「からかさ/左膳バージョン」唄・演奏は重森三果。
出演は豊川悦司、和久井映見、野村宏伸、麻生久美子、武井証、金田明夫、渡辺裕之、渡辺篤史、堀内正美、荒木しげる、豊原功補、 坂本長利、かつみ、さゆり、中山一朗、柏原収史、山下徹大、田中千絵、坂本三佳、由樹、高橋渡、吉間亮、中谷由香、MIKE HAHN、 峰蘭太郎、江原政一ら。


山中貞雄が1935年に撮った『丹下左膳餘話 百萬両の壷』のリメイク。
撮影監督出身の津田豊滋がメガホンを執っている。
津田豊滋は本作品が初めての劇場用映画監督で、撮影と編集も担当している。
映画評論家で有限会社エデンの代表取締役でもある江戸木純が、脚本とプロデューサーを務めている。

左膳を豊川悦司、お藤を和久井映見、源三郎を野村宏伸、萩乃を麻生久美子、安坊(ちょび安)を武井証、対馬守を金田明夫、七兵衛を 渡辺裕之、音吉を渡辺篤史、丹波を堀内正美、大之進を荒木しげる、森山が雇った用心棒を豊原功補、弥平を坂本長利、与吉を中山一朗、 鈴川を柏原収史、森山を山下徹大、お久を田中千絵が演じている。森山が差し向ける男の中には福本清三もいるのだが、それなりに目立つ 役なのに、アンクレジットだ。
なお、江戸木純は何に対する遠慮なのか分からないが、かつみ&さゆりが演じる茂三とハチの仕事を「回収屋」にしている。
いやいや、そんな職業、江戸時代には存在しないでしょ。
なぜ「屑屋」と言わせないのか、サッパリ分からない。

まず冒頭、不自然な動きでハラハラと空を舞う木の葉にゲンナリする。
続いて左膳が登場してチャンバラをやるが、なぜか顔がなかなか写らない。片目を斬られて手で押さえるシーンで、ようやく顔が写る。
両目が開いている状態の彼を見せたくないということなのか。
でも、だったら、そんなオリジナル版には無かった「左膳が隻眼隻腕になった理由」を描くシーンを入れなきゃいい。どうしても入れた きゃ、後から回想として断片的に見せればいい。
っていうか、30分ぐらい経過して、お藤がその時の出来事を回想するシーンはあるんだけど、それは意図が良く分からない回想になって いる。

ただ、左膳だけじゃなくて、駆け付けたお藤の顔も写らないんだよな。
どういう意図があって顔を見せないのか、サッパリ分からない。
で、最初にチャンバラを入れるからには、そこはアクションとして引き付ける力が欲しいところだが、それも無い。
それは豊川の動きが冴えないってのもあるし、見せ方に工夫が無いってのもある。豊川のチャンバラが上手くないのは分かり切っている ことなんだから、そこは監督が見せ方を工夫すべきなんだけど、そういう意識が全く感じられない。

あと根本的に、左膳が隻眼隻腕になった経緯を描くシーンを付け足すのは、完全に改悪だ。
隻眼隻腕になった理由なんて、どうでもいいことなのよ。
それはゾンビ映画で「ゾンビがゾンビになった理由」を描くのと同じぐらい、どうでもいいことだ。
「今の観客は丹下左膳を知らないだろうから、紹介シーンか必要だろう」という考えだったのかもしれないけど、紹介にもなっていない んだよな。

しかも、そのシーン、どういう出来事なのかもボンヤリしているし。
左膳がどういう意味のある刀を守っていて、なぜ襲われたのかが全く分からない。
そのシーンが、後の展開に関連してくるわけでもないし。
それにさ、丹下左膳って圧倒的に強いキャラじゃなくちゃいけないはずでしょ。それなのに、いきなりオープニングで簡単に片目と片腕を 斬られる様子を描いたら、そんなに強くないってことになっちゃうじゃん。
騙し討ちならともかく、普通に戦って斬られているんだから。

豊川悦司は、グータラしている時の芝居からして今一つで、そもそもキャラやセリフ回しに馴染んでいないという印象があるが、それ以上 に問題なのは、チャンバラになった時。
本来、左膳は「普段は呑気な三枚目だが、いざという時は凄みのある剣客に変身する」というキャラであってほしいんだが、そこに迫力や 豪快さが感じられない。
前述のように、チャンバラの腕前そのものも今一つだし。

オリジナルでヒロインを演じたのは、芸者出身で歌手の喜代三だった。
だから、歌うシーンが用意されていたのは、観客へのサービスという意味があった。
だけど、それと同じことを和久井映見にやらせても意味が無いでしょ。かつては和久井も歌手活動をしていたものの、決して歌手としての 評価が高かったわけじゃないんだし。
どうしてもヒロインに歌わせたかったのなら、歌手活動もしている女優とか、舞台でミュージカルに良く出ている女優とか、そういう人を 選びなさいよ。

それを除外しても、やはり和久井はミスキャストと言わざるを得ない。
お藤って「芸者上がりの姐御肌」というキャラのはずなのに、まず芸者上がりとしての艶っぽさに欠ける。それに鉄火肌の女じゃなくて、 ただの怒りっぽい女にしか見えない。
それと、彼女が怒っている様子は、どこか子供っぽさが感じられる。姐御肌の女という設定のはずなのに、「無理をして威勢のいい言葉を 使っている」という感じにしか見えない。
あと、オリジナル版では櫛巻きお藤だったのが、今回は丸髷だから単なる「お藤」になっているのだが、歌わせる部分は踏襲して、櫛巻き は踏襲しないという意味不明な取捨選択をした製作サイドの感覚は何なのか。

麻生久美子もミスキャストかなあ。
源三郎が簡単に浮気するのだから、浮気されやすい奥さんであるべきだと思うのよ。麻生久美子だと、少々の口の悪さがあっても、そう 簡単に浮気したくなるようには思えないぞ。
しかも源三郎は、そんなに女房に不満を持っているようには見えなかった。ってことは、性格に不満は無いってことだろう。また、夫婦仲 が冷え切っているようにも見えなかった。
そうであるならば、源三郎は「夫婦生活には何の問題も無く、女房には何の不満も無かったが、別の女と出会って一目惚れする」という ことになる。
だったら、ますます女房は、あまり美人すぎるとマズいんじゃないかと思うのよ。
ただし、逆に源三郎が惚れる相手が容姿の今一つ整っていないタイプの女性だったりしたら、それはそれでアリになるんだけど、お久は お久で美人なんだよな。

あと、これってコメディーなんだけど、とにかく間もテンポもカメラワークもカット割りも、てんでダメ。
演出全般が笑いの増幅装置として機能しておらず、逆に笑いを打ち消す役割を果たしている。
監督は根本的に、喜劇のセンスが無いんじゃないか。
例えば萩乃が源三郎を目撃するシーンの、あのダラダラっぷりは何なのかと。
撮影と編集も津田豊滋がやっているのだから、全ての責任は彼にある。

それと、メインの2人に喜劇俳優としてのセンスが低いのか、その掛け合いに漫才のようなスウィング感が無い。
マトモなチャンバラのシーンが、冒頭を過ぎると終盤まで無いので、そこまでは喜劇としての面白さで観客を惹き付けなきゃいけないん だけど、その力が無い。すげえマッタリ&モッチャリなんだよな。
それが意図的にユルさを出そうとしているならともかく、そういうわけじゃなくて、単にテンポの小気味良さが無いだけ。

どうやら左膳、お藤、安坊(役名は「ちょび安」だが、劇中ではずっと「安坊」と呼ばれ続けている)の3人による「疑似家族」の部分で ハートウォーミングなテイストも盛り込もうとしているのだが、これがまた邪魔なモノになってしまっている。
それに、安坊が柳生の殿様の息子だと判明する展開には、何の伏線も無いじゃねえか。
なんで終盤になって、取って付けた感丸出しの『狐の呉れた赤ん坊』を持ち込むのよ。
で、双方が別れを悲しむ展開になるわけだが、この映画に、そんなメソメソした話は要らないっての。

ラスト、左膳と用心棒が戦うシーンで、舞台が瞬間移動するのは、ありゃ何なのだろうか。
ボリウッド映画のミュージカルシーンでも意識したのか。
それと、そのバトルに長く時間を割いているけど、チャンバラが上手くない俳優2人のチャンバラを長く見せられても、見せ場にならない でしょ。
あと、根本的な問題として、本筋とは無関係の、些細なトラブルの相手が雇った用心棒とのバトルをクライマックスにしている時点で 筋書きとしてどうなのかと思うが、それはオリジナルの通りなので仕方が無いか。でも、改変すりゃいいのに。

(観賞日:2011年9月13日)

 

*ポンコツ映画愛護協会