『TAKESHIS’』:2005、日本

ビートたけしは芸能界で確固たる地位を築き、大物スターとして日々を過ごしている。雀荘で麻雀を打っていた彼は、隣の卓にいたヤクザ の組長ジュニアから映画に出してくれと頼まれ、オーディションがあるから受けるよう促した。たけしが麻雀に負けて店を出ると、女に 「貢いだ金を返せ」と水を浴びせられた。たけしはマネージャーと共に、愛人の待つ高級車へ戻った。ラーメン店の前で車を停めた彼は、 「店の親父がゾマホンだったら面白いよな」と口にした。
テレビ局に到着したたけしは、美輪明宏がプロデューサーを叱責しながら出て行く姿を目にした。局の廊下を歩いていた彼は、早乙女太一 のマネージャーから「一回でいいんで使ってやって下さいよ」と売り込みを掛けられた。たけしはスタジオに入ってディレクターと言葉を 交わし、セットを確認する。それから彼は別の部屋に行き、タップの練習をしているTHE STRiPESに声を掛けた。
同じ頃、楽屋では、たけしに外見が瓜二つの売れない役者・北野武がピエロのメイクをしていた。一緒に楽屋にいる俳優は、たけしと同期 だった。たけしが楽屋に現れたので、その俳優は悪態をついた。しかし、たけしに恫喝されると、すぐに低姿勢になって謝った。たけしが 着替えをしていると、その俳優に連れられて北野が現れ、サインを求めた。北野は、「北野さんへ」と書いてくれるよう頼んだ。たけしは 意味ありげに笑いながら、北野の手帳にサインを書いて返した。
たけしは彫師に背中の刺青を彫ってもらいながら、「さっきの奴、普段は何してるんだろうな」と漏らす。マネージャーは、「フリーター でしょう」と口にした。北野が住んでいるアパートへ戻ろうとすると、たけしの追っ掛けのはずの女が道路に立っていて、「お疲れ様」と 声を掛けた。北野がアパートに入ると、廊下では隣室のチンピラと情婦が楽しそうに喋っていた。
翌日、北野はラーメン店の頑固親父役のオーディションを受けるため、アパートを出た。また追っ掛けの女が道路に立っており、彼に挨拶 をした。オーディション会場では、中年男が審査を受けていた。参加した面々の中には、たけしに雀荘で声を掛けた組長ジュニアの姿も ある。北野の順番が来るが、審査員の女が「イメージと違う」と一蹴し、オーディションを受けさせてもらえなかった。
オーディションの無い時、北野はコンビニでバイトをしている。その日は高慢な態度の女が客として訪れ、金を払わずに商品を持ち去ろう とした。北野は雀荘に立ち寄った後、ラーメン店に行く。すると、オーディション会場にいた中年男と組長ジュニアに瓜二つの男達が 頑固親父として店長をやっており、店を追い出された。北野は、雀荘にいたタクシー運転手に声を掛けられた。アパートに戻ると、また 道路には「お疲れ様」を言う女が立っている。廊下を歩くと、またチンピラと情婦がいる。
北野はタクシー運転手から「役者なんて辞めてタクシー運転手になれよ」と言われ、実際にやってみた。「この先には行かない方がいい」 と注意されたのに、彼はタクシーを走らせた。デブ男の2人組が乗ってきて、さらに先へ進むと、早乙女太一とマネージャーが強引に 乗り込んできた。さらに走ると、幾つもの死体が転がっている道に辿り着いた。死体を回避しながらタクシーを走らせた北野だが、何かに ぶつかってしまった。そこで彼は、目を覚ました。彼はアパートで夢を見ていたのだ。 北野が廊下に出ると、チンピラとケンカした情婦が声を掛けてきた。オーディションに行くと、審査員の女に「使えない」と言われ、また セリフを言わせてもらえなかった。コンビニで働いていると、テレビ局のメイク係に似たゲイの会社員が現れ、デートに誘ってきた。北野 が断ると、彼は花束を渡して裏口から去った。血まみれのハゲが店に駆け込んで、便所はどこかと尋ねた。北野は裏口へ行くよう告げた。 すぐに組長ジュニアと手下が追い掛けてくるが、北野は「知らない」と嘘をついた。
組長ジュニアと手下が去った後、北野は便所へ行ってみた。床に座り込んでいたハゲは、バッグを抱えながら拳銃を構えた。アパートに 戻った北野は、ハゲのバッグを手にしていた。チンピラと情婦にオーディションの結果を問われ、「役を貰えました」と答えた。北野は 部屋に入ってバッグを開き、中に入っていた数丁の銃を確認した。彼はナポリタンを食べながら眠り込んだ。
北野はコンビニの裏に血まみれのハゲを運び、ゴミ収集所に投げ込んだ。そこへ高慢な客の女が現れ、「人殺し」と罵って立ち去った。 ハゲが起き上がったので、北野は拳銃で射殺した。ラーメン店へ行くと、デブ2人組が食事をしていた。ナポリタンを注文した北野は、水 を出さない頑固親父2人を撃とうとするが、弾が出ない。その時、アパートで北野は目を覚まし、コップの水を飲んだ。
翌日、北野はチンピラと情婦に拳銃を見せ、「ヤクザの殺し屋の役なので、これを買って練習した」と告げた。チンピラが「撃ってみろ」 と言うので、北野は彼を射殺した。それから彼は雀荘へ行き、タクシー運転手以外の客を皆殺しにした。ラーメン店へ行き、頑固親父2人 を射殺した。アパートに戻ると、情婦が新聞購読を勧誘員と一緒に死体を片付けようとしていた。
情婦は北野の部屋に上がりこみ、セックスに誘った。ドアから覗く高慢な女や新聞の勧誘員が茶々を入れるので、北野と情婦は銃を乱射 した。2人はフード姿で外出し、銀行強盗をして大金を奪った。ある小屋では、美輪明宏の芝居の後、THE STRiPESのパフォーマンスが あった。DJがレコードを回す中、血まみれのハゲが舞台に上がって踊った。彼と仲間が発砲すると、客席にいた北野も反撃した。情婦は、 高慢な女と殴り合いをした。
北野と情婦は小屋を出ると、車で砂浜へやって来た。砂浜では、早乙女太一とマネージャー、ゾマホンの3人がサッカーボールを蹴って いる。そこへチンピラが現れ、情婦と一緒に去った。タクシー運転手が現れ、金の入った袋を持ち去った。北野はバッグからマシンガンを 出し、警官隊や長ドスを持った着流し姿のヤクザたちと銃撃戦を繰り広げた。追っ掛けの女が現れ、銃弾を浴びた。
北野は警官隊の銃撃を浴び、車に入った。そ早乙女太一を引き連れたマネージャーが近付き、「一回でいいんで使ってやって下さいよ」と 売り込んできた。その時、北野はコンビニで目を覚ました。血まみれのハゲが来たので、彼は便所の場所を教えた。便所へ行った北野は、 落ちていた拳銃を拾ってハゲを撃ち殺した。そこで「カット!」という声が掛かり、北野は便所から外に出た。彼はスタジオで花束を 受け取り、ディレクターや撮影関係者から拍手を浴びた。
北野はコンビニの裏にあるゴミ収集所に、花束と手帳を捨てた。たけしのサインには「北野さんへ」ではなく「ピエロさんへ」と書かれて いた。北野はアパートから包丁を持って飛び出した。たけしは愛人を引き連れて自宅マンションへ戻り、エレベーターに乗り込んだ。そこ へ北野が現れ、包丁を構えて突っ込んできた。たけしは腹を刺され、苦悶の表情を浮かべた。その時、彼は楽屋で目を覚ました。たけしは 彫師に刺青を彫ってもらっている間に、眠り込んでいたのだ…。

監督・脚本・編集・主演は北野武、プロデューサーは森昌行&吉田多喜男、撮影は柳島克己、録音・整音は堀内戦治、編集は太田義則、 美術は磯田典宏、照明は高屋齋、衣裳デザインは山本耀司、音楽はNAGI、音楽プロデューサーは野田美佐子。
出演はビートたけし、京野ことみ、岸本加世子、大杉漣、寺島進、渡辺哲、美輪明宏、六平直政、ビートきよし、津田寛治、石橋保、 國本鍾建、上田耕一、高木淳也、芦川誠、松村邦洋、内山信二、武重勉、木村彰吾、THE STRiPES、TOSHi、DJ HANGER、仁科貢、 早乙女太一、小林大樹、西沢仁太、森下能幸、太田浩介、河内浪江、小森未来、久保晶、ゾマホン、馬場彰ら。


2005年のヴェネチア国際映画祭で、上映までは監督名も作品名も伏せておくという形でサプライズ出品された映画。
北野武監督がスターのビートたけしと売れない役者の北野武の2役を演じている他、登場する多くの俳優が複数の役を演じている。
例えば京野ことみは、たけしの愛人とチンピラの情婦の2役。大杉漣はたけしのマネージャー&タクシーの運転手で、寺島進はたけしと 同期のタレント&アパートのチンピラ。岸本加世子に至っては、雀荘の女&オーディション審査員&コンビニの客など7役ぐらいをやって いる。

そもそも北野武はストーリーテリングを苦手にしている、もしくは興味の薄い監督だが、今回はストーリーテリングどころか、「意味」さえ放棄したかの ようだ。
ただ、これまでの北野映画って、物語やドラマは退屈でも、「とにかく映像美にはこだわろうとしているんだなあ」というのが(それが 魅力的かどうかは別にしても)感じられたが、今回は映像的にも、美しさへの意識が薄いように感じる。
一応、監督としては赤と青の色使いにこだわったらしいんだけどね。

たけしが「ラーメン店の親父がゾマホンだったら面白いよな」と言うシーンで、実際にゾマホンがラーメン店の親父をやっている映像を 挿入しているが、それって何が面白いんだろうか。
そもそも、ゾマホンが誰なのか知らない外国人には伝わらないでしょ。
美輪明宏や早乙女太一が本人役で登場するシーンも同様で、それが誰なのか分からないと、記号としての意味が伝わらない。
北野武の映画は、明らかに日本よりもヨーロッパの方が受けがいいし、海外の映画祭に出品されることも製作前から確定していると言って いい。なのに、外国人の観客を完全に無視したかのように作っている。
ただし、それは「今回は日本の観客を意識した」ということではない。日本人であろうが外国人であろうが、今まで以上に観客のことなど 考えていないのだ。
しかし、海外に関しては、伝わらないネタを盛り込もうが、熱烈なファンや評論家が勝手な解釈で誉めてくれるので、何の問題も無い だろう。
まあ、それを言い出したら、国内にしても同じようなモンか。

監督は本作品に関して、「100人の評論家が見て7人しか分からない映画」とコメントしている。
映画評論家でも、そんなに少数しか理解できないというのなら、一般の観客は、もっと割合が減るだろう。
ってことは、もう完全に商業的には失敗することを宣言しているのと同じだ。
まあ実際にコケたし。
っていうか、そもそも本作品までに公開された北野映画で商業的に成功したのは、『座頭市』ぐらいだが。

ただ、そのコメントって、「レベルの高い芸術だから、頭の悪い人には理解できない作品だ」という、ただの逃げ口上にしか 聞こえない。
「100人の評論家が見て、7人しか分からない映画」というコメントで予防線を張って、それによって「この難解な映画を理解し、評価 できた奴はホンモノの評論家だ」という間違った自尊心をくすぐられた連中が、勝手に高尚なモノとして高く評価してくれることでも 期待したんだろうか。
でも、一部の評論家がどれだけ高く評価したところで、つまらないモノはつまらない。
私はプロフェッショナルな映画評論家ではないので、「この映画を酷評して、何も分かっていない評論家だと思われたらどうしよう」と ビビったりする必要も無い。だからハッキリと、「この映画は退屈だし、分からない」と言い切れる。
ただし、構造が全く分からないわけではない。
そうではなく、どうして北野監督がこんな映画を作ったのか、その狙いが分からないのだ。

この作品では、たけしと北野がそれぞれ夢を見て、しかも「夢から覚めたと思ったら、まだ夢の中」ということが重なる入れ子構造に なっている箇所もあったりして、そこを全て理解しないと、ワケが分からなくなる。
ただし、その構造を頑張って読み解き、何とか理解したとしても、そこから見えてくるモノは何も無いんだよね。
監督が自己満足できるイメージを、漫然と並べているだけだ。
こういうのって、もう完全に枯れちゃった年寄りの監督が、手慰みとして作るような映画じゃないのか。

この映画には、ナンセンスな面白さも、ドラッグのような中毒性も無い。
アパートのチンピラが言う間違いを「冗談だ」と誤魔化そうとした時、情婦が「冗談にしては、つまんないわよ」と言葉を返す。
その言葉は、本作品を見事に言い表している。
この映画が仮に冗談だとしても、つまらないのである。
マジだとしたら、もっと救いようが無いってことになる。

同じ役者が複数の役を演じているが、そこに何か意味があるのかというと、まあ無いね。監督は何か意味を盛り込んでいるのかもしれない が、こっちは意味を感じない。
眠っている時に見る夢の中では、ある場面から急に全く別の場面に飛んだり、脈絡の無い形で同じ人間が別の役柄を担当することがある ので、そういうことだと解釈しておけばいいだろう。深く考える必要は無い。
一人複数役という演出に感じるのは、ただ無駄に話を分かりにくくしているというだけだ。例えば審査員の女とコンビニの女なんて、別人 扱いなのかどうかも分かりにくいし。
無意味に、不必要に、難解にしよう、取っ付きにくくしようと考えているとしか思えない。
せっかく映画を見てくれる観客に嫌がらせをして何が面白いのかと思うが、でも嫌がらせだよな。
というわけで、この映画を監督が作った目的は、観客への嫌がらせだと断定(いいのか、そんな結論で)。

「お前らにオレ様の高尚な芸術が分かってたまるか」と突き放す気持ちと、「どうして分かってくれないんだよ」と嘆く気持ち、相反する 2つの感情が、たぶん監督の中では入り混じっている。
そんな心の叫び、彼の嘆きを、熱烈なファンなら温かく受け入れてくれるだろう。
ただ、そういうファンは、そもそも彼の映画を分かってくれているか、もしくは分かったフリをしてくれている。

今まで北野監督の映画を分かってくれていない人々に対して、こんな作品を作ったところで、絶対に分かってはもらえないだろう。 むしろ、ますます離れていくだけだ。
というか、そもそも見てくれない可能性が高い。
そのことを彼は分かっていないか、あるいは分からないフリをしている。
コアな熱狂的ファンだけに受けて満足していたら、クリエーターとしては終わっちゃうんだけどね。

ただ、北野監督の映画が芸術的に優れているかどうかは知らないけど、娯楽性が薄かったら客が来ないのは当然なんだよね。
大半の観客ってのは、映画に崇高な芸術性なんか求めてない。「笑いたい」「泣きたい」「感動したい」「興奮したい」「楽しみたい」と 、そういう気持ちで映画を見る人が大半だろう。
とにかく、エンターテインメントとして映画を見る人が大半だと思うよ。
「芸術性の高い映画を作っているのに、なぜ客が入らないのか」という悩みは、根本的に考え方が間違っているんだよね。

(観賞日:2010年1月2日)


2005年度 文春きいちご賞:第2位

 

*ポンコツ映画愛護協会