『ドラゴンボールZ 復活の「F」』:2015、日本

フリーザ軍の残党を率いるソルベは、手下たちにナメック星人の生き残りを捜索させていた。しかし全く発見できないため、彼は地球へ行くことに決めた。ドラゴンボールを手に入れ、フリーザを復活させるためだ。地球のサイヤ人に気付かれることを避けるため、彼は側近のタゴマだけを連れて地球へ向かう。ソルベは6つのドラゴンボールを集めたピラフ&マイ&シュウを捕まえ、最後の1つがある場所を聞き出した。彼はタゴマに指示し、7つ目のドラゴンボールも入手した。
ソルベはピラフに命じて神龍を呼び出し、フリーザを蘇らせるよう要求した。すると神龍は「その者の体はバラバラにされて再生不可能だ。そのまま魂が戻っても意味があるまい」と言う。ソルベが考え込むと、タマゴが「軍が使用している最新の再生装置なら、復活できるかもしれません」と告げた。そこでソルベは、改めてフリーザを蘇らせてほしいと頼んだ。神龍が承知すると、バラバラになったフリーザの肉体が降り注いだ。
神龍が「次の願いを言うがいい」と口にしたので、ソルベは2つ目があると知って驚いた。神龍は地球の神が替わり、自分もリニューアルしたのだと説明した。ソルベがフリーザの父親を復活させようかと思案していると、シュウが「百万ゼニーが欲しい」と叫んだ。そこで神龍は百万ゼニーを出現させ、姿を消した。ソルベはシュウに激昂するが、タゴマが取り成した。ソルベとタゴマはフリーザの肉体を回収すると、小型宇宙船で飛び去った。
母艦に戻ったソルベとタゴマは、再生装置でフリーザを復活させた。ソルベは彼に、優秀な戦士であるタゴマとシサミを紹介した。強烈な復讐心をフリーザが口にすると、タゴマは「あいつらは無視するのが賢明かと」と進言する。するとフリーザは、無言でタゴマを処刑した。ソルベは悟空が以前より強くなることを話すが、フリーザは「私が相手より強くなればいいだけのことです」と言う。悟空が魔人ブウも殺したことを聞いても、フリーザは落ち着き払った態度を見せ、トレーニングで強くなることを宣言した。
銀河パトロール隊員のジャコはブルマの元を訪れ、フリーザを倒した男に会わせてほしいと頼む。ブルマは彼に、孫悟空がベジータと2人でウイスの元へ修行に出向いていることを話す。ジャコは彼女に、フリーザが復活し、千人の兵士を引き連れて地球へ向かっていることを教えた。ブルマはイチゴサンデーを用意し、ウイスに連絡するよう呼び掛けた。1時間後にフリーザが到着すると知らされたブルマは、慌ててクリリンに電話を入れた。
ソルベは地球へ向かう途中、悟空を倒してもドラゴンボールで復活することへの懸念を示した。するとフリーザは、地球を消滅させれば問題は無くなると告げる。彼はソルベに、万が一の場合の作戦を確認した。悟空とベジータはウイスの下で修行を積んでいたが、まるで歯が立たなかった。ウイスは2人に、それぞれの問題点を指摘した。ウイスと話した悟空とベジータは、彼が時間を遡る能力も持っていると知って驚いた。
フリーザは千人の兵士を引き連れて地球へ到着し、近くにあった町を手始めに破壊した。孫悟飯、ピッコロ、天津飯、クリリン、亀仙人が結集し、悟空とベジータが戻るまで時間を稼ごうと考える。ブルマはジャコを連れて来て、戦いに参加するよう要求した。フリーザは兵士に攻撃を命じ、悟飯たちが迎え撃つ。悟飯たちは敵を次々に倒すが、決して命は奪わないようにした。シサミは戦いに参加し、ピッコロに襲い掛かった。ピッコロは苦戦するが、スーパーサイヤ人に変身した悟飯がシサミを退治した。
フリーザは邪魔な兵士たちを排除し、ジャコは戦いの場を離脱した。フリーザは悟飯に気付くと、簡単に始末する。ピッコロが仙豆で悟飯を復活させるが、残りは1つだけになった。予言魚からブルマのメッセージを伝えられたウイスは、連絡を取った。ブルマはフリーザが地球に来ていることを悟空に知らせ、戻って来るよう告げた。悟空はフリーザの気を捉え、ベジータと共に地球へ瞬間移動する。フリーザは最終形態へ進化するが、悟空は余裕を見せてスーパーサイヤ人には変身しなかった。
悟空はフリーザと戦い始めるが、一撃も浴びずに力の差を見せ付ける。しばらく様子を見ていたベジータは我慢できなくなり、悟空に襲い掛かって「いい加減にしやがれ。交代で戦うって決めたはずだ」と怒鳴る。悟空は「まだ早えだろ」と言い返し、2人は戦い始める。それを見たフリーザは、まだベジータに忠誠心が残っていると思い込んだ。彼は「引っ込んでいなさい。私は孫悟空を倒しに来たのです」と言い、ベジータは不満そうに引き下がった。悟空とフリーザは互いに奥の手を隠していると見抜き、新たな姿へと進化する…。

監督は山室直儀、原作・脚本・キャラクターデザインは鳥山明、製作は村松秀信&茨木政彦&石原隆&高木勝裕&峠義孝&大下聡、企画は鳥嶋和彦&森下孝三、シニア・プロデューサーは清水慎治&小川泰、エグゼクティブ・プロデューサーは梅澤淳稔&プロデューサーは林田師博&冨永理生子、編集は福光神一、音響監督は本田保則、録音は伊東光晴、デジタル撮影監督は元木洋介、CGディレクターは牧野快、色彩設計は堀田哲平、美術監督は行信三、アニメーションキャラクター設計・作画監督は山室直儀、演出は暮田公平、音楽は住友紀人。
主題歌「『Z』の誓い」作詞:森雪之丞、作曲:NARASAKI、編曲:NARASAKI/ゆよゆっぺ、歌:ももいろクローバーZ。
バトルソング「『F』」作詞:マキシマムザ亮君、作曲:マキシマムザ亮君、歌:マキシマムザホルモン。
声の出演は野沢雅子、堀川りょう、中尾隆聖、森田成一、山寺宏一、千葉繁、山田栄子、玄田哲章、中川翔子、ももいろクローバーZ(百田夏菜子、玉井詩織、佐々木彩夏、有安杏果、高城れに)、鶴ひろみ、佐藤正治、田中真弓、古川登志夫、草尾毅、緑川光、花江夏樹、皆口裕子、田中亮一、伊藤美紀、大友龍三郎、斎藤志郎、中井和哉、稲田徹、麻生智久、服巻浩司、平井啓二、藤本たかひろ、森下由樹子、小川慎太郎、小杉史哉、滑川洋平、井野優、川上晃二、増尾興佑、牛田裕子、金香里、高橋花林、山下まみ他。


鳥山明の漫画を基にしたTVアニメ『ドラゴンボール』シリーズの劇場版第19作。前作『ドラゴンボールZ 神と神』と直接的に物語が繋がっている。
これまで劇場版シリーズにキャラクターデザインや作画監督として参加していた山室直儀が、初めて監督を務めている。原作者の鳥山明が、脚本とキャラクターデザインも担当している。
悟空&悟飯役の野沢雅子、ベジータ役の堀川りょう、フリーザ役の中尾隆聖といったTVシリーズの声優陣に加え、『神と神』からウイス役の森田成一とビルス役の山寺宏一、予言魚役の中川翔子も続投。
主題歌を担当したももいろクローバーZの5人が、天使の役で特別出演している。

神龍が2つ目の願いも叶えてくれると知ったソルベは、フリーザの父親を復活させようかと考える。
だけど、そこは「バラバラになっているフリーザを元の姿に戻してほしい」と頼むべきじゃないのか。
タゴマが「軍が使用している最新の再生装置なら、復活できるかもしれません」と言っているけど、あくまでも「かもしれない」というレベルだからね。絶対に復活すると確定しているわけではないのよ。
それなのに2つ目の願いで他のことを考えるって、どういうことよ。そこは「フリーザを元に戻そうと考えていたら、先にシュウが金を出すよう頼んでしまう」という形で良かったんじゃないのか。
っていうか、どっちにしろ、ソルベが勝手に他の願いを言ったシュウを始末せずに去るのは、すんげえ都合の良すぎるヌルさだと思うけどさ。

フリーザはタゴマが「あいつらは無視した方が」と進言すると、いきなり抹殺してしまう。
冒頭シーンで「ソルベの側近」として紹介したキャラクターを、そんなに簡単に退場させちゃうのかよ。
そういう役回りは、名前も無いような他の雑魚キャラに任せておけばいいでしょ。ただでさえフリーザ軍は手駒が少ないんだから、名前の出たキャラは残しておいた方が何かと得じゃないのか。
例え悟空たちが登場した時に「やられ役」の仕事を担当することになったとしても、あらかじめキャラ紹介されている方がいいわけだし。

フリーザを復活させたソルベは、タゴマとシサミについて「ザーボンやドドリアに匹敵する優秀な戦士」と説明している。
だけどザーボンやドドリアの戦闘力って、3万に届かないレベルでしょ。もはや今の孫悟空やベジータからすると、ただの雑魚キャラに過ぎないのよね。
まあ前述したようにタゴマは「フリーザが軽く始末するキャラ」という役回りなので、それでもいいかもしれんよ。でもシサミは後半まで登場し、それなりの強敵として動かされるキャラなんだから、最初の段階で雑魚キャラだと露呈しちゃうのはマズいでしょ。
ただ、なぜかシサミはピッコロを苦戦させているんだよな。
それは「シサミが意外に強い」ってことじゃなくて、「なぜかピッコロが異様なほど弱体化しちゃってる」という印象になるだけだぞ。

フリーザは悟空が魔人ブウを殺したと知ると、不敵な笑みを浮かべて「面白いじゃありませんか。私は生まれながらの天才ですから、今までトレーニングなどする必要もありませんでした。どうなるんでしょうかね、トレーニングをして戦闘力の全てを引き出せば。4ヶ月も鍛えれば、とりあえず戦闘力130万までは持って行けるでしょう」と語る。
でも戦闘力130万って、今も悟空からすると簡単に倒せるレベルなのよね。
そりゃあフリーザが登場した時の「戦闘力53万」に比べりゃ圧倒的に強いけど、悟空にしろベジータにしろ、もはや桁違いのパワーアップを達成しているからね。

っていうかさ、もう前作の段階で(あるいは、もっと以前から)、このシリーズって「戦闘力の数値が云々」という次元を超越した内容に入っているはずで。
今さら「戦闘力が幾ら」とか細かいことを言い出しても、陳腐になっちゃうだけだよ。
あとさ、フリーザが自分から「トレーニング」とか言い出したのに、トレーニングの様子を全く描かないってのは、どういうつもりだよ。
そのせいで、「トレーニングで強くなった」ってことが全く伝わらない。戦闘シーンの台詞でフリーザが強くなったことを説明しても、まるでピンと来ないぞ。

フリーザは地球へ向かう途中、ソルベに「万が一の場合の作戦」を確認する。
だけど、フリーザって「私は天才」ってことで自信満々の奴なのに、「もしも自分が負けそうになった場合」の保険を用意しておくってのは、なんかキャラに合わないわ。
そこは心配性のソルベが勝手に万が一の作戦を用意しておく設定にした方がいいんじゃないか。
「自分がヤバくなった時の対策」を手下に用意させておくことで、フリーザをチンケな奴に矮小化しちゃってる印象を受けるわ。

あとさ、その「万が一の作戦」ってのは「ソルベが悟空を光線銃で撃つ」というモノ。「そんなの悟空に効くわけねえだろ」と思うんだが、なんと悟空は死にそうになっちゃうのだ。
いやいや、どういうパワーバランスだよ。その光線銃は、パワーアップしたフリーザより遥かに強力ってことかよ。
そりゃあウイスが「悟空は油断する悪癖がある」と修行シーンで指摘していたし、「隙を見せてせいで命中した」ってことなのは分かるよ。ただ、そんな言い訳を用意しても、パワーバランスの悪さは如何ともし難いぞ。
命中したとしても、それで死の危機を迎えるかね。光線銃の威力って、もはやシャレにならんぐらい戦闘力のインフレ化を起こした悟空にダメージを与えられるようなモンじゃないだろ。

ウイスは修行シーンで、悟空とベジータに「ホントに仲が悪いんですねえ。2人が手を組めば、ビルス様とも何とか互角に戦えそうですのに」と言っている。
それは分かりやすい前フリで、終盤には「悟空とベジータが協力してフリーザと戦う」という展開に繋がるんだろうと思っていた。前半で「フリーザが地球へ来る」ってことは提示しているんだから、たぶん大半の観客がそういう展開を期待したんじゃないだろうか。
ところが悟空とベジータは、最後まで手を組まないのだ。
そこで期待を裏切っても、誰も得をしないだろ。そこはベタベタの予定調和でいいのよ。それは全面的に歓迎できる予定調和なんだからさ。

悟空も全く歯が立たないほど圧倒的な強さを誇るウイスやビルスが存在することを、前作で描いている。
そのウイスとビルスが今回も登場するので、幾らフリーザがパワーアップしたところで「ウイスやビルスが本気を出したら、フリーザなんて簡単に始末できちゃうよな」と思ってしまう。そのせいで、フリーザの脅威が削がれてしまう。
っていうか今さらフリーザが復活したところで、「最強の敵」としての脅威なんて全く感じられなくなっているわけで。
彼が消えている間に、もっと強い敵が次々に登場したわけで。

そりゃあ、普通にフリーザを復活させたままじゃマズいだろうってことで、「トレーニングで強化した」という設定は用意している。でも、そもそもトレーニングしなきゃ悟空に対抗できない時点で、「強敵」としての価値は薄いわけで。
これが「悟空と切磋琢磨して強くなるライバル」という役回りなら、それでもいいだろう。でもフリーザってのは、「余裕たっぷりで圧倒的な強さを見せ付ける」というタイプのキャラにしておかないと、ダメなわけで。
それが出来ない時点で、登場させる意味がホントにあったのかと。
彼を強化するにしても、「トレーニング」ってのは違うだろ。せめて別の方法で、脅威を感じさせないと。

フリーザは千人の兵士を引き連れて地球に到来するが、悟飯たちはそんなに苦労することもなく次々に倒している。もはや「質より量」としての価値さえ乏しい。
悟飯たちは「悟空とベジータが戻るまでの時間稼ぎとして戦っている」という設定だが、映画としては「尺を使うための時間潰し」ってことになっている。
そういう意味の薄い戦闘シーンでも用意しないと、悟飯たちを活躍させることが出来ないのだ。
ぶっちゃけ、悟空とベジータさえいれば事足りる内容だからね。

そんなわけで、悟飯たちと雑魚キャラどもの戦闘シーンが用意されているわけだが、そこに高揚感など全く無い。少なくともフリーザが本気で戦い始めない限り、危機感を煽ることも出来ない。
っていうかさ、本気のフリーザに誰かが殺されたところで、どうせ仙豆を使えば簡単に復活できちゃうわけで。
そうなると、もはや「地球の危機」とか「誰かが死ぬかも」という危機感を煽るのは無理でしょ。
絶対に誰も死なないし、悟空が戻れば確実にフリーザを倒せるってのも見えているわけで。

それと、悟飯たちに交じってジャコまで兵士との戦闘に参加するのは、どう考えても場違いだわ。
クリリンが「お前、誰だか知らないけど、やるじゃないか」と言っているけど、たぶん観客の中でも似たような感想を抱く人は少なくないんじゃないか。
ジャコってのは鳥山明の漫画『銀河パトロール ジャコ』の主人公であって、『ドラゴンボール』の登場人物ではないからだ。
ファンサービスや遊び心として、彼を登場させるのは構わない。でも、そこまで大きな扱いにしちゃうのは違うだろ。

フリーザが最終形態に進化すると、悟空たちは驚いた様子を見せ、亀仙人は「マズい、もっと離れるんじゃ」と警戒心を示している。
でも、ただ姿が変化しただけであり、どれだけフリーザが強いのかは全く伝わらない。
彼が奥の手である「ゴールデンフリーザ」に進化した時も同様で、見た目が違うだけであり、何がどう凄いのかはサッパリ分からない。
スカウターで戦闘能力を表示していた頃なら、その数値が強さの指標になった。でも、もはや数値を超えた次元の戦いになっているので、それは出来ない。
でも、だからって悟空たちの台詞と反応だけでフリーザの強さを伝えようとしても、それは表現方法として間違っている。

フリーザが最終形態に進化しても、悟空はスーパーサイヤ人に変身することもないまま、余裕で戦っている。おまけにベジータが途中で乱入し、フリーザを放置して悟空と戦い始める始末だ。
ゴールデンフリーザになると少しの間は優勢に立つが、それも悟空の想定内。すぐに体力を消耗し、あっさりと悟空に形勢逆転される始末だ。
前述したように卑怯な手段で悟空が危機に陥った時にはベジータが少しだけ代わりを務めるが、ここでもフリーザは圧倒されちゃうのである。
ようするにフリーザって、わざわざチンケでカッコ悪い姿を露呈するために復活したようなモンなのよ。

悟空がフリーザと戦っているシーンでは、それを見ていたウイスとビルスが「ベジータも一緒に戦えば勝てるのに」「でも一緒に戦わないでしょう」といった発言をしている。
どう考えても前フリにしか聞こえないのだが、ホントに悟空とベジータが共闘しないままで映画は終わってしまう。
それどころか、ベジータは何のために登場したのか分からないような存在だ。悟空がフリーザと戦っている時に少しだけ乱入し、危機に陥った悟空にクリリンが仙豆を飲ませる時だけ交代するが、すんげえカッコ悪い役回りなんだよな。
フリーザもカッコ悪いけど、ベジータも相当なモノだわ。
まあ「ベジータが一方的に悟空をライバル視するけど相手にされていない」ってのは今に始まったことじゃないけど、この映画でも良い所が全く無い。

(観賞日:2016年12月24日)

 

*ポンコツ映画愛護協会