『道頓堀川』:1982、日本

早朝、美術学校に通う19歳の邦彦が大黒橋の上で道頓堀の絵を書いていると、足の悪い飼い犬コタローを追い掛けて和服姿の女性がやって 来た。その女性・まち子は邦彦に「ええもんあげる」とレモンを差し出し、コタローを連れて立ち去った。邦彦は道頓堀川に面した喫茶店 “リバー”の2階に住み込み、夕方からは店で働いている。店に戻った邦彦は、マスターの武内哲夫から早く仕度をするよう告げられた。 その日は、邦彦の母の納骨があるのだ。邦彦は哲夫と共に寺へ行き、納骨を済ませた。
1ヶ月前、邦彦は骨箱を抱えて店を訪れ、働かせてくれと哲夫に頼んだ。哲夫は住み込みで働かせてくれただけでなく、何かと面倒を見て くれた。偶然にも、邦彦は哲夫の息子・政夫と高校時代の同級生だった。邦彦はビリヤードに没頭する政夫から電話で呼び出され、勝負に 立ち会ってくれと頼まれた。渡辺という凄腕のプロと、今から勝負をするというのだ。
政夫は邦彦を伴ってビリヤード店へ行き、そこを仕切るヤクザの野口に30万円を見せた。その金を賭けて、ナインボール9回戦で戦うのだ。 奥から出て来た渡辺は、トイレでシャブを打ってから勝負を始めた。渡辺に「さすが武内哲夫の息子や」と腕前を誉められた政夫は、不快 そうな表情で「親父は関係あらへん」と吐き捨てた。哲夫は15年前、日本一のハスラーとして名を馳せていた。
4対4で迎えた最後のゲームで、政夫は勝利を収めた。野口は恫喝して支払いを拒むもうとするが、渡辺が制して「払ったれ」と言う。 野口は事務所まで取りに来るよう告げて、その場を去った。渡辺は政夫に、「親父の駆け引きを覚えたら、もっと強くなれる」と告げた。 政夫はヤクザの事務所へ行く気など無く、渡辺に詰め寄った。すると渡辺は、「ロンドンという店に女房がいる。電話をしておくから、金 を取りに行ってくれ」と告げた。
邦彦と政夫は、渡辺から教わったキャバレーへ赴いた。店で踊り子をしている渡辺の妻・さとみは、邦彦たちの高校時代の同級生だった。 さとみは15万円を政夫に渡し、残り半分は来週まで待ってほしいと頼んだ。店を去ろうとした邦彦は幇間の石塚にぶつかり、鋭い形相で 「死にたいんか」と凄まれた。政夫が謝って場を取り成し、「ああいうのが何より怖い」と感想を漏らした。
店に戻った邦彦は、哲夫に「なんで政ちゃんを認めてあげないんですか」と尋ねた。哲夫は「玉突きは所詮、博奕や。どこの世界に、子供 を博奕打ちにしたがる親がおるか。それに、俺が嫌ってるわけやない。勝手に政夫が寄り付かんだけや」と告げた。彼は精進落としと称し 、邦彦を小料理屋“梅の木”に連れて行った。その女将は、まち子だった。哲夫は、母を亡くして身寄りが無くなったという邦彦の境遇を 語った。すると、まち子は「ウチとおんなじや」と口にした。
リバーの常連のオカマ・かおるは、石塚に貢いでいた。かおるが10万円を渡すと、不足だった石塚は「俺の顔に泥を塗らす気か」とビンタ を食らわせた。邦彦は店へ戻る途中、まち子にスポンサーがいるのかどうか哲夫に尋ねた。哲夫は、淀屋橋にある不動産会社の社長・田村 がパトロンだと教えた。まち子は、元は芸者で、田村に引かされて今の店を持たせてもらったのだという。
またコタローがいなくなり、まち子はリバーを訪れて哲夫に助けを求めた。哲夫は、邦彦が学校から戻ったら捜索を手伝ってもらうよう 告げた。邦彦はまち子と共に、コタローを見たという証言のあった角座へ向かう。その途中、2人は野次馬が集まる現場に遭遇した。ある 男が、子供を連れて逃げようとする妻の顔面を石で殴り、警官に取り押さえられていた。
コタローを捜す最中、邦彦はまち子に年齢を尋ねた。まち子は29歳だった。2人は大黒橋までやって来た。「邦ちゃんはええなあ、若いし、 未来がある。ウチなんか、もうすぐお尻が四角うなって、哀れなモンや」と、まち子は笑いながら言った。邦彦は真剣な口調で「ならへん、 四角うなんかならへん」と言うと、まち子にキスをした。一度は離れたまち子だが、今度は自分から唇を寄せた。
政夫はさとみのアパートに押し掛け、残り15万円を支払うよう詰め寄った。政夫は「神戸から来たハスラーを待たせてる。今すぐに金が 必要や」と、焦った口調で告げた。だが、さとみは風邪をひいて寝込んでおり、持ち合わせの金が無かった。政夫は部屋中を引っくり返す が、金は無い。苛立った政夫は、さとみのネグリジェを破いた。さとみは胸元を露にしながら、「高校の頃、やりたいって言ってたね。 やりたかったら、早くやって、さっさと帰って」と泣き出した。政夫は、部屋を飛び出した。
政夫はビリヤード小屋の“紅白”へ行き、神戸から来た木村と風間に「金が用意できなくなった」と告げた。そこへ女王人のユキが現れた。 彼女は政夫が哲夫の息子だと知ると、ビール瓶の上に玉を乗せた。そして政夫に、「瓶を倒さずに玉を落とせたら賭け金を立て替える」と 告げた。政夫は見事にやってのけた。そしてユキに金を借り、対決に勝利した。
哲夫は政夫が渡辺と勝負したことを聞き付け、邦彦の前で苛立ちを示した。哲夫は「博奕いうモンは、腕が上がれば上がるほど底無し沼に ハマり込むんや」と言い、邦彦に政夫を連れて来るよう頼んだ。政夫はユキから「この世界で武内哲夫の名前を知らん人はおらへん」と 聞かされるが、「ロクな玉が突けるわけがない」と父親を扱き下ろした。ユキは玉を並べ、16年前に哲夫が名人の玉田と対戦した際に 見せたプレーを説明した。普通なら考えられないプレーに、政夫は驚いた。
邦彦は政夫を見つけてリバーへ連れて行き、2階へ上がった。哲夫は政夫を怒鳴り付け、「お前のお母ちゃんは、俺の玉狂いのせいで自殺 したんやで。博奕打ちは周りの人間まで地獄に引き擦り込む」と告げる。政夫が「今の俺から玉を取ったら何も残らへん」と反発すると、 哲夫は殴り掛かった。階段から覗き見ていた邦彦が止めに入ると、哲夫は店を出て行った。
かおるが酔っ払ってリバーに押し掛けたので、2階で泊めてやることになった。だが、政夫はかおるに突っ掛かり、「半端モン」と罵った。 店に下りて行って泣くかおるを、邦彦が慰めた。かおるは「悪い男に捕まって、逃げようと思っても逃げられへん。でも決心が付いた。 東京へ行く」と口にした。だが、石塚から電話が掛かると、いそいそと出掛けていった。邦彦が2階へ戻ると、政夫は「かおるのことを 半端モンや言うたけど、他人事やないわな」と漏らした。
翌日、まち子から電話が入り、邦彦は喫茶店へ赴いた。まち子は「コタローを捜してくれたお礼に、着る物でも買いたい」と告げた。彼女 は、料理人の勝さんが風邪をひいており、治るまで店が臨時休業だと述べた。邦彦は哲夫に電話を掛け、嘘をついて仕事を休ませてもらう。 しばし街を歩いた後、2人は梅の木に足を向けた。邦彦はまち子に誘われて店の2階へ上がり、体を重ねた。
政夫はポケットの実力日本一を決める大会が東京で開催されるという情報を知り、紅白へ赴いてユキに詳しい話を訊く。ユキは、内輪だけ の大会であり、参加資格は不要だが保証金として200万円が必要だと説明した。政夫は「50万円なら何とかなる。あと150万円貸してくれ。 担保は俺の腕や」とユキに頼む。ユキは「アホか」と突き放し、「どうしても出たかったら、己の血の滲むような金を作るのが先や」と 告げた。政夫はかおるに電話を掛けるが、すぐに切られてしまった。
政夫は梅の木へ行き、まち子に「邦彦は学資を払うために150万円の借金があって、それが返済できないと退学になる」と嘘を吹き込んだ。 その話を信じたまち子は、150万円を政夫に渡した。街を歩いていた邦彦は勝さんに非難され、そのことを知った。邦彦は雀荘で政夫を 見つけ、まち子に金を返すよう迫った。だが、政夫は邦彦を突き飛ばし、彼がヤクザに絡まれている間に逃走した。
その夜、邦彦がリバーに一人でいると、さとみが15万円を持って訪れた。邦彦は「政夫に渡したければ紅白という店に行け」と告げた。 渡辺のことを尋ねると、さとみは「どっか行ってしもうた」と言う。だが、彼女は以前から、渡辺が勝負に負ければ消えると分かっていた。 「これから、どうするんや」と邦彦が訊くと、さとみは「ウチは踊り子やから、踊るだけや」と言った。彼女は有線を大きくしてもらい、 裸になって踊った。「今日はウチの卒業式や」と泣く彼女に、邦彦は「俺も道頓堀から卒業するわ」と告げた。
翌朝、哲夫がリバーへ行くと、邦彦は店を辞めるという置き手紙を残して姿を消していた。哲夫は勝さんから話を聞き、政夫が邦彦の名前 を利用してまち子を騙したと知った。哲夫は紅白へ足を向けるが、政夫が東京へ行っていると聞いて去ろうとする。しかし、ユキから 「突かないんですか」と言われると、客が玉を突いている様子をじっと凝視した。
哲夫はユキに頼んで、玉を突かせてもらう。ユキは、自分が玉田の孫娘だと明かした。哲夫は15年前の関西ポケットビリヤード選手権大会 を思い出した。その大会で、哲夫は玉田の見事な玉突きに敗れていた。哲夫は夢中で玉を突き続け、気が付くと夜中になっていた。ユキは、 哲夫に借りがあることを打ち明けた。少女の頃、ユキは玉田を亡くして途方にくれていた。そんな彼女の面倒を見てくれたのが哲夫だった。 哲夫はユキに、「昔の勘を取り戻すまで、傍にいてチェックしてほしい」と頼んだ。
邦彦はドヤ街で寝泊まりし、看板のペンキ塗りで生活費を稼ぎ始めた。まち子が仕事中の邦彦の前に現れ、「お金はマスターが返して くれた」と告げた。邦彦は、自分が稼いで返すつもりだったと明かした。仕事の後、まち子は邦彦をマンションへ連れて行った。彼女は 店も何もかも田村に渡して別れたことを告げ、「邦ちゃんと一緒に暮らしたい」と切り出した。「学校を出るまでの2年間でいいから」と 言われ、邦彦は喜んで応じた。
哲夫と邦彦が紅白にいると、政夫が東京から戻ってきた。東京の大会では負けたが、彼は「プロでも大したことはない」と自信満々の態度 をユキに示した。哲夫は政夫の前に姿を現し、自分と勝負するよう持ち掛けた。「お前が勝てば店をやる。負けたら二度と玉突きをするな」 と挑発的に言われ、政夫は勝負を受諾した。政夫のリードで対決が進む中、哲夫は「お前のお母ちゃんは俺の玉狂いで自殺したんやない。 俺が博奕の金に詰まって体を売らせた。そのせいや」と冷淡な口調で打ち明けた…。

監督は深作欣二、原作は宮本輝、脚本は野上龍雄&深作欣二、製作は織田明&斎藤守恒、 撮影は川又昂、編集は太田和夫、録音は原田真一、照明は小林松太郎、美術は森田郷平、音楽は若草恵。
出演は松坂慶子、真田広之、佐藤浩市、山崎努、加賀まりこ、渡瀬恒彦、大滝秀治、安部徹、浜村純、古館ゆき、柄本明、カルーセル麻紀、 名古屋章、片桐竜次、紗貴めぐみ、成瀬正(現・成瀬正孝)、横山リエ、加島潤、岡本麗、 河合紘司、三重街恒二、亀山達也、須賀良、高月忠、五野土力、沢田浩二、城春樹、清水照男、畑中猛、 中村錦司、岩尾正隆、藤沢徹夫、白井滋郎、紅かおる、峰蘭太郎、木下通博、稲田龍雄、 志馬琢哉、小田草之介、高木信夫、高杉和宏、江川敦子、水木涼子、光映子、沖秀一、 水野あや、土部歩、小牧英子、武土俣幸子、古波蔵紀都美、町田正、坂内真基、川島守正ら。


『泥の河』『螢川』に続く宮本輝の“川”三部作の一編である同名小説を基にした作品。
深作欣二監督が松竹で映画を撮るのは、1969年の『黒薔薇の舘』以来となる。
深作監督とまち子役の松坂慶子は、『青春の門』に続く2度目のタッグ。
邦彦を真田広之、政夫を佐藤浩市、 哲夫を山崎努、ユキを加賀まりこ、玉田を大滝秀治、田村を安部徹、さとみを古館ゆき、石塚を柄本明、かおるをカルーセル麻紀、勝さん を名古屋章、野口を片桐竜次、少女時代のユキを紗貴めぐみが演じている。

邦彦は単なる軟弱野郎にしか見えないし、政夫は単なるクズ野郎にしか見えないし、哲夫も妻を売り飛ばすんだからクズ親父だ。
まち子はどうかというと、そりゃあ松坂慶子は艶っぽいけど、容姿と色気だけで、キャラクターとしての魅力は今一つ。
店の2階に邦彦を誘って肉体関係を持つ場面なんて、ただのエロい女にしか見えないんだよなあ。

哲夫が日本一のハスラーだったと聞いても、邦彦は何のリアクションもしない。
そもそも、その時の邦彦の表情をカメラが捉えていない。
ハスラーだったことを以前から知っていたのか、初めて聞いたのかも定かではない。
ゲームは淡々と進み、緊迫感は無い。
渡辺は政夫に「腕を上げたな」と言っているので、以前から知っているのかもしれないが、その辺りも定かではない。

凄腕だった渡辺がシャブに溺れて落ちぶれ、負けてしまうという悲哀は、もっと伝わってきてほしいんだが、あまり演出に気持ちが入って いない感じがする。
邦彦は、そこでの「自信満々で勢いのある若者が、落ち目のベテランを負かす」という冷酷な現実の目撃者としての ポジションにいるべきなのに、彼の「目」が映画からは感じられない。単なる付き添いに留まっている。
その勝負を見ることで、邦彦が何かを感じなきゃいけないんじゃないのか。
そして、それが観客に伝わらなきゃいけないんじゃないのか。

ユキから「(玉を)突かないんですか」と言われた哲夫は、客が玉突きをしている姿を凝視し、自分も玉を突き始める。
でも、それまでの彼は、玉突きを避けているどころか、ハスラーとしての過去を全く感じさせないぐらいだった。
渡辺やユキが哲夫のことを話しても、哲夫と玉突きの距離がイメージ的にすごく遠い状態だったので、ユキに言われて玉突きを始めるのが 、唐突に感じられる。

原作を読んだことは無いが、どうやら小説は「哲夫と政夫の親子関係を邦彦が見つめる」というのが主軸らしい。
ってことは、この映画は、ロマンス&お色気を大きな扱いにしたことが失敗(と言い切ってしまおう)の要因ではないか。
そこを大きくしたことによって、邦彦が親子関係を見つめるという部分と、邦彦自身の話とのバランスが、おかしなことになったん じゃないか。

武内親子の話と、邦彦&まち子のロマンスが、完全に分離しちゃってるんだよな。
終盤の哲夫と政夫の対決も、邦彦は途中で店から出て行ってしまうし。
最初から松坂慶子をメインに考えての企画だったのか、それとも深作欣二が当時はチョメチョメな関係にあった彼女の役割を大きく したのか、事情は良く分からないが、とにかく、まち子の扱いの大きさが映画を破綻させているように思える。

哲夫から田村がまち子のパトロンだと聞いた邦彦は、翌朝、淀屋橋まで田村の姿を見に行く。
「そこまで熱くなるか」と、その行動には首をかしげたくなる。
そりゃあ、まち子はべっぴんだけど、「ゾッコン惚れた」というところまでの雰囲気は無かったけどなあ。
一目惚れなら、最初に会った時のリアクションが薄いし。
コタローを捜す最中、邦彦はまち子にキスをするが、ちょっと性急に感じてしまう。
扱いが大きいのは松坂慶子であって、邦彦と彼女の恋愛劇に関する描写が充実しているわけではないしね。

公開当時、内容が原作と全く違うということもあって、批判の声が多かったようだ。
完全ネタバレだが、特に邦彦が死ぬラストシーンは非難されたらしい。
原作を読んでいないので具体的にどう違うかは知らないが、映画だけを見ても、物語として邦彦が死ぬ意味がどこにあるのかと首を かしげたくなる。
何か予兆や流れがあればともかく、石塚とかおるの争いに巻き込まれ、かおるに誤って刺されるのは、あまりにも唐突。
松坂慶子を撮れれば、後はどうでも良かったのかね、深作監督は。

(観賞日:2009年12月29日)

 

*ポンコツ映画愛護協会