『どら平太』:2000、日本
或る小藩。奉行所書き役の中井勝之助と市川六左衛門は、新しく赴任する町奉行を待っていた。着任予定日を10日も過ぎているのに、まだ 奉行所に現われない。藩では去年から、3人も奉行が辞任している。新しい奉行・望月小平太は江戸藩邸年寄役の次男だが、行状が悪い 道楽者という評判だ。そのため、望月は「どら平太」と称されているらしい。
その頃、望月は城下外れにある親友の藩士・安川半蔵の家に来ていた。望月は藩へ来るまでに、親友である大目付・仙波義十郎に依頼して 内情を調査してもらっていた。さらに重職を油断させるよう、わざと城下で自分の悪評を広めさせていた。だが、あまりに悪評が高まった ため、不正を憎む藩士・征木剛が腕の立つ仲間を集めて剣士組を結成し、姿を見せぬ望月への反感を募らせていた。
望月は評定のため城を訪れ、城代家老・今村掃部、次席家老・内島舎人、家老兼奉行役元締・本田逸記、家老・落合主水正、年寄役肝入・ 佐藤帯刀ら重職と面会した。仙波も大目付として参列している。望月は彼らに、壕外と呼ばれる治外法権の地域を掃除する意欲を語った。 露骨に反発し、難色を示した重職に、望月は殿のお墨付きである書状を見せて黙らせた。
望月は遊び人に成り済まし、掃部が城下の人々の立ち入りを禁じている壕外に足を踏み入れた。彼は飲み屋で源次という男に酒を振舞い、 中盆の壺平がいる賭場で流れ者の女胴師を相手に派手な張り方を見せ、伝吉が仕切る遊郭で大勢の芸者を一度に身請けした。望月は安川の 知人・杢兵衛の旅籠に泊まり、遊び歩く。彼は仙波が指定した寺へ赴き、頼んでおいた軍資金を受け取った。
望月は、剣士組の征木、乾善四郎、鳥居角之助が尾行しているのに気付き、待ち伏せして声を掛けた。望月は征木らに、前任の奉行3名が 重職によって辞職に追い込まれたのだと語った。壕外から上がる物が藩の財源となっているため、その地を取り締まろうとする奉行は邪魔 なのだ。望月は征木らに、「自分が毒の根を断つ」と告げた。
望月は弟分となった源次、壺平、伝吉らから話を聞き、壕外を仕切っている面々の情報を知った。壕外には、密輸業を仕切る大河岸の灘八、 売春業を仕切る巴の太十、賭博を仕切る継町の才兵衛という3人の親分がいた。3人は完全に役割分担が決まっており、縄張りを巡って 争うようなことは絶対に無いという。安川が杢兵衛の旅籠へ行くと、望月の元に柳橋の芸者・こせいが来ていた。彼女は望月が祝言を 挙げると聞いたので祝儀を渡したが、それが嘘だと知って抗議に来たのだった。
望月は安川から、自分の壕外入りが重職の耳に届いていることを聞かされた。望月は町奉行として太十の元へ行き、芸者を呼ばせて兄弟分 の盃を交わした。次に才兵衛の元へ行き、博打がしたいと言って千両箱を見せた。ここでも望月は、才兵衛と兄弟分の盃を交わした。太十 と才兵衛から報告を受けた灘八は、望月の巧みな戦術に唸った。
仙波と密会した望月は、壕外と重職を繋いでいる人物を暴き出すつもりだと語った。望月は黒覆面の連中に襲われるが、返り討ちにした。 こせいは望月を探すため、壕外へと赴いた。夜鷹に商売敵と勘違いされた彼女は、慌てて逃げ出した。こせいは一軒の家に逃げ込むが、 そこでは抜け荷の作業が行われていた。こせいは作業中の男達に殺されそうになるが、望月が駆け付けて救出した。
望月は灘八に呼び出され、彼の屋敷へ出向いた。灘八は呼び付けていた太十と才兵衛に指示し、望月の眼前で盃を割らせた。望月は灘八 から「養子にならないか」と持ち掛けられるが、「お前達を死罪にする」と返答した。灘八は潜ませていた大勢の手下達に襲撃を命じるが 、望月は一網打尽にしてみせた。3人の親分は観念し、望月の指示に従って出頭した。しかし望月は親分達に死罪ではなく永代当地追放を 言い渡し、重職との結託を裏付ける証拠を捏造するよう命じた…。監督は市川崑、原作は山本周五郎、脚本は黒澤明&木下惠介&市川崑&小林正樹、製作&美術は西岡善信、製作総指揮は中村雅哉、 プロデューサーは猿川直人&酒井実&鶴間和夫、特別協力は森知貴秀&竹山洋、撮影は五十畑幸勇、編集は長田千鶴子、録音は大谷巌、 照明は下村一夫、殺陣は宇仁貫三、音楽は谷川賢作。
出演は役所広司、浅野ゆう子、宇崎竜童、片岡鶴太郎、菅原文太、大滝秀治、石倉三郎、石橋蓮司、加藤武、神山繁、うじきつよし、 尾藤イサオ、江戸家猫八[3代目]、岸田今日子、永妻晃、赤塚真人、本田博太郎、三谷昇、津嘉山正種、菅原加織、松重豊、 黒田隆哉、伊佐山ひろ子、鈴木弥生、渡辺梓、 賀川黒之助、横山あきお、芝本正、山本哲也、加治春雄、五王四郎、川崎博司、阿木五郎、諸木淳郎、森岡隆見、小田島隆、青木哲也、 鎌田栄治、杉田林太郎、楊原京子(現・柳原京子)、竹本聡子、新保あさ、前野有香、夏山剛一、池田勝志、佐々木敏則、大石昭弘、 松尾勝人、平井靖、束田達矢、加藤正記、丸尾好広、坂田進、高垣清、浜田啓、神田武雄、原田逸夫ら。
山本周五郎の小説『町奉行日記』を基にした作品。
昭和44年に黒澤明、木下惠介、市川崑、小林正樹で結成された四騎の会が、第1回作品として予定していたのが、本作品だ。しかし企画は 潰れ、その時に4人が執筆した脚本もお蔵入りとなった。
31年の歳月が過ぎ、四騎の会で唯一の生存者となった市川崑がメガホンを執って、ようやく日の目を見ることになったわけだ。
望月を役所広司、こせいを浅野ゆう子、仙波を宇崎竜童、安川を片岡鶴太郎、灘八を菅原文太、掃部を大滝秀治、太十を石倉三郎、才兵衛 を石橋蓮司、内島を加藤武、本田を神山繁、中井をうじきつよし、市川を尾藤イサオ、杢兵衛を江戸家猫八、女胴師を岸田今日子、壺平を 永妻晃、源次を赤塚真人、伝吉を本田博太郎が演じている。
毎日放送50周年記念作品。ひょっとすると市川監督は、あえて「古き懐かしきプログラム・ピクチャー」を意識して作ったのかもしれない。
仙波が敵側だとバレバレになっているのも、望月が全く返り血を浴びないのも、プログラム・ピクチャーだと考えれば納得がいく。
だが、残念なことに、市川監督は既に枯れてしまった。
もはや彼の中には、爽快感や軽妙洒脱のセンスは残されていなかったのである。
っていうか、最初から無かった可能性もあるけど。奉行所で中井と市川が話している冒頭部分から、もう違和感を覚えた。
会話の内容や2人の芝居の雰囲気からすると、たぶんユーモラスなモノを感じさせるべき場面だと思うのだ。
ところが、画面が冷え冷えとしていて重い。
その後のタイトルロールとBGMも同様だ。
望月と安川の会話シーンでも、望月の軽妙な佇まいを描写すべきだろうに、やはり画面が暗くて重い。
市川監督が得意とする様式美の映像が、マイナスに作用している。どうも市川監督は、かつての「金田一耕助」シリーズのようなノリで作っている節が見受けられる。
主人公に軽妙で三枚目な所があるが、そのノリをあまり押し出さず、全体的に様式美でまとめている(だからと言って、徹底して様式美を やっているわけではない辺り、どうも開き直っているわけではなさそうだ)。
金田一シリーズなら、愉快痛快がスポイルされても構わなかった。
だが、この作品は、もっと主人公の軽妙洒脱がアピールされるべきモノではなかったか。酒を振舞い、賭場で遊び、芸者を呼んで宴を繰り広げる場面でも、そこに豪快さや開放感が乏しい。
弾けたところが無く、やはり画面から冷え冷えとしたモノが伝わってくる。
そもそも、望月が壺平らを掌握する展開って、ようするに金をたくさんバラ撒いただけでしょ。
それは、彼の器のデカさ、凄味、オーラ、豪快さをアピールするものとは言い難い。
その金は自分のものじゃないんだし。親分衆がどんな悪事を行っているのかは、全てセリフで説明される。
彼らが実際に自分の管轄する仕事でワルっぷりを見せたり、卑劣な悪行に泣かされている市井の人間を登場させて親分たちのワルっぷりを アヒールしたり、そういうことは無い。
太十と才兵衛に関しては、望月が会いに行った時点で小物になっちゃうんだし、それまでに悪者ぶりを見せておくべきだろうに。腕っ節に自信のある太十の子分を望月が簡単に投げ飛ばすシーンは、初めて彼の戦いにおける強さをアピールする絶好のチャンスだ。
しかし、カメラワークの悪さで、全くキレの無いものとなっている。
以降のキャンバラ場面も同様で、見せ方が冴えない。
灘八の家での立ち回りにしても、一番の見せ場のはずが、ピリっとしない(スローの挿入もマズい)。
もっと小気味良くチャンバラを盛り上げるべき。
武満徹チックな音楽が殺陣の最初に少しだけ流れて消えるが、だったら全くBGM無しの方がいい。望月が才兵衛の賭場へ千両箱を持って出向く場面では、「彼が豪快な勝負をして、口八丁と巧妙なイカサマで勝利する」というのは大きな 見せ場になるだろう。
ところが、そこを省略して、後で才兵衛のセリフによって説明してしまう。
いやいや、どういうセンスだ、それは。
やたらモタモタした物語描写をしているくせに、変な箇所でショートカットを使うのね。役所広司は、普段の望月の姿である「冴えない男のモッサリ感」や「サラリーマン的な匂い」は出せているが、いざという時の転換、 例えば啖呵を威勢良く切ったりするところでの変貌の振り幅が足りない。
ただ、これは彼の役者不足というよりも、スター役者不在の現状でプログラム・ピクチャーを作ろうとする悲しさなのかもしれない。
スター俳優なら、ちゃんと成立するんだよね。
主人公だけでなく、脇を固める面々の配役に関しても、厳しいものがある。
たぶん、プログラム・ピクチャーとしての時代劇を作るには、それに見合う役者が少ないということなのだろう。ただし、それにしても、数少ない選択肢の中から適任を見つけ出すのも監督の仕事だ。この映画は、わざとなのかと思うぐらいミス キャストを揃えている。
例えば菅原文太は(配役というより芝居の問題だが)、重すぎる。
太十と才兵衛が軽い分、灘八を重厚なキャラにしてあるのかもしれんが、そこもある程度の余裕は必要だろう。
灘八のポジションに必要なのは、本作品で石橋蓮司がやっているぐらいの軽さだと思うのよ。
大ボスじゃないんだから。出演者で特に悲惨なのが浅野ゆう子で、とにかく芝居が硬い。それに「恐妻家である望月の奥さん」というキャラ設定 ならあれでもいいかもしれんが、柳橋の芸者としては艶も色気も無さすぎる。
っていうか、そもそも、こせいというキャラ自体が、要らない人になっているような気がするぞ。
彼女が壕外に足を踏み入れて危機に陥る展開なんて、何の必要性があるのか良く分からない。不自然で取って付けた感じがありまくり。
ヒロインは必要だろうが、藩や壕外に住む町民の娘であるとか、そういうポジションに置けばいいんじゃないか。望月が重職を集めて証拠の書類を突き付ける場面より前に、親分衆に「証拠の書類を捏造しろ」と言う場面を見せているのは、構成として 勿体無いと思う。そこは、証拠が無いはずなのに望月が重職を集めて書類を突き付け、退陣を約束させた後に「実は捏造だった」とネタを 明かした方が爽快感は出るだろう。
退陣の後に「殿様のお墨付きが捏造だった」とネタ明かしするより、そっちだと思うが。
爽快感ということから言うと、仙波が望月の前で切腹するというのもマズい。その後に怒りのチャンバラがあるわけでもないし。
そこは、用済みとして敵に斬られるか、あるいは改心して望月を助けようとするか(そして悪党に斬られるか)、そんな形の方が 良かったのでは。
あと、全てが解決した後、望月がこせいに追われて逃げるエピローグがモタモタしすぎ。無駄に引き伸ばしすぎ。
もっとサクサクと描写すべきだろうに。
最後の最後まで、テンポの悪さから逃れることは出来なかったようだ。架空の話だが、同じような話を、時代劇が元気だった頃の東映で製作していたら、どうだっただろうか。 例えば望月を中村錦之助、安川を東千代之介、仙波を山形勲、親分衆を進藤英太郎&原健策&沢村宗之助、掃部を月形龍之介という 配役なら、どうだっただろうか。 そんなことを考えると、銀幕のスター&悪役俳優がいなくなったことへの寂しさを感じてしまうのであった。