『曇天に笑う』:2018、日本

明治維新以降、日本は急速な欧米化により不満を持つ士族の反乱など多くの犯罪者がはびこり、混沌の時代を迎えていた。祭りで賑わう町を罪人の男が逃げ回り、、警官隊が追跡していた。そこへ曇(くもう)兄弟の次男である空丸と三男の宙太郎も加わり、男を追い掛ける。男は空丸たちを蹴散らして逃げ続けるが、兄弟の長男である天火が軽く叩きのめした。男は警官隊に縛られ、三兄弟はその場を去った。3人は町の人々に「曇天三兄弟」として慕われており、たくさんの野菜を渡された。
その地には三百年に一度、曇天の空が続く時、人々に災いをもたらす「オロチの器」の伝説があった。浜松の渡し場で罪人の身柄を引き取った3兄弟は、琵琶湖に浮かぶ脱獄不可能な監獄「獄門處(ごくもんじょ)」まで連行した。3人は罪人を看守たちに引き渡し、獄門處を去った。看守長は罪人に、そこが重犯罪者専用の場所であり、入ったら二度と出られないことを説明した。獄門處の独居房には、厳重に幽閉された風魔小太郎の姿があった。彼は新政府によって滅ぼされた忍び集団の長であった。
琵琶湖の湖畔には代々続く曇神社があり、そこにはオロチの伝説の鍵となる2本の守り刀が御神体として祀られていた。曇神社には三兄弟の他に金城白子という男も暮らしており、家事を全て引き受けていた。岩倉具視は東京から陸軍第九聯隊本部へ出向き、右大臣直属部隊「犲(やまいぬ)」を呼び寄せて「この曇り空。いよいよ犲が動き出す時が来たようですね」と話す。犲(やまいぬ)は隊長の安倍蒼世、隊員の鷹峯誠一郎、永山蓮、武田楽鳥、犬飼善蔵、という5名で構成されている。オロチを封印するには犲(やまいぬ)と曇天三兄弟の力が必要だと考えている岩倉に対し、蒼世は自分たちだけで止めて見せると宣言した。
白子は天火にオロチ復活の時が近いと言い、「復活のカギとなるのは器。オロチに心を乗っ取られた人間だ。早く見つけないと」と語った。天火は役目を背負うのが自分だけでいいと考え、弟たちには何も話していなかった。白子は天火に感謝しており、「俺に出来ることがあったら、いつでも命じてくれ」と告げる。彼は風魔一族の人間であり、政府の弾圧にあって逃亡した。天火は大怪我を負って倒れていた彼を発見し、風魔一族と知りながらも家族同然に受け入れたのだった。
天火と白子の外出中、怪我を負った警官たちが神社に現れた。町で変な奴らが暴れていると聞いた空丸と宙太郎は、自分たちで解決しようと現場へ向かう。すると風魔一族の迅影たちが町に火を放ち、人々の腕を確認してオロチの器を探していた。あまりに数が多いので宙太郎は天火を呼ぼうとするが、空丸は敵に襲い掛かる。2人が追い込まれていると、犲が駆け付けた。犲と風魔一族が戦っていると、天火と白子が現れた。天火は白子に弟たちを任せ、戦いに割って入った。
迅影が器を捧げてオロチを復活させる目論みを口にすると、町人たちは騒然となった。オロチ復活を止めることを蒼世が宣言すると、天火は「どっちの思い通りにもさせねえよ。町もオロチも、この天火様が守ってやるよ」と軽く笑う。風魔一族は煙幕を張り、その場から逃走した。蒼世は天火への強い怒りを示し、部隊を率いて立ち去った。空丸と宙太郎はオロチについて知りたがるが、天火は何も教えようとしなかった。
風魔一族はオロチを復活させ、新政府を転覆させるための計画を進めていた。彼らは獄門處を襲撃して小太郎を連れ出し、囚人を手下に引き入れた。慈善会に招待された天火は、久々に岩倉と会った。かつて天火は犲に所属していたが、オロチ討伐の使命を捨てて離脱していた。彼は風魔一族に両親を殺され、弟たちの親代わりを務めるようになった。両親が結核で死んだと聞いていた空丸と宙太郎は話を聞き、困惑の表情を浮かべた。岩倉は彼らに、天火が2人を守って背中に大きな傷を負ったことを語る。空丸は悔しそうに「なんで何も話してくれねえんだよ。一人で背負ってんじゃねえよ」と言い、その場を去った。
岩倉から復帰を促された天火は、「俺は曇家の当主でしてね」と断った。蒼世が「なぜ国を守る使命を捨てた?」と訊くと、彼は「この国の未来より、兄であることを選びたかっただけだ」と答えた。翌朝、天火は空丸に、「オロチのことも親父のことも、隠そうとしたわけじゃない。お前らが一人前になったら話そうと思ってた」と語る。「オロチを守るって言ったよな。曇って何なんだ?」と問われた彼は、「千二百年前、オロチはこの地に生まれて天を覆った。雲は恵みの雨を降らせて、人々が生きる礎を作った。しかし不気味な姿をしていたため人々に憎まれ、呪いのオロチとなった。憎しみ合う限り、災いは繰り返す。みんなが笑って暮らせるように。それが曇家のお役目だ」と述べた。
空丸は「兄貴は強いから、いつも笑ってられるのかもしれない。だけど俺には出来ない」と言い、犲の蒼世を訪ねて稽古を付けてほしいと頼む。蒼世は承知し、道場で竹刀を持って彼と立ち合った。「弱すぎる」と酷評された空丸は、激昂して蒼世に襲い掛かった。永山たちに取り押さえられて我に返る空丸の様子を見た蒼世は、オロチの器ではないかと疑念を抱く。鷹峯は「俺が試す」と言い、道場を去った空丸の後を追って攻撃を仕掛けた。すると追い込まれた空丸は、鷹峯の武器を奪い取って振り下ろした。意識を取り戻した空丸は、血まみれの両手を見て絶叫した。
怪我を負った鷹峯が復帰できなければ犲は数が揃わなくなるが、蒼世は最初からオロチの封印など考えていなかった。蒼世はオロチの器を殺し、全てを終わらせようと考えていた。空丸が器だという報告を受けた岩倉は、鷹峯が復帰した犲にオロチの討伐を命じた。天火は帰宅した空丸の異変を知り、守り刀を使おうとする。苦悶する空丸が自分を斬るよう頼むと、天火は刀を鞘から抜いて「大丈夫だ。兄ちゃんを信じろ」と告げた。
そこへ白子が現れ、天火の背中を突き刺した。彼は「この時を待っていたよ」と冷淡に述べ、風魔一族の仲間を呼び込んだ。白子「お迎えに上がりました、オロチ様」と空丸に頭を下げ、仲間たちに連れて行くよう指示した。意識を失っていた天火は宙太郎の介抱で目を覚まし、空丸の奪還に向かった。獄門處で手足を拘束された空丸は、白子が小太郎と双子の兄弟であることを知った。片方が獄門處をまとめて兵を作り、もう片方が曇に忍んで器を導くというのが、最初からの計画だったのだ…。

監督は本広克行、原作は唐々煙『曇天に笑う』(マッグガーデン刊)、脚本は高橋悠也、製作総指揮は大角正、製作代表は武田功&木下直哉&吉崎圭一&石川光久&菅野信三、エグゼクティブプロデューサーは吉田繁暁、プロデューサーは池田史嗣&森谷雄、企画は石塚慶生&寺西史、ラインプロデューサーは的場明日香、撮影は神田創、照明は加瀬弘行、録音は加来昭彦、美術は禪洲幸久、特殊造形プロデューサーは西村喜廣、衣裳統括は能澤宏明、アクション監督は小池達朗、VFXスーパーバイザーは大萩真司、編集は岸野由佳子、音楽は菅野祐悟、音楽プロデューサーは高石真美、主題歌『陽炎』はサカナクション。
出演は福士蒼汰、中山優馬、若山耀人、古川雄輝、東山紀之、桐山漣、大東駿介、小関裕太、市川知宏、加治将樹、百田夏菜子、玉井詩織、佐々木彩夏、有安杏果、高城れに、関智一、塩谷直義、池田純矢、若葉竜也、奥野瑛太、深水元基、山路和弘、宮下かな子、上川周作、安岡力斗、アベラヒデノブ、石川樹、岸田瑛音、阿由葉朱凌、中尾壮位、中野マサアキ、山中雄輔、栗原寛孝、川並淳一、堺小春、折舘早紀、佐野啓、蓮池桂子、兒玉宣勝、植木祥平、町井祥真、小林真治、ハヤテ、荒木貴裕、武田一馬、新井雄也、竹井洋介、小川大悟、金田卓也、那須田雄大、幹仁、松尾英太郎、高島豪志、永山香月ら。


『月刊コミックアヴァルス』に連載されていた唐々煙の同名漫画を基にした作品。
監督は『幕が上がる』『亜人』の本広克行。
脚本はTVアニメ版『曇天に笑う』のシリーズ構成を担当していた高橋悠也が手掛けている。
天火を福士蒼汰、空丸を中山優馬、宙太郎を若山耀人、蒼世を古川雄輝、岩倉を東山紀之、金城白子を桐山漣、鷹峯を大東駿介、永山を小関裕太、武田を市川知宏、犬飼を加治将樹が演じている。
TVアニメ版で天火の声を担当した関智一とアニメ監督の塩谷直義が看守役で、ももいろクローバーZの面々が冒頭シーンの町人役で友情出演している。

まず冒頭シーンの見せ方が下手。
カメラが逃げる男を追い掛けて町を走り回る映像から入るのだが、これは悪くない。問題は、その後だ。
警官たちを突き飛ばした男が逃走していると、そこに2人の男が現れて追い掛ける。この2人が空丸と宙太郎なのだが、これだと警官隊の仲間、つまり刑事のような役職のように思えてしまう。
そこは登場の段階で、もっと分かりやすく「3兄弟」ってことが観客に伝わる形にしておいた方がいい。

序盤から、主に東山紀之の語りを中心として、色んな情報が提示される。オロチの器の伝説、獄門處の存在、曇神社と守り刀、風魔小太郎と風魔一族などの情報だ。
それらは全て簡単に片付けているが、本来ならもっと丁寧に説明すべき事柄ばかりだ。
それを雑に処理しているせいで、序盤からずっと基本設定が充分に飲み込めない状態で映画を見る羽目になる。
短い台詞だけで済ませているので表面的な部分しか伝わらないし、それがドラマを盛り上げる要素としての力を全く発揮しない。

例えばオロチという要素だけを取っても、その災いってのは具体的に何が起きるのかサッパリ分からない。
オロチって言うぐらいだから蛇の姿なんだろうとは思うが、そのイメージ画像さえ示されないのでボンヤリしたままで話が進んでいく。
40分ぐらい経過するまで、オロチが大蛇ってことは確定しない。オロチの器についても説明が不足しており、しばらくして「オロチに心を乗っ取られた人間が器になる」ってことが分かる。
でも、その器はオロチに対する生贄なのか何なのか、その辺りの位置付けは良く分からないままだ。

これも40分ぐらい経過した辺りで、「オロチとは何ぞや」ってことを天火が空丸に説明する手順がある。でも、これで情報が整理されて話に入り込みやすくなるのかというと、そうでもないってのが困ったトコで。
何しろ、それ以外でも説明不足が甚だしいんだよね。
話が進む中で明らかにされるけど、「だから結果オーライ」ってことじゃないからね。
そもそもファンタジーの世界観だから、そこを説明しなきゃいけない手間が掛かるという事情はあるだろう。でも、そんなのは何に言い訳にもならんよ。

獄門處については、冒頭で捕まえた罪人を3兄弟が連行するぐらいだし、序盤で「こういう場所です」と説明しているんだから、物語において大きな存在になるんだろうと思っても不思議は無いだろう。
しかし実際のところ、ほとんど意味は無い。「風魔一族がアジトとして使う」というだけの場所であり、だから獄門處という仰々しい名称の土地じゃなくて別の場所でも一向に構わないのだ。
風魔一族は囚人を支配下に置いているが、これも特に意味は無い。アジトにいるのが風魔一族だけでも、全く支障は無い。
獄門處という場所の設定を、充分に活かしているとは到底言い難い。

天火の戦う相手が必要なので、風魔一族という組織を配置するのは理解できる。
ただ、こいつらは「政府転覆を目論む恐るべき集団」という設定なのだが、ちっとも強敵としての印象を与えてくれない。ハッキリ言っちゃうと、ただの雑魚どもに過ぎない。
「天火が圧倒的に強いので、誰が来ても余裕で勝てる」ってことなら、それはそれで有りだ。ただ、そうじゃなくて、単純に風魔一族が雑魚の集まりにしか見えないのだ。
理由は簡単で、やってることが陳腐だからだ。

「オロチを復活させて政府を転覆させる」という目的がダメとは言わない。ありがちで使い古されたような目的だけど、別の部分で個性を持たせれば、風魔一族を魅力的な悪党にすることは出来る。
それは見た目でもいいし、動きでもいいだろう。あるいは、演出によって特徴を持たせたり、ケレン味を出したりするのもいいだろう。
だが、全てが凡庸で、何の面白味も無い。
そのため、特撮ヒーロー物の戦闘員の持つ荒唐無稽さをシリアスな雰囲気の中で描いて、バカバカしさだけが際立ってしまったような状態になっている。

まるで時間が足りないので、人間ドラマは何もかも薄っぺらい。
だったら割り切って最初から諦めてしまうのも1つの手だが、そこは原作の要素を中途半端に持ち込んでいるため、それを充分に表現できず、余計に「人間ドラマがペラペラ」ってことを強調する結果に繋がっている。
天火と空丸の兄弟の絆にしても、天火と蒼世の対立と和解にしても、天火と白子の関係にしても、まるで描き切れていない。
そこに感動の要素を持ち込もうとしているが、物の見事に失敗している。

個々のキャラとしての掘り下げは浅くて、主人公の天火でさえペラッペラだ。
だから彼が熱い言葉を口にしても、まるで心に響かないし、それが周囲の人々の気持ちを変化させる説得力を感じさせない。
友情や絆を深めるドラマが皆無だから、天火のピンチに犲が駆け付けても全く高揚感は無い。
冷淡に天火を裏切ったはずの白子が、最後の最後で「俺がいる限り、風魔は死なない」と自ら死を選ぶような行動を取るのも、どういうつもりなのか心境がサッパリ分からないだけで、何の感動も悲劇のカタルシスも無い。

この映画に持ち込んだ要素を全て充分に描こうとしたら、少なくとも倍の時間は必要だろう。だけど用意されている上映時間は94分だから(つまり本編はもっと短い)、長編映画としては短めなのよね。
その気になれば2時間超の時間を取ることだって出来たはずなので、最初から「コンパクトにまとめる」という方針が決まっていたんだろう。
だったら、明らかに94分では処理できないような内容を詰め込もうとしたのか。
「アクションに特化する」と割り切って大胆に要素を削ぎ落とし、もしヒットしたら残りは続編で取り上げるという形にしておけば良かったんじゃないかと。

(観賞日:2019年7月23日)

 

*ポンコツ映画愛護協会