『動天 −DOHTEN−』:1991、日本
安政五年(1858年)、神奈川沖。中居屋重兵衛は小舟でアメリカ船に近付き、水兵から「帰らないと撃つぞ」と警告されると「君たちが喜ぶ物を持って来た。乗せてくれ」と訴えた。彼は甲板に上がり、扇子や簪や日本画を見せた。水兵たちが欲しがると、重兵衛はピストルやライフルとの交換を要求した。水兵が拒むと、彼は「だったら渡せない」と告げる。侵入者に気付いた上官が走って来ると、水兵たちは慌てて交換を承諾した。重兵衛はピストルとライフルを受け取り、海に飛び込んで逃亡した。
六月、大老の井伊直弼は日米通商条約を締結し、神奈川に代わって横浜開港を決めた。江戸・御台場の鉄砲操練場。重兵衛は松田玄仲に作らせた火薬を使い、ライフルの試し打ちを勝海舟に見せた。重兵衛は勝に横浜進出の件を頼んでおり、ライフルを贈呈した。勝は彼に、外国奉行の岩瀬肥後守が会ってくれることを伝えた。そこへ水戸藩士の関鉄之介が現れ、家老が火薬の催促をしていると重兵衛に話した。すると重兵衛は火薬の製造を止めると宣言し、信州の製造所にある在庫は全て水戸藩に引き渡すと告げた。
突然の宣言に驚いた玄仲は、重兵衛に「私は弟子だが、未だにアンタという人が分からん」と漏らした。彼は「これからはオランダ学だ」と重兵衛に言われると、勉強して医者になった。「今度は火薬だ」と言われると、一緒に勉強した。玄仲の反発に対し、重兵衛は「勤皇だ佐幕だと睨み合い、火薬が殺し合いの道具になるのが嫌なのだ」と説明した。「これからは世界を相手に生きていく。これまでのことは捨てる」と彼が語ると、玄仲は「これ以上はアンタの気ままに付き合っていられない」と横浜への同行を拒否した。
重兵衛は品川の遊郭「春月楼」を訪れ、勝の紹介で岩瀬と面会した。岩瀬は横浜に店を出す許可証を重兵衛に渡し、他の商人は本気で進出していないことを語った。勝の命を狙う浪人たちが店に押し掛け、女将のおらんに見分を要求した。おらんは汚れた足を洗うよう促して時間を稼ぎ、その間に重兵衛が勝と岩瀬を隠れさせた。勝を見つけられなかった浪人たちが帰った後、岩瀬はおらんが今の店を畳んで横浜で娼館を開いてくれることを重兵衛に話した。
重兵衛は中居屋の店舗に妻のおそのや店員たちを集め、商売と場所を変えることを伝えた。おそのの父である和泉屋善兵衛は、勝手な行動に腹を立てた。重兵衛は横浜へ向かう途中で牛鍋を用意し、妻や店員たちに振舞った。彼は横浜の目抜き通りにある土地を購入し、大きな館の建設に取り掛かった。おらんと再会した重兵衛は、おそのを娼館で預かって仕込んでほしいと頼んだ。彼は「半年もすれば館は完成し、毎日のように外国の貿易商で賑わう。その時に必要なのは、華やかに会場を取り仕切る女主人だ」と説明し、自信の無さそうなおそのも娼館での修行を承諾した。
水戸藩主の水戸斉昭は江戸城で井伊直弼と面会し、外国との条約を撤回するよう進言した。しかし独断だと指摘された井伊は徳川幕府のためだと主張し、その要求を聞き入れなかった。重兵衛は英国商人の妻である君香が浪人たちに襲われる現場を目撃し、彼女を救って夫に感謝された。英国商人が「阿片戦争後の内乱が続き、支那から絹が輸入できなくなった」と話すと、重兵衛は「故郷である信州から上州に掛けては良質な絹の産地。既に買い付けを始めている」と売り込んだ。
重兵衛は店員の佐助たちを引き連れ、上州の前橋へ赴いた。玄仲は文句を言いながらも、問屋から絹糸を手に入れるために協力した。彼は重兵衛に、問屋が声を揃えて「これ以上は出せない」と言っていることを教えた。重兵衛は問屋衆を接待し、価格交渉で承諾を取り付けた。八王子街道を進む途中で野盗に襲われた彼が戦っていると、玄仲が駆け付けて発砲した。野盗を退散させた玄仲は、重兵衛に同行して横浜へ行くことを告げた。
おらんの娼館で第一回の取引が行われ、重兵衛は英国商人に玄仲を「支配人の中居屋重右衛門」と紹介した。おそのが上手く立ち振舞う姿を見て、彼は驚いた。井伊が港を閉ざす可能性を示唆したため、岩瀬は反対した。井伊は「水戸・薩摩・長州などが朝廷を担いで幕府に歯向かうかもしれん。その時は幕府自らが攘夷を決行し、矛先をかわさねばならん」と説明し、そのために港を閉ざすこともあると告げる。岩瀬は「我が国の存亡に関わる。世界を見失うべきではない」と主張するが、井伊の考えは変わらなかった。井伊は岩瀬に、「横浜の自由貿易は名目で、実際は厳しく統制して利を幕府に収めることだ。忘れるな」と釘を刺した。
翌安政六年(1859年)、井伊による安政の大獄が始まった。斉昭は水戸藩に永蟄居となり、吉田松陰は江戸に送られた後に死罪となった。同じく橋本左内、梅田雲浜、瀬三樹三郎など百余人に及ぶ人々が処罰の対象となった。中居屋の館は完成し、重兵衛は大勢の商人を招いてパーティーを開いた。新しく入った中居屋の大場新八郎やお春たちが働く中、重兵衛は客に挨拶した。イギリス商人は彼に、フランス領事のアンドレイを紹介した。
館に姿を見せた岩瀬は、井伊に役職を剥奪されて謹慎処分を下されたことを重兵衛に話す。彼は自由な通商が抑えられ、幕府の統制で交易が行われるようになると説明した。重兵衛が憤りを漏らすと、岩瀬は「横浜の命運を握る男だから、引く時には引け」と助言した。彼は自分の後釜に座る神奈川奉行の腹心、三枝勘兵衛が監視していることを教えた。三枝は重兵衛に、吟味したいことがあるので奉行所へ顔を出してほしいと要請した。
重兵衛が奉行所へ出向くと、奉行の赤松左衛門尉は御禁制の銅瓦で屋根を葺いたことを糾弾した。重兵衛はご法度であることを知っていたと述べ、「諸外国人の侮りを受けるな」という井伊のお達しに沿う対応だと主張した。法を破る行為だと責められた彼は、すぐ土瓦に葺き替えると述べた。五日間の閉店と謹慎を命じられた彼は、「納品が遅れると外国人が激怒し、幕府に対する談判に及ぶでしょう」と脅しめいた言葉を口にして赤松を動揺させた。
英国兵の一団が横浜の町に現れ、嫌がる若い娘たちを追い回して捕まえた。そこへ尊皇攘夷派の浪士が駆け付けて英国兵を殺害し、次は商人だと通告して去った。重兵衛は奉行所に任せず、英国兵の遺体を店に運び込ませて丁重に扱った。彼は英国兵の上官から感謝され、船に来てほしいと言われた。幕府が五品江戸廻送令を発令し、生糸・雑穀・水油・蝋・呉服の横浜への直送が不許可となった。江戸の指定問屋に買い取らせる方針に憤慨した重兵衛は通達書を破り捨て、横浜の商人たちに「こんな一片の通達書より、通商条約の方が優先する。今まで通りやりましょう」と告げた。
アメリカへ向かう艦隊の艦長に就任した勝は重兵衛を呼び、家臣の手当てが少ないので小遣いを弾んでやりたいのだと語った。重兵衛は彼の頼みを事前に予期しており、千両を持参していた。館の前に街灯を設置した重兵衛の元に三枝が現れ、生糸輸出制限令のお触れを渡した。それは一日五百円を限度とする通達で、お触れに従うと商売として成り立たなかった。そこで重兵衛は玄仲から作戦を授かり、水戸藩の御用達という形を取ることで関所を通過させた。彼は水戸藩と英国艦隊の艦長を仲介し、幕府に内緒で生糸と銃を取引した。
おそのは重兵衛のために人形のように働く日々が続き、精神的な疲弊から酒に溺れるようになった。重兵衛が落ち着かせようとすると、彼女は周囲が心配するような態度を取った。重兵衛は玄仲から「ここままじゃ良くない」と忠告され、「今の山を乗り切ったら奥へ返す」と告げる。すると玄仲は、「アンタの前は山だらけだ。一山過ぎれば、また次の山だ。開いた傷口は縫い合わせ出来なくなる」と苦言を呈した。おそのは娘の前でも精神的に不安定な様子を見せ、急に泣き出した。
新八郎はお春の手引きで火薬庫に侵入し、火薬を盗み出そうと目論んだ。その動きを目撃した重兵衛は拳銃を突き付け、火薬を欲しがる理由を詰問した。彼は新八郎が水戸の脱藩浪士だと調べ上げており、関の指図だと気付いて面会を要求した。関は脱藩浪士のまとめ役になり、江戸で暗躍していた。関は重兵衛に幕府への怒りを吐き出し、火薬を譲ってほしいと頼む。重兵衛は「政治に引き込まれるのが嫌で火薬製造から手を引いた」と語り、商人の作法でやらせてもらうと告げて五百両を提供した。
井伊は赤松を呼び付け、生糸の輸出制限が充分に順守されていないことを指摘した。赤松が平謝りすると、井伊は取り締まりの徹底を要求した。三枝は関所に潜み、水戸藩御用達の隠れ蓑で通過しようとする馬車に矢を撃ち込ませた。馬が暴走して、御者は慌てて馬車を停めた。三枝は馬車を追い掛け、荷物の中身が生糸であることを突き止めた。証拠を掴んだ彼は中居屋へ乗り込み、重兵衛を連行しようとする。しかし重兵衛は不在で、玄仲は自分が出頭すると告げた。玄仲は奉行所で尋問を受け、激しく痛め付けられた…。監督は舛田利雄、原作は なかにし礼、脚本は芦沢俊郎&笠原和夫&舛田利雄、企画は なかにし礼&渡辺亮徳&太刀川恒夫、プロデューサーは二橋進悟&佐藤雅夫&中山正久、撮影は北坂清、美術は井川徳道、照明は金子凱美、編集は市田勇、録音は芝氏章、特技監督は川北紘一、プロデューサー補は飯島博&澤井貞夫、音楽は池辺晋一郎、音楽プロデューサーは高桑忠男。
出演は北大路欣也、島田陽子、黒木瞳、西郷輝彦、江守徹、三浦浩一、堤大二郎、高橋悦史、芦田伸介、佐藤忍、辻沢杏子、下絛アトム、内藤剛志、磯部勉、平泉成、佐野浅夫、橋本功、江角英明、勝部演之、下川辰平、北村英三、中西良太、溝田繁、芝本正、石倉英彦、藤井司、古山忠良、藤沢慎介、伊集院八朗、風間由美子、広瀬義宣、岩男正隆、阿波地大輔、川浪公次郎、有川正治、三原保紀(PARIS-TEXAS)ら。
なかにし礼が顧問を務めていたトーメン(2006年に豊田通商と合併して消滅した総合商社)の社長だった北村恒夫に製作費を出してもらい、東映の社長だった岡田茂に企画を持ち込んで実現した映画。
監督は『首都消失』『社葬』の舛田利雄。
脚本は『東京秘密ホテル けものの戯れ』『宇能鴻一郎のむちむちぷりん』の芦沢俊郎、『226』『浪人街』の笠原和夫、舛田監督による共同。
重兵衛を北大路欣也、おらんを島田陽子、おそのを黒木瞳、勝を西郷輝彦、井伊を江守徹、玄仲を三浦浩一、大場を堤大二郎、岩瀬を高橋悦史、斉昭を芦田伸介、お春を佐藤忍、君香を辻沢杏子、佐助を下絛アトム、関を内藤剛志、赤松を磯部勉、三枝を平泉成が演じている。映画の冒頭、「嘉永六年(1853年)六月 米国ペリー提督 艦隊を率いて浦賀に来り」「安政元年(1854年)正月 ペリー提督再び浦賀に来航す」「同年三月 日米和親条約締結」「同年八月 日英和親条約締結」「同年十二月 日露和親条約締結」「安政三年(1856年)七月 ハリス初代米国総領事として下田着任」「安政四年(1857年)三月 ハリス将軍と会見し国書を呈出して通商の急務を説く」と、次々にテロップが出る。
だが、そこまで詳細に歴史年表を示す必要があるのかというと、全く無い。
いきなり「安政五年(1858年)、神奈川沖」から始めても、まるで変わらないだろう。
最初に示される幾つもの出来事を説明しておくことが、重兵衛の物語を描く上で必須かというと、そんなことは全く無いのよ。「これは二部作の後編なのか」と言いたくなるぐらい、途中から話が始まっているような印象を受ける。
映画が始まった段階で、重兵衛は既に勝と懇意の仲にあり、「以前から外国奉行への紹介を頼んでいた」という設定が示される。
まだ重兵衛が火薬商人として仕事をしている姿も、店舗の様子も全く描かない内から、「商売を変える」と宣言する展開に入る。
もはや慌ただしいとかいうレベルじゃなくて、前半の手順が幾つも抜け落ちているような感じなのだ。「重兵衛が横浜で外国人相手の商売をする」という部分を大きく描きたいので、そこまでの手順は大幅に削る構成にしたんだろう。
だけど、それなら逆に、彼が横浜へ行くまでの展開なんて描かなきゃ良かったんじゃないかと。「横浜に来た重兵衛が新たな商売を始める」とか、あるいは「既に横浜で新しい商売を始めている」という段階から話を始めても良かったんじゃないかと。
あと粗筋では触れなかったが、井伊直弼は日米通商条約を締結したことを示すテロップの後、一触即発になる米兵と浪人を重兵衛が目撃するシーンが描かれる。
当時の日本を取り巻く不穏な状況を描いておきたかったんだろうけど、そんなの無くても全く困らない。重兵衛は単なる商人のはずだが、「剣術道場の免許取り」ということで、浪人や野盗を相手に戦うシーンが用意されている。まるで何でも出来ちゃうスーパーヒーローのようなキャラになっている。
昔のスター映画なら、そういうのも有りかもしれない。また、完全に荒唐無稽に振り切った映画なら、そういうのも別にいいだろう。
だけど、そんなタイプの作品じゃないはずでしょ。そもそもチャンバラそのものが、まるで要らないような作品のはずなのに。
たぶん見栄えがして分かりやすく盛り上がる要素ってことで、チャンバラシーンを安易に取り入れているんだろうなあ。勝海舟や岩瀬肥後守が登場した時には、名前も役職もテロップでは表示されない。ところが、なぜか斉昭が井伊に面会するシーンでは、「水戸藩主 水戸斉昭」「大老 井伊掃部頭直弼」というテロップが出る。それは半端な演出だなあ。
そこに名前と役職を表示するなら、どう考えたって勝海舟や岩瀬肥後守の時も同じ演出をすべきだろう。
結局、それ以降もテロップ付きで紹介されるキャラは全く出て来ない。
つまり水戸斉昭と井伊掃部頭直弼だけが特別扱いなのだが、その判断基準は何なのかと。安政の大獄についてテロップで説明する時には、永蟄居で移送される斉昭の姿も映す。
その前に面会シーンでも登場しているし、直接的に重兵衛との関係は描かれていないけど「重兵衛は水戸藩と火薬の取引をしていた」という設定なので、その描写は分かる。
でも、吉田松陰が移送される様子を挟むのは、まるで要らんだろ。そこまでの物語に全く登場しておらず、重兵衛とは何の関係も無い人物なんだから。
それ以降の物語に「吉田松陰の死」が深く関わって来るならともかく、そういうことでないし。重兵衛は岩瀬から引く時には引け」と忠告されているのに、まるで耳を貸さずに押してばかりの行動を繰り返す。
そもそも、御禁制だと分かっているのに銅瓦で屋根を葺いている時点で、ただの愚かしい行動にしか思えない。
おまけに呼び出しを受けた奉行所でも、生意気な態度を見せている。そりゃあ目を付けられても仕方がないだろう。
むしろ、重兵衛って幕府や奉行所を挑発している感じなんだよね。
それで最後まで勝ち続けるならともかく、ちゃんと痛い目に遭うので、ただのバカでしかないし。あと、いきなり英国兵を斬り殺す浪士の一団が残虐非道なのは確かだけど、嫌がる娘を追い回して捕まえる英国兵の行動にも問題はある。しかし英国人の非に関しては、それを咎める目線が全く見えないんだよね。
重兵衛も英国人の無礼な振る舞いは、全く気にする様子が無い。なので、尊皇攘夷派が「外国人の肩を持つ裏切り者の商人」と憎しみを抱くのも、ある程度は理解できちゃう形になってんのよね。
結局、重兵衛は商売のために外国人を丁重に扱っているだけであり、「人種や国籍に関係なく丁重に扱っている」ってわけじゃないのよ。
遺体を丁重に扱うのも、人道的で立派な行動じゃなくて、「商売のため」という私欲があるようにしか見えないのよ。粗筋で書いたように、重兵衛はおそのが自分のせいで精神的に追い込まれていることを知っている。
しかし「商売のため」と言い訳して、ずっと彼女を酷使している。
玄仲から苦言を呈されても、おそのが「いよいよヤバい状況」と感じさせるような行動を取っても、そこから何かしてあげることはない。せいぜい、疲れて眠り込んだ彼女に布団を掛けてやるぐらいだ。
「おそのの負担を軽くするような改善は何もせず、次の展開に移って行く。そして重兵衛を守る形で奉行所に出頭した玄仲は、激しい拷問の末に命を落とす。
それを受けて重兵衛が嘆き悲しんでも、ちっとも彼に気持ちが重ならない。
そりゃあ井伊は理不尽だし、奉行所は横暴だ。だが、玄仲をそんな目に遭わせたのは重兵衛じゃないかと。目を付けられていると分かっていながら、裏工作に走るわけでもなく、相手を怒らせるような行動を繰り返すんだから。
しかも、そこから自省したり変化したりという流れになるわけでもないし。おそのが玄仲の死に対して重兵衛を「人の生き血を吸い取る、アンタは鬼ね。玄仲さんをこんなにしたのは貴方よ」と責めるが、その通りだと感じる。
ところが重兵衛は罪悪感を噛み締めるでもなく、落ち込むでもない。妻の非難に腹を立てて、ビンタを食らわせる。
その行為を反省することは無いし、おそのが泣いて雨の中を走り去っても追い掛けない。お春が妻を追い掛けようとすると、制止して「今は独りにしておやり」と言う。
いや、何もかも間違ってんのよ。
結局、惚れた弱みでおそのが折れる形になっているし。重兵衛は「政治に引き込まれるのが嫌で火薬製造から手を引いた」と言っていたのに、新八郎に拳銃を渡すだけでなく、敵を倒すための方法を指南する。
それは「井伊を殺してほしい」という私怨から来た行動にしか見えない。
っていうか、そもそも水戸藩が英国から銃を手に入れるための仲介役を務めている時点で、思いっきり政治に関与しているんだよね。言葉と行動が一致してないのよ。
それを本人が自覚している様子は皆無だし、シナリオとしても分かった上で描いているように思えないし。重兵衛は赤松と三枝を接待して賄賂を渡すと見せ掛け、薬で眠らせて英国船に苦力として引き渡す。これは怒りの復讐わ果たす行動であり、本来ならばカタルシスでスカッとするはずだ。
だが、さすがに荒唐無稽すぎて、「そんな無茶をやってタダじゃ済まないだろ」という気持ちになる。
その直後に井伊が暗殺されたから追及は無いけど、それはラッキーな偶然に過ぎないし。
あと、井伊の暗殺を知った重兵衛が高笑いで「これで世の中変わるぞ」と喜ぶ様子は、ちょっと悪人っぽいぞ。っていうか、井伊の暗殺に中居屋の銃が使われたことが判明して重兵衛は幕府から追われる身になっているので、アホなのかと思うのよね。
「それも分かった上での行動」と本人は言うけど、それは死を覚悟しての行動って意味じゃなくて、「国外逃亡を狙っていた」という意味だ。
でも、桜田門外の変が起きた直後、あるいは起きる前に国外逃亡しているわけではない。
しかも、井伊の暗殺を知った後、おらんや家族に会うため横浜へ行くので、当然の結果として張り込んでいた連中に見つかっているし。奉行所の侍たちが店に突入して来ると、重兵衛は仕掛けておいた火薬を鉄砲で次々に撃ち、爆発を起こして退散させる。
クライマックスに派手な見せ場を用意したかったんだろうけど、それは商人としての逆襲じゃないだろ。あと、店が大火事になっているので、間違いなく周囲の建物にも延焼するわけで、すんげえ迷惑な行為だし。
そんで最後はサンフランシスコの写真館に家族3人の写真が飾ってあるので、「無事に渡米して幸せに暮らしました」みたいな結末になっている。
だけど結局、重兵衛が何を成し遂げた人間なのかサッパリ分からんぞ。
これだと歴史年表的には、「桜田門外の変に関与していた商人」という程度の印象で終わってるぞ。(観賞日:2025年3月31日)