『ドクター・デスの遺産』:2020、日本

雨の夜。少年は公衆電話を使い、警察に通報した。「さっきも掛けてきたわね」と指摘された少年は、「だって、お父さんが」と告げる。「お母さんはいる?」と質問された彼は、「殺されたんです。僕のお父さんが殺されたんです」と訴えた。警視庁捜査一課の犬養隼人は、病院で遊という少年とオセロの勝負をする。負けそうになった彼は、わざと駒を散らかした。そこへ娘の沙耶香が来て「ズルしちゃダメ」と注意すると、遊は「この前もゲームに負けそうになって電源を切った」と教えた。
犬養は相棒の高千穂明日香から、同行を求められた。勤務中のオセロを咎められても、彼は全く悪びれなかった。高千穂は少年からの通報を犬養に教え、悪戯かもしれないが念のために調べることを話す。高千穂はアパートに着いて玄関のチャイムを押すが、応答は無かった。犬養が何度も連続で乱暴にチャイムを押すので、彼女は注意した。そこへ大家が現れ、2人は住人が葬儀場にいることを知らされた。2人は葬儀場へ行き、通報した馬籠大地に声を掛けた。母親の小枝子が来たので、高千穂は事情を説明した。
大地は小枝子から「お父さんは病気で死んだの」と責めるように言われると、その場から逃げ出した。犬養は「めんどくせえな」と漏らし、仕方なく追い掛けた。父が殺されたと思った根拠について彼が訊くと、大地は「お医者さんが来た後、お父さんが急に静かになった」と話す。それは普段と異なる医者で、後から主治医が来て父の死を宣告していた。それを知った犬養は葬儀場に後輩刑事の沢田圭を呼び出し、遺体を解剖するため棺を運び出すよう命じた。
病院を訪れた犬養は、沙耶香が腹膜炎を起こして血液透析に切り替えたこと、一時的な処置なので問題は無いことを主治医に聞かされた。捜査一課の調べにより、大地の父である健一が肺癌で自宅療養していたことが分かった。主治医の秋田は心不全と判断したが、解剖の結果、塩化カリウムの投与で殺されたことが明らかになった。アパートの近所にある防犯カメラの映像を分析すると、主治医とは異なる医師と看護師が写っていた。
馬籠家の生活は苦しく、健一が経営していた自動車部品工場は5年の闘病生活で人手に渡っていた。癌保険には加入しておらず、彼が死亡しても小枝子が受け取るのは医療保険の10万円だけだった。班長の麻生礼司は沢田&室岡純一&青木綾子に周辺の聞き込みを指示し、犬養と高千穂は小枝子の事情聴取を担当した。小枝子は一家3人で心中するつもりだったことを明かし、「あの先生が救ってくれたんです」と述べた。彼女は夫が安楽死を望んでいたことを話し、医者の名前を問われると「ドクター・デス」と答えた。
ドクター・デスは闇サイトで安楽死を請け負っていたが、小枝子は報酬を要求されなかったと告げる。サイトのコメント欄を調べた犬養や高千穂たちは、数名の依頼者を割り出した。犬養と高千穂は、その内の1人である岸田聡の家を訪れた。聡の息子の正人は、難病で何年も苦しんでいた。聡が安楽死を依頼した正当性を主張すると、犬養は静かに批判した。捜査一課は依頼者を呼んでドクター・デスの似顔絵を作成するが、まるでバラバラだった。それを見た犬養は、「恩人を売る気は無いんだろう」と口にした。
犬養は岸田の家を再訪し、安楽死の際に撮影された映像を確認した。ドクター・デスが撮った映像だと気付いた犬養は看護師の写っている部分を拡大してもらい、顔が明らかになった。犬養は岸田に事情聴取し、小田急線の町田駅近くで目撃したことを聞き出した。彼は高千穂と共に養鶏場へ行き、そこで働いている元看護師の雛森めぐみを警察署に任意同行した。雛森は勤務していた病院が潰れ、5年前から休職していた。犬養の尋問を受けた彼女は、ドクター・デスに雇われて手伝っていたことを認めた。
犬養と高千穂はドクター・デスの容貌について雛森に尋ね、似顔絵を見せた。雛森は落ち着きの無い様子で泣きながら、「特徴の無い顔で分からない」と告げた。彼女は2年前にネットでバイトの広告を見て応募し、ドクター・デスからは携帯電話で落ち合う場所を指示されていたと証言する。雛森はドクター・デスの名前を、田中一郎だと告げる。しかし該当する医師を捜査一課が調べても犯人に繋がる手掛かりは無く、犬養は田中一郎が偽名だと確信した。
捜査一課は雛森のアパートを調べるが、事件に繋がるような物は出なかった。麻生はドクター・デスが接触する可能性が高いと睨み、雛森の釈放を決定した。雛森は犬養に、家族は喜んでいたし患者は幸せそうだったと話す。犬養は娘が腎臓病て入院していることを彼女に話し、「辛い治療に耐えられなくなったとしても、絶対に安楽死など選ばない。ドクター・デスは薄汚い、ただの連続殺人犯だ」と強い口調で言い放つ。雛森が「もし貴方のお嬢さんが、早く楽になりたいと言ったら?」と問い掛けると、彼は「そんなこと言うわけないだろ」と怒鳴り散らして高千穂に諌められた。
雛森は釈放され、麻生の指示を受けた室岡と青木が張り込みを開始した。高千穂は似顔絵捜査員だった経験から、後半の証言に本当の特徴が出ているはずだと考えた。彼女と犬養はドクター・デスの似顔絵を描いた捜査員と会い、証言の順番と修正した箇所を思い出してもらう。高千穂が描いた似顔絵を岸田に見せると、ドクター・デスで間違いないという証言が得られた。これを受け、警察は聞き込みを開始した。麻生は鑑識班から、ドクター・デスが訪れた家の玄関に残っていた土に藻が入っていたと知らされた。その条件を満たす場所は3つしか無く、犬養たちは手分けして聞き込みを行った。
タクシー運転手の情報により、ドクター・デスの正体はホームレスの寺町亘輝だと判明した。犬養たちは寺町を捕まえ、連行して事情聴取する。寺町は施設にいた頃に末期癌の患者を絞殺し、懲役7年の刑に服した過去があった。犬養が連続殺人を批判すると、寺町は高笑いを浮かべて「殺人の証拠は無い」と言い放った。雛森が姿を消し、闇サイトのコメント欄にドクター・デスのメッセージが書き込まれた。犬養は高千穂を伴って雛森のアパートを訪ね、誰も住んでいない隣の部屋に不審を抱いた。ドアを蹴破った彼は、雛森がドクター・デスだと気付いた。
犬養の尋問を受けた寺町は、雛森が土手に来て連絡を取っていたことを教えた。寺町が雛森について「何も知らない」と告げると、犬養は「幾ら貰ったんだよ」と凄む。寺町は「金なんかどうでも良かったんだよ。分かんねえだろうなあ」と馬鹿にした態度を見せ、苦しむだけで助からない患者を何人もあの世へ送ることが出来たと語った。雛森は医師に化けて病院に侵入し、沙耶香の情報を得た。カウンセラーと称して沙耶香に接触した彼女は、「貴方はお父さんに負担を掛けている」「移植手術は人の命を奪うこと」などと説き、ドクター・デスに安楽死を依頼するように仕向けた…。

監督は深川栄洋、原作は中山七里『ドクター・デスの遺産』(角川文庫 / KADOKAWA刊)、脚本は川アいづみ、製作は沢桂一&池田宏之&森田圭&菊川雄士&藤本鈴子&安部順一、エグゼクティブプロデューサーは伊藤響&鈴木光、プロデューサーは櫛山慶&岡田和則、撮影は藤石修、照明は吉角荘介、美術は瀬下幸治、録音は林大輔、編集は阿部亙英、音楽は吉俣良、主題歌『Beast』は[Alexandros]。
出演は綾野剛、北川景子、木村佳乃、石黒賢、柄本明、岡田健史(現・水上恒司)、前野朋哉、青山美郷、田牧そら、ホーチャンミ、歳内王太、千葉新、松原正隆、中村シュン、野村陽介、小山真由、佐々木史帆、市原洋、西山由希宏、木原勝利、松菜乃子、山内陽葵、小西はる、箱木宏美、川連廣明、寺島淳司(日本テレビアナウンサー)、杉野真実(日本テレビアナウンサー)、後藤晴菜(日本テレビアナウンサー)、小沢陽佐子、岡田謙、藤原邦章、荒木誠、安部康二郎、段丈てつを、猪征大、佐久間哲、レン杉山、板倉佳司、木嶋愛理奈、今本洋子、小池まり、英由佳、前原実、よちろう、よちこ、小嶋尚樹、村松恭子、岩田和浩、夏美沙和ら。


中山七里の小説『ドクター・デスの遺産』を基にした作品。
監督は『トワイライト ささらさや』『先生と迷い猫』の深川栄洋。
脚本は『夜明けの街で』『源氏物語 千年の謎』の川アいづみ。
犬養を綾野剛、高千穂を北川景子、雛森を木村佳乃、麻生を石黒賢、寺町を柄本明、沢田を岡田健史(現・水上恒司)、室岡を前野朋哉、青木を青山美郷、沙耶香を田牧そら、小枝子をホーチャンミ、大地を歳内王太、遊を千葉新、健一を松原正隆、岸田を中村シュンが演じている。

オープニングで描かれる大地の通報シーンが、ものすごく嘘臭い。台詞回しにしても、言葉を発するタイミングにしても、ちょっと苦笑を誘うようなモノになっている。
それは演技力とは別の問題じゃないかという気がしないでもない。通報が2度目ってのも引っ掛かるし。
「お父さんが殺された」という言葉のインパクトで、観客を掴みたかったんだろうってのは理解できる。
ただ、そこは無くても良かったんじゃないかなあ。高千穂が犬養に通報があったと教えるトコで、台詞で説明するだけでも良かったんじゃないかと。

時代と共に警察は色々と変化しているのだが、映画やドラマの世界では、そういう現実が投影されている部分は少ない。そして本作品でも警察の描写は古臭く、まるでアップデートされていない。
ただ、それよりも気になるのは、どことなくTVドラマっぽさが強いってことだ。
これが「ずっとテレビの世界で活動してきた人が監督を務めている」ってことなら、決して褒められたことではないが、そうなった理由は分かる。だけど深川栄洋は映画畑でのキャリアが長いはずなのに、なぜかTVドラマっぽさが強くなっているんだよね。
そんなルックになってしまった理由は謎だ。

犬養は大地から「お医者さんが来た後、お父さんが急に静かになった」と聞かされると、「じゃあ、そのお医者さんはいつもと違うお医者さんだったんだな?」と尋ねる。
でも、その台詞は変じゃないか。
大地は「その医者がいつもと違う医者だった」と思わせるような情報は、何も話していないのよ。でも犬養の質問は、それを確認するかのような内容になっているでしょ。
そうじゃなくて、「いつもと同じ医者ではなかった」と犬養が感じるようなやり取りか、そのための質問が無きゃマズいんじゃないかと。

犬養は直情的で荒っぽい性格だが、「アウトローを気取っているのがイケてると思い込んでいるカッコ悪い奴」にしか見えない。昔の刑事ドラマに悪い影響を受けて、表面的な部分だけ安っぽく模倣している奴のようだ。
「普段は適当に見えて実はキレ者」みたいなキャラかと思ったら、そんなことも無いし。
彼は沙耶香が苦悩しているのに全く気付かず、犯人が接触したことも知らない。沙耶香から電話を受けて初めて、ドクター・デスに依頼したことを知る。拉致された現場に到着しても沙耶香を救出できず、犯人に殺されそうになる。
彼は何も出来ないまま、駆け付けた高千穂に助けてもらうのだ。単なる役立たずなのだ。

前半、犬養と高千穂が焼き鳥店で会話を交わすシーンがあるが、「ここはホントに必要なのか」と疑問を抱く。そこで捜査に繋がる情報が出て来るわけでもないし。
緩急という意味でも、上手く機能しているとは言い難い。「2人の掛け合いを見せる」という狙いがあったとしても、それは上手く表現できていない。
それどころか、バディー・ムービーとしての面白さはゼロに等しい。
犬養と高千穂は、「基本的には一緒に動いている」というだけで、それ以上の関係性は何も無いよね。せっかくバディー・ムービーの定石として対照的な性格設定に改変しているのに、それが全くの無意味になっている。

高千穂が「後半の証言に本当の特徴が出ている」と言い出し、改めて似顔絵を作成する展開がある。これによって柄本明そっくりの似顔絵が完成する。
ってことは、安楽死の依頼人が証言した中で「本当の特徴が出ている箇所」が、たまたま全て異なっていたってことなのね。全員が口の部分だけ本当の特徴を喋っていたとか、被るようなことは無かったのね。
だって、似顔絵を証言したのは5人しかいないのよ。それで本当の特徴だけを組み合わせたら柄本明の似顔絵が完成するって、どんだけ都合が良すぎるんだよ。
そういう都合の良さは、作品の安っぽさに直結している。

岸田が高千穂の似顔絵を見て「それがドクター・デス」と証言すると、聞き込みが開始される。その後に鑑識の話が出て、今度は3ヶ所に絞り込んでの聞き込みになる。
そこが無駄な二度手間にしか思えないのだが、それは置いておくとしても、「犬養たちが土手に来ると寺町が逃げ出し、それを追い掛けて捕まえて」という手順は明らかに無駄。
すぐに寺町を観念させればいいでしょうに。
そんな些細な抵抗で、物語が盛り上がるわけでもないし。アクションシーンとしての見せ場にもならないし。

小枝子が「病院から見放されても、夫は私と大地のために戦ってくれた。だけど薬で痛みを抑えられなくなり、殺してくれ、早く楽にしてくれと懇願するようになった」「お金も無いし、心も体もボロボロで」などと話すと、犬養は「大地くんは、お父さんと大切な約束をしていた。お父さんとお母さんに、前みたいに笑って欲しい。それが願いでした。約束が果たされると信じていたのに、いきなり医者が来てお父さんを殺した」と語る。
これが、まるで小枝子を責めているみたいな口調なのよね。
もちろん犬養が言うように、「だから殺していいってことにはならない」ってのは法的には正しいことだ。
だけど、「じゃあ他にどうすれば良かったのか」と問われた時、犬養は何の答えも出せないだろう。

ここがホントは重要なポイントで、この映画は本来ならば「安楽死の是非」や「積極的安楽死は認められるべきか」と問題提起するような物語になるべきだと思うのよ。だけど実際には、まるで表現できていない。
理由は簡単で、犯人がただのイカレポンチでしかないからだ。
後述するが、犯人は「死を待つだけの患者を楽にしてあげたい、苦しみから救ってあげたい」という本人なりの信念やプロとしての矜持で動いているわけではない。
だから「刑事の正義」と「犯人の正義」による対立の構図が成立していない。

犬養は岸田に「一人息子の死を願うことが、本当に当たり前のことなんですかねえ」と批判の言葉をぶつけるが、それは沙耶香のことがあるからだ。
そこには「刑事として云々」ってのを抜きにして、「難病を抱える娘を持つ父親」としての、犬養なりの正義があるわけだ。
でも、それと対立するはずの、積極的安楽死を是とする正義が、この映画には存在していない。
いや、前半は何となく感じられなくもないのだが、犯人の動機が判明すると、それが幻想だったことが発覚するのだ。

あと、犬養を「腎臓病で闘病している娘の父親」という設定にしたのは、マイナスに作用しているんじゃないかと感じるんだよね。
これによって、犬養は「刑事としての意見」や「法を順守させる立場としての意見」を言わなくなっているのよ。
そういう立場やフラットな立場で高千穂が意見を言ってくれれば、「3つの立場」からの是非論が戦わされることもあるだろう。
だけど彼女は、安楽死を巡る論争に全く関わろうとしないのよね。

雛森がドクター・デスに雇われただけの人間ではなく、彼女自身が連続殺人を主導していることは早い段階からバレバレだ。何しろ、犬養が岸田の家で映像を確認した時に、「医師がカメラを回して現場を撮影し、看護師が患者に注射している」ってのが判明しているわけで。
もしも医師がドクター・デスだとしたら、自分でカメラを回さず助手に任せるでしょ。看護師が注射するのを彼が撮影しているのであれば、医師は患者に対して医療行為を何もやっていないことになるでしょ。
そこは明らかに不可解なのに、捜査一課の誰も指摘しないのよね。だから、すんげえボンクラに見えるのよ。
犬養と高千穂が「雛森がドクター・デスだ」と気付くシーンは「衝撃の真実」のように描かれているけど、こっちからすると「とっくに分かってましたけど」と冷めた気持ちになるだけだ。

終盤、雛森は沙耶香に接触し、「貴方のお父さんはもう限界なの。貴方はお父さんの重い負担になってる」などと吹き込む。そして彼女は、ドクター・デスに安楽死を依頼するように仕向ける。
これにより、彼女が「安楽死を望む患者に安らかな死を与える」という目的で行動しているわけではなく、ただの快楽殺人者であることが露呈する。
この段階で、映画は実質的に終了している。
その後に雛森が「自分は救世主」と得意げに吹聴したり、犬養が批判したりする展開はあるけど、緊迫感には繋がらずに低空飛行で終幕を迎えている。

(観賞日:2022年5月18日)

 

*ポンコツ映画愛護協会