『Diner ダイナー』:2019、日本
離婚した母は姉だけを連れて家を出て行き、オオバカナコは祖母の元に置いて行かれた。その日、彼女は「もう誰も信じない」と決めた。彼女は誰も自分など必要としていないと考えるようになり、存在価値を失った。カナコが誰も信じなくなって、周りもカナコを信じなくなった。気が付いたら居場所は無くなっており、彼女は必死に逃げながら生きていた。幼い頃から料理だけは得意で、美味しいと言ってもらえると、自分が生きていることが許された気持ちになった。
ある日、サンドイッチマンのアルバイトに出掛けたカナコは、メキシコの扮装をした集団に出会った。無機質だった世界に血が通った気がした。集団からグアナフアトのポストカードを受け取った彼女は、そこに行かなければならないと思うようになった。旅行代理店を訪れたカナコは、渡航費や宿泊費を合わせるとが30万円が必要だと知った。彼女はネットで検索し、怪しいと思いつつも日給30万円のアルバイトに飛び付いた。ネットではドライバーの仕事だと記載されていたが、カナコは工場で吊るされる羽目になった。
4時間前、カナコはカウボーイとディーディーというカップルを車に乗せていた。大金を奪ったカップルは追われる身となり、車は発砲を受けてカナコは激突事故を起こした。3人は犯人グループに工場で吊るされ、ディーディーが最初に始末された。必死で命乞いしたカナコは犯人グループのリーダーから「お前を生かして俺たちにどんな得があるんだ」と問われ、「料理」と答えた。意識を失ったカナコが目を覚ますと、『Diner(ダイナー)』という場所にいた。
シェフのボンベロから矢継ぎ早に「休み無しに働けるか」「仕事に没頭できるか」「俺のルールを守れるか」などと質問されたカナコは、全てを受け入れた。ボンベロは「お前は、ここのオーナーに買われた」と言い、「お前はここから出られない。俺はここの王だ」と告げた。彼は「客は常連のみ。どんな客でも平等に扱う。ただし、絶対に親しくするな。客は全員が人殺し。ここは殺し屋専用のダイナーだ」と説明し、怯えるカナコに「お前は助かったつもりでいるかもしれないが、それは間違いだ」と歴代のウェイトレスが次々に殺されていることを教えた。
トイレ掃除を命令されたカナコは、ボンベロが電話を受けている間に逃亡を図る。しかし出口を発見できず、厨房に迷い込んで大きな金庫を発見する。金庫の扉を開けたカナコは、1億円の価値がある世界一の酒「ディーヴァ・ウォッカ」の瓶を発見する。彼女は人質を取ったとボンベロに言い、「瓶を隠しました」と明かす。カナコが「働かせてください」と頼むと、ボンベロは「お前を殺してから探す」と言う。しかしカナコが「知らないで触れば落ちる場所に置きました」と脅したので、彼は仕方なく交渉に応じた。
開店時間になり、ボンベロはホールに行くようカナコに命じる。彼はカナコに、「ここに来るまでに3つのドアがある。入れてもいい客ならロックを解除する」と説明した。最初の客はスキンという男で、ボンベロは部屋で待つよう指示した。カナコはスキンを案内する途中、母の思い出である『遠き山に日は落ちて』をハミングした。傷だらけの顔を持つスキンは、カナコに「何を想像してる?」と問い掛けた。カナコは「母が作ってくれた体操着袋です」と答え、家庭環境を簡単に説明した。
店にはブロ、アラーニャ、ソロ、ポリージャという「ロス・チカーノ」の4人組が来てカナコを弄び、ボンベロに買い取りを持ち掛けた。カナコが「私をあの人たちに売ったら無事じゃないです」と言うと、ボンベロは「今すぐここへ持ってこい。そしたら手を引かせる」と持ち掛ける。カナコが拒否したので、またロス・チカーノに弄ばれる。そこへスキンが来て「彼女を離せ」と言い、ロスチカーノを襲って黙らせた。彼はカナコに、ミルキーリッチと蜂蜜のスフレを注文した。
カナコがボンベロの作った料理を部屋に運ぶと、スキンは母親の写真を見せた。彼は「顔色が良くない」とカナコを気遣い、ボンベロの料理を食べてみるよう促した。呼び出しのベルが鳴り響き、カナコは急いで部屋を去ることにした。するとスキンは、「要らなかったわけじゃないと思うよ、お母さん」と優しく告げた。店に教授と呼ばれる殺し屋が現れると、ボンベロは「アンタが新しい教授か」と言う。彼は教授に、同伴者であるキッドを監視するよう要求した。キッドは少年の姿をしており、無邪気に振る舞った。
ボンベロはスキンのスフレを用意し、カナコに「絶対に間違えるな」と釘を刺した。カナコがスフレを運ぶと、スキンは待ちかねた様子を見せる。彼はカナコに、ボンベロは母さんと同じ味のスフレを作ってくれたと話す。それから彼は、ボンベロが一流の殺し屋だったこと、組織のトップで1年前に死去したデルモニコがダイナーを与えて足を洗わせたことを語った。スキンは「僕はこのスフレを味わうためだけに生きてるんだ」と嬉しそうに言うが、スフレにコインが入っているのに気付いた。
カナコは慌てて「すぐ取り替えます」と厨房に戻るが、ボンベロは意図的に混入したことを告げて「あいつには、あのスフレでいいんだ」と述べた。そこへスキンが乗り込み、今までも様々な異物を混入させていたことを指摘する。「マトモなスフレを食わせる気が無いんだ」と彼が言うと、ボンベロは「その内な」と口にした。カナコが注文された酒を探していると、キッドが現れた。彼は「僕と一緒に逃げて。お姉さんも僕も殺される」と言い、教授に拉致されて殺しに利用されているのだと説明した。
そこへボンベロが来てカナコを連れ出し、「自分の想像力の無さを恐れるべきだ。無知は罪なんだよ」と説教する。その直後、キッドはロス・チカーノの連中に襲い掛かってアラーニャを殺害した。ボンベロが止めに入ると、ブロは復讐を宣言して店を後にした。ボンベロに死体の処理を指示されたキッドは、大喜びでバラバラに切り刻む。ボンベロはカナコに、キッドが全身整形を繰り返して子供に姿を変えていることを教えた。彼はカナコに酒を飲ませ、混入した薬で眠らせた。
ボンベロは南のトップであるコフィからの電話で、デルモニコの一周忌となる懇親会まで1週間になったことを確認される。懇親会では東のマテバ、西のマリア、北の無礼図、そしてコフィという各地区の代表者が集まる。コフィはボンベロに、ディーヴァ・ウォッカを出すよう要求した。マテバはコフィに、デルモニコの死に関する噂について尋ねる。デルモニコは交通事故で死亡したが、ボスの証となる指輪が現場から発見されなかった。そのため、事故に見せ掛けて殺され、犯人が指輪を盗み去ったという噂が広まっていた。しかしコフィは、その噂を全面的に否定した。
ボンベロはカナコに「最後のチャンスだ」と通告し、ディーヴァ・ウォッカを持って来るよう命じた。しかしカナコは拒否し、「あれだけが私の命綱なんですよ」と主張する。ボンベロが「懇親会までにディーヴァを渡さなければ、俺もお前もおしまいだ」と詰め寄ると、彼女は「懇親会までに渡します」と約束した。翌朝、上機嫌のボンベロは「相棒が退院した。人を殺すのに何の躊躇も無い」とカナコに言い、ブルドッグの菊千代を紹介した。彼は「これからは菊千代かお前を見張る」と言い、仕入れに出掛けた。
カナコが留守番をしているとボンベロから電話が入り、キッドが来るから待たせておけと命じられた。キッドが店へ来たので、カナコはカウンターで待ってもらう。注文されたバーボンを出した後、またボンベロから電話が入った。先程の電話についてカナコが言及すると、ボンベロはキッドが声色を真似たのだと確信する。彼はキッドが命を狙っているとカナコに教え、菊千代から離れずに時間を稼ぐよう指示した。キッドがカナコに襲い掛かると、菊千代が噛み付いた。店に戻ったボンベロが菊千代を止め、キッドを追い払った。彼が用意したハンバーガーを食べたカナコは美味しさに感激し、祖母から料理を褒められた幼少時代を思い出した。
深手を負ったスキンが店に現れたので、ボンベロが急いで手当てする。スキンは襲った犯人が分からないこと、ボスであるマテバの指示でデルモニコの死の真相を探っていたこと、一昨日からマテバと連絡が取れないことを説明し、「デルモニコは組織の裏切り者に殺された」と告げた。ボンベロはスフレを用意し、オーブンに入れる役目をカナコに任せた。カナコはボンベロに内緒で、コインを取り除く。スフレを食べたスキンは異物が無いことを喜び、マシンガンを乱射した。そこへボンベロが駆け付け、慌ててカナコを避難させる。スキンは母を思い出し、頭を抱えて「もう母さんの操り人形なんか嫌だ。消えろ」と絶叫した。
ボンベロが「もうお前は自由なんだ」と話し掛けて落ち着かせようとするが、スキンは激しく喚き散らした。カナコは飛び出してスキンを抱き締め、彼を落ち着かせようとする。しかしスキンがカナコを巻き添えにして自爆しようとしたため、ボンベロは彼を射殺した。カナコからスフレのコインを取り除いたことを聞き出したボンベロは、「これが奴のトリガーなんだ。完璧なスフレを食べれば、こいつはどうなる?生きる希望を失うんだ」と厳しく責めた。ボンベロは「望みが叶わないことが、生きる希望になっている人間もいるんだ。お前は何にも分かってない。想像力の無い奴は、死ね」と言い、カナコに拳銃を向けた。
カナコが「今までとは違う。今は自分が殺される理由が良く分かる」と漏らすと、ボンベロは引き金を引かずに「出て行け。そして二度と戻って来るな」と命じる。しかしカナコは拒否し、「私は貴方みたいな料理が作りたい。貴方の言うことだけ聞けって言った。最後まで責任を取ってよ」とボンベロに詰め寄った。ボンベロが躊躇していると、カナコは「貴方が決めないなら、私が決める。私はここにいる」と力強く宣言した…。監督は蜷川実花、原作は平山夢明『ダイナー』(ポプラ社「ポプラ文庫」)、脚本は後藤ひろひと&杉山嘉一&蜷川実花、製作は今村司&堀義貴&池田宏之&井上肇&石垣裕之&瀬井哲也&谷和男&山本浩&千葉均&吉川英作&田中祐介&和田倉和利、エグゼクティブプロデューサーは伊藤響、プロデューサーは伊藤卓哉&甘木モリオ、アソシエイトプロデューサーは宇田充&金谷英剛、撮影は相馬大輔、プロダクションデザイナーはenzo、食堂の装飾美術は横尾忠則、照明は佐藤浩太、録音は阿部茂、編集は森下博昭、キャラクターデザインは長瀬哲朗、ヘアメイクデザインはShinYa、フードクリエイションは諏訪綾子、アクション監督は川澄朋章、VFXスーパーバイザーは野崎宏二、音楽は大沢伸一、主題歌「千客万来」はDAOKO×MIYAVI。
出演は藤原竜也、玉城ティナ、窪田正孝、本郷奏多、武田真治、斎藤工、佐藤江梨子、金子ノブアキ、小栗旬、土屋アンナ、真矢ミキ、奥田瑛二、真琴つばさ、沙央くらま、木村佳乃、角替和枝、品川徹、川栄李奈、コムアイ、内田健司、前田公輝、吉村界人、板野友美、竹沢悠真、上地春名、長内映里香、太田しずく、工藤丈輝、伊藤翠、ウダタカキ、竜電剛至、マメ山田、アオイヤマダ、井手らっきょ、後藤ひろひと他。
平山夢明の小説『ダイナー』を基にした作品。
監督は『さくらん』『ヘルタースケルター』の蜷川実花。
脚本は劇作家の後藤ひろひと、『南の島のフリムン』『カーラヌカン』の杉山嘉一、蜷川実花監督による共同。
ボンベロを藤原竜也、カナコを玉城ティナ、スキンを窪田正孝、キッドを本郷奏多、ブロを武田真治、カウボーイを斎藤工、ディーディーを佐藤江梨子、ブタ男を金子ノブアキ、マテバを小栗旬、マリアを土屋アンナ、無礼図を真矢ミキ、コフィを奥田瑛二が演じている。
他に、荒烈屈巣を真琴つばさ、雄澄華瑠を沙央くらま、スキンの母親を木村佳乃、カナコの祖母を角替和枝、教授を品川徹、旅行代理店のスタッフを川栄李奈、「白鯨」を読む女性をコムアイが演じている。デルモニコの肖像画は蜷川幸雄で、実際に演じているのは井手らっきょ。良くも悪くも、蜷川実花の美学が存分に発揮されている作品である。
簡単に言うと、「映像だけは引き付ける力があるけど長く持続しないし、だから映画としてはクソつまらない」ってことになる。
冒頭シーンから、監督の芸術センスがハッキリと見える。モノローグを語るカナコは路上に立っており、周囲を歩く黒装束の人々が途中で立ち止まって前後に体を揺らす。前衛劇団のパフォーマンスみたいなシーンから映画を始めているわけだ。
回想シーンは舞台劇として演出されており、カナコの幼少期や学生時代が描かれる。学生時代のシーンでは、無言の前衛パフォーマンスみたいに周囲の面々が踊る箇所もある。カナコがサンドイッチマンをやっていると、仮装の集団が現れる。その途端に映像がカラフルに変化し、カナコのモノローグで「無機質だった世界に血が通った気がした」ってことが説明される。
だけど、そいつらが何者で、何のためにポストカードを配っているのかが全く分からない。
謎の多い集団なので、「そいつらによってカナコの気持ちが急激に変化する」という展開にも付いて行けない。「なんで?」という疑問が湧いてしまうのだ。
とにかく映画を牽引するための説得力は皆無だ。当然のことながら、カナコがグアナフアトへ行かなきゃならないと考えるようになる展開にも全く乗れない。「いや強引すぎるわ」としか思えない。それでも、そこからグアナフアトへ行くための物語が展開されたり、グアナフアトを舞台にした物語が描かれたりすれば、きっかけになる部分ってのは、実はそんなに重要ではなくなる。
そこから展開される中身が充実していれば、物語の発端に関しては大して気にならなくなるものだ。
でも、「カナコが殺し屋たちが集まるダイナーで働くことに」という話なので、「グアナフアトの違和感」は消えずに残る。
そして「っていうか、別にグアナフアトじゃなくても良くね?」と思ってしまう。カナコは「どうしてもグアナフアトへ行きたいから」ってことで、日給30万円のアルバイトに飛び付く。
「普段なら絶対にやらない怪しいバイト」と本人も分かっているのだが、「分かっていながら飛び付く」というカナコの行動が腑に落ちないモノになっている。
それも前述した「グアナフアトの違和感」が影響している。
カナコの「絶対にグアナフアトへ行きたい」という理性を凌駕する渇望が理解不能だから、「後先考えず危険なバイトに飛び付く」という行動にも不自然さを覚えてしまうのだ。バイトの電話を待っている時、カナコはクレーンゲームの近くにいる。そこでカナコそっくりの人形が吊るされて落とされる様子が描かれ、シーンが切り替わるとカナコ本人が工場で吊るされている。そこから4時間前に遡り、経緯が描かれる。
でも、そんな構成は要らんよ。普通に時系列準で進めていいよ。どうせ彼女がダイナーで働き始めるまでは、まだ序章に過ぎないんだし。
そんなトコで変に捻ったことをやっても、「力を入れるの、そこじゃないでしょ」と言いたくなるだけだわ。しかも、捻っただけの効果も得られていないし。
そこで異様な世界観をアピールしておきたかったのかもしれないけど、没入感は全く醸し出せていないし。いっそのこと、いきなりダイナーから始めてもいいぐらいなんだよね。
「目を覚ましたらカナコがダイナーにいる」というシーンから話を始めて、回想として「こんな経緯で売り飛ばされました」ってのを描けばいい。
そういう見せ方をすれば、ダイナーまでの経緯で派手な映像の飾りつけをしても、たぶんOKだったと思うのよ。なぜかって、それは先にダイナーを見せているから。
そうすると、「ダイナーの世界観に合わせて回想シーンを演出している」ってことになる。順番を逆にするだけでも、大きく印象が異なるのだ。カナコはダイナーでも怯えているけど、こっちは彼女の不安にマジな気持ちで同調することなんて出来ない。
まずボンベロ役の藤原竜也の芝居が大仰で、ちっとも本気で怖がらせに来ているようには思えない。むしろ、笑わせようとしているのかと感じるぐらいだ。
彼は歴代のウェイトレスか死んでいることを話すけど、ここでウェイトレスたちの写真が映像に変化して笑顔で手を振るので、これまた「カナコも殺されるかも」という緊迫感や恐怖には繋がらない。何となく、お気楽なノリになっている。
歴代のウェイトレスは殺されたはずなのに、なんで楽しそうなのかと言いたくなるし。ボンベロはトイレ掃除を終えたカナコに便器を舐めるよう命じ、嫌がると「最短記録だ」と始末しようとする。しかし電話が鳴ると、その場を離れる。
でも、カナコを殺してから電話を取ることも出来るわけで、そこは甘さを感じる。
その間に逃亡を図ったカナコは厨房の金庫を見つけるが、なぜか簡単に扉を開ける。どうやったのかと思ったら、「殺し屋」の語呂合わせである「5648」番号で開いたのだ。ボンベロ、アホすぎるだろ。完全にコメディーじゃねえか、この話。
そりゃあ「ホラーとコメディーは紙一重」みたいなトコはあるけどさ、これは完全にコメディーに振り切っちゃってるぞ。
でも徹底しているわけじゃなくて一応はマジにやろうとしているので、笑えない喜劇になっちゃってるけどね。あと、舞台がダイナーでボンベロは「全ての客を満足させる天才料理人」のはずなんだから、この映画にとって料理ってのは大切な要素のはずでしょ。それにしては、そこの扱いが適当なんだよね。
監督は映像美にこだわって色々と凝った絵を撮りたがっているくせに、そこは雑な意識しか持っていないのよ。
だからボンベロが調理するシーンをケレン味たっぷりに演出することは無いし、出される料理はちっとも美味しそうに見えない。
そして登場する料理も、いちいち名前を紹介するような丁寧さは無い。そこで観客を引き付けて「私も食べたい」と思わせるぐらいのシズル感も、まるで足りていない。キッドがカナコに「教授に拉致されて利用されている」ってなことを説明し、懇願するような目で「一緒に逃げてよ」と頼むシーンがある 。その時点では明かされていないが、全てはキッドの罠なので、ボンベロがカナコを連れ出して「無知は罪だ」などと説教する。
だけど、そのタイミングが早すぎるのよ。まだカナコはキッドの懇願に対して、何も答えを出していないのよ。黙って見ているだけなのよ。
だから、「無知は罪」と説教するのも、早すぎるのよ。
それはカナコが「キッドに同情し、一緒に逃げようとする」という行動を取った後に用意すべき手順なのよ。早い段階から、ボンベロが「いい奴」みたいに見えちゃうってのは大きな欠点だ。
設定としては「カナコがディーヴァを人質に取ったから守らざるを得なくなった」ってことなんだけど、その気になれば拷問して聞き出すことだって出来なくはないはずで。
そういう荒っぽい方法を取る気配さえ無いので、ヌルい奴だなと。
ただ、それは意図的なキャラ描写としてやっているわけじゃなくて、たぶん「冷徹非情な奴だけど仕方なくカナコを守っている」という設定ではあるはずなのよ。つまり、本来の設定とキャラ描写が上手く合致していないってことなのよ。カナコが精神的に成長するドラマも、まるで上手く描けていない。だからボンベロに拳銃を向けられたカナコが「最後まで責任を取って」などと強気に詰め寄るのも、その急激な変化に違和感を抱くだけだ。
何より、「私は貴方みたいな料理が作りたい」といい台詞の説得力が皆無なんだよね。何しろ、ボンベロの料理に引き付ける力が無いもんでね。
そもそもボンベロってカナコが店に来た後、彼女の料理の腕前を見たことって一度も無かったでしょ。カナコは料理が得意ってことでダイナーに売られたはずなんだから、そこは雇う上でチェックしておくべきポイントじゃねえのかよ。
そしてボンベロがカナコの料理の腕前を全く知らないはずだから、強気になった彼女に料理を教える手順にも違和感を覚えるわけで。途中で各地区の代表が登場するのだが、ほぼ出オチのような連中になっている。しかもキャラとしての出オチじゃなくて、「演者が誰か」というのを見せることによる出オチだ。
マテバに至っては、懇親会の前に「殺されていた」という形で退場させられる。
懇親会のシーンになると「誰がデルモニコを殺したのか」という謎解きが始まるが、カナコがスキンに託された飴の包み紙を見せて、そこに「コフィ」と書かれているのが分かると、あっさりとコフィが罪を認めてしまう。トップとして君臨していたのに、急にオロオロしてヘタレっぷりを露呈する。
すると無礼図は「ボスは一人が美しい」と言い、マリアとコフィを始末する。激しいアクションなんて皆無で、組織のボスを狙う抗争は一瞬にして片付いてしまう。クライマックスの戦闘が待ち受けているので、その直前は簡単に終わらせておこうという計算だったのかもしれない。
ただ、そんな肝心のラストバトルも、苦笑しか出ないような物真似の連続だからね。決してオマージュとか呼べないような類のアクションシーンだからね。
ラストに限らず、殺人や襲撃のシーンは、ちっとも残虐ではない。
血がブシャーと飛び散るとか、肉が千切れるとか、そういった類の派手な残酷描写は皆無。殺し屋が何人も出て来る話なのに、ちっとも殺人ショーとしての面白味は無い。たぶん監督は、オシャレでスタイリッシュに飾ろうとしているんだろうと思う。でも、そのせいで緊迫感や恐怖が完全に失われている。
酷い表現をするならば、「おままごと」みたいになっているのよね。
しかもアクションシーンとして魅力的なのかというと、そうでもないからね。ジョン・ウー作品や『マトリックス』のような海外のヒット作を、そのまんま模倣しているだけだからね。
まあ正直に言うと、「ここまで堂々と模倣するのは、ある意味でアッパレ」という気持ちにはなったけどね。(観賞日:2021年2月11日)