『電車男』:2005、日本

主人公は22歳で彼女いない暦22年のシステムエンジニア、アニヲタ&ゲーオタの秋葉系オタク青年である。ある日、彼はアキバで 買い物をした帰りの電車で、乗ってきた1人の女性に目を奪われた。しばらくして、酔っ払った中年男が騒ぎ始めた。その男が彼女に 絡み始めたのを見て、オタク青年はビビりながらも助けに入った。
自宅に戻ったオタク青年はパソコンに向かい、「電車男」という名前で、ネットの掲示板に電車での出来事を書き込んだ。「チャンス到来 か」「冷静に考えたらチャンスでも何でもなかった」と1人で書き込む彼に、複数のネット住人は関心を示し、その先を語るよう求めた。 そのネット住人とは、看護師・りか、引き篭もり青年・ひろふみ、サラリーマン・ひさし、主婦・みちこ、オタク3人組のよしが& たむら&むとう、といった面々だ。
電車男は、女性に感謝の言葉を告げられ、連絡先として住所を聞かれたことを書き込んだ。後日、電車男の元に、その女性からエルメスの ペアカップが届いた。相手女性を「エルメス」と呼び、電車男は掲示板に書き込む。伝票には、彼女の電話番号が書いてある。ネット住人 に背中を押されて電話を掛けた電車男は、エルメスを食事に誘い、約束を取り付けた。
電車男はネット住人のアドバイスで身だしなみを整え、レストランの下見を済ませた。デート当日、電車男は拙い会話でメアドをゲット した。電車男は、またエルメスと食事に出掛けた。「会わせたい人がいる」と言われた電車男は、恋人ではないかと考える。だが、次の デートにエルメスが連れて来たのは、女性の友人だった。下見したのとは別の店に連れて行かれ、電車男は動揺した。
駅へ戻る途中、電車男は始めてエルメスと手を繋いだ。最寄りの駅に到着した時、エルメスは電車男の手を引っ張って降車させ、「家まで 送って欲しい」と頼んできた。さらに電車男は、日を改めて彼女の家へ行くことになった。当日、エルメスの大きな邸宅を訪れた電車男は 、会話の流れの中で彼女に恋人がいないことを知った。
電車男はネット住人から「後は気持ちを告白するしかない」と勧められ、決意を固めた。電車男は家具付きアパートメントで昼食を取ろう とするが、会員証が必要だと言われて焦る。頭が真っ白になった電車男は、エルメスを放置してネットカフェに駆け込み、ネット住人に 助けを求める。その姿を、エルメスは外から密かに見ていた。情報を得て戻った電車男だが、エルメスは「明日から海外出張で忙しいので」 と言い、帰ってしまう・・・。

監督は村上正典、原作は中野独人、脚本は金子ありさ、脚本協力は楠野一郎、製作は島谷能成&関一由&細野義朗&安永義郎、 プロデューサーは山内章弘&仁平知世&稲田秀樹、アソシエイト・プロデューサーは前田久閑、プロデューサー協力は貸川聡子、 エグゼクティブプロデューサーは市川南&小岩井博悦、企画は川村元気、企画協力は春名慶、企画コーディネイトは私市憲政&郡司裕子& 佐々木憲二、撮影は北山善弘&村埜茂樹、編集は稲垣順之助、録音は田中靖志、照明は花岡正光、美術は柳川和央、美術プロデューサーは 津留啓亮、オープニングアニメーションディレクターは久保田友和、アニメーションは小山知宏、 音楽は服部隆之、音楽プロデューサーは岩瀬政雄&三井海、主題歌『ラヴ・パレード』はORANGE RANGE。
出演は山田孝之、中谷美紀、国仲涼子、瑛太、佐々木蔵之介、木村多江、岡田義徳、三宅弘城、坂本真、西田尚美、大杉漣、 田中美里、白石美帆、田中幸太朗、寺泉憲、田島令子、松田悟志、菊池隆則、伊藤淳史、伊東美咲、 歌川椎子、吉利治美、氏家恵、いとうあいこ、福井裕佳梨、清水萌々子、桜井聖、山下真広、中泉英雄、高木裕喜、KANA、波岡一喜、 藤田剛士、木村剛、イアン・ムーア、牧野由依、田中いちえ、那須ゆかり、松本由香里、春日雅行ら。


ネット掲示板“2ちゃんねる”の書き込みを基にした作品。
原作としてクレジットされる中野独人(なかのひとり)とは、2ちゃんねるの該当スレッドが書籍化された時に設定された名前。
電車男を山田孝之、エルメスを中谷美紀、りかを国仲涼子、ひろふみを瑛太、ひさしを 佐々木蔵之介、みちこを木村多江、よしがを岡田義徳、たむらを三宅弘城、むとうを坂本真、エルメスの友人を西田尚美、暴れるおじさん を大杉漣が演じている。
監督の村上正典は、これが劇場映画デビュー。

「シンデレラ・ストーリー」というジャンル分けが存在する。白馬の王子様に憧れる世の女性たちに夢を与えるようなタイプの物語を意味 している。
例えば『マイ・フェア・レディ』や『プリティ・ウーマン』など、冴えない女性がハンサムで金持ちの男に見初められて美しく 変身するという作品は、それに当たる。そこまで絞らなくても、「ヒロインがイケてる男とのロマンスを成就させる」ということで、 世の女性たちに一時の夢を見せる類の映画ってのは色々とある。
で、この映画は、その逆である。冴えない男がイケてる女性と上手く行くという物語である。恋愛に憧れを抱く男に夢を与えるタイプの 映画である。
漫画の世界では、広く捉えれば、『男おいどん』とか、『うる星やつら』とか、『かぼちゃワイン』とか、その手の作品は 色々と見つかるはずだ(もちろん映画の世界でも色々とあるだろう)。
恋愛に対する夢想を「非現実的」として客観的に考えられないような、一部の(と思いたい)「夢見るオタク」にはもってこいの話である。
まあ、ワシもその部類に近いモノがあるんだが。

元になった書き込みが話題となった頃、それが本当なのか否かということが論議となった。
私は一種の寓話として受け止めているが、どうも一般的な解釈としては「実話」ということで落ち着いているらしい。
しかし、この映画の製作サイドは、どうやら「紛れも無く電車男のインナーワールドでの出来事だ」という解釈で作っているようだ。
これを実話として捉えた場合は完全無欠のクソ映画だが、オタク男の妄想と考えれば、ある意味では面白い。
わざわざ冒頭で「A TRUE LOVE STORY」と表記しているが、真実の愛でも何でもない。何から何まで虚構だらけという潔さがイイ感じだ。
電車男を助けるネット住人の連中も、典型的なモテないオタクは1組だけで、後は看護師、サラリーマン、主婦とヴァリエーションに 富んだメンツにしてある辺りは、これが寓話だということを示している1つの例だ。

電車男を山田孝之に演じさせている辺りも、なかなかツボを心得た配役だ。
山田孝之と言えば、それまでTVドラマで「二枚目俳優」として主演を張っていたようなタイプの人である。
だから身だしなみを整えてしまうと、ほとんどオタク的匂いは消滅し、単に恋に奥手で小心者なだけになっている。
実際のオタクってのは、身だしなみを整えてもモテない見た目のままというケースが大半なのだが、その配役によって「ちゃんと身だしなみさえ 整えればモテる男になれるのだ」というオタクの妄想を具現化しているのだ。
いやあ、素晴らしいじゃないか。

最初に電車男が助けた時点から、エルメスは彼に好意を寄せていたということになっている。
そこからして、オタクの妄想物語として素晴らしい。
どれだけ主人公がボンクラでも向こうが勝手に惚れてくれて、積極的に引っ張って行ってくれる。エルメスは都合良く動いて くれる。
それはもちろん当たり前で、電車男が創造し、コントロールしている存在だからだ。
だから、この映画のエルメスは実体が無い。
いや、姿はあるけれど、器があるだけで中身はカラッポだ。人間としての心を全く見せない。
なぜなら、彼女は電車男の作り出した存在だからだ。
電車男にとってエルメスは「自分が恋に苦しむ時の対象」でしかない。ゲームの二次元キャラと同じように、自分が存在しないところでのエルメスは「無い」のである。
エルメスの心の機微、繊細な心情の揺れ動きまでは、電車男は想像&創造することが出来なかったのだ。
なぜなら、自分中心の妄想恋愛だから。

だから、この映画の失敗は、最後に夢から覚めるような展開にしてしまったことだ。
具体的に言うと、それは電車男が定期券を拾うシーン。前半であったシーンを再び終盤に持ってきて、隣の隣にエルメスが座っているという描写がある。
このシーン、「実はエルメスを中年男から助ける前にも接点があった」と解釈できないこともない。
しかし、仮にそのような意味合いで持ってきたとしても、ああいう形で描写すると、「全ては電車男の夢だった」という解釈が先に頭に浮かんでしまう。
夢見るオタクに対して、「書を捨てよ、町に出よう」的な訴えかけなど要らないのである。気持ちよく夢に浸っているのだから、そのまま 放置しておけば良い。
オタクに「現実を見ろ」と通告するのであれば、電車男は消滅するしかない。
そうなると製作サイドはブームに便乗しただけであり、オタクに対する意識の持ち方が全くダメだったということだ。
『うる星やつら2  ビューティフル・ドリーマー』で「るーみっく・わーるどから出て来い」と呼び掛けた押井守監督と同じぐらい、余計なお世話ということになる。

 

*ポンコツ映画愛護協会