『ダンスウィズミー』:2019、日本

催眠術師のマーチン上田はテレビ番組に出演し、ダンサーを従えて歌を披露した。彼は指揮者になってしまう催眠術をゲストの面々に掛け、その様子に驚いていた司会者も掛かってしまった。ヨツバホールディングで働く鈴木静香と同僚たちは、デジタルマーケティング部の村上涼介について話す。同僚たちは村上にメロメロになっていることを口にするが、静香は否定的な態度を示す。同僚たちは村上の同期が辞めて後任を探していることに触れ、彼に近付けるチャンスだと語った。
静香はフォーチュンランドという遊園地の無料入園券を拾うが、そんな場所を知らなかった。彼女は部長に呼ばれ、コンペの資料を月曜日までに作成する仕事を指示される。難色を示した静香だが、村上に頼まれると快諾した。夜、彼女がマンションにいると、母の佳子から電話が掛かって来た。静香が疎ましがっていると、姉の友美が電話を替わる。彼女は翌日に同窓会があることを話し、娘の奈々を預かってほしいと告げる。静香は嫌がるが、友美は半ば強引に承諾させた。
静香は幼い頃、バレエ教室に通っていた。カラオケで歌うことも大好きで、学芸会のミュージカルで主演に選ばれると張り切った。しかし本番になると、彼女は緊張してマイクを持つことも忘れてしまった。翌朝、友美が静香のマンションを訪れ、奈々を置いて去った。静香は資料を作る作業に取り掛かり、奈々がイヤホンで音楽を聴いて踊り出すと苛立って空き缶を投げた。資料を完成させた静香は無料入園券のことを思い出し、奈々に一緒に行こうと持ち掛けた。
静香はバスでフォーチュンランドへ向かう途中、奈々が学芸会でミュージカルをやることを知る。奈々はミュージカルが好きじゃないと言い、静香は賛同して饒舌に自分の思いを語った。フォーチュンランドに入ると、奈々は「マーチン上田の催眠術の館」に興味を示した。静香と奈々が館に入ると、マーチンは斎藤千絵という女性に嫌いなリンゴが好きになる催眠術を掛けていた。リンゴを食べた千絵は感謝し、代金は500円だが5000円を支払って館を去った。
マーチンは静香と奈々に「最初の方にはこれをお渡ししているんです」と言い、2つの指輪を差し出す。彼は「真理の指輪」と呼び、奈々の指にはめる。彼は催眠に掛かった証拠として「もう外れない」と告げ、本当に取れなくなったので奈々は驚いた。しかし静香は、内側に接着剤が塗ってあることに気付いた。奈々はマーチンに、「ミュージカルが上手くなりたい」と頼んだ。そこでマーチンは、曲を聴けば歌って踊れるうな催眠術を掛けた。しかしマーチンの鼻から出ている白い鼻毛を見ている内に、静香が催眠術に掛かった。村上から電話が掛かったので、彼女は館の外へ出た。村上から資料の礼を言われてプレゼンへの出席を求められ、静香は喜んだ。
翌朝、奈々は鏡の前で踊るが全く上手になっておらず、腹を立てて指輪を投げた。友美が奈々を連れて去った後、静香は指輪を眺めながら村上の昨日の声を再生して頬を緩ませた。部屋を出た彼女は、イヤホンで音楽を流しながら会社へ向かおうとする。いつの間にか踊っていたことに気付いた彼女は、自分が催眠術に掛かっていることを悟った。出社した静香は村上に呼ばれ、プレゼンの会議に参加した。彼女は指輪を外そうとするが、抜けなかった。村上がホームページで流す音楽を掛けたため、静香はオフィスを駆け回って歌い踊った。音楽が止まって我に返った彼女は周囲の視線に気付き、慌てて会社から逃げ出した。
外へ出た静香は、街から聞こえてくる音楽に耳を塞いだ。彼女は安藤メンタルクリニックを訪れ、医師の安藤に相談する。安藤は後催眠について説明するが、軽い症状だと捉えていた。しかし着信の音で踊り出す静香の姿を見た彼は深刻だと悟り、精密検査を行った。彼は静香が深い催眠状態にあると知り、掛けた人間に解いてもらうしかないと告げる。安藤は本当に掛かりたい人でなければ催眠に掛からないことを語り、本当はミュージカルがやってみたかったのではないかと指摘した。小学生時代、静香は学芸会の本番で嘔吐し、恥をかいていた。帰宅した彼女が沈んでいても両親は心配してくれず、そんな時にテレビではマーチンの番組が流れていた。
静香がフォーチュンランドへ行くとマーチンは姿を消しており、館には借金取りの男たちが乗り込んでいた。館の中を調べた静香は、指輪が安価なオモチャだと知った。千絵を見掛けた彼女は後を追い、インチキな催眠術のサクラだと知った。千絵はマーチンの居場所を知らず、静香は彼女と共に渡辺興信所を訪れた。静香は所長の渡辺に、マーチンの捜索を依頼する。費用が高額だったので千絵は断るが、静香は仕方なく仕事を頼んだ。
静香がマンションへ戻ると村上が待っており、歌い踊ってくたおかげでプレゼンが通ったと話す。「僕のチームに来てくれないか」と勧誘された静香は喜ぶが、片付けたいことがあるので1週間の休暇を取らせてほしいと頼んだ。彼女は村上に誘われ、レストランでのディナーに出掛けた。電話を受けた村上は仕事だと嘘をつき、車に戻った。店では誕生日を迎えた女性のために『ハッピー・バースデイ』が演奏され、それに合わせて静香は朗々と歌った。続くバンドの演奏で静香は激しく踊り、シャンデリアに飛び付いた。店を荒らした彼女は店長に呼ばれ、弁償を要求された。
静香は自宅の物品を売り払い、弁償費用を工面した。彼女は渡辺から電話を受け、マーチンがコーチン名古屋の変名を使ってマジシャンとして地方巡業していることを聞かされる。渡辺は新潟のクラブで飲むマーチンを張り込んでおり、巡業のポスター写真を静香に送信した。しかし静香が追加費用を支払えないことを告げると、渡辺は調査の終了を通告して電話を切った。レストランで歌い踊る千絵の様子を撮影した映像をニュースで見た千絵は、本当に催眠術に掛かったのだと知った。
静香は千絵に連絡を取り、新潟まで車で送ってもらおうとする。静香が無一文だと知った千絵は、金が無ければ行かないと告げる。静香は実家に立ち寄ってもらい、両親に内緒で金を持ち出そうとする。そこへ奈々が帰宅したので、彼女は通帳と印鑑を持ってきてもらおうと目論む。それは無理だったが、奈々は貯金箱を持ち出す。静香は彼女が欲しがっていたスマホを提供し、貯金箱を手に入れた。新潟へ行く途中、静香と千絵は煽り運転のヤンキー2人組に絡まれた。千絵は腹を立てて怒鳴り付け、彼らの怒りを買った。千絵は慌ててスピードを上げ、途中で道が分岐したので2人組から逃げることが出来た。
新潟のショッピングモールに着いた静香と千絵はマーチンのポスターを発見し、次の公演先が青森県弘前の田島園という旅館だと知った。ひとまずホテルに宿泊しようと考えた千絵だが、車がオイル漏れで動かなくなった。彼女は青山自動車修理工場の看板に気付き、電話してレッカーを依頼した。そこにヤンキー2人組が現れ、静香と千絵を拉致した。2人はヤンキーの溜まり場に連行されるが、そこへ対立するグループが来ると、ヤンキーたちは音楽を掛けて踊り始めた。静香と千絵が踊ると、ヤンキーたちは2人を気に入った。
静香と千絵は自動車修理工場までヤンキーに送ってもらい、工場長と会う。しかし貯金箱を開けると10円玉ばかりで、修理代には全く不足していた。音に気付いて駆け出した静香は、路上でギターを弾きながら歌っている山本洋子を発見した。全く客は集まっていなかったが、静香と千絵が歌で参加すると一気に雰囲気は変わった。大勢の人々が集まり、3人は充分な金を稼ぐことが出来た。洋子は2人の車に同乗させてもらい、金は要らないと告げる。彼女は秋田のパーティーに行く交通費が欲しかっただけだと告げ、千絵は送って行くことを承知した。3人は途中で何度かストリートライブを開き、金を稼いだ。
洋子はバンドを解散したことを語り、井上直之という男と組んでいたバンドのアルバムジャケットを見せた。彼とは別れたのかと静香が訊くと、洋子は「別れたわけじゃなくて充電期間」と説明した。彼女がパーティーに一緒に歌って欲しいと頼むと、千絵は快諾した。静香は難色を示すが、1曲だけという条件で承知した。静香と千絵は何のパーティーかも知らないまま、会場へ入って歌い始めた。そこは直之の結婚式の二次会貸切パーティー会場で、洋子は恨みを込めて熱唱した。彼女は直之と花嫁に襲い掛かり、パーティーをぶち壊した。静香と千絵は会場を抜け出し、弘前へ向かう。しかし洋子が事件を起こしたせいで検問が実施されており、2人は渋滞に巻き込まれてしまった。彼女たちが田島園に着くと、既にマーチンのショーは終わっていた…。

原作・脚本・監督は矢口史靖、製作は高橋雅美&池田宏之&吉崎圭一&朝妻一郎&有馬一昭&森田圭&太田和宏&杉田成道&飯田雅裕&中谷健&板東浩二&三宅容介&小形雄二、エグゼクティブプロデューサーは桝井省志、プロデューサーは関口大輔&土本貴生、アソシエイトプロデューサーは楠千亜紀&堀川慎太郎、脚本協力は矢口純子、撮影は谷口和寛、照明は森紀博、録音は郡弘道、美術は磯田典宏、編集は宮島竜治、振付はQ-TARO、EBATO、音楽はGentle Forest Jazz Band&野村卓史、作詞は矢口史靖、作曲は大保達哉&淡谷三治&木ノ下達也。
出演は三吉彩花、やしろ優、chay、三浦貴大、宝田明、ムロツヨシ、浜野謙太、菅原大吉、森下能幸、田中要次、黒川芽以、伊藤翠、筒井咲妃、坂上梨々愛、大谷亮介、中村久美、三上市朗、板垣雄亮、松浦雅、松本妃代、妹田佳奈子、深水元基、藤本静、佐藤貴史、ニクまろ、高木悠暉、坂田聡、ぼくもとさきこ、山中敦史、竹井亮介、鴨志田媛夢、吉野晶、山根和馬、竜二、五十嵐結也、後藤剛範、伊藤今人、青山勝、大場泰正、田中聡元、瀬川あやか、羽田将大、川籠石駿平、川島潤哉、伊東由美子、岩崎浩明、秋定里穂、吉岡由梨子、鯉沼トキ他。


『WOOD JOB!(ウッジョブ)〜神去なあなあ日常〜』『サバイバルファミリー』の矢口史靖が原作&脚本&監督を務めた作品。
静香を三吉彩花、千絵をやしろ優、洋子をchay、村上を三浦貴大、マーチンを宝田明、渡辺をムロツヨシが演じている。
他に、催眠番組の司会者を浜野謙太、レストランの店長を菅原大吉、フォーチュンランドの係員を森下能幸、バスの運転手を田中要次、友美を黒川芽以、奈々を伊藤翠、静香の両親を大谷亮介&中村久美、部長を三上市朗、安藤メンタルクリニックの医師を板垣雄亮が演じている。

冒頭、マーチンがテレビ番組に出演し、歌ったりゲストに催眠術を掛けたりする様子が描かれる。なので「その番組を幼い頃の静香が見ていた」という設定なのかと思ったら、「その番組がブラウン管から流れていた」という描写だけで終わってしまう。
なので、それが昔の番組なのは分かるが、いつ頃なのかは分からない。
だったら、そのシーンを冒頭に配置するのは違うわ。
っていうか、どう考えても「その番組を幼い頃の静香が見ていた」という導入部にした方がいいはずだし。

その番組でマーチン催眠術を掛けるだけでなく、最初にダンサーを従えて山下久美子の『Tonight(星の降る夜に)』を朗々と歌い上げる。
演じている宝田明はミュージカルの舞台で長きに渡って活動してきた大ベテランなので、彼に歌ってもらうのは大賛成だ。しかし最初のミュージカルシーンを彼が担当するってのは、構成として違うんじゃないかと。
そこは主演を務める三吉彩花に任せるべきでしょ。「静香が催眠術のせいでミュージカルをしてしまう体になる」という設定を考えても、そういうシーンを一発目にすべきでしょ。
あと、なんで一発目の歌が山下久美子の『Tonight(星の降る夜に)』なのかと。「番組が放送されていた時代の曲」ってことなんだろうけどさ、この映画の一発目として、それは違うんじゃないかと。

静香が登場すると、同僚たちと村上について話すシーンになる。この時、村上にメロメロになっている同僚たちに対して静香は否定的な意見を口にする。
なので「村上のわざとらしい言動を彼女だけは好ましく思っていない」ということなのかと思いきや、村上に資料の作成を頼まれると喜んでOKする。つまり、彼女も村上が好きなのだ。
だったら最初から、同僚に同調すりゃいいでしょ。
そこで彼女に本音を隠した態度を取らせる意味が全く分からない。

静香が電話で母や友美と話すシーンの後、「幼い頃にバレエ教室に通っていた」「カラオケで歌うのが好きだった」「学芸会でヒロインに選ばれた」「本番で極度に緊張した」という様子が描かれる。
でも、静香が幼少期を思い出すようなきっかけが何も無いので、繋がりとして不自然になっている。
回想シーンが終わると「静香が寝ていた」という様子になるので、「そんな夢を見ていた」という設定なのかもしれない。でも前述したように複数のシーンが重なる構成は明らかに「回想シーン」のそれであり、夢として受け取るのは難しい。
幼少期の回想シーンなんて、そのタイミングじゃなくて後回しでもいいんだから、無理しなくてもいいでしょ。

メンタルクリニックで検査を受けた静香が安藤から「本当はミュージカルをやりたかったのでは」と指摘された後、学芸会で嘔吐した回想シーンが挿入される。
これがあるんだから、前述した全ての回想シーンも、このタイミングで入れればいいでしょ。
あと、ここで「静香が自宅で落胆していた時、テレビではマーチンの番組が流れていた」ってのが描かれるんだよね。
つまり、やっぱり冒頭の番組は静香が見ていたんでしょ。だったら、それを最初に示せばいいでしょうに。

奈々はミュージカルが嫌いだと言うのだが、ここって「ミュージカルが好きだけど踊りが上手くない」という設定でいいんじゃないのか。静香も嫌いだからってことで意見が一致しているけど、それが以降の展開に影響を与えることなんて何も無いし。
そもそも奈々って、鏡に向かって頑張って踊りの練習を積んでいるのよ。そしてマーチンの館でも、ミュージカルが上手くなりたいと頼んでいるのよ。
ホントに嫌いだったら、頑張って練習したり「上手くなりたい」と願ったりしないでしょ。
彼女をミュージカルが好きな少女にしておいた方が、話を進める上では何かと便利じゃないかと思うんだけどね。

マーチンの館で指輪を渡された時、静香は内側に接着剤が付いていることに気付く。
つまりインチキな指輪だと分かっているわけだが、なのに館を出るシーンでは普通に指輪をはめている。そして翌日のシーンでは村上の声をスマホで再生しながら、指輪を眺めて浮かれている。
どういうことなのかと。なぜ彼女は、その指輪を喜んで付けているのか。村上に褒められたことに関係があるわけでもないんだし。
もしも彼女がラッキーチャーム的に感じたってことだとしたも、そのために描写は全く見当たらないし。

マーチンの催眠術に掛かった静香が最初に踊る時に流れる曲は、スペクトラムの『ACT-SHOW』をGentle Forest Jazz Bandをカバーしたバージョン。そのマニアックな選曲は、どういうつもりなのかと。
ホントはオリジナル楽曲を揃えた方がいいけど、それだと手間も時間も膨大に掛かるから既存曲を使うのは別にいいのよ。「曲が流れたら歌って踊り出す」という設定を考えても、既存曲じゃないと整合性が取れないしね。
あと「日本人はミュージカル映画に馴染みが無い」と言われることが多いけど、既存のヒット曲を使えば、そこのハードルを下げることも出来るしね。
ただ、使っている楽曲には、大いに疑問が残る。

前述したように、最初の曲は『Tonight(星の降る夜に)』で、次が『ACT-SHOW』。他には山本リンダの『狙いうち』や井上陽水の『夢の中へ』、キャンディーズの『年下の男の子』、シュガーの『ウエディング・ベル』、サディスティック・ミカ・バンドの『タイムマシンにおねがい』など。
もうさ、どの年代を観客層として想定しているのか分からんよ。
全体的に古すぎるだろ。もしも中高年を主なターゲットに想定しているのなら、その時点でどうかとは思うし、出演者の顔触れとのバランスがメチャクチャだし。
しかも、必ずしも状況に合った楽曲を流しているわけでもないんだよね。

静香がプレゼンの最中に歌ったり踊ったりすると、社員たちもバックダンサーとして参加する。しかし静香が我に返ると、誰も踊りに参加していない。
つまり「社員がバックダンサーになって参加」ってのは、静香の妄想世界ってことだ。
だけど、それだと整合性が取れない状態になっているんだよね。
静香は途中で同僚からシュレッダーのゴミが入った袋を受け取り、紙屑を撒いて散らかしている。でも、誰かが渡さないと彼女がゴミ袋の紙屑を待ち切らすのは不可能だ。それに、たった1人で、あそこまで散らかすのも無理でしょ。

マンションに戻った静香は村上からチームに入ってほしいと頼まれた後、カーラジオから流れる音楽に合わせて優雅に踊り出す。この時、彼女は村上をダンスのパートナーとして誘っている。すると村上は嫌がらず、笑顔で応じている。
つまり、ここで2人が踊るのは、静香の妄想ではないってことだ。
それは変でしょ。まず村上が全く嫌がらないのも不自然だけど、初めて踊るのに息がピッタリで動きも揃っているのよ。
この映画って、リアリティー・ラインがメチャクチャなのよね。

レストランで『ハッピー・バースデイ』の演奏が始まると、静香は立ち上がって歌い出す。この時、バンドは全く彼女の歌に驚かず、普通に演奏する。
これだけでも引っ掛かるのだが、それに続けてバンドが『狙いうち』の演奏を始めるのは変でしょ。誕生日のお祝いとは何の関係もないでしょうに。
また、この曲に合わせて静香が激しく踊る時に店員もバックダンサーとして参加するのだが、店長だけは焦った様子を見せる。
ここでも、「どこまでが妄想で、どこまでが現実なのか」という境界線がブレブレになっている。

静香は煽り運転のヤンキーを振り切った直後、自らカーラジオの音量を上げ、曲に合わせて楽しそうに歌い出す。
こうなると、「音楽が流れると催眠状態に入り、歌ったり踊ったりしてしまう」という設定は完全に死ぬ。「自分の意思とは無関係に体が動いてしまう」という仕掛けが肝なのに、それを捨てて自滅しちゃってるのよね。
ヤンキーの溜まり場のシーンでも、静香は自らの意思で楽しく踊っているとしか思えない。
あと、ここに関しては、その前にヤンキーたちが踊っているのもダメだよ。そこは「ヤンキーたちは喧嘩を始めようとしていたけど、静香が踊ったので戦う気持ちが無くなる」という展開じゃないと、エピソードとして何の面白味も無いでしょ。

洋子の登場シーンも、色々とおかしい。
まず、なぜ静香は路上演奏に歌で参加しようと思ったのか。それで金を稼いだとしても、修理代に充分な金額になる可能性が高いとは思えない。それに、洋子が分け前をくれるかどうかも分からないし。
あと、なぜ洋子は、そこで歌う曲としてキャンディーズの『年下の男の子』を選ぶのか。そして、その曲を、なぜ暗い雰囲気で悲しそうに歌うのか。
静香と千絵が加わると一気に明るくなるが、だからって大勢が集まって大金が稼げるってのは無理を感じるし。そこまでの力は全く感じないぞ。まだ最近の曲ならともかくさ。

八角が三沢にねじの注文を出して「私も坂戸が気に入らないってことですよ」と言うシーンなど、とにかく彼の「グータラ社員」とは到底思えないような態度が頻繁に出てくる。何か企んでいるキレ者ってことが、丸見えになっている。
そういう「裏の顔」が見えないようにして話を進めないと、「探偵役が謎を探る」という作品の仕掛けが完全に死んじゃうでしょ。
最初から八角が単なるグータラ社員じゃないことをバラしちゃうのなら、いっそのこと正面からストレートに「会社の不正を暴こうとする男」として描いた方がいいよ。そっちの方向で、熱血とかカタルシスを強調した方がマシ。
謎の詳細は明かさなくてもいいけど、「会社の不正を暴こうとしている男」ってのは見せた方がいいよ。

後半に入ると、ミュージカル映画じゃなくてロードムービーとしての色合いが一気に濃くなっているんだよね。
最初からロードムービーとして作られていて、その中で「ミュージカルっぽい要素もある」ってことなら、それでも納得できたかもしれないよ。だけど、明らかに「ミュージカル映画」としてスタートさせておいて、途中で本筋を放棄したような印象しか受けないのよ。
おまけに、ロードムービーとして面白いわけでもないし。
静香の最後の決断とか、静香&千絵と別れた後の洋子の扱いとか、色んなトコが「それでホントにいいのか」と言いたくなるような処理になっているし。

(観賞日:2021年1月21日)

 

*ポンコツ映画愛護協会