『象の背中』:2007、日本

4月。建設会社の企画営業部長を務める藤山幸弘は、若泉医師から末期の肺ガンだと宣告された。別の箇所にも転移しており、余命の目安 は半年だという。幸弘は妻の美和子から検査の結果について尋ねる電話を貰い、「ただのストレスだった」と嘘をついた。会社に戻った 幸弘は、部下からパンフレットのレイアウトや新入社員歓迎会についての指示を求められ、「俺じゃなくて、お前がどうしたいかだろう」 「その何とかするってのはやめろ」と声を荒げた。
幸弘は普段より早く、豆腐を買って帰宅した。彼は妻の美和子、大学生の長男・俊介、高校生の長女・はるかの4人で暮らしている。翌日 、幸弘は俊介を外に呼び出し、余命が半年であることを打ち明けた。そして、「延命治療はしない。昨日までと同じ生活をする」と告げた。 幸弘は担当医の松井医師に、今まで関わった人々に会って別れを言うつもりだと語った。
幸弘は初恋の相手だった福岡美穂を呼び出した。その当時、彼は自分の気持ちを伝えられないままだった。美穂は幸弘のことを覚えて いなかった。幸弘は末期ガンで余命が半年であることを明かし、「あの時に言えなかった気持ちを伝えたかった」と口にした。別れる際、 美穂は「藤山君に会えて良かった」と微笑みを浮かべた。
幸弘は会社の報告会議で、3年も費やして進めてきたBプロジェクトの延期を要求された。会社の方針が変わったのだという。幸弘は抗議 するが、軽く受け流された。幸弘は今野社長から昼食に誘われ、「Bプロジェクトは延期しない」と告げられる。ただし、取締役会で承認 されるかどうかは、幸弘次第だという。幸弘は愛人である青木悦子のマンションを訪れ、末期ガンで余命が半年だと打ち明けた。最初は 動揺した悦子だが、ベッドで肌を重ねた後は、落ち着いた態度を示した。
幸弘は、高校時代の友人・佐久間清の酒店を訪れた。高校時代、2人は些細なことでケンカをしてしまい、それから31年間、会わないまま になっていた。幸弘を見た佐久間は、最初はそっけない態度を示す。だが、すぐに2人は普通に笑い合える関係に戻った。2人は母校を 訪れ、キャッチボールをした。幸弘は佐久間に、末期ガンで余命が半年だと打ち明けた。
報告会議の席で、幸弘の同期である山城営業推進部長は、Bプロジェクトは延期に反対する意見を述べた。病院を訪れた幸弘は、松井医師 から「ホスピスのことを知っていますか」と尋ねられた。病院を去ろうとした幸弘は、取引先の元社長・高木春雄と遭遇した。高木の会社 は幸弘の建設会社に捨てられ、倒産していた。幸弘を飲みに誘った高木は、倒産直後に離婚したことを告げ、「嫌味の一つも言ってやろう と思ったが、どうでも良くなった」と語った。
高木は幸弘に、「去年、胃ガンの手術を受けて、もう1年持たないと言われている。だから、もう人を恨むことはしない。自分の死期を 知った時に群れから離れる象のようになろうと決めた」と述べた。幸弘は「貴方の会社を倒産に追い込む思惑を知っていた」と土下座した。 高木は幸弘を蹴り飛ばし、「知ってましたよ」と告げて去った。悦子のマンションで手当てしてもらった幸弘は、「許してくれたんだよ、 こうすることで」と口にした。
幸弘は会社でプロジェクト会議中に苦痛に襲われて倒れ、病院に運び込まれた。その出来事により、美和子も幸弘の病状を知ることに なった。幸弘は美和子に、「残された時間を最後まで全うしたい」と告げる。「一日でも長く生きてください」と泣く美和子に、幸弘は 「思うように動けるのは、あと2ヶ月か3ヶ月程度。その時が来るまで、今までと同じようにさせてほしい」と頼んだ。美和子は幸弘に、 互いに手紙を書くよう提案した。
幸弘は見舞いに来た悦子に、「弱虫の君を守っているつもりだった」と語る。悦子は「守ってよ。ずっと長く生きてよ」と涙した。退院 した幸弘は、Bプロジェクトの後任が部下の佐々木ではなく山城になったことを知り、今野に直談判した。幸弘は山城から、「後任の話は 断って佐々木を推した」と聞かされる。山城は「見届けろよ。企画したのはお前だ」と告げた。
幸弘は退職し、その祝いを家族でやることにした。夕食の席に戻ってきた俊介は、「はるかに病気のことを問い詰められた。気付いて いるんじゃないか」と幸弘と美和子に告げる。しかし帰宅したはるかは、明るい笑顔を振り撒いた。幸弘は工場を営む兄・幸一の元を訪問 した。12年前に家を出て以来の再会だ。幸弘は幸一に、「金が欲しい。俺が相続した親父の遺産を現金で欲しい。自分が死んだ後に家族が 生活する金が足りない」と語り、末期ガンを打ち明けた。幸一は承諾し、「大事にしろ」と告げた。
写真店で家族の写真を撮った後、幸弘は再び苦痛に倒れた。海辺のホスピスに入った幸弘は、家族に囲まれて穏やかな日々を過ごす。彼は 家族に内緒で悦子に電話を掛け、「顔が見たい。来て欲しい」と告げる。断って電話を切った悦子だが、ホスピスに姿を見せた。美和子は 悦子が愛人だと気付きながらも笑顔で招き入れ、幸弘と2人の時間を設けるために外出した。どんどん体が衰弱していく中、砂浜で家族と 過ごしていた幸弘は、自分宛に書いた手紙を読むよう美和子に頼んだ…。

監督は井坂聡、原作は秋元康、脚本は遠藤察男、製作は名雪雅夫&松本輝起&亀山慶二&片桐松樹&島本雄二(相場貴和の名前は無し)、 エグゼクティブプロデューサーは平田静子&北川淳一&梅澤道彦&大倉明&宇野康秀、企画は小滝祥平&福吉健&秋元一孝&尾越浩文& 遠谷信幸、プロデューサーは白石統一郎&水野政明&森谷晃育&芳川透&岡田真由子&伊藤仁吾、撮影は上野彰吾、編集は阿部亙英、 録音監督は橋本文雄、照明は赤津淳一、美術は金田克美、音楽は千住明、音楽プロデューサーは慶田次徳、 主題歌はCHEMISTRY『最期の川』。
出演は役所広司、今井美樹、塩谷瞬、南沢奈央、岸部一徳、伊武雅刀、笹野高史、手塚理美、井川遥、高橋克実、白井晃、小市慢太郎、 久遠さやか、橋爪淳、益岡徹ら。


秋元康が産経新聞に連載した同名小説を基にした作品。
監督は『ミスター・ルーキー』『g@me.』の井坂聡。
幸弘を役所広司、美和子を20年ぶりの映画出演となる今井美樹、俊介を塩谷瞬、はるかを南沢奈央、幸一を岸部一徳、今野を伊武雅刀、 高木を笹野高史、美穂を手塚理美、悦子を井川遥、佐久間を高橋克実、松井を白井晃、山城を益岡徹が演じている。

右京は、和製ホームズとでも言うべき「超推理」を披露する。
アルファベットの落書きを見ただけで、それがチェスの棋譜だと気付く。
そこには、彼の趣味がチェスだという偶然もラッキーに作用している。
さらに右京は棋譜を見ただけで、それがマラソンのコースになっていると気付く。
管理者用のパスワードも、何の苦労も無く一発で的中させる。

年頃の息子は父に反発したり無視したりすることもなく、年頃の娘は父を毛嫌いしたり疎んじたりすることが無い。2人とも、とても性格 が良くて、父親に懐いている。
だから、「今まで反発していた子供が、父の死期を知ることによって心の距離を縮める」というドラマ展開も無い。
その一方で、その「良く出来た」子供たちが、父の死期を知って荒れたり苦悩したりすることも無い。
妻も含めて、家族はみんな、穏やかで冷静に幸弘の余命を受け止める。

妻と娘には末期ガンのことを内緒にした幸弘だが、悦子には打ち明ける。
悦子は、それを聞いた瞬間は動揺するが、その次の「ベッドを共にした後」のシーンでは、冷静な態度で「今までの人生で一番驚いたかも 」と言う。
つまり、ほとんど取り乱さずに対応している。幸弘も悦子も、穏やかなピロートークを繰り広げる。
幸弘の周囲は、冷静な連中ばかりが揃っているようだ。

死期を知った幸弘は、今まで関わった人々に会って別れを言うことに決める。
それは本人の勝手だから、好きにすればいい。
だが、長く会っていなかった幸弘が急に現れて、「実は末期ガンで死ぬ」と打ち明けて、その相手はどうすりゃいいのか。
なぜ幸弘は、相手に精神的な負担を掛けるようなことを言うのか。
別れを言いたけりゃ、末期ガンを内緒にして言えばいい。

特に美穂なんて、幸弘のことを全く覚えていなかったのに、「かつて好きだった。ガンで死ぬから伝えておく」と言われるのだ。 なんて迷惑なことだ。
だけど美穂は戸惑うようなこともなく、柔らかく自然に対応する。それどころか、「会えて良かった」と笑顔まで見せる。
佐久間は幸弘とケンカ別れしていたが、すぐに仲直りする。そのケンカ別れを引きずることは無い。幸弘から余命を知らされると動揺は するものの、すぐに「俺に出来ることはあるか」と落ち着いて尋ねる。
幸弘が土下座して謝ると、高木は蹴りを入れて「知っていましたよ」と言い、立ち去る。会社を潰され、離婚するハメになったのだから、 その程度で償えるようなことじゃないような気もするが、幸弘は「許してくれたんだよ」と勝手に解釈する。
楽天的だねえ。
でも、たぶん、そういうことなんだろう。高木がいい人だったから、その程度で済んだのだろう。

今野社長は、「Bプロジェクトは延期しない」と言ってくれる。
同期である山城営業推進部長は、Bプロジェクトは延期に反対する意見を述べてくれる。
自分が後任に推された時には、それを断り、幸弘が後任に望んでいる佐々木を推してくれる。
幸一は家を出て行った幸弘を自然な感じで迎え入れ、末期ガンだと知らされても落ち着いて対応する。
みんな、いい人ばかりだ。

幸弘はホスピスに入って家族との穏やかな日々を過ごすが、それだけでは飽き足らず、悦子に電話を掛ける。
兄や友人に会いたいとは全く思わないが、愛人の顔だけは見たいのだ。
妻や子供も来るというのに、愛人をホスピスに呼ぶというデリカシーの無さ。
悦子が愛人だと気付きながら、美和子は幸弘と2人の時間を設けるために外出する。幸弘を責めるようなこともなく、悦子には礼を 述べる。
なんという心の広さだろうか。
で、幸弘は愛人を呼び寄せておいて、いけしゃあしゃあと妻へのラブレターを書く。

主人公が品行方正なロールモデルのようなキャラからは程遠い人物なら、周囲にだって似たような奴がいて、もうちょっとトラブったり ドロドロしたりしてもよさそうなものだが、そうならない。
主人公は弱い人間だが、周囲は強い人間だらけだったって、んなアホな。
幸弘の人間としての弱さを見せるなら、周囲の人々の弱さも見せろよ。
みんな物分かりが良すぎるだろ。

幸弘は、会社ではプロジェクトの責任者を任される地位にあり、幸せな家庭を築き、その一方で若い愛人を作っている。
好き勝手に生きてきた、いわば「勝ち組」の中年男だ。
ある意味、それはリアリティーということなのかもしれない。
しかし、幸弘の周囲は虚構で固めている。
結局、それは「主人公にとって都合のいい環境」というだけだ。
ようするに、これは「それまで身勝手だった主人公は、死期が近いことを知っても性格は何も変わらず、最後まで身勝手を貫き通した。
でも周囲は総じて物分かりがいい面々ばかりなので、その身勝手が許されて主人公は幸せに死にました」という話だ。
幸弘は、「自分がカッコ良く死を迎えようとしている」ということに、完全に酔っている。
その陶酔に、私は付き合えない。

(観賞日:2009年5月6日)

 

*ポンコツ映画愛護協会