『座頭市 THE LAST』:2010、日本

座頭市は惚れた女・タネに「一緒になってくんねえか」と持ち掛け、「うん」という返事を貰った。彼は「これが最後」という約束をして 、ヤクザ一味との戦いに向かう。市が竹林でヤクザ一家を斬っている様子を、通り掛かった虎治と十蔵という男たちが眺めていた。十蔵は 虎治に市を斬るよう促し、背中を押した。弱腰だった虎治だが、刀を握って突進した。市が全員を倒したところへ、心配して駆け付けた タネが抱き付いた。虎治は謝ってタネを刺し殺してしまい、動揺して逃亡した。
市は旧友の柳司が百姓をしている海沿いの大山村へ辿り着き、倒れ込んだ。彼の姿を発見した柳司は、背負って家に運び込んだ。同じ頃、 山木屋の屋敷を島地一家の親分・島地と代貸の達治が訪れていた。屋敷に山木屋の姿は無く、天道一家が忙しく働いていた。島地が山木屋 のことを訊くと、天道は「旅に出た」と告げた。島地は山木屋が殺されたと察知したが、「旅に出た」という説明を受け入れた。
柳司の母・ミツは眠っている市を一瞥し、すぐに追い払うよう息子に要求した。柳司は、市が海の見える村で百姓をやりたがっていたこと を語った。市は柳司やミツ、柳司の息子・五郎に囲まれながら、平穏な百姓暮らしを始めた。市は漁師の仕事を手伝い、村人の弥助や松、 伊助たちとも知り合った。海辺で天道一家が島地一家を甚振る声を耳にした市は、「何事です」と柳司に尋ねた。柳司は「俺たちが関わる 話じゃねえ」と告げ、憤る仲間たちを抑えた。
砂浜に来た女・トヨは、昔馴染みの市に気付いた。彼女は市に「アンタの里は、誰もいなくなっちまった。あの頃はごめんよ、アンタを 困らせちまって」と詫びを入れた。トヨは市に、村の男と結婚したことを告げる。市が「そいつは良かった」と言うと、トヨは「ううん」 と口にした。「カタギじゃないのかい?」という問い掛けに、トヨは答えなかった。天道の悪事に加担している役人・梶原は、領主の北川 に関係を知られたかもしれないと危惧していた。天道は彼に、ロシアの船が来たがっていることを語る。「外国の船を?首が飛ぶぞ。全て 北川の許しが無いと」と焦る梶原に、天道は冷淡な態度で「北川に会うの、楽しみにしてるぜ」と告げた。
島地から借金の証文を奪った天道一家は、村人たちが約束通り返済しているにも関わらず、理不尽な返済を要求した。それが出来なければ 人足になれと嘲笑され、村人たちは激怒した。止めに入った市は頭を殴られ、柳司は彼を医者の玄吉に診せた。柳司は島地の元へ陳情に 行くが、「証文は全部渡した。悪いか」と開き直られた。天道は治療を受けて歩いていた市を呼び止め、按摩を要求した。
天道一家補佐役の十蔵は柳司の家へ行き、3日以内に借金を返せと脅して去った。島地の賭場に赴いた市は、流れ者の壺振り・政吉が弥助 を勝たせたことに気付いた。市が稼いで去ろうとした時、政吉が「アンタ、座頭の市さんだろ」と声を掛けた。軽く会話を交わして去った 市は、賭場で稼いだ金を柳司に差し出した。柳司は金を十蔵に渡し、「証文を返してくれ」と頼む。しかし十蔵は「他港を大きくして、 でけえ蔵をズラーっと建てるんだ。どうだ、手伝わねえか」と話を逸らし、証文を返そうとしなかった。柳司は伊助が天道一家の子分に なっているのを見て驚いた。
天道の息子・虎治が山へ絵を描きに行こうとしていると、五郎が現れて道案内を申し出た。帰宅した五郎は、虎治が描いた絵を持っていた 。その紙を匂った市は、タネを殺した男の匂いだと気付いた。天道一家が港を作り始めたことに激怒した弥助が暴れたので、慌てて柳司が 制止した。島地は達治に声を掛け、酒に誘った。彼は十蔵に脅され、達治に内緒で彼女の女房・トヨを差し出していた。
市は弥助を助けるため、仕込み杖を持って柳司と共に外出した。天道の賭場に乗り込んだ市は、弥助に代わって勝負をする。イカサマに 気付いた市は、仕込み杖を抜いて相手の手を突き刺した。市が村に戻ると、天道一家が火を放ち、弥助を斬り殺していた。村人から非難を 浴びた市は、村を出ることにした。達治は十蔵に報復しようとするが、あえなく斬られた。そこへ市が駆け付けて十蔵に斬り付け、達治に 止めを刺させた。
柳司は仲間と話し合って領主へ直訴する嘆願書を作成し、それを届ける役目を市に託した。柳司は市に、三つ又を右へ行くよう指示した。 彼は伊助を捕まえ、天道に「市が嘆願書を届けに右へ行った」と吹き込むよう指示した。実は、三つ又の右を進んでも道は無かった。柳司 は市を囮にして、自分が嘆願書を届けようと考えたのだ。そうとも知らず、市は追って来た天道一家を斬り、先を急ごうとする…。

監督は阪本順治、原作は子母沢寛 「座頭市物語」より、脚本は山岸きくみ、製作は亀山千広、企画は中沢敏明&島谷能成&石原隆& 飯島三智&Hengameh Panahi、プロデューサーは前田久閑&椎井友紀子、アソシエイトプロデューサーは瀬田裕幸、撮影は笠松則通、 編集は蛭田智子、録音は橋本文雄、照明は杉本崇、美術は原田満生、殺陣は菅原俊夫、 音楽はプロジェクト和豪&小林弌(作曲)&哲J/ピエール小野/いちろうた、音楽プロデューサーは佐々木次彦。
出演は香取慎吾、仲代達矢、石原さとみ、反町隆史、工藤夕貴、寺島進、倍賞千恵子、原田芳雄、中村勘三郎[18代目]、岩城滉一、 豊原功補、宇梶剛士、柴俊夫、高岡蒼甫、ARATA(現・井浦新)、加藤清史郎、ZEEBRA、でんでん、加藤虎ノ介、大富士、鈴之助、蜷川みほ 、原田麻由、芹沢礼多、清水優、福本清三、峰蘭太郎、杉山幸晴、山口幸晴、本山力、梶浦昭生、もとのもくあ、山岡一、若松力、 國本鐘建、芳野史明、阿部朋矢、松崎謙二、進藤健太郎、菅原あき、長尾奈奈ら。


子母沢寛の掌編小説『座頭市物語』を原作とする作品。
市を香取慎吾、天道を仲代達矢、タネを石原さとみ、柳司を反町隆史、トヨを工藤夕貴、達治を寺島進、ミツを倍賞千恵子、玄吉を 原田芳雄、政吉を中村勘三郎(18代目)、島地を岩城滉一、天道一家用心棒の千を豊原功補、梶原を宇梶剛士、北川を柴俊夫、虎治を 高岡蒼甫、十蔵をARATA、五郎を加藤清史郎、弥助をZEEBRA、松をでんでんが演じている。
監督は『亡国のイージス』『魂萌え!』の阪本順治。
脚本は『カタクリ家の幸福』の山岸きくみ。

「掌編小説『座頭市物語』を原作とする」と前述したけど、実際のところ、脚本家の犬塚稔がキャラクターを膨らませ、勝新太郎が主演 した「座頭市」シリーズを基にした作品と言った方がいいだろう。
ただ、てっきり「座頭市」シリーズのリメイクなのかと思ったら、これがシリーズ最終作という位置付けで製作されたらしい。
だけど、主演俳優が違うんだし、世界観やキャラクター造形も勝新のシリーズをそのまま受け継いでいるようには思えないし、「シリーズ 最終作」と謳われてもピンと来ないなあ。
まるで別物でしょ。

そもそも『座頭市』(勘違いしている人も多いが、ちなみに勝新のシリーズ第1作のタイトルは『座頭市』ではなく『座頭市物語』だ)を リメイクするという時点で、失敗することは目に見えている。
何しろ、勝新太郎のイメージが強すぎるのだ。
座頭市と言えば、もはや勝新太郎とイコールで結ばれるぐらいの印象がある。丹下左膳や銭形平次をリメイクするのとは訳が違う。
だから、誰が演じようとも、座頭市のリメイクという時点で、もう無理筋と言ってもいい。

しかし、だからと言って、よりによって香取慎吾は無いだろう。
幾らリメイクが決まった段階で失敗が確定しているとは言っても、その配役は酷い。
どうせダメだからということで、投げやりになっていたわけでもあるまいに。
投げやりになるぐらいだったら最初から作ろうとはしないわけで、製作サイドはマジな気持ちで彼をキャスティングしているんだよな。
それって、どういうセンスなんだろうか。

例えば、「焼肉を食べたいけど牛肉が無いから、代用品としてウインナーを使おう」ということなら、品質は全く違うけれど、考え方の 方向性としては理解できる。
しかし、この映画は、「焼肉を食べたいけど牛肉が無いから、代用品としてダンボール紙を使った」という感じなのだ。
もはや根本的な考え方が間違っている。
せめて食用になるような材料を持って来ないと、どうしようもないのだ。

まず香取慎吾は、ドラマ部分で稚拙さをさらけ出す。
根本的な問題として、ちっとも盲人に見えない。
一応、キャラクター造形としてはカツシン版の座頭市を意識しているらしく、市が盲目をネタにしたジョークを飛ばしたり、子供に敬語を 使っての触れ合いを描いたりはしているんだけど、そういった「市のユーモラスな部分」の描写も、やはり香取の演技力の低さが足を 引っ張っている。

アクションシーンでも、やはり動きに全く魅力が無い。
彼にアクションのセンスが乏しいことは、『西遊記』で露呈していたはずなのに。
製作サイドは、『西遊記』の体たらくを知らないのか。
しかも、『西遊記』の格闘アクションでモタついていたのに、それよりも難しい時代劇のチャンバラをやらせようなんて、正気の沙汰とは 思えない。
市は居合いの達人のはずなんだけど、刀を鞘から抜くのが遅いし。
製作サイドは、みんなヤバい薬でもやっていたのだろうか。

ただし、ダメなのは香取慎吾だけでなく、脚本と演出も酷い。
だから、ある意味ではバランスが取れているとも言える。
冒頭、市が必死の形相で竹林を逃げ回っている様子から始まり、敵に囲まれて簡単に背中から斬られているんだが、すげえ弱いじゃん。
相手が凄腕の剣客なら苦労してもいいけど、名も無い雑魚集団なんだから、そこはもっと圧倒的な強さを見せるべきじゃないのか。なんで 市の弱々しい姿をいきなり見せるのか。
それは「これまでの市とは違ったイメージをアピールする」という意識なのか。
だけどねえ、弱い市とか、そんなの誰が望んでいるのかと。
その後も、五感が異常に研ぎ澄まされているはずの市が、雑魚キャラに頭を殴られて怪我を負ったりする。雪が屋根から落ちる音に気を 取られて、簡単に斬られたりする。
天道と戦うシーンでも苦戦しているが、あんな奴、簡単に殺せるだろ。

市はタネに「これが最後」と言って戦いに行くけど、だったら求婚する前に片付けろよ。なんで求婚してから最後の戦いなんだよ。順番が 変だろ。
っていうか、なんで自分から戦いに向かうような形になっているのか。市って、そもそも望んで戦いをやるようなキャラじゃないはず でしょ。
それに、これがどういう戦いなのかサッパリ分からない。例えば過去に殺した子分たちに、命を狙われてのバトルなのか。
あと、チャンバラで敵を斬っても血が出ないのは、昔のカツシン版へのオマージュってことなのかもしれんが、そこは流血させるべき だったと思うぞ。市が斬られた後に出血していたりするので、バランスも取れていないし。
正直、何のプラスにもなっていない。

虎治がタネを刺すのは、無理がありすぎる。
お前は全く前を見ていなかったのかと。タネが市に抱き付いた時点で、まだ随分と距離があったぞ。
あと、そこでの市のリアクションが薄すぎる。わざとなのかもしれないが、何か喋らせろよ。なんで咆哮だけなんだよ。
それと、根本的に、タネと市の関係を示すための描写が全く無い内に彼女が死んでしまうので、感傷もへったくれも無いんだよな。

タネが泣いても、市が悲しんでも、こちらの心には何も響いて来ない。
「ああ、主要キャラと思っていた石原さとみは、これで出番が終わりなのね」と、淡々と感じるだけだ。
それに、タネの死が、その後の物語にどういう影響を与えているのか良く分からない。その後、回想シーンで2人の愛の深さを補うわけ でもないし。
回想シーンはあるが、「チラッ」と見せるだけで、中身はほとんど無い。

タネを殺した虎治の正体が良く分からないまま、どんどん話が進む。
天道が乗っ取った屋敷の離れに虎治の姿があるが、天道との関係は良く分からない。
で、かなり時間が経過してから天道の息子だと分かるが、だったら市を殺そうとする必要性は皆無だ。親分の息子なら、有名人を始末して 手柄を立てる必要なんて無い。
で、ビビりながらも十蔵にそそのかされて殺そうとしているので、手柄を立てたい意識があるのかと思ったら、ずっと絵ばかり描いて いる。そのくせ、終盤には急に拳銃を持ち出して市を撃つという行動を取る。
ワケが分からん。
大体、その拳銃は、いつ、どこで手に入れたんだよ。

市が村外れに倒れているところを柳司が見つけて運ぶが、なぜ最初の段階で2人が知り合いで友人関係にあることが明らかになるような形 にしないのか。
なぜ登場した段階で、柳司の素性も顔もボンヤリした状態に留めておくのか。
天道が登場するシーンも、色々なことがボンヤリしている。
彼は山木屋を「旅に出た」と言っているが、たぶん殺したのであろうということは推測できる。
だが、主人を殺して、他の人間はどうしたのか。

手首を斬られた奴はビビっているから、山木屋の人間なのか。でも、ほとんどの人間は天道の手下っぽい様子だから、それ以外の奴らは 殺されたのか。
手首を拾った女が冷静に処分しているが、そいつは天道の手下なのか。でも天道がヤクザだとしたら、下働きの女がいる のは不自然だ。
そもそも、なぜ山木屋の惨殺シーンを描いて、天道の悪玉っぷりをアピールしようとしないのか。
で、そんな無茶な行動までして山木屋の邸宅を乗っ取って、何をしようとしているのか。
呼ばれた島地と達治は、なぜ最初から低姿勢なのか。
天道を知っているということなのか。じゃあ天道は何者なのか。

っていうか、島地と達治が何者なのか、それも全てボンヤリしている。
それと、天道一家みたいな連中が村に入り込み、大物商人の屋敷に上がり込んで主人を殺したら、もっと大騒ぎになるはずだろうに、なぜ 他の村人たちは平然と生活しているのか。
あと、天道が登場シーンで「運命」だの「世界」だのという言葉を使い、キャビアを出すのはすげえ違和感。
ロシア人とも交流があるから、そういう言葉を使用するという設定なのかもしれないけど、時代劇らしさが薄まると思うんだよな。

天道が梶原と話すシーンで、ようやく村にロシアの船が来ること、天道がロシアの何かしらの組織と手を組んでいることが分かる。 だけど、そのために村で何をしようとしているのか分からない。
1時間ほど経過してからの、十蔵の「港を大きくして、でけえ蔵をズラーっと建てるんだ」というセリフで、ようやく天道が何をやろうと していたのか分かる始末。
でも、港を大きくして蔵をたくさん建てることで、どんな利益に繋がるのかは、まだ良く分からない。

市が出て行くよう求めていたミツなのに、市が夜中に出て行こうとすると「何もせずに出て行くのか」と言い、翌日からの百姓仕事を 手伝わせて、厳しいことを言いながらも受け入れている。
ワケが分からない。
その前に柳司が市への恩義を語り、「前に言ってたんだ、海の見える村で百姓やりてえって」と告げた時にミツは「見えるのか、海が。 簡単に百姓、百姓って」と冷たく言っていたのに、息子の言葉に説得されたのか。
だとしたら、分かりにくいわ。ミツの気持ちが変化したことは全く伝わって来ないぞ。

市とトヨの関係が良く分からない。
過去の知り合いなのは分かるが、年齢的に恋愛関係ってのは少し不自然だし。
始まってから50分ほど経過して、ようやくトヨが飲み屋の女将で達治の妻だということが分かるなど、とにかく説明不足or手順の遅さが 多い。
それと、達治がトヨを寝取られた報復を十蔵しようとして十蔵に殺されるとか、島地が天道に全て奪われても泣き寝入りするとか、そう いった脇の話と、市が全く絡んでいない。
ただでさえ集中力に欠ける話を、さらにボンヤリさせているだけだ。

なぜ市が天道一家にボコられても抵抗しないのか、仕込み杖で斬ろうとしないのか、それがサッパリ分からない。
どうやら設定としては「タネとの約束を守るため」ということらしいんだが、まるで納得できない。
だって、「これで最後だから」と言っただけで、別にタネと「もう二度と人は斬らない」と約束したわけでもないし。
それにタネが殺されたんだから、その約束もチャラだし。そこで約束を守ろうとする市の心情がサッパリ理解できない。
たぶん、ちゃんと描写すれば納得できたんだろうとは思うけど、何しろ人物描写、心情描写が薄くてペラペラなのでねえ。

なぜ島地がそんなに天道に対して腰が引けているのか、それもイマイチ分からない。
お茶を注いでいた奴がヘマをした時に手首を切断されているが、そんなに天道の恐ろしさは強く伝わって来ないし。
その後も島地の子分たちは反抗しているし、勢力として向こうが数が圧倒的という描写は無いし。
例えば腕っ節に自信のある子分や、何名もの子分が、天道の用心棒か何かにあっさりと殺されるとか、それぐらいの描写があって、島地が ビビって証文を渡したという流れが欲しい。
証文を渡すシーンも無いしね。

松が「俺たちは百姓だ」と言っているが、でも彼らは船に乗って魚を釣ったりもしているので、それは漁師だよな。
そこは百姓か漁師か、どっちかに絞った方がいいでしょ。
どっちに絞るかと言えば、それは漁師だよな。海に面した町だし、天道一家が狙っているのも海に関わる権利だし。
だから市の「海の見える村で百姓になりたがっていた」という設定も、漁師に変えるべきでしょ。

玄吉が釣り針に糸を通す作業に難儀していると、市が「あっしが」と代わるシーンを粒立たせているが、もうね、アホかと。
ひょっとして、そこで市のズバ抜けた能力をアピールしようってことなのか。
「盲目なのに、感覚が鋭敏だから意図を針の穴に通せますよ」ってことがアピールしたかったのか。
だけどさ、なんで能力アピールが、そんなシーンなんだよ。
市の能力アピールは、仕込み杖を使うべきだし、使わないにしても戦闘能力、刀を使う能力の高さをアピールすべきでしょうに。
それに、その穴に通す様子も、引いた映像で1カットで淡々と撮っているだけだから、凄さが全く伝わらないし。

人斬りから足を洗って村で静かに過ごそうとしているはずの市が、賭場に顔を出すのは納得しかねる。
そりゃあタネと「賭場に行かない」とは約束していないけど、「海の見える村で百姓がしたかった」という夢を叶えようとしているはずで 、博徒みたいなことに手を出すのは、違うんじゃないかと。
そりゃあ百姓だって博打をやる奴はいるだろうけど、それに手を出すと、刀を握らずにいる誓いの意味が薄れてしまうでしょ。
刀を握らないだけで、「ヤクザ稼業」から抜け切れていないという感じになっちゃうから。

「柳司を助けるために」という理由はあるんだけど、そのために博打で金を稼ぐぐらいなら、助けるために市であることを示して相手を 威嚇するなり、仕込み杖を使ってビビらせるなりすればいいのに、と思ってしまう。
あと、賭場に来ている様子は描いて、実際に賭けているシーンは省略し、稼いだ金を受け取って去るシーンへ繋ぐってのは、どういう了見 なのかと。
賭場のシーンを描くなら、そこには「イカサマ」とか「ケンカ」とか「大儲けした奴が恨みを買う」とか、何かしらのトラブルが付き物 でしょうに。

証文の返却を求める柳司に対し、十蔵が「おめえんとこにいたの、市だろう」と言うが、だからどうだというのか。
その言い草だと、「市を住まわせているから言うことは聞けない」という風に聞こえるけど、全く道理が分からない。
大体、市だと分かっているなら、なぜ彼は殺そうとしないのか。冒頭では虎治に始末させようとしていたくせに。
殺そうとしないにしても、なぜ天道に報告しないのか。
こいつの立ち位置もイマイチ分からない。

映画が始まって早々に市が戦わないと決めて、その誓いを破るまでに随分と時間が掛かるので、冒頭シーンの後、前半は全くアクション シーンが無い。
市が戦わないにしても、だったら悪党サイドの剣客の強さをアピールするためのチャンバラでも用意しておけばいいものを、それを示す シーンは皆無。
で、市は弥助を助けるために再び仕込み杖を持つが、そこには苦悩や逡巡も無ければ、怒りが限界に達して爆発するというドラマ展開も 無い。

阪本監督は鈴木清順にでもなりたかったのか、省略が多い。
それが「説明不足で良く分からない」というマイナスにばかり繋がっている。
また、無神経にしか思えないジャンプ・カットが何度かある。
例えば弥助が海辺で天道一家に襲い掛かって柳司が制止に入ると、そこで次のシーンに切り替わる。で、その後、弥助を助けるために、市 と柳司が夜中に出掛けるシーンになる。
だから、どういう出来事が起きたのか良く分からない。
弥助は天道一家の賭場にいるのだが、なぜ「彼を助けに行かないと」ということになるのか良く分からない。その段階だと、ただ単に博打 をやっているだけだからねえ。

天道の賭場では、おいちょかぶでの勝負が行われている。
ただ、札がアップになっていないので、市がイカサマを指摘して刀で相手の手を突き刺すシーンでも、それがイカサマであることが 分かりにくい。
おまけに、その後のシーンも、そこにいた連中を市が叩き斬るとか、そういうシーンは無い。
だからって、相手が市と気付いた連中がビビるとかか、そういうシーンも無い。明かりを消して市が外に出て、それがオシマイになって いる。
柳司と弥助は、いつの間にか消えている。もう賭場の連中は追って来ない。
なぜなのか理解不能である。
そして、そんなシーンの繋ぎ方をしている監督の感覚も、全く理解できない。ジャンプ・カットが雑すぎる。

後半に入って天道一家が村の家に火を放ったり村人を殺しに行ったりしているが、だったら、なぜ前半は殺さずにいたのか良く分からない 。
村人が「お前のせいだ、百姓のフリなんかしやがって」と、市がヤクザだと隠して村にいたことを非難するセリフがあるが、ってことは 、天道一家は「市に賭場で恥辱を与えられた報復」として攻撃したのか。なぜ、その場で仕返しをしなかったのか。そして、なぜ相手が市 ではなく柳司や弥助なのか。市にビビっているということなのか。
だけど、相手が「あの有名な市だ」と認識したことを示すシーンは無かったよな。十蔵が気付いただけだ。そして、それを十蔵は天道にも 話していない。
っていうか、そもそも、入り方からすれば「市が誓いを捨て、再びヤクザ稼業に戻るまで」というドラマで行くべきなのに、後半に入って 急に「市のせいで庶民が犠牲になったので、責任を感じた市が村を出る」という「ヤクザの悲哀」でドラマを進めようという構成自体、 グチャグチャでしょ。

それまで村人たちが天道一家に激怒して襲い掛かろう、殴り掛かろうとするシーンが何度か描かれていたのに、市がヤクザだと分かった 途端、「あいつのせいでワルに襲われた。今まで通り、おとなしくしていれば何事も無かったのに」的な態度を村人が示すのは違和感が あるぞ。
お前ら、おとなしくしていなかったじゃねえか。
あと、急に天道一家が島地一家を惨殺にするのも、展開としてワケが分からない。
何かきっかけがあったわけではなく、ホントに唐突なのだ。
キャラの行動に意味不明なことが多すぎる。

柳司は嘆願書を届ける時間稼ぎのために、伊助に「三つ又を左に行ったから右へ行ったと天道に話してくれ」と頼んでいるが、むしろ何も しない方がいい。
わざわざ伊助に嘆願書のことを喋る意味が無い。
伊助が嘘の報告をしなければ、天道は嘆願書のことなんて知らないままだったのに。
っていうか、そもそも、そこで柳司に「市を騙して囮に使う」という行動を取らせるシナリオ自体がどうかと思う。

あと、市が嘆願書を受け取ってもすぐに出発せず、少し明るくなるまで待っているのがじれったい。
そりゃあ真っ暗闇だと歩けないってのは分かるんだけどさ、だったら嘆願書を渡す時間を遅らせて、受け取ったら、すぐ出発できるような 展開にすべきでしょ。
で、てっきり領主のいる場所まで届けるのかと思ったら、北川は村へ向かって馬でやって来る。
だったら、それを待てば良かったんじゃないのか。
で、道なんか無くて行き止まりだったはずなのに、なぜか市は柳司と同じく北川が来た道に出ている。
もうメチャクチャである。

嘆願書を差し出した市が役人に捕まり、説明を求めらた梶原が北川と柳司を斬り、千が嘆願書を放り投げ、天道一家と役人たちが斬り合い を始めるシーンは、まさにカオス。
この映画の仕上がりを象徴しているかの如く、ゴミ箱を散らかしたようなグチャグチャ状態になって いる。
そこで市と千との戦いがあるのかと思ったら、なぜか千はさっさと立ち去ってしまうし。
どういう計算なのかサッパリだ。

虎治がタネを殺したことに市は途中で気付いているが、その後の展開に繋がることは全く無い。
市が虎治への復讐心を燃やすことは無いし、そもそも市が虎治と対面することさえ終盤まで無いまま話は進んでいく。
ハッキリ言って、タネは完全に無駄死にである。
っていうか、タネというキャラ自体が要らない。最後に市がタネの幻想を見るのも、取って付けた感ありまくり。
あと、ラストで市が後ろから走って来た雑魚に刺されて死ぬとか、どういうつもりなのかと。
シリーズ最終作として、市をそんな形で殺しちゃうのかと。
もう怒りしか沸いて来ない。
まあ、殺されたのは香取慎吾の演じている偽者の市だから、別にいいけどさ。

(観賞日:2011年9月7日)


2010年度 HIHOはくさいアワード:3位

 

*ポンコツ映画愛護協会