『ザ・マジックアワー』:2008、日本

港町・守加護(すかご)。港ホテルの一室で備後登と高千穂マリが会っていると、そこに天塩商会の黒川裕美たちが乗り込んできた。 マリは天塩商会のボス・天塩幸之助の愛人で、備後と浮気をしていたのだ。マリは「ムリヤリ誘われた」と天塩に嘘をつくが、備後が必死 で釈明する様子を見てキレた。マリは天塩に、アンタとはウンザリだと言い放った。
備後とマリは、黒川たちに殺されそうになった。天塩商会がデラ富樫という男を捜していると知っていた備後は、彼と顔見知りだと口に した。天塩は備後に、5日以内にデラ富樫を連れて来たら全て水に流すと告げた。解放されたマリは安堵するが、備後はデラ富樫のこと など全く知らなかった。備後はマリから、デラ富樫が凄腕の殺し屋だと教えてもらった。
備後は支配人を務めるクラブ「赤い靴」に戻り、バーテンダーの鹿間隆と娘で従業員の夏子に会った。2人ともデラ富樫のことを知って いた。誰も顔を見たことが無く、幻の殺し屋と称されているのだという。天塩からはデラ富樫が写っている写真を貰っていたが、ピントが ボケボケで顔は全く判別できない。しかし、その背後にある看板には「守加護」の文字が見えた。備後は街のホテルを片っ端から当たるが 、デラ富樫を見つけ出すことは出来ず、時間だけが経過してしまった。
夏子が「マリさんは悪女です。よりによって、なんであんな人に?」と尋ねると、備後は「古い付き合いなんだ」と言う。彼がクラブで 働き始めた頃、マリはバックダンサーだった。守加護は映画のセットのような町並みで、CMや映画の撮影隊が良く訪れていた。備後は、 映画に見せ掛けてデラ富樫の替え玉を用意しようと思い付いた。自らが監督を装い、俳優をスカウトしてデラ富樫の役を演じさせようと いう作戦だ。殺し屋に見える売れない役者として彼が目を付けたのは、村田大樹という三流役者だった。
村田は監督の指名を受け、撮影スタジオにやって来た。彼は『黒い101人の女』の撮影現場に入り、主演俳優のスタント・ダブルを演じた。 スタジオを出た彼は、マネージャーの長谷川謙十郎に「あんなの誰でも出来る」と愚痴をこぼす。そこへ備後が現れ、自主映画への出演を オファーした。しかし台本も無く、演出は初めてだと聞き、村田は呆れて立ち去った。
村田は映画館へ行き、大好きなモノクロ映画『暗黒街の用心棒』を観賞した。主役のニコを演じる高瀬允の芝居に憧れて、村田は役者を 目指すようになったのだ。長谷川からの電話で、彼はスタジオに呼び戻された。大物俳優・ゆべしの主演映画『実録・無法地帯』で役者が 足りなくなり、出演できるようになったという。しかし村田の大げさな芝居は、ゆべしに気に入られなかった。ゆべしがADに同じ芝居を させて誉めている様子を見た村田は、黙ってスタジオを出た。すると、そこに備後が現れた。
自主映画に出演すると決めた村田は、長谷川と共に備後が運転するマイクロバスに乗り込んだ。備後は村田に、台本もプロットも無く、 演技は全てアドリブ、ぶっつけ本番だと説明した。守加護に到着した備後はCMの撮影隊を見つけ、村田たちの前で自分のスタッフのよう に挨拶する。撮影隊のエキストラの中には老いた高瀬允の姿もあったが、村田は気付かなかった。
備後は村田と長谷川を港ホテルに案内した。長谷川は「台本もプロットも無くては安心できない。せめてカメラを見せて欲しい」と要求 する。だが、備後は撮影機材を何も用意していなかった。鹿間はCMの撮影隊を騙し、カメラを盗んだ。備後は村田に、デラ富樫が街へ 現われる場面を撮りたいと告げた。そこはヒロインのマリと出会う場面で、後に2人は恋に落ちると備後は説明した。備後はマリに計画を 明かして説得し、協力を承諾させた。その場面を撮影すると、すぐに備後は村田をマイクロバスに乗せた。
翌日、備後は村田に天塩商会のビルを指し示し、「舞台はビルの2階、向かいのビルから撮影する。カメラの存在を意識せずに芝居をして もらうため、スタッフも部屋には入らない。自分はデラ富樫の後見人役で出演する。部屋に入ったらカメラが回る」と説明した。村田は 映画だと信じ込み、天塩商会の事務所に乗り込んだ。彼が演じるデラ富樫を、天塩は本物だと信じた。
備後は知らなかったが、天塩がデラ富樫を捜索させたのは、彼に狙撃されていたからだ。その雇い主は、天塩商会を潰そうとする江洞商会 の会長・江洞潤だという。村田は自分で用意した小道具の拳銃を天塩の頭に突き付け、手下を威嚇した。彼は窓から飛び降り、用意して おいたトランポリンに着地した。村田を呼び戻した天塩は、客分にならないかと持ち掛けた。村田が断ると手下が銃を構えたので、備後が 慌てて部屋に飛び込み、「カット」と叫んだ。備後は村田を連れ出し、客分になるよう指示した。
備後と村田が去った後、天塩は江洞に電話を掛け、「デラ富樫を引き取った」と告げて切った。しかし江洞は、ちょうど本物のデラ富樫と 会食中だった。夜、備後は港ホテルのマダム蘭子から、黒川が村田を連れて出て行ったことを知らされた。黒川は村田に、「香港マフィア から手に入れた高性能ライフルを東南アジアのゲリラ組織に売り付ける」と説明する。撮影だと思っている村田は、監督の備後がいない ことを気にするが、黒川が「全て一任されている」と言ったので、同行を受け入れた。
一行は取り引き現場に到着し、ゲリラ組織にアタッシェケースを渡した。だが、村田が車内でライフルを勝手に出していたため、中身は 空っぽだった。ケースを開けた一味は激怒し、銃撃してきた。だが、一味が渡したケースの中身も紙幣ではなく、ただの紙だった。黒川は 村田が敵の策略に気付いてライフルを抜き取ったのだと思い込み、「借りが出来たな」と告げた。
天塩は村田と備後に、「国税局から査察が入ることになる」と告げた。天塩商会には裏帳簿があるのだが、会計係の菅原虎真が国税局の 人間と連絡を取り合っているのだという。天塩は村田に菅原の始末を依頼し、ライフルを渡した。このままだと村田が人殺しになるため、 備後は真実を打ち明けようと考える。しかし意欲満々の村田を見て、本当のことが言い出せなかった。村田は黒川から、菅原が潜んでいる という病院の見取り図を渡された。
マリは備後に、村田なんか放っておいて一緒に街を出ようと持ち掛けた。悩んだ備後だが、村田に同行している夏子から電話を受け、病院 へ向かった。村田が菅原をライフルで撃とうとする寸前、駆け込んだ備後が「カット」と叫んだ。病院を去るマイクロバスに、村田は菅原 も連れて来た。備後は菅原を警察署に引き渡して黒川に電話を掛け、「デラ富樫がしくじりました」と告げた。
備後は天塩商会の事務所へ出向き、天塩と面会した。すると、そこに警察署長が菅原を連れて現れた。天塩は警察署長と顔馴染みで、備後 の嘘を知ったのだ。備後は菅原と共に捕まり、地下室に監禁された。備後を救うため、鹿間と夏子は村田に「ボスを撃つシーンの撮影」と 吹き込み、事務所に乗り込ませた。だが、村田は手下に捕まり、備後たちのいる地下室に連行される。縛り上げられ、セメントで足元を 固められそうになった村田は、ようやく映画の撮影ではないことに気付いた…。

脚本と監督は三谷幸喜、製作は亀山千広&島谷能成、プロデューサーは重岡由美子&前田久閑&和田倉和利、 エグゼクティブプロデューサーは石原隆、企画は清水賢治&市川南、撮影は山本英夫、編集は上野聡一、録音は瀬川徹夫、照明は小野晃、 美術は種田陽平、VFXスーパーバイザーは渡部彩子、VFXプロデューサーは大屋哲男、音楽は荻野清子。
出演は佐藤浩市、妻夫木聡、深津絵里、西田敏行、綾瀬はるか、小日向文世、寺島進、戸田恵子、伊吹吾郎、浅野和之、市村萬次郎、 柳澤愼一、香川照之、中井貴一、天海祐希、唐沢寿明、寺脇康文、鈴木京香、戸田恵子、香取慎吾、谷原章介、山本耕史、市川崑、 市川亀治郎(現・市川猿之助)、榎木兵衛、小野武彦、浅野和之、堀部圭亮、近藤芳正、阿南健治、梶原善、甲本雅裕、梅野泰靖、 澤魁士、光生ら。


三谷幸喜が監督&脚本を務めた4作目の映画。
村田を佐藤浩市、備後を妻夫木聡、マリを深津絵里、天塩を西田敏行、夏子を綾瀬はるか、 長谷川を小日向文世、黒川を寺島進、蘭子を戸田恵子、鹿間を伊吹吾郎、デラ富樫を浅野和之、菅原を市村萬次郎、高瀬を柳澤愼一、江洞 を香川照之が演じている。
他に、『黒い101人の女』の主演俳優で中井貴一、彼を射殺する女役で天海祐希、ゆべし役で唐沢寿明、若い頃 の高瀬役で谷原章介など、多くの有名俳優が小さな役で顔を見せている。

「備後が監督に成り済まし、売れない役者を映画撮影だと騙してデラ富樫を演じさせ、天塩商会を騙そうと考える」という入り方は、 ものすごく強引。
村田が勝手に撮影だと思い込むとか、備後が咄嗟に映画撮影だと嘘をつくとか、そういうことなら分からないでもないが、 CM撮影を見たからといって、そこまでのアイデアが急に思い浮かぶほど、備後が利口には思えないし。そこまでの突拍子も無いアイデア が急に思い浮かぶような奴なら、その後の作戦をもっと上手く進められるだろう。
その作戦を思いつく流れの強引さもそうなんだが、何よりキツいのは、そのオープニング・シークエンス、つまんないのよね。観客を 惹き付ける「掴み」としての魅力を、まるで感じない。

セットでの「いかにも作り物」のシーンよりも、スタジオに移ってからの場面の方が遥かに面白い。妻夫木聡と佐藤浩市という、それぞれ の場面でメインを張る役者を比べても、明らかに格が違いすぎるし(この映画、佐藤浩市だけは文句無しに素晴らしい)。
順番を入れ換えて、村田が登場するスタジオのシーンを先に持ってきた方が良かったんじゃないか。
で、村田の所へ備後が来て、映画のオファーを出す。村田か長谷川がウサン臭い話だと感じ、備後が取り繕う。そこで回想に入り、「実は 天塩商会とトラブルがあって云々」という備後の事情を描くという手順にするのだ。
たぶん三谷監督としては、まず守加護の屋外セットを見せたい、架空の世界に観客を巻き込みたいという意識があったんだろうとは思う けど。

とにかく「備後が映画撮影だと騙して村田をデラ富樫に仕立て上げる」という作戦のディティールが甘すぎる。
幾ら三流役者でも、長く映画の世界に身を置いてきた村田が、台本もプロットも無くて監督は初演出、セリフは全てアドリブでぶっつけ 本番、カメラは一台だけ、スタッフは2人で録音や小道具などの担当はいない、他の役者との顔合わせも無く、ラッシュも見せないという モノを本物の映画だと信じるのは、あまりにも不自然だ。
備後はメイクもさせずに「リアルな雰囲気を出したい」と言うが、日本でギャング映画をやっておいてリアルも何も無いだろう。
備後の経歴について、村田や長谷川が全く知ろうとしないのも不可解だ。

そこは、本物の映画らしくするために備後がキッチリと準備をしたり、自分の経歴を詐称したりという工作をするべきだろう。
あるいは、備後サイドをそのままにして、村田サイドの設定を変えるという方法もある。キャリアの長い役者ではなく、「映画への思い 入れは強いが、実際にエキストラ稼業を始めたのは最近」とか、「役者に憧れている単なる素人」とか、そういう設定にするのだ。
そうすれば、映画撮影の現場は知らないから、備後の用意したチープな環境を本物だと信じても、不自然さは消えるだろう。
で、備後がスタジオへ役者を探しに行ったら、たまたま殺し屋役をやっていたから声を掛けるという展開にでもすればいい。

序盤、夏子が「とても現実の話とは思えない」「この街で起きることは、まるで映画の中の話」などと言っている。
守加護の町並みが「いかにもセット」という造形になっているのも、天塩商会が「いかにも虚構の世界」という感じなのも、意図的な ものだ。
ただ、そこに重大な問題がある。
この映画の大きな欠陥は、たぶん三谷監督としては「作品のセールスポイントであり、肝である」と考えているであろう、その「いかにも 作り物」なセットやキャラ設定にある。

この映画は、「備後に騙された村田が映画撮影だと信じてデラ富樫を演じ、天塩商会は村田を本物だと信じる」という物語になって いる。
しかし、そういう話をやるには、天塩商会に虚構としての色が強すぎるのだ。そこは本物らしさが何よりも重要なのだ。
「村田は偽者で芝居をしている、でも彼が足を踏み入れた組織は本物でマジに行動している」という、双方の感覚のズレが面白味なのだ。
なのに、天塩商会にリアリティーが無いので、そのズレが見えにくくなってしまう。

「村田が映画撮影だと信じて本物の悪党組織に入り込む」という話にした以上、「全ては絵空事」では困るのだ。
そもそも「守加護という街を仕切るギャング」という設定の時点で、天塩商会は絶対に「本物」には成り得ない。
そこをリアルにするためには、天塩商会は最低限、ヤクザ組織でなければならない。
それだけでなく、「守加護は映画の舞台セットのような街」というところから、根本的に考え直す必要もあるだろう。
つまり、見せたい映像イメージと、やりたい物語が噛み合っていなかったのではないか。
これが舞台劇なら、「虚構の中の虚構」でも上手く行ったのかもしれないが。

ラストのシークエンスは、「備後の立てたプランは大幅に狂ったけど、結果的に自分も村田も天塩商会に殺されず、マリも救われ、危機を 回避する」という話をやりたかったことは分かる。
ただ、照明を当てたりスモークを焚いたりしてモロに「撮影です」という感じを見せている時点で、「自分たちが殺されたように偽装する 」というコン・ゲームとしては、あまりにも粗い。
それを「本当に襲撃されている」と天塩が勘違いするのも、無理がありすぎる。
展開が強引すぎるから、ちっとも締まらない。

(観賞日:2009年10月8日)

 

*ポンコツ映画愛護協会