『サンセット・サンライズ』:2025、日本
宮城県の南三陸にある宇田濱町。漁師の関野章男は金髪男とギャルの若いカップルを漁船に乗せ、海釣りに連れ出した。ギャルは餌の虫を怖がり、金髪男はズラが外れて狼狽した。町では新型コロナウイルスのせいで、小学校の卒業式が中止になった。百回記念の復幸祭が近いが、無事に開催できるかどうか分からない状況だ。章男の娘で役場の職員を務める百香は、課長の狩野和彦から町の空き家が30軒を超えたことを告げられる。狩野は彼女に、具体的な対策を考えるよう指示した。
帰宅した百香は、「あっちの家を貸し出すことにした」と章男に伝える。「いいのか」と章男が困惑すると、彼女は「あっちの家で暮らすつもりは無いし」と口にした。百香は家賃を6万円に設定し、JMT情報館にデータを登録した。その夜の内に西尾晋作という男からメールが届き、その文面からは興奮した様子が感じられた。西尾から「部屋の中身が見たい」というリクエストを受けたので、百香は別宅の写真を撮影して彼に送った。
次の日、県からの通達で復幸祭の中止が決定し、住民の高森武たちが役場に乗り込んで来た。スタッフが東京のギャバクラへ遊びに行ったせいでデイサービスが2週間閉鎖になったことも、彼らの怒りに火を付けていた。百香の同僚である持田仁美は落ち着き払った態度を見せ、「高齢者は重症化のリスクが高い」と説明した。百香は老人の黒川重蔵から、別宅の窓が開いていたと聞かされる。彼女は西尾から内見したいというメールを受け、断ろうとする。しかし西尾は既に町へ来ており、勝手に別宅へ上がり込んでいた。
西尾がマスクも付けずに近付こうとしたので、百香は慌てて距離を取った。西尾が室内をベタベタと触っていたので、百香は自主隔離の意味で「2週間は家から出ないように」と指示した。西尾が喜ぶので彼女は「貸すわけではない」と釘を刺し、地元住民と接触しないよう指示する。食事はどうすればいいのかと問われた百香は、自分が届けると約束して去った。西尾は勤務する東京の会社「シンバル」にネットを繋ぎ、課長の小松にリモートワークのやり方を指南した。
自主隔離初日、百香は西尾に電話して父を紹介し、夕方に食事を届けると告げた。西尾は「地元の魚と触れ合うのはいいだろう」と勝手に解釈し、釣りに出掛けた。2日目も彼は、サングラスとマスクで顔を隠して釣りに出掛けた。章男は黒川に「あっちの家に一晩中、明かりが付いていたが、誰か入ってたのか」と訊かれ、「たまには風を入れないと痛むから」と誤魔化した。百香は父から話を聞き、「駄目だよ。西尾さん、明日も明後日もいるんだよ」と告げた。
居酒屋「海幸」で飲んでいた黒川から章男に電話が入ったので、百香は「あっちの家に私が住もうと思って」と嘘をついた。百香に悪い虫が付いたのではないかと心配していた店主の倉部健介と常連客の高森武&山城進一郎&平畑耕作は、それを聞いて安堵した。西尾は店の前を通り掛かり、「釣った魚を焼酎と交換する」という貼り紙に目を留めた。倉部たちは「9年経って百香に乗り越えてほしい」と考えており、彼女を守りたいという強い気持ちで結束していた。
西尾が店に入って釣った魚を見せると、倉部は甲種の焼酎を出した。西尾が早々に焼酎を持ち帰ろうとすると、高森たちは「ボトルキープも知らねえのか」と注意した。西尾は立ち去り、高森たちは奇妙な男だという印象を抱いた。自主隔離3日目、釣りに行こうとした西尾は村山和子と言う女性に呼び止められ、漬物を貰った。自主隔離5日目、西尾は魚のお裾分けを彼女の玄関前に置いた。自主隔離7日目、百香は仁美から「婚活を始めたんでしょ。ようやく前に向かって進む気になったんだねえ」と言われ、苛立ちを覚えた。
西尾は同僚の澤村千佳や玉本桜子たちとリモート飲みをしながら、田舎暮らしの楽しさを語る。黒川が訪ねて来て「アンタ、誰?」と訊くと、西尾は「ここに住むことになった者です」と答えた。自主隔離8日目、黒川から話を聞いた倉部たちは、西尾が百香と同棲している結婚相手だと誤解した。自主隔離12日目、彼らは百香の別宅を訪問するが、西尾は留守だった。自主隔離13日目、百香は仁美や平畑たちに、西尾は結婚相手ではなく家を貸しているだけだと説明した。
西尾が東京のサラリーマンだと聞いた仁美は、「何考えてんの。みんなが必死で感染対策してる間に、その人がコロナを持ってきたらどうするの」と百香に呆れて説教する。百香が「そうならないように、2週間の自主隔離を徹底して」と言うと、平畑は西尾が家にいなかったことを指摘する。仁美が「そんな理屈が年寄りに通用しないの、良く分かってるよね。イメージで生きてんの、田舎の年寄りは」と説教すると、百香は静かに不満を漏らした。
自主隔離14日目、百香は章男と別宅を訪れた。釣りから戻った西尾が慌てて距離を取ろうとすると、百香は隔離期間の終了を伝えた。章男は自宅に西尾を招き、3人で夕食を取った。翌日、西尾は章男の船に乗せてもらい、釣りに出掛けた。章男は彼に、津波の被害を受けた時のことを語った。西尾は海幸へ行って倉部たちに釣った魚を見せ、酒と料理を堪能した。別宅に戻った西尾はリモート飲みに参加し、社長の大津誠一郎に気付いて驚いた。大津が「他の空き家もリフォームして有効利用できないか」と田舎暮らしをビジネスに結び付けようとするので、西尾は困惑の表情を浮かべた。
翌日、西尾は倉部たちに連れられて山菜採りに行き、立小便をしている時に熊と遭遇した。慌てて逃げ出した彼は百香と遭遇し、熊のことを話してパニック状態に陥った。百香は落ち着き払った態度で熊避けのホイッスルを鳴らし、父も知らない秘密の場所へ西尾を案内した。なぜ教えてくれたのかと西尾が訊くと、彼女は「来年の今頃は、ここにいないでしょ」と答えた。百香は別宅へ行き、山菜を調理した。彼女が煙草の吸殻を見つけると、西尾は「僕じゃないです。吸わないんで」と告げた。そこへ倉部たちが来て、泣いている百香を目撃した。倉部は西尾に激高して襲い掛かるが、百香が「もう帰って」と鋭く言い放った。
西尾が宇田濱町に来てから、3ヶ月が経過した。和子は彼に、「あの家に他人が住むのは大変なことだ」と告げた。西尾は章男に、自分が借りている家は百香が家族と暮らすために建てたのではないかと質問した。章男は百香が長男の嫁であること、津波で長男と妻と2人の孫を亡くしたことを彼に語った。和子がパチンコ中に急死し、葬儀が行われた。大津が秘書の姫川玲香を伴って葬儀に現れたので、西尾は驚いた。西尾がシンバルの社員だと知った仁美は、百香が彼と再婚して東京へ行くのではないかと倉部たちに語った。
百香は西尾から、大津が空き家の有効活用に興味を持っていることを聞かされた。百香は役場の人間だと自己紹介し、若い世代が移住してくれれば人手不足も解消されるので大企業の参加は大歓迎だと語った。シンバルと宇田濱町役場による空き家活用プロジェクトが始動し、百香はリモート会議に参加した。和子の家は長男である信夫の意向を受けて、空き家として登録されることになった。西尾と百香は信夫に立ち会ってもらい、残置物の確認作業を行った…。監督・編集は岸善幸、原作は楡周平『サンセット・サンライズ』(講談社文庫)、脚本は宮藤官九郎、製作は石井紹良&神山健一郎&山田邦雄&竹澤浩&角田真敏&渡邊万由美&小林敏之&渡辺章仁、企画・プロデュースは佐藤順子、エグゼクティブプロデューサーは中村優子&杉田浩光、プロデューサーは富田朋子、共同プロデューサーは谷戸豊、ラインプロデューサーは塚村悦郎、撮影は今村圭佑、照明は平山達弥、録音は原川慎平、美術は露木恵美子、音楽は網守将平。
出演は菅田将暉、井上真央、中村雅俊、小日向文世、池脇千鶴、三宅健、竹原ピストル、山本浩司、好井まさお、白川和子、ビートきよし、半海一晃、藤間爽子、茅島みずき、宮崎吐夢、少路勇介、松尾貴史、長野里美、みのすけ、松浦祐也、円井わん、あべまみ、川合諒、本間剛、村上大樹、小野寺ずる、高山璃子、千北怜衣、千北奈々、大迫一平、今村莉都、塚村友陽、藤田真奈美、多々羅りか、林宙紀ら。
コロナ禍の宮城県南三陸を舞台にした楡周平の同名小説を基にした作品。
監督は『前科者』『正欲』の岸善幸。
脚本は『1秒先の彼』『ゆとりですがなにか インターナショナル』の宮藤官九郎。
晋作を菅田将暉、百香を井上真央、章男を中村雅俊、大津を小日向文世、仁美を池脇千鶴、高森を三宅健、倉部を竹原ピストル、山城を山本浩司、平畑を好井まさお、和子を白川和子、黒川をビートきよし、狩野を半海一晃、千佳を藤間爽子、桜子を茅島みずき、小松を宮崎吐夢、平野を少路勇介、信夫を松尾貴史が演じている。この映画は新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るっていた時期の設定であり、だから役場の面々はマスクを装着して仕事をしている。
ところが冒頭シーン、章男も金髪男とギャルのカップルも、マスクを付けていない。
「屋外だったらマスクを付けなくても大丈夫」とか、そんなことは無かったからね。しかも、みんな近距離で普通に喋っているし、どんだけ不用心なのかと。
おまけに、そういうのをギャグ的なシーンとして能天気モードで描いているもんだから、のっけから萎えるわ。
別にさ、真正面から「コロナ禍の日本」を描くのはいいけど、それならそれで、ちゃんとやろうよ。この映画で何よりも不愉快で腹正しいのは、「徹底した新型コロナウイルス対策」を馬鹿にするようなスタンスを取っていることだ。
まるでバカバカしいことであるかのように、ギャグという形で扱き下ろしているのだ。「そこまで過剰に対処しなくても、コロナに感染することなんて絶対に無いっての」みたいに、真面目に対策する百香を徹底的に茶化しているのだ。
この映画を作っている連中は誰一人としてコロナに感染したことが無くて、周囲にも感染者がいないのか。
もしも本人や周囲に感染者がいたり、今でも後遺症に苦しむ人の存在を知っていたりすれば、こんな無神経極まりない描き方は出来ないだろう。西尾は勝手に百香の家へ上がり込み、ベタベタと素手であちこちを触りまくる。
マスクを装着せずに話し、慌てて百香が距離を取ったのに不用意に近付こうとする。
百香がアルコール消毒のためにスプレーを噴射すると、まるで奇妙な行動を見ているかのような反応を示す。
それはお気楽とか能天気という好意的な批評で済ませちゃダメな行為だ。
本人は「テレワークで誰とも接していなかったから」とヘラヘラして喋るけど、そういう問題じゃないのよ。特に当時の状況を考えると、ホントに神経を逆撫でする不愉快な人物だ。ただ、百香との初対面では無神経極まりない行動を取っていた西尾だが、自主隔離機関に入ってからは、外出時に必ずマスクを装着している。居酒屋に入る時も、ソーシャル・ディスタンスを気にしている。
そもそも外出している時点でアウトではあるのだが、そこの変化は違和感を覚える。
で、そうなると今度は、地元住民の不用意すぎる行動が気になる。
章男も黒川もノーマスクで行動しているし、居酒屋では高森たちがマスクを外して近距離でベラベラ喋ったり大声で熱唱したりする。西尾がソーシャルディスタンスを気にすると、「変な奴が来た」みたいな態度を示す。
こいつらも新型コロナウイルスへの感覚が鈍すぎる。この映画で馬鹿にされている百香の対応は、むしろ当時としては普通で自然なモノだったのだ。
いや当時に限らず今だって、あれぐらい神経過敏になっていたとしても、その人の事情によっては馬鹿に出来ないし。
ひょっとすると、「当時のコロナ対策ってバカバカしかったよね」とでも言いたいのか。だけど、そんなことは絶対に無いからね。
それぐらい徹底してヒリヒリするぐらい神経を使っていても、残念ながらコロナで亡くなる人だって大勢いたわけで。この映画は新型コロナウイルスに関わる描写の中で、絶対に茶化しちゃいけないことを平気で茶化している。
その感覚は理解し難い。っていうか、理解したいとも思わない。
もしかすると製作サイドは、同じ映画業界で活動する仲間として山田孝之を遠巻きに擁護する意味合いでも作品に込めていたりするのか。
自粛期間中なのに平気で沖縄へ遊びに出掛けたくせに、何の謝罪コメントも出さずに「無かったこと」にして誤魔化した山田孝之を擁護する狙いでもあったのか。百香は西尾のせいで迷惑を被っているし、西尾は自主隔離期間なのに勝手に出歩くという問題も起こしている。
それなのに隔離機関が終了した後、控え目ながらもウェルカムな態度に変化しているのは、どういうことなのかサッパリ分からない。
むしろ家を貸す気が無いのなら、早く東京へ帰ってほしいと思ってもおかしくないのに。
あと、百香がマスクを外した途端に「西尾が一目惚れした」という表現をしているのはギャグならともかく、ストレートな演出としては安っぽいだけだ。
しかも、そこから西尾と百香の恋愛劇が描かれていくのかというと、そんなことは全く無いし。章男が西尾を船で釣りに誘い出した時、津波のことを話し出すのは唐突さが強い。メッセージを込めたかったんだろうけど、邪魔なだけという印象になっている。
あと、その時に西尾が「釣りを中断して真面目に話を聞く」という態度を取るのも、「逆にウザい」と感じるぞ。
西尾の好感度を上げるための作業が、完全に裏目に出ている。
幸いにも話が進む中で、西尾への嫌悪感は自然に減退していく。
とは言え、じゃあ魅力的な人間に感じられるのかというと、それはまた別の話だ。空き家活用プロジェクトが始動すると、西尾と百香の調査活動が描かれたり、百香が会議で状況を報告したりする。
こうなった時、「私は一体、何を見せられているんだろうか」と言いたくなる。
なんか急に「お仕事映画」に舵を切ったような印象を受けるんだよね。
この映画って、そういうのを最初から描きたかったのかと。
で、そういう「地方の空き家問題」とか「Iターン」みたいなことを描く話に入ると、新型コロナウイルスに関する描写って全くの無意味になっちゃうし。原作が『小説現代』で連載されたのは2021年で、単行本化されたのは2022年。つまりコロナ禍で発表されたので、「コロナ禍で云々」という劇中の描写にも意味があったと言えるだろう。
しかし本作品が公開された2025年の時点では、新型コロナウイルスの位置付けが2類感染症から5類に引き下げられている。それに伴って、役所や一般市民の対応も大きく変化している。
なので劇中で描かれている対応は、日常風景からは乖離している。
「今の出来事」というリアルタイムではなくなったことに伴って、「コロナ禍の物語」として描く意味が消滅しているんじゃないかと感じるのだ。
むしろ邪魔になってないかと。しかも、「地方の空き家問題」という部分に集中して話を進めていくわけでなくて、ずっとフワフワして足元が定まっていない。
おまけに欲張って恋愛劇まで描こうとしているし、味のボンヤリした芋煮でも食わされているかのような気分になる。
そんでロマンスをおざなりにしたまま終盤まで話を進めているもんだから、仁美を使って慌てて着地させようとする。
だけど、その片付け方が唐突で無理があるので、ものすごく不細工なことになっている。(観賞日:2025年9月25日)