『砂時計』:2008、日本

1995年、島根。14歳の杏は母の美和子と共に仁摩サンドミュージアムを訪れ、一分計砂時計を眺めた。美和子は杏に「砂時計、買って あげようか」と告げた。美和子は砂時計を買い与え、「下の部分が過去、真ん中が現在、上が未来」と告げる。杏は砂時計を逆さにして、 「過去が未来になったよ」と言った。美和子は夫の正弘と離婚し、母・美佐代が住む実家へ帰るところだった。
実家に戻ると、美佐代は「あげな男、ロクなもんじゃないと思っとった。やっぱり事業に失敗し、借金を作り、アンタも捨てられた。 アンタら2人にただ飯食わす余裕は無いからね。アンタがちゃんとしないといけない」と美和子に厳しく告げた。杏が田舎道を走っている と、通り掛かったバンが停車し、運転していた男が「お母さん、大変だったなあ、頑張りんさいよ」と声を掛けた。知らない人だったので 、杏は困惑した。荷台に乗っていた少年は、じっと杏を見つめていた。
杏が酒屋の前を通り掛かると、出て来た老夫婦が美和子のことを噂して「可哀想にねえ」と言っていた。杏は「誰が可哀想や」と不快そう に呟いた。そこへ先程の少年・北村大悟が現れ、「お前んとこ、金無いんか。仕事ならあるぞ」と告げる。大悟は「ここで働きゃ、駄賃が すぐ貰える」と杏に言い、強引に薪を運ぶ仕事を手伝わせた。大悟と幼馴染みの椎香が、親しげに話し掛けてきた。椎香は家の中から見て いた兄の藤に呼び掛けた。椎香は「ウチも仕事を手伝う」と言う。
大悟は杏を家まで送り、「明日、朝10時に迎えに来る」と告げた。深夜に杏が目を覚ますと、美和子が台所で泣いていた。翌日、杏が大悟 や椎香と仕事をしていると、藤が出て来て「おはぎがあるから食べに来ないか」と誘った。そこへ美和子が倒れたという知らせが届いた。 帰宅すると、医者は「お母さんに頑張ってって言ったらいかんよ。頑張りすぎてあんなになったんだから」と告げた。
その夜も、また杏は美和子が布団を抜け出したのに気付いた。美和子は「ちょっと寝られないから外の空気を吸ってくる」と言う。杏が 不安を覚えて「私も連れてって」と告げると、美和子は「お留守番してなさい」と微笑して外出した。朝になっても美和子は戻らず、村の 青年団が捜索に出た。心配する杏に、大悟は「神様は杏を見捨てんよ。神様が見捨てても俺が見捨てん」と告げる。夜中に青年団の面々が 雨合羽姿で訪れ、美和子の死を伝えた。山で雪の中に倒れており、手首を切っていたという。
通夜の席で、美佐代は杏に「ごめんね、お婆ちゃんがしゃんとせえと言うたから」と詫びる。杏は「お婆ちゃんは悪くない。悪いのは お母さん」と言い、「弱虫」と怒鳴って砂時計を遺影に投げ付けた。通夜の後、大悟は砂時計を修理し、杏に渡した。杏は彼の胸を借りて 泣き、「一人になっちゃった、お母さんに置いて行かれちゃった」と漏らした。大悟は彼女を抱き寄せ、「俺がずっと一緒におっちゃる。 約束だがや」と力強く告げた。
1年後、近くの神社にお参りする杏に、大悟は「今度、出雲大社行こうか」と持ち掛けた。杏が帰宅すると、正弘が来て号泣していた。 美佐代は「泣いたって美和子は帰ってこん」と怒鳴っていた。正弘は杏に「病気のことは気が付かなかったんだ、すまん」と告げる。杏は 「お母さん病気なんかじゃないから。卑怯だよ、お母さんを殺したの、お父さんじゃん」と激しく反発した。
杏の元には、正弘から手紙がずっと届いていた。それは美佐代が全て捨てていたが、杏は拾って読んでいた。正弘は杏を東京へ引き取る つもりだった。杏は藤に相談し、「でも東京へなんて。大悟にも話せないし」と漏らす。「分かるよ。俺も、分かる」と藤は口にした。 課外授業でも、ずっと杏は元気がなかった。森で皆とはぐれた彼女は、雷鳴に怯えた。彼女は森の中に、雨合羽の男の幻影を見た。恐怖に かられて走り出した杏は大悟と遭遇し、安堵して抱き付いた。
帰りの電車の中で、杏は「お父さんが迎えに来た。私、東京に帰るかもしれない」と大悟に打ち明けた。大悟は「出雲へ行こうか。約束 しとったけん」と告げる。休日、2人は出雲大社へ行き、それから砂浜に移動した。そこは杏が美和子と来たことのある場所だ。彼女は 砂時計をカバンから取り出し、「これ、私の一番大切なもの、持ってて」と大悟に渡した。彼女は東京行きを決めたのだ。大悟は「俺は杏 と一生、ずっと一緒じゃけん」と言う。2人は初めて互いに「好き」と言い、抱き締め合った。
6ヶ月後、東京。高校に進学した杏は、大悟と手紙のやり取りをしながら遠距離恋愛を続けていた。大悟の手紙には、椎香とは同じ高校に 入り、藤は東京の高校へ進学したことが書かれていた。ずっと大悟と会えないでいることを心配する杏に、クラスメイトのリカは「男って のは束縛を嫌う。アンタが重い感じになったら向こうもしんどくなってくるよ」と告げた。
杏が下校する時、藤が待っていた。彼は随分と雰囲気が変わって垢抜けており、「原宿へ一緒に行かない?」と誘った。買い物をした後、 藤は「人に会わなきゃいけなくて、見張っててもらいたいんだ。逃げ出さないように」と切り出した。彼が喫茶店で男性と話している間、 杏は外で待った。男性と別れた後、藤は「さっきのは、お袋の恋人だった男。あいつの子供なのかもって噂を聞いてね。でも、金せがみに 来たのかって言われたよ」と明かした。「また何かあったら、いつでも電話して」という杏に、藤はキスをした。
杏が帰郷すると、大悟が駅へ迎えに来た。大悟にキスをされて、杏は顔を強張らせた。夜、杏は大悟や椎香と一緒に花火を楽しんだ。藤を 見つけた杏は、歩いて行く後を追い掛けた。杏が「こないだのキス、何なの?冗談?」と問い掛けると、藤は「冗談でキスなんかしない。 ずっと好きだった」と言う。2人は、それを見ている大悟に気付いた。大悟は藤を殴り、杏を怒鳴り付けた。
後日、杏は大悟に呼び出された。「東京で何やっちゅう」と大悟は声を荒げる。「こんな気持ちのままじゃ東京へ帰れない。私、大悟だけ が好きだから」と杏が告げると、大悟は「俺も、好きだけん。一生、一緒におる」と口にした。大悟は森の小屋に杏を連れて行く。そこは 、彼が子供の頃から秘密基地にしていた場所だという。大悟は杏を求め、2人は小屋で肉体関係を持った。
夜になって杏が帰宅すると、美佐代が「藤が祭りの夜から行方不明になっている」と告げた。急いで藤の実家を訪れた彼女は、母が失踪 した時のことを思い出し、大悟の前で「お母さんの時にそっくり」と漏らす。「大丈夫だって」と言う大悟に、杏は「大悟はお母さんの時 もそう言った。でも、お母さんは死んじゃったよ」と告げる。「考えすぎだけん。お袋さんのことと一緒にすんな」と大悟が告げると、杏 は「いいかげんなこと言わないで。私のこと、大悟には分からないよ」と感情的になった。
杏が去った後、椎香が大悟の元へやって来た。大悟は椎香の前で、「俺は自惚れ取った。お袋さんが死んで、どん底から救ってやれたと 思っとった。みっともねえなあ」と落ち込んだ。杏が東京へ戻る日、駅に椎香が現れた。彼女は「お兄ちゃんも杏ちゃんも同じ、自分一人 傷付いとる気になって。他の人は傷付いとらんと思っとる。大悟はいつも杏ちゃんのことを考えとる。あんなに落ち込んどる大悟、見とう ない。ホントはウチだって、大悟が好きだから」と告げて立ち去った。
10年後、杏は婚約者の佐倉を連れて帰郷した。佐倉はシアトルへの転勤が決まっており、杏も同行するつもりだ。美佐代は杏に「同窓会が あるから、みんなにお別れが言える」と告げる。杏は美佐代に、佐倉には母の自殺を明かしていないと告げる。美佐代は「気持ちは分かる が、隠さんでもええと思うよ」と述べた。美和子の墓参りに赴いた杏は大悟とすれ違うが、言葉は交わさなかった。
入浴した杏は、高校時代を回想する。大悟とケンカして東京に戻った後、リカに「男は束縛を嫌うのよ」と言われた彼女は「そんなんじゃ ないもん」と大きな声で否定した。藤から杏の自宅に電話が入った。藤は歌舞伎町の店で働いていた。会いに行った杏に、彼は「あの家に 戻る気は無い。俺は今でも杏のことが好きだよ。だけど大悟に殴られて思ったんだ。これじゃあ、あの男と一緒だ。俺は家に縛られず一人 で生きる。そう決めた」と語った。藤は杏に「大悟のとこに行ってやってよ。俺は二度とお前らのとこへは現れないから」と告げた。杏は 大悟に電話を掛けて、「ごめん、会いたい」と告げる。彼女は島根へ戻り、大悟と再会した。
同窓会に出席した杏は、大悟と再会した。大悟は「明日、時間作れんか。朝、11時に駅で待っとるけん」と言う。翌日、大悟は預かって いた砂時計を杏に渡し、「もう俺が持ってても意味が無いけん。結婚、おめでとうな。約束は守れんかったが、幸せになってくれや」と 微笑んだ。杏は結婚の準備を進める中、砂時計を見つめる。その様子を、佐倉が目撃した。小学校教師をしている大悟の元に、椎香が やって来た。彼女はカナダで学芸員の勉強をしているという。椎香は「お兄ちゃんも立派な会社で働き始めたから」と言う。最後に兄と 会ったのは2年前で、会社を作ろうとして忙しいらしいと彼女は語った。
砂浜へ出掛けた大悟は、高校時代を回想する。杏が島根から来た夜、2人は電車の中で喋った。「もうちょっと私が強ければ」と口にする 杏に、大悟は「強さは弱さの上にある」と告げた。翌日、杏は椎香と遭遇し、「こないだ、大悟に好きだって言った。でもダメだった」と 告げられる。椎香は「大悟は最近変わった、柔道も辞めた。東京へ行くって言って、空いてる時間もずっとバイトして。杏ちゃん、大悟を 幸せにして」と告げた。
椎香が去った後、杏は幻覚の中に迷い込んだ。遠ざかる椎香を追い掛けると海に美和子がいて、杏の目の前で手首を切った。いつの間にか 杏が手首を切っていて、血の海に沈んだ。気が付くと彼女は実家にいた。庭先で倒れていたところを、大悟が発見したのだ。杏は「私は きっといつか大悟を押し潰す」と考え、「もう手を離していいよ」という意志を彼に伝えようと思った。
田舎へ帰ってから様子のおかしい杏に、佐倉はバッグに入っている砂時計のことを尋ねた。母に貰ったことを杏が説明すると、佐倉は 「だったらその辺に飾っておけばいいだろう。忘れられないことがあるなら無理しなくていい」と言う。「無理なんてしてないよ」と杏が 告げると、「俺に嘘を言うな。すぐに分かるんだよ、昔のことをいつまでも引きずってる女」と佐倉は声を荒げた。
佐倉は「すぐに分かるんだよ、昔のことをいつまでも引きずってる女。それに、俺に隠してることがあるだろ。お前のお袋さん、自殺 だったんだって。なんでそんな大事なことを言ってくれないんだよ。過去を嘘で隠して」と言い、婚約を破棄した。杏は街を歩きながら、 高校時代を回想する。杏は庭先で倒れた自分を助けてくれた大悟に、「別れよう」と告げたのだった…。

監督・脚本は佐藤信介、原作は芦原妃名子、製作は加藤嘉一&亀井修、プロデューサーは久保田修&武田吉孝、 エグゼクティブプロデューサーは濱名一哉、 共同製作は島谷龍成&當麻佳成&近藤邦勝&樫野孝人&高田佳夫&林尚樹、共同プロデューサーは長松谷太郎、協力プロデューサーは 貴島誠一郎&加藤章一&油井卓也&原田文宏、撮影監督は河津太郎、編集は今井剛、録音は北村峰晴、美術は斎藤岩男、 VFXスーパーバイザーは古賀信明、音楽は上田禎、音楽プロデューサーは安井輝、主題歌はいきものがかり『帰りたくなったよ』。
出演は松下奈緒、夏帆、井坂俊哉、池松壮亮、藤村志保、風間トオル、戸田菜穂、塚田健太、岡本杏理、高杉瑞穂、伴杏里、立石凉子、 赤堀雅秋、ト字たかお、中平良夫、久我朋乃、倉科カナ、平田弥里、加治木均、あじゃ、辰巳蒼生、飛鳥井みや、松田丈偉、 渡辺火山、松岡哲永、ふたむら幸則、春日亀千尋、三上直也、おぎのきみ子、 小林きな子、鈴木昌平、桜井千寿、阿部丈二、早坂美緒、宮島朋宏ら。


2007年には昼ドラにもなった芦原妃名子の同名漫画を基にした作品。
大人時代の杏を松下奈緒、中高生時代の杏を夏帆、大人時代の大悟を 井坂俊哉、中高生時代の大悟を池松壮亮、美佐代を藤村志保、正弘を風間トオル、美和子を戸田菜穂、中高生時代の藤を塚田健太、中高生 時代の椎香を岡本杏理、佐倉を高杉瑞穂、大人時代の椎香を伴杏里が演じている。
ビリングトップは松下奈緒だが、実際の主役は夏帆。
監督は『LOVE SONG』『修羅雪姫』の佐藤信介。

「初めて私がその砂時計を見たのは14歳の頃、父と別れた母と共に実家に向かう途中だった」という大人時代の杏のモノローグで始まる アヴァン・タイトルは、まるでダイジェスト版のように描かれている。
で、そこから回想に入るのかと思ったら、すぐに12年後の現在が写って「再び砂時計の前に立つ」などと語る。
まるで、TVドラマを劇場用に編集して再構成した作品のようなモノになっている。
わずか3分程度のアヴァンだけで、なんか慌ただしいな、ガチャガチャしてるな、と思わせてしまうんだから、相当だぜ。

中学生の杏が酒屋の前を通り掛かると、大悟が「お前んとこ、金無いんか。仕事ならあるぞ」と馴れ馴れしく話し掛ける。
一方の杏も、かなり砕けた感じで応対する。
どっちも最初からフランクな態度なので、幼馴染みなのかと思ったら、そうじゃないんだよね。
後で「お前、名前は?」と大悟が訊くので、ようやく違うことが分かるけど、「赤の他人だったのかよ」とツッコミを入れたくなる。

あと、杏の家に金が無いという設定も分かりにくいぞ。
「お酒か」と彼女が呟いていたけど、それは酒が買えないほど金が無いという意味の呟きだったのか。
「アンタら2人にただ飯食わす余裕は無いからね」という祖母のセリフは、ホントに貧乏だという意味だったのか。
だけど、そういう家庭環境については、もっと明確に表現してくれないと、こっちに伝わらないわ。

翌日、また仕事をする杏は、大悟と一緒にバンに乗って楽しそうにしている。
大悟や村の生活に、あっさりと順応しすぎだろ。もう少し「最初は馴染めないし、大悟にも反発を覚えるが、少しずつ慣れていく」という 経緯は無いのか。それをやる時間が全く無いぐらい、尺が足りないのか。
だったら、一つ方法はあって、それは断片的に回想するというやり方だ。
今の杏が、まず「村に馴染めない、大悟に反発を覚える」という場面を回想し、また現在に戻る。そして次の回想では、「既に順応し、 大悟とも親しくなっている」という頃の場面を回想するやり方だ。
それがベストかどうかは分からないが、少なくとも、この映画のように拙速な形でやるよりはマシだろう。

杏がおはぎを食べに行こうとすると、母が倒れたことをオッサンが知らせに来るが、「お前はどこの誰なんだよ」と言いたくなる。
近所の住人という設定らしいが、そこで初登場された奴に呼び掛けられても、母が倒れたことの前に、そいつが何者なのか気になるぞ。
あと、美和子は倒れているけど、そもそも、そこまで精神的に追い込まれるほどになっているというのがピンと来ないんだよな。
彼女に何があったんだよ。そこまで追い込まれた原因がどこにあるのかも、サッパリ分からないし。

美和子が戻らなかった朝、大悟は杏に「神様は杏を見捨てんよ。神様が見捨てても俺が見捨てん」と言うが、まだ出会ってから10分ぐらい しか経過していないのに、もうそんなトコロまで行くかと。
惚れたモードに入るのが早いなあ。
美和子が死んだ後、大悟は杏を抱き寄せて「俺がずっと一緒におっちゃる。約束だがや」と言うんだが、そこまでに「2人が互いに好意を 抱いて少しずつ心の距離が近付いて行く」という、恋愛ドラマとしての手順を全く踏んでいない。
大幅にショートカットしているのだ。

杏は母の遺影に砂時計を投げ付け、それを大悟が修理して杏に渡す。
だけど、遺影に投げ付ける前に、砂時計は電車の中で登場したきりで、それ以降は全く登場していない。
それが母と娘を繋ぐアイテムとして重要なもの、思い出の品だという印象が伝わっていないので、遺影にそれを投げ付けられても、「なぜ それを?」と首をかしげたくなるばかりだ。

美和子が死んだ1年後に場面が移り、学生服で登校する杏と大悟の様子を見て、そこで初めて「そうか、ってことは、今までのシーンは 夏休みだったのね」と理解できる。
杏が藤に「でも東京へなんて」と語るシーンで、父が彼女を東京へ引き取るつもりだと初めて分かる。
で、結局、杏は東京行きを決めるんだが、大悟と離れたくないのに、なぜ東京へ行くことを決めたのか、その理由は良く分からない。そこ での「行くべきか、行かざるべきか」という逡巡も感じない。
そういうのは、もうちょっと分かりやすく説明しようぜ。
言葉足らず、場面足らず、描写足らずが多すぎる。

森の中で一人になった杏は走り出し、雷鳴が轟いて怯え、雨合羽男の幻影を見る。もう完全にホラー映画の演出だ。
佐藤監督は、この映画をどうしたいんだよ。
藤が行方不明になった時も、杏が雨合羽男を思い出し、ホラー演出になる。SEが完全にホラー映画のそれなのよ。
佐藤監督は、ヒロインの不安、トラウマの表現方法を、明らかに間違っているぞ。そこは変なSEとか要らないのよ。

近くの神社の前でキスしようとして未遂に終わっていた大悟は、課外授業から帰る電車の中で杏に「出雲へ行こうか。約束しとったけん」 と言い、キスをする。
他に大勢のクラスメイトもいるのに平気でキスするとは、すげえな、こいつら。
東京から杏が戻ってきた時も、駅ですぐにキスしていたけど、どうやら大悟ってのは、キスしたくて辛抱たまらん男のようだ。

東京で藤と再会した杏は、かなり雰囲気が変わったと感じる。
確かに、雰囲気が変わったことは伝わる。
だけど、そこまで藤の出番が少ないんだよな。おはぎを誘った後は、通夜のシーンでは顔を見せただけ、相談を受けたシーンも「分かる」 と言っただけだから、この人のパーソナリティーがあまり伝わってないんだよね。
それは椎香も同様。この脇役2人の存在感が薄い。
だから、高校に入ってから2人が杏と大悟への恋愛感情を打ち出しても、どこかギクシャクしたものを感じてしまう。
流れってのが無いからね。

藤は喫茶店で男と会い、杏に「お袋の恋人だった男。あいつの子供なのかもって噂を聞いてね。でも金せがみに来たのかって言われたよ。 時々、自分がどこに立っているのか分かんなくなるんだよね」なとど語る。
でも、彼の家庭環境に関する描写があまりにも唐突だから、わざわざ入れるほどのシーンなのかと思ってしまう。そこで急にそんなことを 言われても困るんだよな。
藤がキスしたことを知った大悟は杏を呼び出し、「東京で何やっちゅう」と声を荒げる大悟。
分かりやすい嫉妬だなあ。器が小さいぞ、大悟。
でも、「こんな気持ちのままじゃ東京へ帰れない。私、大悟だけが好きだから」と言われると、あっさり怒りが静まる。
喜怒哀楽の激しい奴だな。
で、そこで次のシーンに行くのかと思ったら、子供の頃から秘密基地にしていた森の小屋に杏を連れて行って、肉体関係を 持っちゃうのだ。
お前、ただヤリたいだけとちゃうんかと。

杏は大悟に怒鳴った後、そのまま東京へ戻る。
おいおい、藤の失踪騒ぎはどうなったんだよ。
その時点で、まだ発見されてないんだろ。それなのに、杏は平気で東京へ戻るのかよ。
で、それを放置したまま、10年後に場面が移っている。
大悟との関係も、どうなったのかはボンヤリしたままだ。
その後、何度か回想を挿入する形で「高校時代の、その後」が描写されるが、中途半端に回想するぐらいなら、最初に現在を描いた後は、 全て回想という形式にすりゃあいいんだよ。

杏がケンカして東京へ戻ってからの様子を描く回想の中で、久しぶりに正弘が登場して、「そういえば、杏は彼に引き取られて東京に 来たんだよな」と思い出す。
東京に杏が移ってから、そのシーンまで、父は一度も登場してないんだよな。キャラの出し入れも上手く行っていない。っていうか、 もはや父親の必要性って何なのかと思うぐらい、父娘関係の描写は無いし。
その回想の中で藤が登場し、歌舞伎町で働いていることが分かるけど、そんな変な描き方になるぐらいなら、そもそも彼の失踪騒動なんて 無くてもいいぐらいだと思ってしまう。
「俺は家に縛られず一人で生きる。そう決めた」と言うが、「家に縛られる」というのも、彼の家庭環境の説明が無いので、まるでピンと 来ないんだよ。
その後、椎香が登場する場面で「お兄ちゃんも立派な会社で働き始めたから」と言うが、そのことが彼女のセリフで初めて分かるってのは 、どういう構成なのかと。

藤は、わさわざ失踪騒ぎまで起こして、後は回想シーンでチラッと再登場して、それでオシマイだ。ほとんど何の意味も無いような存在と なっている。彼の再登場が杏や大悟に影響を与えることは、全く無いと言ってもいい。
杏は彼に言われて大悟に電話しているけど、別に彼がいなくても出来るし。
椎香にしても、とてもじゃないが、重要なな脇役として上手く機能しているとは言い難い。
あと、砂時計というアイテムも、「別に砂時計じゃなくても良くね?」という程度の扱い。

子供の頃の杏は何度もキスをして、直接的な描写は無いけど濡れ場まであったのに、大人になったらキスシーンさえ一度も無いってのは、 どうなのかと。バランスが悪すぎるだろ。
松下奈緒はキスがNGの女優なのか。
だったら、この仕事をオファーしちゃダメだし、オファーがあっても受けちゃダメだろ。
キスNGでも彼女を起用したいということなら、そこまで固執する意味があるとは思えないし、むしろミスキャストだとは思うけど、 子供時代のキスシーンも全て排除すべきだよ。

墓参りに来ていない理由について「気持ちが落ち着いたら来ようと思ってたんだけど」と言う杏に、佐倉は「気持ちの整理か。甘えた奴の 使う便利な言葉だな。嫌いだな、そういうの」と言うが、テメエの婚約者に対してあまりにも冷たすぎるだろ。
砂時計のことを咎める時は「俺、ダメなんだよ、そういう弱い奴。自分だけ傷付いた気になって、結局、そういう奴が周りを傷付ける」と 言い、それだけのことで婚約破棄する。
とにかくデリカシーのかけらも無い、嫌な奴なんだよな。
ものすげえ性格の悪い、傲慢で矮小な男でしかない。
で、そんな奴と婚約した杏は、男を見る目が無さ過ぎるだろ、とも思うし。

杏は椎香から「杏ちゃん、大悟を幸せにして」と言われた後、「遠ざかって行く椎香を追い掛けて、その先には海が広がっていて、そこ には美和子がいて倒れ込み、手首を切り、いつの間にか自分が倒れていて手首を切り、血の海に沈んで行く」という幻覚に陥る。
何だよ、その幻想怪奇物語みたいな演出は。
「トラウマは怖いよ」っていうサイコ・サスペンス映画として作っているのか。

「私はいつか大悟を押し潰す。もう手を離していいよ」というモノローグは、大人の杏と高校時代の杏が一度ずつ語るのだが、それもなあ 、描きたいことが何となく分からないではないんだけど、あまりにも描写が不足しているもんだから、単に精神的に病んでいるヤバい女で しかなくなってる。
まるで同情を誘わないのだ。
杏って、勝手に思い詰めて、自分で勝手にヤバい方向へ突き進んで行くだけだよな。
せっかく大悟が尽くしてくれているのに、それを身勝手に断ち切っている。
ただの自己中のイカれた女じゃねえか。

母が自殺したからって、その追い込まれ方は異様だ。そこに共感するための心情描写、説得力あるドラマが微塵も無い。 とにかく杏というヒロインが、あまりにも弱すぎる。
祖母のように、「しゃんとせえ」と言いたくなる。
杏が一人じゃないってことは、彼女以外は、みんな分かっていることなんだから。
普通なら、その弱さに同情できるはずなのに、むしろ不快感さえ覚えるというのは、いかに描写が不足しているかってことだ。

(観賞日:2010年4月27日)

 

*ポンコツ映画愛護協会