『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』:2020、日本

ある男は海外のサーバーを経由して警視庁のデータベースにアクセスし、公安部の1996年のファイルをダウンロードした。加賀谷学は恋人の松田美乃里を伴い、稲葉麻美と富田誠の結婚式に出席した。加賀谷は美乃里と付き合って3年になるが、結婚について明確な態度を全く示していなかった。美乃里から「将来について何も言わない」と不満を吐露されると、彼は「考えてる」と反論する。しかし結婚相手として上司に紹介できるのかと問われると、加賀谷は黙り込んだ。
美乃里が腹を立てて「これっきりにしよう」と立ち去ると、加賀谷は追い掛けなかった。美乃里はカフェで友人の安西優香と会い、加賀谷への憤懣を漏らした。すると優香は、加賀谷がゲイで美乃里との交際は隠れ蓑ではないかと指摘した。ある男は店で美乃里を監視しており、フリーWi-Fiを開設した。美乃里はソーシャルブックにアクセスする際、全く気付かずに男のフリーWi-Fiを利用した。男はパスワードを入手し、美乃里のスマホに侵入して情報を盗んだ。
神奈川県足柄市丹沢の山中を訪れた林野庁の職員は、白骨化した女性の遺体を発見した。神奈川県警サイバー犯罪対策室に出勤した加賀谷は主任の野崎準人から、また本庁のホストコンピュータに何者かが侵入して公安の機密を探っていたことを知らされた。室長の三宅卓也がソーシャクブッルクを乗っ取られたため、野崎は対応策を助言した。国有林で女性の遺体が発見されたという知らせを受け、加賀谷は捜査会議に出席した。遺体の近くにあった身分証から、被害者は28歳の長谷川祥子だと推測された。
白骨の発見現場は、浦野善治の犠牲になった女性たちが見つかった場所から近かった。しかし祥子は浦野の犠牲者と異なり、長い黒髪ではなかった。加賀谷は管理官の牧田英俊と警部補の毒島徹から、留置中の浦野と会うよう指示された。浦野は黙秘を続けているが、加賀谷となら話してもいいと言っていた。加賀谷は留置場へ行き、祥子の事件について浦野に尋ねる。浦野はブラックハッカーのMが犯人だと断言し、自分にネット犯罪の全てを教えてくれた相手だと説明した。さらに彼は、被害者は1人とは限らないと口にした。同じ頃、カフェで美乃里の情報を盗んだ男は、マンションの防犯カメラをハッキングして彼女の行動を監視していた。
国有林で2人目の遺体が発見され、身許が祥子の恋人の吉見大輔だと判明した。牧田は吉見と祥子のパソコンを調べたが、不審なデータは見つからなかった。加賀谷は犯人が遠隔操作で消去した可能性に言及し、復元できるかもしれないと言う。美乃里はWEBセキュリティ会社「ITガーディアン」に出勤し、社長の笹岡一と話す。かつて加賀谷は佐々岡と2人で会社を立ち上げたが、辞職して警察官になっていた。社員の藤井未央は佐々岡に、レイラコイン事件の続報が出たことを教えた。58億円の仮想通貨がレイラコイン取引所から盗み出されたが、ホワイトハッカーのJK16がマーキングしたと発表して犯人を挑発するメッセージを出したのだ。
加賀谷は吉見のメールを復元し、Mから仕事を依頼されていたことを知る。さらに他のメールも調べた彼は、ホワイトハッカーの吉見がMの正体を暴こうとして気付かれ、怒りを買って祥子と共に殺されたのだと悟った。加賀谷は牧田から、ダークウェブで活動するMの正体を探るために浦野の手を借りるよう命じられた。浦野はハイスペックのパソコンと希望する食事を用意する交換条件を提示し、ダークウェブに侵入して必ずMを見つけ出すと約束した。JK16の名を使っていた神宮司沙綾子はMの雇った男に拉致され、暴行を受けた。男は沙綾子を殺害し、遺体を船着き場に捨てた。
美乃里は優香に促されて加賀谷をレストランに呼び出し、部屋に置きっ放しになっていた荷物を渡した。加賀谷は連絡が途絶えていたことを詫びるが、美乃里は「壁を感じていた」と告げる。そこへ丹波亮子という若い女性が現れ、加賀谷に「どうして連絡してくれなかったんですか。ずっと待っていたんですよ」と言う。加賀谷は慌てて亮子を外へ連れ出し、気になった美乃里は様子を見に行く。すると亮子の後ろには、「グレイスライフ横須賀」と書かれた車が停まっていた。加賀谷に黙って美乃里が立ち去る様子を、彼女の情報を盗んだ男が駐車場に停めた車内から密かに観察していた。
加賀谷は牧田から電話を受け、沙綾子の遺体が発見されたことを知らされた。刑事部長に呼ばれた加賀谷は、上層部が超法規的措置で浦野の要求を飲んだこと、ただし極秘事項であることを告げられた。浦野は追加条件として、誰にも話していない秘密を教えるよう加賀谷に要求した。浦野には特別留置所が用意され、捜査一課の吉原宏樹が監視を担当した。浦野はバソコンを使い、ダークウェブに侵入した。一方、カフェの男は美乃里のスマホを使い、自宅での様子も観察していた。
浦野は加賀谷に、Mの隠れ家を教えた。捜査隊が山中の小屋に突入するとMは逃げた後で、冷蔵庫に遺体が隠されていた。浦野は加賀谷に「Mに罠を仕掛けた」と言い、「加賀谷という捜査員が丹沢の殺人鬼からの証言で、Mの重要な情報を掴んだらしい」とダークウェブの掲示板に書き込んだことを教えた。美乃里はグレイスライフ横須賀について調べて訪問し、亮子を見つけた。亮子はケアワーカーとして、ホスピスであるグレイスライフ横須賀で働いていた。
亮子は加賀谷の母の志津子が入院していること、加賀谷が一度も会いに来ていないことを美乃里に話した。美乃里は志津子と会い、加賀谷との関係について聞かされた。警察官だった加賀谷の父は捜査中に亡くなったが、詳細は分からなかった。志津子は心を病み、加賀谷を虐待した。美乃里はMから「手を引かないと美乃里を山に埋めるぞ」というメールを受け取り、加賀谷に知らせた。加賀谷は彼女のスマホを調べ、遠隔操作ウイルスに感染していることを突き止めた。
牧田は美乃里に、Mを捕まえるためにスマホを使い続けてほしいと要請する。囮としての利用に加賀谷は反対するが、美乃里は承諾した。刑事の音坂が美乃里の護衛を担当し、連絡用のスマホを渡した。加賀谷はITガーディアンへ出向き、笹岡に事情を説明した。会社に戻って来るよう笹岡が持ち掛けると、彼は「申し訳ありませんが」と断った。Mを見つけ出すにはデータ不足だと加賀谷が感じていると、浦野は餌を撒くよう提案した。具体的な作戦として、彼は加賀谷に県警のサイトでブログを始め、美乃里にはソーシャルブックに外食の記録を付けさせるよう指示した。
沙綾子の殺人に関与した新田という男が、煽り運転の現行犯で逮捕された。沙綾子のクレジットカードを所有していた新田は尋問を受け、車の運転手を務めていたこと、殺人犯は根岸という男であることを証言した。加賀谷は根岸がMではなく、雇われただけの男だと確信した。浦野は加賀谷のブログと美乃里のソーシャルブックに頻繁にアクセスする「ナオキ・ミヤザキ」という人物のIPアドレスを突き止め、加賀谷に教えた。すると加賀谷は違法行為だと知りつつ、その男のパソコンに遠隔操作ウイルスを仕掛けるよう指示した。
浦野は「ナオキ・ミヤザキ」を名乗る男にブログのアドレスをクリックさせ、パソコンのカメラ機能で顔写真を撮影した。ミヤザキの正体は兵頭彰という男で、美乃里を監視している人物だった。前歴者リストと照合しても該当者はおらず、加賀谷は美乃里に兵頭の写真を送付して警戒を促した。彼は美乃里に促されてグレイスライフ横須賀へ向かうが、途中で母に虐待された幼少期を思い出す。加賀谷は「やっと分かったよ。自分の中にあの人が存在してるのが、どうしようもなく怖かったんだ。やっぱり会うのは無理だ」と告げた。
神奈川県警のホームページがリニューアルされるタイミングで、Mに乗っ取られた。Mは時限型のランサムウェアをばら撒き、アクセスした者のパソコンとスマホの機能を停止させた。浦野は多額の借金を抱える吉原に一度だけ手を貸し、次に無心された時は無視した。腹を立てた吉原が特別留置所に乗り込むと、浦野は彼を始末した。美乃里は音坂からのメールで、「Mらしき男が後ろにいるので気付かないフリをしてください」と指示される。しかし美乃里が振り返って視線を向けたため、尾行していた兵頭は警護の存在に気付く。兵頭は逃走し、追って来た音坂を昏倒させた。彼は音坂のスマホを奪って美乃里のメールを確認し、会社へ向かったことを知る。一方、浦野は西巡査を気絶させて制服を盗み、署内のスプリンクラーを作動させて逃亡した…。

監督は中田秀夫、原作は志駕晃『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』(宝島社文庫刊)、脚本は大石哲也、企画プロデュースは平野隆、プロデューサーは刀根鉄太&下田淳行&辻本珠子、共同プロデューサーは星野秀樹&水木雄太、撮影は今井孝博、照明は木村匡博、録音は秋元大輔、美術は塚本周作、編集は青野直子、音楽プロデューサーは桑波田景信、音楽は兼松衆&堤博明&大間々昂、主題歌『どろん』はKing Gnu。
出演は千葉雄大、白石麻衣、井浦新、成田凌、鈴木拡樹、北川景子、田中圭、原田泰造、田中哲司、今田美桜、音尾琢真、江口のりこ、奈緒、飯尾和樹(ずん)、高橋ユウ、ko-dai(Sonar Pocket)、平子祐希(アルコ&ピース)、谷川りさこ、アキラ100%、信太昌之、鈴之助、粟田麗、大迫一平、植木祥平、藤本タケ、山中アラタ、成松修、加藤翔、梅田脩平、横井寛典、石田亮介、鈴木浩文、松島正芳、松木研也、井澤崇行、高橋和貴、垣内健吾、市川貴之、竹田哲朗、岩上隼也、宮島剛之、片岸佑太、Fabris、柳萌奈、縣豪紀、青木鳳、星野卓誠、福島綱紀、井並テン、小松勇司、泉拓磨、仲鉢果林ら。


志駕晃の同名小説を基にした作品。2018年の映画『スマホを落としただけなのに』の続編。
監督の中田秀夫、脚本の大石哲也は、前作からの続投。
加賀谷役の千葉雄大と浦野役の成田凌は、前作からの続投。麻美役の北川景子、富田役の田中圭、毒島役の原田泰造も、1シーンだけ特別出演している。
美乃里を白石麻衣、兵頭を井浦新、笹岡を鈴木拡樹、牧田を田中哲司、亮子を今田美桜、寛子を江口のりこ、優香を奈緒、三宅を飯尾和樹(ずん)、紗綾子を高橋ユウ、野崎をko-dai(Sonar Pocket)、吉原を平子祐希(アルコ&ピース)、未央を谷川りさこ、西をアキラ100%、志津子を粟田麗が演じている。

根本的な問題として、この手の映画で主演を張るには、千葉雄大では荷が重すぎるでしょ。
ラブコメなんかだったら大丈夫だと思うけど、「優秀なサイバー捜査官であり、母に虐待された過去があり、殺人鬼と手を組んで犯罪を捜査しており、恋人が犯人に狙われる危険性があり」というキャラは、厳しすぎる。
苦悩を抱える重厚な芝居を要求されるわけで、どう考えてもミスキャストだわ。
前作から厳しいとは感じていたけど、今回は主役なので、比較にならないほど負担は大きくなっているのよ。

最初に感じたのは、「この期に及んで、そこを模倣しますか」ってことだった。
この映画を見れば、きっと多くの人が容易に『羊たちの沈黙』を連想できるだろう。
『羊たちの沈黙』が大ヒットした後、それを意識した作品は幾つも作られた。でも2020年という時代に、まだ『羊たちの沈黙』の亜流をやるのかと。「何度目の青空か」ならぬ、「何度目の亜流か」と言いたくなる。
成田凌は前作に引き続き、クセの強いサイコな犯罪者を頑張って演じている。でも、それでどうにか出来る問題ではない。
っていうか話が陳腐なので、その上で成田凌がレクター博士の亜流を演じると、余計に陳腐さが際立つ皮肉な結果を招いている。

前作は「スマホを落としただけなのに」というタイトルなのに、ちっとも「だけ」ではなかった。
しかし今回は、もはやスマホを落とすことさえ無い。タイトルと内容が全く合致していないのだ。
しかも、警視庁のデータベースへの侵入も、フリーWi-Fiを開設して美乃里の情報を盗み出す行為も、犯人の目的には何の関係も無い。
完全ネタバレだが、前者は加賀谷が過去の事件を調べるための行動であり、後者は兵頭が疑いを抱いている加賀谷を調べるための行動だ。
犯人はスマホを使った直接的な犯罪など、何も犯していないのだ。

兵頭が美乃里のソーシャルブックを乗っ取るのは、加賀谷を探るための行動のはずだ。ところが彼はカフェで乗っ取った時、美乃里の写真を次々に表示させている。
これによって、観客は「美乃里を狙ったヤバい奴の犯行」と思い込む可能性が高いだろう。
もちろん、そういうミスリードを狙った描写なのは、言うまでもない。しかし乗っ取った人物の正体と目的が判明した時、「整合性が取れないだろ」という問題が生じるのだ。
兵頭の目的からすると全く不要な行動であり、観客を欺くためだけのアンフェア極まりない描写なのだ。

兵頭の目的を考えると、美乃里が自宅で着替えている様子まで粘着質に観察しているのは、全く必要性が無い行為だ。っていうか、彼女の私生活を全て監視する必要さえ無いぞ。そこから加賀谷の何を知ろうと目論んでいるのか。
そもそも加賀谷って、サイパー捜査官としては優秀なのかもしれないけど、普段の行動は隙だらけなのよ。それを考えると、普通に彼を尾行したり監視したりしても気付かない可能性が高いと思うぞ。ここのミスリードは、あまりにも無理があり過ぎてデタラメすぎるわ。
ここのミスリードって、真相が明らかになった時に「そういうことだったのか」と納得できる形じゃないとダメでしょ。
だけど、仕掛けとして破綻していると言わざるを得ない。

兵頭が美乃里を監視した理由として、「警視庁のデータベースをハッキングした犯人のIPアドレスを調べたら美乃里の部屋だった」という言い訳が用意されている。
でも、それで最初に美乃里を怪しんだとしても、ちょっと調べれば加賀谷が恋人なのは簡単に分かるでしょ。そして加賀谷がハッキングした理由を兵頭は分かっているのだから、そこからは彼を調べればいい。
しばらく美乃里を監視して、デートする様子を見るまで加賀谷が恋人だと気付かないのはボンクラすぎるぞ。
あと、なんで加賀谷は美乃里の部屋からハッキングしてるんだよ。下手すりゃIPアドレスを突き止められるリスクは分かるはずで、危険な犯罪に恋人を巻き込むなよ。

浦野が捜査への協力を快諾した時点で、「隙を見て逃げるつもりだな」ってのが何となく予想できる。吉原が浦野に乱暴な態度を取った時点で、「こいつは殺されるか、そうでなくても酷い目に遭うだろうな」ってのが何となく予想できる。
これらの推理は、見事に的中する。
この映画、簡単に推理できることは多いし、その推理が的中する可能性も高い。
そして推理できなかったり当たらなかったりするのは、ミスリードがインチキなモノばかりだ。
だから、騙される心地良さは皆無だ。

私はインターネットやコンピュータに詳しくないので「現実を何も分かってない」ってことなのかもしれないけど、ハッカーたちのキャラがボンクラすぎやしないか。
紗綾子はホワイトハッカーとしてMの盗んだ仮想通貨をマーキングできる能力を持ちながら、警戒心が皆無で隙だらけ。
Mの脅迫に大して強気で逆に挑発するようなコメントを書き込むだけでなく、「どうせ何も出来ない」と高を括ってノホホンとしている。
それなりにMの情報は持っているはずなのに、あそこまで頭の悪そうな行動を取るかねえ。

Mにしても、頭のキレる凄腕ハッカーのはずなのに、やたらと荒っぽい行動を取りたがるのが違和感たっぷりなのよね。なんかキャラ設定がフワフワしているように感じるのよ。
彼はハッキング能力を駆使して大金を手に入れようとしているのだが、一方で刺客を雇って大勢の人を惨殺させている。これが同一人物の犯行には思えないのよ。
「乱暴な手口や殺人には無縁だったが、追い込まれて仕方なく」という形なら、分からんでもないよ。でも彼は以前から浦野に犯行の方法を指南しており、最初から快楽殺人に強い興味があるようにしか思えない。
で、そんな奴と、ハッキングで大金を手に入れようとする奴が頭の中で上手く合致してくれないのよ。
あと、刺客を雇って人を殺させる手口が、ちっとも利口に思えないし。

もう映画を観終わっているので後出しジャンケンに思われるかもしれないけど、この映画って早い段階から1人だけダントツで怪しい奴がいるよね。
「加賀谷と笹岡が2人で会社を創設し、その会社で美乃里が働いている」という設定が明らかになった時点で、笹岡が疑わしさをプンプン漂わせる。まだ彼は何も怪しい行動なんて取っていないけど、犯人候補のダントツのトップに躍り出ている。
しかも、その予想を覆すような他の容疑者は、誰も登場しない。
ミスリード要員が1人も用意されていないため、「最初に疑わしかった奴が、そのまま犯人でした」という何の捻りも無いフーダニットになっている。

終盤のネタバレになるが、会社へ向かった美乃里はM(実は偽者)が雇った半グレ男に拉致される。加賀谷が美乃里を必死で捜索するので、無事に救出するのかと思いきや、半グレに美乃里を人質に取られ、ナイフで刺される。そこへ兵頭が駆け付けて半グレを撃ち、加賀谷は彼がMだと思い込んだまま意識を失う。
つまり、彼は美乃里の救出劇において何の役にも立っていないわけだ。
では、せめて偽Mの正体を突き止めて捕まえる役目は担当するのかと思いきや、これも違う。偽Mの正体は浦野が加賀谷に教えているし、偽Mを逮捕するのは兵頭だ。
こちらでも、加賀谷は何の役にも立っていないのである。
ダメじゃん。

(観賞日:2021年11月30日)

 

*ポンコツ映画愛護協会