『スマホを落としただけなのに』:2018、日本
光友商事で働く富田誠は、取引先の会社へタクシーで向かっていた。恋人の稲葉麻美に今夜のデートでプロポーズしようと考えている彼は、車中でラインの文章を考える。さんざん悩んだ挙句、彼は「今夜のデート、今から楽しみ」とだけ送信した。渋滞に巻き込まれていると知った彼は、プレゼンの時間が迫って来たので途中で降りた。彼は近くの駅へ行くが、電車が止まっていた。スマホをタクシーに落としたことに気付いた彼は、慌てて公衆電話を探し回った。ようやく見つけた彼は会社へ電話するが、一緒にプレゼンをする課長は既に会社を出た後だった。富田は仕事先のビルへ走り、課長と合流した。
派遣社員の麻美は会社から富田にメールを送るが、既読にならないので不安になる。彼女は友人の杉本加奈子に促され、電話を掛けてみた。すると出たのは知らない男で、タクシーでスマホを拾ったと説明する。男は麻美に、「交番へ届けましょうか」と提案した。プレゼンを終えた富田が会社に戻ると、パソコンに麻美からのメールが入っていた。麻美はスマホを拾った人と連絡が取れたこと、横浜のカフェにいるので店員に預けておくと言われたこと、自分がピックアップすることを富田に伝えた。
会社を出ようとした富田は、同僚の小柳守から「ウチに派遣で来ていた稲葉さんと付き合ってるんだって。いい子を捕まえたじゃん」と言われる。富田は小柳と一緒にいた同僚から、彼が麻美を狙っていたと知らされた。富田は麻美からスマホを受け取り、プラネタリウムでデートを楽しむ。彼がプロポーズすると麻美は微笑を浮かべるが、明確な返事はしなかった。次の日、加奈子から返事をしなかった理由について「家族のこと?」と問われた彼女は、「お父さんが亡くなって以来、再婚相手のお母さんとは、ほとんど連絡とってないんだよ」と説明した。
加奈子は大好きな人気バンドの追加公演があると知り、三田大学出身でマスコミ系に強い富田にチケットを頼めないかと麻美に言う。富田は麻美と会ってチケットを渡し、大学の友達に当たりまくったこと、ライブを主催するテレビ局に勤める同級生からソーシャルブックに友達申請が来ていたことを語った。その同級生に頼んだら、たまたまキャンセルが出ていてチケットを取ることが出来たのだと彼は言う。富田はスマホを無くしても大丈夫なように追跡アプリを入れたと話し、麻美のスマホにも同じアプリをインストールした。冨田が改めてプロポーズの返事を尋ねると、麻美は「もう少しだけ時間が欲しいの」と笑顔で告げた。長髪の男は自宅でパソコンを付け、冨田のスマホに仕掛けたアプリで2人の動きを観察していた。
10日前、長髪の犯人は麻美から電話を受けた時、カフェではなく自宅にいた。彼は拾ったスマホの待ち受け画面で長い黒髪の麻美を見て、強い興味を抱いた。男はソーシャルブックで富田の情報を見つけ、誕生日をパスワードに入力してスマホのアルバムをチェックした。麻美がカフェへスマホを取りに行った時、彼は密かに店内で動画を撮影していた。同じ頃、足柄市の山で遺体が発見され、神奈川県警捜査一課の毒島徹たちが捜査に乗り出していた。女性は頭髪を切られ、下腹部を刃物で刺されていた。同じ山を捜索すると、合計5人の女性の遺体が発見された。全員の頭髪が切られており、身許を判別できる遺留品は何も無かった。
麻美は加奈子とランチに出掛けた時、ツーショット写真をソーシャルブックに載せたいと言われる。目立つことを嫌がる麻美に、加奈子は「気になってる人がいる」と告げる。彼女が武井雄哉の名前を出して「大学の先輩でしょ」と訊くと、麻美は知らないフリをした。加奈子は合コンで知り合った武井の同僚の山下と親しくなったことを明かし、彼に色んな男とデートしていると勘繰られないよう友人との写真をアップしたいのだと告げる。麻美は理由を聞き、自分の写真を上げることを承知した。
麻美がソーシャクブックに登録ただけで全く使っていないことを話すと、加奈子はログインさせて料理の写真をアップさせた。その途端に次々と友達申請が届き、麻美はサイバーセキュリティー会社で働く友人の戸部真彦を承認した。武井からも友達申請が届いたため、加奈子は「やっぱり知り合いなんじゃん」と告げた。麻美が富田のLINEでのやり取りを、犯人は全て見ていた。彼はネットでテレビや時計などの高額商品を幾つも注文し、富田のクレジットカードの暗証番号を入力した。
毒島はプログラマーから転職した新人の加賀谷守を伴い、暴走族上がりで中古車販売店勤務の大野俊也を捕まえた。婦女暴行の前科がある大野だが、連続殺人については否定した。加賀谷は大野が同僚のスマホ情報を密かにコピーしていたことを突き止め、金儲けのためだと毒島に教える。意味が分からない毒島に、彼は大野が手を染めていたサイバー犯罪の方法を詳しく解説した。連続殺人事件との関係を毒島が尋ねると、加賀谷は無関係だろうと述べた。
富田は麻美に、クレジットカードで買った覚えの無い請求が届いたことを話す。彼はカード詐欺だと思っており、50万円ほど使われたことを語った。小柳から友達申請を受けた麻美は、映画の話題で好感を抱いていたので承認した。犯人は富田のソーシャグックも狙うが、全くパスワードが分からないので苛立った。警察の調べにより、失踪したデリヘル嬢の池上聡子と遺体の1つの外見が類似することが判明した。聡子は店長と交際していたが、急にメールを送り付けて店を辞めていた。
毒島と加賀谷は聡子の母親を訪ね、たまにメールが届くこと、留守電にメッセージが残っていることを聞かされる。留守電の声を確認した加賀谷は科捜研に分析してもらい、疑似音声だと知った。聡子の母親は娘のスマホに電話を掛け、警察が来たことを留守電に残した。犯人がスマホを破壊したため、警察は位置情報を突き止めることが出来なかった。犯人はスマホを破壊する時、自宅で聡子を惨殺した出来事を思い出した。警察の捜査により、遺体の1つは聡子だと断定された。加賀谷は管理官に、被害者は家族が連絡しづらい地方出身者であり、なおかつ捜してもらえない複雑な家庭環境の可能性が高いのではないかと語った。
麻美は富田から実家へ行きたいと言われ、難色を示す。「何か思い出したくないことでもあるの?」と富田が詮索すると、彼女は苛立って「もうやめてよ、めんどくさいよ」と怒鳴った。帰宅した麻美は、ソーシャルブックに何者かがアクセスを試みた形跡があるという通知を見た。ログイン試行が停止されたのでパスワード変更するよう促され、彼女は指示に従った。それは全て犯人の策略で、彼は麻美が入力した「nanami0118」という新しいパスワードに疑問を抱いた。
麻美は小柳からソーシャルブックに執拗なアプローチを受け、全て無視していた。しかしデートに誘うメールまで届き、麻美から相談を受けた加奈子はストーカーになる恐れがあると警告する。富田が女性と一緒にいる写真が送られてきたため、麻美は彼を問い詰めた。富田は相手が家庭教師をしていた時の教え子である天城千尋だと教え、彼女の姉の結婚式で撮影した写真だと説明する。彼は自分のスマホに入っている同じ写真を見せ、結婚式の後は連絡も取っていない証拠を提示した。
また小柳からデートに誘うメールが届いたため、麻美はハッキリと断った。彼女は加奈子から山下とのデートについて来てほしいと頼まれ、仕方なくレストランへ出向いた。すると山下と一緒に武井が来ており、麻美は顔を強張らせた。武井は加奈子と山下を2人きりにする名目で、麻美と2人になった。武井は今回のデートを自分がセッティングしたと明かし、麻美を口説く。麻美が嫌がっても彼は意に介さず、「美奈代ちゃんのこと気にしてんの?」と問い掛けた。
麻美が黙っていると、武井は「彼女が自殺したって聞いた時は驚いたよ。一緒に住んでたんだよね。事情を知ってんだろ?」と質問する。麻美が店から逃げ出すと、後を追った武井はキスをした。麻美彼を突き飛ばし、罵って走り去った。富田は麻美に連絡し、スマホにロックを掛けられて金を要求されていると話す。麻美が戸部に相談すると、部下を送るという連絡が届いた。麻美と富田が待ち合わせ場所のバーへ行くと浦野善治という男が現れ、戸部が海外出張中なので代理を頼まれたと説明した。彼はスマホを見てウイルス感染だと説明し、すぐにロックを解除した。
バーを出て帰路に就いた麻美は、小柳から「駅で見ましたよ。近くに引っ越しました」というメールが届いたので怯える。彼女が走り出す様子を、犯人が密かに撮影していた。富田がバーにいると、千尋が来て抱き付いた。富田が困惑すると、千尋はメールが来たので嬉しくて会いに来たと話した。彼女は届いたメールを見せるが、富田は送っていなかった。麻美は小柳に改めて断りのメールを送ろうとするが、彼から富田と千尋の動画が送られてきた。バーに戻った彼女は、2人の姿を見ると激怒して立ち去った。
富田が後を追うと、麻美は動画が送られて来たことを話して彼を非難した。富田が釈明しようとしても、彼女は「信じられない」と冷たく告げて全く耳を貸そうとしない。すると富田は「麻美こそ、どうなんだよ」と声を荒らげ、バーにいる時に何者かが送り付けてきた麻美と武井のキス動画を見せた。麻美が慌てて「向こうが勝手にキスしてきただけ」と説明すると、富田は「俺のことは信じないくせに、自分のことは信じろっていうのかよ」と腹を立てて立ち去った。
加賀谷は風俗店を訪れ、博多出身の宮本まゆという女性がメール1通を寄越しただけで数ヶ月前から来なくなったことを知る。まゆには怪しい常連客がいて、来る度に「お母さん」と何度も繰り返した。延長を拒否された彼は、まゆの髪をハサミで切って出禁の処分を受けていた。犯人は武井のソーシャルブックを調べ、「セックスフレンズ」のフォルダを開く。そこにはベッドで撮影された大勢の女性の写真が保存されており、犯人はyamamoto minayoという人物に注目する。ネット検索した彼は、山本美奈代という女性が借金取り立てを苦にして自殺したという記事を発見した。
風邪と嘘をついて会社を休んだ麻美は、小柳から「たった今、麻美さんの恥ずかしい写真をアップしました。麻美さんのソーシャルブックにも送りました」というメッセージを受け取る。それは麻美がベッドで微笑んでいる写真で、富田がスマホに保存していた物だった。麻美は自分のソーシャルブックにログインしようとするが、「パスワードが正しくありません」と表示される。麻美が困惑していると、武井から怒りの電話が入った。武井は恥ずかしい写真をアップしたこと、悪口を拡散していることを批判するが、麻美は身に覚えが無かった。しかし武井は彼女の話に耳を貸さず、早く削除しないと法的手段に出ると告げた。
麻美は加奈子から、自分と武井のキス写真がアップされていること、武井が妻帯者なのに女遊びを繰り返しているという悪口が拡散されていることを聞く。麻美がソーシャルブックを誰かに乗っ取られたと話すと、加奈子は運営会社に電話してIDを削除してもらうよう助言した。しかし麻美はスマホをロックされ、金を要求するメッセージが表示された。犯人は2人目の被害者が宮本まゆだと判明したことを報じるネット記事を見て、彼女を殺した時のことを思い返す。犯人はまゆを自宅で拘束し、幼少期に母から罵られたことを思い出した。彼は「お母さんのこと、大好きだったのに」と叫び、まゆを惨殺した。
麻美は浦野と連絡を取ってバーで会い、スマホのロックを解除してもらう。浦野はスマホを拾った男が犯人だろうと告げ、相手のアドレスにランサムウェアを仕掛けたこと、発信元を突き止めたので警察に通報したことを話す。ネットカフェのアルバイト店員である足立直樹がアパートで遺体となって発見され、加賀谷と毒島は現場へ赴く。足立がネット犯罪を繰り返しているという密告メールが届いて警官が行くと、足立は死んでいたのだ。状況から服毒自殺と見られ、アパートの押し入れからは大量のスマホが発見された。しかしネットカフェを訪ねた加賀谷たちは足立のロッカーに金髪ショートカット女性の写真が貼ってあるのを見つけ、彼が犯人ではないと確信する…。監督は中田秀夫、原作は志駕晃『スマホを落としただけなのに』(宝島社文庫刊)、脚本は大石哲也、企画プロデュースは平野隆、プロデューサーは刀根鉄太&下田淳行&辻本珠子、共同プロデューサーは星野秀樹&水木雄太、ラインプロデューサーは及川義幸、撮影は月永雄太、照明は藤井勇、録音は室薗剛、美術は磯見俊裕&塚本周作、編集は青野直子、音楽は大間々昴&兼松衆。
主題歌「ヒミツ」ポルカドットスティングレイ 作詞:雫、作曲:雫、編曲:ポルカドットスティングレイ。
出演は北川景子、千葉雄大、田中圭、成田凌、バカリズム、要潤、高橋メアリージュン、酒井健太(アルコ&ピース)、筧美和子、原田泰造、桜井ユキ、北村匠海、井上肇、貴山侑哉、松嶋亮太、坂東工、礒部泰宏、折笠慎也、山本哲之、武市真嘉、澤口渉、滝沢涼子、岩井堂聖子、松山愛里、吉岡睦雄、今泉彩良、弓削智久、横山あみ、友咲まどか、香月まゆか、松島史奈、影山祐子、桜ちなみ、高波奈々未、里美まゆ、新垣由奈、麻倉まりな、内ヶ崎ツトム、粟田麗、石堂夏央、青木凰、遠藤颯、川島潤哉、スチール哲平、菅野莉央、青山隼、白勢未生、長村航希、飯田芳、札内萌花、安城うらら、ローファーズハイ!!、オトメブレイヴ他。
志駕晃の同名小説を基にした作品。
監督は『MONSTERZ モンスターズ』『劇場霊』の中田秀夫。
脚本は『無限の住人』『去年の冬、きみと別れ』の大石哲也。
麻美を北川景子、加賀谷を千葉雄大、富田を田中圭、浦野を成田凌、小柳をバカリズム、武井を要潤、加奈子を高橋メアリージュン、大野を酒井健太(アルコ&ピース)、千尋を筧美和子、毒島を原田泰造が演じている。
美奈代役で桜井ユキ、最後にスマホを落とすカップルの男役で北村匠海が出演している。富田がスマホを落としてアタフタする導入部は、かなりユーモラスに演出されている。
スマホを落とした彼は駅に行くが、電車が止まっている。公衆電話を探すが、近くには無い。ようやく公衆電話を見つけて会社に電話するが、すぐに切れてしまう。スマホに全ての情報が入っているので、クライアントに遅刻の報告も入れられない。
そういう様子が、まるでドタバタ喜劇のように描かれている。
まあ喜劇として考えると少し弱いが、いっそのこと「もしもスマホを無くしたら」を描くコメディーとして作ったら面白い映画になったんじゃないかと思う導入部だった。
もちろん、そんな風に思うのは、この映画の出来栄えが芳しくないからだけどね。タイトルは「スマホを落としただけなのに」になっているけど、ちっとも「落としただけ」じゃない。
それ以外でも、幾つもミスを重ねている。
「スマホを落としただけで、それ以降の対処は全て完璧で何の落ち度も無かったのに怖い目に遭う」という話ではないのだ。
つまり、タイトルから想像するような、スマホ依存の恐ろしさを描く映画ではない。
落としたスマホを利用した犯人が次々に罠を仕掛けて、それにハマっていくから怖い目に遭うという話なのだ。とは言え、「ヒロインがスマホを利用した犯人の策略によって追い込まれていく」というサスペンスだけに集中していれば、タイトルに無粋なツッコミを入れようなんて思わなかったかもしれない。
実は「だけじゃない」ってのは、そこだけの問題ではないのだ。
そして、もう1つの方が大きな問題だ。
序盤から麻美は富田との結婚にストップを掛けているのだが、彼女には秘密があって、しかも犯罪が絡んでいるのだ。
でも、それは「犯人が彼女を狙う」という筋書きとは何の関係も無い事件だ。「被害者は地方出身で家庭複雑な女性」という共通点があって、そこに麻美も該当している。だから広い捉え方をすれば、麻美の抱えている秘密は連続殺人事件に関連していると言えるかもしれない。
ただ、彼女が隠している事件は、今回の事件と関係ないからね。
その2つに重なる部分があるわけではないし、「犯人と麻美はコインの表と裏」みたいな関係になっているわけでもない。
終盤になって別の事件が明らかにされても、嬉しい驚きではなく邪魔な要素にしか感じない。ちなみに麻美は富田からプロポーズされた時、微笑を浮かべている。改めて返事を確認された時も、笑顔で少し時間が欲しいと言うだけ。
つまり、「全面的に喜んでいるけど、ただ少し時間が欲しいだけ」という反応だ。
でも実際のところ、彼女は富田に言えない重大な秘密を抱えている。それは絶対に明かせないのだから、富田と結婚することなんて無理なはずなのだ。
それを考えると、ただ笑顔だけの反応は変でしょ。そこは「何か後ろ暗いトコがある」という反応をチラッとでも見せておくべきでしょ。犯人の顔を見せないまま何度も彼の行動を挿入するのは、緊迫感を高めて不安を煽るためには必要な作業だ。ストーリーテリングの上でも、何も間違ったことはしていない。
ただし、どこを見せるのか、何を隠すのかという判断の部分で、間違っていると感じる。
具体的には、犯人が富田のクレジットカードでネット注文するシーン。これ、描かない方がいいでしょ。そして「富田の元へ高額の請求が届く」という様子を、何の前触れも無く見せた方が効果的でしょ。
何があって高額請求が届いたのかは、観客が勝手に想像してくれるはずで。そこは観客の想像に任せてもいいトコだよ。そこの親切さは、余計なお節介でしかない。毒島が大野を逮捕するのは、ものすごく違和感の強いシーンだ。
まず、暴走族上がりで車のナンバープレートの番号をパスワードに使っているような男が、サイバー犯罪で金を儲けているという設定に引っ掛かる。
そこは置いておくとしても、毒島が大野を容疑者とする理由が良く分からない。「婦女暴行の前科がある」という程度で、根拠が薄弱なのだ。
ここは「サイバー犯罪について観客に解説する」というためだけに、かなり不細工な形でネジ込んだシーンにしか思えない。
しかも、そこで解説するサイバー犯罪に連続殺人犯が手を出しているわけでもないんだよね。開始から40分ぐらい経った辺りで、スマホを破壊した犯人が聡子を殺した時の様子を回想するシーンが挿入される。
この映画って、実は現在進行形での殺人が1件も起きないんだよね。終盤までは、犯人が誰かを殺そうとすることも無い。
何しろ犯人の狙いは麻美だけだし、計画に気付いた奴や邪魔な奴を始末するってことも無いんだよね。なので、その辺りで殺人シーンを挟んでおかないと物足りないんじゃないかと思ったのかもしれない。
でも、不細工な構成でしかない。そういうのを入れるなら、複数の殺人シーンを回想で持ち込み、もっと残酷描写を増やすべきだわ。
まゆの時も回想で殺人シーンが入るけど、残酷描写としてはゼロに等しいし。中途半端に入れるぐらいなら、まるで描かない方がいい。
そもそも、加賀谷の軽いノリで余計な緩和を持ち込んでおきながら、半端な回想シーンで取り戻そうってのは考え方がズレてないか。
何かを足す前に、まず要らない物を引いておけば良かったんじゃないかと。麻美は「通知不可能」の相手からスマホに電話が掛かって来た時、平気で受けてしまう。
それまでに嫌な思いもしているはずなのに、なぜ簡単に出てしまうのか。それなりに警戒心はありそうなのだが、都合のいい時だけ脇が甘くなるのね。
その相手は富田だったから何の問題も無かったけど、学習能力が乏しいのかと言いたくなる。
っていうか、こんなツッコミを入れられないように、「富田は麻美と会っている時、スマホがロックされたことを相談する」という形にしておけばいいだろうに。加賀谷は新人なので、毒島が自分の相棒にして聞き込みへ連れて行く。大野を逮捕する時も、加賀谷は毒島と一緒に出向いている。
基本的に刑事ってのは単独行動を取らないし、だから常にコンビで動くのは当然だろう。
しかし風俗店で宮本まゆのことを聞く時だけは、なぜか加賀谷が1人で捜査しているのだ。
そこで彼に単独行動を取らせる理由がサッパリ分からない。毒島がいない理由も、彼がいては困る作劇としての事情も、まるで見えて来ない。風俗店で加賀谷が黒髪ロングのデリヘル嬢に目を向けると、「幼い頃の加賀谷が母親から罵声を浴びせられる」という回想シーンが挿入される。加賀谷は目を閉じてデリヘル嬢の髪に頬を寄せ、気付かれて気持ち悪がられる。
でも、そこでミスリードを狙っても無理があるし、辻褄も合わないだろ。
「加賀谷は幼少期に犯人と同じ体験をしていた」という設定で、「だから犯人の動きが読める」というトコに関連させているけど、その都合が良すぎる設定は何なのかと。
しかも、それ以上に意味ありげな設定ではあるんだけど、実際は事件に何の関係も無いんだし、どういうつもりなのかサッパリ分からないわ。サッパリ分からないと言えば、犯人の麻美に対する行動も同様なんだよね。
それまでの被害者は分かっている限り、風俗嬢だ。そして犯人は店に通った後、髪を切って殺している。
しかし麻美の時だけは、富田と彼女の両方に策略を仕掛け、その関係を悪化させようと目論んでいる。
そこまでの手間と時間を掛けている理由が良く分からない。
もう麻美を標的にしたのなら、さっさと拉致すればいいじゃねえか。なぜ今回に限って、今までとは大きく異なる手順を踏んでいるのか。足立が遺体で発見された時点で、こいつが犯人じゃないのはバレバレだ。
それでも「警察は彼を犯人だと思い込む」という手順を用意しているのなら、しばらくは「足立が犯人」という部分を引っ張るべきだろう。
ところが、その直後に「加賀谷と毒島がネットカフェへ行き、足立は犯人に仕立て上げられたと確信する」という展開がある。それに続いて、「犯人が本性を表す」という展開に突入する。
そうなると、足立のパートが全く要らないモノになっちゃうでしょ。終盤、麻美は富田に「実は過去にこんなことがありまして」ってのを詳しく説明し、回想シーンがナレーションベースで描かれる。
そこで明かされる内容は、「観客に充分なヒントを与えておいて、パズルのピースが1つに組み合わさって」というモノではない。ほとんど事前の情報が無い中で、急にヒロインがベラベラと喋るのだ。
なのでミステリーの「解答編」としては全く成立していない。低品質の2時間サスペンスドラマにも劣る。
あと、それを喋っている間、ずっと犯人が待ってくれているのも、すんげえマヌケだよなあ。(観賞日:2020年5月3日)