『助太刀屋助六』:2002、日本

17歳で江戸へ出ようと故郷・上州の宿場町を飛び出した助六は、仇討ちの助太刀をやったことが病み付きとなった。それ以来、彼は仇討ちがあると助太刀を買って出るようになった。全国を流れ流れて7年が過ぎた頃、彼は久しぶりに故郷に戻り、母の墓参りをした。母は助六が5歳の時に亡くなっており、父に至っては会ったことも無かった。
町に戻ると、誰の姿も見えない。そこへ、幼馴染みで今は番太(小役人)になっている太郎が現れた。太郎は助六に、もうすぐ仇討ちが行われることを話した。脇屋新九郎と妻木涌之助が、7年前に同僚を斬った元八州廻りの役人・片倉梅太郎を討つらしい。
助太刀の仕事が出来たと意気込む助六だが、太郎は「要らない」と言い放つ。脇屋と妻木には、堀田と倉田という2人の浪人が助太刀をするらしい。彼らは、居酒屋“いげた”の中で、仇討ちの検分役である関八州取締出役・榊原織部の到着を待っていた。
“いげた”の2階には、太郎の妹・お仙と、ヤリ手ババアのオトメがいる。お仙は、15両と引き替えに織部の女になることが決まっている。だが、それを知ったお仙は怒り出す。お仙は助六に惹かれており、彼の姿を見つけて喜んだ。
昔馴染みの棺桶屋に向かった助六は、片倉に出会った。助六には、彼が仇討ちされるような顔には見えなかった。助六は片倉に助太刀を申し出るが、殴られて気を失う。意識を取り戻した助六は仇討ちの場所に向かうが、間に合わなかった。棺桶屋に戻った助六は、片倉が自分の父親だと気付き、仇討ちをしようと決める…。

監督&脚本は岡本喜八、原作は生田大作、企画は西岡善信&岡本みね子&猿川直人&森知貴秀、製作は豊忠雄 宮内正喜、プロデューサーは石丸省一郎&西村維樹&藤倉博、協力プロデューサーは龍村庸(?)一&福島聡司&浅田恵介、製作総指揮は中村雅哉、撮影は加藤雄大、編集は川島章正、照明は中岡源権、録音は横野一氏工、美術は西岡善信、題字は山藤章二、音楽は山下洋輔、太鼓は林英哲。
出演は真田広之、仲代達矢、鈴木京香、村田雄浩、岸田今日子、小林桂樹、岸部一徳、鶴見辰吾、風間トオル、本田博太郎、友居達彦、山本菜々、竹中直人、宇仁貫三、嶋田久作、田村奈巳、伊佐山ひろ子、岡本真実、佐藤允、天本英世、長森雅人、水口てつ、平井靖、根本一也、東田達夫、山崎貴司、大石昭弘、岩田智行、城戸光晴、鎌倉太郎、福沢賢、進藤健太郎、羽原伸太郎、滝藤賢一、足立龍弥、せきよしあき、左藤慶、大沢恵介、高東楓、井上唯我、田中宏明ら。


岡本喜八が1969年に撮ったTVのシリーズドラマの一編を、自身でリメイクした時代劇映画。助六を真田広之、片倉を仲代達矢、お仙を鈴木京香、太郎を村田雄浩、オトメを岸田今日子、棺桶屋を小林桂樹、織部を岸部一徳が演じている。

この映画、配役に無理がある。
17歳で飛び出して7年後ということは、助六は24歳だ。いくら真田広之が年の割に若々しいとは言っても、24歳というのは無理があるだろう。特に24歳でなければならない必然性も感じないし、年齢設定は変えても良かったのでは。
太郎も助六と同い年だから24歳で、だから妹のお仙は24歳より年下ということになる。村田雄浩の24歳というのも無理があるし、鈴木京香も無謀な配役だ。そもそも老け顔の彼女が「おぼこ」の役って。
お転婆娘なら彼女以外の女優を選ぶべきだし、彼女を起用するなら、もっと落ち着いた女性、いっそ出戻り女ぐらいの設定の方が合う。

冒頭、岸田今日子のナレーションが入り、幾つもの仇討ちシーンを短い時間で連続して見せながら、助六が助太刀屋になって7年が過ぎるまでの経緯が説明される。
この滑り出しの段階で、この映画はミステイクを犯していると思ってしまった。
最初は幾つもの仇討ちを短く連続して見せるのではなく、1つの仇討ちだけをキッチリと見せた方がいい。そして、そこで刀を使わない助六の荒っぽいチャンバラを示した方がいい。そして、それが終わった後に、登場人物の言葉によって彼の人となりを説明する。そういう形の方が、スンナリと入っていけたと思う。

急に1シーンだけ助六のモノローグが入るとか、短い回想シーンが1シーンだけ入るとか、殺された片倉の姿を後ろから引いた絵でしか見せないとか、妙な演出が気になる。
終盤に、それまで姿を見せていなかった町の人々がゾロゾロと現れて助六の死を悼み、役人に石を投げ付けるという展開も、かなりヘンテコだしなあ。

うるさすぎると思える真田広之のオーヴァーアクトや、悪役にしてはコミカルな味付けとなっている織部のキャラクターなどから考えて、おそらくドタバタ調の軽快な活劇にしたかったのではないかと思うのだが、それにしてはテンポがノロいんじゃないだろうか。
スピーディーに進めて勢い良く突っ走らないと、オープンセットの「空間が閉じられている」という感覚も、強く伝わってしまう。あと、内容が薄い。その薄い中身を、無理に引き伸ばしているように思える。もっと動きを増やすなり、サブキャラクターに厚みを持たせるなり、サブストーリーを展開させるなり、何かやらないと、間延びした印象が残る。

助六が仇討ちを始めてからの登場人物の動きが、良く分からない。2階に逃げた助六がどうやって外に逃げたのか、どこをどう動いて敵に近付いたのか。キャラクターの位置関係や動きをキッチリ示してこそ、セットを使った活劇の醍醐味が生まれると思うのだが。
まあ活劇と言っても、いわゆる“チャンバラ”は見られないんだけどさ。
助六の仇討ちは、近付いたら一太刀で決まってしまうので、刀で戦うようなことは無いのだ。
せっかくデューク真田に刀を持たせているのに、マトモなチャンバラシーンが無いのは、淋しい気がするなあ。

 

*ポンコツ映画愛護協会