『総理の夫』:2021、日本

鳥類学者の相馬日和は早朝から自宅で庭に集まる鳥たちを観察し、朝食を作って妻の凛子を起こした。凛子は直進党の党首を務める政治家で、結婚12年目を迎える夫婦の関係は円満だった。日和は大学の研究グループと共同で渡り鳥の調査をするため、10日間の予定で北海道へ出張することになっていた。彼が出掛ける直前、凛子は「もし私が総理大臣になったら、何か貴方に不都合がある?」と質問した。日和が戸惑うと、彼女は「ううん。いってらっしゃい」と詳しい説明を避けた。
日和は北海道に到着し、電波が届きにくい場所で調査活動に没頭した。出張を終えて新羽田国際空港に降り立った日和がスマホを開くと、大量のメールが届いていた。大勢のマスコミに囲まれて質問を浴びた彼が困惑していると、富士宮あやかが現れた。彼女は「この人、まだ一般人なんで」とマスコミに言い、日和を車に乗せて空港を出発した。あやかは直進党の広報部職員だと自己紹介し、今後の連絡に使う専用のスマホを渡した。日和は何も知らなかったが、彼の出張中に凛子は内閣総理大臣に任命されていた。
あやかは日和を勤務先である善田鳥類研究所まで送り届け、勝手に外出しないよう注意して去った。研究所の所長である徳田実、研究員の窪塚豊と幡ヶ谷卓はファースト・ジェントルマンになった日和を祝福し、研究員の伊藤るいは号外を手に入れた。凛子は直進党の幹事長を勤める小津智祐に、連立内閣の要である原久郎に動きがあれば報告するよう指示した。秘書の島崎虎山は凛子に、「今日からは日本で最も忙しい人になります」と告げた。
研究所には日和への取材を求める電話が殺到し、徳田たちは仕事にならなかった。日和は母の崇子から届くメールや電話を無視していたが、彼女は研究所まで乗り込んで来た。日和の実家はソウマグローバルという財閥企業で、兄の多和が会社を継いでいた。崇子は何の連絡も無いまま凛子が総理になったことに納得しておらず、国会議事堂へ乗り込むと言って日和を車に乗せた。日和はあやかからの電話で、勝手な外出を注意された。あやかはGPSで居場所を確認しており、日和は母と国会議事堂へ向かっていることを明かした。あやかは今すぐ戻るよう指示し、母に逆らえない日和は慌てて電話を切った。
崇子は国会議事堂に乗り込むのが冗談だと言い、そのまま通り過ぎた。彼女は日和のテレビ映りが悪いと指摘し、ハイブランドのスーツを買い与えた。研究所に戻った日和は、あやかからスーツを脱ぐよう指示され、自覚を持つよう説教された。帰宅した彼は眠り込み、12年前にプロポーズした時のことを夢で見た。日和が目を覚ますと、凛子が帰宅していた。日和は日本で初めての女性首相となる凛子に対し、応援する言葉を口にした。
相馬内閣が発足し、小津は官房長官に就任した。凛子は8年前に直進党を立ち上げ、議席数が少ないながらも飛躍のチャンスを狙っていた。そんな中、一党独裁状態だった与党を離脱した原久郎の民心党が直進党と手を組み、選挙で大躍進して凛子を首相に担ぎ上げたのだ。凛子の人気は高く、消費税増税法案に言及しても内閣支持率は63%と高いままだった。発足から1ヶ月が経過した頃には、凛子のファンの「凛子ジェンヌ」だけでなく日和ファンの「ひよラー」まで自宅の前で出待ちするほどになった。日和はあやかが運転する車に乗り、凛子ジェンヌやひよラーに愛嬌を振りまきながら自宅を出た。
あやかはシングルマザーで、近くの寮から子供を保育園に送っていた。彼女は離婚でシングルマザーになった頃、子供が熱を出して早退や欠勤を繰り返したため、自主退職に追い込まれそうになっていた。疲弊していた彼女に手を差し伸べ、雇ってくれたのが凛子だった。日和はあやかから、来週の日曜日には総理公邸に引っ越すことを知らされた。研究所に着いた日和はヒシクイの季節外れの南下を知り、北海道への出張を徳田に訴えた。しかし徳田は「何日も留守にして別居報道でも出たら申し訳ない」と言い、その要求を却下した。
引っ越し当日、日和は相馬本家の音羽御殿へ挨拶に訪れた。多和は凛子の増税方針に腹を立てており、日和に文句を付けた。日和にあやかから電話が掛かって来ると、崇子は執事の田所にスマホの電源を切らせた。日和は崇子のゴルフに付き合わされ、総理公邸に到着すると、あやかは勤務時間を終えて帰宅していた。島崎は彼女が怒っていたことを日和に告げ、公邸を案内した。各部屋に監視カメラが設置されているのを見た日和は驚き、寝室の大きさやベッドの距離に困惑した。
日和は凛子と時間が全く合わず、カナダ首相との会談を報じるテレビのニュースを見て、髪を切ったことに気付いた。彼は無用な外出を控えるため、いつも研究所であんぱんばかり食べていた。るいは彼のために、手作りの弁当を用意した。日和は「恩は必ず返す」と言うと、るいは護国寺の相馬邸へ行きたいと頼む。相馬邸に置いてある世界鳥類全集の記述を論文に引用したいので、スキャンさせてほしいのだと彼女は説明した。日和は「仕事ならあやかにも文句は言われないだろう」と自分に言い聞かせ、専用スマホを研究所に置いたまま、るいを家へ連れて行くことにした。
るいは相馬邸な着くと「暑くなった」と上着を脱ぎ、窓を開けてほしいと日和に頼んだ。彼女は日和を庭に連れ出し、腕を組んで体を密着させた。るいは日和を誘惑する素振りを見せ、家族のことで同情を誘って抱き付いた。るいは電話を受けると、「今のは忘れてください」と告げた。5日後、日和は電話で原に呼び出され、るいが腕を組んでいる写真を見せられた。原は写真を撮影した政治記者の阿部久志が1千万円を要求してきたと話し、穏便に済ませるよう促した。日和が帰宅すると、凛子は文科大臣の不正献金疑惑が報じられた件で島崎や小津と相談していた。日和は金を支払うと決めて阿部にメールを送り、送金の銀行口座を指定された。
翌日、日和は日休みに銀行へ赴き、金を送ろうとする。しかし会見を開いた凛子が「何一つやましいことがあってはならない」と話す様子をテレビで見た彼は、送金を取り止めた。銀行を去った日和は、るいが自宅前にいたひよラーの男から金を受け取る現場を目撃した。その男が阿部だと確信した日和は、逃げる彼を追い掛けた。日和は写真を消してほしいと頭を下げるが、金の支払いは拒否した。怒った阿部が掴み掛かると、あやかが現れてスマホで動画を撮影しながら「恐喝の証拠は押さえました」と通告した。阿部がスマホを奪おうとすると、彼女は余裕で捻じ伏せた。
現場には凛子も来ており、あやかの追及を受けた阿部は黒幕が原だと白状した。日和が金を支払うか否かに関わらず、写真は週刊誌に出る予定になっていた。原は最初から総理の座を狙っており、そのために凛子を引きずり降ろそうと目論んでいたのだ。日和は凛子から写真の件を問われ、慌てて釈明した。研究所へ赴いた凛子はるいと会い、困っていることを教えてほしいと告げた。彼女の優しく穏やかな対応を見て、るいはすっかり「凛子ジェンヌ」へと変貌した。
年が明けて元日、凛子は日和と共に原の家へ挨拶に出向いた。原は2人を笑顔で歓迎するが、「消費税増税法案には同意しかねる」と言い出した。凛子は困惑し、民心党が反対に回れば法案は通らないと告げる。凛子が連立を離脱して内閣不信任案を出すつもりだろうと指摘すると、原は明確な返答を避けた。しかし原が予定通りに連立を離脱したため、凛子は内閣不信任案が提出される前に衆議院を解散して総選挙に打って出た。凛子が選挙活動で地方を行脚することになり、日和は地元を回る仕事を担当した。実家に顔を出した彼は多和に非難され、崇子は選挙が終わるまで敷居を跨がないよう要求した…。

監督は河合勇人、原作は原田マハ『総理の夫 First Gentleman』(実業之日本社文庫)、脚本は松田沙也&杉原憲明、製作は鳥羽乾二郎&村松秀信&西新&佐藤政治&今村俊昭&渡辺章仁&與田尚志&岩野裕一、エグゼクティブプロデューサーは福家康孝&柳迫成彦&三輪祐見子、企画・プロデュースは谷戸豊&橋本恵一、プロデューサーは山本章、共同プロデューサーは小久保聡&大森氏勝、キャスティングプロデューサーは福岡康裕、撮影は木村信也 照明は石黒靖浩 美術は黒瀧きみえ 録音は日下部雅也 編集は瀧田隆一、音楽は富貴晴美、主題歌『アイヲトウ』はmiwa。
出演は田中圭、中谷美紀、貫地谷しほり、工藤阿須加、松井愛莉、岸部一徳、余貴美子、嶋田久作、寺田農、片岡愛之助、国広富之、木下ほうか、米本学仁、長田成哉、関口まなと、登坂淳一、田山由紀、山田桃子、福田成美、大沼百合子、佐藤まんごろう、小松樹知、ROMI、羽柴志織、小池真護、武田晋、今泉雄土哉、浦田統、永尾柚乃、後藤成貴、ドン・ジョンソン、矢崎まなぶ、吉田英成、軍司眞人、野杁俊希、内藤聖羽根、南久松眞奈、川崎裕子、平松実季、本藤稟子、宮本千奈津、平島茜、都倉彩加、瀧マキら。


原田マハによる同名小説を基にした作品。
監督は『ニセコイ』『かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜』の河合勇人。
脚本はTVドラマ『水球ヤンキース』『流星ワゴン』の松田沙也と『貞子』『青くて痛くて脆い』の杉原憲明による共同。
日和を田中圭、凛子を中谷美紀、あやかを貫地谷しほり、島崎を工藤阿須加、るいを松井愛莉、原を岸部一徳、崇子を余貴美子、小津を嶋田久作、衆議院議長を寺田農、医師を国広富之、徳田を木下ほうか、阿部を米本学仁、幡ヶ谷を長田成哉、窪塚を関口まなとが演じている。

「日和が出張したのは電波が届きにくい場所」という設定を用意して、「凛子は内閣総理大臣に任命されたのを知らなかった」という状況を成立させている。
だけど、妻との関係が良好であるのなら、新羽田国際空港に着く前にメールを確認したり、電話を掛けたりしないのか。
あと、そもそも出張前に、凛子が「もしかしたら首相になるかも」という状況を説明しておくべきだろ。それを言わないままで10日間の出張に送り出すのは、不誠実にしか思えないぞ。
自分が首相になったらマスコミが日和を追い掛けて、迷惑を掛けるのは分かり切っていることなんだし。

凛子は日和から「総理大臣になったんだよね」と訊かれて、ようやく「驚かせてゴメン」と軽く笑いながら言うだけ。まるで悪いと思っている気配が無い。総理大事になる前も後も、日和に対する思いやりや気遣いが薄い。
本当なら、これってプリキュアシリーズが世の女性たちに教えてくれたような、「女の子は何にだってなれる」というメッセージを体現するような物語だと思うのよ。
だから頑張っている女性にエールを送るような映画であるべきだし、凛子は無条件で応援したくなるような女性であるべきだと思うのよ。
それなのに、色々と問題が多すぎる。

消費税増税法案に言及しても内閣支持率が高止まりするほど凛子は大人気で、追っ掛けのファンが日和を出待ちするシーンもある。
だが、「そこまで凛子の人気が高い理由は何なのか」という答えは、特にこれといって用意されていない。「政治家としての手腕」や「提唱している政策や方針」を理由とするには、そこに関する描写が全く足りていない。
なので、「見た目のいい女性だから」というだけで人気になっていると捉えたくなるのだが、そういう方向で味付けしているわけでもないんだよね。
「そういう薄っぺらい理由で支持率が高い」というのをネタにしたり、政治風刺として使ったりしているわけではないのよね。

日和はあやかから、総理の夫として自覚を持つよう説教されている。だが、それ以降も彼の行動には、ファースト・ジェントルマンとしての自覚が乏しい。
一応は「無用な外出を避けるべし」という指示に従っている様子が描かれているが、るいと2人で自宅へ行くんだから、どんだけ不用意なのかと呆れてしまう。「仕事だから大丈夫だろう」って、そんなわけないだろ。
しかも専用スマホまで置いていくし、もう「浮気を疑ってください」と言っているようなモンだよ。
これは原の仕掛けた策略だけど、そうじゃなくても若い女性と2人になったら、パパラッチに狙われても仕方が無いぞ。

「日本で初めての女性総理」の動きをほとんど描かないだけでなく、「日本で初めてのファースト・ジェントルマンの生活」を丁寧に描く意識も乏しい。
「総理の配偶者になると、こんな風に生活が変わる」という、「貴方の知らない業界の裏側を見せます」的な面白さは皆無に等しい。
ファースト・ジェントルマンの戸惑いや苦労を、ドタバタ喜劇として充実させているわけでもない。
上映時間は121分だが、尺に対して中身が薄すぎるぞ。

「原が凛子を引きずり下ろすため、日和にハニートラップを仕掛ける」ってのは、コメディーのネタとしては分からなくもない。しかし、それを日和にとって最大の、っていうか唯一のピンチとして用意されると、「なんか安い話だな」と感じてしまう。
政治や政界の上澄みのような部分だけを掬ってばかりで、「女性総理と、その夫」という設定じゃなくても良くないかと思ってしまうのよ。その設定が出オチと化していて、それ以降は大して意味が無いモノになってないか。
こんなことなら、「大企業の社長を急に引き継いだ女性と、その夫」という設定にでもした方が良かったんじゃないかと。
政界を扱っている部分に、面白さがほとんど見えて来ないぞ。

政治活動に関して、日和は基本的に関与できない。なので、「総理の夫はつらいよ」という部分で話を厚くするしか手は無いんじゃないかと思うのだが、どういう演出方針なのかが良く分からないまま時間だけが過ぎていく。
後半に入ると凛子が総選挙に打って出るので、そこでは日和も政治活動に積極的に関わることが可能となる。
ただし物語としては、慌ただしさを強く感じる。
しかも、日和の選挙活動を厚く描くわけじゃなくて、すぐに別の場所に視線を向けているし。

あと、凛子は消費税増税の是非を問う形で総選挙に打って出るのだが、その法案を対決の理由にするのは、かなり問題があるんじゃないか。
それって、どう考えても国民が手放しで賛同してくれるような法案じゃないでしょ。
そりゃあ理由によっては賛成も増えるかもしれないけど、「凛子の方針だから」ってだけで増税法案を「正義」として描かれると、全く賛同できないわ。
「財政再建と社会保障のため」と言われても、「だったら無条件で賛同すべきだよね」とはならんぞ。

選挙戦の途中、凛子は妊娠が発覚する。日和が仕事との両立を心配すると、彼女は「世界にはロールモデルがいる。女性の社会進出が遅れ、少子化が進む日本で、この妊娠は意味がある物になる」と語る。
さらに彼女は、総理代理を置くことは内閣法で認められていることを説明し、選挙に勝利したら産休や育休を取る考えを話す。そして彼女は選挙戦に勝利し、第二次内閣を発足させる。
切迫流産の危機で入院した彼女は、それでも仕事を続けようとする。あやかが心配になって妊娠をマスコミにリークすると、凛子は自分が間違っていたと感じ、総理を辞めると決める。
でも、それは絶対にダメな選択でしょ。

序盤、あやかが凛子から手を差し伸べられた時のことを日和に話すシーンで、「子供を産んだ後、育児と仕事の板挟みになる女性の悩みに、凛子さんは本気で向き合ってくれる」と言っている。
だからこそ、終盤に入って凛子の妊娠が発覚した時、「育児休暇を利用し、総理を続けながら出産する」という結末を用意すべきではなかったか。
そこで「育児を優先して総理の仕事を辞める」という結末を用意するのは、ダメな選択じゃないのか。
それは男性優位な社会の考え方に迎合しており、今までの話を台無しにする結末じゃないのか。

妊娠が発覚した時に、凛子は「仕事も新しい命も、絶対に諦めない」と言っていた。だったら、総理代理を置いて育休を取れよ。自分で言っていた計画だろうに。
休まずに総理の仕事を続けようとするから無理が生じるわけで、代理を置けば「仕事も新しい命も諦めない」という目標も実現できるはずでしょ。
「女性は出産や子育てのために仕事を諦めなければいけない」という日本の現状を変えるために、凛子は政治家になり、総理になったんじゃないのか。
なんで自らの手で、ちゃぶ台を引っ繰り返しているんだよ。

「妊娠した女性が首相の仕事を続けたまま出産できるのか」という部分で、「それは現実的か否か」なんて真面目に考える必要なんて無い。ホントはダメなことだけど、この映画は「あたかもリアリティー」を全く築き上げることが出来ていないんだから。
どうせ消費税増税に言及しても支持率が全く落ちないとか、色んなトコで非現実的な設定や展開を通しているのよ。
そもそも、今の日本だと、「史上最年少で女性が首相になる」という根本の設定からして、残念なことではあるけど「非現実的」と言わざるを得ないんだし。
だから最後だけ現実的な答えに着地しても、何の意味も無いのよ。

総理辞職を決めた凛子が会見を開くことに決めると、日和は会場に駆け込む。そして彼は大勢のマスコミの前で、凛子に向かって長々と講釈を垂れる。泣きそうになりながら、「これは後退なんかじゃなく、勇気ある前進だ」などと全面的に応援する言葉を語る。
ここに2分ほど費やすのだが、まあ疎ましいことと言ったら。
そもそも勇気ある前進なんかじゃなくて、明らかに後退だし。
ここを感動的なシーンとして演出しているけど、むしろ腹立たしさを覚えるほどだ。

でも、そんな無理でもしないと、日和に見せ場を用意できないんだよね。
妊娠が発覚した後、日和があやかに「何か出来ることは?」と尋ねて「何もありません」と即答されるシーンがあるけど、そんな感じなのよね。
ホントに、ただの傍観者でしかない時間が大半なのよ。
だからって「夫の目から見た女性総理を描く」という内容になっているわけじゃなくて、あくまでも日和を主人公として扱おうとするので、最後で醜さしか感じない見せ場を用意しているわけだ。

(観賞日:2023年4月15日)

 

*ポンコツ映画愛護協会