『総長の首』:1979、日本
浅草。関東大震災の炎と煙で声と言葉を失った娼婦の木内朝子は客を取り、ホテルへ向かった。朝子のヒモである新堂卓は尾行し、ホテルの前で仕事が終わるのを待った。金井鉄男は敵対する一団と喧嘩になるが、警官が来たので逃亡した。スベ公グループ「浅草白梅団」の首領だった井関小夜子は足を洗った後、実家の貸衣裳屋を手伝っていた。ペンキ屋の長谷部稔は店を訪れ、服を借りた。稔は洲崎の浮世という女に絵描きだと自己紹介して惚れさせ、会う約束を取り付けていた。そこへ弟分の鉄男が来て、先程の出来事を稔に語った。
卓は仕事を終えた朝子から稼いだ金を回収し、その場を去った。鉄男はキャバレーへ赴き、踊り子である春海ナナ子の楽屋に花束を持って行った。卓は惚れている小夜子を訪ねてダンスホールに誘うが、軽くあしらわれた。彼は知らなかったが、小夜子には木村一生という恋人がいた。鉄男はお好み焼き屋へ行き、ナナ子の後援会結成準備会に参加した。近代婦人社の編集部に勤務する白崎銀子は、ナナ子と参加者の集合写真を撮影した。
卓がお好み焼き屋に来ると、2階の四畳間で暮らす喜劇役者の海野蛸八が売れないせいで仲間2人に愛想を尽かされていた。卓が蛸八を下に呼んで喋っていると、銀子が声を掛けた。彼女は浅草特集をやるので話を聞かせてほしいと言い、名刺を渡した。関東侠友会の中西と望月は、花森組の賭場荒らしを繰り返していた。花森組傘下の血桜団で団長を務める八代一明は激怒して掴み掛かろうとするが、代貸の大塚信之に制止された。
帰宅した一明は、弟の順二から手紙が届いたことを妻の邦代に知らされた。順二は上海にいて、近い内に東京へ戻ると手紙に書いてあった。一明は兄貴分の松井治郎から「侠友会の三下に舐められてたら、渡世内に顔向けが出来ない」と言われ、自分に任せてほしいと告げた。団員の卓、鉄男、稔は一明から連絡を受け、映画館にいた中西と望月を発見して射殺した。一明は徴兵検査前で刑が軽くなる高森と土屋を指名し、犯人として警察に行くよう告げた。
大塚は一明を殴り付け、侠友会は3000人で花森組は450人という数の違いを指摘する。彼は「テメエに盃をやったのは侠友会と事を起こすためじゃねえんだ」と叱責するが、組長の花森庄造は一明を称賛して自分が盃を与えると述べた。侠友会は幹部会を開き、有田栄吉は中西と望月が悪いと語った。しかし代貸の小池勝利はケジメを付けるべきだと主張し、花森と兄弟分である有田に疑いの目を向けて「どっちの味方なんだ」と詰め寄った。
小池は票を入れて決めようと提案し、子分の木村一生に投票用紙を配らせた。「落とし前を付ける」という意見への賛成票が9、反対が1、白紙が2で、小池の主張が通った。有田は子分の丹波誠から、小池が軍の少将や右翼と手を結ぼうとしていることを知らされた。丹波は有田から花森組と話を付けてほしいと頼まれ、兄弟分の大塚に会うことを引き受けた。しかし彼が動く前に、銭湯に入っていた一明が卓の目の前で殺し屋に始末された。上海から戻って来た順二は、一明の死を知った。
有田は一明の告別式に参列し、それを知った玉井は小池に「勢力を拡大して二代目を継ごうって腹だ」と告げる。行動するよう求められた小池は、「規律を乱す奴は破門や絶縁も仕方が無い」と述べた。卓たちは小池を殺そうと目論むが、怖気付く者も多く、集まったのは6人だけだった。指揮官が必要だと考えた彼らは順二の元へ行き、血桜団の二代目を継いでほしいと頼む。しかし順二はヤクザじゃないからと断り、兄のペンキ屋を継ぐと告げた。
順二は手紙で回転木馬の前に呼び出され、銀子と会った。銀子は順二が付き合っていたカフェーの女給、アヤの妹だった。順二が銀子と会うのは初めてで、アヤに瓜二つなので驚いた。銀子は姉を捨てて大陸へ行った彼を非難し、姉が自害したことを明かした。アヤは自分を捨てた順二に恋焦がれて苦しみ、最後は狂って身投げしていた。順二が酒を飲みながら昔語りを始めると、銀子は「虐げられた民衆を救うはずのアナスキトが女一人救えず、石ころのように捨てて死に追いやった」と指摘した。
順二は「どうやら、俺の歩いて行く方向も決まったようだ。アンタも、もう浅草なんぞに足踏み入れねえ方がいいぞ」と言い、「これで私の浅草も終わりね」と呟く銀子と別れた。有田は関東侠友会からの破門状を受け取り、激怒する丹波を一喝した。陸軍の多田源三郎少将邸を訪問した小池は、憂国連合会を結成して国のために役立ってくれと要請された。順二は屋敷から出て来る小池を待ち伏せ、殺害しようと目論む。しかし先に丹波が飛び出し、小池の盾になった木村を刺し殺して取り押さえられた。
順二は卓、鉄男、稔の元へ行き、一緒に兄の仇討ちを果たそうと告げた。蛸八は浅草の舞台への売り込みに失敗し、年が明けると漫才師としてドサ回りの一団に加わった。しかし彼は失敗が多く、相方に三下り半を突き付けられた。パントマイムの男は芸が全く受けずに悪酔いし、「こんなドサの客に俺の芸が分かってたまるか」と荒れた。順二は二日後に小池が横浜の法事に出る情報を聞き付け、明日の昼過ぎに卓たちと集まることにした。
死を覚悟した稔は洲崎へ行き、浮世を抱いた。浮世は肺病を患っていて喀血し、驚く稔に「借金があるので店には言わないでほしい」と頼んだ。鉄男はナナ子を誘い出し、公園で会話を交わした。そこへ刑事が現れて「あまり大きな顔、出来ねえんじゃねえか。海の向こうのアサちゃんが」と口にすると、鉄男は必死の形相で「言わないで下さい」と懇願した。卓は朝子の稼いだ金を奪い取り、貸衣裳屋へ向かう。木村の死を嘆いて小夜子は悪酔いしていたが、事情を知らない卓は弱っている彼女を抱き、一人で小池を殺そうと決意した。
翌日、卓がペンキ屋に現れないため、順二は自分たちだけで小池を殺そうと告げる。しかし稔が「卓は1人で突っ込むつもりでは」と口にしたので、順二は早急に見つけ出すよう指示した。卓がお好み焼き屋に行くと、ドサ回りを終えた蛸八が元気の無い様子で現れた。彼は下宿代の支払いを待ってほしいと女将に頼むが、断られてしまった。卓は女将の言葉で、小夜子が愛する相手を失くしてヤケになっていることを知った。蛸八は卓に役者を辞めるので仲間に入れてほしいと頼み、「なんかデカいことわやりたいんだ」と訴えた。
卓は店に来た芸者たちの会話を聞き、関東侠友会の会長である緒方千之助が料亭「菊水」で宴会を開くことを知った。彼は料亭へ乗り込み、緒方を撃って逃亡した。緒方は一命を取り留め、病院に駆け付けた小池は有田組の犯行を疑った。刑事の取り調べを受けた有田は、関与を否定した。花森は大塚に、血桜団に小遣いを渡して逃がすよう命じた。松井から血桜団を切り捨てて侠友会と和解すべきだと意見された彼は、もう後には引けないので性根を据えろと告げた。
順二は花森から面会を希望されるが、花森組と関わる気は無かった。蛸八は順二たちに、お好み焼き屋の女将が卓の情報を侠友会に話していたことを伝えた。卓が病院に乗り込んで緒方を仕留める考えを口にすると、順二は単独で突っ走らないよう釘を刺した。順二が大塚から受け取った小遣いを分配すると、蛸八は血桜団に入れてほしいと訴えた。小池は侠友会の面々を集め、花森組への総攻撃と血桜団の皆殺しを命じた。浅草では激しい抗争が勃発し、次々に犠牲者が出た。銀子は蛸八を発見し、順二の隠れ場所を聞き出した…。監督は中島貞夫、脚本は神波史男&中島貞夫、企画は俊藤浩滋&本田達男&田岡満、撮影は増田敏雄、照明は金子凱美、録音は荒川輝彦、編集は市田勇、美術は井川徳道、擬斗は上野隆三、振付は藤間紋藏、音楽は森田公一、主題歌『夕陽に走れ』はジョニー大倉。
出演は菅原文太、鶴田浩二、安藤昇、梅宮辰夫、清水健太郎、ジョニー大倉、小倉一郎、三浦洋一、田中邦衛、舟木一夫、夏純子、森下愛子、松田暎子、池玲子、マキノ佐代子、橘麻紀、成田三樹夫、岸田森、小池朝雄、樹木希林、金子信雄、西村晃、織本順吉、品川隆二、遠藤太津朗、市川好郎、片桐竜次、笹木俊志、細川純一、松本泰郎、奈辺悟、レツゴーじゅん(逢坂じゅん)、司裕介、津野途夫、幸英二、志茂山高也、藤沢徹夫、藤長照夫、土橋勇、木谷邦臣ら。
『日本の首領 野望篇』『日本の首領 完結篇』の中島貞夫が監督を務めた作品。
脚本は『カラテ大戦争』『高校大パニック』の神波史男。
順二を菅原文太、有田を鶴田浩二、花森を安藤昇、小池を梅宮辰夫、卓を清水健太郎、鉄男をジョニー大倉、蛸八を小倉一郎、稔を三浦洋一、丹波を田中邦衛、木村を舟木一夫、白崎銀子を夏純子、ナナ子を森下愛子、浮世を松田暎子、小夜子を池玲子、邦代を橘麻紀、松井を成田三樹夫、銭湯の殺し屋を岸田森、一明を小池朝雄、お好み焼き屋の女将を樹木希林、ルンペンを金子信雄、パントマイム芸人を西村晃、玉井を織本順吉、大塚を品川隆二、多田を遠藤太津朗が演じている。
朝子役のマキノ佐代子はマキノ雅弘の長女で、これが映画デビュー。アンクレジットだが、俊藤浩滋プロデューサーが緒方役、丹波哲郎が易者役で出演している。鳴海清が起こしたベラミ事件を題材にしており、当初は実録任侠映画として製作される予定だった。
しかし中島監督は真正面から扱えば組織の怒りを買うと考え、大幅にフィクションを加えた企画に変更された。
当時の東映では、菅原文太に続く任侠映画スターを探していた。そこでクレジット上では菅原文太をトップに据えながら、清水健太郎、ジョニー大倉、三浦洋一を売り出そうとした。
しかし、既にヤクザ映画そのものが当たらなくなっており、この映画もヒットしなかった。冒頭、「私の浅草。その頃、私は私の浅草をかくために、足繁く浅草に通っていた」という女性のナレーションが入る。そこからタイトルロールに入り、それが終わるとベンチに座る女性が映し出される。
なので、この女性がナレーション担当者なのかと思いきや、全くの別人。で、ナレーターはベンチに座っている朝子について紹介する。
そこからシーンが切り替わると、鉄男が喧嘩でカンフーアクションっぽい動きを見せる。次のシーンになると小夜子が登場し、ナレーターが彼女の紹介コメントを喋る。
それなら、朝子の次は小夜子のシーンにした方が良くないか。構成として考えれば鉄男のシーンは後回しにした方が良くて、まずは主要キャストである女性たちを順番に紹介していく方が綺麗でしょ。ただ、その後も女性たちを紹介していくのかというと、そうでもないんだよね。それどころか、ナレーション自体が途中で捨てられるのだ。
彼女のナレーションで開幕したんだから、ずっと語り手として使うべきなんじゃないのか。
そもそも、大半の出来事に彼女は関与しておらず、取材者として追い掛けているわけでもないし。単に「何人か出て来る女性の内の1人」に過ぎないのだ。
途中から「順二に惚れて一緒に行動する女性」というポジションを得るけど、それも薄い扱いで放り出されちゃうし。ナナ子の後援会結成準備会で写真を撮っている銀子が、ナレーションを担当している女性だ。浅草特集の取材で様座な場所を回ったり話を聞いたりしている設定なので、ちゃんと動かせばナレーションを担当させる意味は生じるはずだ。
しかし実際には、そこに意味を持たせることが出来ていない。他のことに気を取られたのか、銀子の扱いはおざなりになっている。
銀子に限らず、女性キャラは総じて後回しにされている。
じゃあ男性キャラの描写が充実しているのかというと、そういうわけでもないんだけど。順二が血桜団二代目就任の要請を断って外へ出ると、一明とおでん屋台で話した時の回想シーンが挿入される。
一明は「震災孤児でも学問さえ身に着ければ世間を見返せる」と思い、順二を大学まで行かせた。それなのに順二が支那革命に参加すると言い出したので、大陸ゴロになるのかと激怒する。しかし彼は弟を見捨てず、妻に「ヘソクリ」と嘘をつかせて自分が用意した金を渡させたのだ。
その後、順二が銀子と会って昔語りを始めると、また回想シーンが入る。
彼は「搾取階級から取り返すんだと言ってみても、金だけが目当てになっちゃあ強請タカりさ。そいつが内心じゃ痛いほど分かってるから、あの頃の俺たちは酒と女に明け狂っていったんだ」と話す。だけど、そんなのは現在進行形で描かれているヤクザの抗争と、何の関係も無いんだよね。
単なる懐古主義の自慰行為を見せられているだけなのよ。
作り手側が自分たちの主張を盛り込んだ結果、物語の本筋と全く混じり合わず。分離したままの不細工な状態になっているんじゃないか。
せめて「戦争を知らない世代との意識のズレ」とか、そういうトコに繋げてドラマを作ろうってことなら分からんでもない。
だけど、そこも完全に乖離しちゃってるからね。最初に登場した卓、鉄男、稔が実質的な主役のはずだが、一方で今までと同じような実録路線のヤクザ映画も描こうとしている。そのせいで、とても分かりやすい「二兎を追う者は一兎をも得ず」状態になっている。
「若者たちの無軌道で破滅的な物語」と「実録ヤクザ映画」という2つの要素が、上手く混じり合っていない。
順二と卓たちは手を組むことになるので、キャラとして全く絡み合わないわけではない。ただ、卓たちを使って「衝動的で刹那的なチンピラどもの生き様」「愚かしくて悲しい無軌道な青春劇」を描くなら、「ザ・ヤクザ」的な順二や有田たちのパートは邪魔なのよね。
順二は職業としてはヤクザじゃないけど、実質的には完全にヤクザだし。ベテランの話と若手の話を対比の図式として並行させるならともかく、そういう感じでもないし。もっと邪魔なのは蛸八で、彼のパートに関しては、ホントに何のために盛り込んだのかサッパリだ。蛸八が浅草で挫折しようが、ドサ回りに出ようが、ヤクザの抗争劇と、まるで関係ないからね。
途中で蛸八は役者を辞めて、順二や卓たちの仲間に加わるけど、要らない子であることに変わりはない。
それに、彼が仲間になると、今度は「じゃあ役者やドサ回りで頑張っている頃の描写は何のためだったんだよ」と言いたくなるし。
単に「役者は諦め、デカいことをやるためにヤクザになる」という展開へ移るためだけの前振りだとすると、「それなら蛸八が主人公じゃないと割りが合わないわ」と感じるし。鉄男には「在日朝鮮人であることを内緒にしている」という設定があり、「それをナナ子に知られて殺してしまう」という展開を悲劇として描こうとしている。
だけど、ちっとも悲劇性なんて感じないよ。
在日を隠したいのは分かるけど、だからって「アパートに押し掛け、ナナ子の恋人を殴って追い払い、ナナ子に迫って拒まれる。在日とバレたのを知ると衝動的に首を絞めて殺害する」ってのは、同情の余地なんて皆無の行動でしょ。
ただのクズ野郎でしょ。粗筋で書いたように、小池は花森組への総攻撃を命じる。そんな総攻撃のシーンは、すぐに終了する。そのまま争いがエスカレートしていくような展開は無い。
そして、銀子が蛸八を発見し、順二を訪ねる出来事が描かれる。その後は、稔が遊郭の主人を脅して借金の証文を燃やし、浮世を彼女の実家へ連れて行く。しかし両親が厄介者扱いで売り飛ばそうと目論むので、浮世を連れ出す。
蛸八は刑事たちに逮捕されて暴行され、鉄男が帰国するつもりだと白状する。下関から船に乗ろうとしていた鉄男は警官隊に包囲され、戦って殺される。
このように、ヤクザの抗争とは無関係な場所で「若者たちの破滅的な人生の終焉」を描く。稔を殺すのはヤクザだし、そこから「花岡が卓だけは守ろうとするが、隠れ家を手配した大塚が殺される」という流れで抗争の図式に組み込もうとしている。
だけど、そうやって抗争を描く話に戻って来ると、もう鉄男と稔が死んでいることもあって、「若者たちのドラマ」に一区切りが付いているのよね。鶴田浩二や安藤昇たちを軸にした、「実録任侠映画の世界」になるのよね。
卓や鉄男たちのエピソードが、順二が殴り込みを掛けるクライマックスと上手く連携していないし。
有田や小池は中途半端な形で放り出されるので、「組織同士の抗争」の図式も綺麗に片付いていないし。(観賞日:2025年1月17日)