『そろばんずく』:1986、日本

広告代理店「ト社」の営業会議が開かれ、社員たちはアンケート結果に目を通している。かじか沢営業部長は「読んでも若者の気持ちが分からない」と言い、他の面々の意見を求める。渋谷係長が「アンケートの数字を求めると後手に回る」と口にすると、社員の植田が「市場調査の意味が無いとでも言うんじゃないでしょうね」と反発する。営業マンの春日野八千男と時津風わたるは立ち上がり、この会議の意味について疑問を投げ掛ける。かじか沢が理由を説明すると、彼らは思い切った行動を主張する。社員たちはバスでセミナー教室へ移動し、学生服に着替えて席に着く。すると講師の平和島が教室に現れ、新人類に関する授業を開始した。
春日野と時津風はCF撮影に立ち会うため、授業の途中で退出した。おっぱいミルクの撮影スタジオへ赴いた2人は揉めている監督とスターをなだめ、OKテイクに漕ぎ付けた。春日野と時津風は、ライバルであるラ社の天敵雄が恋人で人気タレントの月丸と一緒にいる現場を観察した。天敵が席を外している間に月丸を口説いて鞍替えさせようとする2人だが、相手にされなかった。戻って来た天敵は彼らを見つけ、不愉快そうに「またお前らか」と告げた。
春日野と時津風はホテルへ行き、関西のクライアントである花月を接待する。そこへ天敵が月丸を伴って現れ、「退けよ」と声を荒らげた。彼がホテルのキーを見せびらかして月丸と共に去ると、花月は「難儀やなあ」と口にした。行き付けのカラオケバーへ赴いた春日野と時津風は、見掛けない女性がカウンターで飲んでいるのに気付いた。時津風がママに尋ねると、以前は良く来ていた客だと言われる。彼が「一緒に飲みませんか」と誘うと、その女性・梅づくしのり子はOKした。
梅づくしは春日野と時津風に、「昔、付き合ってた彼と良く来たの。明日からOLだし、思い出の歌を歌おうと思って」と話した。彼女は春日野と時津風に付き添ってもらい、カラオケで薬師丸ひろ子の『メイン・テーマ』を泣きながら歌った。悪酔いした梅づくしは、春日野と時津風にタクシーで実家まで送ってもらった。翌日、ト社のセミナー教室に中途入社の梅づくしが現れた。平和島は彼女を、春日野と時津風の下に付けた。
春日野と時津風と梅づくしは、テレビCMを出すのが初めてだというA食品の波野社長をモグリの海鮮料理屋で接待する。CMに起用するモデルの竹千代と、所属事務所の社長・お竹さんも同席している。話は順調に進んでいたが、しばらくして事務所サイドからキャンセルになってしまう。天敵がお竹さんと接触し、BK食品のCMに竹千代を使う契約を結んだのだ。天敵はBK食品の大山宣伝部長を海鮮料理屋へ連れて行き、お竹さんも交えて接待した。
梅づくしはラ社が差し向けた接待役を偽り、天敵と大山に接触した。彼女は怪しいキャバレーへ2人を案内し、霊媒師に化けた春日野と時津風に会わせた。春日野と時津風は大山を信じ込ませ、竹千代のスキャンダラスな偽情報を流して契約をキャンセルさせた。彼らは落胆するお竹さんの元へ行き、7割引きの金額で竹千代と再契約した。日曜日になり、春日野と時津風と梅づくしはドライブに出掛けた。3人はラ社の社員たちが野外訓練を受けている現場を目撃し、隠れて観察した。社員に激しい口調で説教する男を見た梅づくしは、辛そうな表情を浮かべた。その男は、アメリカから帰国したエリート部長の桜宮天神だった。
梅づくしは天神と会い、復讐のためにト社へ入ったことを話す。天神の質問を受けた彼女は、組んでいるのが春日野と時津風だと教えた。おっぱいミルクのCFを見たM食品の野坂部長は春日野と時津風に理不尽な文句を付け、「社に戻って検討し直す」と通達した。春日野と時津風はキャバレーで花月を接待しようとするが、「この話は無しにしてほしい」と告げられる。M食品がCFをキャンセルしたのも、花月が契約を断ったのも、全ては天神の差し金だった。
天神はM食品との関係を強化するため、次期社長候補の娘とラ社のエリート社員の縁談もコーディネートしていた。春日野と時津風は彼らが話している現場へ乗り込み、激しく糾弾する。天神は2人を挑発して暴力を振るわせ、その様子をビデオカメラで撮影した。彼はト社の三原社長にビデオを送り、春日野と時津風の処分を要求した。自宅待機を命じられた春日野と時津風は、それぞれ蕎麦屋と清掃員としてアルバイトしながらラ社と天神の情報収集を開始した。天神は三原と会い、両者の合併を持ち掛けた。調査を続けた春日野と時津風は、ト社の内部情報がラ社に漏洩していること、天神が合併の裏工作を目論んでいることを知った…。

監督は森田芳光、脚本は森田芳光、製作は日枝久&亀淵昭信&秦野嘉王、プロデューサーは角谷優&岡田裕、プロデューサー補は中川好久&酒井影&河井真也、ビジュアル・アドバイスは伊藤佐智子、撮影は前田米造、照明は矢部一男、録音は橋本文雄、編集は鈴木晄、美術は中澤克己&古谷良和、助監督は原隆仁、振付は西条満&花柳糸之、音楽は梅林茂。
主題歌『寝た子も起きる子守唄』作詞:きたやまおさむ、作曲:林哲司、編曲:中村哲、唄:とんねるず。
出演は石橋貴明(とんねるず)、木梨憲武(とんねるず)、安田成美、小林薫、渡辺徹、名取裕子、三木のり平、小林桂樹、石立鉄男、木内みどり、津村隆(現・津村鷹志)、イッセー尾形、浅野ゆう子、財津和夫、ベンガル、加藤善博、加藤和夫、ティナ・グレース、朝比奈順子、泉じゅん、伊藤克信、森永博志、長友啓典、嵐山光三郎、金田明夫、沢田和美、奥野敦子、並木史朗、佐藤恒治、伊藤洋三郎、植村由美、泉敦子、樋口千恵子、池田薫、田中博行(現・SABU)、渡辺祐子、好井ひとみ、小河麻衣子、西端やよい(西端弥生)、清水由香、山本美都子、河合美佐、岩城正剛(現・椎名桔平)、豊原功補、中根徹、坂田祥一朗、大谷一夫、川田あつ子、山下カオリ、上田美恵、西沢直子、笠原静、柴田ゆうこ他。


『メイン・テーマ』『それから』の森田芳光が監督&脚本を務めた作品。
とんねるずの石橋貴明が春日野を、木梨憲武が時津風を演じ、映画初出演にして初主演した作品である。
併映は、おニャン子クラブの主演による『おニャン子ザ・ムービー 危機イッパツ!』だった。
フジテレビが人気番組『夕やけニャンニャン』の出演者である2組を起用して10代のファン層獲得を狙った企画だったが、酷評を浴びて興行的にも失敗に終わった。
残ったのは「木梨憲武と安田成美が結婚するきっかけとなった作品」という事実だけである。
梅づくしを安田成美、天神を小林薫、天敵を渡辺徹、天神の妻・雅を名取裕子、ラ社の水原社長を三木のり平、三原を小林桂樹、大山を石立鉄男、ト社の社長秘書・桃子を木内みどり、大竹を津村隆(現・津村鷹志)、花月をイッセー尾形、月丸を浅野ゆう子、波野を財津和夫、海鮮料理屋の主人をベンガル、平和島を加藤善博、かじか沢を加藤和夫、竹千代を奥野敦子、渋谷を並木史朗が演じている。
他に、CFのスター役で田中博行(現・SABU)、ホテルのウェイトレス役で西端やよい(西端弥生)、渋谷と口論する植田役で岩城正剛(現・椎名桔平)、ト社社員の吉川役で豊原功補、時津風に惚れている女子社員の松田役で川田あつ子が出演している。

冒頭、団地の屋上でカップル(金田明夫と沢田和美)が言い争っている。女は裸で、2人とも台詞を喋る度にカメラに写る位置へ移動し、喋り終わると場所を入れ替わる。女は団地の下に目をやり、「春日野八千男ちゃん」と呼び掛ける。声に気付いた春日野が見上げるカットに切り替わり、そのバックには天敵が「邪魔だよ、あっち行け」と怒鳴って退かそうとする手振りをする姿が写し出される。途中でラ社の旗がチラッと挿入され、春日野が「テン、テキ」と呟くと、そのシーンは終了する。
続いて時津風わたるが登場し、ミニスカートの女(渡辺祐子)の横に並んで歩く。時津風は隣をチラチラと見るが、途中で牛乳配達と新聞配達の男のカットが1つずつ入る。女が「時津風わたるちゃん、最近遊んでないの?」と問い掛けると、時津風は照れたように微笑する。
その後ろに天敵が現れ、「邪魔だ、退けよ」と両手を激しく振る。またラ社の旗がチラッと挿入され、時津風は「テン、テキ」と呟く。
これで、時津風の登場パートも終了する。
そこからカットが切り替わると、春日野と時津風が満員電車に乗り込む様子が写し出される。そして天敵が渋滞の踏切前で「早く行けよ」と両手を振る様子に切り替わり、列車が通過するとト社の旗が写る。そして春日野と時津風がカメラに向かって「アーッ」と叫ぶアップに切り替わり、タイトルが出る。天敵は驚いた様子で、車に乗り込む。
このオープニングだけでも、既にワケが分からない。かなり混乱した状態に陥っており、散らかりまくっている。

森田芳光監督は『家族ゲーム』や『それから』で高い評価を受けたり、『メイン・テーマ』を大ヒットさせたりして、ある程度の地位を映画界で築いていた。
だから、「この辺りで自主映画時代のような実験的なことをやりたい」という欲望が生じたのかもしれない。あるいは、「実験的なことに挑戦してみたい」という野心が芽生えたのかもしれない。
いずれにせよ、その試みは完全に空回りし、楽しいのは本人だけで観客が置いてけぼりを食らう羽目になった。
あるいは、観客からそっぽを向かれたと言ってもいい。

タイトルが表示された後、本編に入っても、混沌の状態は続く。っていうか、もはや何を本編と呼べばいいのかも怪しいぐらいだ。
会議の面々が煮詰まると、かじか沢は少し離れた場所で背中を向けて座っていた春日野と時津風の名を呼ぶ。立ち上がった2人は振り向かず、目の前のカメラ側に喋り続ける。
カットが切り替わると社員たちはバスに乗り、別の建物へ移動する。なぜか全員が学生服に着替え、教室に座る。ヤギを連れた平和島が講師として登場し、「会社とは何だ?」と問い掛けると全員が「愛だ」と答える。平和島は「新人類を理解するには」というテーマの授業を開始するが、春日野と時津風はCF撮りで早退する。
どうやら「新人類」と呼ばれた当時の若者の文化や流行を取り込みたかったような気配は感じるが、結果的には「ワケが分からん」という状態でしかない。

学生服や教室は、その場のノリとして持ち込んだ妄想的な映像表現なのかと思いきや、「そういう場所が実際にあって、そういう服で実際にセミナーを受けている」という設定のようだ。
だから梅づしくが中途入社してくるシーンでも同じ場所が使われるし、彼女はセーラー服で教室に入って来る。
「安田成美のセーラー服姿を見ることが出来る」というだけで満足できるような安田成美の熱狂的ファン、あるいは制服マニアの人なら、そこに観賞価値を見出すことが出来るだろう。

これ以上は、いちいち詳しく説明する作業を続けても意味が無いので終了する。
何しろ、そういう支離滅裂なイメージの羅列が最後まで延々と続くのである。
ちゃんとしたキャラクター紹介とか、丁寧なストーリーテリングとか、そんなのは全く無い。テンポが良いのではなくて、ただ慌ただしいだけ。やたらとゴチャゴチャしているから、話はペラペラなのに何一つとして頭に入って来ない。
とんねるずの演技はお世辞にも上手とは言えないが、そんなことが全く気にならないぐらい破綻している。
ただ、「バブルの虚しさ」を感じることは出来るだろう。だから、それを感じたい奇特な人なら、見る価値はあるかもしれない。

全てのネタを詳しく紹介するのは面倒なので(おっと、面倒だという本音を書いちゃったよ)、幾つかピックアップしておくと、例えば助監督がマイクを持って登場し、「お邪魔します。助監督のマルマルです。今日は、この映画初めての日曜日。主人公たちはドライブと洒落込みました。そろそろ通過します」とカメラに向かって中継するメタ構造があったりする。ドライブに出掛けたメイン3人が地面から突き出した土管を発見し、『スーパーマリオブラザーズ』の真似をするシーンがある。
そういうのは全て、遊び心として持ち込んでいるのかもしれない。
そこに観客を楽しませようというベクトルがあれば、歓迎できるケースも多い。しかし本作品は、監督と出演者が楽しんでいるだけの楽屋落ちだ(下手をすると出演者さえ楽しんでいないかもしれない)。
だから、まるで知らない幼児が参加している運動会のホームビデオを見せられているのと似たようなモンだ(もちろん予算や手間は大幅に異なるけど)。向こうがノリノリになればなるほど、こっちの気持ちは冷めて行くという寸法だ。
森田監督と観客の間には、絶対に乗り越えられず、決して破壊できない、高くて頑丈な壁が立ちはだかっている。

ひょっとすると森田監督は企画を聞かされた段階で、「これは真面目に撮ってもコケそうだな」と感じたのではないか。だから、「どうせ当たらないのなら、他の映画では出来ないようなことを好き勝手にやってみよう」と思ったのではないか。
そんな風に解釈することで、ようやく納得できるぐらい、この映画は壊れまくっている。
デタラメであろうとも、カルト映画としての面白さを見出せるケースはある。しかし、この映画は前衛的な実験映像が続くので、疲労感と退屈に見舞われるだけだ。
30分程度なら何とか耐えられても、109分という長さではキツい。
そう考えると、映画じゃなくて深夜枠で30分の連続ドラマとして作っていれば、全く異なる評価を得られた可能性はあったんじゃないだろうか。

この映画の翌年からフジテレビは『JOCX-TV2』と称した深夜番組の時間帯を設け、実験的なプログラムを幾つも送り出した。
その中から『やっぱり猫が好き』や『夢で逢えたら』のような人気番組が誕生し、『カノッサの屈辱』や『たほいや』のような「深夜ならでは」の優れたコンテンツもあった。
そういった作品群の中に交じって、フジテレビが本作品を映画じゃなく『JOCX-TV2』枠の連続ドラマとして作っていれば、後になってカルト作品として評価されたかもしれない。

(観賞日:2016年9月28日)

 

*ポンコツ映画愛護協会