『そらのレストラン』:2019、日本

大雪の日、こと絵という女性が北海道の設楽牧場に辿り着いた。彼女は牧場主の亘理に、そこが海の見える牧場であることを確認する。亘理が春になれば見えることを教えると、こと絵は「ここで働くには、どうすればいいんでしょうか」と質問する。亘理は人を雇う予定が無いことを伝えるが、「僕のお嫁さんになれば働けますけど」と冗談を付け加えた。こと絵が寒さで倒れ込んだので、彼はホットミルクを用意した。こと絵は雑誌に掲載された記事を見て、牧場に来ていた。彼女が「よろしくお願いします」と口にしたので、亘理は「はっ?」と困惑の表情を浮かべた。
現在。亘理とこと絵は結婚し、潮莉という娘が産まれていた。亘理は大谷家へ向かう途中、NIJIIRO FARMを通り掛かった。羊の世話をしている神戸に気付いた彼は、「寺田さん、います?」と問い掛ける。しかし神戸は羊に怯えており、質問を完全に無視した。亘理は大谷家に到着し、こと絵から預かった手紙を大谷佐弥子に渡した。彼はチーズ工房へ行き、佐弥子の夫である雄二に自作のチーズを味見してもらう。亘理は何か違うと感じていたが、「悪くはない」と言われて喜んだ。
神戸は富永芳樹の畑に入り込み、野菜を踏み潰してしまった。そこへ亘理が通り掛かり、神戸は羊が逃げ出して1頭が見つからないことを話す。亘理は仲間の富永、石村、野添と手分けして捜索するが、ヒツジは見つからない。しかし石村の息子の大地が、田んぼにいた羊を見つけて連れ帰った。亘理たちはバーベキューを催し、一緒にビールを飲んだ。神戸は亘理からホテルで働いていたと誤解されていたが、東京でコンサルティングをしていたと告げた。
ある朝、亘理と潮莉は神戸を遊びに誘う。しかし神戸が同行すると、亘理は朝市の出店を手伝わされた。サングラス姿の朝田一行が朝市に来て次々に味見し、大量に食材を買い込んだ。彼が近くに生えていた草を食べたので、亘理たちは唖然とした。亘理と神戸は帰り道、朝田の車が煙を吐いて立ち往生している現場に遭遇した。亘理は富永に連絡し、トラクターで車を牽引してもらった。朝田は札幌の有名シェフで、食材探しの旅をしていた。彼はコテージに泊まっており、亘理たちを招いて料理を振舞った。いつもの食材が美味しく変化したことに亘理たちが興奮すると、朝田は「食材が素晴らしいんです」と述べた。
朝田が仲間に入れてほしいと頼むと、潮莉が「いいよ」と即答した。神戸が羊を食べることに躊躇していると、亘理は設楽牧場で育てた牛を潮莉も食べていると話す。皆に促されて羊を食べた神戸は、「美味いです」と泣いた。亘理は朝田の料理を出すレストランを開きたいと考え、仲間たちを集めて話し合った。朝田はフルコースを考え、亘理たちは乗り気になった。亘理はレストランで大谷チーズ工房のチーズを出したいと考え、雄二の承諾を貰った。
亘理は自作のチーズを味見してもらいに雄二の元へ出向いた時、「なぜチーズを作ってるんだ」と質問された。亘理が「大谷さんのチーズに救われたんです」と答えると、雄二は「もうここには来るな」と告げた。亘理が狼狽して「見捨てないでください。大谷さんのチーズを作らせてください」と頭を下げると、雄二は「お前には俺のチーズは作れない」と言う。その直後に雄二が倒れ込み、亘理は慌てて佐弥子に呼び掛けた。佐弥子は雄二の病気を知っており、死が近いことも覚悟していた。
雄二が亡くなり、レストランの計画は中止された。亘理は佐弥子から雄二のチーズ工房を使ってほしいと言われるが、「やっぱ無理だ。入れないや」と断った。石村たちは落ち込む亘理を励ますためバーベキューを催し、佐弥子から貰った雄二のチーズを出す。亘理は「10年も教わっていたのに納得いくチーズを一度も作ったことが無い」と漏らし、もう潮時だから牧場を畳もうと思っていると言い出す。こと絵はショックを受けるが、牧場の閉鎖に反対はしなかった。神戸はコンサル会社を辞めた理由を亘理に話し、石村は雄二に救われた過去を明かした。石村たちは亘理を大谷チーズ工房へ連れて行き、全て決める前に中を見ておくよう促した…。

監督は深川栄洋、脚本は土城温美&深川栄洋、企画・製作は伊藤亜由美、製作は三宅容介&畠中達郎&太田和宏&佐野真之&井上肇&小島紳次郎&村井俊朗&樋泉実&渡辺章仁&広瀬兼三&木村博史、共同企画は岩浪泰幸、プロデューサーは大ア紀昌&北崎千鶴&森本友里恵、アソシエイトプロデューサーは岡本純一、プロデュースは森谷雄、撮影は板倉陽子、美術は金勝浩一、照明は緑川雅範、録音は鶴巻仁、編集は坂東直哉、フードスタイリストは齋藤亜希、フードアドバイザーは塚田宏幸、音楽は平井真美子、主題歌『君がいるなら』はスカート。
出演は大泉洋、本上まなみ、岡田将生、小日向文世、風吹ジュン、マキタスポーツ、高橋努、石崎ひゅーい、眞島秀和、安藤玉恵、杉田雷麟、庄野凛、鈴井貴之、小島達子、久世珠璃、村上健吾、村上朔太郎、ソガイハルミツ、富樫真理、さくらいみきこ、油谷好彦、釜澤光輝、北川泰斗、小坂橋司、中田雅史、高橋宏美、西山雪、山本亨ら。


『しあわせのパン』『ぶどうのなみだ』に続き、北海道が舞台で大泉洋が主演を務めるシリーズ企画の第3作。
監督は前2作の三島有紀子から、『トワイライト ささらさや』『先生と迷い猫』の深川栄洋に交代。
脚本は『CYBORG009 CALL OF JUSTICE』シリーズの土城温美と深川栄洋監督による共同。
亘理を大泉洋、こと絵を本上まなみ、神戸を岡田将生、雄二を小日向文世、佐弥子を風吹ジュン、石村をマキタスポーツ、富永を高橋努、野添を石崎ひゅーい、朝田を眞島秀和が演じている。

オープニングでは、こと絵が設楽牧場を訪れて亘理と会うシーンが描かれる。
ここを最初に配置している必要性が、全く分からない。これが夫婦愛を描く物語ならともかく、そうじゃないんだし。
亘理の冗談に対して、こと絵が「よろしくお願いします」と言い出すのも、夫婦の物語として全体を構成していれば、その1シーンとしては受け入れられたかもしれない。
でも、そうじゃないので、そのシーンも台詞も完全に浮いており、ただのツッコミポイントになっている。

そんなトコに時間を割いている一方で、神戸を雑に登場させて、紹介の手順をおざなりにしている。こいつは住民の中では唯一の新入りであり、他の面々と異なる立場なんだから、「神戸の視点から物語を描く」という形を取ってもいいぐらいなのに。
朝田の料理を亘理たちが食べるシーンで「神戸がNIJIIRO FARMに来てから3ヶ月」と分かるが、そのタイミングもどうなのかと。
それは置いておくとして、神戸が東京から来て初めて田舎暮らしを体験し、地元の人々と交流して変化していく話にしてもいいんじゃないかと思っちゃうわ。
そういう形にでもしないと、神戸というキャラを上手く扱い切れていないのよ。

亘理がチーズ職人として悩んで成長するドラマをメインで描きたいのなら、その周囲は「以前から彼と仲良くしている面々」で固めた方がいい。
新入りである神戸の成長や変化を描くトコまで手を広げても、話が散漫になるだけだ。
っていうか、そこまで全くフォローできていないし。神戸が初めて羊を食べて泣くシーンはあるけど、そこまでの「神戸と牧畜」を全く描けていないので、何も響かないし。
神戸がコンサル会社を辞めた理由を亘理に明かすシーンがあるけど、こちらも彼の内面に全く切り込んでいないので、「それが何か?」という感想しか湧かない。辞めた理由も、ありきたりの極致だし。

朝田を後から登場させて仲間に加えるのも、「なんか違うなあ」と言いたくなる。なんで後から参加した朝田の料理がきっかけで、亘理がレストランを出そうとする展開になってんのよ。
計画の引き金になるのは、以前から亘理の周囲にいるメンツにしておいた方がいいでしょ。そこから亘理と朝田の関係が物語の軸になるならともかく、そうじゃないんだから。
っていうか、そもそも亘理がチーズ作りに燃える話のはずなのに、なんでレストランを出そうとする流れになってんのよ。
そんなことより、チーズ作りに集中しろよ。レストランを出す展開を盛り込むなら、それを思い付いて先頭に立つのは亘理じゃなくて他の人物に任せろよ。

料理を作るシーンや食べるシーンが、何度も登場する。
どうやら『しあわせのパン』から続くシリーズには、「北海道の食に携わる人々を応援し、北海道の食材をアピールする」といった目的が込められているようだ。
目的を充分に達成できているかどうかは置いておくとして、料理や食事のシーンが何度も用意されているのは別に構わない。
ただ、そっちへの意識が強すぎたのか、肝心な「亘理がチーズ作りを頑張っている」ってのを描くシーンが、あまりにも少ないんだよね。

亘理のチーズ作りに向ける情熱、味への追及、悩みや迷い、焦り、喜び、雄二との強い結び付きなど、「チーズを巡る物語」としての色が薄すぎる。
だから、雄二が死んで亘理が牧場を畳むと言い出した時、「なんでだよ」とツッコミを入れたくなる。
「納得できるチーズが作れないから牧場を畳む」って、それぐらいチーズ作りに全力を注いでいたようには到底見えなかったぞ。
「表向きは楽しく過ごしているように見えるが、実は深く悩んでいる」とか、そういう様子も皆無だったぞ。

雄二が亘理に告げた「お前には俺のチーズは作れない」という言葉の意味は、よっぽど勘の悪い人じゃなければ簡単に分かるだろう。
それは決して「亘理のチーズは質が低い」という意味じゃないし、亘理を見捨てたわけではない。「亘理が作れるのは亘理のチーズであって、俺のチーズじゃない」という意味だ。
ところが亘理は「よっぽど勘の悪い人」なのか、自分が見捨てられたと誤解する。
それで絶望して「牧場を畳む」と言い出す展開になっているんだろうけど、こっちは「いや雄二の言葉の意味なんて馬鹿でも分かるでしょ」と思っているため、その展開にはバカバカしさや安っぽさを感じてしまう。

亘理が牧場を畳むと言い出した後、神戸は会社を辞めた経緯を打ち明け、石村は雄二に救われた過去を語る。
だが、それは亘理の心情に何の変化も起こさない。なので、両名の告白は全くの無意味になっている。
本来なら、そこは「仲間の言葉で亘理の気持ちが揺れ動く」といった展開に繋がらなきゃダメなんじゃないのか。
でも実際のところ、亘理が変化し、「やっぱり牧場を続けよう」と決意するのはチーズ工房に入るシーンなのだ。
そのため、神戸と石村の告白シーンは、酷い言い方をすると時間の浪費でしかない。

仲間に促されて大谷チーズ工房に入った亘理は、自分が初めて雄二に牛乳を持って行った日のチーズだけが残っているのを見つける。それを食べた彼は「美味しい」と泣き、やる気を取り戻す。
でも、表面的には綺麗にドラマを作っているように見せ掛けているが、中身が全く詰まっていないのよ。
前述したように、亘理は雄二に「お前には俺のチーズは作れない」と言われ、見捨てられたと思い込んでいたはず。だから、その誤解が解消され、雄二の言葉に込められ本心を悟るドラマが必要なはず。
一応は残っていたチーズを食べた亘理が「自分のチーズを作ればいい」と気付いた設定にしてあるけど、まるで上手く表現できていない。

亘理が牧場もチーズ作りも続けると決めた後、仲間とレストランを開くシーンがクライマックスになっている。
だけど「亘理が雄二の死を乗り越え、チーズ作りを続けようと決める」という展開を処理したら、そこで話としては実質的に終了なのよ。
そこのドラマとレストランを開く展開は、まるで連動していないのよ。だって、雄二がレストランを楽しみにしていたわけでもないんだし。
だから、レストランの開店は、もはや「どうでもいい問題」と化している。
石村や富永たちが集まった客の前でスピーチするのも、ただダラダラと蛇足を垂れ流しているだけになっている。

(観賞日:2023年2月4日)

 

*ポンコツ映画愛護協会