『空の青さを知る人よ』:2019、日本

秩父市の山間にある田舎の村で暮らす高校2年生の相生あおいは、1人でベースの練習に励んでいた。あおいが幼い頃、高校生である姉のあかねに連れられ、お寺の御堂で練習する学生バンドの練習を良く見に行っていた。バンドのギターはあかねの恋人である金室慎之介、通称「しんの」が担当していた。他のメンバーはドラムが中村正道、ボーカルが番場、ベースが阿保だ。あおいはベースに興味を持って、「やりたい」と言い出した。慎之介の「でっかくなったらウチのベースな」という言葉を受け、彼女はやる気を見せた。
慎之介たちがライブハウスで演奏する時には、あおいもあかねと共に見に行った。あかねと慎之介は、卒業したら東京の専門学校へ一緒に通うことを決めていた。しかし両親を交通事故で亡くしたあかねは、慎之介に「私は行けない」と告げた。「どうしてだよ」と慎之介が声を荒げると、話を聞いていたあおいが「あかねをいじめるな、あかねを連れてくな」と殴り掛かった。あかねが慌てて引き離すと、あおいは泣きながら「あかねとあおいは、ずっと一緒なんだから」と慎之介に告げた。
現在。あおいは進路指導面接の際、担任教師に「東京に行きます。バイトしながらバンドで天下取ります」と語る。しかしバンドメンバーは1人もおらず、教師は全く相手にしなかった。あかねは地元に残って市役所に勤務し、あおいを車で学校まで送り迎えしている。家から学校までは、徒歩だと1時間以上も掛かる距離にある。あおいはあかねに、「私たちは巨大な牢獄に収容されてる。とにかく、私はここから出て行くから」と語った。
村の寄合では、第一回音楽の都フェスティバルに関する説明会が実施された。音楽の都フェスティバルは、正道が町興しのために企画したイベントだった。あおいは正道の息子で小学5年生の正嗣から「参加すれば」と持ち掛けられ、「町興しになんて利用されたら、もはや音楽じゃないよ」と述べた。妻の浮気で離婚した正道は、あかねに惚れていた。あおいは「兄貴が欲しくないか」と問われ、「バツイチには渡せない」と言い切った。あおいはあおいはから「しんのって覚えてるか」と訊かれ、「何となく」と興味無さそうに言うが、実際はハッキリと覚えていた。
翌日、正道はあかねに、フェスティバルには大物演歌歌手の新渡戸団吉が来ること、ご当地ソングを作ってもらうことを話す。彼はあかねにイベントの手伝いを要請し、断る隙も与えずに立ち去った。あかねはあおいから「正道に気を持たせるようなことはやめれ」と忠告され、「付き合い上、何となく分かってても口にしちゃいけないこともあるの。それが大人のマナー」と語る。あかねは進学を考えてはどうかかと促して「勉強しながらでもバンドは出来る」と言うが、あおいは「もう約束したでしょ。約束、破んないでね」と告げた。
あおいは御堂へ行き、怒りを込めて乱暴にベースを弾く。すると御堂で寝ていた高校時代の慎之介(しんの)が目を覚まし、「うるせえ」と怒鳴った。あおいは狼狽するが、しんのは状況が良く分かっていない様子だった。あおいは御堂から逃げ出し、しんのは追い掛けようとするが御堂から出られなかった。帰宅したあおいはあかねに「しんのが」と知らせようとするが、すぐに思い留まった。「練習してたら急に思い出して」と彼女が誤魔化すと、あかねは「ずっと連絡してないからね。生きてるか死んでるかも分かんないや」と言う。その言葉を聞いたあおいは、先程のしんのは幽霊なのではないかと推測した。
そこへ正道が来て、今日がイベントのヘルプだと告げる。あおい、あかね、正道、正嗣は、駅まで新渡戸の出迎えに赴いた。イベントは1週間後だが、新渡戸が「その土地の美味しい物や人の温かさに触れないとご当地ソングは歌えない」と言っているのだと正道は説明する。費用は市役所持ちで、あおいは「タカられてる」と指摘した。新渡戸は電車ではなくトレーラーで駅前に出現し、バンドを従えて歌い出す。バンドのギタリストが慎之介だと気付き、あおいは驚いた。正道が用意した横断幕には、「お帰りなさい!しんのすけくん!」の文字があった。
あおいは正嗣と一緒に御堂へ行き、先程のしんのの正体を確かめようとする。そこへしんのが現れ、13年が経過していると知って困惑した。彼は「あかねに東京へ行かないと言われ、帰らずに御堂で考えていたら朝になった。ベースの音で目が覚めたら13年後だった」と語った。正嗣はあかねへの未練から生き霊となったのではと語るが、しんのは「未練も何も、まだなんも諦めちゃいねえよ、俺は」と軽く言う。「東京へ出てビッグなミュージシャンになって、あかねをド派手に迎えに行こうって決めた」と彼が語ると、あおいは「31歳のアンタは、一応はミュージシャンになってた」と教えた。
しんのは浮かれてあかねの元へ行こうとするが、御堂を出ようとすると見えない壁に激突した。同じ頃、正道は新渡戸とバンドの歓迎会を開いていた。慎之介は何も喋らず、あかねや正道との再会を喜ぶ様子も無かった。あおいはしんのについて、生き霊というより地縛霊だと感じた。しんのは「未来の俺とあかねがくっ付けば、全部丸く収まる。生き霊の俺は本体に戻る」と語り、あおいに手伝いを頼む。あおいも現状を変えた方が良いと考え、しんのに協力することにした。
慎之介は酒で酔い潰れ、あかねが車でホテルまで送ることになった。途中で目を覚ました慎之介は、「夢は叶えたから。一応」と口にする。「独身ってさ、俺のこと待ってたんじゃねえの」と彼が言うと、あかねは「たぶん違うだろうね」と軽く返した。彼女が部屋まで送ると、慎之介は「飲み直そうぜ」と抱き寄せる。あかねは彼を投げ飛ばし、「その年で勿体付けるなよ。いいだろ、減るもんじゃない」という言葉に「ガッカリさせないで」と告げて立ち去る。慎之介は倒れ込んだまま、「こんな俺で、来たくなかった」と漏らした。
翌日、あおいは自分の弁当を持って御堂へ行き、しんのに渡した。しんのが退屈だというので、彼女はギターを弾くよう促した。しんのは「弦が錆びてるし」と理由を付け、あおいが「買ってこようか」と申し出ると「いや、いいや」と断った。あおいは学校の図書館へ行き、あかねの年の卒業アルバムを見た。クラス写真を見た彼女は、姉としんのが同じクラスだったと知る。あかねは寄せ書きのページに、「井の中の蛙大海を知らず、されど空の青さを知る」と書き残していた。
あおいが帰ろうとすると、男子2人がバンドに入るよう考え直してくれと声を掛けた。あおいは「自分より下手な奴と組んでも時間の無駄だから」と冷たく言い、その場を後にする。クラスメイトの大滝千佳は、「勿体無い、男だけのバンドで紅一点とか美味しすぎるのに」とあおいに言う。「その辺は余裕かましてんのか。東京へ行くってのも年上の男がいるからなんでしょ。噂だよ。いつも男に車で送り迎えしてもらってるとか。彼氏の友達紹介してよ」と千佳が語ると、あおいは呆れて「じゃあ今から付き合う?」と持ち掛けた。
あかねは正道が慎之介と再会させる目的で新渡戸を呼んだと知り、腹を立てていた。それを知った正道は、「決着を付けなかったら慎之介に縛られたままじゃないかって」と弁明する。あかねは彼に、「私の主体性をそこまで疑うの?今までの人生だって、自分で選んで、自分で決めて来た。誰かに振り回されたつもりなんて、全く無いから」と語った。
あかねがあおいの迎えに来たので、千佳は相手が男ではないと知って落胆した。あかねは電話を受け、バンドのベーシストとドラマーが入院したことを知らされた。2人は火を通さずに鹿肉を食べ、食中毒になったのだ。正道は本番で音源を使おうと考えるが、新渡戸は生音でなければ歌わないと告げる。あかねがあおいと正道を代役に使うことを提案すると、新渡戸は快諾した。慎之介の「ガキの遊びと一緒にされたくないんですよ。こっちはプロでやってるんですから」という言葉を聞いて、あおいは腹を立てた。
あおいが「お遊びかどうか見せてやる」と言うと、新渡戸が演奏を披露するよう促す。あおいと正道が演奏すると新渡戸は「素晴らしい」と称賛するが、慎之介は苛立って舌打ちした。夜、あおいと正嗣が御堂でしんのと話していると、あかねが差し入れを持って来た。しんのは慌てて姿を隠し、あかねが去ると「早くあかねにも幸せになってもらいてえ」と言う。彼が今の自分を見てみたいと言うので、正嗣はスマホで撮影してこようかと持ち掛ける。しんのが「一晩貸してくれ」と言うと、あおいが自分のスマホを貸した。
翌日、練習場所には千佳が現れ、動画を撮ったり雑用を手伝ったりすると言う。あおいは慎之介に「ベースなのに、なんで自分が目立とうとしてんの?」と批判されて謝るが、「女がベースとか、そもそも向いちゃいないんだよ」という言葉に憤慨する。キャバ嬢たちが慎之介の迎えに来たので、それを正嗣が撮影してしんのに見せた。しんのは腹を立てるが、「でも、ホントにプロになったんだな」と感慨深そうに呟いた。しんのはあおいに、「ガツっとキレキレの演奏して、あいつの慢心を引っ剥微塵にしてやれ」と言う。あおいが「出来るかな」と弱気になると、彼は「出来るに決まってんだろ」と励ました。
翌日の練習に慎之介は現れず、あおいは正道から「素人に合わせてると腕が鈍る」と言っていたことを聞いて腹を立てた。彼女は夜遅くまで御堂で練習し、しんのに卒業したら東京でバンドをやると話す。しんのが「俺の意思を継ぐ者がこんな所に」と興奮すると、「私のは、よこしまなんだ」と彼女は告げる。あおいは「地元を出たいのは、あか姉に、好きに生きてほしいから。私のせいでやりたいことを我慢して来たはず。残っていたら、ここに縛られたまま。私のせいで、これ以上、迷惑掛けたくない」などと語り、しんのが「誰も迷惑なんて思ってねえだろ」と擁護すると「思ってるよ」と返した。
しんのは「すげえな、お前」と感嘆し、「ホントは俺、ここから出て行くこと、怖がってるのかもな」と口にした。あおいはしんのから「さすが未来のベーシスト」と言われ、覚えてくれていたことを喜んだ。翌日、あおいは千佳が慎之介と一緒にいたと知り、「最低」と責める。「やっぱ慎之介さんのことが好きだったの?」と言われた彼女は、「好きなわけない。私はしんのが」と返す。自分の言葉にハッとしたあおいは、自分が慎之介ではなくしんのが好きなのだと理解した。
あかねが仕事を終えて帰宅すると、あおいが待ち受けていた。あおいは「どうして慎之介さんに付いて行かなかったの?」と責めるように問い掛け、「付いて行ったら、きっとあんなクズにはならなかった」と言う。あかねが「何の話?」と告げると、彼女は「私は、あか姉みたいになりたくない。やりたいこと我慢して、後悔して。こんなトコで終わっていくなんて、そんなの絶対にゴメンだ」と声を荒らげる。あおいが「あか姉ってホント、バカみたい」と言うと、あかねは「バカみたいか」と寂しそうな笑みを浮かべた。
あおいは自己嫌悪に苛まれ、逃げるように飛び出した。あかねはあおいが御堂に入ったと思い込み、様子を見に行く。しんのが隠れていると、あかねはおにぎりを置いて去った。あおいは正道の家で泊めてもらっており、あかねとくっ付ける協力をすると申し出た。すると正道は「お前の協力は要らねえよ」と言い、新渡戸に仕事を頼んだ決め手は慎之介がいたからだと話す。あおいはビールを彼の頭から浴びせ、「汚い」と吐き捨てた。
次の日、あかねはイベントの準備中にバンドメンバーと話し、かつて慎之介がソロデビューしたが1曲だけで終わったことを聞かされた。正嗣はしんのの元へ行き、あおいが好きだと打ち明けた。彼は「ただ、ライバルが出来ちゃって」としんのを指差し、「あおちゃんのこと、どう思う?」と質問する。しんのは困惑し、「こんな俺を好きになっても、どうしようもねえだろ」と述べた。あおいは千佳を無視していたが、「何も無かったって言ってるでしょ」と言われる。彼女は不純異性交遊があったと決め付けるが、千佳は否定した。
慎之介が1人でギターを弾いていると、あかねがやって来た。「俺、東京へ出れば、どんな夢も叶う気がしてた。でも、違うんだな」と彼が漏らすと、あかねは「叶えたじゃない」と言う。慎之介が「演歌歌手のお抱えバックバンドなんて、やりたかったわけじゃねえよ」と語ると、あかねは彼のデビュー曲である『空の青さを知る人よ』をリクエストし、リリースされた時に買ったことを話す。慎之介は戸惑いながらもギターを弾いて歌い、あかねは楽しそうに笑った。そんな2人を目撃したあおいは、「あんな風にあおいを笑わせられるあの人は、やっぱり、しんのなんだ」と感じた。慎之介がバンドを辞めて田舎に戻って来ようかと考えていることを打ち明けると、あかねは「落ち着くのは、まだ早いっての。ここでしか出来ないこと、私にはある。諦めてないよ」と告げた。
慎之介が会場に戻った後、あおいはあかねが泣き出すのを見た。夜、あおいはあかねのノートを発見し、ずっと自分のために母親代わりとして頑張ってくれていたことを知った。あおいは御堂へ走り、しんのに好きだと告白する。しんのが「お前の気持ちは嬉しいよ」と断ろうとすると彼女は言葉を遮り、自分の思いを吐き出した。その上であおいは、「だけど私は、あか姉も大好きなんだ。あか姉は慎之介のことが、まだ好きなんだよ。もう、どうしていいか分かんない」と苦しい思いを吐露した…。

監督は長井龍雪、原作は超平和バスターズ、脚本は岡田麿里、製作は岩上敦宏&宇津井隆&市川南&古澤佳寛&井上伸一郎&清水暁、プロデューサーは尾崎紀子、共同プロデューサーは日高峻、プロデューサーは小田桐成美、アニメーションプロデューサーは賀部匠美、制作統括は岩田幹宏、プロデュースは斎藤俊輔、企画・プロデュースは清水博之&川村元気、キャラクターデザイン・総作画監督は田中将賀、絵コンテは長井龍雪、演出は長井龍雪&黒木美幸、美術監督は中村隆、色彩設計は中島和子、セットデザインは川妻智美、編集は西山茂、撮影・CG監督は森山博幸、音響監督は明田川仁、音響効果は上野励、色指定・検査は渡部侑子&長井彩香&原恭子&山口舞、音楽は横山克、主題歌『空の青さを知る人よ』『葵』は あいみょん。
声の出演は吉沢亮、吉岡里帆、松平健、若山詩音、落合福嗣、大地葉、種ア敦美、上村祐翔、吉野裕行、土田大、木島隆一、小林親弘、杉崎亮、前田弘喜、楠大典、江越彬紀、貫井柚佳、小形満、相馬康一、日野まり、高梨謙吾、河村梨恵、高宮彩織、田所陽向、所河ひとみ、原奈津子。


監督の長井龍雪、脚本家の岡田麿里、キャラクターデザイナーの田中将賀によるユニット「超平和バスターズ」が手掛けたアニメーション映画。
『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『心が叫びたがってるんだ。』に続く3部作の第3作という位置付けになっている。
慎之介の声を吉沢亮、あかねを吉岡里帆、新渡戸を松平健、あおいを若山詩音、正道を落合福嗣、正嗣を大地葉、千佳を種ア敦美、番場を上村祐翔、阿保を吉野裕行が担当している。

あおいは幼少期にあかねの東京行きを反対して田舎に留まらせたのに、自分がバンド活動のために東京へ出ることには何の迷いも 無い。自分は「ずっとあかねと一緒」と言っていたのに、自分から姉の元を離れることに対する躊躇は全く無い。
そのくせ、あかねには約束を破るなと要求する。
その身勝手さに対する罪悪感は、まるで見られない。
しかし中盤、しんのへの告白で、実はあかねを地元に縛り付けてしまったことへの負い目を感じていること、解放するために自分が地元を出ようと決めたことが明らかになる。

その告白によって、あおいを「自分なりに苦悩を抱えていたが、つい姉には反抗的な態度を取ってしまう」というキャラクターとして描写していくのかと思った。
ところが後半に入って、「あかねが一緒についていけば慎之介はクズにならなかった」「あかねのようになりたくない」などと言い出す。
また「自分のせいで姉は地元に残った」という問題を棚に上げて、あかねを傷付ける言葉を吐くのだ。
いやいや、それはダメだろ。

その時点で「こんなことを言いたいわけじゃない」というモノローグは入るので、あおいは本人なりに自己嫌悪を感じているようだ。
でも、「やりたいこと我慢して、後悔して。こんなトコで終わっていくなんて、そんなの絶対にゴメンだ」という言葉を吐いているんだよね。そこには、明らかに本音が込められている。
そうなると、前述した「あかねを地元に縛り付けているので、解放するために自分が地元を出ようと決めた」という証言が建て前だったことが露呈してしまう。
結局、ただの身勝手に過ぎなかったのだ。

あおいがあかねのノートを発見し、ずっと自分のために母親代わりとして頑張ってくれていたことを知るシーンがある。このシーンが到来
するまで、彼女は姉の苦労に全く気付いていないのだ。
難しい年頃なのは分かるけど、さすがにボンクラが過ぎないか。
「まだ高校生で未熟だから」という言い訳は、ちょっと通用しないなあ。自分で「姉のために云々」などとと、偉そうなことも言っちゃってるからね。
「ちゃんと分かっている妹」としてのスタンスを表明した後なので、全面的に擁護することは難しいなあ。

あおいが慎之介の批判に憤慨して「お遊びかどうか、見てもらおうじゃない」と言い、新渡戸が演奏を聴かせるよう持ち掛けるシーンがある。
あおいは普段から練習を重ねているので、すぐに充分な演奏が出来るのは分かる。
だけど正道は学生時代にバンドをやっていただけで、今は全く叩いていないはずだよね。そういう描写も、台詞での言及も無かったよね。
それなのにブランクを全く感じさせないのは、変じゃないかな。

あと、なんで『ガンダーラ』のロックバージョンなのか。
いや、もちろん学生時代の慎之介のバンドが演奏していたので、「だから」ってことは分かるのよ。でも『ガンダーラ』という曲が完全にミスマッチなもんだから、そのシーンが妙に滑稽に見えちゃうのよね。
さらに言うと、なぜあおいは歌も歌うのか。相手が求めているのはベースの技量であって、歌は要らないでしょ。
慎之介への当て付けなのも分かるんだけど、これまた要らない滑稽さが出ちゃってるのよ。
劇中でバンドメンバーが「なんで『ガンダーラ』なの?」と言ってるけど、同じ台詞が頭に浮かぶわ。

慎之介を「あかねに約束したような華やかな成功を収められず、今の自分への恥ずかしさから根性がネジ曲がった嫌な奴になっている」という風に描いているのは、分かりやすく伝わってくる。
だけど、そういう心情を理解した上で、それでも「クズだな、こいつ」と感じる。
不快感や嫌悪感ばかりが喚起されて、同情心や共感は微塵も湧かない。
どういう理由があろうと、「女がベースとか、そもそも向いちゃいないんだよ」と平気で吐き捨て、それを後悔する様子がゼロという時点で人間として完全にアウトだわ。

あおいは千佳が慎之介と一緒にいたという情報だけで激しい怒りを示しているが、「そこまで批判するようなことかな」と思ってしまう。
そこまで怒るのは「慎之介と千佳に何かあった」と決め付けているからなんだけど、「なぜ決め付ける?」と疑問を覚えるのよ。
たぶん「キャバ嬢が迎えに来ていたし、女遊びが激しい人間だ」という偏見からってことなんだろうけど、それにしても無理があるんじゃないかと。
もはや、「慎之介が酷い人間だと思い込みたくてバイアスが掛かっている」という状態なんじゃないかと思ってしまうぐらいなのよ。
いや、もしかすると、そういう風に描きたかったのかもしれないけど、だとしたら上手く表現できていないし。

慎之介はあおいから「あかねが土砂崩れでトンネルに閉じ込められたかもしれない」と聞かされても、そんなに動揺も焦りも見せない。
そして「まだ分かんないけど、今、ミジンコ(正道の愛称)が調べてくれてるけど」「連絡、取れなくて」という言葉に、「驚かすなよ。とりあえずはミジンコからの連絡待ちか」と余裕の態度で告げる。
そんな彼に対し、しんのが激怒して「なんでお前は突っ立ってんだよ。さっさとあかね捜して来いよ。なんでなんもしねえんだよ」と言うのは、その通りだわ。
惚れてた女が土砂崩れに巻き込まれた恐れがある状況なのに、全く焦りも不安も抱かないのは、さすがに冷たすぎるだろ。

終盤、しんのは慎之介に対し、「ビッグなミュージシャンになって、あかねを奪いに来るはずじゃなかったんかよ。それがバックバンドだってよ。それも演歌。だっせえ」と罵りの言葉を浴びせる。
慎之介が「俺だってそれなりにやってんだよ」と反論すると、「それだけ弾けりゃあ、どこでもやっていけるだろ」と彼は言う。
慎之介は「この世界はな、コネと運なんだよ。上手けりゃどうにかなるってもんじゃねえ」と語るが、しんのは納得しない。
この会話シーン、大いに引っ掛かるのよね。

まず、しんのが現在の慎之介の仕事を扱き下ろしている時点で大いに引っ掛かる。だが、まだ結末を見なけりゃ答えは出せないと思っていた。
そして答えが提示された時点で、「それは違うな」とハッキリと言い切れる。
この映画、最終的に「演歌歌手のバックバンド」という仕事を全否定してしまうのだ。
演歌というジャンルにも、バックバンドの仕事にも、プライドを持って向き合っている人は大勢いる。
そりゃあ慎之介にとって「自分がやりたい仕事じゃない」という思いはあったかもしれないけど、今さらバックバンドの仕事を全否定する結末に持って来られると、コレジャナイ感が強すぎるわ。

これって実は、「姉妹の絆の物語」に感動の種があるんだよね。極端なことを言っちゃうと、慎之介って「妹が姉の苦労を知る」というドラマのための道具に過ぎない。そこの恋愛要素って、削ったとしても大きな損失にならない。
なぜなら、そんなに引き付ける力は無いからだ。
慎之介の「こんなはずでは」みたいな腐った気持ちも、「どうでもいいわ」と冷めた気持ちしか湧かない。
そんな諸々を考えた時に、「しんのが御堂に出現するファンタジー要素ってホントに必要か」という疑問が湧く。
ロー・ファンタジーが超平和バスターズの持ち味なのは分かるけど、この映画で上手く機能させられているとは思えないのだ。

(観賞日:2022年11月23日)

 

*ポンコツ映画愛護協会