『空に住む』:2020、日本
両親を亡くした小早川直実は四十九日の法要を済ませ、飼い猫のハルを連れて東京の高層マンションを訪れた。マンションの一室に彼女が入ると、叔父の雅博と彼の妻である明日子が待っていた。その高層マンションは雅博が所有しており、直実に部屋を提供してくれたのだ。雅博は直実を管理人として雇い、家賃を受け取ろうとしなかった。翌朝、直実はコンシェルジュの近藤に挨拶し、電車に乗って勤務先の出版社「書肆狐林」に赴いた。久々に出勤した彼女は同僚に土産を渡し、後輩の木下愛子や社長の野村に挨拶した。
先輩の柏木は昨晩から自習室に入り、春川文芸大賞を受賞した吉田理の新作小説を一気に読んでいた。吉田は書き下ろしでの出版を希望していたが、野村は春からの連載を勧めていた。吉田の担当は愛子だが、彼女は妊娠して結婚を控えており、ほぼ野村の案件になっていた。元担当の直実は、世間に吉田の名前を広く知らしめるべきだと柏木に意見する。彼女は自分を担当に戻してほしいと頼むが、柏木は現場復帰が最優先だと述べた。
そこへ吉田が来ると、柏木は改めて現在の気持ちを尋ねた。吉田が「描き下ろしが出来ないから他の出版社に持ち込ませてもらいたい」と言うと、柏木は「売れても売れなくても、次も同じクオリティーの作品をウチで書いてください」と条件を出した上で、描き下ろしでの出版を約束した。吉田が去った後、柏木は直実に「売れる企画ありませんかね」と質問する。それが吉田の新作を描き下ろしで出すために野村が出した条件なのだと、彼は明かした。
翌日、マンションのエレベーターに乗った直実は、ある男性と出会った。サングラスを外した彼の顔を見て、直実は人気俳優の時戸森則だと気付いた。出勤した彼女は、女性社員たちに時戸の印象を尋ねる。愛子は好青年のイメージがある時戸について、「ただのイメージですから。たぶんヤバいですよ、あの男」と笑いながら評した。雅博と明日子は豪勢な料理とワインを持参して直実の部屋を訪れ、歓迎会を開いた。雅博は直実に、酔っ払った兄が「クモみたいな奴だ」と評していたことを話す。「蜘蛛」だと受け取った直実は嘆息し、「自分が蜘蛛みたいなのがたまらない。消えたい」と呟く。お見合いを持ち掛けられた彼女は、「男も仕事もたくさんですわ。蜘蛛ですから」と自虐気味に言う。雅博は「空に浮かんでる雲だよ」と説明するが、直実は何も反応せずにハルを抱き上げた。
直実が小さな花束を持ってエレベーターに乗ると、先客として時戸の姿があった。彼は大きな花束を持っており、「偶然だね。花束まで。好きなんだ?」と言う。直実が「花が枯れちゃうのが嫌で、枯れる前に次の飾らなくちゃって」と説明すると、時戸は「この花も仲間に入れてよ。ウチ、花瓶とか無くて。どうせ貰っても枯れちゃうだけだし」と花束を渡す。「オムライス作れる?朝からずっと食べたくて。でも無理か」と彼が語ると、直実は「無理じゃないですけど」と告げた。
直実は困惑しつつも、時戸を部屋に招き入れた。時戸が位牌に気付くと、直実は両親の死を教えた。彼女は1人分だけオムライスを調理し、時戸は口に運んで「美味い」と言う。引っ越しの荷物は片付けが終わっておらず、仕事を問われた直実は出版社の編集部員で文芸書や単行本を担当していると話す。時戸が猫がいることを知ると、直実は人見知りで家族以外の前には現れないと説明する。時戸からメールが苦手だから電話番号を教えてほしいと言われ、彼女は承諾した。時戸はオムライスを食べ終えて礼を言い、「ありがとう」と告げて直実を抱き締めた。彼は「俺も親、いないんだ」と告げ、部屋を後にした。
直実は雅博と明日子に誘われ、釣り堀へ出掛けた。恋人はいないのかと訊かれた彼女は、出会いが無いと答える。明日子が見合いを勧めると、直実は難色を示す。小説家はどうかと雅博が尋ねると、彼女は「現実的すぎる」と言う。好きなタイプについて明日子が時戸の名前を出すと、直実は狼狽した。風邪をひいた直実は、愛子と昼食を取った。愛子は「直実先輩は分かってますよね」と前置きし、子供の父親が吉田だと話す。全く知らなかった直実だが、気付いてたように装った。愛子は婚約者にバレてるかどうか分からないと言い、「どうでもいいのかな。私でさえあればいいんですから」と口にした。それを聞いて、直実は「出来た人、なのかな」と漏らした。
明日子はシャンパンをテーブルに置き、写真を撮ってインスタに投稿した。直実がタワーマンションに引っ越したと知って、編集部員たちは有名な場所なので興奮する。セレブなのかと問われた直実は、持っているのは叔父だと告げる。話を聞いていた愛子は、「元が誰のでもいいのよ。今、自分のなら」と口にする。直実は熱が高くなって帰宅し、そこへ明日子が訪ねて来た。雅博は1週間の出張中で、直実は1人だとすることか無いのだと語った。
直実が葬式で泣かなかったことについて、明日子は「強い」と評した。すると直実は、「泣かなかったんじゃなくて、泣けなかった」と言う。「良く分かんないんだけど、涙が出なかった。未だに泣いてない。冷たい人間なのかもね」と彼女が口にすると、明日子は「直実は冷たい人間じゃない。そういうことってあるのよ。あまりにも悲しくて泣けないことってあるの」と語る。直実が「悲しかったかどうか分かんないの」と言うと、彼女は「ダメだ、そういう風に考えちゃ」と告げた。
直実が寝ようとすると、時戸から電話が掛かって来た。「佐藤錦って知ってる?1人じゃ食べ切れないぐらいあるんだけど、来る?」と誘われ、直実は彼の部屋へ出向く。ワインを飲みながらさくらんぼを食べていると、時戸は直実にキスをした。直実が「なんで?」と動揺を見せると、彼は「キスされたそうな顔してたから」と告げる。「嫌?嫌なら、やめるけど」と言われた直実は2度目のキスを受け入れ、そのまま肉体関係を持った。
別の日、直実は時戸を自分の部屋に呼び、「なんか悪いことしてるみたいな顔してる」と指摘される。時戸から「やめる?俺はどっちでもいいんだけど」と言われた彼女は、「人生の岐路というわけですか」と告げる。「やめる?やめない?」とい問い掛けに、直実はキスを受け入れて関係を持った。雅博は出張から戻り、明日子と共に直実の部屋へ来た。直実は雅博から、インスタをやるよう勧められた。彼女は2人から夕食に誘われ、「今日は用事が」と断る。彼女は時戸と約束していたのだが、「仕事が忙しい」と嘘をついた。
直実は時戸から、感情と外側が一致していないと指摘される。「芝居は嘘の中に本当を作るけど、直実は本当のことが分かっているのに嘘をついている」という解説を聞いた彼女は、「だから泣けなかったのか」と納得した。直実は一緒に本を作らないかと時戸に提案し、ただのタレント本ではなく自身の哲学に関する本だと説明する。時戸は利用してくれることが嬉しいと言い、「それは役に立つってことでしょ。役に立ちたいじゃん」と前向きな態度を示した。
直実の家へ遊びに来た愛子は、豪華な部屋を見回して「凄いじゃないですか」と興奮した。「愛子だって、私が持ってない物、たくさん持ってるでしょ」と直実が言うと、彼女は「私のなんて、嘘で作った偽物ですから」と語る。「旦那さんとかみんなに悪いと思ってる?」という直実の質問に、愛子は「だからバレちゃダメなんです、絶対。人のこと傷付ける人って半端なんですよ」と告げる。彼女は周囲に妊娠8ヶ月と言っているが、今月産まれてもおかしくないのだと告白した。
直実が「騙せてないよ、きっと」と言うと、愛子は「夢だったんです、家族作るの」と口にした。家庭が複雑なのかと直実が訊くと、彼女は笑って「ごく普通の家族です」と答える。「君は女子力ハンパないね」と直実が言うと、愛子は「自分に出来ることしてるだけですから。出来ることしてれば、とりあえず前には進むじゃないですか。前に進めばそれでいいんです」と語った。直実は愛子を見送る時に時戸と遭遇し、「こんにちわ」と挨拶された。愛子から「時戸森則ですよね」と確認された直実は「ここに住んでるみたい」と告げ、親密な関係にあることは内緒にした。
直実が時戸を招いている時、明日子がインターホンを押した。直実は居留守を使うが、明日子は合鍵を持ってるのでドアを開ける。しかし何の応答も無いので、彼女は荷物を置いて去った。時戸は不機嫌になり、「キー持ってんの、マジ面倒なんだけど」と言う。「オムライス作るけど」と直実が告げると、彼は「嫌いなんだよ、卵」と立ち去った。後日、時戸の恋愛ゴシップが週刊誌に掲載され、書肆狐林の面々が話題にする。出勤した愛子は、直実が黙っているよう頼んでも無視し、同じマンションに住んでいることを同僚に話した。
直実は明日子に料理を作り、一緒に食べた。明日子は子供か欲しいので料理を学びたいと言い、「私は無理かなあと思ってるんだけどね。いなくたっていいかなあと思ったら、気が楽だよ。運命の問題だよね」と語る。直実が時戸について尋ねると、彼女は「いつも違う女の子を連れてる」と教える。明日子が「ああいう子って、女のこと人間だと思ってないのよ。支配して、飽きたらおしまい」と言うと、直実は話題を逸らすためにハルの様子を見に行く。するとハルの具合が悪そうなので、動物病院へ連れて行くことにした。
獣医はハルを採血して検査し、悪性リンパ腫だと直実に伝えた。ストレスも原因になると聞いた直実は、引っ越しによる環境の大きな変化が関係しているではないかと責任を感じる。獣医は彼女に、「大変なのは、これからです」と告げた。「ハルちゃん、おとなしいですね。こんなに我慢強い子は珍しいですよ。小早川さんに似たんでしょうね」と獣医が語ると、直実は「違う」と否定し、「我慢強くなんかないです、私」と口にした。
直実はゴミを出しに行って近藤と遭遇し、今週で異動になることを知らされた。彼女は連れ帰ったハルに餌を与えようとするが、食べてくれなかった。明日子がインターホンを鳴らすが、また直実は居留守を使った。後日、彼女が愛子の結婚式から帰宅すると、明日子が家に上がり込んでいた。明日子が「ハルほったらかして、何してんの」と微笑むと、直実は「明日子さんには関係ないよ」と苛立つ。「直実とハルは家族なんだから、関係ある」と言う明日子に、彼女は「明日子さんは家族じゃない。家族だったら何だっていうの?そんなの、ただの形でしょ」と声を荒らげる。明日子が「ハルのために泣いた?」と訊くと、彼女は「泣かなかったら何?泣いたら何か証明できるの?」と荒れる。ハルが嘔吐するのを見た直実は、「お願いだから、ほっといて」と明日子を追い出した…。監督・脚本は青山真治、原作は小竹正人『空に住む』(講談社)、脚本は池田千尋、製作は森雅貴、プロデューサーは井上鉄大&齋藤寛朗、撮影は中島美緒、照明は松本憲人、音響は菊池信之、美術は清水剛、編集・グレーディングは田巻源太、音楽は長嶌寛幸、主題歌『空に住む〜Living in your sky〜』は三代目J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBE。
出演は多部未華子、岸井ゆきの、美村里江、岩田剛典、柄本明、永瀬正敏、鶴見辰吾、岩下尚史、橋洋、大森南朋、斉藤陽一郎、片岡礼子、根本真陽、古都房子、ケイ龍進、土井ケイト、高尾悠希、田中志朋、松尾渉子、稲荷卓央、白田久子、水倉心凛、今井吉清、近藤雛子ら。
小竹正人による同名デビュー小説を基にした作品。
小竹正人はLDH所属の作詞家であり、三代目J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBEの『空に住む〜Living in your sky〜』が小説の主題歌としてセット販売された。同曲が、この映画の主題歌としても起用されている。
監督は『東京公園』『共喰い』の青山真治。
脚本は青山真治と『東京の日』『クリーピー 偽りの隣人』の池田千尋による共同。
直実を多部未華子、愛子を岸井ゆきの、明日子を美村里江、時戸を岩田剛典、近藤を柄本明、ペット葬儀屋を永瀬正敏、雅博を鶴見辰吾、野村を岩下尚史、柏木を橋洋、吉田を大森南朋が演じている。冒頭、直実は部屋から雅博と明日子が去った後、ソファーに寄り掛かって「空に住んでるみたい」と呟く。
でも、そのシーン、彼女が空を見て呟くだけなのよね。だから、ちっとも「空に住んでるみたい」という感想に共鳴できない。
普通に考えれば、そこは窓からの景色のカットを挿入すべきでしょ。まさか、そんなカットを撮影する予算さえ無かったわけでもあるまいに。
っていうか、映画が始まってからそのシーンに至るまでにも、「その部屋にいると、空に住んでいる感覚になる」と思わせる映像は全く無いのよね。っていうかさ、むしろ部屋から空が見えるカットなんて、最初はゼロにしておいてもいいんじゃないかと思うんだよね。
高層マンションに引っ越してきた直実だけど、外の景色には全く興味を示さない。だから彼女の気持ちに寄り添って、窓からの景色を写さないままで物語を進行するという形にしておいた方がいいんじゃないかと。
その上で、直実の心情が少しずつ変化する様子を描き、終盤になって初めて彼女が窓から外を眺める展開を用意する。
このタイミングで「空に住んでるみたい」と言わせた方が、「直実の心が解放された」という表現に繋がったんじゃないかと。直実の勤めている書肆狐林は、ちょっと風変わりな設定だ。郊外の住宅街にある庭付きの大きな古民家が、出版社になっているんだよね。
しかも、じゃあ個人や数名の小さな出版社なのかというと、社員は10名もいるんだよね。しかも野村が吉田に連載を勧めているってことは、自社で文芸誌も刊行しているってことだよね。
弱小の出版社なのに、定期発行の文芸誌まで持っているのか。
しかも、そんな出版社から文学賞を受賞する人気作家が連載も単行本も出しているし。「郊外の古民家」という設定に意味があればともかく、何も無いんだよね。
書肆狐林の場所は、たぶんハコちゃん(岩下尚史)の家である青梅邸だ。なので、それだけで風変わりな設定にしているようにしか思えないのよね。
あと細かいことだけど、ホワイトボードに貼っている文字の表記、「春川文芸 大賞受賞」は変じゃないか。
普通、「春川文芸大賞 受賞」じゃないかな。それとも、「春川文芸」ってのが文学賞の名称なのか。
っていうか「春川文芸」って何だよ。そのネーミング自体に違和感を覚えるわ。直実がエレベーターで時戸と遭遇するシーンは、1度目も2度目も見せ方が不可解。
まず1度目は、最初は足元のカットしか見せない。時戸がサングラスを外すシーンになって、初めて顔を見せる。まるで昔のスター俳優の登場シーンのような演出なのだ。
ようするに、その人物がスター俳優だと分かった途端に、観客席が盛り上がるという趣向になっているわけだ。
でも、岩田剛典だからね。
いや、そりゃあ人気者であることは紛れも無い事実だが、その演出は違うでしょ。例えば、事前に「時戸森則は大人気の俳優」ってことを提示していたり、「直実は時戸森則の大ファン」という設定が描かれていたりした場合、その演出は理解できるよ。でも、そうじゃないわけで。
2度目にしても、なぜエレベーターに入った直実が先客に「こんにちわ」と挨拶するカットの後、ドアが閉まって動き出してからカットを切り替えて時戸の姿を写すのか。
エレベーターのドアが開いて直実が入る時点で、そこに時戸にいることを見せればいいはずで。
そこのタイミングを微妙に遅らせる効果が全く見えない。「喪失感を抱えて前に踏み出せずにいたヒロインが、周囲の言動に影響されて少しずつ変化していく」というドラマを描きたいんだろうということは、何となく分かる。
ただ、この映画はヒロインに「両親の突然の死」を与えるだけでは許さない。その喪失感を克服する前に、さらなるダメージを与える。
「時戸に惚れたらクズの遊び人だった」というのが、まず最初のダメージ。
そして飼い猫のハルを病死で死亡させ、止めを刺そうとするのだ。最終的に、この映画は「両親を亡くし、心の支えになるように思えた男はクズだった、おまけに飼い猫も病死して辛いことばかりだけど、叔父と叔母がいるし、仕事もあるから何とか生きて行こう」という答えを用意している。
でも、それって希望が弱すぎやしないか。そこまでヒロインを追い込んで、何の得があるのか。
そりゃあ実際の生活では、それぐらい辛い目に遭う人もいるだろう。
でも映画としては、「喪失感を抱えるヒロインに追い打ちを掛けて、何がしたいのか」と言いたくなっちゃうのよね。粗筋ではカットしているが、直実が愛子や明日子と喋るシーンでは、様々な話題が出てくる。
例えば雅博の出張中に明日子が直実の部屋へ来た時には、「1人だとすること無くて。寂しいもんよ、専業主婦は」と言う。「明日子さんも寂しい?」と訊かれた彼女は、「私の場合、ある意味、終わってるし」と笑う。
その後、彼女は「親友時代はバブルの余波で遊び放題だったけど、終わっちまったら空っぽ」などと話す。
でも、そういう会話劇の大半は、「だから何なのか」と言いたくなるモノになっている。
本筋に上手く関連しなくても、登場人物や物語の厚みに貢献していればOKなんだけど、ただ空虚な雰囲気が漂うだけなんだよね。(観賞日:2022年10月21日)