『サイレント・トーキョー』:2020、日本

12月24日、主婦の山口アイコは恵比寿アークプレイスで手袋を購入し、喫茶店でテイクアウトのサンドウィッチとホットコーヒーを注文する。彼女は店員に「主人がね、ここのサンドウィッチがとても美味しいって」と言い、穏やかな微笑を浮かべた。その傍らを通り過ぎて店内へ入る朝比奈仁の後ろ姿に、アイコは視線をやった。彼女は広場のクリスマスツリー前へ行き、ベンチに座る。そしてサンドウィッチを取り出し、頭上を見上げた。
夜、東京タワーの展望台が爆破された。まだ会社員の印南綾乃と高梨真奈美は、東京タワーの見えるレストランで須永基樹と会食を取った。2人が積極的に話し掛けても、須永は全く気の無い様子だった。彼は田中という人物から「連絡とれました。例の件、クリスマスイブに実現しませんか?」とメールが届くと、席を外した。AM11:17。KXテレビで『ニュースドクター』を担当する社員の高沢雅也は、爆破予告の電話が入ったことを契約社員の来栖公太に伝えた。高沢はガセだと思いながらも、上の指示で現場へ行くこと来栖に告げる。彼は来栖に、警察には報告したが全く相手にされなかったと語った。
爆破予告は午後12時で、来栖と高沢は15分ほど前に電話の相手が言っていたツリーの前に着いた。するとアイコが高沢に声を掛け、ベンチに座るよう頼む。彼女は2人が『ニュースドクター』の人間であることを確認し、「今から起きることをテレビで流してください」と言う。高沢が軽く笑いながらもベンチに座ると、アイコは立ち上がった。彼女は「立ったら爆発します」と告げ、ベンチの裏にには30キロより軽くなると爆発する爆弾が仕掛けられていると説明した。
来栖がベンチの下を見ると、爆発物らしき物があった。アイコは高沢に生中継を指示し、「私たちは監視されてる」と言いながら来栖の手首に腕時計のような物を装着する。彼女は来栖を強引に連れ出し、館内放送で客に逃げるよう言えと命じられたと話す。来栖が腕時計のような道具について訊くと、アイコは爆弾だと教えた。警備室に入ったアイコと来栖は事情を説明するが、警備員は信じない。しかし直後にツリーの近くのゴミ箱が小さな爆発を起こしたため、慌てて警備員は客に避難を呼び掛けた。
客がバニック状態でモールから逃げ出す中、アイコと来栖は警備室を出て行く。警察の爆弾処理班が到着し、1人が高沢に歩み寄った。彼がベンチの爆弾を液体窒素で冷却処理しようとする様子は、高沢のカメラで生中継された。それをスマホで見ていた朝比奈は、「いつもそうだとは限らないんだよ」と呟いた。その瞬間、大きな爆発音が鳴り響いた。アイコは来栖を連れて、マンションの一室に入った。部屋にはテレビたけが置いてあり、犯人の指示書が貼り付けられていた。須永はショッピングモールの喫茶店に入ってサンドイッチを注文し、新聞に目をやった。
PM2:46。警視庁渋谷署の世田志乃夫は後輩の泉大輝から、爆破事件で招集が掛かったことを知らされた。泉が資料を渡そうとすると、彼は「資料は人間が書いてる。人間には先入観がある。それが捜査の妨げになる」と受け取らなかった。渋谷署には爆発事件対策本部が設置され、捜査一課管理官の鈴木学が指揮を執った。ツリーの爆弾は光と音だけで、被害者は出なかった。世田は泉に、「その気になれば犯人は爆薬もセットできた。大勢の人を殺せた。だけど、あえてしなかった」と語った。
高沢はショックが大きく、医師から事情聴取の許可が出なかった。ゴミ箱の爆発物は、高度な技術で爆風の方向をコントロールされていた。犯行声明が動画サイトにアップされたという知らせが入り、対策本部の面々が確認する。犯人として話していたのは、指示書の命令通りに動いた来栖だった。彼はカメラに向かい、総理大臣とテレビの生放送で一対一の対話を要求する。そして要求が受け入れられない場合、午後6時に渋谷のハチ公前で本物の爆弾を爆発させると予告した。映像の最後には、「これは、戦争だ」の文字が表示された。
テレビのニュースでは、磯山内閣発足が報じられていた。総理大臣に就任した磯山毅は、「他国の侵略があった場合、立ち向かう力が必要になる。この国を戦争の出来る国にする」と語った。須永がレストランで待っていると、田中がやって来た。須永が「頼んでいた物は?」と言うと、彼は「まだ不完全ですが」と前置きして封筒を差し出した。来栖は「犯人だと思われましたよね」とアイコの前で落ち込み、指示書に記されている場所に向かおうとする。アイコは「貴方は大丈夫よ」と優しい言葉を掛け、彼を抱き締めた。
PM3:21。真奈美は綾乃から、須永の部屋に行ったと聞いて驚いた。しかし綾乃は不満そうに、須永が物静かに焼き鳥を焼いて食べさせただけだったと話す。人気アプリの開発者として有名になった須永だが、それを綾乃が称賛すると「面倒なことが増えた」と漏らす。真奈美は綾乃から話を聞き、人気レストランの予約が取れたら誘ってみないかと持ち掛けた。須永は仕事場を兼ねたマンションに戻ろうとして、聞き込みに回っていた世田と泉に職務質問された。綾乃から電話でレストランに誘われた彼は、仕事で横浜に行くと断った。12時頃の行動を問われた須永の落ち着き払った態度に、世田は不審を抱いた。彼は泉に、浅草で手榴弾騒ぎがあったことを指摘した。
自宅に入った須永は、テレビのニュースで磯山が爆破予告に対して「日本はテロに屈することは無い。テロリストに対して、いかなる交渉もしない」と断言していた。世田は須永に詳しく話を聞くため、泉を連れて彼の部屋を訪れた。自衛隊員の里中譲は、地雷撤去の訓練を指揮していた。彼は隊員の1人に「お前の考えた計画、実行するよ」と宣言し、「最高のクリスマスになりますね」と返された。PM3:45。ハチ公前に警官隊が到着し、集まっている市民に退去を指示して爆発物の捜索を開始した。須永は都内のビジネスホテルのカフェへ行き、上京した母の尚江と再婚相手の男性に会った。彼は東京での予定を尋ね、渋谷には行かないよう忠告した。
PM3:55。渋谷駅前に機動隊が到着し、交通規制を開始した。PM4:22。警察による封鎖と爆弾捜索が続く中、大勢の人々が渋谷駅前に押し寄せる状況が続いていた。国会議事堂前では、「打倒・磯山内閣」を掲げる人々のデモが行われた。PM5:02。世田と泉が駅前に着いた時も、相変わらず大量の野次馬が集まっていた。PM5:32。真奈美は怖がる綾乃を「こんな日じゃなきゃキャンセルなんて無いんだから」と渋谷へ連れ出し、予約まで時間があるので駅前を見に行こうと誘う。「爆発あったらどうするの?」と綾乃が驚くと、彼女は軽く笑って「無いから。万が一あったとしても場所と時間が決まってるんだよ。その時にいなきゃいいだけ」と言う。渋谷駅に向かう須永を目撃した真奈美は腹を立て、「あいつのこと、追い掛けない?」と綾乃に告げた。
PM5:38。ハチ公広場の立ち入り規制が完了する。世田と泉は小型カメラで周囲を撮影しながら歩く須永を目撃し、ゆっくりと後を追う。真奈美と綾乃も駅を出て、須永を尾行する。1人の若者がクラッカーを鳴らし、「爆弾だ」と騒ぐ。世田が若者を制圧している間に、須永は姿を消した。PM5:58。ハチ公広場に大勢の若者が突入し、YouTuberが動画を撮影する。18時になっても何も起きなかったが、その直後に渋谷駅ビルのコインロッカーが爆発した。
世田が意識を取り戻すと、周囲では大勢の死傷者が出ていた。泉は怪我を負って倒れ、動けない状態だった。ビルの屋上に人影を発見した世田は、急いで現場へ向かった。彼が拳銃を向けると、カメラを構えた来栖が両手を挙げた。帰宅した須永は、爆発の瞬間の映像を確認した。磯山は爆破テロに関して記者から「犯人と対話するつもりは無かったのか」と質問され、「どんな事態であろうとテロリストと交渉することは考えていない。日本はテロに屈しない」と断言した。
渋谷署で世田の尋問を受けた来栖は、自分もアイコも全て犯人の指示通りに動いていただけだと証言する。来栖は腕時計型爆弾は偽物だと知らされたが、アイコが今も本物だと思って爆弾を運んでいると訴えた。軽傷で済んだ真奈美は臨時の救護所で手当てを受け、綾乃を巻き込んだ罪悪感に見舞われる。綾乃は重傷を負って搬送されたはずだが、真奈美が看護師に居場所を尋ねても分からなかった。真奈美は須永のマンションへ行き、鋭く睨み付けて「綾乃が死んだかもしれない」と言う。「そう」と須永が短く返すと、「心配じゃないの?」と彼女は責めるように告げた。
須永が「あの状況で渋谷に行くなんて、この国の人ぐらいで、想像力が無さすぎる」と語ると、真奈美は「何偉そうに言ってるの?」と彼も渋谷にいたことを指摘する。須永が「僕はハチ公から50メートル離れていた」と反論すると、彼女は爆弾から離れればいいと知っていたことに気付いた。真奈美が「どうしてそんなこと知ってるの?」と言うと、須永は無言で別の部屋に移動した。真奈美は机の引き出しを調べてノートパソコンを開き、爆発の映像を見た。犯人は改めて磯山との対話を要求し、拒否すれば今夜10時に東京のどこかで爆弾が爆発するという声明を出した。
PM7:31。来栖はKXテレビのプロデューサーにホテルへ案内され、翌日の独占インタビューに備えるよう指示される。プロデューサーは台本を用意しており、そのまま喋るよう告げる。「その先には正社員が待ってるからな」と言われた来栖は、テレビで流れた爆発の映像を見る。ホテルから逃げ出そうとした彼は、エレベーターを待っている時に嘔吐した。世田は鈴木から「お前は大丈夫なのか。10年になるか。逮捕の逆恨みなんてな」と訊かれ、「付き合っていくしか無いさ」と答えた。「事件の話をしないか」と彼が言うと、「何か見落としている気がする」と鈴木は口にした。
鈴木は現場の状況を見て、犯人が爆破しない考えも持っていたのではないかと推測していた。彼が「総理が対話に応じていれば。ただ殺戮をしたかったわけじゃない」と語ると、世田は「これは戦争だ。犯人は何度もそう言ってる」と述べ、戦争を知っている人物が犯人だと指摘する。警察署を出ようとした彼は、真奈美に気付いて声を掛けた。すると真奈美は須永の部屋から持ち出した封筒を渡し、「私、爆破事件の犯人を知ってます」と告げた。
PM8:20。須永は珈琲店に入り、マスターに「年配の店員さんは?」と問い掛ける。マスターが今日は休みだと告げると、須永は居場所を尋ねる。「そこまでは」とマスターが言った直後、世田が須永の背後から拳銃を突き付ける。「知ってることを全部話せ。この店に勤める男が元自衛官だということは掴んでる。そいつが爆弾を作ったのか?」と彼が詰問すると、「お袋が再婚する。50を超えて、ようやく幸せに。愛した男が何も言わずに出て行って、辛かったはずなのに、愚痴も言わずに俺を育ててくれて」と須永は話す。
「何を言ってる?」と世田が困惑すると、須永は「困るだろ。そんな状況で昔消えた奴が出て来たら。そいつが爆弾犯だったら。お袋の幸せが壊されるだろ」と感情的になった。須永が店から逃げだそうとするので、世田は追い掛けて取り押さえた。須永は「アンタが殺してくれよ」と要求し、会社の留守電に爆弾の情報が入っていると教えた。世田は須永の案内で、朝比奈のアパートへ向かう。するとメモが残されており、世田は鈴木に「次の爆破場所は東京タワーだ」と連絡した。
PM8:53。世田と須永は車で東京タワーに向かう。アイコは爆弾の入った鞄を傍らに置き、レストランの窓際に座っている。そこへ朝比奈が現れて、「貴方が今辿っているコースは、俺が考えたんですよ。昔、先輩に言われたんです。クリスマスに東京観光をしたいんだけど、どんなコースがいいのか分からないって。だから俺が計画を立てた」と話す。彼は「先輩は何も悪いことをしてないのに、理不尽に死んだ。けどこの国の人たちは、そんなことろくに知りもしない。貴方なら、その悲しみを分かってくれると思って」と告げ、「俺は、貴方を救いに来たんだ」とアイコに言う…。

監督は波多野貴文、原作は秦建日子『サイレント・トーキョー And so this is Xmas』(河出文庫刊)、脚本は山浦雅大、製作は藤田浩幸&村松秀信&加太孝明&中村卓&吉田尚子&佐野真之&小野寺優&清水厚志&五老剛&多湖慎一&村松克也&川村岬&酒井修&三吉吉三、企画は阿比留一彦&紀伊宗之、エグゼクティブプロデューサーは石黒研三&安藤親広、プロデューサーは在原遥子&川田亮&長谷川晴彦&小柳智則、撮影は山田康介、照明は渡部嘉、録音は植村貴弘、美術は黒瀧きみえ、編集は穗垣順之助、音楽は大間々昂、音楽プロデューサーは津島玄一&水田大介、エンディングソングはAwich『Happy X-mas (War Is Over)』。
出演は佐藤浩市、西島秀俊、石田ゆり子、中村倫也、広瀬アリス、井之脇海、財前直見、鶴見辰吾、勝地涼、大場泰正、野間口徹、毎熊克哉、加弥乃、金井勇太、おかやまはじめ、西川可奈子、長村航希、冨手麻妙、水澤紳吾、須田邦裕、浅見小四郎、石田剛太、加藤雅人、水石亜飛夢、芋生悠、登坂淳一、土屋佑壱、小林元樹、まりゑ、松菜乃子、田河也実、川口和空、みっき〜、おだけいすけ、あの、結城さなえ、中村尚樹、若林秀敏、三輪江一、林光哲、大島雄貴ら。


秦建日子の小説『サイレント・トーキョー And so this is Xmas』を基にした作品。
監督は『オズランド 笑顔の魔法おしえます。』の波多野貴文。
脚本は『ハルチカ』『亜人』の山浦雅大。
朝比奈を佐藤浩市、世田を西島秀俊、アイコを石田ゆり子、須永を中村倫也、真奈美を広瀬アリス、来栖を井之脇海、尚江を財前直見、磯山を鶴見辰吾、泉を勝地涼、鈴木を大場泰正、田中を野間口徹、里中を毎熊克哉、綾乃を加弥乃、高沢を金井勇太が演じている。

序盤、東京タワーの展望台が爆破されるシーンがある。そこからカットが切り替わると、綾乃と真奈美が東京タワーの見えるレストランで須永と会っている様子が映し出される。
「綾乃たちのパートは過去」ってのは、何となく分かる。ただし、どれぐらい前なのかは不明だ。
っていうか、ここで中途半端な過去が入ることで、構成として無駄にややこしくなっている。
これは後回しにして、回想として挿入した方が見やすかったと思うぞ。

いっそのこと回想シーンも無くして、須永については「数日前に合コンで一緒だった人だよ」とか綾乃か真奈美に台詞で言わせる程度でも済んだのではないかと思ってしまう。
それぐらい、須永と綾乃の関係性って薄いんだし。どうせ綾乃が須永を尾行する展開は不自然さが強いんだし。
まあ、何が「どうせ」なのかと問われたら、上手い答えが見つからないんだけどね。だって、それってホントは「どうせ」で済ませちゃいけない欠陥だから。
あとさ、東京タワーが爆発するシーンも、現実じゃないんだよね。誰かの妄想ってことかもしれないけど、そういうのを良く分からないタイミングで挿入する意図も謎だわ。

高沢は爆破予告について、警察には報告したが「ご通報、ありがとうございます」と軽い調子で言われたことを来栖に教える。そして実際、警察は全く動かなかった設定だ。
だけどガセだと思っていても、警察は爆弾関連だと基本的に調べるはずだぞ。もしマジだったら、大変なことになるからね。
ここは普通の通報とは切り分けて考えなきゃいけない問題であって、そこで警察の怠慢とかヌルさを指摘するのは現実とズレている。
実際、ガセの爆弾騒ぎで警察が出動したニュースは、何度も報じられているでしょうに。

恵比寿アークプレイスの爆破事件が起きた後、須永が喫茶店に来るシーンがある。だけど、普通に営業しているのは有り得ないだろ。
すぐ近くで爆破テロが起きたのに、どういうことなんだよ。警察も、普通に営業させているのかよ。
あと、ハチ公前の爆破予告があった後の、警察の封鎖も甘すぎるだろ。なんで渋谷駅前に、あれだけ大勢の人が集まれるんだよ。その辺りも封鎖の対象に含めるべきだろ。
リアルを感じさせる描写を徹底しなきゃいけないのに、色んなトコに違和感や不可解さを覚えてしまうのよね。

アイコが巻き込まれた被害者ではなく実行犯なのは、最初からバレバレだ。本気で犯人ではないと思わせたいのなら、アイコのパートから始めて、空を見上げてタイトルロールという構成は絶対に避けた方がいい。
「犯人と対話するつもりは無い。日本はテロに屈しない」という磯山の発言をテレビで見ているアイコの様子が映し出されるシーンがあるが、ここで「その発言にアイコが怒っている」ってことはバレバレになっているし、もはや彼女が犯人なのを隠す気なんて無さそうにも思える。
でもミスリードを狙った描写もあるし、その辺りが「どっち付かず」に感じられる。
たぶん、一応は隠しているつもりなんだろうなあ。そしてヒントとして、アイコの描写を挿入しているんだろうなあ。
あまりにもヒントが分かりやすいせいで、バレバレになっているんだろう。親切心も、時には仇になるわけだね。

須永は真奈美&綾乃とレストランで会った時、まるで気の無い様子を見せる。綾乃が部屋に来た時も、つまらなそうに焼き鳥を焼いているだけだ。
そんなに興味が無いのなら、なぜ自分から合コンに行ったり女を部屋に呼んだりするのか。積極的な行動と、そこでの無愛想な態度が矛盾してるだろ。
こいつのキャラクター造形には、完全に失敗している。
しかも困ったことに、そんなに感情の乏しいキャラにしておく意味が皆無なのだ。「犯人だと思わせるミスリード」としての造形だとしても、方向性を間違えているとしか思えない。

磯山の「テロには屈しない」という映像の後、2人の自衛官が地雷の撤去訓練をしていたシーンが挿入される。これは構成として、かなり不細工だと言わざるを得ない。
これだと、現在なのか過去なのかも、そいつらが誰なのかも、サッパリ分からないのだ。
ネタバレを書くと、それは朝比奈とアイコの亡き夫の里中譲だ。もちろん、意図的に情報が分からないようにしてあるんだろうとは思う。
だけど、そこまで全て隠してしまうと、逆に「余計な情報」として障害になる。
せめて朝比奈の回想として描いて、「そこにいる若い隊員は彼」ってことぐらいは分かりやすく伝えた方がいいんじゃないか。

爆破予告があった場所に、コスプレ集団を含む大勢の若者たちが集まって陽気に盛り上がる展開がある。
きっと「日本人がテロに対して鈍感すぎる」「危機感が無さすぎる」ってことをアピールしたかったんだろうけど、さすがに無理があるかなと。
そういうバカが皆無だとは言わないけど、日本人って「聞き分けがいい」という意味では、世界でも有数の人種だと思うのよね。だから、あれだけ大勢が危機感も無く集まるのは、ちょっと非現実的に感じるのよ。
それに以前と違って、テロに対する捉え方も違ってきているはずだし。
この映画の内容で「日本人よ、もっと危機感を持て」と訴えるには、10年ぐらいタイミングが遅かったんじゃないかなと。

真奈美は臨時の救護所で手当てを受け、綾乃を巻き込んだ罪悪感に見舞われる。
ここで2人の回想を短く幾つも重ねるけど、そんなの全く要らないでしょ。綾乃が重傷を負ったシーンだけで事足りるよ。
「平和だったトコから爆発で重傷」という落差を表現したかったのかもしれないが、そんなトコだけ贅沢に時間を使ってどうすんのよ。
あと、綾乃は罪悪感を抱いていたはずなのに、「須永が悪い」と責任転嫁するのはクズすぎるだろ。須永が渋谷にいたのは彼の自由であって、それを追い掛けようと言い出したのはテメエだろうに。

真奈美が部屋を訪ねた時、「どうしてそんなこと知ってるの?」と詰問された須永は無言で別の部屋に移動する。
だけど、まず真奈美を追い出せよ。彼女が来た時には、出掛けるから早く立ち去ってくれと要求していただろうに。
邪魔な女がマズい事実に気付いたのに、なぜ放置したまま別の部屋に移動しているんだよ。そこでの行動の不用意さは、あまりにも不自然だろ。
「彼女に事実を知られても構わないと思っている」とか「実は止めて欲しい気持ちもある」ってことならともかく、そうじゃないんだからさ。

終盤、世田が「意味のない復讐は止めろ」と告げると、朝比奈は「爆破を起こしたのは、お前たち無関心な日本国民だろうが」と怒鳴る。
それに対しては、「いや違いますけど」と冷めた態度で否定したくなるわ。何を責任転嫁してんのかと。
その後、朝比奈と里中がPKOでカンボジアに行った時の回想が描かれる。地雷の爆破処理をしていると少女が来て「戦争でみんな死んだ。あんたたちのせいで母さんと弟が死んだ。あんたたちのせいで戦争が酷くなった」と言って、地雷を踏んで自爆する。
でも、その少女の批判は完全に御門違いなのよね。
だから、それを「強烈なメッセージのあるシーン」のように描かれても、何も心に響かない。

しかも、これがアイコの犯罪に全く関係ないのだ。
完全ネタバレだが、里中は地雷の一件で足が不自由になった後、精神を病んでしまう。そして彼は「僕のすべきことが分かった。2人で学校を作ろう。僕が先生で君が生徒」と言い出し、厳しい態度でアイコに爆弾の作り方を教え始める。
彼はアイコに、「世界に確かな正義は無いと思い知らされた。あんな可愛い女の子が人を殺そうとするなんて。僕には君を守る義務がある。知識と技術を全て教える。そうすれば理不尽な悪意から身を守れる」と語る。
つまり、彼は戦地で感じたことや体験を経て、「日本人は危機感が足りない。目覚めるべきだ」と考えるようになったわけじゃないのだ。

アイコは磯山の会見を見て、「あの総理は戦争の何を知っているのだろう」と思ったことを朝比奈に話す。
そして「私は知っている。夫と私が過ごした時間、あれはずっと戦争だった。だから総理と総理を選んだ国民に、夫が殺された戦争という物を教えてあげなくてはと思った」と語る。
でも彼女は頭のおかしくなった男の主張を引き継いでいるだけであって、そこに「戦争を体験した人間の悲痛な叫び」など存在しないのだ。
っていうか、アイコが体験した時間も戦争じゃねえし。イカれた男のイカれた特訓でしかないし。

朝比奈は「分かる。同じ気持ちだ。でも、この国を信じたい。もう一度チャンスを上げてもいんじゃないかな」と説得し、アイコは爆弾の解除コードを教える。
だけど、それで素直に教えるのは、あまりにも都合が良すぎるだろ。イカれた考えに凝り固まっていた彼女が考えを変えるに至るような出来事なんて、何も無かっただろうに。
その場で出て来た朝比奈の言葉だけで簡単に翻意するような奴が、連続爆破テロ事件なんて起こすかね。
「必ず実行すると決意していたわけじゃなく、爆破しない選択肢もあった」という設定ではあるけど、「もう一度チャンスを与えてもいい」と思えないから爆破を繰り返したんでしょうに。
磯山の発言も政府の対応も、何も変わっちゃいないぞ。国民の危機意識については、アイコが知る由も無いし。

(観賞日:2022年4月22日)

 

*ポンコツ映画愛護協会