『シャイロックの子供たち』:2023、日本

黒田道春は妻の亜希子と舞台劇『ヴェニスの商人』を観賞した。帰り道、亜希子から「お金を貸したシャイロックが悪いみたいになってるけど、本当はお金を返さない方が悪いわけじゃない?」と言われた彼は、「確かにそうだな」と答える。黒田はお金を返せばいいわけじゃないことを、誰よりも知っていた。彼は東京第一銀行の鎌田支店で勤務していた頃、キャッシュボックスから金を盗んで競馬に注ぎ込み、勝って密かに返していた。そこへ検査部の男が来て帯封を拾い、「ゴミは拾っといて下さいね」と立ち去った。
東京第一銀行長原支店で営業課相談グループの課長代理を務める西木雅博は出勤し、部下の北川愛理たちと仕事を始めた。お客様二課の半田麻紀は態度が悪く、営業課は所ヒカルは不快感を覚えていた。西木は飲み仲間の沢崎肇が来ると歓迎し、相続問題で相談に乗ると約束したことを北川に教えた。彼は沢崎に、普通預金の口座を作るよう促した。江島エステートの江島という人物から、お客様一課の課長代理を務める滝野真に電話が入った。電話を受けた北川に、お客様二課の田端洋司は滝野が会議に出席していることを教えた。
支店長の九条と副支店長の古川一夫は、お客様一課の課長である鹿島昇と課長代理の滝野&遠藤拓治、お客様二課の課長を務める松岡建造を呼んで会議を開いていた。松岡は古川から新規融資の見込みについて質問され、不景気で多くの取引先が赤字に転落していると説明する。新規開拓案を問われた遠藤は進捗状況を説明するが、分析不足たと古川に指摘される。滝野は支店に来てから1ヶ月だが見事なリストを作成しており、九条は称賛した。鹿島は九条から、もう少し細かく遠藤を指導するよう指示された。
滝野は石本浩一からの電話を無視し、留守電のメッセージを聞かずに削除した。しかし石本は江島の名前を使って連絡し、「相談に乗ってもらいたい」と告げる。「もう赤坂支店の人間じゃないので」と滝野は告げるが、「色々とお世話してるでしょ」と言われると指定の場所へ行くことを承諾した。石本は住宅会社「江島エステート」の事務所に滝野を呼び寄せて、「ウチと組んでいたが、途中で金が無くなって黒字倒産した」と説明した。
石本は江島エステートが表向きは生きていること、借金のカタとして自分に権利が残されたことを話す。そして「俺が住宅地を作り、江島エステートが建て売り住宅を造設する20億のプロジェクトだった。10億以上を注ぎ込んだが、建設に着手した途端、江島が飛んだ」と言い、プロジェクトを完成させるために10億円を融資してほしいと持ち掛けた。石本は自分が江島に成り済ますための手筈を整えており、売り上げで10億円を返済すると告げた。
古川は会議の席で、投資信託担当の田端洋司や遠藤の実績が低いことを激しく責めた。滝野は九条から前倒しできる案件は無いかと問われ、江地エステートが10億円の融資を求めていることを話す。石本はバイトを雇って大勢の社員がいるように偽装し、九条を事務所に迎えた。彼は偽造した決算報告書を見せ、九条から担保について訊かれると「他の銀行なら簡単に運転資金を調達できる」と言う。慌てた九条は検討させてほしいと頼み、上層部に話を通した。石本は江島の印鑑も偽造しており、印鑑登録証明書に押印した。
沢崎は所有する不動産を西木に見せるが、どれも問題があって売れそうに無い物件ばかりだった。最後に沢崎が案内したのは20億円で購入したビルで、耐震強度を偽装していた。滝野は鹿島に印鑑登録証明書を渡し、無事に処理された。三ヶ月後、個人業績トップだった滝野は、九条から特別表彰を受けた。彼は石本からの電話で、開発案件が進まず資金繰りが悪化していると告げられた。石本は今月の利払いである100万円の肩代わりを滝野に頼み、電話を切った。
田端は大田市場へ持って行く900万円の入った袋を受け取るが、別の用事で席を外した。その間に滝野は袋から100万円を盗み取り、銀行で入金した。滝野は振込受付書を食堂のゴミ箱に捨てた時、外した帯封を気付かずに落としてしまった。田端は市場へ金を届けて、足りないことを知る。長原支店の行員が全員で捜索するが、100万円は見つからなかった。西木はゴミ袋を探して振込受付書を見つけるが、誰にも言わずポケットに入れた。食堂に入った半田は、帯封を見つけた。
全員で互いのデスクとロッカーを調べることになり、北川の鞄から帯封が見つかった。古川たちは北川を窃盗犯だと決め付けて責めるが、西木は彼女を擁護した。西木が警察に届けて帯封の指紋を調べてもらうよう主張すると、九条は北川を解放した。彼は同席していた西木と古川、営業課長の高島勲に、相談を持ち掛けた。西木はヤミ金の男たちに捕まり、車で拉致されそうになる。そこへ滝野が駆け付けて助けに入ると、男たちは去った。西木は滝野に、兄の会社が倒産したこと、頼まれて2億円の連帯保証人になっていたことを話す。兄はヤミ金から500万円を借りており、西木は自分が返済すると約束した。妻とは書類上で離婚し、2ヶ月前から別居していた。
翌朝、九条と古川は行員を集め、100万円は見つかったと嘘をついた。西木は北川に問い詰められ、自分たちが分担して金を出したことを告白した。北川は半田が発する犯人扱いの言葉に腹を立て、「私はやってません」と主張した。西木は半田に「刑事事件にすることを検討してる。帯封の指紋を調べれば、誰が触れたか分かる」と話して尋問し、北川の鞄に入れたことを白状させた。半田は西木の質問を受け、食堂で帯封を拾ったことを証言した。
遠藤は「洗足池バンキングの社長から、社員に新規口座を売り込んでもいいという許しが出た」と興奮した様子で語り、粗品を大量に持ち出そうとする。西木は止めるが、鹿島は遠藤を応援して許可した。江島エステート宛ての封筒が尋ね人無しで戻って来るが、滝野は外出中で電話も繋がらなかったので田端が代理で届けに行く。そこ古いアパートの一室で、誰もいなかった。田端は不審を抱くが、戻って来た滝野は「社屋の建て直しで間借りしているだけだ」と説明した。
田端と北川が疑いを抱いてアパートを調べに行くと、西木が来ていた。西木は隣の住人から、その部屋がずっと留守だと聞く。田端は郵便受けを調べ、部屋の契約者が石本浩一だと知った報告を受けた九条や古川たちは、滝野を呼び出した。口座には30万円しか残っておらず、古川は滝野を叱責した。遠藤は鹿島に洗足池バンキングから50億の融資が決まりそうだと言い、社長に会ってほしいと頼む。鹿島が付いて行くと、遠藤は神社に案内した。彼は神社の狛犬に大量の粗品を備えており、社長と呼んだ。
本部検査部の次長である黒田は部下の堂島俊介たちを連れて長原支店を訪れ、調査を開始した。田端は堂島の尋問を受け、100万円の紛失について語った。堂島は九条たちの預金明細を調べ、肩代わりしたことを確信する。黒田から追及を受けた九条は2人にしてほしいと頼み、8年前に会っていることを明かす。彼か検査部時代に黒田が落とした帯封を拾ったことを話し、盗んだ金を競馬に使っていたのだろうと指摘した。九条は取引を持ち掛け、黒田はお咎め無しで支店を去った。西木は印鑑証明書をコピーし、偽造だと知った。西木&北川&田端は滝野を呼び出し、真実を話すよう要求した。滝野は自分の判断ミスだと言うが、西木は彼が100万円を盗んだ犯人だと見抜いた…。

監督は本木克英、原作は池井戸潤『シャイロックの子供たち』(文春文庫刊)、脚本はツバキミチオ、製作は高橋敏弘&西新&今村俊昭&池井戸潤&高菜祐介&五老剛&中部嘉人&室橋義隆&渡辺勝也&浅田靖浩&井田寛&松岡雄浩&寺内達郎&森君夫、エグゼクティブプロデューサーは吉田繁暁&三輪祐見子、プロデューサーは矢島孝&石田聡子、共同プロデューサーは中川慎子、撮影は藤澤順一、照明は志村昭裕、美術は西村貴志、録音は栗原和弘、編集は川瀬功、音楽は安川午朗、主題歌『yes. I. do』はエレファントカシマシ。
出演は阿部サダヲ、佐々木蔵之介、上戸彩、橋爪功、玉森裕太、柄本明、柳葉敏郎、杉本哲太、佐藤隆太、渡辺いっけい、忍成修吾、近藤公園、木南晴夏、酒井若菜、西村直人、中井千聖、森口瑤子、前川泰之、安井順平、徳井優、斎藤汰鷹、高川裕也、青木健、遠田恵理香、加藤満、小川隆市、井川哲也、篠宮暁、山下剛、宮瀬茉祐子、牧野莉佳、木原勝利、斉藤マッチュ、石本政晶、柳谷一成、中村祐美子、松菜乃子、佐々木文彦、久保田あやめ、新田健太、志村治彦、坂東彦三郎、松宮なつ、野島透也、菊地荒太、井上享、諫早幸作ら。


池井戸潤の同名小説を基にした作品。
監督は『空飛ぶタイヤ』『居眠り磐音』の本木克英。
脚本担当の「ツバキミチオ」は、原作者である池井戸潤の変名。
西木を阿部サダヲ、黒田を佐々木蔵之介、北川を上戸彩、石本を橋爪功、田端を玉森裕太、沢崎を柄本明、九条を柳葉敏郎、古川を杉本哲太、滝野を佐藤隆太、鹿島を渡辺いっけい、遠藤を忍成修吾、高島を近藤公園、半田を木南晴夏、滝野の妻を酒井若菜、松岡を西村直人、所を中井千聖が演じている。

具体的に何があったのかは後半まで明かされないが、滝野が石本に何かしらの弱みを握られていることは序盤から分かるようになっている。
だから、石本が持ち掛けた案件が明らかに怪しくても、滝野が全面的に協力するのは分からなくもない。
ただ、融資した10億円が確実に戻って来るような案件ではなく、低く見積もっても詐欺まがいの計画ってのはバレバレだ。
なので、そんな案件に軽く騙されて10億を出す銀行サイドが、ボンクラの極みにしか見えない。

まだ石本の協力者である滝野はともかく、九条や古川たちもノリノリで、不安材料を提示して止めようとする奴が誰もいないのは、どういうことなのか。
初めての融資先なんだから、江島エステートについて調査するような作業は必要不可欠じゃないのか。
担保も無いのに、それでも上層部を説得して融資するってのは、どういう了見なのか。
そこまで銀行支店が借主に対して低姿勢で出なきゃいけない理由が、良く分からない。
銀行がブラックで上から圧力を掛けられてるとか、首が懸かっているとか、そういうことでもないし。

なんか最初から「長原支店が融資で大きな成果を出さないと潰されるぐらいギリギリの状況に追い込まれている」みたいな感じになってんのよね。だけど実際はそんなわけでもないので、詐欺丸出しの案件に簡単に騙される展開が腑に落ちないのよ。
完全ネタバレを書くと、九条は石本とグルなので、その話に乗るのは当然だ。でも、他の面々も全く疑っていないからね。
あとさ、印鑑証明書をコピーすれば偽造がどうかが一発で分かるようになっているのに、その作業を鹿島は怠ったわけだよね。
10億円もの融資で、しかも今まで取引が無かった未知の会社との取引なのに、そんな大切な作業を怠るとか、正気の沙汰とは思えないぞ。

沢崎が支店へ来た時、西木は「相続の相談に来た」と話している。
しかし、そのシーンでは西木が口座を作るよう促したり、沢崎が息子の嫁に関する愚痴をこぼしたりするだけで、具体的な相談内容は明かされない。
次に沢崎が登場すると西木を物件に案内しているが、どういう状況なのかが良く分からない。
少し経てば「どうやら沢崎が所有している物件を案内し、その相続について西木に相談している」ってことが分かるのだが、最初の支店のシーンで、相談内容についてザックリと説明しておけば良かったでしょ。

粗筋でも書いたように、半田が帯封を見つけるシーンが描かれている。なので北川の鞄から帯封が見つかった時、それが半田の仕業なのはバレバレだ。
だけど、そこをバレバレにして話を進めることが得策とは、到底思えないのよね。それによるメリットは、何も見えないぞ。
もっと言っちゃうと、「半田が北川を逆恨みして犯罪者に仕立て上げようとする」というエピソード自体が、本当に必要だったのかと。
このエピソードが終わると半田が完全に消えちゃうので、そういう意味でも「無くて良かったんじゃないの」と感じる。

冒頭の時点で既に黒田は九条にバレたと感じ、顔見知りになっているのかと思った。しかし長原支店に検査が入るシーンによって、8年前の段階では黒田は九条にバレたと思っておらず、それどころか彼のことを覚えてもいなかったことが明らかにされる。
冒頭シーンでは検査に来た九条の顔を暗くして分からないようにしてあり、観客に対しても後から「実はあれが九条だった」と明かす仕掛けなんだろう。
ただ、もう声でバレバレなのよね。なので、その仕掛けは完全に失敗している。
本気で隠しておきたいのなら、もう「検査部が来て帯封を拾い、その場を去る」という行動自体を描かなくてもいいぐらいなのよ。

西木がヤミ金の連中に取り囲まれるまで、彼が何か事情を抱えていることを匂わせるような描写は何も無い。そして拉致が未遂に終わった途端、西木が滝野に話す形で詳しい事情が全て説明される。
でも、せめて別居していることぐらいは、その前に触れておくべきだよ。
っていうか、その後も妻は全く登場しないのよね。それもどうかと思うし。
ともかく、色んな出来事があるなら何でもかんでも謎にすると話が複雑化するので望ましくないだろう。ただ、それにしても簡単に事情を明かし過ぎじゃないかと。
ヤミ金の登場から事情を明かすまでに、少しぐらいは間隔を空けた方がいいよ。

西木は半田を尋問して白状させるシーンで、急に名探偵キャラになる。
何の証拠も無い中で、なぜ「半田が北川の鞄に入れた」と確信を持てたのか、その根拠はサッパリ分からない。
あと、北川が詫びを入れた半田を許して「この一件は終わり」ってことになっているけど、それもどうなのよ。
「北川が許したのなら部外者が口を挟むことじゃない」ってことかもしれないけどさ、泥棒扱いされるような酷いことをやっておいて「軽いイタズラだったからゴメンね」ってだけで済ませたらダメだろ。

あと、西木が「真実を追求する正義の主人公」みたいな扱いになっちゃうのは、大いに引っ掛かるんだよね。
だって彼は100万円の一件で、真実を闇に葬って肩代わりする話に乗っているんだから。そして、その行為に何の罪悪感も抱いていないんだから。
それは北川が犯人の扱いを受けたままになるってことなのだが、彼女から責められてもヘラヘラして誤魔化すだけ。
下手すりゃ北川は銀行を辞めたり、精神的に追い込まれて大変なことになったりという可能性もあった。それを考えると、西木は主人公として不適格じゃないかと。
100万円の一件で罪を犯しても、それに見合う反省や贖罪があれば話は別だけどさ。

「遠藤が神社の狛犬を洗足池バンキングの社長だと思い込んで営業を掛けていた」というエピソードは、それを知った鹿島以上にこっちが脱力してしまう。
メインのストーリーと上手く絡んでいないし、丸ごとカットで分かったんじゃないか。
「遠藤は正気を失うぐらい精神的に追い込まれていた」ってのを示すエピソードではあるんだけど、そんなキャラ自体がいなくても良かったんじゃないか。
後から何か重要な役割でも果たすのかというと、そんなことは無いんだし。

真実を話すよう求められた滝野が自分の判断ミスだと言った時、西木は北川&田端に「何か隠している」と言い、100万円を盗んだ犯人だと断言する。
彼は自分の考えを詳しく語り、その後も名探偵としての能力をアピールする。
だけど自信満々で堂々たる主人公ムーブには、「その資格、アンタには無いでしょ」と言いたくなるのだ。
その前に、ちゃんと反省してケジメを付けなきゃいけないことがあるんじゃないのかと言いたくなるのだ。

西木は滝野が「赤坂支店の時代に石本から1千万円を受け取っていた」と明かした時、「不正の金に一度手を染めたら、いつまでも自分に付いて回る」と説く。
そして「その時、君は真っ当な銀行員じゃなくなったんだ」と静かに説教し、どうすればいいかと相談されて「自分の人生は自分で決める。そういうモンだろ」と諭す。
でも、そんな偉そうなことを言える立場なのかと。
不正の金は受け取っていないけど、金を出して不正の隠蔽を目論んだのは事実なんだし。

石本と九条は大金を騙し取っているが、それによって西木が大きなダメージを受けたわけではない。石本と九条のせいで酷い目に遭ったわけでもないし、親しい人間が辛い思いをしたわけでもない。
なので「石本と九条だけは許さない」と言い、「やられたら倍返し。それが俺の流儀」ってことで反撃を開始する展開が、上手く機能していない。
アンタは仕返しに燃えるようなことを、何もやられてないでしょ。
誰かの弔い合戦とか、そういうことでもないし。

しかも、そこからは西木が最後まで「正義のヒーロー」的な役回りを担当するのかというと、違うんだよね。
完全ネタバレだけど、作戦が成功した後、西木は沢崎から謝礼として3億円の小切手を受け取り、闇金に1千万円を渡しているんだよね。
その後で銀行は辞めているけど、「だったらOK」って問題でもないでしょ。
黒田は滝野の告白を受けて九条に「かつて私は金のために魂を売り渡した。でも、その魂を取り戻す最後のチャンスを貰ったんだ」と偉そうな態度で話すけど、そこまでの苦悩や改心に至るドラマが皆無だから「どの口が」としか感じないし。

(観賞日:2024年7月25日)

 

*ポンコツ映画愛護協会