『植物図鑑 運命の恋、ひろいました』:2016、日本

23歳の河野さやかは、自分が幸せじゃないと感じている。東成不動産の営業部員である彼女は、客との待ち合わせ場所を確認しなかったせいで山崎部長に叱責された。仕事を終えて帰宅する途中、さやかの携帯に母・典子からの着信が入った。帰りたい気持ちはあるが、もう待っている家族はいないと彼女は思っていた。彼女は駅から徒歩15分、築30年の2DKで一人暮らしをしている。さやかはコンビニで弁当と缶チューハイで夕食を済ませ、就寝して妙な夢を見た。駐輪場で倒れている男性を発見し、声を掛けると「お腹が空いて、これ以上一歩も進めません。お嬢さん、良かったら、俺を拾ってくれませんか。噛みません。躾の出来た、良い子です」と笑顔で言われるのだ。
さやかは大笑いし、彼を自宅に招いてカップラーメンを食べさせた。男が去ろうとすると、さやかは髪の汚れに気付き、シャワーを浴びるよう勧めた。その間にさやかはテレビを見るが、いつの間にか眠り込んでしまった。翌朝、さやかは美味しい匂いで目を覚まし、昨晩の男が朝食を作っている様子を目にした。夢ではなく現実だと認識したさやかは、彼が有り合わせの材料で作った朝食を美味しく頂いた。人の手料理を久々に食べた彼女は、癒された気持ちになった。
「お世話になりました」と出て行こうとする男に、さやかは「行くトコが無いんだったらウチにいてもいい。いなよ」と告げた。男は下の名前が「樹(いつき)」だと言い、苗字は好きじゃないからと明かさなかった。2月、樹が庭の雑草を抜き始めると、さやかも手伝った。樹はさやかが気にした雑草の名前をヘクソカズラだと教え、1つだけ残そうと言う。彼は「半年、お世話になってもいいですか」と持ち掛け、さやかはOKした。偶然にも半年後の8月15日は、さやかの24歳の誕生日だった。
樹は昼の弁当を用意し、さやかは同僚の玉井千秋から夕食に誘われても付き合わず真っ直ぐに帰宅した。さやかが5万円を必要経費として渡そうとすると、樹は食費3万と雑費1万で1ヶ月は生活できると告げた。樹はコンビニのバイトを決めたと話し、夕食を用意すると夜勤に出掛けた。さやかは先輩社員の竹沢陽平に弁当を見つかり、「料理できるんだ」と言われて笑顔で誤魔化した。さやかは来店客に文句を言われ、上司を出すよう要求された。彼女が落ち込んで帰路に着くと、元気の無い様子を見た樹が入浴剤を渡して「頑張れ、さやか。って入浴剤も言ってるよ」と笑った。
3月。バイト代の出た樹はお揃いの自転車を購入し、さやかを誘って河原へ出掛けた。樹は一眼レフでフキを撮影し、さやかと一緒に採取した。樹は植物に詳しく、フキノトウなど他の山菜も収穫した。帰宅した樹は持ち帰った山菜を調理し、さやかと2人で食べた。さやかは眠っている樹の顔を見て、彼が彼氏じゃなくて同居人なのだと自分に言い聞かせた。弁当を竹沢につまみ食いされたさやかは不機嫌になり、場所を移動した。改めて弁当を広げた彼女は、「カウントダウン開始。次の狩りまであと5日」というメモに気付いて微笑した。また休みになると樹はさやかを連れて河原へ出掛け、山菜を採って料理を作った。
4月。樹はさやかを連れて河原へ行くと、幾つもの花を撮影して種類を説明する。彼は花冠を作り、さやかの頭に乗せて写真を撮った。ずっと一緒にいてほしいと思うさやかだが、次の春を想像すると不安になった。さやかは内覧客から食事に誘われ、体に触れられたので慌てて拒絶した。山崎から「クレームが来た」と叱責されたさやかは、「どうして話を聞く前に決め付けるんですか」と反論した。彼女は書店で『植物図鑑』を購入し、樹に内緒で植物の勉強を始めた。
5月。いつものように樹と河原へ出掛けたさやかは、誤って川に足を突っ込んでしまう。かすり傷で済んだ彼女に、樹は「足が冷えるから、靴の中に入れて使って」とハンカチを差し出した。さやかが初めて見るブランド物のハンカチに困惑していると、樹は「バイト仲間に貰ってさ」と告げた。さやかはハンカチを渡した相手が気になり、樹が働く駅前のコンビニへ赴いた。外から観察していると、樹が店員の野上ユリエと楽しそうに話す様子が見えた。気付かれないよう中に入った彼女は、ユリエが樹を「日下部」と呼ぶのを耳にした。さやかは樹に見つかるが、無言のまま走り去った。樹が追い掛けて来ると、さやかは苛立ちをぶつけた。樹は「バイト先で苗字言いたくないなんて通るかよ」と告げるが、さやかは「やっぱり私は樹のことを何も知らない」と悲しくなった。
翌日、さやかは千秋から会社の飲み会に誘われ、久々に顔を出した。彼女は居酒屋の味付けがしょっぱいと感じるが、他の面々は「いつもと変わらない」と告げた。竹沢が「送るよ」と半ば強引に駅まで付いて来たので、さやかも受け入れる気持ちになった。しかし迎えに来ていた樹がさやかに声を掛け、竹沢を威嚇して帰らせた。帰宅したさやかは樹と言い争いになり、衝動的に「樹のこと、好きだもん」と口にしててしまった。
さやかが「酔っ払って言ったことなんて、忘れて下さい」と告げると、樹は「引き金引いといて忘れろとか、都合のいいこと言うなよ。どれだけ俺がさやかに、そういう気持ちになっちゃいけないって、自分に言い聞かせてると思ってるんだ」と語った。さやかが「なんでそういう気持ちになっちゃいけないの?」と口にすると、彼は「引き金2回目。もうここからは同居人なんて言わせない」とキスをした。2人は肉体関係を持ち、翌朝を迎えた。
6月。有名な華道家である登来柳明の個展チケットが、さやかの会社に置かれた。さやかは樹を誘うが、「地面に根差した、生きた植物が好きなんだよね」と断られた。せっかく普通のデートが出来ると思った彼女は、残念に思った。8月。さやかは樹から、ヘクソカズラの花が咲いたことを教えられた。15日はお盆休みなのに、さやかの会社は仕事があった。樹の言葉を思い出した彼女は、不安を抱きながら帰宅した。すると樹はサプライズで電気を消して待ち受け、誕生日の手作りケーキを用意して待ち受けていた。さやかは喜ぶが、翌朝になると樹は弁当のサンドイッチを作って姿を消した。さやかの家には、メッセージカードと料理のレシピを書いたノートが残された…。

監督は三木康一郎、原作は有川浩「植物図鑑」(幻冬舎文庫)、脚本は渡辺千穂、製作は大角正&堀義貴&森広貴&見城徹&木下直哉&三宅容介&坂本健、エグゼクティブプロデューサーは武田功&津嶋敬介、プロデューサーは石塚慶生&石田聡子、企画・プロデューサーは井上竜太、撮影は板倉陽子、照明は木村匡博、録音は鈴木肇、美術はAKI、編集は坂東直哉、衣裳は宮本茉莉、音楽プロデューサーは志田博英、音楽は羽毛田丈史。
主題歌『やさしさで溢れるように』歌:Flower、作詞:Shinquo Ogura. Seiji Kameda、作曲:Shinquo Ogura、編曲:CHOKKAKU。
出演は岩田剛典(EXILE/三代目J Soul Brothers)、高畑充希、宮崎美子、大和田伸也、ダンカン、阿部丈二、今井華、谷澤恵里香、竹内寿、相島一之、酒井敏也、木下隆行、松原剛志、池田ヒトシ、浦川拓海、松山愛里、道岡桃子、藤田直也、池沢美緒、小宮有紗、吉田圭織、山元駿、廣瀬北斗、河原雅幸、横山恒平、宮川太一、山本智康、寺田普景、鶴田雄大、香西由美子、錦織有希、藤牧静花、大日方奏子、佐伯桃子ら。


有川浩の小説『植物図鑑』を基にした作品。
監督は『トリハダ -劇場版-』『のぞきめ』の三木康一郎。脚本は『赤い糸』『レインツリーの国』の渡辺千穂。
樹を岩田剛典、さやかを高畑充希、典子を宮崎美子、柳明を大和田伸也、山崎をダンカン、竹沢を阿部丈二、ユリエを今井華、千秋を谷澤恵里香が演じている。コンビニ店員の役で竹内寿、警察官の役で相島一之、来店客の役で酒井敏也、内覧客の役で木下隆行が出演している。
アンクレジットだが、原作者の有川浩が出版記念パーティーの編集者役で出演している。

原作小説が発表された時、角川書店は「男の子に美少女が落ちてくるなら、女の子にもイケメンが落ちてきて何が悪い」という惹句を使用した。
藤島康介の『ああっ女神さまっ』や桂正和の『電影少女』など、「主人公の前に突如として美女が現れ、それどころか主人公を好きになってくれる」という都合の良すぎる話は、少年漫画の世界では良くある。
それを少年漫画の読者が喜んで受け入れ、ヒット作になっているのだから、逆のパターンで何が悪いのかってことだね。
まあ、理屈としては良く分かる。

そもそも原作はライトノベルだから、極端に言ってしまえば漫画と同じような感覚で解釈することが望ましいはずだ。つまり本作品は、「小説の映画化」というよりも、「少女漫画の映画化」という感覚で捉えた方がいい。
そのように捉えれば、初期設定のバカバカしさも受け入れられるのではないか。
少女漫画であれば、その設定だけで「安っぽい」とか「陳腐」と酷評する読者など皆無に等しいはずだ。
重要なのは初期設定ではなく、それを使って、いかに魅力的な物語を紡ぎ出すかである。

冒頭、さやかに声を掛けられた樹は、犬のフリをしながら笑顔で「お腹が空いて、これ以上一歩も進めません。お嬢さん、良かったら、俺を拾ってくれませんか。噛みません。躾の出来た、良い子です」と告げる。
これを普通の恋愛映画として捉えた場合、ひょっとすると「バカバカしい」と感じるかもしれない。
そんな彼を歓迎して家に招き入れ、シャワーまで浴びさせるさやかの行動も不自然極まりない。
一応は「夢だと思っている」という言い訳が用意されているが、かなり無理がある。

これを普通の恋愛映画だとして捉えた場合、ひょっとすると「バカバカしい」と感じてしまうかもしれない。
そんな風に侮蔑的な態度で一蹴するのは簡単だが、「もしも少女漫画だったら」と想像してほしい。
少女漫画なら、そういうのは良くあるはずだし、決して陳腐だとか安っぽいとは思わないだろう。「ごく当たり前の始まり方」として、何の違和感も無く受け入れるはずだ。
それは「いつか王子様が」と夢見る女性たちに楽しい妄想をさせてくれる仕掛けなのだから、むしろ喜んで歓迎されるだろう。

「お腹が空いて、これ以上一歩も〜」という台詞は観客にとって、とても重要なポイントでもある。
この台詞によって、「この映画は、そういうノリ、そういうテイストで進んでいきますよ」ってことをハッキリとした形で教えてくれているのだ。
なので、そこで「キツい」「バカバカしいと感じた人は、この映画を楽しむのは絶対に無理ってことになる。早い段階で「自分の感性に合うか合わないか」が分かるので、無駄に時間を使うことを回避できるのだ。
そこで無理だと感じたら、さっさと観賞をやめればいいわけでね。

幾ら朝食が美味しくて癒されたからと言っても、見ず知らずの男を留まらせて同居を始めるのも、普通の感覚なら絶対に有り得ないことだ。
そのシーンを大げさなBGMで盛り上げようとするのも、むしろ寒々しさを感じてしまう。
ただし、そんな感想になるのは、あくまでも「普通の恋愛映画なら」という前提条件が付く。
繰り返しになるが、「少女漫画だったら」と捉えるべきなのだ。
まあ少女漫画だったらBGMは付かないが、絵柄として派手に飾り付けることはあるわけで、それと似たような効果を狙っていると思えばいい。

幾ら互いに下の名前しか言わなかったにしても、最初から「さやか」「いつき」と呼び合うのは不自然だ。
しかし、これが少女漫画なら、特に珍しくも無いだろう。
むしろ、「現実的には有り得ない状況」を色々と盛り込むことが、少女漫画だったら作品の魅力や特徴、面白さに繋がるわけで。
少女漫画の実写化したドラマや映画は多く製作されているが、この映画を見る時には逆に「少女漫画化したら」と常に意識しながら見ればいいのだ。

一応は「樹とさやかの同居生活を描く」という内容になっているが、その中身はスッカラカンだ。
ドラマとしての中身が無いので、例えば山菜を調理する手順を丁寧に説明している。
それは時間を使うことが目的であって、決して『かもめ食堂』や『めがね』のようなスローライフ映画を狙っているわけではない。
それを狙っているのだとしたら、逆に「スローライフをアピールしようとするの意識が低すぎる。っていうか中途半端」ってことになっちゃうしね。

映画には絶対に大きなドラマが無きゃいけない、幾つもの起伏が無きゃいけないというわけではない。平穏な日常を淡々と描く作品でも、それが魅力的に感じられるケースは存在する。
しかし本作品の場合、そういうテイストを狙って作られているわけではない。単に面白いエピソード、魅力的なドラマが不足しているだけだ。
そんな状態が続く中、6月は樹がさやかから誘われた個展デートを断るだけで終了し、あっという間に7月を飛ばして8月に入る。
それまでは1ヶ月ずつ経過させ、月ごとに複数のエピソードを消化していたことを考えれば、かなり雑な構成だと感じる。

竹沢やユリエ、千秋といった脇役キャラたちは、ほとんど活用されていない。
申し訳程度に出番を与えているだけであり、ドラマを盛り上げたり膨らませたりするため貢献度はゼロに近い。
極端なことを言ってしまえば、「樹とさやかさえ存在すれば、周囲の面々は全て名も無きエキストラでも成立する」という状態になっている。
当たり前と言えば当たり前だが、ストーリーだけでなくキャラクターの方も中身がスッカラカンってことだ。

樹が事情を何も言わずに突如として姿を消し、翌年の8月になってから自分が出した写真集だけを送り付けるってのは、ものすごく失礼で不誠実な対応だ。だから本来なら、こんな男はクズ野郎と唾棄してしまってもいいぐらいだ。
しかし本作品では、そんな樹が「素晴らしい男性」として描かれている。
これもまた、いかにも少女漫画らしいアプローチと言えよう。
少女漫画に登場する「ヒロインが恋する相手」ってのは、実際にいたら嫌な奴や不愉快な奴というケースが少なくないのだ。そこに「夢見る女性にとっての王子様」としての補正が入ることによって、そのイメージはガラリと変化するのだ。

褒め殺しで批評していたはずなのに、いつの間にかシンプルに扱き下ろしているようなコメントが続いてしまったので、元の軌道に戻そう(っていうか褒め殺しだったのかよ)。
とにかく細かいことは考えず、おとなしく身を委ねて心地良い湯に浸ればいいのだ。
世の女性たちの胸をキュンキュンさせてくれれば、ドキドキさせてくれれば、それ以外に何も要らないのだから。トキメキを与えてくれれば、癒しや安らぎを与えてくれれば、それ以外に何も要らないのだから。
何しろヒロインの恋する相手を演じているのが三代目J Soul Brothersの岩田剛典なのだから、それだけで充分ではないか。彼を堪能して恋人気分になれるのだから、それだけで充分ではないか。

(観賞日:2017年11月29日)

 

*ポンコツ映画愛護協会