『静かな生活』:1995、日本

絵本作家になりたいマーちゃんは、日本より海外で評価されている作家のパパ、明るいママ、大学入試を目指す弟のオーちゃん、知的障害を持つ兄のイーヨーと暮らしている。ある年、パパがオーストラリアの大学に招かれ、ママも同行することになった。新聞で知的障害による性犯罪事件を知ったパパは、イーヨーのエネルギーを発散させるために水泳を再開させた方がいいかもしれないと考えた。パパとママが旅立った後、玄関に水の入った瓶を置いて去る男が現れた。気付いたマーちゃんが声を掛けると、男は逃げ出した。オーちゃんは話を聞き、パパを入信させようとする狂信者ではないかとマーちゃんに告げた。
マーちゃんはイーヨーを理髪店へ連れて行き、「ゆっくり散歩でもしながら帰って来て」と言って先に帰宅した。外でパトカーのサイレンが鳴り、気になったマーちゃんは様子を見に行く。彼女は痴漢事件があったことを知り、急いで理髪店へ向かう。イーヨーが帰ったことを聞き、マーちゃんは家へ舞い戻った。イーヨーが家にいたので、彼女は安堵した。翌日、マーちゃんはイーヨーと外出し、スーパーへ行くと嘘をついて立ち去る。彼女は物陰に隠れ、イーヨーを尾行する。イーヨーが豪邸へ赴き、木陰に近付いた。向こうから歩いて来る幼女に気付いたマーちゃんは慌ててイーヨーに駆け寄り、家へ連れ帰った。
夕方、また玄関先に瓶が置かれていたので、マーちゃんは自転車で周辺を捜索した。すると瓶の男は幼女を草むらに連れ込み、股間を押し付けながら擦っていた。マーちゃんは自転車のベルを激しく鳴らすが、男は構わずに行為を続ける。マーチャンが助けを求めて叫ぶと男は逃げ出すが、近所の人々に取り押さえられた。マーちゃんは警官から、犯人が幼女を求めて徘徊していたこと、警察に不審尋問された時の言い訳として瓶を置いていたことを聞かされた。またイーヨーが豪邸の木陰に近付くのを見たマーちゃんは、ピアノ演奏の音を聞くのが目的だと知った。
少し時間を遡る。ある時、マーちゃんはママから、パパに同行してオーストラリアへ行くことを聞かされた。ママはマーちゃんに、「パパはピンチなの」と語った。ピンチの原因として、マーちゃんはドブ掃除のことを思い出した。パパは水はけが悪いのでドブ掃除をするが、余計に悪化してしまった。業者を呼ぶと、すぐに別の蓋を発見して解決してくれた。パパはママの前で「家長らしい所を見せる機会を自ら潰した」と落ち込み、鞄を使って首吊り実験を行った。
イーヨーは団藤さんの家に通って、作曲を学んでいた。マーちゃんは団藤さんから、イーヨーが『すてご』というタイトルの悲しい曲を作ったことを知らされた。マーちゃんは不安になるが、イーヨーに悲しそうな様子は無かった。パパの叔父が死去し、マーちゃんは葬儀に列席するためイーヨーを連れてパパの故郷へ赴いた。お祖母ちゃんはイーヨーと話し、『すてご』は捨て子を助ける曲だと知った。それを聞かされたマーちゃんは、イーヨーが赤ん坊を助けようとした出来事を思い出した。
ポーランド国家評議委員会議長のヤルゼルスキーが来日した時、団藤さんの奥さんは作家や詩人の弾圧に抗議するビラを渡そうとして駆け寄った。しかし警官に突き飛ばされ、鎖骨を折って入院した。オーちゃんは「続きをやらなきゃいけませんね」と言い、代わりにビラを配る仕事を申し出た。団藤さんは喜び、大使館主催のレセプションがあることを教えた。イーヨー、マーちゃん、団藤さん、オーちゃんはレセプション会場の前へ行き、出て来た面々にピラを配布した。
後日、退院した団藤さんの奥さんはイーヨーとマーちゃんとオーちゃんを家に招き、感謝の言葉を伝えた。イーヨーは奥さんの見舞いとして、『ろっこつ』と付けた曲を用意していた。マーちゃんは「折れたのは鎖骨で肋骨は折れてない」と説明するが、イーヨーは全く納得できない様子だった。マーちゃんはイーヨーを連れてホテルの会員制プールへ出掛け、パパの水泳仲間だという新井君と出会った。新井君がイーヨーのコーチを申し出たので、マーちゃんは任せることにした。
イーヨーが天気予報のお姉さんに見とれると、新井君は彼女に声を掛けた。お姉さんはイーヨーと楽しく喋り、一緒に出掛ける。新井君はマーちゃんに、イーヨーが何度もお天気お姉さんの話をするので知り合いに来てもらったのだと明かした。レストランで食事をしている時、お姉さんはガラの悪そうな男と遭遇した。お姉さんは「あの人と行かなきゃいけないの」と言い、イーヨーと一緒にいても介護みたいになってしまうと告げて立ち去った。
パパはマーちゃんからの電話で新井君のことを聞き、彼が法学部の学生だった頃に深刻なトラブルがあったと語る。パパはマーちゃんに、プールにはなるべく団藤さんと一緒に行くこと、皆の見ている場所以外では新井君と会わないことを約束させた。イーヨーが20メートルを泳ぎ切り、マーちゃんは感涙して新井君に礼を述べた。新井君は車でイーヨーとマーちゃんを家まで送り、そのまま上がり込もうとする。マーちゃんが慌てて「今日はここで失礼します」と告げると、彼は不機嫌になって去った。
マーちゃんは団藤さんに、新井君に失礼な行動を取って怒らせたかもしれないので取り成してほしいと頼んだ。団藤さんは新井君を呼び出し、2人で会った。団藤さんは新井君がマーちゃんに関する嘘の情報を言いふらして、迷惑を掛けていると批判した。すると新井君は、自分の方が迷惑を被っていると言って怒り出した。かつて新井君はパパの小説に書かれ、周囲から性犯罪者扱いされた。そのことで彼は、パパに恨みを抱いていた。団藤さんになじられた新井君は激高し、激しい暴力を振るった…。

脚本監督は伊丹十三、原作は大江健三郎(『静かな生活』講談社刊)、プロデューサーは細越省吾&川崎隆、製作は玉置泰、撮影監督は前田米造、照明は加藤松作、特機は落合保雄、録音は小野寺修、美術は川口直次、編集は鈴木晄、音楽は大江光『大江光の音楽』他。
出演は山崎努、柴田美保子、渡部篤郎、佐伯日菜子、今井雅之、緒川たまき、岡村喬生、宮本信子、大森嘉之、津久井啓太、南条タマミ、左時枝、渡辺哲、柴田理恵、川俣しのぶ、高橋長英、岡本信人、秋間登、原ひさ子、結城美栄子、星野有紀、久遠利三、小木茂光、阿知波悟美、柳生博、朝岡実嶺、高良陽一、三谷昇、高倉寛子、山崎聡子、菅沼由光、今村豪、林大介、久保晶、広岡由里子、和歌まどか、中村方隆、新井今日子、里木佐甫良、大脇舞、高萩綺香、山本香織、沢江里香、野呂真治、桝田徳寿、築茂栄順、門馬早紀子、渡部樹、若林香織、清田桂子、高山沙耶、加賀雄哉ら。


大江健三郎による同名の連作小説を基にした作品。
脚本&監督は『ミンボーの女』『大病人』の伊丹十三。
ちなみに伊丹十三と大江健三郎は、松山東高校の同級生。そして大江の妻は、伊丹の妹だ。
パパを山崎努、ママを柴田美保子、イーヨーを渡部篤郎、マーちゃんを佐伯日菜子、新井君を今井雅之、天気予報のお姉さんを緒川たまき、団藤さんを岡村喬生、団藤さんの奥さんを宮本信子、オーちゃんを大森嘉之が演じている。

映画の序盤で、パパとママはオーストラリアへ旅立つ。残されたイーヨーの世話は、全てマーちゃんが引き受けることになる。
それは親として、あまりにも無責任な行動に感じる。
パパがオーストラリアに旅立ったのは「小説の行き詰まりが人生の行き詰まりだから」ってことで、ママは彼が心配だから付いて行くってことらしい。でも、「そういう事情なら仕方が無いよね」なんてことは全く思わないぞ。
パパに関しては、「優れた芸術家は親としての責任を放棄しても許される」という特権階級の思い上がりを感じさせる。ママに関しては、パパに同行するとしても、だったらイーヨーの世話係を雇うべきじゃないのかと。
妹のマーちゃんに何もかも押し付けて外国へ行くのは、ただ逃げているだけにしか感じないわ。パパもママも、苦悩や葛藤も無く当たり前のように旅立つし、身勝手極まりないわ。

ただ、同情すべき対象となるマーちゃんにも、「おいおい」と言いたくなるトコはあるんだよね。
それは理髪店にイーヨーを残して、先に帰宅するシーン。
その後、パトカーのサイレンが鳴って痴漢事件の発生を知った途端、「イーヨーが犯人かも」と焦って行動する。
でも、初めてイーヨーの面倒を見たわけじゃなくて、産まれてからずっと一緒に暮らして来たんでしょ。それなのに、今になって「イーヨーを1人にしたら何かあるかも」と微塵も思わないのは、あまりにも無防備じゃないかと。

粗筋では触れなかったが、劇中ではイーヨーや障害者に対して差別的な言動を取る面々が何人も登場する。
映画の冒頭では知的障害者の男女が公園で磁石になって体を密着させ、それを見た人々が聞こえるように陰口を叩く。痴漢事件を知ったマーちゃんが理髪店から帰宅すると、近所の主婦たちがイーヨーを疑うような会話を交わしている。電車でイーヨーが発作を起こした時は、中学生の女子が睨んで「落ちこぼれ」と罵る。
もちろん、それを容認しているわけではなく、団藤さんの奥さんに差別する人々を厳しく糾弾させている。
でも、誰よりも真っ先にイーヨーを守るべきパパとママが責任を放棄しているので、「なんだかなあ」と思っちゃうのよね。

マーちゃんは「犠牲になってるとは思わない」と言うけど、「犠牲になっている本人が気にしていないから別にいいんじゃないか」とか、そういう問題ではない。
団藤さん&奥さんがパパに関して「ママの介護付きでオーストラリアへ逃げた」「マーちゃんにイーヨーの面倒を押し付けた」「どっか甘ったれた所がある。どこかで自分を特別な人間だと思ってるんじゃないんか」と言わせているけど、作品としてはパパを全く批判していない。
そして本人も全く反省しないし、変化も無い。

ただ、映画の途中からは、「障害者との生活」とか「障害者を持つ家族の責任」といった問題は、まるで気にならなくなる。
とは言え、それは決して物語が上手い方向へ転がるからではない。
団藤さんの奥さんが政治的な活動に燃えたり、新井君が登場したりして物語が展開していくと、「これって何を描こうとしている話なのかな」と思ってしまうのだ。
特に新井君が登場してサスペンス色が強くなっていくと、もはやイーヨーが障害者であることなんて何の関係も無くなっちゃうのよね。

団藤さんが大怪我を負わされた後、新井君が関わった過去の出来事が明かされる。
彼は一緒に船で海へ出た男女の事故死に関連し、保険金目当てで殺害したのではないかと疑われたのだ。そこで新井君は助けを求め、自分のノートをパパに渡した。
しかしパパは新井君をモデルにした男が女性を強姦しようとして抵抗され、殺害する小説を執筆した。
で、新井君の関わった海難事故と小説の内容が映像付きで詳しく説明されるのだが、「何を見せられているんだろう」と言いたくなるわ。
あと、その経緯を知ると、「そりゃあ新井君がパパを恨むのは当たり前だろ」と感じるぞ。

新井君の暴行で団藤さんが大怪我を負わされたのに、マーちゃんがイーヨーをプールへ連れて行き、新井君に預けるのはアホすぎて呆れる。
しかも、マーちゃんは新井君に「やり直せると思います」と優しい言葉を掛けるわ、彼のマンションへノコノコと出掛けて行くわと、さらにバカ丸出しの行動を繰り返すのだ。
そのせいで貞操の危機を迎えるのだが、「イーヨーがいれば大丈夫とでも思っていたのか」と言いたくなる。
もちろん新井君が卑劣ではあるのだが、マーちゃんの落ち度があり過ぎるわ。
あとさ、新井君の暴行は大勢が目撃していたはずなのに、プールに平気で出入り出来ているし、警察に逮捕もされていないし、どういうことなのかと。

(観賞日:2023年2月1日)

 

*ポンコツ映画愛護協会