『シライサン』:2020、日本

山村瑞紀は親友の加藤香奈とレストランでランチを食べている最中、怖い話を聞かされる。結婚式の参列者が新郎新婦に拍手している様子を撮影すると、葬式のように全員が拝んでいるように見えるタイミングで写真が撮れた。縁起が悪いなと思っていると、新郎新婦が交通事故で死んだという話だ。香奈は話し終えた直後、何かが気になったように店内を見回した。彼女は窓に近付き、じっと外を見つめた。夜。鈴木春男は弟の和人から電話を受け、「もし俺が死んだら、後のことはよろしく」と言われて困惑する。和人はアパートの隅に座り込み、黒い人影に怯えていた。鈴の音が鳴ると、彼は「来るな」と叫んだ。春男は急いでアパートへ駆け付けるが、ドアをノックしても反応は無かった。彼は携帯電話で連絡を取ろうとするが、和人は眼球が破裂した状態で死んでいた。
警察署を訪れた春男と父は、検死解剖で事件性は無いとされさこと、死因は心不全で、眼球内部の圧力が異常に高くなって破裂したのではないかと推察されていることを知った。春男は大学を訪れて瑞紀に声を掛け、和人と香奈はバイト先で交流があったことを話す。彼は香奈が弟と同じ状況で3日前に亡くなっていたと知ったと知り、瑞紀に接触したのだ。瑞紀は和人に、香奈が死んだ時の状況を説明した。香奈はレストランで何かに怯えて倒れ込み、「いるの、そこに」と漏らした。彼女は絶叫し、眼球が破裂して死亡した。
温泉旅館「福美館」で働く森川は同僚の女性から、酒屋の配達員である渡辺がアパートで亡くなっていたこと、何日も経って発見されたことを知らされた。森川は宿泊者名簿を開き、香奈&和人&富田詠子という3人が一緒に来ていたことを確認した。春男と瑞紀は詠子を訪ね、香奈&和人の死因について心当たりは無いかと質問する。すると詠子は「たぶん、あいつが来たんだと思う」と答え、「目が異様に大きな女。そいつに捕まったら死ぬ」という話を旅行中に聞いたのだと話した。
森川は同僚の女性に宿泊者名簿を見せ、香奈の近況が知りたいと話す。理由を問われた彼は、3人がロビーで怖い話をしていたと告げる。香奈は詠子と和人にも、瑞紀にレストランで話したのと同じ怪談を喋っていた。すると配達に来ていた渡辺が通り掛かり、「知ってる話だったから」と3人に声を掛けた。彼が「怖い話がある」と言い出すと、香奈たちは興味を示した。お茶を出しに行った森川も、渡辺が怪談を話す現場に同席した。その怪談が、目が異様に大きな女の登場する話だった。
ある男が薄暗い山道を歩いていると鈴の音が鳴り、振り返ると異様に目の大きな女が遠くにいた。奇妙に思った男が早足になると、女は付いて来た。男が追い掛けて来る理由を尋ねると、女は「お前が私のことを知っているからだ」と答えた。男が知らないと答えても女は信じず、名前を問われて答えた。女が「私を知ってる奴を殺すんだ」と言うので、男は「他の奴の所へ行ってくれ」と告げた。すると女は「分かった」と答えて振り返り、「次はお前だ」と大声で叫んだ。
そこで話が終わりだと聞いた春男は、聞いていた人間を巻き込んで怖がらせる類の怪談だと理解した。詠子はお茶を入れて来ると言い、台所へ赴いた。しばらく経っても戻らないので瑞紀と春男が捜しに行くと、詠子は台所にいなかった。彼女は別の部屋へ移り、首を吊って自殺を図っていた。見つけた春男が詠子を助け、救急車を呼んだ。詠子は朦朧とした意識の中で、付き添う瑞紀に「シライサンが来る」と呟いた。病院で目を覚ました詠子は瑞紀と春男がシライサンの名前を聞いたと知り、「ごめんなさい。お2人は呪われました」と告げる。森川は仕事を終えて夜道を歩いている時、背後で鈴の音がするのを耳にした。振り返ると両手を合わせた女が立っており、森川は慌てて逃げ出した。しか後ろを確認すると近くに女が迫っており、彼は腰を抜かして絶叫した。
翌朝、春男は父と2人で弟の部屋へ行き、遺品を整理する。瑞紀は大学の食堂で何者かに左手を触られるが、視線をやると誰もいなかった。ライターの間宮幸太は妻の冬美とレストランで昼食を取り、「この前、ここで誰か亡くなったらしいよ」と言われる。2人が入ったのは、香奈が死んだ店だった。帰宅した冬美は仕事中に転寝し、娘が車にはねられて死んだ時のことを夢に見た。間宮は彼女に、レストランの怪死事件を記事にしようと考えていることを話す。彼は香奈と旅行に出掛けた2人も死んでいることを説明し、彼女たちが泊まった旅館へ落ち着いたら一緒に行こうと持ち掛けた。
瑞紀は夕食を作っている最中に香奈の幽霊を見るが、体を強張らせていると姿を消した。怖くなった瑞紀は春男に電話を掛け、一緒に夕食を取ろうと誘った。詠子は春男と瑞紀に謝罪と釈明の手紙を綴り、ポストに投函した。病室へ戻ろうとした彼女はシライサンに襲われ、眼球が破裂して死亡した。詠子に会おうとしていた間宮は、彼女が死んだことを知った。春男は瑞紀とバスで福美館へ向かう途中、和人の幽霊が「母さんは俺を産んだから死んだ。俺が奪ったんだ」と話す夢を見た。
間宮が福美館で取材していると、瑞紀と春男がやって来た。彼は2人の目的を知り、話を聞こうとする。間宮は女性従業員に香奈たちのことを尋ね、3人について気にしていた森川が少し前から休んでいることを話す。瑞紀と春男は酒屋へ赴き、店主に渡辺のことを尋ねる。すると店主は、渡辺が死ぬ少し前に「実家で小学生時代の日記を見つけた」と話していたことを教える。渡辺は日記を読んで、異様に目の大きな女が追い掛けて来るという怪談を思い出した。それは彼が近所に住んでいた学者から聞いた話だった。
間宮は森川と会うため、彼の家へ赴いた。部屋に閉じ篭もっている森川は、「僕は気付いたんだ。あいつは目を逸らしたら近付いて来る。見ている間は寄って来ない。だから僕は助かったんだ。しばらくするといなくなった」と話す。間宮はシライサンの話を全く信じず、森川は「アンタも呪われてみれば分かる」と睨み付けた。福美館に泊まった冬美から電話を受け、シライサンについて説明した。春男が福美館に戻ると間宮が部屋に招き、録音した森川の声を聞かせた。春男から森川が生き残った方法について尋ね、間宮は「目を逸らさなければ近付いて来ないって」と教えた。
瑞紀は福美館へ帰る途中でシライサンを目撃し、慌てて春男に電話を掛けた。春男は目を離さなければ近付かないと告げ、彼女の捜索に向かう。瑞紀はシライサンの姿を見失い、必死で逃走する。目の前にシライサンが出現したので、瑞紀は視線を合わせたまま後ずさった。すると背後に香奈の幽霊が現れ、「こっち見て。友達でしょ」と呼び掛ける。瑞紀が両耳を塞いで顔を下げたため、シライサンは少しずつ近付く。そこへ春男が駆け付け、シライサンを見つめた。彼は瑞紀と共にシライサンを見据えながら、その場から移動した。香奈が執拗に呼び掛けると、瑞紀は感謝と謝罪の言葉を口にした。瑞紀は春男に言われて広い場所へ向かおうとした時、古い洞窟で女性が祈りを捧げている幻影を見た。
いつの間にか眠り込んだ春男は、翌朝になって目を覚ました。シライサンは姿を消しており、助かったと気付いた春男は瑞紀を起こして喜び合った。2人は間宮と合流し、渡辺の実家を訪ねた。春男は渡辺の兄に質問し、近所に溝呂木という民俗学の教授がいたことを知った。溝呂木は渡辺と兄が子供の頃に心不全で亡くなっており、あまりの苦しさに目が飛び出たらしい。溝呂木の著書を読んだ3人は、かつて相手を呪い殺す祈祷師の一族が暮らしていた目隠(めかくし)村について彼が調査していたことを知る…。

監督・脚本は安達寛高(乙一)、脚本は間宮冬美、製作は大角正、エグゼクティブプロデューサーは高橋敏弘&森口和則、ゼネラルプロデューサーは小松貴子、企画・プロデュースは武内健、プロデューサーは藤井宏美&石井稔久、ラインプロデューサーは鶴岡智之、監督補は小原直樹、撮影監督は金子雅和、美術は丸尾知行、特殊メイク・スーパーバイザーは江川悦子、視覚特殊効果は泉谷修、照明は吉川慎太郎、録音は西條博介、特殊メイクは佐々木誠人、衣装は乙坂知子、編集は小林由加子、音楽は中川孝、主題歌「inertia」はCo shu Nie。
出演は飯豊まりえ、稲葉友、忍成修吾、谷村美月、染谷将太、諏訪太朗、、江野沢愛美、渡辺佑太朗、仁村紗和、大江晋平、森麻里百、富山えり子、木村知貴、宮澤寿、小林千里、藤戸野絵、相馬有紀実、酒井晴人、寺田最可、森下愛里沙、宇佐美未奈、渚紗、soichiro他。


人気小説家の乙一が、本名の「安達寛高」名義で監督&脚本を務めた作品。
既に発表されていた自身の小説を映画化したわけではなくて、オリジナルの企画。映画の公開に合わせて、その2ヶ月前に『小説 シライサン』が発表された。
これまで自主映画は撮っていた安達寛高だが、商業映画の監督は本作品が初めて。
瑞紀を飯豊まりえ、春男を稲葉友、間宮を忍成修吾、冬美を谷村美月、渡辺を染谷将太、春男と和人の父を諏訪太朗、香奈を江野沢愛美、和人を渡辺佑太朗、詠子を仁村紗和、森川を大江晋平が演じている。

異業種監督としては意外に思えるほど手堅さに満ち溢れている仕上がりなのは、たぶん自主映画で経験を積んでいることが大きいんだろう。
しかし「手堅い」ってのは職人監督なら褒め言葉になるケースもあるだろうけど、本人の企画した作品なんだから、それで終わっちゃマズいでしょ。
この手垢が付きまくった内容は、どうしたものかと。
どこを見渡しても、既視感しか無い。
あえて使い古されたプロットやアイデアを使い、それを逆手に取って観客を欺く仕掛けを持ち込んでいるわけでもない。ベタベタだと 思わせておいて、途中から意外な展開に入って行くわけでもない。

そもそもホラー映画ってのは、既存の作品に似てしまう傾向が強いジャンルではあると言ってもいい。ただし、それにしても、あまりにも新鮮味が無さすぎる。
初めての長編映画で、ホラーに対して生真面目に取り組もうとしたのかもしれないけど、あまりにも行儀が良すぎる。「ホラー映画の熱烈なファンが初めて手掛けた作品」みたいなノリになってんのよ。自分が見て来たホラー映画の好きなポイントを寄せ集めて、それを組みわせて1本の映画を作り上げているような感じなのよ。
これがイベントで上映される自主映画か何かなら、それでもいいだろう。っていうか、ホラー映画のマニアたちには受けるかもしれない。
それにテンプレ的な部分を、オマージュとして意図的にやっているようも思えないんだよね。

初めての商業映画&長編映画で、飯豊まりえや稲葉友といった知名度のある俳優が出演している。
そんな舞台を提供されているんだから、「自分のやりたいことを思い切り表現しよう」という気持ちになるのが普通ではないだろうか。結果として失敗するかもしれないが、まずは「ずっと考えていたアイデアを試してみよう」という意欲が湧くのではないだろうか。
そんな状況で、なぜ模倣だけで構築された映画を作ってしまったのか。
まさか「自分のやりたいこと」が、既存の映画を組み合わせることだったのか。

「香奈が店の外を見るとタイトルが入る」という導入部の段階で、分かりやすくつまずいている。
香奈が店の外を見ているだけで恐怖の芝居が全く足りていないのも問題だが、そこでタイトルを入れるのなら、顔のアップを捉えた方が絶対にいいでしょ。
っていうか、そこでタイトルを入れて別のシーンに切り替える構成自体が失敗でしょ。どう考えても、そのまま死ぬトコまで描いた方がいい。
そっちの方が、観客を引き付ける力は絶対に強いでしょ。その場でヒロインのリアクションを見せた方がいいに決まってるし。
後から「実は3日前に香奈が死んでいた」ってことを回想で描くと、「親友が異様な死に方をしたのに瑞紀は平気で大学に来ている」という部分で大いに引っ掛かる。そんなにショックを引きずっている様子も無いし。

粗筋では香奈や和人の死に様について、「眼球が破裂する」と書いた。そう書けば「ショッキングな死に様」と思うかもしれないが、実際は全くショッキングではない。
理由は簡単で、その死に様を描かないからだ。
和人の時は、両目が無くなって倒れている姿を見せるだけ。香奈の時は、眼球が破裂する音がするだけで、眼球が無くなっている姿さえ見せない。
直接的な残酷描写を避けたのは、それなりに理由もあるんだろうとは思う。
ただ、そこを避けるなら、「眼球が破裂する」という設定にしている意味が無いんだよね。

和人の死を警察が「ただの心不全」として処理するのは、あまりにも乱暴な展開だ。どう考えたって、異常な死に様でしょうに。
何か裏があって隠蔽するつもりなのかと邪推したくなるぐらい、それで済ませるのは不自然だぞ。それで父親が納得しちゃうのも不可解だし。
あと、死因が心不全ってのを春男と父親に説明している男って、たぶん刑事じゃないよね。なぜか鞄を持っているし、2人組でもないし。
でも、そいつが何者なのか良く分からんぞ。

詠子が襲われるシーンではシライサンの姿をハッキリと見せるし、眼球破裂の描写も用意されている。ただ、どっちも残念な結果になっている。
まずシライサンの姿に関しては、完全に「幽霊の正体見たり」だ。
「長い黒髪に白塗りの顔、目がギョロッとしていて口から血を流している」という風に、「悪霊らしさ」をアピールする容貌には造形されている。でも、「まあ、そんなモンでしょうね」という想定の範囲で綺麗に収まっている。
ただ、それよりも問題なのは眼球破裂で、読んで字の如く「眼球が破裂する」というのをストレートに映像化しているんだけど、なんか陳腐なのよ。
もっとグロステクさや残酷さを強調する飾り付けがあっても良さそうなモノなのに、ものすごくシンプルに現象だけを提示しているのよね。

森川はシライサンに襲われない方法に気付いたと言い、「あいつは目を逸らしたら近付いて来る。見ている間は寄って来ない」と話す。
だけど、なぜ「目を逸らしたら近付いて来るけど、見ている間は寄って来ない」と気付いたのか、それが良く分からない。
彼はシライサンに怯えて、逃げようとしていたはずで。「眼前にシライサンが現れたので腰が抜けた」という状態であっても、シライサンを怖がっている奴が凝視するってのは不可解。
あと、シライサンが姿を消すまで1時間半か2時間ぐらい掛かったと言っているんだよね。そんな長時間に渡って、ずっとシライサンを見つめ続けたのかよ。それも無理があるだろ。

ただ、そこの無理筋を受け入れるとして、今度は「そんなに簡単な対処法があるなら、もうシライサンを過剰に怖がる必要も無いよね」ということになってしまうんだよね。
ずっと見つめ続けていれば、消えてくれるんだから。見ている間も少しずつ距離を詰めて来られたら怖いけど、その場で立ち止まってくれるんだから。そして複数がいれば、誰か1人が見つめているだけでOKなんだから。
で、実際に瑞紀と春男は2人でシライサンに対処するんだけど、このシーンが笑っちゃうぐらいマヌケなのよ。なんせ、「すぐに近くにシライサンがいて立ち尽くしている中で、瑞紀と春男が座り込んでいる」という状態が続いているんだから。
何もせずに突っ立っているだけのシライサンは、ちっとも怖くないどころかマヌケな存在になっちゃってるのよ。
一応、「シライサンが策を凝らして目を逸らすように仕向ける」という手順はあるんだけど、そんなに強力じゃないし。

間宮は冬美から電話を受け、「シライサンって知ってるか?」と質問する。この時、冬美は「シライサン?何それ?」と口にするが、これは台詞として変でしょ。
普通、「しらいさん」と聞いたら、人の名前だと認識するはずだ。
つまり、そこで返す言葉は「何それ?」ではなく、「誰それ?」が適切だ。
細すぎる指摘で揚げ足取りみたいに思えるかもしれないけど、「そういうトコだぞ」と言いたくなるのよ。実は手堅くまとめているように見えて、ちょくちょく雑な箇所があるんだよね。

終盤、間宮が1人で残してきた冬美を心配すると、瑞紀が「助かる方法、ありました。私たちが生き残る方法、ありました」と言い出す。
間宮が訊こうとすると慌てて「やっぱりダメです。分かりませんでした」と誤魔化すが、追及されると「呪われる人数を増やせば襲われる確率が減る」ってことを説明する。
でも自分が殺される確率は減っても、代わりに誰かが殺される方法だ。だから「やっぱりダメです」と誤魔化そうとしたわけだが、だったら最初から「助かる方法、ありました」とか無責任に言うなよ。
それを思い付いた時点で、誰かが確実襲われる方法ってことは分かるでしょうに。
その方法を教えておきながら、間宮が記事をネットに上げようとしたら止めようとするのも、「どんなマッチポンブだよ」と呆れるわ。

完全ネタバレだが、間宮は冬美に連絡して記事を拡散するよう指示した後、シライサンに襲われて死亡する。その後、間宮家を訪ねた春男 は、冬美が行方不明になっていることを知る。そしてエンドロール、脚本担当者として「間宮冬美」の文字が出る。
つまり、「この映画を使って冬美がシライサンの呪いを拡散している」という仕掛けになっているわけだ。
やりたいことは痛いほど分かるけど、完全に失敗している。それも含めて陳腐という印象しか受けないよ。
そこだけ急にモキュメンタリー的な趣向のメタ構造を持ち込まれても、バカバカしいだけだよ。
その後に、「監督・脚本:安達寛高」という表記も出しちゃうしね。

(観賞日:2021年6月12日)

 

*ポンコツ映画愛護協会