『疾風ロンド』:2016、日本
葛原克也は雪山をスキーで移動し、1本の木に目を留めた。彼は木の根元をシャベルで掘り、ジェラルミンケースから取り出したガラス容器を埋めた。彼は木に釘を打ち付け、発信器を取り付けたテディーベアを吊るした。発信器が作動することを確認した葛原は、「さあ、ゲームの始まりだ」と呟いた。月曜日。栗林和幸は妻を亡くし、14歳になる息子の秀人と2人で暮らしている。親子関係は円満とは言えず、秀人は栗林が注意しても疎ましそうに聞き流すだけだ。
秀人は父の職業について、「どこかの研究員」という曖昧な情報しか無い。泰鵬大学医科学研究所の研究員である栗林は出勤し、保管してあるK-55が無くなっていることに気付く。栗林が慌てて所長の東郷雅臣に報告すると、盗み出した元研究員の葛原から3億円を要求する脅迫状が届いていた。葛原はワクチンの開発に従事していたが、どんなワクチンも効かない究極の炭疽菌を偶然にも生み出した。「究極の兵器が出来上がった」と喜んだ葛原は東郷から解雇され、恨みを抱いていたのだ。
容器は薄いガラス製で、エボナイト製の栓で蓋をしてある。葛原の計算では、気温が摂氏10度以上になるとエボナイトは膨張を開始して、ガラス容器は破損する。発信機のバッテリーは1週間しか保たず、メールを返信しても届かないようになっていた。東郷から「君の管理不足だ」と叱責された栗林は、「この研究は所長の独断の案件じゃないですか」と反論する。東郷が「知らん知らん知らん、ワシは知らん、ワシは知らん」と喚くので、栗林は呆れて「場所はどこなんですか」と尋ねる。そこで東郷は、葛原から送信されてきたテディーベアの写真を見せた。
3億円など用意できないと東郷が言うので、栗林は警察に電話しようとする。しかし東郷は彼を制止し、「K-55は生物兵器だぞ。しかも、日本には存在してはならない案件だ。そんなことをすれば我々は職を失うだろ」と怒鳴り付ける。頭を冷やすよう言われた栗林は自分の今後を考え、警察への連絡を取り止めた。そこへ警察から連絡が入り、葛原がトラックにひかれて死んだという事実が知らされる。葛原は身寄りが無かったため、大学に連絡が来たのだ。
栗林は東郷と共に警察署へ赴き、葛原の遺体を確認する。彼は葛原のノートパソコンに入っている写真を調べ、テディーベアの向こうにリフトが写っていることに気付く。東郷は「葛原は死んだ。いっそ、そのままにしとこう」と言うが、栗林は「ここはスキー場です。近くに町がある可能性が高い。大変なことになりますよ」と告げる。すると東郷は遺留品の受信器を渡し、容器を見つけ出すよう指示した。栗林は難色を示すが、東郷から「上手くいけば副所長のポストを用意しよう。一人息子、来年には高校受験なんだろ。色々と要りようなんじゃないか」と言われて引き受けた。
発信器の電池は金曜日までしか保たないため、4日しか期限は無かった。帰宅した栗林は秀人に「スノボーの新しいウェアを買ってやる」と約束し、写真のリフトがあるスキー場の特定を依頼した。火曜日、秀人はスキー用品店を営む山野に写真を見せ、日本最大級の野沢温泉スキー場という情報を得て父に知らせる。東郷は監視カメラを調べ、研究員の折口真奈美が葛原と一緒に写っているのを知る。呼び出しを受けた真奈美は、泣きながら「忘れ物があると言われたので」と釈明する。しかし泣いたのは芝居であり、真奈美は所長室を出てから栗林と東郷の会話を盗聴する。栗林は東郷から、見つからなければクビだと通告される。
水曜日。栗林は秀人を連れてスキー場に行くが、スキーの技術が無いので全く捜索は進まない。スノーボードが得意な秀人は、地元中学生である山崎育美と親しくなる。栗林が受信器を持って禁止区域を歩く様子を、ワダという男が密かに監視していた。栗林が腰まで雪原に埋まって動けなくなったため、ワダはパトロール隊に連絡した。隊員の根津昇平が駆け付け、栗林を救助した。本部に戻った根津の元に、スノーボード選手の瀬利千晶がやって来た。来週に大会を控えた千晶は、次がダメならスノーボードに見切りを付けようと考えていた。かつてスノーボード選手だった根津は、「お前には才能があるんだから、無駄にするな」と言う。
秀人は育美に案内されて別のコースへ行き、彼女の友人である高野裕紀と川端健太に出会う。健太は買ったばかりのGoProを自慢し、これから秘密の場所へ行くと話す。裕紀は育美に話し掛けられても、無愛想で何も喋らなかった。裕紀と健太はロープを越え、コース外の禁止区域に入った。2人はテディーベアを発見するが、そのまま放置して去った。ワダは食堂の『カッコウ』で地図を見ていた栗林に話し掛け、自分がパトロール隊を呼んだのだと話す。栗林が礼を述べると、ワダは「何か探し物ですか」と質問した。栗林が「自然観察」と適当に誤魔化して場所を移そうとすると、ワダは執拗に付きまとった。
食堂では裕紀の兄である誠也が働いており、秀人と育美にジュースを出す。育美は『カッコウ』が裕紀たちの店であること、誠也は国体にも出たスキー選手であることを秀人に話す。裕紀が店に戻ると、母の由美子は「気分が悪いから休む」と誠也に言って奥へ引っ込んだ。それを聞いた裕紀は、「またかよ」と苛立った様子を見せて立ち去った。栗林は東郷に連絡して助っ人を要請するが、「泣き言を言うな」と冷たく却下された。
木曜日。栗林は筋肉痛で思うように体が動かず、何とかスキー場所へ繰り出した。根津と千晶は転倒した彼を発見し、呆れた様子で本部へ連れ帰る。根津は「靭帯を痛めているので当分は滑れない」と言い、千晶は栗林がコース外にいたことへの疑問を口にした。2人から問い詰められた栗林は、咄嗟に「研究所から新開発のワクチンが盗み出された」と嘘をついた。しつこく質問された彼は、「犯人は事故死してワクチンを待っている患者がいる、明日までに見つからないと命は保証できない」と語る。
千晶は疑念を抱くが、根津は「人の命が懸かっている」と言われて「俺が探します」と告げた。すると千晶も、捜索への協力を申し出た。栗林は東郷に連絡を入れ、真相を隠してスキー場のパトロール隊員に捜索を依頼したと告げる。盗聴していた真奈美はワダに電話を掛け、そのパトロール隊員を追い掛けるよう指示する。彼女は見つけ出す物を「お宝」としか教えていなかったが、借金のあるワダは「借金を返すどころじゃない。一生楽して暮らせる」と言われて喜んだ。
由美子は店に戻って秀人と育美に料理を運び、よそよそしさのある態度で「学校でインフルエンザ流行ってない?」と問い掛けた。彼女が去った後、育美は秀人に質問され、2ヶ月前に裕紀の妹の望美が死んだことを教える。望美は以前から心臓が弱かったが、裕紀が学校で流行ったインフルエンザを患い、それが彼女に移って命を落としたのだ。さらに育美は、由美子が学校の生徒を恨んで仕返しを目論んでいるという噂があることも明かした。
根津と千晶はスキー場を捜索するが、なかなかテディーベアは発見できない。2人はワダの尾行に気付き、本部へ戻って栗林に報告する。相手の特徴を知らされた栗林は、すぐにワダだと悟った。根津は初中級者向けのゴンドラの上を通過した時、3つも受信器が光ったことを栗林に話した。土産物店を訪れた栗林は、スキー場へ来てから何度か会っている少女のミハルと両親に遭遇した。父親は栗林に、明日の午前まで滑ることを語った。
金曜日。悪夢で目を覚ました栗林は、秀人から「一人で悩むのは勝手だけど、ずっとそういう態度だとイライラするんだよね」と言われる。「お前に迷惑掛けたくなくて」と栗林が告げると、秀人は「それが迷惑なんだよ」と吐き捨てた。根津と千晶がスキー場を捜索していると、前日と同じ場所で受信器が反応した。2人が反応した方向に視線をやると、子供連れの家族が滑っていた。報告を受けた栗林は、すぐにミハルと両親だと気付いた。
栗林はフロントでミハルたちの連絡先を尋ねるが、個人情報だからと教えてもらえない。根津と千晶は両親が食堂で生ビールを注文したという情報を入手し、車ではなく高速バスを使うと確信する。根津から連絡を受けた栗林は母親の方言を思い出し、名古屋行きのバスに乗ると推理する。根津はバス乗り場へ向かうが、既に名古屋行きの高速バスは出た後だった。彼は近くにあったトラックを拝借し、バスを発見して停車させた。
受信器はミハルの持っていたテディーベアに反応し、根津の質問を受けた父親はスキー場でぶつかった中学生男子からお詫びに貰ったと説明する。報告を受けた栗林は秀人に電話を掛け、一緒に滑っている育美に該当する人物の割り出しを依頼する。栗林は東郷に連絡を入れ、中学生が食堂に来ることを告げる。ウイルスの正体がバレないよう気を付けろと釘を刺された彼は、「その粉が病原菌なんて分かりっこありませんから」と軽く笑う。後ろでドアが閉める音がしたが、栗林が振り向いても誰もいなかった。
ミハルにテディーベアをあげたのは川端だと判明し、育美は「カッコウ」へ出向いて栗林に会うよう指示した。ワダは栗林を名乗って川端に接触し、理由を付けて携帯の電源を切らせた。千晶は川端がワダと一緒にいる様子を目撃し、栗林に報告した。困り果てる栗林だが、裕紀が「テディーベアがあった場所なら知っています」と告げる。根津は裕紀の案内で現場に到着し、雪を掘って瓶の入ったケースを発見した。
そこへ川端にナイフを突き付けたワダが現れ、脅しを掛けて瓶を奪い取った。ワダはスキーで逃走を図るが、千晶が来て追跡する。根津がワダにラリアットを食らわし、ケースを回収した。食堂に戻った根津からリュックを受け取った栗林は、ケースを取り出した。しかし蓋が開いてしまい、瓶が床に落ちて粉が散らばってしまう。栗林は慌てて「逃げろ、危険な生物兵器だ」と叫ぶが、中身は胡椒に摩り替っていた。摩り替えた犯人は、栗林の電話を盗み聞きしていた裕紀だった。彼は母が同級生を恨んでいると誤解し、豚汁の炊き出しにウイルスを混入させようと目論んでいた…。監督は吉田照幸、原作は東野圭吾「疾風ロンド」(実業之日本社刊)、脚本はハセベバクシンオー&吉田照幸、製作は多田憲之&岡田美穂&木下直哉&間宮登良松&村田嘉邦&山本浩&渡邊耕一&岩野裕一&市村友一&細野顕宏、企画は須藤泰司、エグゼクティブプロデューサーは重松圭一、プロデューサーは栗生一馬&沖貴子、アソシエイトプロデューサーは細谷まどか、キャスティングプロデューサーは福岡康裕、音楽プロデューサーは津島玄一、ラインプロデューサーは石川貴博、撮影は佐光朗、美術は和田洋、照明は加瀬弘行、録音は赤澤靖大、編集は岸野由佳子、音楽は三澤康広。
主題歌:B'z「フキアレナサイ」作詞:稲葉浩志、作曲:松本孝弘。
出演は阿部寛、大倉忠義、大島優子、柄本明、麻生祐未、ムロツヨシ、濱田龍臣、望月歩、前田旺志郎、久保田紗友、戸次重幸、堀内敬子、生瀬勝久、野間口徹、田中要次、菅原大吉、でんでん、堀部圭亮、志尊淳、北島美香、鼓太郎、中村靖日、太田しずく、中山由紀、山口岳彦(瞬間メタル タケタリーノ山口)、森本のぶ、吉田晴登、兵頭莉音、稲垣来泉、菊地裕子、久保田凛乃、松井みどり他。
東野圭吾の同名ベストセラーを基にした作品。
監督は『サラリーマンNEO 劇場版(笑)』の吉田照幸。
脚本は『相棒シリーズ 鑑識・米沢守の事件簿』『25 NIJYU-GO』のハセベバクシンオーと吉田監督による共同。
栗林を阿部寛、根津を大倉忠義、千晶を大島優子、東郷を柄本明、由美子を麻生祐未、ワダをムロツヨシ、秀人を濱田龍臣、裕紀を望月歩、健太を前田旺志郎、育美を久保田紗友、葛原を戸次重幸、真奈美を堀内敬子、ワタナベを堀部圭亮、誠也を志尊淳が演じている。
他に、ラストで瓶の中身を確認する警察官役で生瀬勝久、フロント係役で野間口徹、係員役で田中要次、運転手役で菅原大吉、山野役ででんでんが出演している。冒頭、葛原がスキーで雪山を滑走する姿が、ロングショットで写し出される。その途中で、彼が研究所でK-55を発見した時の様子が挿入される。
まず研究所のシーンは全く必要性が無い。どうせ後から、彼が何を盗み出したのかは説明される。「実験で何かに気付く」というボンヤリした様子だけを見せても、何の意味も無い。
また、スキーで雪山を滑る様子をロングで捉えるカットも意味が薄い。
「スケールの大きい映画ですよ」ってのをアピールしたかったのかもしれないが、そこで描くべきは「葛原が瓶を雪原に埋める」という行動であって、そこまでの滑走など全くの無意味だ。葛原は瓶を埋めた後、目印としてテディーベアを木に吊り下げる。
たぶん「普通なら人が来ない場所」を選んでいるのだろうとは思うが、それにしても目印が大きすぎるだろ。
そんな目立ちすぎる物を吊り下げて、もし誰かが見つけたら持ち去ることは容易に想像できるわけで。実際、あっさりと持ち去られているし。
葛原が最後まで犯人として居座るわけじゃないから、ボンクラでも構わないっちゃあ構わないのかもしれないけど、のっけからバカバカしさが見えてしまうのはマイナスじゃないかと。さらに困ったことに、こいつは冒頭シーンの最後にニヤリとして「ゲームの始まりだ」と呟くんだよね。
周囲に誰もいないのに、わざわざ口にするという表現に関しては、そういうノリの映画であることを示す意味だと解釈すれば、まあ別にいいのよ。ただ、そんなことを堂々と言っておきながら、ゲームは全く始まらないのだ。何しろ、すぐに葛原が死んじゃうからね。
もしかすると、それも含めてのネタだった可能性はある。ただ、誰かがツッコミを入れるわけでもないし、ネタだとしても分かりにくい。
本気でネタとして台詞を言わせるのなら、いっそ直後に死ぬシーンを描くぐらい徹底しないとマズいんじゃないか。葛原をさっさと殺して別の展開に移るのは、そっちで良かったかもと思わせる。何しろ葛原は、究極の炭疽菌を発見しても喜んで「究極の兵器が出来上がった」とか言うような、薄っぺらいマッドサイエンティストとしての描写しか無いしね。
そんな奴がスキーで華麗に滑っているのはキャラのブレを感じるけど、それも良しとしよう。そんなことは屁でもないと思うような描写が、すぐに訪れる。
それは、東郷が「知らん知らん知らん、ワシは知らん、ワシは知らん」と喚いて、テディーベアの写真を見せられた栗林が「サッパリ分からん」と頭を抱えるシーンだ。
そのシーン、なぜか滑稽さを感じさせるBGMが流れるのだ。
つまり、ハッキリとした形で「コミカルなシーン」として演出されているのだ。その直前、栗林は「気温が上がったら容器が割れて炭疽菌が散らばり、大勢の人が死ぬ」と説明している。つまり炭疽菌テロのような状況に陥る危険性があるわけだ。
そんな事態なのに、責任者である東郷が「ワシは知らん」と喚く様子を喜劇として描かれても、そのセンスに乗っていくのは難しい。っていうか無理。
東郷が警察への連絡を止めるのも、通報を取り止めた直後に電話が鳴って栗林が焦るのも、その辺りを全てコミカルなシーンとして演出しているが、やはり乗っていくのは無理。
これがダーク・コメディーであれば、まだ分からんでもないのよ。でも、真正面からコメディーとして描いている。
しかも厄介なことに、ユルいコメディーとして演出しているので、ますます「いや無理」と言いたくなる。世の中に、「大勢の人が死ぬかも」という設定を軽妙なテイストで描いた作品が無いのかというと、そうじゃないのよ。例えばハリウッドのアクション映画なんかだったら、そういうのは幾らでも転がっているだろう。
だから、大事件をコミカルに描くのが絶対にダメだとは言わない。
しかし今回のケースは、コミカルに味付けする題材としては、かなりハードルが高いんじゃないかと。
そして残念ながら、そのハードルを越えることは出来ていないんじゃないかと。タイムミットも明確に設定されているし、本来なら緊迫感溢れるギリギリの状況に置かれているはずだ。
ところが基本的に「ユルい喜劇」として演出しているため、そういう切迫した雰囲気は全く醸し出されない。基本設定が確実に含有しており、普通にやれば有効活用できるはずの要素があるのに、完全に殺されている。
じゃあコメディーとして魅力的なのかというと、こちらも外しまくっている。
では他に何か売りがあるのかというと、特に大きなモノは見当たらない。「あと4日しか無い」という期限が、序盤で示される。だが、次の日は「スキー場を特定する」というだけで終わってしまい、さっさと水曜日に移ってしまう。そこに「時間が無い」という焦燥感は皆無。それ以降も、タイムリミットによる緊迫感は全く生じない。
根本的な問題として、「なぜK-55の存在を内密にしてきたのか」という疑問が浮かぶ。
それは偶然にも誕生しただけであり、何か悪事を企てた結果ではない。だったら、さっさと政府に報告しておけばいいでしょ。それで研究所がマズい立場になるとは思えない。
「実は東郷が何か事情を隠していて」みたいなことが終盤で明かされるわけでもないので、そこが最後まで引っ掛かってしまった。栗林は東郷から「職を失うことになる」と言われ、警察への通報を取り止める。「副所長のポストを用意しよう」と言われ、容器の捜索を引き受ける。
幾らコミカルに描いていようと、そういう理由で行動する人物に主人公としての魅力を見出すのは難しい。
しかも困ったことに、こいつは容器を見つけ出すための努力を、ほとんど見せないのだ。
彼は息子にウェアの購入を約束し、スキー場がどこなのか特定してもらう。スキーが全く出来ないので、現場での捜索も息子に頼る。栗林は足を捻挫し、何の情報も得られないまま捜索活動からの離脱を余儀なくされる。
代役を買って出た根津と千晶は受信機の反応から、ミハルと両親がテディーベアを持っていると睨む。
根津はトラックを走らせて高速バスを追い掛け、ミハルの持っているテディーベアを手に入れる。
連絡を受けた栗林は秀人に電話を掛け、育美に中学生男子の割り出しを頼む。
この一連の流れだけを取っても、栗林は主人公らしい行動など何も取っていない。栗林という男は基本的に、「ただイライラしているだけで、周囲の人が頑張って状況が変化すると東郷に報告を入れる」というだけだ。
たまに根津たちへの情報提供をする程度であり、安楽椅子探偵のように頭脳労働で貢献している部分も少ないのである。
瓶を見つけるのは裕紀で、瓶を奪ったワダを追跡するのは千晶で、ワダをKOするのは根津。
その間、栗林は食堂で待っているだけ。
なので栗林を主役として扱っていることからして、この映画は間違いを犯していると言わざるを得ないのだ。健太は登場するや否や、買ったばかりのGoProを育美に自慢する。
その直後、GoProの映像が使われるが、健太が撮っているわけではない。裕紀と健太が滑る様子を、プロのカメラマンが撮影しているのだ。
だったら、健太にGoProを持たせない方がいいんじゃないのか。細かいことかもしれんけどさ、そういうの気になるわ。
あとさ、ただ2人が普通にスノボで滑るだけのシーンでGoProの映像を使うのって、勿体無くないか。もっと重要なシーンまで、取っておいた方が良くないか。千晶がワダを追い掛けるシーンでも、GoProの映像が使われる。しかし、ここも「偶然にも近くで撮影していた2人組の撮影」であって、健太のGoProが使われるわけではない。
たぶん「GoProの存在を示しておきたい」という意味合いなんだろうけど、邪魔なだけだよ。
あとさ、「たまたま近くにいた2人組が、千晶とワダの滑りを見て、すぐに追い掛ける」ってのは不自然だろ。追い掛ける理由が全く無いぞ。
それと、ワダを演じているのがムロツヨシなので、「見事な滑り」に何の説得力も無いのがツラいところだ。もちろんスタント・ダブルを起用しているけど、体格が違うから別人なのがバレバレなのもツラいし。ハリウッドの大作アクション映画における原爆や水爆の扱いを「軽すぎるだろ。アメリカ人は何も分かっちゃいない」と批判できなくなるぐらい、この映画における炭疽菌の扱いは軽い。
栗林は根津が回収したケースをリュックから取り出した際、蓋が開いて瓶が落下し、粉が床に散らばる。
たまたま中身が入れ替えてあったから良かったものの、そうじゃなかったら大変な事態だ。
他の連中は中身を知らないから、軽い扱いでも仕方がない。しかし栗林は中身を知っているのに、なぜ慎重に取り扱おうとしないのか。栗林が危険な生物兵器であることを内緒にしていたと知り、根津や秀人は激怒する。
千晶が「今は本物を探す方が先決じゃない」と告げて根津は受け入れるけど、それで済ましちゃダメだろ。
もちろん本物を見つけ出すことは重要だけど、どんな生物兵器なのかは追及した方がいいだろ。それによって、取り扱いも違ってくるんだし。
あと、嘘をついていた理由について栗林は「事情が」と言うだけで済ませているけど、全く罪悪感を抱いていないのよね。
こんな奴が主人公なんだから、そりゃ魅力はゼロだよ。裕紀が栗林の東郷への電話を盗み聞きし、瓶の中身を入れ替えていたことが判明する。
ここで誠也は、弟が「また凄い病気が流行って1人か2人死んだら、母さんが納得するかな」と話していたこと、母が同級生を恨んでいると思い込んでいたことを明かす。実際、裕紀は豚汁の炊き出しに炭疽菌を混入させようと目論んでいる。
実際は迷っている間に栗林が駆け付けて回収しているけど、それで許しちゃダメだろ。
もちろん彼は粉が炭疽菌だとは知らないけど、それでも「病原菌」ってのは分かった上で混入を企んでいたわけで。その時点で、かなり悪質だぞ。
そこを「感動的な家族愛のドラマ」として片付けているけど、そんな甘い問題じゃないだろ。っていうかさ、色んな要素を盛り込み過ぎて、どれも薄っぺらくなっちゃってんのよね。
まず本筋に「炭疽菌を見つけて回収する」というミッションがある。その周囲に、幾つもの話を配置している。
「保身ばかり考えていた栗林が息子の気持ちを汲み取って改心、父子関係が修復される」というエピソード。「千晶は競技からの引退を考えていたが、意欲を取り戻す」というエピソード。「高野家は娘の死を引きずっていたが、母と裕紀のわだかまりが解ける」というエピソード。
これらが上手く絡み合ってサスペンスを盛り上げていれば、もちろん何の問題も無い。しかし実際には、まるで上手く融合しないどころか、ほぼ邪魔なだけになっている。
それぞれのストーリーが薄っぺらいだけでなく、肝心の本筋もガリガリに痩せ細ってしまう。真奈美とワダ(折口栄治)が姉弟だという事実を終盤まで隠している意味が、全く無い。
どうせ早い段階で「真奈美がワダに指示する」というシーンを用意しているので、その時点で2人が組んでいることは伝わる。だったら、それが分かった上で終盤になって「実は姉弟」と明かされたところで、そんなにサプライズの効果は無いでしょ。
それが明かされるのって、なんとエンドロールの途中なのよ。
わざわざエンドロールを中断して「実は姉弟だった」と明かしているけど、「だから何なのか」としか思えんよ。他の部分に関しては「ダメな映画だなあ」とは思うが、笑って済ませることが出来る。しかし炭疽菌の扱いと裕紀の大量殺人未遂は、本気でダメなヤツだ。
そして、もう1つ、本気で不快感を抱かせるシーンがある。それは木曜日の夜、根津と千晶の会話シーン。
根津が「悔いを残してほしくない」と競技を続けるよう諭すと、千晶は「体が動かない。昔みたいに無我夢中で滑れないの」と言う。ここまでは別に構わない。
問題は、この後だ。根津が「それ、震災の時も言ってたぞ。でも続けてるんだろ」と口にするのだ。
そう、この映画、なんと東日本大震災を持ち込んでいるのだ。千晶は「あの時からずっと抱えてるの。生活に困ってる人を救えるわけじゃない。もっと人の役に立つことがあるはず。なんで自分がスノーボード続けてるのか分からない」と吐露し、根津が「自分を犠牲にして、自粛して、それが人の役に立つってことなのかな。その人たちが喜んでくれるのかな。スポーツは人の役に立つとか立たないとか、そういうことじゃないと思う」と語る。
その会話、本気で不愉快だわ。
まず、こんなにユルいノリの映画で、軽々しく東日本大震災をネタにしていること自体に違和感がある。
しかも、それを千晶が競技を諦めようとした理由に使っているけど、処理が雑だわ。
なんで適当な形で、そんな要素を持ち込んだのかね。全く必要性は無いんだから、そういうの邪魔なだけだよ。
それで観客の心を掴めるとでも思ったのなら、大間違いだぞ。(観賞日:2018年7月21日)