『新宿スワン』:2015、日本

人生の最下底にいた白鳥龍彦は、何も考えずに新宿へやって来た。帰りの電車賃さえ無い状態で、彼は苛立ちを覚えながら歩いていた。若者グループから髪型を馬鹿にされた龍彦は、カッとなって喧嘩を吹っ掛けた。彼は勢い良く殴り掛かったものの、多勢に無勢で反撃を食らう。その様子を見ていた真虎という男が、仲裁に入った。真虎は顔馴染みの若者たちに、「金もねえ、なんもねえ。こんな奴を相手にすると、後が面倒だ」と説いた。
若者たちは納得できない様子だったが、真虎が「こいつは俺のダチだ。今からダチになんだよ」と言うと、承諾して退散した。真虎は龍彦に飯を食わせると、「スカウトやらない?」と持ち掛けた。彼は龍彦に服を買い与え、クラブのホステスになる女をスカウトする仕事だと説明した。簡単な仕事だと甘く見る龍彦だが、いざ始めてみると、声を掛けた女に次々と断られる。真虎が手本を見せると見事に女が足を止めたので、龍彦は感心した。
改めて龍彦はスカウトに挑むが、ことごとく断られる。しかし土下座してみると、女が立ち止まってくれた。すると真虎は「ここから先は俺が引き取る」と言い、女をヘルスへ連れて行く。龍彦が「クラブのホステスって言ったじゃないですか」と告げると、彼は「俺の見立てじゃあ、この子はやる気だ」と述べた。ヘルスの店長は女を脱がして技術を試し、A判定を付けた。真虎は龍彦に、「Aが付いたから、5万円が入る。この子がここで働き続ける限り、給料の10%がお前に入る」と説明した。
龍彦がショックを受けて「この仕事、向いてないっす」と漏らすと、真虎は「ビビってるだけじゃねえか」と一喝した。彼は「あの女を不幸にしたとか思ってんじゃねえだろうな。風俗で働く女をお前が不幸だと思うのは大間違いなんだよ」と説き、冷淡な口調で「嫌ならやめろ、止めやしねえよ」と告げた。龍彦は「やらせて下さい。ただ、俺がスカウトした女の子には、必ず幸せだって言わせます」と強い決意を示した。
南秀吉というスカウトマンが、新宿で精力的に活動していた。彼は龍彦を目撃すると、敵意に満ちた態度で睨み付けた。龍彦はスカウトの方法でミスを犯し、半年だけ先輩の洋介に注意を受けるが、馬鹿にするような態度を見せた。龍彦が良く使う「絶対」という言葉を避けるよう忠告されても、軽く受け流した。そんな様子を笑って見ていた真虎は、龍彦を歌舞伎町にあるスカウト会社「バースト」の事務所へ連れて行く。彼は窓から女性を観察するよう指示し、声を掛ける前に中身を見抜くことの重要性を説いた。
秀吉は売人と会ってシャブを購入し、新宿を統一する野望を口にした。彼が所属する「ハーレム」の事務所では、社長の松方が幹部の葉山を叱責していた。ハーレムの売り上げは落ちる一方で、バーストの後塵を拝していた。怒鳴り付ける松方に、葉山は反抗的な態度を見せた。葉山は秀吉の兄貴分であり、シャブのことも知っていた。秀吉は一刻も早く松方を追い出してバーストを潰したいと考えていたが、葉山は「慌てるな、すぐ時期が来る」と告げた。
秀吉はグレーゾーンで仕事をしていたバーストのスカウトマンを威圧し、「今日から俺のシマだ」と主張して追い払った。バーストの社長を務める山城神は、暴力団「紋舞会」の会長である天野修善の元へ半年分の上納金として一千万円を持参した。すると天野は「もしも他社が倍の金額を持って来たら、どうする?」と問い掛け、上納金の増額を要求した。事務所へ戻った山城は怒りを露骨に示し、ハーレムが上納金を増やす可能性に触れた。
山城の話を聞いた真虎は、問題を一気に解決する方法としてハーレムを傘下に入れることを提案した。幹部の関玄介は、松方が個人的に借金で困っているという情報を山城に告げる。その上で彼は、「ハーレムと揉めましょう。そうすれば真実が見えて来る」と促した。龍彦は「一分だけでいいから、お願いします」と道行く女性たちに声を掛けるが、まるで相手にされなかった。しかし涼子という和服姿の女は面白がり、飲みに誘って彼の話を聞いた。
龍彦と涼子が話していると、別のテーブルにいた男女が揉め始めた。お金が無くなったせいで捨てられた女が、冷淡な男の態度を受けて泣き出したのだ。それを見ていた涼子は女に歩み寄り、「捨てられて悔しいなら、さっさと新しい男でも作って見返してやりな。歌舞伎町の女なら、カッコ良く生きな」と説いた。そんな彼女の姿を見て、龍彦はカッコイイと感じた。男が不遜な態度を見せると、龍彦は胸ぐらを掴んで「関わった女は全員幸せにしてやれや。男の評価下げてんじゃねえぞ」と凄んだ。
涼子は龍彦を気に入り、「ウチの店でくすぶってる子のリストあげる。新しい店に入れてあげて」と口にした。彼女は「ハンコつこうか」と告げ、龍彦をホテルに誘った。後日、龍彦は真虎に連れられて高級クラブ『ムーランルージュ』を訪れ、そこのママが涼子だと知った。ムーランルージュには、真虎の紹介で働く始めた夏帆というホステスがいた。彼女は龍彦に、涼子がハンコを突いたのは認めた証拠だと話す。龍彦はリストの最初に夏帆の名前があるのを見るが、彼女には言い出せなかった。
龍彦がスカウト活動をしていると、洋介が関を連れて来た。関は「真虎に言われた仕事がある」と告げ、龍彦を騙してハーレムのエリアでスカウトするよう指示した。それはハーレムと揉め事を起こすための策略だった。龍彦はハーレムのスカウトマンであるアキオや毒山たちに捕まり、秀吉の元へ連行された。龍彦が自分のことを全く覚えていないことに激昂した秀吉は、手下に羽交い絞めにさせて何度も殴り付けた。秀吉は龍彦の指を折り、その場を後にした。
龍彦が秀吉たちに暴行されたと知った真虎は、自分がハーレムと話を付けようとする。しかし山城は「関が描いた絵図だ。関に任せる」と言う。「龍彦はちゃんと育てりゃ、いいスカウトになるんです」と真虎は訴えるが、ナンバー2の時政は「社長が決めたことだ」と静かに告げた。関は龍彦を引き連れ、ハーレムの連中がいる場所へ殴り込みに行く。反撃を食らって暴行された関は、龍彦に「これでいいんだ。揉め事がデカくなって、今や修復不能だ。これがビジネスだよ」と告げた。
山城は龍彦、関、時政を伴って松方と会い、「ハーレムを解散するか、傘下に入るか」と決断を迫った。松方が困っていると、山城は「ハーレムを買ってやるよ。個人的に3千万支払う」と持ち掛けた。「下に示しが付かない」と松方が漏らすと、山城は「落とし前に龍彦をやる」と告げた。龍彦は利用されたことに憤慨して出て行こうとするが、時政に暴行される。カッとなった龍彦は自らの頭を殴り付け、消火器を破壊して暴れようとする。松方は恐くなり、「落とし前は要らない」と金だけで済ませることを受諾した。
感情が高ぶっている龍彦は松方の言葉など耳に入れず、消火器を床に叩き付けようとする。だが、そこへ会話を盗聴していた真虎が来ると、気の抜けた龍彦は失神した。真虎は個人的に葉山と話を付け、彼を連れて来ていた。葉山は山城に、松方を除く全員が無条件でバーストに入ることを持ち掛けた。山城は快諾し、落とし前の一件は無しにした。葉山は山城の下に就こうとしているわけではなく、秀吉たちと共にバーストを乗っ取ろうと目論んでいた。
山城はバーストとハーレムのメンバーを集め、幹部である真虎&葉山&関&時政以外は全て横並びの扱いだと告げる。その上で彼は、この1ヶ月トータルで最も多くスカウトした1名を幹部に昇格させると通達した。真虎は龍彦が秀吉への復讐を企んでいると見抜き、決して手を出さないよう釘を刺した。秀吉は男に追われるアゲハという女と遭遇し、彼女が店の金庫から5万円を盗んだと知る。秀吉は男に5万円を渡し、「こいつ買うわ」と告げた。エリカがヘルス嬢だと知り、彼は「もっといい店紹介してやるよ」と持ち掛けた。
龍彦は無料案内所から出て来た栄子という女をスカウトするが、逆に「ちょうど探していたんです」と言われる。九州から出て来たばかりだという19歳の栄子を、龍彦はキャバクラへ連れて行こうとする。栄子は「お金がたくさん要るから風俗に行きたい」と求めるが、龍彦が「キャバクラでもちゃんと働けば、ちゃんと貰えるから」と説明すると納得した。龍彦は彼女の左手首に幾つもリストカットの跡を発見するが、それには触れなかった。
秀吉はエリカが闇金も含めて220万の借金を抱えていると知り、「この店なら全て立て替えてくれる」と告げてヘルスを紹介する。秀吉は店長の大林に、「夜中はデリヘルに回して、とにかく寝ないで働かせろ」と命じた。龍彦は栄子をキャバクラへ連れて行き、リストカットの跡を不安視する店長に頼んで雇ってもらう。真虎は涼子に探偵の荒木俊作を紹介してもらい、秀吉の調査を依頼する。秀吉はバーストのスカウトマンたちを大金で買収し、スカウトした女のデータを入手する。それを知った関は激昂し、時政は金の出所を疑問視する。
エリカは食事も充分に与えられない状態で働かされ、疲労困憊になる。しかし同僚が激しい暴行を受ける様子を見て、恐怖に見舞われる。龍彦はゲーセンで栄子と遭遇し、明るく振る舞う彼女と会話を交わして別れる。秀吉はエリカに借金を払い終わるまで頑張るよう告げて、「元気になる薬」としてシャブを渡す。龍彦は洋介から、栄子が飛び降り自殺したことを知らされる。ショックを受ける彼に、真虎は「お前がスカウトした女の子たちがいる通り、見に行ってみろよ」と勧める。落胆しながら通りを歩いた龍彦は、スカウトした女性たちから笑顔で感謝の言葉を告げられる。龍彦は泣きながら、「みんな大好きだ、バカヤロー」と口にした。
関はバーストとの合併に納得しておらず、山城には内緒で作戦を企てていた。彼は恋人の梨子に、バーストの連中にスカウトしてもらうよう依頼する。通りを歩いた梨子はアキオや毒山たちに声を掛けられ、ヘルスを紹介される。ヘルスで働き始めた彼女は、風俗嬢の間でシャブが蔓延していることを知る。梨子から電話で報告を受けた関は、シャブを回している人物を探り出すよう指示した。だが、関と梨子の動きは、秀吉の手下に気付かれていた。
龍彦はスカウトしたレナという女をヘルスへ連れて行き、アゲハが大林から暴行される様子を目撃する。龍彦は憤慨して大林を殴り付け、レナに「他の店、紹介するから」と告げた。そんな龍彦を見たアゲハは、大切にしている絵本『まぼろしの王子さま』の主人公と彼を重ね合わせる。アゲハは龍彦を自分の王子様だと感じ、「一緒に逃げよ」と手を取って店外へと走り出した。龍彦は彼女を安心できるヘルスに連れて行き、「俺が紹介したからには、アゲハには幸せになってもらうよ」と告げた。だが、しばらくして彼は、アゲハがシャブに手を出していることを知る…。

監督は園子温、原作は和久井健『新宿スワン』(講談社『ヤングマガジン』刊)、脚本は鈴木おさむ&水島力也、プロデューサーは山本又一朗、企画は古川公平&瀧藤雅朝、共同プロデューサーは富田敏家&鈴木剛、撮影は山本英夫、照明は小野晃、編集は掛須秀一、美術は磯見俊裕&仲前智治、録音は小宮元、アクションコーディネーターは辻井啓伺、音楽は大坪直樹、音楽プロデューサーは古川ヒロシ。
主題歌『Dive』MAN WITH A MISSION 作詞・作曲:Jean-Ken Johnny、編曲:MAN WITH A MISSION。
出演は綾野剛、山田孝之、沢尻エリカ、伊勢谷友介、吉田鋼太郎、豊原功補、金子ノブアキ、山田優、深水元基、村上淳、久保田悠来、真野恵里菜、安田顕、丸高愛実、はねゆり、野中隆光、YOUNGDAIS、長田成哉、一ノ瀬ワタル、細貝圭、梶原ひかり、中野裕太、江戸川萬時、桜木健一、関根勤、森田彩華、今野杏南、池田純矢、札内幸太、櫻井ユキ、伴杏里、上松大輔、藤巻勇気、冨手麻妙、角島美緒、野村啓介、伊藤竜翼、越村友一、高橋良平ら。


和久井健の同名漫画を基にした作品。
監督は『地獄でなぜ悪い』『TOKYO TRIBE』の園子温。
脚本は『ラブ★コン』『ハンサム★スーツ』の鈴木おさむと『クローズEXPLODE』『ルパン三世』の水島力也(山本又一朗プロデューサーの変名)による共同。
龍彦を綾野剛、秀吉を山田孝之、アゲハを沢尻エリカ、真虎を伊勢谷友介、天野を吉田鋼太郎、山城を豊原功補、葉山を金子ノブアキ、涼子を山田優、関を深水元基、時政を村上淳、洋介を久保田悠来、栄子を真野恵里菜、松方を安田顕、梨子を丸高愛実が演じている。

園子温監督の作品には、本人が企画して撮っているケースと、オファーを受けて手掛けているケースがある。
『愛のむきだし』や『冷たい熱帯魚』は前者で、『エクステ』や『TOKYO TRIBE』は後者だ。
例えオファーを受けて取り組んだ仕事であろうと、今までの園子温監督は必ず自らの手で脚本を執筆して来た。原作付きの作品であっても、そこから大幅に逸脱した内容にすることも平気でやっていた。
それは全面的に肯定できる行為ではないが、「俺の作品」という自負を持って映画作りに臨んで来たってことだけは言える。
決して単なる雇われ仕事に徹することは無かったのだ。

そんな園子温監督が初めて「雇われ仕事」に徹したのが、この映画である。
だから今回、彼は初めて自身の監督作品で脚本に関与していない。
冒頭に「A SONO SION'S FILM」の表示が出ないのは、彼が雇われ監督として仕事をやったことの証拠だ。「俺の作品じゃないよ」という意志表示だ。
「では誰の作品なのか」と問われたら、それは間違いなく「マタ山本の作品」である。
つまり今回の園子温監督は、角川春樹プロデューサーの下で『晴れ、ときどき殺人』を撮った井筒和幸監督みたいなモンだと捉えればいいだろう。

真虎は龍彦に手本を見せる際、まずは優しく入って、それでも女が無視すると「得する話だから、聞けよオラ」と凄む。怯えた女が立ち止まると、笑顔に変わって「なんて驚かしちゃったりして」と告げる。
そこまでは別にいいとして、女も笑顔を浮かべて簡単に心を開くというのが、あまりにもバカバカしくて説得力ゼロだ。
そこで感じるバカバカしさは、以降も延々と持続することになる。
この映画の放つバカバカしさは、ほぼシナリオに含有されているモノである。

導入部の段階で、もう「これは間違いなくダメな映画である」と確信できた。話が進んでも確信は全く揺るがなかったし、観終わった時には「やっぱり間違いなかった」と改めて感じた。
劇中に登場するスカウトマンは主人公を含めて全てクズであり、つまりスカウトマンという職業自体がクズなのだ。
しかし、龍彦は自分がクズな仕事をしていることに苦悩&葛藤することが無い。
この映画はクズをクズとして描くのではなく、全面的に肯定し、それどころか美化してしまう。

もちろん、風俗で働いている女性が全て不幸だなんて、そんなことは思わない。本人が希望して働き始めた人も大勢いるだろうし、そこで幸せを感じている人も大勢いるだろう。
しかし、少なくとも冒頭で龍彦がヘルスに売り飛ばした女は、その段階で幸せになっているとは絶対に言えない。それどころか、単に断り切れなかった、意志が弱かったというだけに思える。不安や恐怖はあるものの、流されるままに承諾しただけにしか見えないのである。
真虎は龍彦が「スカウトマンに向いていない」と言った時、「テメエがビビッただけじゃねえか。お前、あの女を不幸にしたとか思ってんじゃねえだろうな。風俗で働く女をお前が不幸だと思うのは大間違いなんだよ。見てみろ。ああやって毎日、欲望が流れ込んでる。いい服着て、美味いモン食って、適当に遊べて。男も女もみんな楽しみたい。需要と供給。俺たちはこいつらを幸せにして、金儲けする」と語る。
だけど、それは「風俗で働く女は不幸じゃない」という主張の根拠として、何の説明にもなっちゃいないでしょ。単にクズ野郎が「俺は正しいのだ」と歪んだ正当性を主張しているだけに過ぎないのよ。

龍彦がスカウトマンとして働くことを決意した直後、秀吉が登場する。
そして彼が龍彦に気付いて睨み付ける様子が描かれる。
後に繋がる描写ではあるのだが、そのタイミングで入れるのが適切なのかと考えると、ちょっと違うんじゃないかと。
そこから龍彦と秀吉が接触するとか、秀吉のターンになるとか、そういう構成にしてあるのなら分かるが、そうではなく「龍彦が洋介から注意される」「龍彦が真虎から観察の大切さを教わる」という手順に入るので、だったら秀吉を登場させるのは、その後でも良くないかと。

龍彦が洋介から注意された後、真虎に連れられてハーレムの事務所へ移動する手順がある。
ここで初めてハーレムの事務所が登場するが、それもタイミングや見せ方として、いかがなものかと。
スカウトマンがが立派なオフィスを構えるような会社組織に属していることを、原作を読んでいない大半の観客が知らないはずだ。もちろん龍彦だって、働くと決めた時点では知らなかったはず。
それを考えれば、働くことを決めた時点で、まずは「真虎に連れられて事務所へ行き、社長や仲間に挨拶する」という手順を消化すべきではないかと。そして、「スカウトマンの集団が会社として成立していることに驚く」という様子を描いた方がいいんじゃないかと。

早い段階でハーレムの事務所を登場させれば、「真虎が龍彦を紹介する」という形で、そこに属するスカウトマンや社長を登場させることも出来る。
洋介にしたって、そこで紹介する時間を設けることが出来る。
この映画だと、真虎が龍彦に観察することの重要性を事務所で教えた時点では、まだ真虎と洋介しか登場していない。
「主人公が先輩の案内で事務所へ行き、メンバーを紹介される」というのは、構成としてベタっちゃあベタだけど、そこはベタでいいでしょ。

秀吉が葉山の前でバーストを潰す目論みについて語った後も、「ビルの屋上で煙草を吸う秀吉が火の付いた紙を投げると、空一面に炎が広がり、龍彦の姿が浮かび上がる」という、そこだけ別の人間が演出したのかと思うぐらい違和感のある映像表現を入れてまで、秀吉の龍彦に対する強烈なライバル心をアピールする。
でも、まだ龍彦って何の実績も無い新人スカウトマンに過ぎないわけで。
だから、その時点では、そこまで強い敵意を秀吉が示す理由は何なのかと思ってしまう。
もちろん後になって「こういう理由がありまして」ということは説明されるわけだが、その種明かしがあっても「そんなことかよ」と言いたくなる。「秀吉が龍彦への強烈なライバル心を示す」という部分の違和感というマイナスを抱えてまでも、そこの理由を謎にしたまま引っ張っていたのに、引っ張った効果が全く得られないという困ったことになっている。
秀吉が龍彦を憎んでいた理由については、後述することにする。

「一分だけお願いします」と頭を下げる龍彦を見た涼子が関心を持って飲みに誘うのも、捨てられた女が涼子の言葉を受けて簡単に次へ進む気持ちに変貌するのも、段取りに見合うだけの説得力が皆無。
龍彦がヒモ男を説教することで、「涼子が彼を気にいる」という理由は生じるものの、珍しくハンコを突く相手に選ぶ説得力としては弱い。
「高級クラブのママだから男を見抜く目を持っているのだ」と解釈すればいいんだろうが、それには演じる女優に問答無用の説得力が求められる。
女優としての山田優に、そういう説得力は乏しい。

龍彦がスカウトマンとして働くと決めた後、彼が経験値を積んで成長していく様子が描かれるのかと思いきや、そういう筋書きは全く進展していかない。そして彼が全く成長しないまま、都合良く涼子に気に入られてリストを貰う手順が訪れる。
その時点で龍彦は何の成長もしておらず、女性をスカウトした成果も皆無だが、それでもリストを貰ったからには、「リストの女の子たちを他の店に紹介し、それをきっかけにして少しずつ学習&成長していく」という展開になるのかと思いきや、まだ何の進展も無い。
それどころか、涼子からリストを貰ったことが、後の展開には全く繋がらないのである。
リストの最初に夏帆の名前があるのを見つけて動揺するシーンがあるのに、そこから「夏帆に打ち明けて他の店に紹介する」という手順さえ無いのだ。

「龍彦がスカウトマンとして成長していく物語」を軽視するのであれば、「龍彦を狂言回しに配置して、スカウトマン業界を描く」という内容にする方向性も考えられる。
実際、龍彦が全く関与しない所で幹部たちの策謀が巡らされていたり、計略に龍彦が利用されたりするような様子も描かれている。
しかし、龍彦が狂言回しに徹しているわけではなくて、こいつの挫折や成長を描こうという意識も見え隠れする。
その2つの要素が上手く絡み合わず、相乗効果を生まず、互いを食い合ったり邪魔し合ったりしているのだ。

139分という上映時間だが、それでも全く足りていない。しかし、もっと時間を増やせばいいと思わない。むしろ139分は長すぎると感じる。それよりも、内容を絞り込んで2時間以内に収めるべきだ。
この映画は断片を寄せ集めて上っ面だけをなぞっているような状態になっており、最初から最後まで散漫だ。あまりにも多くの要素を詰め込み過ぎて、まるで手に負えなくなっている。
ヒロインからして、アゲハか栄子の1人だけに絞り込むべきだ。たった2人ぐらい何とかなるだろうと思うかもしれないが、その女性2人のエピソードだけでなく、他にも「龍彦のスカウトマンとしての成長物語」「龍彦と秀吉の因縁」「秀吉の陰謀」「バーストとハーレムの合併」「バースト内部での対立」など多くの要素があって、明らかに処理能力を超過している。
どう考えても続編を想定して製作されているのだが、そんなに欲張って色んな要素を持ち込まず、1作目は「新人スカウトマンの龍彦が大きな失敗を経て成長する」という話に限定してしまった方が良かったんじゃないかと。
具体的に言うならば、「初めて自力でのスカウトに成功した栄子を幸せにしてやろうとするが、それが出来なくて落ち込む。でも周囲の励ましを受け、頑張ろうと思い直す」という内容に集中すれば良かったんじゃないかと。秀吉との因縁は軽く触れるだけにするとか、バーストとハーレムの合併話は続編に回すとか、それぐらいの割り切りが必要だったんじゃないかと。

アゲハは『まぼろしの王子さま』という絵本を大切にしており、その主人公である「王子さま」と龍彦を重ね合わせる。
この仕掛けは、まるで上手く機能していない。『まぼろしの王子様』はサン=テグジュペリの『星の王子さま』を真似ているのだが(表紙からしてモロに似せている)、それがゆえに陳腐極まりないシロモノになっている。
せめて本物の『星の王子さま』を使うべきだろう。
ただ、権利関係の問題で使えなかったわけではなく、話の内容に合わせて架空の絵本を設定しているのだ。
でも、それなら既存の作品を連想させるような物は避けるべきであって、『星の王子さま』に似せちゃったもんだからバッタモンっぽさ満開で陳腐になっている。
あと、大林を殴り倒した龍彦を見てアゲハが「私の王子さま」と思うのは、ただのパッパラパーにしか思えないし。

いつの間にか龍彦は多くの女性をスカウトしているようだが、そういう実績は彼が通りを歩いて女たちから声を掛けられるシーンまでは全く分からない。
それは表現が下手だと断言できる。
しかも、「みんな明るくて龍彦に感謝している」という設定だが、具体的に龍彦がどのようなケアをしたのかが全く描かれていないのだ。そうなると、「龍彦がスカウトして店を紹介した」ってことで女性たちが感謝しているという解釈になってしまうが、その美化はバカバカしくて苦笑さえ出来ないわ。
それに、通りを歩いた時に龍彦は名も無き大勢の女性たちから礼を言われているけど、個人としてフィーチャーした面々は全員が不幸になっているわけで。なので、「俺がスカウトした女の子には、必ず幸せだって言わせます」と宣言していた龍彦だが、「口だけ番長」になっている。
ホントに幸せになってもらいたいのなら、スカウトして店を紹介しただけで終わりではなく、アフターケアが何よりも大切になってくるはずで。だけど、そこを怠っている、もしくは軽視しているとしか思えないのよね。

栄子が自殺した時、真虎は責任を感じている龍彦に「お前のせいじゃない」と言う。
しかし、大林を刺して逮捕されるアゲハも含めて、「龍彦の責任は重いよ」と言いたくなる。
そりゃあ、栄子は自ら風俗の世界に入りたがっていたし、アゲハは龍彦がスカウトしたわけではない。だから、龍彦に「スカウトして水商売の世界へ連れ込んだ」という部分での責任は無いと言ってもいいだろう。
だけど、テメエで堂々と「幸せにする」と約束していたわけだから、そのための努力を怠った責任はあるでしょ。

終盤に入り、秀吉が龍彦に個人的な恨みを抱いていた理由が明かされる。
かつて秀吉(偽名なので龍彦は気付かなかったという設定)は龍彦と同じ中学の同級生だった。秀吉は成績優秀だが孤独な男で、不良だが大勢の仲間に囲まれる龍彦を羨んでいた。
ある日、秀吉は龍彦をナイフで刺そうとする。しかし気付いた仲間の榊原が龍彦を庇って刺され、半身不随になった。秀吉は年少に送られ、出て来てバーストのスカウトになったという経緯があった。
で、そんな過去が明かされた時に、「全面的に秀吉が悪いじゃねえか」ってことになるよね。何か同情の余地がある過去でもあるのかと思ったら、ただのクズだよね。
そんで、「その時のことを覚えていないから龍彦を憎む」って、ますますクズだよね。

そんなクズ野郎の秀吉なのだが、龍彦は彼と殴り合い、泣き出した相手から気持ちを打ち明けられると、「テメエは今日から俺のダチだ」ってことで全て許してしまう。それどころか、ハーレムから追われている彼を逃がしてしまう。
いやいや、そこを「不良同士が殴り合って仲良くなる」という少年漫画のパターンと同じノリで描かれても、まるで受け入れられないよ。
それまでに秀吉がやらかした悪事、酷い目に遭わせた大勢の女たちのことを考えると、簡単に許していい野郎じゃねえだろ。
こんな奴を「友達」として受け入れるのは、優しさでも何でもねえぞ。ただのクソヤローだぞ。

(観賞日:2016年7月2日)

 

*ポンコツ映画愛護協会