『屍人荘の殺人』:2019、日本

葉村譲と明智恭介は生協員の秋山から食堂に呼び出され、学食のおばちゃんが業者から賄賂を受け取っていると告げられる。秋山は今日の午後に学生と金の受け渡しがあると言い、現場を押さえてほしいと2人に依頼した。葉村は一浪して入学した理学部の1年生で、趣味はミステリー小説を読むことだ。明智はミステリー愛好会の会長で、現在は7年生か8年生だ。明智は1人で愛好会をやっており、葉村は名前に騙されて入会した。小説の世界に飽き足らなくなった明智は勝手に学内で起きた事件に勝手に首を突っ込み、葉村は助手として扱き使われていた。
明智は長袖のカーディガンを着ている文学部1回生の剣崎比留子を怪しむが、葉村は可愛いと感じただけだった。引き渡しの予定時刻が過ぎても何も起きず、葉村と明智は食堂を去ることにした。盗難事件が起きたことを知って2人が現場へ向かうと、比留子が後を追った。葉村と明智が物理学の山村連太郎教授の部屋へ行くと、廊下に多くの学生が集まっていた。その中には秋山もいて、葉村と明智に試験問題が盗まれたことを教えた。部屋を見た明智は、内部事情に詳しい者の犯行だと断言した。比留子は葉村と明智に、教授の部屋は学食の窓際の席から丸見えであることを教えた。その上で彼女は、あらかじめ犯人は誰かを座らせておいたのではないかと指摘した。葉村は自分たちが席に座っていたことに気付き、明智は比留子の言葉で秋山が犯人だと悟った。
後日、比留子は葉村と明智に対し、取引を持ち掛けた。毎年、大学のフェス研(ロックフェス研究会)はOBが所有する長野県の婆可安湖の豪華なペンションに宿泊し、婆可安ロックフェスを見に行くのが慣習となっている。1週間前、フェス研に「今年の生贄は誰だ?」と書かれた脅迫状が部室に届いた。去年の合宿中、参加した女子部員1名が行方不明になっていた。比留子は自分も参加すると言い、2人をペンションに招待したいと告げる。葉村が取引の内容について尋ねると、彼女は「それを訊かないことが交換条件です」と答えた。
葉村&明智&比留子がバスで婆可安へ向かっていると、合宿中だったプロレスラーの永田裕志がジョギングしていた。3人はペンションの紫湛荘に到着し、管理人の管野唯人と会う。フェス研の幹事長の進藤歩は、恋人の星川麗花を同伴していた。紫湛荘の所有者はフェス研OBの七宮兼光で、2階には彼の父が趣味で集めた六賢人の像が飾ってあった。部屋割りはバーベキューの後だと聞いた明智は、OBたちが気に入った女子を自分の近くに置いておくためだと推理した。
明智は比留子が警察も手を焼く難事件を幾つも解決して来たという情報を得ており、葉村に「気を付けろ。これは我々に対する挑戦状だ」と告げた。七宮が友人の立浪波流也を連れてペンションに到着し、バーベキューの時間になった。葉村たちの他には重本充と名張純江、下松孝子の3人が参加していた。同じ頃、フェスの会場には注射器を持った複数の男たちが来ていた。会場では次々に観客が倒れ、救護班によって搬送された。しかし医師が救護テントに着くと、倒れた観客は消えていた。
夜、会場へ赴いた葉村と明智は、何かを探している静原美冬という女性と遭遇した。七宮と立浪は携帯を拾って美冬の写真を確認し、今夜の餌食にしようと目論んだ。葉村は美冬に声を掛け、落とした携帯電話を探していると知る。そこへ七宮と立浪が来て美冬に携帯を渡し、ペンションに来るよう誘った。1人で歩いていた孝子は、ゾンビに襲われた。会場では観客が次々にゾンビ化し、周囲の人間を襲い始めていた。葉村は比留子を逃がし、ゾンビと戦う。重本はゾンビ化した孝子を退治し、純江を連れて逃げ出した。
明智は葉村の元に現れ、「ペンションでこれから起きる予定の事件について、犯人が分かった」と得意満面で告げる。葉村はペンションへ急ぐが、明智はゾンビに囲まれた美冬に気付くと助けに戻る。明智は紫湛荘へ避難する葉村に美冬を引き渡し、ゾンビの群れに襲われた。紫湛荘にはフェス研の関係者だけでなく、出目飛雄と高木凛と言う中年の男女も逃げ込んだ。進藤は麗花の捜索に向かおうとするが、重本が「もう生きてるわけないだろ。みんなを殺す気か」と制止した。
電話は通じなくなっており、管野は2階の古いラジオで情報を得ようとする。しかしニュースでは「観客が体調を崩した」と報じているだけで、ゾンビ発生には何も触れていなかった。七宮は出目と高木を追い出そうとするが、葉村が「いざとなった時に人数が多い方が有利です」と反対した。夜も遅くなったため、葉村たちは部屋で休憩することにした。七宮がコンタクト用目薬を会場に忘れたことを口にすると、美冬が自分の所持品を貸した。
七宮は部屋割りへの興味を失い、勝手に決めるよう管野に指示した。管野はくじ引きで部屋を決め、葉村は207で比留子は101になる。葉村はバルコニーから外の様子を確認した後、208の美冬と挨拶を交わした。水を飲みにロビーへ戻った純江は、ゾンビ化した出目を見て悲鳴を上げた。葉村たちが現場に駆け付け、七宮が剣で頭部を突き刺して出目を退治した。大騒ぎにも関わらず進藤が205から出て来ないので、比留子は不審を抱いた。彼女はドアの隙間に「ごちそうさま」と書かれたメモが挟んであるのを発見し、葉村は管野にマスターキーを使うよう指示した。
葉村たちが部屋に入ると、進藤はゾンビ化していた。高木が進藤を退治した後、葉村たちは「いただきます」と書かれたメモを発見した。比留子は進藤を襲った犯人が建物の中にいること、ゾンビではなく人間であることを重本たちに語る。純江が脅迫状との関連性に触れると、七宮は「馬鹿なこと言うな」と部屋に閉じ篭もる。比留子が205を調べようとすると、葉村は「鍵が掛かっていても意味が無いんです」と教える。比留子は重本たちを集め、葉村は施錠されたドアを簡単に開けてみせた。しかし高木が「ゾンビがこれをやったって言うの?」と指摘し、全員が冷淡な反応で去った。
葉村は「確かに、人間だったらやる必要が無いし、ゾンビだったら無理です」と納得するが、比留子は「そこだよ。犯人はゾンビなのか人間なのか」と口にした。深夜、ゾンビの群れは1階の非常扉を破り、紫湛荘に乗り込んできた。葉村たちは非常梯子を使って、比留子と高木をバルコニーから2階へ引き上げた。翌朝、紫湛荘の図面を見ていた葉村は、屋上への階段が気になった。立浪が割り当てられた204からは、大音量で音楽が流れていた。しかし葉村が屋上へ行くと、そこに立浪が煙草を吸っていた。重元から苦情を言われた管野は204へ行き、戻って来た立浪に音楽を止めるよう頼んだ。純江は美冬の出身が新潟だと知り、フェス研の先輩にも新潟出身の女性がいたが去年の合宿中にいなくなって大学を辞めたと話した。
夜、夕食を済ませた比留子や純江たちは、眠気に見舞われた。葉村は美冬と後片付けをして部屋に戻ろうとした時、「言わなきゃならないことがあるんです。部屋、入ってもいいですか」と告げられる。葉村が困惑しながら部屋に招き入れると、美冬は明智に助けてもらったこと、階段を上る時に彼を後ろに引っ張ったかもしれないことを話す。美冬が罪の意識を口にすると、葉村が「僕はちゃんと見てました」と否定した。美冬は「ありがとうございます」と頭を下げ、部屋を出て行った。
翌朝、管野はエレベーターの中で倒れている立浪の遺体を発見した。葉村がエレベーターに落ちているメモを拾うと、「あとひとり、必ず喰いにいく」と書かれていた。比留子が気絶したため、管野は部屋に運んでベッドで休ませた。管野は他の面々には内緒で、遺体の近くに落ちていたスマホを葉村に渡した。比留子は意識を取り戻し、葉村を誘った理由について「君を明智さんから奪い取りたかったんだ」と明かす。2人のコンビが羨ましくなったと話す彼女に、葉村は「僕はまだ明智さんが死んだとは思っていません」と告げた。
比留子は葉村を連れてエレベーターに戻り、遺体を確認する。立浪は頭を殴られて陥没しており、比留子は人間の仕業だと断言する。204を調べると争った形跡は無く、比留子は葉村が飲まなかったコーヒーに睡眠薬が入っていたと確信した。比留子はエレベーターの内側に血が付着していないことから、立浪が殺された時にドアが開いていたと推理する。さらに彼女は、犯人が眠っていた立浪を1階まで送り込み、ゾンビに噛ませてから呼び戻して殺したのではないかと考えた。
管野はビクトル・ユーゴーの胸像の位置が少しズレていると気付き、葉村と比留子に知らせる。葉村は胸像に付着した血を発見して凶器だと断言するが、即座に比留子が否定した。比留子は進藤の部屋を調べ、布団の内側に血が付着していることに着目した。麗花のバッグを開けた彼女は、つま先に血の付いた靴を見つけた。全員が最後の食事を取っていると、管野は204へ行こうとした時に音楽が止まって再び鳴ったことを話す。比留子は誰が止めたのかと尋ねるが、名乗り出る者はいなかった…。

監督は木村ひさし、原作は今村昌弘『屍人荘の殺人』(東京創元社刊)、脚本は蒔田光治、製作は市川南、共同製作は千葉伸大&大西繁&弓矢政法&宮崎伸夫&広田勝己&森田圭&舛田淳&長谷川晋一&吉川英作&渡辺章仁&永田勝美&田中祐介、エグゼクティブプロデューサーは山内章弘、プロデューサーは臼井真之介、ラインプロデューサーは山本礼二、撮影は葛西誉仁、美術は林田裕至&佐久嶋依里、照明は鈴木康介、録音は西正義、編集は富永孝、音楽はTangerine House、主題歌『再生』はPerfume。
出演は神木隆之介、浜辺美波、中村倫也、葉山奨之、矢本悠馬、佐久間由衣、山田杏奈、大関れいか、福本莉子、柄本時生、古川雄輝、池田鉄洋、ふせえり、塚地武雅、池谷のぶえ、坂口涼太郎、岩谷健司、永岡卓也、佐倉絵麻、芹澤興人、井上雄太、高橋綾沙、福田望、平山亨、岩瀬晃太、朝比奈周、西野大作、武本健嗣、伊藤浩志、桑村大和、まめたいときち、サトウヒロキ、永田裕志、鈴木卓朗、みずと良、メイ・イズモト、安未紗、るなぽよ、やまぐちえみ、清田絵利架、垣内彩香、仲村風香、まうちのら、小石亜美、らぶ(ピーチキス)、けん(ピーチキス)他。


国内ミステリーランキング4冠を達成した今村昌弘による同名小説を基にした作品。
監督は『劇場版 ATARU ‐THE FIRST LOVE & THE LAST KILL‐』『ピカ☆★☆ンチ LIFE IS HARD たぶんHAPPY』の木村ひさし。
脚本は『劇場版TRICK 霊能力者バトルロイヤル』『トリック劇場版 ラストステージ』の蒔田光治。
葉村を神木隆之介、比留子を浜辺美波、明智を中村倫也、進藤を葉山奨之、重本を矢本悠馬、純江を佐久間由衣、美冬を山田杏奈、孝子を大関れいか、麗花を福本莉子、七宮を柄本時生、立浪を古川雄輝、管野を池田鉄洋、高木をふせえり、出目を塚地武雅が演じている。

この映画、公開前の宣伝には大いに問題がある。
原作を知らない人は、まさかゾンビが大量発生する内容だとは思わなかったはず。何しろ宣伝では、ゾンビのゾの字も出て来なかったからね。つまり、意図的に隠していたわけだ。
でも、それは失敗だったんじゃないか。「本格ミステリーを見に来たはずなのに」と、コレジャナイ感を与えてしまうリスクが生じたんじゃないか。
それは決して、嬉しいサプライズには繋がらないでしょ。
最初から「ゾンビが絡む異色ミステリー」として宣伝した方が良かったんじゃないかなあ。

私は原作未読だが、どうやら映画のようなコメディー・タッチではないらしい。
比留子や明智の荒唐無稽なキャラクター造形を考えれば、それに合わせて全体的なテイストも軽妙にするのは分からんでもない。
ただ、明智がゾンビに襲われたり、殺人の被害者が出たりする中で、それでもコミカルなテイストで進めようとすると、そこが上手く馴染んでいないんだよね。
特に、1年前に起きた事件の醜悪さは絶対に明るく楽しいテイストじゃ処理できない内容なので、そこの解決篇に入ると、ますます基本のノリが合わなくなるのよね。

冒頭、秋山は葉村と明智を食堂に呼び出し、「神紅大学のホームズとワトソンとして学内で起きた難事件を幾つも解決してきた」と評する。だが、どうやら真っ赤な嘘らしい。
その後に用意されている葉村のナレーションによって、「明智は勝手に色んな事件に首を突っ込み、未解決に終わることもあれば迷惑を掛けることもある」と明かされる。
だったら最初の「神紅大学のホームズとワトソン」という説明は、邪魔になるなあ。
すぐに修正されるとは言え、さっさと事実を観客に教えた方がいいなあ。

っていうかホントのことを言えば、「ミステリー愛好会の葉村と明智がコンビを組んでいる」という部分は、もうちょっと丁寧に紹介のための時間を割いた方が望ましい。
尺の都合があるので、そこで多くの時間と手間を掛けていられないってのは分かる。ただ、事情を理解した上で、それでも物足りなさを感じることは事実なのよ。
それと、もっと問題なのは、そこで「葉村とのコンビ」として登場した明智が、肝心なメインの事件では何の役にも立たないってことだ。何しろ死んじゃうので、そりゃあ役に立たないのは当然だ。
意外性はあるが、決して歓迎できる意外性ではないぞ。『エグゼクティブ・デシジョン』のスティーヴン・セガールと同じぐらい、「それはダメだろ」と言いたくなるぞ。

冒頭のエピソードを使って葉村と明智を紹介し、比留子と絡ませている。
それが導入部の目的であり、「秋山からの依頼」ってのは目的を果たすための道具に過ぎない。だから謎解きとしての面白さが薄くても、それは別に構わない。
ただ、「そもそもミステリー愛好会が依頼される案件じゃないよね」という部分で引っ掛かるのよね。
「金の受け渡し現場を押さえてくれ」って、それだと単なる張り込みになるでしょ。探偵ならともかく、謎解きを目的とする愛好会が請け負う仕事じゃないでしょ。

冒頭のエピソードを見る限り、明智は自信過剰なだけで、推理力は乏しい。試験問題の盗難事件を解決できたのは、全て比留子のおかげだ。明智は自分が秋山の犯行に利用されたことさえ、比留子に言われるまで全く分かっていなかった。
しかしペンションの件では「犯人が分かった」と言っており、本当に分かっていた可能性はある。ただ、実際はどうなのか分からない。
なので、明智をどういう人物として描きたかったのか、そこはボンヤリしている。
っていうか、明智が事件解決に全く関与しないのなら、「犯人が分かった」と意味ありげに言わせておく必要性は全く無いでしょ。

美冬の行動は、まるで整合性が取れていない。
彼女は葉村と明智が目撃した時、スマホを探している。だが、それは絶対に有り得ないのだ。ネタバレになるが、彼女は七宮と立浪に拾わせるために、意図的にスマホを落としているからだ。
いや、落としたんじゃなくて、七宮と立浪の荷物がある場所に置いたのだ。最初から自分でスマホを見つけ出す気なんて無いんだから、探すフリをする意味も無いはずなのだ。
「葉村と明智に探しているように思わせる」という作業も、まるで必要性が無いしね。
そもそも探しているフリなんかしなければ、葉村と明智は彼女に目も留めなかったはずなんだから。

さらに言うならば、七宮と立浪からペンションに来るよう誘われた時、美冬が「もう帰らないと」などと渋る態度を示し、執拗に誘われて仕方なく付いて行くという形を取る意味も無い。
そもそも彼女は、七宮と立浪から誘われることを狙ってスマホを置いているのだ。
狙い通りに誘われたんだから、何も断る理由など無いのだ。そして、そこで嫌がるフリをする必要性も全く無いのだ。
それは「スマホを探しているフリをする」という行動と同じで、ただ観客を欺くためだけに用意された不自然極まりない芝居なのだ。

ゾンビの大量発生は、ほぼ「閉鎖された空間」という状況を作るための仕掛けだと言ってもいい。一応は殺人事件に関連付けているけど、そこで上手く使えているとは言い難い。
そもそも背景作りのために「ゾンビの大量発生」という無駄に強い意味が生じやすい状況を用意している時点で、ミステリーとしては大いに難があると言わざるを得ない。
それでも原作は国内ミステリーランキング4冠を達成しているぐらいだから、上手く取り込めていたんだろう。
しかし少なくとも映画版では、空虚な要素と化している。

さらに厄介なのは、人為的にゾンビを発生させている設定だ。
ただの背景だったら、「何だか良く分からないけどゾンビが大量発生する」ということでいいはずだ。ところが「謎のグループがフェス会場でウイルス注射を使ってゾンビを大量発生させる」という様子が、序盤で描かれている。
それによって「謎の集団の正体は何なのか」「なぜゾンビを大量発生させたのか」「なぜフェス会場を選んだのか」など、幾つかの謎が生じる。
だが、それらの謎は、最後まで明かされないままなのだ。それはミステリーとして、明らかに手落ちでしょ。
いや、「ミステリーとして云々」ってことを抜きにしても、そこで何の説明も用意しないのは単なる手抜きだろ。

っていうかゾンビ発生って、ミステリーの邪魔になってないか。
こっちは最初から人間の犯人がいることは分かっているので、ゾンビでのミスリードは全く機能していないし。忘れた頃にゾンビが襲ってきて、謎解きに集中できなくなっちゃうし。
あと、ネタバレになるけど、犯人の「標的をゾンビ化させることで2人分の復讐を果たす」という目的は、ちょっと何言ってんのか良く分からないし。
それで2人分の復讐になると解釈できるのは、どんだけヌルい感覚なのかと思っちゃうぞ。

(観賞日:2021年7月17日)

 

*ポンコツ映画愛護協会