『少林少女』:2008、日本

中国・少林拳武術学校では、数名の少女達が三千日の修業を終えた。日本人の桜沢凛は、故郷に戻って少林拳を広めたいという強い気持ち を抱いていた。そんな彼女に、老師達は危惧を抱いていた。凛の体には未知数の力を持つ気が潜んでいたが、それによって身を滅ぼす危険 も秘めていたからだ。老師の長は、「闇の力に落ちるなら、それも仕方が無い」と口にした。
日本に戻った凛は、故郷の駅に降り立った。早速、彼女は通り掛かった少年たちに「少林拳をやろう」と誘いを掛けるが、気持ち悪がられた。 祖父が開いた少林拳練功道場へ向かうと、そこは既に廃虚と化していた。近所の商店を巡って事情を聞くと、随分と前に道場が閉鎖され、 門下生は散り散りになったらしい。だが、閉鎖の理由については、誰も知らなかった。
同じ頃、国際星館大学では、学長の大場雄一郎が部下を集めて会議を開いていた。会議では、基準を満たした学生をビーチバレー部と ラクロス部に振り分け、この2つの部をマルチメディア展開によってアピールしていくことが確認された。大場は「この世で投資価値が あるのは力と美しさ。だが、力に投資する時代は終わった。残るは美しさのみ」と部下たちに説いた。
凛の師匠である岩井拳児は、町外れで中華食堂を営んでいた。凛は中華食堂を訪れ、岩井に話を聞こうとする。店員のティンとラムが 「この先に入っちゃダメ」と制止しようとする。凛はティンとラムを捌き、岩井が飛ばしたチャーハンとスープの皿を巧みに受け止めた。 岩井は「少林拳は辞めた。道場は閉めた」と軽く言うだけで、詳しいことは何も教えてくれなかった。
凛は廃墟の道場に戻り、そこで一夜を過ごした。翌朝、中華食堂で働くaaが朝食を持って現れた。aaが日課の太極拳を始めたのを見て 、凛は自分を蹴るようリクエストした。蹴りを受け止めた凛は、少林拳をやるよう誘いを掛けた。するとaaは、「少林拳をやるから、 ラクロスをやろう」と誘ってきた。ラクロスが何なのか知らない凛だが、即座に承諾した。
凛はaaに連れられ、彼女が通う国際星館大学へ赴いた。凛は女子ラクロス部のメンバーと会い、「私、ラクロスやります。その代わり、 みんなで少林拳もやろう」と誘う。キャブテンの清水真実は、凛に試し打ちをさせてみた。ラケットを手にした凛は、圧倒的なパワーで ボールを飛ばした。ただし、コントロールが悪いので、ゴールを超えて遥か向こうまでとんだ。そのボールは、構内を歩いていた教務課 職員・田村龍司の元まで届いた。彼はラクロス部の監督でもあった。
田村が凛を部員として申請し、彼女は国際星館大学に編入することが決まった。それを知った岩井はラクロス部の練習に現れ、特別コーチ に就任した。岩井が男前なので、部員たちは喜んで彼を迎え入れた。桜花女子短大との練習試合で、岩井は「足を引っ張るだけだ」として凛 を先発メンバーから外した。前半は2対2のスコアで、ハーフタイムに入った。
部員の田伏麻見が怪我をしたため、凛は後半のスタートから交代で入った。彼女は味方にパスを出さずゴールに迫るが、シュートは ことごとく外れた。結局、試合は2対8で敗れた。凛は部員達から、「パスを出さず個人プレーに走ったから負けた」と批判された。少年 サッカーの試合を見ていた凛は、そこに加えてもらうことでチームプレーを学んだ。凛とaaが武術の練習をしていると、ラクロス部の 面々も参加するようになった。凛は道場の看板を改めて掲げた。
凛がチームプレーに徹したこともあり、ラクロス部は次の試合に勝利した。そんな中、大場は部下に命じて凛を襲撃させる。だが、凛は 戦いを拒否して防御に徹した。岩井が道場へ行くと、大場が現れた。かつて岩井は大場に戦いを求められ、惨敗していた。今回、岩井は 大場と戦おうとはしなかった。その理由を問われ、彼は「痛みを知ったからさ」と告げた。
岩井と戦った時、大場は写真に写る凛の姿を見て、その存在を気にしていた。大場は凛の力を引き出し、戦いたいと考えていた。大場の 目的は、強い相手と戦うことにあった。岩井は凛に手を出さないよう頼むが、大場の気持ちは変わらない。大場は凛を戦う気にさせるため、 道場に火を放ち、食堂を爆破してaaを拉致した。大場は凛に、「お前が秘めている気の力は凄まじい。戦ってはダメだ」と説く。しかし 凛はaaを救出するため、国際星館大学へと向かった…。

監督は本広克行、脚本は十川誠志&十川梨香、製作は亀山千広、プロデューサーは臼井裕詞&安藤親広&西冬彦&中島良明、 アソシエイトプロデューサーは小出真佐樹、エグゼクティブプロデューサーはチャウ・シンチー、撮影は佐光朗、編集は田口拓也、録音は 加来昭彦、照明は加瀬弘行、美術は相馬直樹、SFXは石井教雄、アクション監督は野口彰宏、音楽は菅野祐悟、 主題歌「ギリギリHERO」はmihimaru GT。
出演は柴咲コウ、仲村トオル、江口洋介、岡村隆史、キティ・チャン、ティン・カイマン、ラム・チーチョン、麿赤兒、トータス松本、 石井正則、甲本雅裕、富野由悠季、山崎真実、工藤あさぎ、原田佳奈、乙黒えり、蒲生麻由、いとう麻見、千野裕子、千代谷美穂、西秋愛菜、 沢井美優、柳沢なな、石井明日香、尾家輝美、桂亜沙美、渡辺奈緒子、花形綾沙、満島ひかり、竹下宏太郎、横山一敏、神尾佑、 蓉崇、峯村リエ、志賀廣太郎、眞野裕子、瀬戸カトリーヌら。


『踊る大捜査線』の本広克行監督と亀山千広プロデューサーがタッグを組み、『少林サッカー』のチャウ・シンチーがエグゼクティブ プロデューサーを務めた映画。
脚本は十川誠志と十川梨香(普段は「中瀬理香」の名義で活動している)の夫婦が担当している。
凛を柴咲コウ、大場を仲村トオル、岩井を江口洋介、田村を岡村隆史、aaをキティ・チャン、ティンをティン・カイマン、ラムをラム・ チーチョン、少林拳武術学校の師匠を麿赤兒が演じている。

冒頭、修行を終えた少女たちは老師から「故郷へ戻ったらどうしますか」と問われ、「客室乗務員になります」「女優を目指します」などと 返答していく。
ギャグのつもりだろうが、完全に外している。
そこをギャグにしたいのなら、せめて「他の少女たちが真剣に少林拳のことを考えているのに、ヒロインだけは不真面目」という形に しないと成立しないぞ。
あと、なぜ修行を終えたメンバーを全て女性にしたのか。主人公だけを少女にして、他は男にした方がいいだろうに。
で、凛が去った後、少林寺の老師は、未知数の気を持つ彼女が闇の力に落ちる危険性を示唆している。だが、凛がダークサイドに落ちる ような展開は無い。
っていうか、闇の力が何なのかは、映画を最後まで見ても良く分からない。

凛が修行で身に付けたクンフーの腕前をマトモにアピールするシーンが無いまま、話は進んで行く。
タイトルロールでは演舞を披露する様子が描かれているが、動きが良く分からないような加工がされている。
駅に降り立った時、ジャンプして看板を蹴り、側転で着地するという動きを見せるのが、能力を披露する最初のシーンと言っていいだろう 。
だが、ものすごくロングで撮っている上、あの着地は明らかに失敗だ。
ちゃんと成功した着地を使えよ。それに、やる気の無いようなロング・ショットは何のつもりなのか。

凛から「少林拳をやろう」と誘われた少年たちは、「気持ち悪い」と言って逃げ出す。
いきなりクンフーに誘われて戸惑うのなら分かるが、「気持ち悪い」というリアクションは不自然だろ。相手がヤバそうなオッサン だったらともかく、柴咲コウなのに。
で、帰郷しても北京語で喋っていた凛だが、そこでは日本語で喋る。
周りが中国人だけという環境で9年間も過ごし、日本に戻っても北京語を口にしてしまうような状態になっていたのに、日本語の喋りは 鈍っておらず、スムーズに言葉が出て来る。

道場に戻った凛は廃墟で祖父の写真を見つけ、「お爺ちゃん」と呟くが、どういう感情なのかは全く分からない。
修行に行く前はどんな状態だったのかが描かれていないので、「栄えていた道場が9年の間に潰れた」ということも分からない。そもそも 生徒が集まらずに危機的状況だったのかもしれないし。
その後、凛は商店を回るが、それはゲスト俳優の顔見せのためのシーンに過ぎず、ストーリー上の意味は全く無い。彼らは、道場の閉鎖は 知っているのに、なぜか閉鎖の理由については全く知らない。

大場は「美しさに投資する」と言っているが(そもそも「投資価値があるのは力と美しさ」という考え自体がメチャクチャだ)、なぜ ビーチバレー部とラクロス部に重点を置くのかが全く分からない。
運動部だと、美しさだけじゃなくて運動能力も要求されるでしょ。
「女子生徒の美しさを売りにする」ということなら、そんなとこより、ミスコンの入賞者を雑誌やテレビ番組に登場させるように図った方 がいい。
それに、まだビーチバレーは分かるとして、なぜラクロスなのか。

凛が食堂に到着すると、ティンとラムが「この先、入っちゃダメ」と言い、ジャッキー・チェン映画チックなコミカル・カンフーの演技が 行われる。
だが、なぜ入っちゃダメなのかは全く分からない。
その後、岩井が投げたチャーハンとスープを凛がキャッチするが、なぜ投げたのか。
もし凛がキャッチしていなかったら、そのまま落下していたぞ。どういうつもりだったのか。

岩井が少林拳を辞めて道場を閉鎖したことは、とても重大な問題のはずだ。だが、凛は深く追及することもなく、腹を立てて、さっさと 店を去る。
aaは道場に朝食を届け、そこで太極拳を始める。日課になっているのなら、いつもの場所でやればいい。いきなり道場で始めると いうのは、あまりにも不自然だ。
なぜ、そこで太極拳をやらせるかというと、「それを見た凛が蹴りを確かめ、aaの才能を感じて少林拳に誘う」という展開が欲しかった という、脚本上の都合だ。
だが、「aaの蹴りの確かさを凛が知る」という場面が欲しいにしても、もっと別の場所、別の状況でやれよ。
っていうか、誘う展開自体が不必要でしょ。駅の少年たちやラクロス部員の時には、相手の技量なんか確かめずに「少林拳をやろう」と スカウトしているんだし。

それに、後に「aaが少林拳の練習を積み、誰かと戦う」というような展開も、道場を復興させる展開も無いんだから、aaが少林拳を 学ぶ展開も要らない。いきなり「aaが凛をラクロス部に誘う」というところへ話を進めればいい。
っていうか、aaが凛をラクロス部に誘うのも不可解だよな。凛は学生じゃないんだから。
でも、田村が申請を出すと、なぜか簡単に編入が認められる。
出身の学校は「少林拳武術学校」なのに、どういう編入なんだ、それは。
それに、大場は各部から基準を満たした学生をラクロス部に割り振っているのに、なぜ凛だけは勝手にラクロス部入が許可されるのか。

そのラクロス部自体、他のクラブから寄せ集められた、やる気の無い連中なんだよな。ラクロスをやりたくて集まったわけじゃなく、勝手 に割り振りされただけだ。
それにしては、素直にラクロスの練習には来ている。
だからって意欲満々ってわけでもないので、嫌なら来なきゃいいのだが、何かあるんだろうか。もしも参加しないと罰があるなら怯えて 然るべきだし、それなら、そういうことを描くべき。でも、そんな様子は無い。明らかに自由意志で参加している。
どういうことか、まるで分からない。
凛が現れて「ラクロスをやるから、みんな少林拳をやろう」と言った時には、ラクロス部員は拒否反応を示している。
だが、だからといって、凛と部員の間に壁が生じたり、いざこざが起きたりすることは無い。素人の凛がコーチするのを素直に聞いている し、何となく仲良くなっている。
岩井もラクロスの経験など皆無だが、その指示を部員は素直に受け入れる。

練習試合で、ラクロス部は前半を2対2の同点で終える。他のクラブから割り振りされた素人ばかりの集団のはずなのに、普通にラクロス をこなしている。
岩井の数日間のコーチングだけで、驚異的に上達したんだろうか(ちなみに、岩井のコーチングを受ける前のラクロス部の実力がどんな ものだったのかは全く分からない)。
ひょっとすると、ラクロス部は以前から存在しており、そこに他のクラブから数名が割り振りされたという設定なんだろうか。そして 練習試合には、以前から所属していたラクロス経験のある面々が出場しているという設定なんだろうか。
その辺りは全く分からない。

岩井は先発から凛を外すが、彼女が「後半から入る」と言うと、それを強く止めることはしない。
ただ、細かいことを言うと、怪我をした麻見はDFなんだから、代わりに入れる選手は同じDFにすべきじゃないのか。
ハーフタイムが終わった時点では同点なんだから、無理に攻撃の人数を増やす必要性も無いんだし。
っていうか、この映画を見ていても、ラクロスのルールがサッパリ分からん。

試合に負けた後、部員は「パスをせず個人プレーに走った」と凛を責める。
まるで凛の個人プレーが敗因だったかのように描いているが、それは大間違いだ。
凛は一人でゴールまで迫るだけの優れた能力を持っている。問題は、シュートがあまりにも下手だっただけだ。それが全て入っていれば、 余裕で勝利していた。それを「凛にチームプレーの意識が無いからダメ」とするのは無理がある。
あと、個人プレーが云々というだけじゃなく、DFを減らしたせいで6点も取られたのも敗因の一つなんじゃないのか。
で、強引な形で「凛がチームプレーをしなかったのが悪い」ということにするのなら、後半は「凛がチームプレーを学んでラクロス部が 勝ち続けていく」という展開になるのかというと、そんなことは無い(ダイジェストの中で軽く触れてはいるが)。
ついでに言うと、凛がコントロールを良くするための練習を積むようなことも無い。それどころか、「カンフー少女がラクロスをやる」と いう、『少林サッカー』もどきの話そのものを捨て去ってしまう。

岩井は凛に「お前がやってるのは少林の形でしかない。俺がやってるのは少林の心だ」と、まるで少林の心があればチームプレーが習得 できるかのようなことを言う。
だが、少林の心が具体的に、どのようにチームプレーと繋がるのかは全く分からない。
凛が少林の修行の中でチームプレーの精神を学ぼうと努めるようなことも無い。
なぜか凛はチームプレーを学ぶため、少年サッカーに混ぜてもらう。
少林拳もラクロスも全く関係の無いところで、チームプレーを学ぼうとするのだ。

で、凛が少年サッカーに混ざっているのを見たラクロス部員は、なぜか凛とaaの武術練習に加わるようになる。
何がどうなって、そういうことになるのかはサッパリ分からない。
凛が少年サッカーをやる中で、どんな風にチームプレーを学んだのかもサッパリ分からない。
ちなみに「少林拳の練習」ではなく「武術練習」と表記したのは、彼女たちがやっている動きが明らかに太極拳だからだ。
その後、特に何も無いダラダラしたカットを挟んで、ラクロス部が試合に勝つ様子がダイジェストで描写される。
だが、なぜか得点を入れられた相手チームも一緒になって喜ぶシーンがあったりして、ワケが分からない。

大場は手下に凛を襲わせるが、彼女は戦わない。
なぜ戦わないのか理解できなかったが、「少林拳は守りの武術だから」ということらしい。でも、敵に襲われて戦うのは自分を守るため なんだから、それは別にいいんじゃないのか。
大場が手下に襲わせる理由は凛を本気にさせることであり、彼は「ただ戦いたいだけ」らしい。
そんな理由かよ。
アンタは力より美しさに投資すると言っていたのに、そこでは力を追及しようとするのかよ。
メチャクチャだな。

で、ただ戦いだけの大場が、なぜ凛に目を付けたのかは良く分からない。
かつて岩井と戦った時に、写真を見ただけで気にしているのね。
そんで彼は「凛を本気にさせる」という目的のためだけに道場を燃やして食堂を爆破してaaを拉致する。燃え盛る道場を眺めながら、 岩井は凛に長々と講釈を垂れて「戦ってはダメだ」と説く。それを聞いた凛は自分の意思を語り、戦うことを告げる。
そういう会話は、とりあえず消防署に電話した後にしろよ。
目の前で道場が燃えているんだぞ。

岩井が凛に「戦うな」という理由は「秘めた気の力が凄まじいから」ということだが、「気が凄まじかったら戦ってはいけない」という 論理が理解できない。
で、もう凛は戦う気になっているのに、なぜか大場は自分で戦おうとせずに大勢の手下を差し向ける。
っていうか、そもそも凛が大学に編入したのは早い段階で知っているのに、しばらく放置していた理由は何なのか。ずっと前から目を 付けていたのなら、凛が大学に入ったと分かった時点で行動を起こせばいいだろうに。
っていうかさ、田村も大場の手下だったことが終盤で明らかになるけど、何のつもりで彼はラクロス部に編入させたのか。

凛が敵と戦う中で、ブルース・リーもどきがヌンチャクを振っている間に、凛が蹴り一発で倒して次へ進むというシーンがある。
これ、完全にカンフー映画ファンの神経を逆撫でする行為だ。
ブルース・リーのフリークであるチャウ・シンチーが製作総指揮として携わっているのに、その暴挙を止められなかったのか。
まあ、たぶん名前を貸しただけなんだろうけど。

話がグダグダでも、格闘シーンが良ければ救いになるが、そっちも全くダメ。
柴咲コウの動きはモッサリしていて、まるでキレが無い。
1年間の特訓期間があったらしいが、本気で練習したんだろうか。
どうせ動けないのなら、もっとスタント・ダブルを多用したらいいのに。
仲村トオルも「ただ戦いたい」というようなキャラ設定だが、その動きに強者の風格は無い。

そして恐ろしいことに、ラスト・バトルにおいて、とんでもないことが起きる。
凛と大場は空を飛ぶ。そして凛が大場を抱き締め、心で語り掛けると、大場は改心するのだ。
腰砕けも甚だしい決着の付け方だ。
で、大学の暴露記事を書いたフリーライターを始末し、道場を燃やし、食堂を爆破し、aaを拉致した罪人の大場だが、なぜか最後は ノンビリとラクロスの試合を観戦している。
改心したから、それまでの罪は全てチャラということだろうか。
少林拳も、ラクロスも、カンフー映画も、全てを馬鹿にしているとしか思えない仕上がりだ。それらに対する愛が全く感じられない。
エド・ウッドの映画は陳腐だったが、エド・ウッドには愛があった。愛はあるけど金と才能が無いから駄作になったのだ。
しかし、この映画は違う。愛が無いからポンコツになったのだ。
エド・ウッドの映画は愛すべき駄作だが、この作品には怒りと不快感しか抱かない。

(観賞日:2009年4月29日)


第2回(2008年度)HIHOはくさい映画賞

・最低作品賞

 

*ポンコツ映画愛護協会