『シャニダールの花』:2013、日本

シンオウ製薬株式会社のシャニダール研究所で働く大瀧賢治は、ケアーズと呼ばれる部署で仕事を始める心理療法士の美月響子と会った。彼は手術に立ち会っている所長の吉崎和彦に代わって、響子を施設へ案内する。手術室では梅本美樹が麻酔で眠っており、胸に咲いているシャニダールをレーザーで切り取る手術が実施されていた。吉崎が見守る中、花を切り取られた美樹は心拍停止の状態に陥る。花はケースに保管され、医師は急いで美樹に電気ショックを与えた。
大瀧は響子の質問を受け、タイの支社にいたが研究所が開設された2年前に本社から呼ばれたことを話す。大瀧は普段は部外者が入れない研究室へ立ち寄った後、提供者が生活するゲストハウスへ響子を連れて行く。菊島ミクについて、「プライドが高くて心を開かない。父親は愛人と逃げたらしく、母親も来ない」と説明する。美月は蝶を見つめる彼女に歩み寄り、「蝶が引き寄せられてるみたい」と微笑んだ。ミクが無視して体操していると、美月はシャニダール蝶の絵を描く。「変わってるね」とミクが言うと、美月は「貰ってくれますか」と絵を差し出した。大瀧の元へ来た吉崎は手術について訊かれ、全て順調だと嘘をついた。彼は分からないことがあれば全て大瀧に尋ねるよう美月に言い、その場を後にした。美月が研究所を去る時、大瀧は「ここに来るのは考え直した方がいいと思うよ。ここは特殊だからね」と忠告した。
後日、大瀧が研究所の会議に出席すると、美月の姿もあった。吉崎は美樹の花について、本社への納品が済んで花弁の解析中だと報告する。提供者に見られる感覚異常に関して、次長の西島は検査結果で問題は無かったと話した。吉崎が「何らかの心理的な問題だという見解は変わらない」と語っていると、美月が美樹の術後の経過について質問する。吉崎が「退院して無事に日常生活に戻っている」と答えると、美月は花を切除した後に感覚異常が無かったのかと尋ねる。西島は無いと断言し、過去のケースでも5パーセントだと告げた。
大瀧と美月は提供者の候補である立花ハルカの家を訪問し、母親は研究協力で受け取る金額が1億円と知って驚いた。危険ではないかと不安を吐露する母親に、大瀧はシャニダールの花びらから取れる成分が画期的な新薬開発に繋がるのだと説明した。「娘は極端に人見知りなので入所したがらないだろう」と母親が告げると、美月はハルカの部屋で2人きりになった。美月は帰り道、大瀧からハルカとの面談内容について問われる。鳴き出したハルカに「美月は自分が思うように決めた方がいい」と助言したことを明かし、「彼女は優しくて気を遣い過ぎるので本人の意思を認めてあげるべき」と話す。大瀧は不愉快そうに「不安を取り払って契約してもらうために来ている」と言い、通常のカウンセリングとは違うのだと指摘した。
大瀧は美月について調べ、交通事故で両親と妹を亡くしていること、彼女は直前に車を降りて無事だったことを知った。美月は花弁と人間を比較した大瀧の論文を読み、そこから着想した絵を描いた。彼女は論文が面白かったと大瀧に伝え、絵を見せて「ロマンチストだったんですね」と告げた。ハルカは母に連れられて研究所を訪れ、大瀧と美月が出迎えた。大瀧は提供者である田村ユリエの体を調べ、蕾が持ち直していると告げる。安堵の表情を浮かべた。ユリエは、ケアーズやトレーナーの対応が苦手だと吐露する。大瀧が「僕はただ花を見守るだけの役目ですけどね」と口にすると、彼女は「そこがいいのよ。私を上から見ていない」と言う。
ユリエは大瀧に、「好きなことだけしていればいいなんて夢みたい。今までは生活するので、やっとだったし」と話す。彼女は大瀧が来る度に、手の込んだランチを用意していた。「無理なら全然。自分は食べられないくせに、つい作っちゃうんです。新鮮な食材に触れてるだけで落ち着くんですよね」とユリエが言うと、大瀧は「一緒に食べましょう」と述べた。大瀧は美月と面談しているハルカの元へ行き、蕾を調べた。「良くないですよね?」と訊かれた彼は「いいや」と否定するが、実際は育ちが悪かった。
ハルカは過度の緊張が続いていると美月から聞かされた大瀧は、「どうにかするのが君の仕事だ」と告げる。「時間があれば。あと、気の合う友達がいつも傍にいて、そういうのが一番効くんです」と美月が話すと、彼は「そんな悠長な話じゃない。危機感が無いよ」と批判する。美月は反発し、「危機感はあります。でも心の問題は」と口にした。大瀧はユリエの個室へ行くと、また彼女は食事を用意していた。大瀧が困惑しながら「今日は定例会があって」と遠慮すると、彼女は「最近、明るいですね。人が変わったみたい」と指摘した。
ハルカは美月に「花を宿してから、何か大きな重圧を感じてる?」と訊かれ、「別に」と否定する。彼女はミクを見つめ、「お母さんとか先生とかが、逆に自分の子供みたいに感じる時はある。時々、世界中の人たちも。でも、それって私の勝手な妄想だから」と話した。美月が「ミクさんが何か?」と尋ねると、ハルカは「自分でも分かりません」と答えた。美月はハルカが大瀧の検査を受ける時、部屋へミクを連れて行く。ミクは3個目の腕時計が壊れたと大瀧に言い、「電磁波みたいなの出してるのかね」と語る。大瀧はミクが描いた蝶について、マダガスカルにしかいないはずの種類だと教えた。
大瀧が「花は自分の力じゃ受精できない」と語ると、ハルカが「私たちの花は受精できるの?」と訊くと、彼は「有り得ないだろうね」と答える。美月が「可能性は無し?」と質問する、大瀧はハルカとミクに向かって「受精は花の満開以降にしか出来ない。それは花にも君たちにとっても重大な負担を掛ける」と説明した。美月はミクに、ハルカが描きたいと言っていることを伝える。創作意欲が湧くのだと聞かされたミクは、モデルになることを承諾した。
ユリエは大瀧が美月と廊下を歩く様子を目撃し、作った料理をゴミ箱に捨てた。順調だった彼女の花は、急に元気を失った。大瀧が困惑すると、ユリエは「花が良くなったら、ランチに付き合ってくれなくなった。咲いちゃったら、もう会ってさえもらえない。そう思うと、眠れないんです」と漏らした。ハルカは夢中でミクを描き続け、精神は安定して花は順調に成長した。しかし絵のタッチは大きく変化し、美月は戸惑った。
吉崎が研究員を緊急招集し、ミクの花が咲く可能性は低いと判断したことを話す。数日中に切除してミクには退去してもらうと吉崎は説明し、「やはり生物学的に問題があったかな」と口にした。美月は「どういう意味でしょうか。判断が早すぎる気がします」と意見するが、吉崎はミクに退去を伝えるよう頼む。美月が深夜のゲストハウスで佇んでいると、ミクが来て「突然変異?私たち、おかしいの?」と訊く。美月が「ううん、おかしくない」と否定すると、彼女は「お邪魔なんですよね」と告げる。美月は「そんなことない」と言うが、「ここを出るのはいつですか」と問われると「たぶん、もうすぐだと思う」と答えた。
別の日、ハルカの花を見た美月は、「良く頑張ったね」と褒める。ハルカは「咲かせ続けるのは無理なんですか」と問い掛け、同席した母は心配する。ハルカは美月に、「この花、きっと何か大切な贈り物ですよね。切って、お金に換えていいの?どうしたらいいか分からないです」と述べた。資料室に赴いた大瀧は、立入禁止の美月がパソコンで資料を調べている姿を発見した。「見つかれば懲戒解雇だ」と彼が言うと、美月は「この花のこと、咲かせる人のこと、知らな過ぎた」と呟いた。
大瀧は「僕らの仕事は謎を解明することじゃない」と諌めるが、美月は「みんな心に大きな穴を持っていて、大切なことを探そうとして揺れてる。花は、その心の絵なの」と訴える。大瀧は「それは君の感傷的な解釈だろ」と指摘するが、彼女は「この花は何?それが一番、大切じゃないの?この花のこと、もっと知らなきゃ」と口にする。美月が弱音を吐くと、大瀧は強く抱き締めた。大瀧と肉体関係を持った美月は、荒野に咲くシャニダールの夢で深夜に目を覚ました。彼女は胸に違和感を覚え、鏡を見ながら触れてみた。
ユリエの花は持ち直し、大瀧は安堵して「数日後にも満開です」と話す。彼女に「満開のまま、どれぐらい持ちますか」と問われた大瀧は、「満開を過ぎて枯れ始めると、危険物質が出て命に関わります」と答える。「切りたくないと言ったら、どうなります?私が心配?それとも、この花?」というユリエの言葉に、彼は「どちらもです」と告げる。「摘むの、やめます。摘んだら、もう私に会ってくれないんでしょ」とユリエは言い、大瀧に抱き付く。大瀧が「落ち着いてください」と引き離すと、彼女は「私じゃなくて、この花にしか興味が無いのよ」と腹を立てる。ユリエが花を千切ろうとするので、大瀧は慌てて取り押さえた。
その夜、美月はユリエに寄り添い、蛇口から流れる水に触れさせた。翌日、ユリエは手術を受けると決め、「切ることにしました。私には重かったけど、花が咲いて、大瀧さんと出会えたし。初めて生きてるって感じてたの」と美月に話した。ミクはハルカに歩み寄り、花を見せてほしいと頼んだ。ハルカが了承すると彼女は顔を近付けて凝視し、その場を去った。ユリエは採花した直後、心拍が停止した。ミクは昼寝の時間、他の提供者の花を次々にむしり取った。ハルカは「私のをあげるから」と自分のを摘んで差し出、直後に失神した。それを見た美月は過呼吸を起こし、その場に倒れた。
美月が意識を取り戻すと、付き添っていた大瀧はハルカが無事だと伝える。美月は「まだ秘密にしてて」と前置きし、胸にシャニダールの新芽が生えているのを明かした。美月は退去するハルカの元へ行き、シャニダールの名前の由来を教えた。シャニダールとはイラクの紛争地帯の地名で、そこでネアンデルタール人の墓が発見された。墓からは花の化石が発見されており、死者を悼む「心」の発生の瞬間だったという説もある。人が初めて生んだ花という意味で、シャニダールと名付けられたのだと彼女は説明した。美月は「ハルカさんは、自分の花を大切なことに捧げたの。偉いね」と語り、優しく抱き締めた。
大瀧は吉崎に、「花を切除する際、肉体に重大な負荷が掛かるのではないですか」と質問する。吉崎が「研究にリスクは付き物だよ」と口にすると、大瀧は心筋梗塞でユリエが急死したと連絡があったことを話す。「彼女の死も手術と関係あるんじゃないですか」と彼が訊くと、吉崎は「そんな事実は無い」と即座に否定した。大瀧は美月にユリエの死因は隠蔽されたと語り、「シャニダールはもう終わりだ。2人で暮らしながら、やり直さないか」と持ち掛けた。美月が「私は自分で花を咲かせてみる。この花は摘まないで。もし種が出来ればどうなるか」と言うので、大瀧は狼狽した。
美月は「この花は、何かの始まりの印だと思うの。だから、出来れば一緒に育ててほしい」と訴えるが、大瀧は「そんなバカバカしいこと。これは単に、人に寄生する狂った花だ」と反論する。美月は「摘むのは危険でも、咲かせ続けるのは?本当のことは隠されてるんでしょ。だから貴方に助けてほしいの」と頼むが、大瀧は拒否する。深夜、大瀧は美月が眠っている内に、ナイフで新芽を摘み取った。大瀧が「もう大丈夫。これのせいで俺の響子が危なくなってた」と言うと、美月は「自分の信じられる物しか、受け入れることが出来ないのね」と言い残して姿を消した…。

監督は石井岳龍、脚本は じんのひろあき&石井岳龍&田中智章、プロデューサーは小西啓介&石井岳龍&金延宏明、エグゼクティブ・プロデューサーは小西啓介&齋木宗人&金延宏明、撮影は松本ヨシユキ、照明は三重野聖一郎、録音は三澤武徳、美術は橋本創、衣装デザインは澤田石和寛、編集は西尾光男&石井岳龍、音楽は勝本道哲。
出演は綾野剛、黒木華、伊藤歩、刈谷友衣子、山下リオ、古舘寛治、曽木亜古弥、松永渚、志賀廣太郎、ハマヤアキコ、金延宏明、大崎裕伸、友田かずを、津田翔志朗、中島由美、松田尚子、高杉征司、滝沢悠平、石井育代、堀川真衣、河上由佳、丹波実麻子、猿渡美穂、三谷恭子、茂木克仁、大川伸介、大島夏乃、高樹リサ、藤澤蘭、川端明徳、藤田敦士、仁井本真奈、柳谷花穂、坂尾千春、井上智香子、森松健、柳谷菜穂、森田彩香、谷口英明(サンテレビジョン)他。


『DEAD END RUN』『生きてるものはいないのか』の石井岳龍が監督を務めた作品。
脚本は『櫻の園』『おまえうまそうだな』のじんのひろあき、石井岳龍監督、『あぜみちジャンピンッ!』の田中智章による共同。
大瀧を綾野剛、響子を黒木華、ユリエを伊藤歩、ハルカを刈谷友衣子、ミクを山下リオ、吉崎を古舘寛治、和子を曽木亜古弥、美樹を松永渚、神西大学の教授を志賀廣太郎、西島をハマヤアキコ、医師の大野を金延宏明、医師の中野を大崎裕伸が演じている。

冒頭、「花の始まりは謎に包まれている。恐竜が栄華を誇った時、食い荒らされた植物たちは、絶滅を逃れるために花を生んだという説がある。分散化した植物の進化は恐竜の餌を激減させ、逆に彼らを絶滅に追い込んだ。花が恐竜を滅ぼしたのだ」といったナレーションが入る。
でも、「だから何なのか」と言いたくなる。
それは本筋に全く影響を及ぼさない説明だからだ。
石井監督は関連性があると思っているかもしれないが、そういう意図があったとしても、上手く表現できていないので結果としては同じことだ。

SFなのかファンタジーなのか、どっち付かず。
SFとしてはディティールが甘すぎて安っぽいし、ファンタジーとしては寓話としての表現が全く足りていない。
前述したように、冒頭で花と恐竜について説明するが、研究所で何をしているのかは説明しない。シャニダール花を切除する手術についても、まるで説明が入らない。
むしろ、そっちを先に説明して、強引にトンチキな世界観へ引っ張り込むことが必要だったんじゃないか。

いつ頃から人体に花が咲く現象が起き始めたのか、花が咲いた人間はどうなるのか、なぜ新薬の開発に役立つと判明したのか。そういうことも、全く説明せずに話を進める。
そのまま蕾を放置していたらどうなるのか、提供者にならなかった人間はどうなっているのか。なぜ今まで、咲いた状態で経過を見る実験は皆無だったのか。
最初の内は花の危険性も分からないだろうし、しばらく発症者が放置したケースもあったはず。花にはどんな効能があると判明し、どういう薬に使おうとしているのか。原因の究明は何もしていないのか、治療法は研究されていないのか。
花の利用法ばかりを気にしているが、それが人体にとって危険であるならば、むしろ治療法の研究が先決じゃないのか。
そういった諸々の謎も、まるで分からないままだ。

花によって人生や考えが大きく変化する女たちのドラマは、まるで描けていない。
そもそも前提となる「花が咲く前の提供者たち」は、軽く触れる程度が精一杯で、ユリエみたいに全く触れていない奴もいるぐらいだし。
そんな奴が手術前に「初めて生きてるって感じてた」とか喋っても、心に響くモノなんて何も無いぞ。入院前に「過去はこんなで」と喋ったりしているわけでもないし。
ただ単に、「大瀧に惚れて嫉妬して」ってのが表面的に描かれていただけなんだから。

終盤、テレビのニュースでシャニダールが危険な植物として報じられる。
裏を返せば、今までは全く報じられて来なかったってことだ。ニュースでは日本植物学会が発表したと語られるが、今までは世間的に全く知られずに「人体に花が咲く」という現象が続いていたってことだ。
それは無理があるだろ。大勢の女性の胸に生えていたのに、完全に隠蔽するなんて絶対に無理だぞ。
昔ならともかく、今はネット環境が普及していて、すぐに情報が広がるんだからさ。

シャニダールの花の設定は荒唐無稽だが、「だからダメ」とは思わない。でも、何かのメタファーなのかと思ったが、そういう意味合いは明確に感じられないままで話は終わっている。
終盤には花から受粉して種が出来ているけど、そのせいで逆にメタファーから外れているような印象さえ受けるし。
脳死状態になった美月が手紙に「どうしても花を育てたかった 私は元々、花だったのかも。体や心は借り物で、周りに溶けて消えてゆく それが本当の私だと言う喜びに満たされています。私は花に戻ります」と書き残しているのも、「はあっ?」としか思わない。
「元々、花だったのかも」って、「いや絶対に違うから」と冷静に指摘したくなるわ。
だから、それを読んで大瀧が涙を流すのも、まるで共感できやしないよ。

終盤、吉崎が大瀧に、「ネアンデルタール人はシャニダールの花に寄生されて滅びた。海外の研究者が花に寄生されたネアンデルタール人の化石を所持している。この花を兵器にしたい連中がいる」と語る。
冒頭の「花が恐竜を滅ぼした」という説明は、そこに繋げる意味があるのかもしれない。しかし、仮にそうだとしても、やはり「だから何なのか」と言いたくなる。
今さら「シャニダールの花の兵器利用を企む連中がいる」と明かされても、下手な言い訳にしか聞こえないのよ。
どんな意図で研究を進めていようと、大瀧と響子の恋愛劇にも、響子の決断にも、何ら関係が無いでしょ。

(観賞日:2021年12月18日)

 

*ポンコツ映画愛護協会