『瀬戸内少年野球団』:1984、日本

昭和20年8月15日、日本は戦争に敗れた。淡路島の江坂町にある国民学校初等科の生徒たちは、校庭に並んで玉音放送を聴いた。5年男組の正木三郎は、天皇陛下が何を話しているのか全く意味が分からなかった。他の生徒たちも同様で、担任教師の中井駒子だけが泣いていた。駒子は教室で男組の生徒たちに国語の教科書を用意させ、墨で消す箇所を指示した。三郎は素直に従わず、隣に座る足柄竜太の顔に墨を塗った。竜太も反撃し、駒子が注意しても2人は続けた。
校長が男組の教室に来て、墨で消してから修正する文章を指示した。三郎が反抗的な態度を取ると校長は平手打ちを浴びせ、廊下に出るよう命じた。三郎は憤慨して学校を辞めてやると言い放ち、教室を飛び出した。竜太は駒子に指名され、後を追った。三郎は竜太から叱責されると、「日本は負けたんや」と声を荒らげた。竜太が「駒子先生が好調に叱られるだけやないか」と教室に戻るよう促すと、三郎は「そんなに校長が怖いんか」と拒否した。
三郎は竜太を連れて町へ行き、理髪店を営む戦争未亡人の穴吹トメに声を掛けられた。三郎は進駐軍に起こられた教科書に墨を塗っていたこと、教科書が真っ黒になったことを話す。彼は竜太とトメに、学校を辞めてバラケツになると宣言した。バラケツとはヤクザのことであり、三郎は海軍大将になる夢が破れ、その道を進むことにしたのだ。連絡船で傷痍軍人が島へ戻ると、多くの島民が船着き場で出迎えた。竜太の祖父で巡査の足柄忠勇は、泣きながら歓迎の言葉を語った。
波多野提督が娘の武女を連れて島に到着すると、元部下で今は漁師をしている中井宗次が出迎えに来た。小学5年生の武女は竜太と三郎に気付き、転校の届けを出すので小学校まで案内してほしいと頼んだ。波多野は宗次に、駐在に出頭しておくと告げる。三郎は彼に、駐在は竜太の祖父だと教えた。宗次から出頭の理由を問われた波多野は、「進駐軍に戦争犯罪人として指名されるかもしれない。逃げ隠れしていたと思われたくないので、軍人としての履歴を出しておく」と述べた。
三郎は武女に、進駐軍が来たら戦って守ってやると告げる。三郎は祖父が駐在なので難しい立場ではあったが、三郎と一緒に戦うことを武女に約束した。忠勇は波多野から話を聞き、力を貸すと述べた。駒子は武女に教科書を渡し、女組の担任である渡辺を紹介した。彼女は武女に、宗次が中井の分家であることを教えた。三郎は男組のデブ国、ニンジン、ボラ、ガンチャ、ダン吉、アノネを集め、バラケツになって波多野と武女を守るよう指示した。デブ国の家の離れで波多野親子が暮らすことを聞いた彼は、武女と直接話すことを禁じた。反発するデブ国に、竜太は武女に話があれば自分か三郎を通すよう釘を刺した。
駒子は帰宅する途中、亡き夫の弟である鉄夫から明石へ遊びに行こうと誘われた。鉄夫は「島では2人でいるだけで人目がうるさい」とダンスホールへ繰り出すことを持ち掛け、「教師なんか辞めたらええんよ」と告げる。駒子が「帰ります」と逃げるように立ち去ると、彼は「ワシはメチャクチャ踊ったるで、明石で」と苛立ちを漏らした。デブ国の髪を切りながら2人の様子を見ていたトメは、「あの2人、デキてるのと違うか」と笑った。
駒子は夫である正夫の墓参りに出向いた後、中井家に戻った。彼女は夫の両親である銀蔵と豊乃から、早く鉄夫と再婚するよう迫られていた。駒子は少し時間が欲しいと頼み、部屋に戻って障子につっかえ棒をした。彼女がグローブを手にはめていると、帰宅した鉄夫の声が聞こえて来た。鉄夫が部屋に入ってこようとするので、駒子は必死で障子を押さえ付けた。まだ気持ちの整理が付かないのだと駒子が言うと、鉄夫は「姉さんを抱きたい」と訴えた。
竜太は忠勇から、明日の土曜日に進駐軍が島へ来ることを知らされた。忠勇は竜太に、今まで描いた戦艦の絵を全て燃やすよう指示した。絵の中には亡き母の文章が添えられた一枚もあったが、それも含めて竜太は燃やした。武女が用事で訪ねて来たので、彼は進駐軍が翌日に来ることを教えた。翌朝、進駐軍がジープで上陸し、兵士たちは土足で足柄家に上がり込んだ。部隊を率いるアンダーソン中尉は部下たちを注意し、通訳を通して忠勇と妻・はるに謝罪した。
進駐軍を目撃した竜太は石を拾って投げ付けようとするが、結局は出来ずに立ち去った。進駐軍には砲台を撤去する任務があり、忠勇が丘の上まで案内した。進駐軍は多くの島民が近くで見物する中、砲台を次々に爆破した。爆発音に耳を塞いでいた竜太は、右足を失った男が松葉杖を突いて歩いて行く様子を目撃した。進駐軍がジープでガムを食べていると、子供たちが物欲しそうに取り囲んだ。我慢できなくなった三郎が「ギブ・ミー・チョコや」と叫ぶと進駐軍はガムやチョコレートをばら撒き、子供たちは一斉に群がった。
中井家では銀蔵が進駐軍を招き、歓迎の宴会を開いた。駒子が部屋に戻ると鉄夫が待ち受けており、「大声で叫んだら恥をかく」と脅して体を奪った。翌日、駒子は教室で目に涙を浮かべ、生徒たちに「島には進駐軍が来ていますが、心まで占領されたわけではありません。真っ直ぐ前だけを見て」と語り掛けた。鉄夫はトメに髪を切ってもらいながら、駒子を征服したが二度目は受け入れてもらえないと漏らす。トメは「女は次に襲ってくれることを待っている」と吹き込み、自分と関係を持つよう色目を使った。しかし旅芸人をしている恋人の池田新太郎が2年ぶりに島へ戻って来ると、鉄夫を放り出して彼に抱き付いた。
天神様へ遊びに行った竜太と三郎は、松葉杖の男と遭遇した。竜太たちが警戒していると、男は漁船を雇って南の浜に下りたことを話す。「復員したなら役場と駐在に行かないといけない」と三郎が話すと、男は普通の復員ではないのだと告げる。男は竜太と三郎が駒子の生徒だと知り、連れて来てほしいと頼む。名前を教えるよう要求された彼は、そには答えず野球の硬球を差し出した。男は駒子にボールを渡すよう頼み、「渡せば何もかも分かって来てくれる」と述べた。
竜太は学校へ行き、駒子にボールを渡した。駒子が驚いていると、竜太は松葉杖の男が天神にいることを教えた。駒子は男が正夫だと悟り、泣き出して「会うことなんか出来ひん」と漏らした。三郎が教室に飛び込み、「ワイにも分かった。あれは先生の旦那や。いっぺん戦死した網元の跡取りや」と叫んだ。鉄夫が口笛を吹きながら校庭に現れると、竜太は窓を閉めて駒子の姿を隠した。駒子は竜太と三郎に、天神様のことは誰にも言わないよう頼んだ。
駒子は「会いに行けないので島の外で暮らしてほしい」と許しを請う手紙を書き、竜太と三郎に頼んで正夫に届けてもらった。竜太と三郎から死なないよう言われた正夫は、暮らす場所が決まったら連絡すると告げて立ち去った。トメは新太郎や仲間の青年団長らと共に、駒子と正夫と鉄夫の三角関係を揶揄するような世話物芝居を上演した。三郎がトメに余計なことを喋ったため、そんな内容の芝居になったのだ。武女は竜太と三郎に、芝居小屋の外へ出るよう要求する。三郎は拒否し、竜太だけが彼女に従った。
武女から「ダメな人になっていくのを見たくない」と言われた竜太は、あんな芝居になるとは思わなかったと弁明する。「どうやって駒子先生に謝るの?島から出て行くかもしれない」と武女が告げると、竜太は行くなら金毘羅へ行ってほしいと述べた。竜太は武女に、正夫から届いた手紙を見せた。そこには金毘羅山の住所が記されており、武女は正夫が駒子に見せてもらいたくて書いた手紙だと確信する。彼女は駒子に、手紙を見せた。そこには正夫が友人のツテで、金毘羅山の社務所で働いていることが記されていた。
トメは新太郎たちは、芝居で町議会から文化振興基金を支出してもらおうと考えていた。鉄夫はトメたちの元へ行き、芝居を激しく非難した。新太郎が脅しを掛けて威嚇すると、鉄夫は殴り掛かろうとする。新太郎は鉄夫を制圧し、返り討ちに遭わせた。後日、鉄夫は新太郎が姿を消したとトメから聞かされ、文化振興基金を持ち逃げしたのだと悟る。竜太たちは6年生に進級し、男女が同じ教師で授業を受けることになった。三郎は武女と隣の席になり、竜太は駒子から中心になって授業を進めるよう指示された。
忠勇が学校を訪れ、駒子を呼び出した。武女は駒子に促されて帰宅し、波多野から逮捕されて巣鴨へ連行されることを知らされた。武女は島に残ることを希望し、波多野は宗次に娘の面倒を見るよう頼んで進駐軍と共に去った。竜太と三郎は『はたちの青春』のキスシーンを見るため、映画館を訪れた。しかし学校に露呈し、駒子は彼らを廊下に立たせた。三郎の兄である二郎が恋人の葉子を連れて学校に現れ、教室に上がり込んだ。駒子が「用があれば授業の後で」と言っても2人は無視し、お菓子を撒いて授業を妨害した。二郎は船を入手して進水式をすると言い、三郎たちに付いて来るよう促した…。

監督は篠田正浩、原作は阿久悠(文藝春秋 刊)、脚本は田村孟、製作はYOUの会(代表:阿久悠)&原正人、企画は海老名俊則&黒井和男、プロデューサーは飯泉征吉&山下健一郎、撮影は宮川一夫、美術は西岡善信、録音は西崎英雄、照明は佐野武治、編集は山地早智子、音楽は池辺晋一郎、主題曲は『IN THE MOOD』、主題歌『瀬戸内行進曲』(In The Moodによる)唄はクリスタルキング。
出演は山内圭哉、大森嘉之、佐倉しおり、夏目雅子、岩下志麻、郷ひろみ、伊丹十三、沢竜二、大滝秀治、加藤治子、渡辺謙、ちあきなおみ、島田紳助、河原崎次郎、服部昭博、山崎修、森宗勝、丸谷剛士、辰巳努、戸田都康、内藤武敏、上月左知子、桑山正一、浜村純、不破万作、清水のぼる、谷川みゆき、宿利千春、有安多佳子、小野朝美、美木良介、三上博史、津村隆ら。


阿久悠による同名の自伝的長編小説を基にした作品。
監督は『はなれ瞽女おりん』『悪霊島』の篠田正浩。
脚本は『夜叉ケ池』でも篠田と組んでいた田村孟が担当。
竜太を山内圭哉、三郎を大森嘉之、武女を佐倉しおり、駒子を夏目雅子、トメを岩下志麻、正夫を郷ひろみ、波多野を伊丹十三、新太郎を沢竜二、忠勇を大滝秀治、はるを加藤治子、鉄夫を渡辺謙、美代をちあきなおみ、二郎を島田紳助、宗次を河原崎次郎、啓介を三上博史が演じている。
夏目雅子の遺作であり、渡辺謙の映画デビュー作。

オープニングでは玉音放送を聴いた駒子が泣いたことがナレーションで語られ、子供たちは進駐軍の命令で教科書を墨だらけにさせられる。
反発する三郎の口から、彼と竜太の親が戦争で亡くなっていることが語られる。三郎は竜太に、「日本は負けたんや」と苛立ちを漏らす。
復員兵が船で港に着くと再会を喜ぶ身内の姿があり、忠勇は涙で歓迎の言葉を語る。波多野は進駐軍に逮捕されるかもしれないと言い、三郎は島に上陸する進駐軍から彼と武女を守ると言い出す。
竜太は忠勇の指示を受け、母の言葉が添えられた戦争の絵を燃やす。
そういう描写からは、戦争に翻弄される人々の悲劇や反戦のメッセージを、子供たちの姿を通して描こうとする狙いが見える。

ところが、そのまま子供たちを中心にして物語を進めるのかと思いきや、大人たちをメインにしているパートが何度も挿入される。
駒子がメインになるパートは、その中でも特に大きく扱われている。
しかし、彼女が義理の両親から鉄夫との再婚を迫られて苦悩するのも、鉄夫に犯されるのも、正夫との再会を避けるのも、「戦争の悲劇」ではない。
それは田舎の醜い因習が招いた悲劇だ。
鉄夫に犯されるのは、彼が卑劣なクズだったから起きた出来事だ。

そこだけを取ってもピントがボヤけていると感じるが、鉄夫だけに限定してもピントがボンヤリしている。
こいつは女を脅して力ずくで体を奪う奴であり、問答無用で卑劣なクズ野郎のはずだ。ところが、トメたちの芝居で馬鹿にされたり、新太郎に殴り掛かって返り討ちに遭ったりするシーンでは、何となく哀れな被害者のような印象になっているのだ。
だけど、こいつの罪は、そう簡単に許しちゃダメなはずでしょ。
1980年代のヤクザ映画では「力ずくで女を犯す男」が正当化されることもザラにあったけど、ジャンルが違うし。

二郎と葉子が授業を妨害して駒子を馬鹿にするのも、戦争の悲劇とは何の関係も無い。
ネタバレを書くと、二郎と葉子は事業に失敗して自殺するのだが、これまた戦争の悲劇とは何の関係も無い。
もちろん、あらゆるエピソードが戦争と無関係の悲劇というわけではない。波多野が戦争犯罪者として連行されるのも、武女が島を去ることになるのも、戦争と密接に関係がある。
ただ、それと関係がありそうで実は関係性の薄い出来事が、かなり多いんだよね。

竜太と三郎は「島に上陸する進駐軍から波多野親子を守る」と息巻いているが、いざ進駐軍が上陸すると、そんなことは完全に忘れ去る。
波多野が逮捕されて連行される時も、それを気にする気配は皆無だ。
彼らが心配なのは「武女が島を出て行くんじゃないか」ってことだけであり、進駐軍と共に歩き去る波多野の存在は完全に無視している。
銀蔵と豊乃は駒子に鉄夫との再婚を迫っていたが、それ以降も全く進展が無いのに、圧力をかける様子は無い。

新太郎は文化振興基金を持ち逃げし、それに気付いた鉄夫が仲間に捜索を指示するシーンがある。だが、その直後に発生する「波多野が逮捕されて連行される」という出来事によって、その事件は完全に忘れ去られる。
そして波多野が去った後、鉄夫たちが新太郎を捜索する様子も無い。
様々なことを中途半端で放り出して、どんどん他の出来事に目を向けている。
色んなエピソードを散りばめることで物語の広がりや厚みに繋がればいいのだろうが、単に締まりが悪くてまとまりに欠ける印象が強まっているだけだ。

最も厄介なのは、タイトルに「少年野球団」とあるのに、なかなか少年野球団の話に入って行かないことだ。
駒子が自分の部屋で正夫のグローブを眺めたり、正夫がボールを届けてもらったりという描写はあるが、それらは全て「駒子と正夫の関係」を描くための小道具とに過ぎない。
そんな中、授業を妨害した二郎と葉子が進水式のために立ち去った直後、駒子が竜太に「私たち、野球やりましょう」と言い出すのだが、「なんで急に?」と困惑させられる。
重要なターニング・ポイントのはずなのに、意味不明な台詞になっている。

駒子が竜太に「私たち、野球やりましょう」と言って、ようやく少年野球団の物語に入っていくのかと思いきや、さにあらず、道具を揃えたり練習したりする様子はチラッと描かれるが、すぐに別の方向へ視線を向けてしまう。そしてバーの女給になる面々が島に来る出来事や、竜太と武女と駒子が金毘羅山へ行く出来事を描く。
金毘羅山では駒子が正夫と会い、鉄夫と一度だけ過ちを犯したと告白する。正夫は動揺も怒りも無く受け入れ、島に戻って役場の仕事を始める。
そこの処理は、ものすごく淡白に感じる。
駒子を鉄夫に嫁がせようとした両親の罪深い行為も、完全にスルーされるし。

なかなか少年野球団の話に入らなくても、そこに向けた流れがちゃんと見えていれば一向に構わない。
本格的に少年野球団が始動した後に他の無関係なエピソードが入っても、「少年野球団の話」が軸にあれば一向に構わない。
だけど、むしろ少年野球団なんか無くても普通に成立するんじゃないかと感じるのよね。
あと、少年野球団って島民にとって「復興の象徴」とか「喪失感を埋める慰め」みたいな存在であるべきじゃないかと思うんだけど、そういうモノも見えないんだよね。

(観賞日:2024年1月26日)

 

*ポンコツ映画愛護協会