『戦争と青春』:1991、日本

高校2年生の花房ゆかりは東京の下町で生まれ育ち、花房モータースを営む父の勇太、母の昌代、弟の新一の4人で暮らしている。担任の小野木悦子は生徒たちに、「戦争の追体験」というテーマで夏休みの宿題を課した。身近な人に話を聞き、原稿用紙10枚以上にまとめるという宿題だ。「今頃、そんなの関係ない」と生徒から不満が漏れると、小野木は「昭和が終わって平成になって、あの時代がますます遠い日のことになってるでしょ。平和な時代に育った貴方たちだからこそ、今の繁栄が戦争という大きな犠牲の上に築かれていることを忘れてほしくないと思う」と語った。
ゆかりが最初に思い付いた身近な人は、勇太の姉である咲子だ。咲子は認知症が進行し、最近は公園のベンチに座って焼け残った電柱を見つめてばかりいた。ゆかりは彼女に声を掛け、周辺が空襲で焼けた時のことを覚えているかと尋ねた。すると咲子は返答せず、童謡の『ほたるこい』を口ずさんだ。清原古書店を営む夫の清原甚作が、彼女を迎えに来た。甚作はゆかりに、神輿や車が通るのに邪魔だという理由で電柱が切られることを話す。彼は電柱の撤去に反対で、「過去の戦争を今に伝える生き証人だ。それに、あの電柱が無くなったら、咲子のあの日の目印が無くなっちまう」と語った。
帰宅したゆかりは、勇太に戦争の話を聞こうとする。すると勇太は激しく苛立ち、「それじゃあと話せるような生易しい話じゃないよ」と告げた。昌代はゆかりに、「戦争の話なんて、体験した人にとっちゃあ簡単なことじゃないのよ」と告げる。彼女自身は幼かったため、特に話せることは無いと言う。ゆかりは秋の文化祭を目指し、民族舞踊研究会の練習に参加した。咲子が事故で搬送されたという連絡が入り、ゆかりは病院に駆け付けた。咲子は意識不明の重体で、勇太と昌代と甚作が既に来ていた。
勇太はゆかりに、咲子が電柱の脇から飛び出した幼女を助けて車にはねられたこと、「蛍子、危ない」と叫んだことを話した。空襲の時に、咲子は電柱の所で蛍子という子を見失っていたのだ。昭和18年(1943年)初夏、勇太は「鬼畜米英を倒すため」という目的で、相撲を取るよう担任から強要された。体の小さい勇太は同級生に何度も投げ飛ばされ、担任は「恥を知れ」と平手打ちを浴びせた。新任教師の風見和夫は勇太に「負けるが勝ち」という言葉を教え、「他のことで頑張ればいい」と励ました。
帰宅した勇太は和夫のことを咲子に話し、風見医院の息子だと教えた。休日に外でかき氷を食べていた勇太と咲子は、和夫と遭遇した。和夫は2人を自宅に招き、両親に紹介した。咲子と和夫は惹かれ合い、勇太は2人が密会して接吻する様子を目撃した。担任は召集令状が届いたことを生徒たちに話し、「お前らが後に続くことを信じて潔く散る覚悟である」と述べた。勇太と咲子の兄が戦死し、葬儀が執り行われた。和夫は葬儀に赴き、勇太の父である伊佐次に挨拶した。
冬の初め、和夫にも召集令状が届いた。戦争に疑問を抱く彼は咲子の前で令状を燃やし、「殺し合いの戦場に行くつもりは無い」と語った。彼は北海道へ逃亡し、終戦まで身を隠す考えを明かした。咲子が同行を志願すると、彼は「共犯者になるし、家族まで巻き添えにしてしまう」と諭した。咲子は泣いて抱き付き、「必ず生き残ってみせるから」と約束する和夫と肌を重ねた。北海道に渡った和夫は朝鮮人を装い、東亜鉱山で働いた。憲兵が朝鮮人に理不尽な暴力を振るって殺そうとするのを見た彼は、止めに入った。日本人と気付かれた和夫は逃亡を図るが、発砲を受けて死亡した。
咲子は蛍子を出産するが、一家は非国民として扱われ、周囲から白い目で見られた。勇太は同級生から罵られ、暴力を振るわれた。ゆかりと勇太は昌代から咲子の意識が回復したことを聞かされ、病室へ戻った。ゆかりは民族舞踊研究会の練習に参加し、父から聞いた出来事を友人たちに話した。様子を見に来た小野木も、彼女の話に興味を示した。小野木と友人の1人は、空襲で勇太も咲子も無事だったのに蛍子が行方不明になったのは変だと指摘した。
ゆかりは勇太に、空襲の時に咲子は蛍子を背負っていたはずなのに、なぜ行方不明になったのかと尋ねた。すると勇太は、電柱の所で蛍子を降ろしたのだと答えた。ゆかりが理由を訊いても、彼は答えなかった。ゆかりが電柱に嫌な思い出があるのではないかと指摘すると、彼は怒鳴り付けた。外出した勇太は、悪酔いした状態で帰宅した。ゆかりは甚作の元へ行き、学校の宿題で東京大空襲についてレポートをまとめていると告げる。甚作は彼女に、書店の本を自由に使うよう促した。
ゆかりは甚作に、咲子から蛍子について何か聞いていないかと尋ねた。甚作は何も聞いていないと答え、「人には誰からも聞いてほしくない過去があるんだよ」と語った。彼は宿題について、書店の常連客で「東京大空襲を記録する会」のメンバーである早瀬勝平を紹介すると告げる。ゆかりは友人2名と小野木の4人で、早瀬の家を訪問した。早瀬は東京大空襲について彼女たちに説明し、アメリカ軍が記録したフィルムを見せた。
帰宅したゆかりは昌代から、勇太が机の上に徹夜して書いた手紙を置いたことを聞かされる。勇太は仕事で外出しており、ゆかりは自分の机の上に「三月十日のこと」と題した手紙が置いてあるのを見つけた。彼女が手紙を読むと、そこには勇太が体験した東京大空襲の出来事が詳しく記されていた。昭和20年(1945年)3月9日、勇太は集団疎開の会津から東京に戻って来た。その夜遅くに空襲が始まり、一家は急いで家から逃げ出した…。

監督は今井正、原作・脚本は早乙女勝元『戦争と青春』講談社刊、脚本協力は橘祐典&大澤豊&吉田憲二、プロデューサーは大澤豊&岡村光雄、撮影監督は岡崎宏三、美術は春木章、照明は下村一雄、録音は本田孜、編集は沼崎梅子&吉田栄子、音楽は佐藤勝。
出演は工藤夕貴、井川比佐志、奈良岡朋子、樹木希林、藤田弓子、河原崎長一郎、栗原小巻、三遊亭圓歌(三代目)、松村達雄、佐野圭亮、左右田一平、矢野宣、神山寛、日野道夫、中村たつ、姜美帆、原田清人、島田豊、飯泉征貴、浅野美奈子、新井久美子、片山万由美、古田将士、中吉卓郎、来路史圃、武正忠明、三上剛史、鈴木実、岩瀬晃子、寺杣昌紀、山下裕子、井上薫、藤富真知子ら。


『武士道残酷物語』『橋のない川』の今井正が監督を務めた遺作。
早乙女勝元の同名小説を、彼自身が脚本化している。
モントリオール世界映画祭でエキュメニカル賞を受賞した。
ゆかり&若い頃の咲子を工藤夕貴、勇太を井川比佐志、咲子を奈良岡朋子、小野木を樹木希林、昌代を藤田弓子、早瀬を河原崎長一郎、和夫の母を栗原小巻、和夫の父を三遊亭圓歌(三代目)、清原を松村達雄、風見を佐野圭亮、伊佐次を左右田一平が演じている。
工藤夕貴は一人二役だが、そこに意味を持たせる脚本は用意されていない。

今井正は戦争を体験したマルクス主義の日本共産党員であり、『ひめゆりの塔』『純愛物語』『海軍特別年少兵』といった反戦映画を監督してきた。
そんな彼からすると、高齢になる中で「戦争を知らない子供たち」が増え、だんだん戦争の残酷さが分からなくなっていくことに危機感を覚えたのかもしれない。
戦争を体験した世代の人間として、「あの戦争を語り継ぎ、人々の記憶に残すための行動を取らねば」という使命感に突き動かされたのかもしれない。

そんな今井監督の真摯な思いは、決して否定したり馬鹿にしたりするようなことではない。クラウドファンディングを実施してまで本作品を製作したのは、立派な志だとは思う。
しかし申し訳ないが、こんなチープな映画を作っても、多くの若者の心には全く刺さらないだろう。
あまりにも「メッセージを伝えたい」という気持ちが強すぎたのか、完全に空回りしている。
何の捻りも飾りも用意せずに、真正面からストレートに「戦争、ダメ。ゼッタイ」という形で反戦を訴えようとしているが、それが不細工極まりないことになっている。

今井監督の思いを乗せた台詞の数々は、「言わされてる感」に満ちている。
粗筋に書いた小野木の「昭和が終わって平成になって、あの時代がますます遠い日のことになってるでしょ〜」という台詞、勇太の「伯母さんの心の中じゃ、戦争はまだ続いてるんだよ。そういう人もたくさんいるんだよ」という台詞。
他にも、その手の台詞が「これでもか」と詰め込まれている。
そういうことを訴えるための台詞が全て、下手な義太夫の如くと化している。

演出に目を向けると、あちこちに古臭さが見え隠れしている。もしかして意図的にやっているのかと疑いたくなるぐらいだが、仮に何らかの意図があったとしても結果として「ただ古臭いだけ」という印象なので失敗だ。
回想パートをセピア色にするのは良くある手法だし、大きく間違っているわけではないのだが、それすらも本作品では「古臭い」という印象に直結している。
咲子と和夫が追いかけっこをするシーンなんて、「いやマジか」と苦笑してしまう。
そこはスロー映像になり、和夫が咲子に追い付くと両手を取り合い、笑いながら倒れ込むのだが、もはやギャグだよ。
幾ら昔の時代を描くからって、演出まで古めかしさを強調しなくてもいいでしょ。

セピア色の中、咲子と和夫の密会シーンで蛍だけが緑色に光ったり、和夫が召集令状を燃やす時には炎と紙が赤く変化したりというパートカラーの仕掛けが用意されている。
この演出も、ことごとくチープさを感じさせる結果となっている。
東京大空襲が始まるとカラー映像に切り替わる趣向に関しては、そこを際立たせるための演出だろうなってのは良く分かる。
ただ、それを理解した上で、それでも「オールカラーでも良くないか」と言いたくなる。

勇太はゆかりから戦争の話を教えてくれと最初に頼まれた時、激しい怒りを見せて拒絶している。
ところが病院のシーンでは、向こうから教えてくれと頼まれたわけでもないのに、戦時中の出来事を27分ぐらいに渡ってベラベラと喋る。
しかも「辛い思い出」として話し始めたはずなのに、非国民として同級生からイジメを受けたことについてゆかりから「お父さんも随分辛い思いをしたんだね」と言われると、軽く笑いながら「そういう時代だったんだ」と告げる。

病院では饒舌に喋っていた勇太だが、ゆかりが改めて蛍子が行方不明になった出来後について尋ねると、また怒鳴り散らして返答を拒む。
「戦時中のことは別に話してもいいけど、蛍子の件だけは避けたい」ってことなんだろうとは思うのよ。
ただ、そこの処理が上手くないから、なんか分裂症みたいな印象になっている。
あと、回想パートでは和夫が東亜鉱山で殺された出来事も描かれるが、それについて勇太が詳しく知っているのは変だろ。

ゆかりは勇太に「なぜ蛍子が行方不明になったのか」という疑問への返答を拒否された後、甚作の元を訪れる。それは「蛍子の件で真実を知りたい」ってのが目的のはずだ。
ところが、なぜか彼女は「学校の宿題で東京大空襲についてレポートをまとめている」と言い出す。
それは変だし、その説明すら真実ではない。
学校の宿題は「身内から戦争の話を聞く」ってことであり、東京大空襲についてのレポートとは言われていない。
そんな不可解な台詞を言わせるのは、「早瀬を紹介されて話を聞く」という展開に繋げるためだ。伝えたいことへの思いが強すぎて、登場人物の言動やシナリオが歪められているのだ。

早瀬がゆかりたちの訪問を受けるシーンでは、「たった一晩で100万人が家を焼かれ、10万人が死んだ。銃後の女性と子供たちが死んだ」ってことが説明される。
ゆかりが「なぜアメリカ軍は日本の下町を標的にしたのか」と質問すると、早瀬は「山の手よりも人々が密集しており、軍需産業の下請け工場が多かった」と説明する。
「でも一般民間人を巻き添えにして爆撃するなんて、酷すぎるんじゃないですか」とゆかりが言うと、彼は「その通りだと思うが、一般市民の無差別爆撃は日中戦争の初期に日本軍が先にやったということも、忘れてはいけないがね」と語る。
ゆかりに「言わされてる感」しか無い質問をさせてまで「先に悪いことをしたのは日本」という主張をキッチリと入れて来る辺りは、さすが今井正監督だ。

ネタバレになるが、蛍子がいなくなった時の状況を書く。
激しい空襲が続く中、咲子は勇太に電柱を登って窓から近くの家に逃げ込むよう指示する。勇太が電柱から屋根に上がると、彼女は蛍子を抱き上げて渡そうとする。
その時に激しい爆発が起き、咲子は蛍子を放り出して倒れ込む。彼女が顔を上げると、蛍子が見当たらなかったという流れだ。
でも、あの状況で蛍子を完全に見失うのは、ちょっと無理がある。
大勢の群衆がパニックで走り回っているとか、障害物で視界が遮られているとか、そういうことでもないし。咲子が爆発で倒れた後、しばらく失神していたわけでもないし。

ゆかりが父の手紙を呼んだ後、別の日のシーンに切り替わると咲子が公園のベンチに座って電柱を眺めている。そこへ勇太が来ると、咲子は甚作と間違える。彼女は「蛍子」と言いながら電柱に駆け寄ろうとするが、バランスを崩して前方に倒れ込む。
そこからカットが切り替わると咲子は家の布団に入っており、傍らに勇太と甚作がいる。
なので「勇太は咲子を家に運んで休ませている」ってことなのかと思ったら、もう咲子は死んでいるのだ。
でも、「あれで死ぬのかよ」と。バランスは崩したけど、激しく転倒したとか、頭を打ったとかじゃないし。
しかも病院に運ぶとか、医者が診察するとか、そういう手順も無いし。

その後、ゆかりは早瀬から電話を受け、蛍子かもしれない李順益という女性が韓国から来日することを知らされる。
李順益は空襲の時に朝鮮人に拾われ、戦後に海を渡って韓国で暮らしていた。実の両親を捜すために来日するが、手紙を読んだ早瀬は蛍子がいなくなった時の状況と一致すると感じたのだ。
李順益を演じているのは奈良岡朋子なので、「蛍子だと判明する」という展開だろうと思っていた。
しかし彼女は何の手掛かりも持っておらず、盲目なので当時の写真を見ることも出来ないのだ。

そして結局、李順益が咲子の娘だという手掛かりは何も見つからないままで終わってしまう。
ゆかりは「順益さんは咲子おばさんを自分の母のように思いたいと言うのです。それでいいのかもしれません」というモノローグを語るが、「それでいいとは思わんぞ」と反論したくなる。
そして李順益は、わずか7分程度の出番で退場する。
だけど、そんな小さな扱いで雑に片付けるぐらいなら、「蛍子かもしれない女性が来日する」というエピソードなんて丸ごとカットでいいわ。

(観賞日:2025年10月3日)

 

*ポンコツ映画愛護協会