『千里眼』:2000、日本

関東地方の6ヶ所で、原因不明の大規模な爆発が同時発生した。爆発の数時間前、報道各社には「ミドリの猿」を名乗る正体不明のテロ集団から犯行予告が送られていた。昨年6月7月に掛けて事故死か自殺と見られる事態が多発した際にもミドリの猿は犯行声明を出し、特殊な方法で政治経済の操作も思いのままだと主張していた。しかし精神医学の専門家は、人を自殺に追いやることは不可能だと解説していた。その一方、ミドリの猿を名乗る人物が故意に災害を起こして自殺を図るケースが増加していた。
横須賀の米軍基地から6発の最新ミサイルが日本国内に向けて発射されことが判明し、政府から派遣された仙堂芳則司令官は基地の責任者であるアントンに事情説明を要求した。するとアントンは「調査中です」と言い、“千里眼“の異名を持つ友里佐知子に協力を要請したことを明かす。民間人を呼んだことに仙堂が嫌な顔をすると、アントンは「国連の医療大使ですから軍事施設もフリーパスです」と言う。佐知子は東京晴海医療センター院長で、カウンセラーと脳外科医を兼任していた。
何を要請するのかという仙堂の質問にアントンは答えず、あと15分で次のミサイルが発射体勢に入ることを明かした。佐知子か到着した後、仙堂が呼び寄せた航空自衛隊二等空尉の岬美由紀も基地にやって来た。アントンは一行に、日本人が基地に潜入してミサイルを発射したことを明かした。犯人の西嶺徹哉は自分に拳銃を突き付け、何を尋ねても答えなかった。しかし佐知子が穏やかに質問すると、「ミドリの猿が世界を制す」と告げた。佐知子が子供のように扱うと、西嶺は拳銃を渡そうとする。しかし兵士が手を伸ばしたので暴れ出し、西嶺は発砲して自殺した。
西嶺がコマンドシステムの暗証番号を変更していたため、このままではミサイル発射を止められない。しかし佐知子は西嶺が暗証番号を変更した時の録画映像を確認し、彼が打ち込んだ十桁の数字を読み取ってミサイル発射を止めた。美由紀はミドリの猿について調べるため、休暇を取った。東京晴海医療センターを訪れた美由紀は、基地にも来ていた副院長の新村雄一に案内されて院長室を訪れた。美由紀は佐知子に、ミドリの猿を名乗る面々が良いことだと信じて行動しているのではないかという推察を語った。
佐知子は美由紀が悩みを抱えていると見抜き、「そのままでは人の奥深くを見つめることは出来ないわ。まずは悩みを解決するのが先決のようね」と告げる。彼女は勉強のためにと、CD-ROMを手渡した。病院を去ろうとした美由紀は、宮本えりという少女と出会った。父親の秀治が来て殴ろうとするので、美由紀は制止した。えりが秀治に連れて行かれる様子を見ながら、美由紀は幼少時代を思い出した。
蒲生誠という男が佐知子の前に現れ、手帳を見せて「こういうモンだ」と告げた。佐知子が「刑事さん、管轄が違うんじゃありませんか」と穏やかに告げると、蒲生は別の病棟へ向かった。その様子を見ていた美由紀に、新村は「自分を刑事だと思いたいんですよ」と告げた。帰宅した美由紀は、佐知子から貰った自己形成心理カウンセリングのCD-ROMを見た。佐知子が解説するリラクゼーションの方法を実践した彼女は、自分の抱えているストレスの大きさを知った。
翌日、美由紀は東京晴海医療センターを訪れ、佐知子と会う。そこへ蒲生が現れ、刑事として美由紀に尋問する。佐知子は美由紀に、彼が自分をミドリの猿事件の容疑者扱いすること、親しい人を亡くして強いショックを受けていることを話した。蒲生は2人の前で、「俺は真実を知っている。先輩の木村さんの報告書を読んだ。ミドリの猿が死にたくなる催眠術を掛けた」と話す。催眠で犯罪を起こさせたり自殺させたりすることは不可能だと佐知子が説明すると、蒲生は「君がミドリの猿のボスか。ここを世界征服の拠点にするつもりだな」と言う。佐知子は捜査を承認した上で、リラクゼーションの実行を促した。
えりが暗い様子で佇んでいるのを美由紀が気にしていると、佐知子は交流療法を勧めて「あの子と付き合うことで、貴方も人を救うことの意味が分かるかもよ」と告げた。えりを車に乗せた美由紀は、「いつも学校へ行かないで、どこへ行ってるの?」と質問した。えりは千葉の富津にある東京湾観音へ行っていることを語ったが、そこで何をしているのかは言わなかった。えりを自宅まで送り届けた美由紀は、母親の侑子が厳しい態度で叱責する様子を目撃した。
美由紀が東京湾観音を訪れている頃、角屋という男が人質を取って神社に立て籠もる事件を起こした。角屋は爆弾を持って境内を歩き回りながら、「ミドリの猿が世界を制す」と繰り返した。その神社では、石丸畳店から出荷された畳が使われていた。1999年6月3日、ミドリの猿事件の報告書を持ち去った男が逃げ込んだのが、石丸畳店だった。男は畳の中の報告書を燃やすため、店を吹き飛ばしていた。
佐知子は警視庁から角屋の説得を要請され、神社に駆け付けた。一方、美由紀はえりと共に、東京湾観音を後にしていた。2人の前には、蒲生の姿もあった。えりが難しいテストに全問正解しているにも関わらず0点にされたことを知った美由紀は、学校を訪れて担任教師を追及した。美由紀は教師が意地悪をしていることを指摘し、選択問題のパターンを解説した。事件のことをニュースで知った美由紀は、虚ろな目で神社へ赴いた。彼女が野次馬や報道陣に混じって見物していると、佐知子は角屋を説得して人質を解放させた。しかし角屋は「一緒に行きましょう」という佐知子の言葉を無視し、スイッチを押して神社を爆破した…。

監督は麻生学、原作は松岡圭祐(『千里眼』小学館文庫)、脚本は時中進&松岡圭祐、製作は佐藤雅夫&山下暉人&八木正男、企画は遠藤茂行&伊藤満、プロデューサーは渡邊範雄、撮影監督は加藤雄大、美術は稲垣尚夫、照明は和栗一彦、録音は今井善孝、編集は川島章正、音楽は千住明、。
主題歌『千里眼〜No One Known Me』作詞:色川百、作曲:千住明、編曲:千住明&熊田豊、歌:Chino。
出演は水野美紀、黒木瞳、柳葉敏郎、根津甚八、矢島健一、田口トモロヲ、深浦加奈子、徳井優、マット・ラガン、野添義弘、高橋和興、竹沢一馬、中村浩二、仁科克基、木下ほうか、五十嵐瑞穂、川津春、迫英雄、梓陽子、山本恵美子、大島優子、高杉航大、山下和敏、平尾良樹、片山雄介、石塚透、SARU、田中要次、古矢和実、小森薫、菊田由美子、山田理加、柳亭楽輔、岩瀬惠子、大槻義彦、山西道広、松岡圭祐、剛たつひと他。


松岡圭祐の同名小説を基にした作品。
当初は『破線のマリス』の井坂聡がメガホンを執る予定だったが、脚本も担当した原作者と意見が合わずに降板させられ、これまで助監督として経験を積んでいた麻生学が初監督を任されることになった。
美由紀を水野美紀、佐知子を黒木瞳、蒲生を柳葉敏郎、仙堂を根津甚八、新村を矢島健一、西嶺を田口トモロヲ、えりの担任教師を深浦加奈子、角屋を野添義弘、秀治を木下ほうか、えりを五十嵐瑞穂が演じている。
医療センターのカウンセラー役で、徳井優が友情出演している。

この映画は、ある意味では凄い作品である。
何が凄いって、マトモな箇所を探した方が早いからである。
前衛的な作品でもなく、実験的な作品でもなく、純然たる娯楽映画であるにも関わらず、ここまでデタラメだけを繋ぎ合わせて仕上げてしまうってのは、実は相当に凄いことなのだ。
普通は脚本が仕上がった段階で「これじゃ無理」とプロデューサーからストップが掛かり、修正を要求される。
つまり、まず原作者が担当した脚本がデタラメなのは間違いないのだが、それでゴーサインを出したプロデューサーもイカレているってことだ。

たぶん東映は『催眠』のヒットを受けて『千里眼』の映画化を企画したんだろうけど、『催眠』を見ていれば、『千里眼』を映画化してヒットを生むのは簡単じゃないことぐらい分かったはず。せめて、脚本は別の人に任せないとダメだと分かったはず。
でも、そのことが分からないプロデューサーだったから、こんなデタラメだらけの脚本が通っちゃってるんだよね。
そして、そのおかげで我々は、こんなステキな映画を見ることが出来るわけだ。
ありがたや、ありがたや。

とにかく何から手を付けていいのか困ってしまうぐらい、何から何までデタラメで支離滅裂でポンコツなのだが、とりあえず順を追って見て行くとしよう。
まず冒頭、関東地方の6ヶ所で原因不明の大規模な爆発が同時発生したことがニュースで報じられる。
その後、ミドリの猿に関する説明が入り、それから米軍基地を訪れた仙堂がミサイル発射に関する事情説明を求めるシーンが描かれる。
ようするに「冒頭で報じられた原因不明の大規模な爆発は米軍基地から発射されたミサイルが原因だった」ということなのだが、そこの説明が下手なので、ボーッと見ていると、ミサイル発射事件と冒頭のニュースの関連性が分かりにくい。

米軍基地の責任者であるアントンはミサイル発射事件で友里佐知子に協力を要請するのだが、なぜ彼女が必要なのかはサッパリ分からない。
「国連の医療大使だから軍事施設もフリーパス」ってのは、何の説明にもなっていない。
事件を起こしたのはミドリの猿を名乗る日本人なのだが、どうやって米軍基地に侵入し、ミサイル発射のコマンドシステムを操作できたのかはサッパリ分からない。
まず侵入すること自体が不可能だろうし、侵入したとしてもすぐに捕まるだろうし、コマンドシステムなんて操作できるはずがない。

さらに不可思議なのは、犯人がコマンドシステムを操作するために潜入した場所には、大勢の米軍兵士たちがいるってこと。
犯人が目の前にいるのに、なぜ銃を構えているだけで何もしないのか。なぜ射殺しないのか。せめて肩なり足なりを撃って、捕縛しようとしないのか。
犯人は自分の頭に拳銃を突き付けているけど、そんなの米軍からすれば何の意味も無いだろうと思っていたら、「あの男が暗証番号を変更してしまったからミサイルは止められない」とか言い出す。
どんだけ脆弱なシステムなんだよ。
っていうか、暗証番号を聞き出す目的があったとしても、拳銃を持っている西嶺の腕を撃ち、拘束するという方法を取らなかったのは腑に落ちないぞ。

で、佐知子は録画映像を見て十桁の暗証番号を推理するのだが、最後の数字で苦労する。
3度の入力ミスでアウトになるという銀行の暗証番号と同じシステムになっているのだが、2度は失敗するが、3度目で成功する。
そのシステムや暗証番号を打ち込む装置に陳腐なモノを感じるし、佐知子が数字を読み取った時の「表情がこのように動いているから答えは云々」という解説も説得力に乏しい。
いや、そりゃあメンタリズム的には正しいのかもしれんけどさ、全体を包んでいる安っぽい空気が説得力を剥ぎ取っているのかもね。

で、佐知子がミサイル発射を止める現場に居合わせた美由紀は、「ミドリの猿について調べたい」という理由で休暇を申請する。
でも、その心境の変化はサッパリ理解できない。
「人を救う本当の意味を知りたい」とか言ってるけど、そもそもミドリの猿が起こしている事件と自衛隊の関係性も、その中で美由紀がどのように感じていたのかも、その直前のセリフでチラッと触れるだけだし、美由紀という女の心理は、それこそ有能なカウンセラーじゃないと読み取れない。
仙堂が「それは警察の仕事だ」と言うのは正しいのだが、美由紀がミドリの猿について調査し、どうしたいのかが良く分からないのだ。

その後の美由紀の行動を見る限り、どうも彼女は「ミドリの猿について調べたい」とか「人を救いたい」ということよりも、「心理分析やカウンセリングについて勉強したい」という気持ちが強いように見える。
そうでなければ、わざわざミドリの猿の連中の心理を推理したり、佐知子に相談を持ち掛けて心理カウンセンリグのCD-ROMを見たりするのは筋が通らない。ただ単に「ミドリの猿について調べたい」とか「事件を防ぎたい」ってことなら、心理分析以外のアプローチだってあるわけだし。
で、それならそれで別にいいんだけど、だったら最初から「佐知子の神業に感銘を受けたから自分も学びたいと思った」ということでいいでしょ。「人を救う本当の意味を知りたい」とか、変な理屈なんて付けなくていい。
そういう余計なことをやるから、ただでさえデタラメな美由紀の行動が、ますますデタラメな印象になってしまうんじゃないかと。

そもそも、美由紀を「航空自衛隊二等空尉でF-15のパイロット」という設定にしている意味が全く無いのである。
そりゃあ、そういう設定にしておかないと「米軍基地で佐知子の神業を目撃する」というシーンを用意できないんだけど、裏を返せば、そのためだけに美由紀の職業設定があるようなモノなのだ。
どうせ早々に休暇を取ってしまうんだし、それ以降は彼女が美由紀の職業設定が活用されることなど全く無い。
序盤で何度か「F-15のパイロット」ってことが不自然なまでにアピールされているので、後半に入ってから彼女がF-15で出撃する展開でもあるのかと思いきや、そんなの無いんだし。

あえて「航空自衛隊二等空尉」という設定の必要性を見出すとすれば、米軍のシステムや自衛隊のシステムを停止させる方法を美由紀が佐知子に喋ってしまうってことだろう。
それは確かに、自衛隊の人間じゃないと知らない情報だ。
だけど、そんな極秘情報をペラペラと簡単に喋ってしまうような奴は、自衛隊員として完全に失格だろうに。
そういう「自衛隊員として完全に失格」なキャラにするために、わざわざ自衛隊員という設定にしたのかよ。それは主人公の印象を悪くするだけで、何の得も無いだろうに。

後半の美由紀はマインドコントロールで操られているのだが、残り30分ぐらいになって我に返る。
その御都合主義もデタラメっぷりが強いが、それ以上にデタラメな展開が待ち受けている。
東京湾観音でマインドコントロールが解けるのだが、そこに刺客が現れると、唐突にカンフー・アクション映画へと変貌するのである。そこまでの展開の中で、美由紀の格闘能力が発揮されるシーンなんて無かったのに、いきなり彼女がカンフー・アクションをやるのである。
っていうか、そういうキャラ設定なら、ますます「F-15のパイロット」という設定は何だったのかと言いたくなるぞ。

美由紀が初めて東京湾観音を訪れた時、大勢の人々が来ている。彼らは全て虚ろな目をしているのだが、それは暗示によって佐知子に操作されているから。
佐知子が操った患者たちに何をさせているのかというと、美由紀から聞き出した軍事機密を使って電磁波を発生させる装置の部品を何度にも分けて運ばせているのだ。で、全て運び終わってしまい、「荷物を放り出す」という後催眠のために必要な作業が無くなったから、美由紀や蒲生たちは我に返ったというわけだ。
しかし、装置が完成したからって、その直後に後催眠が解けてしまうのは望ましくない状況じゃないのか。
それ以前の問題として、「なぜ患者たちをマインドコントロールで操ってまで、装置の部品を少しずつ運ばせなきゃいかんのか」ってことがあるぞ。普通に手下たちを使って装置を組み立てればいいだろうに。そっちの方が絶対に早いぞ。
それと、その場所が東京湾観音である必要性も無いだろうに。

佐知子は自分のことを「イコンになる」と言っているが、まさに本作品の支離滅裂を象徴しているイコンこそが彼女である。本人は頭脳的に戦略を立てて作戦を実行しているつもりなのだが、自分が利口だと思い込んでいるアンポンタンにしか思えない。
「米軍基地の事件で日本を救い、死んだと見せ掛けてから、さらに大きなテロを実行する。それによって、友里佐知子が死んだ後は誰も日本を救えなかったというのを歴史的事実にする。原発を破壊して国土の半分以上を壊滅させ、生き残った人々が佐知子をイコンとして思い浮かべ、彼女に救済を求める」というのが彼女の計画なんだけど、そこに脅威も恐怖も感じない。
「なんじゃ、そりゃ」という感想しか沸かない。
とりあえずキチガイなのは良く分かったけど、畏怖すべきキチガイじゃなくて、おバカなキチガイにしか見えんぞ。

(観賞日:2014年11月26日)

 

*ポンコツ映画愛護協会